知らなかった、こんなに凄いなんて。
「はぁっ!」
たった一つの思いを知っただけで、信じられないぐらいに力が湧いてくる。
「一本、それまでっ」
今まで戦ってきて、こんなにも心が弾むように打ち震えるなんて無かった。
「勝者、来栖川綾香!」
そう、これはきっとあいつに出会ったお陰なんだと思う。
だから、私は大事にしたい……この気持ちと、これから歩いていくあいつとの時間を。
『プラチナ』
「浩之!」
試合場から飛び降りてそのまま側で見ていた浩之に私は飛びつく。
「おつかれさん」
「うん!」
わしわしと私の頭に手を載せて髪の毛をくしゃっと撫でる浩之の笑顔がすっごく嬉しい。
「これで三連覇か、凄いな」
「うん、でもね次はどうか分かんないわ……ね、葵?」
「あ、あの……」
振り向くとさっきまで戦っていた決勝戦の相手、葵が顔を赤くしてもじもじしていた。
「ん、どうしたの葵、もじもじしちゃって?」
「あの、その……」
「綾香、おまえ解ってて言ってるだろう」
「てへっ♪」
ため息をついた浩之が撫でていた手で軽く頭をはたくと、ぽいって抱きついていた私を放り出す。
むうっ。
「ほらっ、可愛い顔して拗ねるんじゃない」
またわしわしと私の頭を撫でるのでこの場はおとなしく引き下がるけど、その分家に帰ったら
うんと甘えてやるからね。
とりあえず振り返って腰に手を当て、葵に向かってまじめな顔で話し始める。
「ごめんね葵、でもさっき言ったことは本当よ」
「えっ?」
「今回は私が勝ったけど次は分からないってこと」
「で、でも……」
私は肩を竦めてから真剣な瞳で葵を見つめる……この娘、本当に自分の力を過小評価するんだから。
「私は嘘を言ってないわよ、本当に紙一重の所で戦いだったのよ」
「紙一重……ですか?」
「そう、その差がなんだか分かる葵?」
「え、えっと……」
「くすっ、教えて上げましょうか葵?」
「は、はい綾香さん!」
私は悪戯をする子供のようにワクワクしながら、葵を見つめてニマって笑いはっきりと宣言する。
「それはね……浩之がくれる愛の力よ!」
「へっ?」
葵ったらぽかんと口開けて大きく目を見開いて硬直したけど、すぐに顔を真っ赤にして俯いてしまった。
ふふん、効果絶大してやったり〜♪
「綾香」
「なに、浩之?」
びしっ。
「いった〜い」
ううっ、浩之ったら振り向いた私のキュートなおでこに思いっきりデコピンしたわね〜。
「葵ちゃん、こんな奴だけどいいライバルでいてあげてくれよ」
「あ、あの……先輩……はい……あっ」
あわてて口を押さえたけどしっかりと聞いたわよ、葵。
「そうだ、次こそは綾香をぶっ飛ばそうな!」
「先輩……は、はいっ!」
むうっ、何よ浩之?
美人で可愛くて、それでちょっと強い恋人の私をほったらかしにして葵の相手ばっかりしてぇ〜。
「浩之」
「ん?」
どかっ。
「ぐあっ!?」
無防備に振り向いた浩之の鳩尾に、私は素早くそして思いっきり愛を込めた拳を決める。
あ、なんか良い感じに決まったわ、うん♪
「あ、あ、あやかぁ〜」
「てへっ♪」
拳を口元に寄せて可愛い娘ぶって、床に跪いている浩之を見つめてあげる……ふんっ、いい気味よ。
「うっ……」
「…………」
「ううっ……」
「…………」
ああん、もうっ!
「浩之〜、もう許してよ〜」
「……痛かったぞ」
ああっ、そんな目で私を睨みながらぼそって言わないでよ〜。
エクストリームの大会も終わって帰り道、浩之の横を歩きながら私は何回も謝っていた。
確かに殴ったのは悪いし見事に決まったときは快感を感じ……そ、そうじゃなくてっ。
元はと言えば浩之だって悪いんだからね? 葵ばっかりかまっちゃって……ってこれは嫉妬じゃないわよ。
そ、それにせっかくがんばって優勝したのに浩之がちゃかすからいけないのよ。
「こんなことされたら上げる気無くなったなぁ……」
「え、なになに、何かくれるの?」
慌てて笑顔になって私が浩之の腕に捕まって見上げると変な表情で見つめ返してきた。
「綾香、おまえ今日が何の日か忘れているのか?」
「ん……あっ!」
今日は1月23日は私の誕生日だったわ、うん。
「なんだ、忘れてたんなら尚更いらないよなぁ……」
「あ〜っ、そんなこと無いわよ♪ ちょっとエクストリームに集中してたから……ね?」
「ふ〜ん」
もうっ、浩之ったらしてやったりって感じでニヤニヤして私の顔をのぞき込んでいる。
く、悔しい〜……でもね、このまま私が降参すると思ったら大間違いよ?
「浩之♪」
ちゅっ。
抱きしめている浩之の腕をぐいっっと引っ張り、つま先立ちで顔を近づけるとキスをする。
「ばっ、あ、綾香っ、おまえなぁ〜っ!?」
「へへ〜ん♪」
人前でキスするなんて恥ずかしいのはお互い様だけど、浩之の方がかなり狼狽えちゃって……くすくすっ。
「ど〜したのかな、浩之? 顔真っ赤よ〜♪」
「そ、そ〜いう綾香こそ耳まで真っ赤だぞっ!」
「だって……キスしたかったんだもん♪」
「だからってこんな人混みの中で……」
「なによ、私のこと嫌いになったの?」
「うっ……そんなことねぇよ」
「じゃあ今度は浩之からしてね?」
「勘弁しろよ……」
「い・や♪」
こんな可愛い彼女を困らせて笑っているような彼氏には当然の報いね。
追い打ちをかけるように私は瞼を閉じて顔を上げて浩之に催促するポーズでキスを待つ。
実は結構こうしているのは私も恥ずかしいんだけど、それでも止めようとは思わない。
さあ浩之♪ どう答えてくれるのかしら?
「この小悪魔っ……」
がばっ。
「んんっ!!」
ま、まさかこんな風にキスしてくるなんて……予想が外れちゃった。
体をギュッと抱きしめ首の後ろを押さえられて私の自由を奪っておいて濃厚なキスを浩之は続ける。
それからきっかり五分以上はキスをされた私はへにゃ〜っと地面に座り込んじゃった。
「綾香、お〜い綾香?」
ぼ〜っ。
「やりすぎちゃったかな?」
ぼ〜っ。
「困ったなぁ……」
あまりの激しいキスに腰が抜けた私を抱き上げて公園に来ると、空いているベンチを見つけてそこに座らせた。
なにやら心配そうに私の顔を見ているようだけど、その……あんまり気持ち良かったから
浩之の声は心の中までは届いていなかった。
まったく浩之ってどうしてこうキスが上手いのかしら?
しかもそれだけでこの私を、エクストリーム優勝者をKOするんだからただ者じゃないわよ。
「綾香!」
「わっ、なによ浩之、そんな大声だして?」
「それはこっちのセリフだぜ……大丈夫か?」
「何が?」
「だから、キスして腰が抜けた誰かさんは?」
「あ……う、うん」
そう言われて改めて思い出した私はなんだか恥ずかしくなって浩之の顔が見れずに俯いちゃう。
「しっかし意外だったよなぁ〜、綾香の弱点がこれだったとは……」
「弱点か……でも、この弱点は浩之限定なんだけど?」
「ふむ、なるほど、それじゃ綾香がわがままな時もこれを使えば機嫌が良くなると……」
ぐいっと横に座った浩之が私の肩を掴んで引き寄せる。
「ホント、綾香といると……」
「私といると?」
「毎日が楽しくって仕方がない」
「ふ〜ん……でも、なんだか素直に喜べないんだけどね?」
「そこで普通は『うん、私も!』ってのがお約束じゃないのか?」
「単に私をからかっているのが楽しいって顔しているわよ、浩之」
「あ、そうとも言うかもしれないなぁ……」
「浩之」
がきっ。
「い、いててて〜っ!」
私は素早く浩之の腕を捻って関節技を仕掛けて締め付ける、しかもゆっくりと力も入れていく。
「私は浩之のおもちゃなのかしら?」
ぎりぎりぎり。
「てっ、ててて〜っ、あ、綾香、マジに痛いって!」
「あたりまえよ、私を誰だと思っているの?」
「来栖川のお嬢様……ててて〜っ」
みしみし。
「違うでしょ?」
「あ〜、芹香先輩の妹……ぐあっ」
ぐりぐり。
「ちゃんと言わないとどうなっても知らないわよ?」
「わかったわかった、あれだ、セリオの親友」
「…………」
私はじ〜っと浩之の顔を睨みつけると立ち上がって次の動作をしようとした。
けど、それは出来なかった。
なぜって?
「んっ……ん……んんっ……ぁ……はぁ」
私より先に動いた浩之から、さっきよりも激しいキスをされちゃったから……。
「あ……むぅ……はぁ……あぁ……んくっ……はっ」
まだ離してくれない。
息継ぎさえさせてくれないキスに私の意識が白く霞がかかったようになっていく。
あっという間に力が抜けた私の腕から外された浩之の手が、背中や髪の毛を撫でる。
「ぁ……はあぁ……あむっ……ぅあ……」
優しく動く手が更に私から抵抗する力を奪っていく……もう浩之のなすがままにされちゃう。
凍えるほど寒い冬の夕方だというのに私は寒さなんか感じる暇がないぐらい心も体も熱かった。
もちろん熱いだけじゃ無かった、ホント凄く幸せな気分にさせられちゃった。
この私にキスをしている藤田浩之って言う変な奴に……ね♪
「ただいま〜♪」
「ただいまセリオ」
「お帰りなさい、綾香様、浩之さん」
上機嫌で帰ってきた私と浩之を出迎えるの親友のセリオは、私の家出につき合って浩之の家に住み込んでいた。
「私のマスターは綾香様ですから」
なんて言ってくれちゃって、おまけに研究所の長瀬主任も「どうぞ」の一言であっさり許可しちゃうしね。
まあその、家事が一切やれない私としては嬉しかったけど……あ、家事は「できない」じゃなくて
「やれない」のよ、だって小さい頃からそんな事したことないから当然でしょ?
そう言う風に浩之に言ったら。
「胸張って言う事じゃない」ってぺしって頭叩かれたっけ……。
おまけに。
「大丈夫です浩之さん、私が万事こなしますから」
セリオが平然と言う物だから私は思わず転けそうになった。
……って人がいろいろ思い出している間、浩之とセリオはなにやらこそこそ話していた。
「セリオ、準備の方は?」
「はい、すべて整っております」
「さんきゅーセリオ」
「はい」
浩之がセリオの頭を優しく撫でている。
満更でもないのかセリオの顔が普段よりぼーっとしているのはここ最近見せるようになった表情だわ。
ロボットにも通じる浩之の笑顔となでなでなんだから私が抵抗できなくなるのは当たり前ね。
「ねえ浩之、準備ってもしかして……」
「おうっ、今日は綾香の誕生日だからお祝いだぜ」
「あ……うん、とっても嬉しい!」
「今日は俺たちだけで、明日はみんなでお祝いしてくれるって」
「うっく」
「なんだよ綾香、泣くようなこと言ったか?」
「だって嬉しいんだもん、普通に誕生日を祝ってくれるから」
「あ〜、そんなことで泣くなって……ほらっ」
浩之は子供をあやすように抱きしめて優しくそっと私の背中をさする。
そんな浩之の胸に顔を埋めて思った。
私は良く泣くようになった、甘えるようになった。
弱くなったのかなと思うことも有ったけどそれは違った。
知らなかった事をわかったからだと思う、そしてそれは浩之が教えてくれた。
だから私は今まで以上に笑って泣いて怒って……そして何よりも強くなれた。
それは恋すると言うこと、そして愛するって言うこと。
目の前の浩之を見つめながら漠然と浮き上がって来るこの思いは私を良い方に変えてくれた。
今、ここが私の心の置き場所、自分がいるべき場所。
「綾香様」
「ありがと、セリオ」
浩之とセリオの前で泣いたのがちょっと恥ずかしくて、つい乱暴にごしごしと顔を擦る。
「さあ浩之、セリオ、早く始めましょう!」
「そうだな」
「はい」
二人の手を引きながら私はリビングの中に入っていった。
「「ハッピーバースディ、綾香!」」
この日、同棲してから初めての誕生日はとっても暖かくって、忘れられない日になった。
私は忘れない、この気持ちを……いつまでも色褪せることのないプラチナの輝きのような思いを。
そうすればいつだってどこにいたって私は幸せでいることが実感できる。
大好きよ、浩之!
おわり