機動戦士ガンダム SEED Destiny Fan Fiction



メイリンの新妻だいありー オンライン版






 ○月1日






「それじゃ行ってくる」
「いってらっしゃーい」






 こうしてあの人の後ろ姿が見えなくなるまで見送る、これがわたしの朝の日課。






 未来を掛けたあの戦争から、もう半年が経ちました。
 地球もプラントも混乱が続きましたけど、なんとか和平条約が結ばれました。
 わたしは暫くアスランさんの補佐をしながら過ごしていましたけど、
落ち着いた頃を見計らって、ラクスさまと一緒にエターナルから降りました。
 一応、わたしとアスランさんは脱走兵扱いになっていたのですが、議長が仕組んだ事が
証明されたので、ZAFTから正式に退役してオーブに住む事になりました。
 それで仲良くなったラクスさまの誘いもあって、一緒に孤児院を手伝う事にしました。
 初めての仕事で戸惑ったけど、毎日が楽しくって慣れるのもそう遅くはなかった。
 そんな中でわたしにとって重大な出来事がありました。

「メイリン、結婚しよう」
「え…あ、でもカガリさんの事は…」
「カガリにも話した、そしたら君を大事にしろって言われた」
「そ、そうですか…」
「いや、だったかな?」
「そ、そんなことありません!」
「メイリン?」
「あっ…あの、わたしでいんですか?」
「ああ、メイリンだからいいんだ」
「アスランさん…わたし、わたし嬉しいですっ」
「メイリン」

 えっと…そうです、アスランさんとの結婚でした。
 カガリさんが手配してくれたので、沢山の人が祝福してくれました。
 そのカガリさんにどうしても聞きたくって、式の合間に聞いてみました。

「あ、あのっ」
「メイリン?」
「カガリさんは、その…」
「気にするな、お互い納得して答えを出した結果だ。だから私の分も幸せになってくれ」
「わ、わたし、がんばりますからっ、だからカガリさんもっ…」
「ありがとう」

 カガリさんの目が赤かったのは、見なかった事にした。
 その思いを無駄にしちゃいけないんだって思ったから…。
 だから、わたしは幸せにならないといけないんだって感じたから。
 この日からわたしは…メイリン・ザラになった。






「メイリンおねーちゃん、はいっ」
「あ、ありがとう」
「これで最後ですわ」
「はい、じゃあぱぱっと干しちゃいましょう」
「ですわね」

 ラクスさまと子供たちが持ってきた洗濯物を干していく。
 綺麗な青空の下に、白いシャツやシーツが風に揺れる。
 プラントでは見られない普通の風景がここにはある。
 空が雲が風が気持ちいい、わたしは今凄く生きているって感じがする。
 あの議長のプラン通りになってたら、こんな風に感じる事が出来たのか解らない。
 でも、こうしていられるんだから、わたしたちの行動は間違っていないと思う。

「どうかしましたか?」
「あ、いえ、風が気持ちいいなって」
「わたくしもこの自然の風が好きです」
「メイリンさん…」
「は、はい?」

 ラクスさまがわたしを見つめて微笑んでいる。
 なんとなく、照れくさくなってわたしもえへへと笑ってしまう。

「メイリンさんは…幸せですか?」
「は、はいっ」
「アスランは…優しいですか?」
「は、はいっ…って、あわわっ」
「クスクスっ」
「も、もう、ラクスさまっ!」
「ごめんなさい、でもメイリンさんが幸せならいい事ですわ」
「夢じゃないかなって思う時が、偶にありましたけど…」
「けど?」
「もう大丈夫です、とっても幸せです」
「そうですか」

 自分の事の様に喜んでくれるラクスさまの笑顔を見ながら、今度はわたしが聞いてみる。

「あ、あの、ラクスさまはキラさんと結婚しないのですか?」
「そうですわね…キラったらいつ言ってくれるのか、心待ちにしているのですけど…」
「も、もしかして?」
「ええ、ハッキリ言われたメイリンさんが羨ましいですわ」
「キラさんってちょっと、のんびりしたところ有りますよね…あ、ごめんなさい」
「いえいえ、その通りですから、ふふっ」
「あは、あははっ」

 ちょっと見つめ合って笑い合って、今日も楽しい一日になる予感がした。
 そしてまた一歩、ラクスさんと仲良くなれたのが嬉しかった。



 ○月2日



 今日はミリアリアさんがやってきた。
 終戦後、彼女はカメラマンに戻って、以前のように世界中を飛び回っている。
 でも、ここ暫くはオーブにいた。
 理由はそう…。

「どう? よく撮れているでしょ」
「ホントですわ、綺麗ですねメイリンさん」
「そ、そうですか?」
「こんな幸せそうな顔して何言ってるんだか、このこの〜」
「ミリアリアさんっ」
「ふふふっ」
「ラ、ラクスさままで〜」

 見ているの物は彼女が撮ってくれたわたしとアスランさんの結婚式の写真だった。
 それはもう凄い枚数で軽く百枚は超えていた。
 どの写真の中の人も笑っていて、改めて祝福されていたんだって感じた。
 その時ふと思った事をミリアリアさんに聞いてみた。

「あのミリアリアさんは、予定はないんですか?」
「そうねぇ…なかなかいい男がいないわ」
「ディアッカさんは?」
「何でアイツの事知ってるの?」
「えっと、この前アスランさんから、少し…」
「アイツはもう…言いたい事があるのなら直接言いに来なさいっての」

 文句言いつつも満更でもないのか、少し顔が赤くなっていた。
 隣にいるラクスさまも気が付いているみたいだし、ミリアリアさんの
様子を見て微笑んでいた。
 その時、リビングのドアが開いてアスランさんとキラさんと…イザークさんに
ディアッカさんがやってきた。

「まったく貴様は、こんな大事な事、何で黙っているんだ」
「イザーク…」
「まあまあ、俺たちも忙しかったんだし、しょうがないだろ…ってミリアリア?」
「ディアッカ、何であんたがここにいるの?」
「俺たちはアスランが結婚したって言うから、遅くなったけどお祝いに来たのさ」
「ふーん」
「お、これかその時の写真か?」
「そうよ、よく撮れているでしょ」
「アスラン、なんだこの顔は? にやけた面しやがって」
「イザーク、写真見て怒るなよ」
「貴様もだディアッカ、好きな女と会えたからってでれでれするな」
「そう言うお前だってシホとはどうなってんの?」
「な、なんでシホが関係有る!?」
「お前ね…少しは女心に気をつかえって」
「ふん、振られたお前が言っても説得力なんてない」
「そうね」
「お、おい、ミリアリア」

 わたしとラクスさまとキラさんを置いてきぼりにして、急に盛り上がる三人に
賑やかになって、ちょっと呆気にとられていた。
 このままヒートアップしていても収拾がつきそうになかったので、
ちょっと落ち着かせようかと思って席を立って飲み物を入れてくると、
みんなに差し出した。

「お帰りなさいアスランさん、はいどうぞ」
「ただいまメイリン、ありがとう」
「いいねぇ〜、新婚熱々って感じで」
「止めてくれ、ディアッカ」
「うん、人の事よりディアッカもがんばらないとね」
「キラに言われちまったら、俺もヤキがまわったなぁ」
「え、それって?」
「そうですわね、キラに言われてしまいましたわね」
「そうよ、キラもいい加減はっきりしなさいよ」
「ラ、ラクス? ミリアリア?」
「わ、わたしもそう思います」
「メイリン?」
「……ふぅ」
「アスランまで…」

 解りました、キラさんはのんびりやさんではありません。
 ラクスさまと同じで、天然入ってます。
 でも、ラクスさまはそれなりに意思表示を始めているので、その内キラさんも
気が付くんじゃないかと思う。
 もっとも、こっちの二人は長引きそうなそうでないような…。

「大体あんただって人の事言えないでしょ」
「なんだよそれ?」
「肝心な時に逃げ腰になって、あんたそれでも男なの?」
「ちょっと待てよミリアリア」
「なによ、言いたい事があるのならハッキリ言いなさいよ!」
「何でそう強気なんだよ、もう少し女らしくできないのか?」
「大きなお世話よ、たまには口だけじゃなくって、行動もグレイトな事してみなさいよ」
「言ってくれるなっ、このっ」
「いったがどうし…んんっ!?」

 ディアッカさん、グレイト過ぎます。
 何もみんながいる前でそんなことしなくても。
 みんな唖然としていたけど、一番反応が早かったのはイザークさんでした。

「ディ、ディアッカ、貴様何をしているっ!?」
「あらあら、まあまあ」
「ディアッカ…」
「はぁ…なんでそうなるんだ」
「まあまあアスランさん」

 それにしても長いキスです、もう一分は超えているかも?
 そしてやっと唇が離れた二人は、いい雰囲気が漂っていたと思った。
 だって潤んだ瞳と赤くなった頬がそう見えたから、でも…。

「ミリアリア…」
「ディアッカ…」
「あ、あのさっ…って、いてぇ!?」」
「このスケベ、変態、色情魔っ!」

 ディアッカさんの頬に、ミリアリアさんの手形がハッキリ付きました。
 そのまま走り出したミリアリアさんを追って、ディアッカさんもリビングを
飛び出していった。
 そしてイザークさんは怒った顔してコーヒーを飲んでいる。

「アイツ、やる事が極端すぎだ」
「貴様もだ、アスラン」
「俺に当たるな、イザーク」
「ふん」
「まあまあ、落ち着いて二人とも」
「でも、情熱的で素敵でしたわね、キラ?」
「そうだね…」
「キラ…」
「な、なにラクス?」
「もう、知りませんっ」
「えっ?」

 はぁ…ラクスさま、苦労しそうだ。
 もしかしたらお二人の結婚が一番最後かも知れないなんて思ったけど、口には
出せなかった。
 で、その後…。






「おめでとうディアッカさん、ミリアリアさん」
「馬子にも衣装だなよなぁ」
「なんか言った?」
「いや、な〜んにも」
「ふんっ」
「拗ねるなよ、可愛い顔が台無しだぜ」
「ばかっ」



 二人の結婚式は、凄く盛り上がった。
 そしてイザークさんの隣にいた女性の目が燃えていたのは、わたしの見間違いじゃない
と思った。
 近々、また結婚式が有りそうな予感がした一日だった。



 ○月3日



 わたしは今日、オーブ国防本部に来ています。
 もちろん中に入れるわけもなく、ロビーのイスで座っています。
 ここが現在のアスランさんがお仕事している所で、わたしはその…お弁当を
届けに来たわけです。
 自慢するわけじゃないんだけど、アスランさんはすっごく頭がよくてすっごく格好
いいから、国を守る重職に就いています。
 ここがオーブと言う国の凄いところで、ナチュラルとかコーディネーターとか
全然関係なくって、やる気のある人なら誰でもがんばれるんです。
 そしてお昼休みになったのか、中の人たちが何人か出てきました。

「あれ、メイリンどうしたの?」
「キラさんは、どうしてここに?」
「うん、ちょっとね…」
「あ、聞いちゃ拙かったですね…」
「ううん別に、あ…アスランならすぐに来るよ」
「は、はい」

 …気づいたんだけど、キラさんって結構笑顔を振りまいている気がする。
 だってわたしたちの横を通り過ぎる女性たちが、みんな見とれていたりする。
 それに気が付かないキラさんって、ホント罪作りだなぁ。
 うーん、ラクスさまがこんな所見たらどうなるのか、ちょっと気になる。
 話していると、向こうからアスランさんがやってきた…って、むぅ〜。

「メイリン、どうしたんだ?」
「……」
「メイリン?」
「むっ、お弁当です」
「あ、ああ、ありがとう」
「それじゃわたし帰ります!」

 むー、なによなによっ、アスランさんのばかっ!
 やっと来たと思ったら、女性とニコニコはなして笑顔振りまいちゃって…。
 それに相手の人もどうみたって顔を赤くして喜んでたように見えた。
 そーですかそーですか、楽しい職場でよかったですね。
 もう、しらないっ。

「はー、なるほど、それでメイリンさんは怒っていらっしゃると」
「うん、そうなんだ」
「アスランももう少し、ご自分の笑顔の影響を考えた方が宜しいでしょうね」
「そうなのかな…」
「ええ、そしてキラご自身も」
「え、僕も?」
「はい」
「あー、ラクス…」
「なんですか、キラ?」
「う、うん、努力するよ」

 キラさんから事情を聞かされたようだけど、逆に言われていた。
 はぁ…でも、これってちょっと嫉妬深いかなぁって反省したりした。
 それにこれじゃアスランさんの事、信用してないみたいで…自分が情けなくなる。
 もっと信じないと…あの雨の夜の時だって信じて着いていったんだから。
 うん、お詫びも込めて今夜は料理がんばろう。
 決意を胸に頷いていると、ラクスさまが側に来た。

「メイリンさん?」
「ラクスさま、今夜はがんばって美味しい夕食を作りましょう」
「…わたくしも微力ながらお手伝いさせて頂きますわ」
「ええ、お願いします」
「では畑からお野菜を取ってきましょう」
「はい」

 二人で籠を手に取ると、子供たちの事をキラさんに任せて二人で畑に向かう。
 どんな料理にしようか話しながら夕飯のメニューを決めていく。
 畑にはキラさんのお母さん…カリダさんがいて、ついでにアドバイスを貰ったりした。
 なにしろわたしって料理した事無かったから、家事全般はみんなカリダさんから教わった。
 お陰でアスランさんに酷い料理を出さなくて済んだのは、ここだけの秘密。
 そして出来上がった料理をテーブルに並べている時に、アスランさんが帰ってきた。

「お帰りなさい、お疲れさま」
「あ、あのメイリン」
「はい?」
「弁当ありがとう、美味しかった」
「いえ、それよりももう夕食ですから、席に…」
「メイリンっ」
「はい?」
「その…昼の事なんだけど」
「もういいです、気にしてませんから」
「え…」
「そんなことよりも、今夜はがんばって作りましたから、期待してくださいね」
「…ああ、そうさせてもらうよ」

 信じる事…これがあの戦いの中でわたしが学んだ、とても大切な事。
 忘れちゃダメよ、そこから始まるんだから、嫉妬なんてしている場合じゃない。
 今日も明日もこれから先ずっと、アスランさんを信じていく。
 迷う事だって有るかも知れないけど、それでもアスランさんと一緒ならがんばれる。
 うん、がんばれわたし!
 それでラクスさまとがんばって作った夕食は、アスランさんだけじゃなくみんなに
大好評でお鍋の中が空っぽになっちゃった。
 そしてその夜、少し酔っぱらったミリアリアさんがやってきた。

「もう信じられない、ちょっと聞いてよメイリン…」
「あ、あの、ミリアリアさん、落ち着いて」
「あのバカ、ちょっと綺麗な女を見ると視線が追ってるのよ?」
「夜も遅いし子供たちも寝ているから、もう少し小さな声で…」
「しかもなに…このあたしが隣にいるのに良い度胸してるじゃない!」
「ミ、ミリアリアさぁん」
「今夜はとことん飲むわよ、メイリンも付き合ってよね」
「え、ええーっ!?」

 この夜、なかなか寝てくれないミリアリアさんに付き合わされたのはわたしだけで。
 ラクスさまもいつの間にかいなくなっちゃって、明日も仕事のアスランさんを
起こすわけにもいかなくて…。
 結局、寝られたのは空が明るくなって来た翌朝で、わたしもそのまま寝込んでしまった。
 目が覚めた時はお昼過ぎで、ミリアリアさんもすでにいなくって、災難でしたねと
笑いながら昼食を用意してくれたラクスさまがちょっと恨めしかった。
 ごめんなさいアスランさん、明日は美味しいお弁当作ります。
 でも、その希望は叶える事が出来なかった。
 そう…二度有る事は三度有るって言葉を、わたしは知る事になる。



「ちょっと聞いてよメイリンさん、あの馬鹿って…」
「あ、あのマリューさん…」
「今夜はとことん飲むわよ、メイリンさんも付き合ってね」
「わたしお酒は…」
「大丈夫大丈夫、お姉さんに任せなさい♪」
「ふえー」



 この夜もわたし一人が相手をする事になり、しかもミリアリアさんの時よりお酒を
飲まされ、頭がぐるぐるしました。
 そして翌朝…わたしは生まれて初めて、二日酔いを経験しました。
 ううっ、お酒嫌いです。
 そして酔っぱらいはもっと嫌いです。



 ○月4日



「あはは〜」
「きゃあ♪」
「つめた〜い」

 今日も天気が良いので、孤児院の子供たちを連れて海に来ています。
 みんな波打ちぎわで元気よく遊んでいるを、わたしとラクスさまは見守ります。
 はー、気持ちいい♪

「みなさん元気で、見ているだけで楽しくなってきますわ」
「そうですねー、でも元気すぎるのも大変ですけど」
「ふふっ、それが子供って事ではないでしょうか」
「そうでした、あははっ」

 正直、今でも子供たちに振り回される事も、よくあったりします。
 とにかくこの子たちを見ていると、自分の中に力が湧いてくると言うか…。
 両親を失っても明るく前向きに生きる姿は、わたし達が守ろうとした未来そのもの
なんだって思う。
 持ってきたポットから紅茶を注いでラクスさまに手渡し、わたしも自分の分をカップに
注いで一口飲んだ。

「メイリンさんは、子供まだですか?」
「ぶーっ!?」
「あらら?」
「けほっ…い、いきなりなにをっ!?」
「いえ、赤ちゃんって可愛いですよね」
「そ、それはそう思いますけど、そう簡単には…」
「厳しい事とは解ってはいますけど、期待しているんです」
「ラクスさま…」

 わたし達コーディネーターには、厳しい現実がある。
 それは出産率が著しく低い、つまり自然に子供を作る事が難しくなっています。
 人が人として当たり前の事が出来ない、だからプラントでは結婚統制されている。
 でも、まったく可能性が無い訳じゃない。

「アスランとメイリンさんの赤ちゃんなら、絶対に可愛いですわ」
「え、あの、その…わ、わたしも期待してます!」
「はい?」
「キラさんとラクスさまの子供なら、すっごく可愛いと思います!」
「そうですか?」
「はい!」

 拳を握って力説するわたしを見て目を丸くするラクスさまって新鮮だった。
 そんな話をしている所に、子供たちが集まってきた。
 どうやらもうお昼ご飯の時間になってたみたい。

「おなかすいたー」
「メイリンおねーちゃん、はやくはやく〜」
「ちょっとまってね」
「ねえラクスさま、メイリンおねえちゃんとなんのおはなししてたの?」
「それはですね…はやく、お二人の赤ちゃんが見たいってお願いしていたのです」
「えー、メイリンおねえちゃん、ママになるの?」
「ほんとほんとー?」
「ラ、ラクスさまっ」
「そうしたらみんなはおにいちゃんとおねえちゃんになるんですから、守って差し上げて
くださいね」
「「「「「うん!」」」」」
「ちなみにわたくしは女の子が良いなと思っているんですけど、みなさんは?」
「ぼくおとうとがいいなぁー」
「わたしはいもうとー」
「りょうほうがいいよ」
「まあ、それは良い考えですわ。メイリンさん、がんばってくださいね」
「あ、あのね…もう、ラクスさま〜」
「うふふっ」
「「「「「がんばって、メイリンおねーちゃん!」」」」」
「あううぅ…」

 そ、そりゃあわたしだって欲しいなぁって思うけど、はい出来ましたって訳には
いかないし、なによりアスランさんの協力が不可欠なんです。
 もちろん結婚して一緒に暮らしていますから、それなりにはいろいろしてたり…って
ううっ、口に出すと恥ずかしいよ。
 なによりプラントと同じやり方もあるんだろうけど、出来れば自然に任せたいって
気持ちがある。
 うん、まずは気持ちからがんばらないといけない。
 まさかその思い込みに近い気持ちが、夕食になって気づく事になろうとは…とほほ。

「あー、アスランだけおかずがおおいよー」
「ほんとだー」
「まあメイリンさん、さすがですわ」
「あ、あの、これはっ…」
「メイリンおねーちゃん、がんばれ〜」
「ぼく、おとうとー」
「わたし、いもうとー」
「あうあう…」
「メ、メイリン?」
「何でもないです、ううっ」

 アスランさんに事情は説明したいけど、でもこんなこと言ったらはしたないと
思われるかもしれない。
 ラクスさまはころころ笑ってるし、頷いているカリダおばさままで事情を知っている
みたい。
 そしてキラさんも複雑な笑顔でわたしを見ている、あうぅ。
 解っていないのはアスランさんだけだし、でも子供たちが言ってる事からきっと
伝わってしまう。
 その中で進んだ夕食は微妙な空気で、自分の料理の味が解らなかった。



「あ、あの、メイリン…」
「は、はい…」
「その…なんとく、解ったと思うんだ」
「え、えっとですね、その…」
「メイリン…」
「あ…」



 詳しくは言えないんですけど、その…その日から努力はしています。
 毎日ニコニコしながら聞いてくるラクスさまがちょっと意地悪で、でも子供たちの
キラキラしてまっすぐな瞳がわたしに何かをくれている気がして。
 だからそう…いつか、この手に抱ける事信じています。



「できたんだってー、おめでとうメイリン!」
「おめでとうメイリンさん、はいこれ」
「その…おめでとう、二人とも」



 翌日、花束やベビーグッズを持って来られて、わたしは呆然としてしまった。
 だ、誰ですか、ミリアリアさんやマリューさんどころか、カガリさんまでにデマを
流したのはっ!?



「うふふ、楽しみですわ〜」



 ○月5日



「はぁ…」

 いつものようにアスランさんを見送って、部屋に戻った時に口からため息が零れた。
 それは、女の子にとって最重要問題の一つなのです。
 気が付いたのは昨夜の入浴の後、何気なしに調べてみて解った。
 油断していたわたしにも責任はあるけど、今は悩んでいる場合じゃない。

「これがあれなんだ…ううっ、このままだとアスランさんに嫌われちゃうかもしれない」

 そう考えただけで恐怖が体を震わせました。
 むん、いけないいけない…ネガティブに考えても、良い事なんて何にもない。
 今日から気を引き締めて元に戻さな…ううん、元より少なくしないとダメよ!
 こうしてアスランさんに気づかれる前に、努力の日々が始まりました。

「あら、メイリンさんはもうよろしいのですか?」
「え、はい、もうお腹一杯ですからっ」
「はぁ…でも、いつもの半分しか召し上がって…」
「いいえ、全然大丈夫です!」
「そうですか…」

 ああ、今のわたしにはラクスさまの好意が辛いです。
 心の中で涙を流しながら、目の前で美味しそうにご飯を食べている子供たちを
笑顔で見つめました。
 昼食が終わり後かたづけをして、用事を済ませるとトレーニングウェアに着替える。
 幸い目の前は海、さっそうと走り出すと何処までも続く砂浜に足跡を付けていく。

「はーはー…こんなに走ったのなんて久しぶりだなぁ」

 ついつい走り過ぎちゃったけど、ストレッチをしながら呼吸を整える。
 そう言えばここは地球でした、プラントと重力が違います。
 だから余計に自分の迂闊さが明確に解りました。
 そうよっ、アスランさんの為にもわたしはがんばらないとだめなんだからっ!
 ぐっと拳を握って気合いを入れると、家に向かって走り出した。

「ごちそうさまでした」
「あれ、メイリンさん、デザートは?」
「もうお腹一杯です、ですからラクスさまどうぞ」
「あらあら、ありがとうございます」

 あうー、わたしのデザートがぁ〜。
 これは罰なんだ、幸せに浸りきっていた自分への戒め。
 イチゴジェラードが…ああ、美味しいですかラクスさまぁ…。
 でも恨めしそうな顔は出来ない、だって進めたのは自分だから。
 決意した初日から早くも厳しい現実に直面しながらも、わたしはがんばった。
 それから数日が経ったある日…。

「メイリン」
「なんですか、アスランさん?」
「その…食欲が無いみたいだって、ラクスが気にしてたから…」
「え、そうですか?」
「もしかしてどこか調子が悪いんじゃないかって」
「大丈夫ですよほらっ、こんなに元気ですよ」
「それならいいんだ、でも無理はしないでくれよ」
「はい」

 心配そうなアスランさんには悪いと思ったけど、それだけは言えない。
 それに幸せにしてくれたアスランさんにそんな事言ったら、人の所為にしている
みたいで嫌だから…。
 でもありがとうアスランさん、なんだかわたし勇気貰った気がします。
 よーし、ラクスさま見たいに素敵な女性になるんだ!
 今日もがんばるぞー!
 いつものように着替えて砂浜を走っていると、ミリアリアさんに出会った。

「やほー♪」
「こんにちは、ミリアリアさん」
「ふーん、がんばっているみたいね」
「え、えっと」
「みなまで言わなくても宜しい、事情は理解しました」
「あ、あははっ」
「実はあたしもねー」
「ミリアリアさん!」
「メイリン!」

 いた…ここにも同じ思いを持つ同士が!
 ああ、自分は一人じゃないんだ…それが嬉しかった。
 がしっと交わす熱い握手、わたし達の思いは一つだった。
 こうして心強いジョキング仲間が増えました。
 そして順調にわたしたちは目標に向かって進んでいきました。
 だけど、その気負い過ぎたと言うか、わたしには意外な結果が待ち受けていた。

「メイリン?」
「…………」
「あのー、メイリン?」
「……っは、なんですかミリアリアさん?」
「なんかぼーっとしていましたけど…」
「そうですか?」
「ええ、先程もお呼びしたのですが、なんだか上の空でしたし」
「あ、あれ…でも…あ…」
「メイリン!?」

 そこで記憶がぷっつりと切れていて、目を覚ました時はベッドの上で、側には
アスランさんが心配そうに見つめていました。

「あ、あれ…」
「気が付いたか、メイリン」
「わたし、なんで…?」
「砂浜で急に倒れたって、連絡受けてびっくりした」
「ごめんなさい」
「いや、無事なら良いんだ」
「はい」

 アスランさんが優しくわたしの頭を撫でてくれた。
 それが嬉しくて恥ずかしくて、顔をシーツで隠したくなった。
 でも力が入らなくて、結局されるがままに静にしていた。
 そこで自分が何をしていたのか、アスランさんに全て話した。

「そうか」
「あの、心配掛けてごめんなさい」
「いいんだ、でも無理はしないでくれ」
「はい」
「俺はその…ありのままのメイリンが好きだから」
「は、はい」

 わたしの額に優しくキスをしてくれたアスランさんを、寝るまで見つめ続けました。



 で、思い切ってミリアリアさんと一緒にラクスさまに聞いてみました。



「ええーっ!?」
「はい、わたくしは全然変わりません」
「不条理だわ…」



 その答えにわたしは呆然とし、ミリアリアさんはがくっと肩を落としていた。
 ああ、やっぱりラクスさまは無敵です。



 ○月6日



「どうぞ、アスランさん」
「ああ、ありがとうメイリン」

 今日は休日です、ですから朝からアスランさんと過ごしています。
 孤児院の方はミリアリアさんに借り出されたディアッカさんが、代わりに
がんばっているようです。
 確かディアッカさんも休日だったと聞いていますが、ここはミリアリアさんの
好意に甘えます。
 まあ、グレイトなディアッカさんですから、平気でしょう…たぶん。
 それよりもわたしはこの幸せな時間を楽しまなくっちゃ♪

「うん…」
「アスランさん?」
「いや、こう言う静かな時間もいいなって」
「はい」

 ソファーに並んで座っていたわたしは、そっとアスランさんの肩にもたれ掛かる。
 アスランさんもわたしの肩に腕を回して、優しく抱き寄せてくれる。
 幸せです、もう最高の時間を過ごしています。
 出来ればこの時が永遠に続くように、目一杯祈りました。
 ……だけど、神様はちょっぴり意地悪みたいで。
 それはベルを鳴らして、花束を抱えてドアの向こうに待ちかまえていました。

「はーい……えっと、バルトフェルドさん?」
「やあやあメイリン、幸せ中の所まことに済まない」
「い、いえ、ところで何かご用でしょうか?」
「んー、実はこれを君にね」
「花束?」
「僕からもおめでとうと言わせて貰うよ、それで男の子なのかな? それとも女の子
なのかな〜?」
「へ?」
「だから、出来たんだろ…赤ちゃん」
「ち、違います!」
「むう…確かダゴスタ君から聞いた話ではお腹も大きくなっているとか…」
「で、デマです!」

 誰ですか、そんな噂を流しているのは?
 大体、お腹が大きくなっていたら、ジョキングなんて出来るわけ無いでしょう。
 それにわたしだって出来たら嬉しいけど、こればっかりは…。
 ど、努力はしてますよ、ええ…でもぉ。
 そんなわたしの心中をまったく気にしてないバルトフェルドさんは、話を続ける。

「むう、残念だ…一応、君には期待はしているんだぞ」
「き、期待?」
「そう…僕らコーディネーターの期待の星、メイリン・ザラと言えばプラントでも
ラクスと同じく話題沸騰中なんだ」
「な、なんですかそれはっ!?」
「一見地味…いやいや、大人しかった女の子が、大戦の英雄を仕留めたって噂はプラントの
みんなが知っているところだ。当然、二人の子供は注目の的だ」
「そ、そんなこと言われても…こ、困ります!」
「まあまあ、とにかくがんばって元気な赤ちゃんを一人と言わず何人でも産んでくれたまえ」
「何人って…」
「そうだな、僕としてはベースボールが出来るぐらいが望ましいけど、どうかな?」
「どうかなって、あのぉ…」

 ベースボールの監督をしたいんですか、バルトフェルドさんは…。
 そんなのは自分でどうにかしてください。
 わたしは男の子と女の子の二人ぐらいが理想です。
 それはともかく、ダコスタさんに一言言っておかなくちゃ。
 と、玄関で話していたら、アスランさんが様子を見に来ちゃった。

「バルトフェルド隊長?」
「よお若旦那、お邪魔してるよ」
「それは止めてください、とにかく中へどうぞ」
「あー、そうかい、それじゃお邪魔するよ」
「メイリン」
「あ、はい」

 つかの間の安らぎは、こうして終わりを告げました。
 一応、わたしがコーヒーを用意して出したら、急にはりきりだしてコーヒーの
なんたるかを、得々と語り出して。
 それからキラさんやラクスさまを巻き込んで、コーヒー談義に話が進みました。
 アスランさんもキラさんも苦笑いしていたけど、ラクスさまだけは関心して聞いていました。
 だからわたしもラクスさまを見習って、笑顔で対応していたけど…たぶん、
引きつっていたかもしれない。
 その後、子供たちと一緒になって夕食まで食べて酔いつぶれたので、連絡したダコスタさんが
引き取っていきました。
 もちろんその時にダコスタさんに、一言注意したのは言うまでもないです。

「もう、どこからお酒持ち込んだのかなぁ…」
「そうだね…」
「アスランさんからも一言言っておいてくださいね」
「ああ、そうしよう」
「ホント、いつまでも子供みたいなんだから」
「あ…メイリン」
「はい?」
「その、今日は悪かったね」
「えっ」
「せっかくの休日だったのにさ…」
「わたし、楽しかったですよ? だってみんな笑っていたじゃないですか」
「メイリン」
「あ…」

 ぎゅっとアスランさんに抱きしめられちゃった。
 温かいなぁ…はぅん。
 これ以上はわたしたちだけの秘密です。



「やあやあメイリン、今日は良い豆が手に入ったんだけど…」



 早くバルトフェルドさんもいい人見つけて上げてください。
 それとダコスタさんには天罰を与えてください。
 だけどその願いは通じるどころか…。



「さあ、心ゆくまで味わってくれたまえ」
「あ、あはは…はぁ」



 いつの間にか孤児院の一部を改装して喫茶店を開業してしまいました。
 神様のばかー!



 ○月7日



「いらっしゃいませ〜♪」



 お店の中に、ラクスさまの声が響く。
 さすがは歌手です、それに笑顔もばっちり決まっています。
 なにをしても様になる人って、こう言う事でしょう。

「メイリンさん、笑顔ですわ」
「は、はい…」
「頼むぞ、若奥様」
「その呼び方止めてください、バルトフェルドさん」
「ちちち、ここではマスターと呼んでくれたまえ」
「解りました、はぁ…」
「マスター、ブレンド1オレ1ですわ」
「はいよ」

 案内したお客さんからオーダーを受けたラクスさまの声にバルトフェルドさんが
応える。
 しかしラクスさま、適応能力が良すぎです。
 はぁ、文句を言ってもバルトフェルドさんだし…それにアスランさんからも頼まれたし、
がんばらないといけないんだ。
 でも、なんで制服がメイド服なのかもの凄く疑問です。
 あと、アスランさんは知っててお願いしたのかなぁ…それも凄く気になります。

「いらっしゃいませ♪」
「はい、こちらにどうぞ」

 疑問に思っている暇もなく、開店と同時にお客さんがやって来ます。
 町中でもないのに、やたらと人が来ます。
 やっぱり原因はラクスさまのメイド服姿でしょうか?
 何しろ本物の歌姫で、今でも歌っていたりしますし…さすがにお店では歌わないけど。
 でも、それだけじゃないようです。

「コーヒーの美味い店が出来て良かったよ」
「ありがとうございます」
「あの、マスターは独身ですか?」
「はっはっはっ、縁がなくってね」
「マスター、コーヒーお代わり」
「はいはい〜」

 どうやらコーヒーの味も自慢するだけあって、早くも常連が出来そうな気配です。
 それにバルトフェルドさんのファンも少なからずいるみたいです。
 しかし宣伝もしていないのに、どうしてこんなにお客さんが来るのか不思議です。
 その時、疑問を解消してくれると言うか、犯人が現れました。

「いらっしゃいませ…ミリアリアさん?」
「そのまま動かないで…OK」
「なんで写真を撮っているんですか?」
「ミリアリアくん、店内の撮影は暇な時に頼むよ」
「はいはいマスター、あたしにもコーヒーひとつお願い」
「りょうかい」
「ん〜、繁盛していて骨を折った甲斐があるわね」
「なかなか盛況で嬉しい限りだよ」

 やっぱりそう言う事でしたか、余計な事をしてくれましたねミリアリアさん。
 そしてコーヒーが出てくる前にも、わたしやラクスさまを撮っていく。
 はぁ…ミリアリアさんを押さえるなんて、ディアッカさんには無理かなぁ…。
 尻に敷かれているってもっぱらの噂だし。

「何か思った、メイリン」
「いいえ、別に」
「そう、それよりも笑って笑って」
「静かにコーヒー飲んでください」
「ケチね…あ、ラクスさ〜ん」
「はい?」
「だから、写真撮るの止めてください」

 そのラクスさまは、ファンなのかテーブルに座った人たちにサインやら握手やら
嫌な顔せずに接客していく姿に関心しました。
 めげている場合じゃないですね、ラクスさまをだけを犠牲にしていてはいけない。
 アスランさん、わたしがんばります!
 心の中で笑顔のエールをしてくれるアスランさんの為に、メイド服姿の
ウェイトレスに徹しました。
 やがて時間も流れて、閉店間近になりました。

「ふー、開店初日からなんでこんなにハードな展開に…」
「ふふっ、でも楽しかったですわ。ウェイトレスは初めてでしたから」
「握手とかサインとか、サービス良すぎますよラクスさま」
「そうでしたか? でもせっかく来てくれましたので」
「いえ、悪くはないですよ」
「そうそう、お客さまは大事にしないと」
「…マスターは上機嫌ですね」
「それはそうさ、だって僕のコーヒーを解ってくれる人が大勢来てくれたからね」
「それはよかったですね、はぁ」

 店内にお客さんもいないし、閉店までのわずかな時間が、ゆったりと流れます。
 このまま終わりかなと思ったら、お客さんがきましたので、最早条件反射になった
笑顔で出迎えます。

「いらっしゃませ、本日はもうへいて…へ?」
「メ、メイリン?」
「ラ、ラクス?」
「アスランさん…」
「まあ、キラ…お帰りなさい」
「た、ただいまラクス、その格好は…」
「はい、どうですか、似合っていますか?」
「あ、うん、そうだね」
「うふふ、ありがとうですわキラ」

 二人は盛り上がっていますけど、わたしとアスランさんの場合はそうはいかない。
 アスランさんは呆然として、わたしはたぶん顔中真っ赤になって固まっていました。
 しらなかったんですね、この姿でウェイトレスする事実を…。
 と、とにかく何か言わないとっ



「あ、あの…お帰りなさい、ご主人さまっ」
「メイリン!?」



 何口走っているのよ、わたしは〜!!
 合っているようで合ってない言葉が、微妙な空気を生み出しました。
 ご主人さまの意味が全然違うのは気のせいだって思いたかった。
 しかし、バルトフェルドさんとミリアリアさんにはしっかりと通じていたようでした。



「いってらっしゃいませ、キラさま」
「ラクス…それは、やめてよ」
「うふふっ」



 ラクスさまが怪しい遊びに目覚めたのは、わたしの責任なのでしょうか?



「ちょ、ちょっと恥ずかしいわね」



 カリダおばさままでウェイトレスになったのも、わたしの責任でしょうか?
 もう深く考えるのは止めました、わたしの力ではどうにもならないこともあります。
 はぁ…それでもコーヒーが自慢の喫茶『砂漠の虎』は、今日も朝から満員御礼です。



 ○月8日



 今日も朝から喫茶『砂漠の虎』は、人で溢れています。
 しかも、わざわざオーブ国外から来た人もいるようで、外の駐車場には
ツアーバスまで止まっています。
 ちなみに外では、朝から呼び出されたダコスタさんが駐車場の整理をしています。
 なんて言うか、ぶっちゃけ情報をオープンし過ぎなんじゃないかと思う。
 ラクスさまとかキラさんとかアスランさんとバルトフェルドさんとか、戦争を終結させた
最重要人物がいるのに、ちょっと心配です。

「いいんですかマスター、こんなに宣伝しちゃって…」
「ああ、これでいいんだ」
「でも…」
「こうしてここにいると知らせておけば、逆に手は出しにくいはずさ、それに…」
「それに?」
「前回の様なヘマはしないさ、いろいろ手配はしてあるが、それは秘密だ」
「はぁ…ならいいんですけど」
「だからメイリン、君も安心してラクスと一緒にポーズを決めてくれ」
「わたしはラクスさまと違って、アイドルじゃありません!」
「ふっ」
「な、なんですか、今の笑いは?」
「そんなことよりも、お客さんが呼んでるよ」
「うっ」

 上手くはぐらかされたけど、何か隠しているのは間違いない。
 急激に嫌な予感が大きくなっていくけど、今は忙しくてそれどころじゃなかった。
 どうせバルトフェルドさんに聞くだけ無駄だし、後でダコスタさんを捕まえて問い
つめよう。
 それにしても人手が足りません、今日はカリダおばさままでいるのに、全然足りません。
 うーん、このままじゃ閉店までに誰か倒れちゃうかもしれないなぁ…。

「お待たせっ、この私が来たからには、もう安心よ♪」
「…………(わたし)」
「…………(ラクスさま)」
「…………(カリダおばさま)」
「…………(店内のお客さんたち)」

 いきなり現れたその人に、店内にいた人たちが注目しました。
 その…よく知っている人なのですが、何かが違います。
 えっと、その…ハッキリ言えばぴちぴちのメイド服(しかもミニスカート)でした。
 そしてびしっとポーズを決めているようですが、表情は引きつっているみたいです。
 その痛すぎる程の沈黙を壊さないように、こそこそカウンターに座った人に話しかけた。

「あ、あの、ムウさん」
「……す、すまん、止められなかった」
「いえ、手伝ってくれるって気持ちは届いた…かなぁ、あはっ」
「俺も普通のが良いと進めたんだか、なんでも妙な声が聞こえたとか…」
「声ですか?」
「ああ、それであのポーズもそれに従ったらしいんだ」
「そ、そうですか」

 そろそろ名前を呼んだ方がいい気がしてきて、おそるおそる声を掛けて見る事にしました。
 だって、みんなの視線がなぜかわたしにそうしろと囁いているように見えたんです。
 こんな時にだけわたしですか、ううっ。
 まあ、このままじゃ営業に差し支えるし、仕方在りません。
 アスランさん、見守っていてくださいね。

「あ、あの、マリューさん」
「……いいのよ、笑っても」
「いえ、その…よく似合っています」
「…ホント?」
「は、はい、マリューさんはスタイル抜群ですから、その…素敵です」
「う、うん…ありがと」
「でも、ちょっと刺激的かなーっと思うので、普通の服にして欲しいです、はい」
「解ったわ、私も実はそうじゃないかと思っていたのよ」
「はは、お願いしますね」

 ささっと奥の方に行ったマリューさんが見えなくなると、お店の止まっていた時間が
動き出しました。
 しかも、何事もなかったように、何も見なかったように、お客さんは歓談してます。
 それから普通のメイド服に着替えたマリューさんが戻ってきたら、みんなの
見つめる視線が生暖かい事に気が付きたくなかったです。
 そんなハプニングも在りましたけど、強烈な助けが加わって順調に午前中は過ぎました。

「ふー、なかなか大変ね、ウェイトレスって」
「お疲れ様です、でもちゃんと出来ていましたよ」
「これでも艦長ですからね、これぐらいどってことないわ」
「そ、そうですね、ははっ」
「それに私よりラクスさんの方が、大変だったようね」
「もう、開店初日からあんな感じです。でも、嫌な顔一つ見せないで笑顔でがんばるのは
見習いたいです」
「そうね」

 そこにカリダおばさまお手製のパスタを運んできたラクスさまが席に座りました。

「まあ、何のお話ですか?」
「ラクスさんが凄いって話よ」
「あら、それでしたらメイリンさんも…」
「へ?」
「あらあら、聞いていませんか?」
「な、何を?」
「いえ、実はプラントでメイリンさんのファンクラブが出来たとか…、会員証を
見せて頂きましたわ」
「んなあっ!?」
「おー、ついにメイリンさんもデビューかしら?」

 わたしはカウンターの方を睨むと、そこには既にマスターの姿はいませんでした。
 やってくれましたね、バルトフェルドさん…。
 嫌な予感の正体はこれだったんですね、いつの間にそんなことしていたんですかっ。
 わたしは外に飛び出すと、車の整理をしていたダコスタさんを捕まえて、
洗いざらい喋って貰いました。



「な、な、なあっ!?」



 夜になってネット検索したわたしは、唖然としてしまいました。
 わたしのファンクラブの会員は日に日に増えている実態と、その代表がバルトフェルド
さんになっている事実に。



「バルトフェルドさん!!」
「はっはっはっ」



 またしても何も知らなかったアスランさんがこの事実に驚いて、応援するとか妙に誤解
された事を必死に弁解しなければなりませんでした。
 もうっ、わたしはアスランさんだけのメイリンでいいんです!
 翌日、大元の人にわたしが用意したタバスコ一本分が入った特製コーヒーを
飲んで貰いました。
 しばらく唇が腫れて何も喋れなくなっていたけど、これで反省するかどうか疑問です。
 この先、わたしはアスランさんと静かに暮らせるのかかなり不安です。



 ○月9日



 すっかりウェイトレスが定番になりそうでちょっと嫌なのですが、今日はお店に
珍しい人が来ています。
 お陰でテーブルの一つが重苦しい空気に占領されています。
 その…その席にいる人が問題なんですけど。
 カウンターの向こうで、冷めたら美味しさを逃しちゃうぞとバルトフェルドさんが
ぶつぶつ言ってますけど、それじゃあの人たちには聞こえていませんよ。

「…ふぅ、とにかく何度言われても変わらない」
「アスラン!」
「た、隊長っ」
「くっ」
「ZAFTには二度と戻らない、それが俺のけじめなんだ」
「しかしだなっ」
「それに…俺には守りたい人がいるんだ」

 も、もうアスランさんったら、恥ずかしいですよう。
 でも、そう言う台詞をさらっと言えるところが、もう素敵です。
 でもでもっ、わたし幸せです。
 それで思わず顔がにんまりしちゃうのを我慢して、話に耳を傾けた。

「俺がいなくてもイザークがいれば大丈夫だろう」
「しかし、お前ほどの力を持った奴は他にはいない」
「ああ、ディアッカ連れて行ってもいいわよ」
「お、おいっ、ミリアリア!?」
「こんな腑抜け、いらん!」
「ぐっ…一言かよ」
「あー、ごめん、こいつ邪魔だわ、ねーシホさん?」
「えっ!?」
「そうだな、わりぃイザーク、俺もだめだわ」
「ああ、そうか…がんばれよ、イザーク」
「き、貴様ら、なに生暖かい目で見てるんだ?」

 みんなの視線で怒鳴っているイザークさんの横で、顔を赤くしている彼女は、
前大戦からの部下でZAFTレッドのシホ・ハーネンフースさん。
 結婚式の時もお祝いに来てくれて、その時少しだけお話したなぁ…。
 みんなが知っている通り、イザークさんが意中の彼のようです。
 しかし、その思いはなかなか伝わらないようで、苦労しているみたいです。
 何とかして上げたいけど、わたしもバルトフェルドさんの所為でいろいろ大変だし…。

「まあまあイザークさん、お静かになさってくださいね」
「うっ…す、すみません」
「はいどうぞ、マスターからの差し入れですわ」
「あ、ありがとうございます、ラクスさま」
「シホさん…でしたわね?」
「はい」
「諦めてはいけませんよ、信じる気持ちが在れば、必ず思いは届きますから」
「は、はいっ」

 いきなり現れたラクスさまが、砂漠の虎で新しい名物になりつつあるカリダおばさまの
ガトーショコラをシホさんに差し出した。
 おばさまって料理上手だからなぁ…もっといろんなレシピ教わらなくっちゃ。
 って、今はわたしの事よりも、目の前のシホさんだった。
 ラクスさまの笑顔付き励ましで、俯いていた顔を上げて力強く頷いていた。
 それが合図のようにみんながアイコンタクトが始まり、思いは一つになった。
 先制攻撃は、ミリアリアさんの一言だった。

「そうそうイザークさん、仕事も良いけどたまには息抜きなんてどう?」
「そんな暇はないっ」
「がんばりすぎるのも良いけどな、肩の力抜けよ」
「抜けすぎのお前に言われたくないぞ」
「しかし、ここ暫く働きづめだったんだろう? 少しは骨休めをしたほうがいいぞ」
「だがなっ…」
「そうですわね、それにもし体調を崩してしまったら、大変ですわよ」
「は、はぁ…」
「シホさんもイザークさんが倒れたら嫌ですよね?」
「え、あ、は、はいっ」

 良かった、どうやらシホさんにこちらの意志が通じたみたい。
 そう…何故、このお店を選んだのか? 何故、これだけのメンバーがここにいるのか?
 全てはバルトフェルドさんの作戦だったのです。
 一応、人を見る目があるみたいで、わたしたちの結婚式に来ていた一目見たシホさんの
気持ちを見抜いていたようです。
 それでわざわざみんなにも都合良く来て貰い、イザークさんを追いつめ…じゃなくって
有意義な休暇を過ごして貰う事にしてみました。
 シホさんにはサプライズな事になっちゃったけど、今は良い方向に流れています。
 後はもう一押しだけです。

「あー、メイリンくん」
「なんですか、マスター?」
「これを彼に…」
「手紙?」

 バルトフェルドさんに呼ばれて、カウンターごしに渡された手紙を持って、
イザークさんに手渡す。
 そしてその手紙を読んでいくイザークさんの顔がどんどん険しくなっていくのは、
正直怖かったです。
 その手紙を握りつぶして立ち上がったイザークさんは、バルトフェルドさんに
詰め寄りました。

「これはなんですか、バルトフェルド隊長!」
「しらなかったのかい、それは休暇届を受理したという知らせだが?」
「そう言う事を聞いているのではありません!」
「きちんとカナーバ議長代理の署名入りだから、正式な物だぞ」
「しかしっ!」
「君も往生際が悪いな、そんなんだからキラに勝てなかったんだぞ」
「ぐっ」

 うわー、きっつい一言をさらっと言っちゃったよ。
 そこにタイミング良く、キラさんが帰ってきました。

「ただいま、ラクス」
「おかえりなさい、キラ」
「おいっ、貴様!」
「え、イザーク?」
「そうだ、俺と勝負しろ!」
「え、なに?」
「おい、イザーク…」
「だまれ、休暇と言うのなら好きにやらせてもらうぞ!」
「あらあら、大変な事になりましたわ」

 当初の目的とちょっと違いましたが、暫くオーブに留まる事になったようです。
 シホさんにみんなからやったねとサムズアップでエールを送っています。
 照れながらも満更でもないシホさんには、笑顔が浮かんでいました。
 ちなみ泊まるところはホテルじゃなくって、孤児院の客室になってます。
 この件で何もかも謀った喫茶店のマスターは、黙ってコーヒーを飲んでいました。



「今度こそっ」
「まだやるの?」
「熱いなぁ、若者たちは」
「全然変わらないんだな、イザークは」
「じゃなきゃイザークじゃないだろ?」



 と、一日中模擬戦でキラさんとアスランさんにこてんぱんにされた後、
シホさんと気分転換にデートすると言うプランは順調に進行中です。



「で、ダコスタくん、エザリア評議員に定時報告よろしく」



 バルトフェルドさん…策略もいいですけど、きちんと仕事してください。
 まあ、今回はわたしには無害だったので、少しだけほっとしました。



 ○月10日



「はいみんな、注目〜。本日から新しい仲間が加わります、仲良くね〜」
「シ、シホ・ハーネンフースです。よろしくお願いしますっ」

 ぱんぱんとバルトフェルドさんが手を叩きながら呼ぶので何事かと思ったら、
そこにいたのは、メイド服姿のシホさんだった。
 イザークさんだけじゃなくってシホさんも休暇中になっているので、
誰かさんの口車に乗せられたのか、二つ返事でOKしちゃったみたい。
 あの渋い感じの姿は何処へやら…今じゃすっかり芸能人のマネージャーみたいです。
 時折、どこかの方言かなまりみたいな言葉を電話で話しているのを見た事があります。
 人も変わっていくんだなぁと思ったけど、バルトフェルドさんの様になっちゃうのは
ちょっとあれです。

「メイリンくん、何か変な事考えていなかったかね?」
「さあ、それよりもマスター、開店の時間です」
「むっ…はぐらかされたか」
「それじゃわたしがコーヒー煎れましょうか? 味見だけお願いしますけど?」
「いやいや、コーヒーは僕の領分だからね、お客さんの相手を頼むよ」
「了解です」

 にっこりと営業スマイルでバルトフェルドさんをカウンターに押し戻すと、
表に出て、ドアのプレートをOPENにひっくり返す。
 それを待っていた人たちが、どっとお店の中に入っていく。
 …ふと思ったんだけど、この人たちってお仕事何しているのでしょう?
 『砂漠の虎』の売り上げに貢献してくれるのは解るんだけど、ちゃんと仕事しましょうね。
 じゃないと、ここのマスターみたいになっちゃいますよ。

「へー、君が新人なんだ」
「は、はい」
「シホちゃんって言うんだ、可愛いねー」
「あ、ありがとうございます」
「マスター、良い娘入ったねー」
「何処でスカウトしてくるんですか?」
「はっはっはっ、それは企業秘密です」

 何が企業秘密なんだか…単に口が上手いだけで、昔のつてを利用しているだけです。
 現実問題としては、わたしとラクスさまは大助かりなので、文句は言えません。
 孤児院の方はキラさんと泣く泣く手伝っているディアッカさんが、なんとか
がんばっているようです。
 やっぱり男の人がいると、いろいろ助かるってカリダおばさまが喜んでいた。
 おばさまは今、ケーキ作りがメインだから、それ以外は孤児院の方を見て貰っています。
 でも、わたしもラクスさまも、このままずっとウェイトレス決定なのか、不安です。
 無理かも知れないけど、わたしはアスランさんと毎日穏やかに過ごせればいいなぁと、
夢見ているなんてバルトフェルドさんは知らないです。

「メイリンさん」
「は、はいっ、なんですか、ラクスさま?」
「シホさん、凄いですわね」
「え、ええ…初めてとは思えないほど、上手くできていますね」
「これなら少しはアスランとゆっくり出来ますわね」
「え、えっ!?」
「最近お忙しいですから、すぐに寝てしまって大丈夫かなと、アスランが心配してましたわ」
「あ、あうー」
「だから、バルトフェルド隊長にも、少しお考えくださるように言っておいたのです」
「そうですか、あはは…ありがとうございます」
「いえいえ、メイリンさんが幸せだと、わたくしも幸せな気分になりますから」
「もー、止めてください、は、恥ずかしいですよ」
「うふふっ」

 そう話しながら、シホさんの新人らしくない仕事を見ながら話していました。
 しかしラクスさまって時々突っ込みがきついと感じる時があるんだけど、もしかして
ささやかな意地悪されているのでしょうか?
 結婚したのも先でしたからね…ううっ、別に自慢するつもりは全然ないですからっ。
 それでシホさんの話しに戻しますけど動きに無駄はなくオーダーミスも無し、
そつなくこなしています。
 でもそろそろ黙って見てるのは止めないと、シホさんの未来が妙な方向に行っちゃいそうで
何とかしないといけないなって、ため息一つついてからラクスさまと動き出しました。

「シホさん、休憩に入って良いですよ〜」
「大丈夫です、まだまだ平気です」
「ううん、休むのも仕事の内です。そうですよね、マスター?」
「うんうん、メリハリは大切だね」
「は、はぁ…」
「はい、こちらですわ、シホさん」
「ラ、ラクスさまっ、て、手をっ!?」
「女の子同士ですから、照れる事ありませんわ」
「で、でもっ…」

 シホさんの抗議は有る意味正しいです、だって相手はラクスさまなんですから。
 それが普通の反応なんですけど、ラクスさまって身近に同年代の友達がいなかったそう
なので、月面都市でわたしとお買い物した時は凄く嬉しそうでした。
 それ以来、もっと気軽に接して欲しいとお願いされたので、今ではだいぶ普通に
話せるようになってきました。
 そう言えば学校の友達、今頃何してるのかなぁ…今度、連絡取ってみようかな。
 質問攻めに合うのは確実なんだけど、これもしょうがないです。
 って少し懐かしんでいたら、外からダコスタさんがお店の中に入ってきました。

「隊長〜」
「ダコスタくん、ここではマスターと呼びたまえ」
「はい、マスター」
「で、なにかな?」
「ビーチハウスの件…」
「ダコスタくん、それは後で」
「え、でも…」
「いいね」
「…何の話ですか?」
「え、いや、なんでもないなんでもない」
「ラクスさま呼びますけど、バルトフェルドさん?」
「あっはっはっはっ…降参」

 ビーチハウスって何を考えているんですか?
 その全貌を聞き進んでいく度に、わたしは呆れるしか有りませんでした。
 し、しかも、わたしたちだけじゃあきたらず、アスランさんやキラさんまで巻き込もうと
していたなんてっ!
 何が顧客拡大ですか? 単に女性客が少ないってバルトフェルドさんの不満解消な為な
だけじゃないでかっ!
 なによりっ、季節限定で水着なんて冗談じゃありません!
 その事をラクスさまに話して抗議して貰おうかと思っていました、けど…。



「まあ、素敵ですわね」



 ラクスさまぁ…勘弁してください。



「バルトフェルドさん」
「キ、キラ、落ち着けっ…」



 この日、キラさんの笑顔がとても印象に残って、しばらく忘れる事が出来ませんでした。
 ラクスさまと違って、息が止まるほど怖かったです。
 ちなみにアスランさんは心底わたしに『すまない』と、申し訳なさそうに謝っていました。
 いいんですよ、アスランさんの気持ち、ちゃんと解っていますから。
 だってわたしは…メイリン・ザラなんですから♪



 ○月11日



 今日は『砂漠の虎』はお休みです、なんでも良い豆を買いに行くとか何とかで、
朝からダコスタさんを連れてバルトフェルドさんはお出かけしてます。
 だから久しぶりに孤児院の子供たちのお世話をして、今はわたしの部屋にシホさんを
お招きしてます。
 例によってイザークさんはキラさん相手に、本気の模擬戦のようです。
 アスランさんのジャスティスを借りてがんばっているようですけど、傷つけないで
欲しいなぁと思ったり…。
 その間に、何かシホさんがわたしに聞きたい事があるとかで、こうしてお茶しています。

「それで、わたしに聞きたい事ってなんですか?」
「あ、あの…その…ですね…」
「はい?」
「つまり…そ、その…うん…」
「シホさん?」
「ど、どうやってアスランさんを墜としたのか、教えてください!」
「ええっ!?」

 シホさん、目つきが怪しいですって言うか、怖いです。
 なんか今にも襲われそうです、身の危険を感じちゃいました。
 それだけ切羽詰まったシホさんの気持ちも解りますけど、相手が違いますよ。
 しかしイザークさんって、良い意味だと真っ直ぐな性格と言えるかな…でも、悪く言うと
猪突猛進って言うかも知れない。
 もう少し、周りで自分の事を気に掛けてくれる人がいると考えて欲しいなぁ。
 そうすればシホさんだってこんなに気苦労する事はないし。

「どうやってって…んー、特に何もしてないですけど?」
「そんなはず、有りません!」
「あ、ありませんって言われても…わたしがしていた事って言っても、アスランさんの
側から離れなかった事ぐらいですけど…」
「本当に?」
「はい…あの雨の夜、アスランさんが警備兵に追われて逃げ込んだのがわたしの部屋で、
詳しい話を聞いたらとにかくおかしくって、このまま捕まったらアスランさんが大変な事に
なるって思ったの。だから、無我夢中で自分出来る事で協力してハンガーまで行った時に
わたしの身を案じてくれたアスランさんが差し出した手を掴んだんです」
「そうだったんですか、フェイスの彼がいきなり裏切り者なんて、イザーク隊長も変だって
言ってましたから…」
「で、ちょっとアークエンジェルを捜す前に見つかって撃墜されたんですけど、その時も
アスランさんが庇ってくれて、わたしは軽傷で済みました」
「はぁ…さすがですね」
「その後運良く、アークエンジェルの関係者に救助されて、オーブに来たんです」
「大変だったんですね…」
「それでZAFTがオーブに侵攻した時にアスランさんが残るように言ったんですけど、
わたしは離れるのが嫌で、そのままアークエンジェルに残ったんです」
「側に居続けたという事ですね」
「はい、その後、宇宙に行ってエターナルの通信士にして貰ったんです。ジャスティスは
そっちが母艦でしたから…」
「一途さの勝利ですか…」

 わたしの話にシホさんはしきりに頷き、何かを考えているようでした。
 ホントはカガリさんの事とかいろいろありましたけど、それはわたしが言っちゃいけない
きがしたので、話しませんでした。
 アスランさんとカガリさんの間でいろいろあったと思うし、その思いの結果が今のわたしの
立場に影響しているのは事実だと思います。
 この状況に甘えないように、アスランさんに相応しい人で在りたい、いつも思っています。
 なにより、笑顔で祝福してくれたカガリさんの為にも…。

「ありがとうございます、無理言ってすいませんでした」
「ううん、シホさんの応援になればいいかなって思ってます」
「はい、メイリンさんを見習って、一途に攻めてみます」
「あはは、でも自分らしくが一番だと思うなぁ…シホさんはシホさんらしくですよ」
「がんばります」
「じゃあ、さっそく…」
「えっ」
「軽く先制攻撃なんてどうですか?」

 それからシホさんとキッチンであれこれ試行錯誤の始まりです。
 一途なのも良いですけど、イザークさんには押しも必要だと思います。
 もっとも、イザークさんの場合は天然じゃなくって、鈍感といった感じなので
ここは直球勝負が良い結果を生むんじゃないかなぁ…。
 シホさんにアドバイスをしながら、その決め球を仕上げていきます。
 ちょうど出来上がった時に、アスランさんたちが帰ってきたので、一足先に
わたしはお出迎えしに、後を任せて玄関に向かいました。

「あ、あの、隊長、お疲れ様です」
「ん、ああ…」
「そ、それでこれをっ」
「なんだ、これは?」
「甘い物ですが、疲れている時に良いと胃言う子ですから…ですから、作ってみました」
「そうか、では貰おう」
「は、はいっ」

 リビングに二人を残して、アスランさんたちをお休み中のお店に連れて行きます。
 前もってディアッカさんはミリアリアさんに排除して貰いました。
 これで二人を邪魔する者はいません、シホさんがんばってと心の中でエールを送ります。
 そしてキラさんもラクスさまの所に行ってしまったので、お店の中で二人きりになって
いました。

「あ、何か煎れますね」
「勝手に使っちゃって、いいのかな?」
「はい、鍵だって預かっていますから」
「うん、じゃあ熱いの貰おうかな…」
「はい、少々お待ちくださいね」

 誰もいないお店の中でわたしたちは、のんびりと過ごしました。
 それから夕食の時間になりみんな集まった時、シホさんの顔は終始にこやかで、
わたしと目が合った時には、やり遂げたのかしっかりと頷いていました。
 どうやら一歩前進したみたいで、わたしも一安心しました。
 はやくシホさんの思いに気がついて欲しいなと、ディアッカさんにお酒を無理矢理
飲まされて今にも倒れそうなイザークさんに祈りました。



「いやー、ついつい乗っちゃってね〜、気がついたらジャングルの中でこーんな大きな
蛇に襲われて、大変だったよ」
「そ、そうですか」



 夜中に帰って来るなり、そんな冒険談を楽しそうに語る横で、ダコスタさんの
ぼろぼろの姿が、涙を誘いました。



「俺はもう行きませんからね隊長、行くなら一人で行ってくださいよ!」
「つれないなダコスタくん、一蓮托生じゃないか」
「こんなのは嫌ですよー」
「あー」



 ダコスタさん、こんど美味しい物作りますから、食べに来てくださいね。
 と、夕日に照らされた砂浜を泣きながら走るダコスタさんを見て思いました。
 …上司に恵まれないって、ホント大変です。



 ○月12日



「こほんっ、ん…」
「大丈夫か、メイリン」
「ご、ごめんなさい、今日はお見送りできそうに…けほっ」
「ああ、無理はしなくていい」
「はい…」
「今日は早めに帰ってくるよ」
「はい、いってらっしゃい」

 唇の代わりに額にキスをして仕事に行くアスランさんを、ベッドの中から見送ります。
 元気も取り柄のはずなんだけど、何故か朝起きたら目が回ってそのまま寝室から出ること
なく、倒れてしまいました。
 これでもコーディネーターなんですけど、風邪を引いてしまったようです。
 ここのところ何かと精神的体力的に忙しかったし、がんばりすぎちゃった気がしないでも
ありませんが、ちょっとだけ自分が情けなく思っちゃう。
 だって、同じようにがんばっているラクスさまは、元気だし…これじゃわたしだけ
ダメみたいで、ううっ。

「はぁ…」
「苦しいのですか、メイリンさん?」
「え、あ、いえ…大丈夫です、こほんっ」
「ごめんなさい、メイリンさん」
「ラクスさま?」
「わたくし、少し反省しましたわ…メイリンさんばっかりに期待をしてしまって、
自分の事を棚上げにしてました」
「えっと…」
「本当にごめんなさい、許してくれますか?」
「許すも何も…全然きにしてません。それにラクスさまが笑顔なのが嬉しいです」
「メイリンさん」
「それにこうしてラクスさまに看病されるなんて、貴重ですから」
「まあ…うふふっ」
「あははっ」

 固く絞ったタオルを額に載せながら、今ラクスさまに看病されています。
 もしかして世界で初めてじゃないかと思う、だってあのラクスさまがつきっきりで
看病です。
 これで文句なんて言ったら罰が当たります。
 キラさんや子供たちには悪いんですけど、今日はラクスさまを独占です。
 そう思うと、風邪引いたのも案外悪くないなぁって…ちょっと不謹慎ですね。
 でも、今は甘えちゃいます。

「はいメイリンさん、あーんですわ」
「ええっ?」
「ほーら」
「そんな、自分で食べられますからっ」
「あーんですわ」
「ううっ」
「メイリンさん」
「…あ、あーん」

 まるで子供のように扱われていますが、拒否すると悲しそうな顔をするので、ほとんど
ラクスさまにされるがままです。
 至れり尽くせりで立場が逆転しちゃった感覚になりそうで、でもラクスさまが楽しそう
だし、無下に断れないよ。
 しかし、この甘えがこの日最大の恥ずかしさを生み出す結果になるとは、まったく予想
できませんでした。
 病人ですから、水分を多量に取って汗をかくのが一番良いという事になり、パジャマを
着替えようとした時に起こりました。

「さあ、メイリンさん、お体お拭きしますわ」
「いいですよ、自分で拭けますからっ」
「だめですわ、その油断が大敵なんです」
「そ、それじゃ背中をお願いします」
「はい」
「…あはっ、くすぐったいですよ〜」
「メイリンさん、白い肌が綺麗ですわね」
「じっくり見ないでください」
「アスランも喜んでいますか?」
「ええ…って、あ、えうっ…」
「うふふ、冗談ですわ」
「も、もういいですから、換えのパジャマを…」
「まだ、前を拭いていませんわ」
「い、いいですっ、自分で拭けますっ」
「今更遠慮なんて無しですわ、今日はわたくし看護婦ですから」
「うわーん…」

 以外に力強いラクスさまに、問答無用で全身拭かれちゃいました。
 うう、顔から火が出そうでした。
 いくら同性でも、裸を見られるのは恥ずかしいです。
 ラクスさまはわたしの事、着せ替え人形のつもりだったのでしょうか?
 看護婦なんて言ってたけど、どう見ても楽しんでいたような…。
 それにこの下着、どこから持ってきたんですか?
 少なくてもこんなのわたしは買った記憶がありません、なんて言うか刺激的というか…。
 やっぱり遊ばれているのかも知れません、看護という看板を掲げて堂々と。

「…あふ」
「眠くなりましたか」
「あ、はい…ちょっと寝ますね」
「はい、ごゆっくり」

 目を閉じて眠気に身を任せると、ラクスさまの歌声が聞こえてきました。
 優しい温かい歌声が、寝室の中に広がります。
 ああ、好きだなぁ…ラクスさまの歌が一番好き…。
 その歌を聞きながら、深い眠りに落ちていきました。
 今日はずっと側にいて見守ってくれたラクスさまに感謝をしながら…。
 明日は元気な自分を見せたいです。



「よく寝てるな」
「はい」
「ありがとうラクス…一人だと心細いだろうから、助かったよ」
「はやく、お姉さんと再会出来れば宜しいんですが…」
「うん、でも…」
「ええ」



 夢の中のわたしは、アスランさんとラクスさんがそんな事を話しているなんて、
気が付けなかった。
 進む道が違ったお姉ちゃんといつ会えるか、正直解らないです。
 会ったとしても、どんな事を話せばいいのか…解りません。
 でも、いつかきっと…。



「で、ラクスはここで寝るのか?」
「はい、だってこれですから」
「そうか」
「メイリンの事、よろしくな」
「もちろんです、メイリンさんはわたくしの親友ですから」



 翌朝、目覚めたわたしの目の前にラクスさまの顔があって、驚きのあまり硬直しました。
 なんでもわたしが握った手をほどけなかったので、そのまま一緒に寝てくれたそうです。
 うーん、最後まで甘えちゃったけど、その分気分は良かったです。
 さあ、昨日の分までがんばらなくっちゃね。



 ○月13日



「おはようございますっ」
「おはよございます、お元気になられたようですね」
「はい、お手数おかけしました」
「いえいえ、貴重な体験をさせていただきましたわ」
「…ラクスさま、少し楽しんでいませんでしたか?」
「さあ、ふふふっ」
「お返しは必ずしますからね」
「はい、お待ちしていますわ」

 一晩たったら気分は良くなって、すっかり元気になりました。
 まあ、ラクスさまが途中からわたしで遊んでいた事も、今は忘れることにします。
 それで今日は朝からキッチンでラクスさまと一緒に朝食作りです。
 元気が余って作りすぎちゃったけど、みんな育ち盛りですから、きれいに食べてくれた。
 アスランさんも美味しいって、あまり食べないんだけど、お代わりまでしてくれたのが
一番嬉しかった。

「じゃあ行ってくるよ」
「はい、ご心配おかけしました」
「いや…でも、病み上がりだから、気をつけて」
「はい、いってらっしゃい」
「メイリン」
「あ…ん…」

 一日しか空いてないのに、久しぶりに感じたキスに、なんだか照れちゃう。
 顔が赤くなってなかなか治まらない、こまったなぁもう…。
 アスランさんを見送っている内に風邪とは違う熱が引くのを待つことにした。
 こうしてまたちゃんと、アスランさんを見送ることができて、安心する。
 もうすでにこれが日常になりつつある事になってきたと実感しちゃった。
 さあ、天気もいいし絶好のお洗濯日和ね、がんばるぞー。

「メイリンさん、がんばりすぎて倒れないでくださいね」
「もう大丈夫ですよ、これが最後です」
「はい」
「ふー、油断しているとあの子たちすぐに汚すから、おちおち寝ていられないですね」
「ふふっ、そうですわね」

 最後のシャツを干して、ラクスさまとその様子を眺める。
 プラントだと、こんな当たり前の風景も見られない。
 そう…洗濯物を畳むときに鼻をくすぐるお日様の匂い、オーブにきて初めて知ったこと。
 知らないことばっかりで、カリダおばさまに笑われた事が恥ずかしかったなぁ…。
 でも、それはもう懐かしい思い出になっている。

「それではメイリンさん、お店の方に行きましょう」
「あー、そうですね…バルトフェルドさんに、何か言われるでしょうけど」
「みなさん、メイリンさんの事が好きですから」
「ううっ」
「わたくしもメイリンさんのこと、大好きですわ」
「ラクスさまっ」
「あらら、本当の事でしたのに…つれないですわね」
「もう、いきますよ〜」
「はい」

 なーんかまだ遊ばれているみたいなんだけど、今は元気がありますからそうそう
思い通りにはなりませんからね。
 でも、ラクスさまって全然懲りない性格みたいなところがあるからなぁ…油断大敵ね。
 部屋に戻って着替えてからお店の方に行くと、今日も大繁盛のようです。
 こんなすちゃらかなマスターがやっているのに…やっぱりラクスさまの人気なのかな?
 コーヒーだけは美味しいと言えるけど、隠れて何やっているのかもの凄く不安です。
 勝手に人のファンクラブ作るし、ブロマイドは売りさばいてるし…はぁ。
 やっぱり誰かいい人見つけてあげないと、これ以上いろんな意味で暴走してほしくない。

「いらっしゃいませ♪」
「あ、メイリンさん、もういいんですか?」
「うん、迷惑かけちゃってごめんなさい」
「いえいえ、それなりに楽しいです」
「いやー、看板娘が帰ってきて僕も嬉しいよ」
「ご心配おかけしました、マスター」
「うんうん、メイリンはそう笑っているのが一番だな」
「た、隊長〜」
「いいところで…なんだいダコスタくん、それにここではマスターと呼びたまえ」
「マ、マスター、俺はいつまで皿洗いしてるんですか?」
「んー、終わりまでだが」
「聞いてませんよ、それに食器洗浄機ぐらい装備してください」
「ちちちっ、それじゃ風情がないなぞダコスタくん…スポンジで手荒いが基本だろう」
「そんな風情も浪漫もいらないですよ!」

 うーん、ダコスタさんも苦労しっぱなしだなぁ…。
 わたしの上司ってタリア艦長になるんだけど、あの人は普通と言うかまともでした。
 よかった、普通に人で…もしバルトフェルドさんの部下だったら、今頃この姿で
オペレーターやらされていたかもしれない。
 そう考えるとなにやら寒気がしたけど、ありえないからと自分を落ち着かせた。
 でも、考えようによっては場所が戦艦か喫茶店かの違いで、上司になるのは間違いない。
 はー…しょうがない、少しは手助けしないといけないですね、同じ仲間としては。

「代わりますから休憩してください、ダコスタさん」
「あ、ああ、ありがとうございます」
「こんな人ですけど、くじけないでくださいね」
「もうくじけそうです…」
「解った、じゃあダコスタくんには新しい任務を与えよう」
「な、なんですか?」
「うん、ちょっとプラントまで頼む」
「はい?」
「話は奥でしよう」

 お店をわたし達に任せて、奥に引っ込んでしまった。
 どうせ禄でもないことを話しているに間違いない、だって目が笑っていたから…。
 ダコスタさんって本当に可哀想…そろそろ転職考えるとかした方がいいかもしれない。
 生真面目すぎるから駄目なような気がするけど、それがないともっとバルトフェルド
さんは暴走しているんだろうなぁ。
 良くも悪くもベストな上司と部下…かしら?



「た、隊長〜」
「お帰りダコスタくん、コーヒーでも飲みたまえ」
「しばらく、休暇取りますからねっ!」
「むぅ、何がいけなかったんだろう」



 顔中傷だらけで、たぶん服の下も痣ぐらいついてそうな、ホントぼろぼろの姿で
また帰ってきたダコスタさんは、言うだけ言って怒って出て行った。
 後で本人から聞いたら、わたしとラクスさまが二人でコンサートするとか企画していた
らしいけど、わたしが風邪引いたから全部キャンセルになって、その説明をダコスタさん
に丸投げして任せちゃったそうです。
 …ねえ、ダコスタさん、真面目に転職を考えた方がいいかも…。



「ここにも隊長の手が回っているなんてっ」



 職探しに行ったけど、誰かさんの手が回っていて再就職が無理だと解ったそうです。
 そ、その、元気出してくださいね。
 その内きっと良いことが有りますから…たぶん。
 それはさておき、黙ってそんな事を企画していた張本人に一言言ってこないと。
 わたしはトレイを握りしめて、マスターに詰め寄った。



 ○月14日



「これはどういう事ですか、バルトフェルド隊長!」
「まー落ち着きたまえ、イザークくん」
「くっ」
「た、隊長、落ち着いてください」
「シホ、おまえも何か言ってやれっ」
「え、ええ…」

 一応、営業中の喫茶店なのですから他にもお客さんがいるのですが、目に入ってない
のか朝から怒鳴っているイザークさんの声はグラスが揺れるほど大きな声でした。
 原因は解っています…いつものようにキラさんに負けたイザークさんがお昼を食べに
ここにやってきたことから始まります。
 席に座り注文を取りに来たシホさんの姿を見てしばらく硬直した後、その姿を問いつめて
すべてを知ったイザークさんが、バルトフェルドさんに詰め寄っています。
 普通はそうでしょうね、自分の部下がメイド服着せられて注文取りに来たら驚くし、
その理由を聞かされれば、文句の一つも言いたいでしょう。
 でもまあシホさんの考えはイザークさんのとは少し違うと思います。
 だって、メイド服だけど可愛い自分を思い人に見せることが出来たんだし…。

「君が毎日毎日キラに負けてくるだろう、だから僕としてはリラックス出来るように
労おうと、シホくんに協力を頼んだんだ」
「ぐっ…お、俺が負けるのがいけないって言うんですかっ!?」
「有り体に言えばそうだな」
「く、くそうっ、俺だって…」
「それにだ、そんな部下の健気な思いを汲んでやれないんじゃ、隊長失格だぞ?」
「むっ…」
「わ、私は気にしていませんから、その…」
「ほらほら、こんなにも君の事を思っている彼女に、どう応えるのかな?」

 さりげなくシホさんの思いを伝えているようにし向けているのは解るんですけど、
いい加減自分のことだけに集中してほしいです。
 確かにいろいろあったとダコスタさんから聞いていますが、それでも幸せになってほしい
って思うのは、間違ってないと思う。
 でも、幸せは人それぞれだから無理には言えないけど…この人だけには誰か側にいてくれた
方が暴走が少なくなると思いたい。
 ラクスさまは楽しんでいるみたいだけど、わたしにとってはいい迷惑です。
 はぁ…最もらしいことを言っても笑っている目に、わたしは誤魔化されません。
 だけど…目の前で熱血している人は、自分が罠にはまっているって気がついていません

「よしっ、シホ!」
「は、はいっ」
「確かに俺には至らない所が有ったと思う、だから何かして欲しいことはあるか?」
「え?」
「バルトフェルド隊長に言われたからじゃなくてだな、つまり部下の言うことも聞けないなんて
情けないと思い直したからでだな…」
「隊長…」
「とにかくだ、何でも良いぞ」
「そう言われても急には…」
「む…そうだな」
「それではこんなのはどうでしょうか?」
「「ラクスさま?」」

 ラクスさま、その目は駄目です…それじゃバルトフェルドさんと同じです。
 もしかしなくてもこの二人、誰かで楽しむのが嬉しくってしょうがないのでしょうか?
 ううっ、ごめんなさいシホさん、わたしには止めることなんて無理です。
 そんなわたしの葛藤をよそに、いつ用意していたかポケットから二枚のカードを
取り出しました。
 なんかどこかでみたような…う〜ん、どこだったっけなぁ…。

「明日はお二人でお出かけなんて如何でしょう? これがあればほとんどの施設は
利用可能ですわ」
「え、いや、しかしこんなもの頂くわけには…」
「イザークさん」
「は、はい」
「いいですか、そこであなたが一人で判断してしまうでは、今までと何も変わりません。
お二人でお出かけになるのですから、まずはシホさんと相談しなければ駄目ですわ」
「はっ、そうでした…すまん、シホ」
「そんなこと無いです」
「あらあら、ほらイザークさん、彼女に気を遣わせてしまいましたわ」
「はっ、申し訳ありません」
「わたくしの事より今はシホさんですわ、さあ…」
「そうだな、シホ」
「は、はい」
「明日10時にこの店で待ち合わせでいいか?」
「はいっ」

 ああ、やっぱり…ラクスさまとバルトフェルドさんが謀っていたようです。
 その横でイザークさんは照れくさそうに、シホさんは照れているけど嬉しそうに
イザークさんを見つめていた。
 結果的には纏めちゃうから悪くはないんだけど、もしわたしだったら嫌だなぁ…。
 でもね二人とも、ここは喫茶店で営業時間中だから、他にも人がいるわけで。
 しゃべっている間が妙に静かだったと思いませんでしたか?
 その疑問は拍手喝采となって、二人に降り注ぎました。

「おめでとう二人とも」
「決まったなぁ、若いの」
「いよっ、ご両人」
「マスター、目出度いからコーヒーお代わり」
「おい、シホちゃん泣かせたらタダじゃおかないぞ!」
「くっそう〜」

 うーん、祝福してくれる方も多いけど、やっかんでいる人も結構いるなぁ…。
 シホさん、働いて間もないけど結構人気者だし、イザークさんを睨んでいる人は
そのファンですね。
 しかし、デートに誘っただけなのに、交際宣言に取るのも極端過ぎるような気がします。
 何を言われているのか解ったイザークさんが、叫び出します。



「お前らっ、誤解するなっ、これは…」



 そしてカウンターではバルトフェルドさんが、撮って写真のデータをダコスタさんに渡して。



「ダコスタくん、これをエザリア評議員に大急ぎで届けてくれたまえ、もちろんパネル大に
引き延ばしたのを一緒にな」
「シホさんの結婚式がプラントだと、ちょっと行くのが大変ですわ」



 どんどん周りから固められている事に気がつかないイザークさんがちょっぴり可哀想だけど、
これもシホさんの幸せに繋がっていると信じるしかないです。



 ○月15日



「はぁ〜、なんでこなこと…」
「あ、移動しましたわ」
「ラクスさま、ノリノリですね」
「わたくし、こう言うの初めてで、どきどきですわ」
「そうですか…」
「これも大切なお仕事です、がんばりましょうメイリンさん」
「どう考えても単なる覗きかと思うんですけど…」
「ああ、見失ってしまいますわ、さあメイリンさん」
「はぁ…」

 昼間っから何しているんでしょうね、わたしたち。
 はっきり言いますが、先日の約束でデートに出かけたイザークさんとシホさんを、
尾行しているわけです。
 ごめんなさいアスランさん、わたしどんどん変な方向に向かわされています。
 少なくてもデートの覗きなんて、人妻のすることじゃありません。
 そんな真剣なわたしの思いを無視して、ラクスさまに引きづられるように、
最初の目的地の映画館に入っていきました。
 …ラクスさま、そのカードはイザークさんたちと同じ物みたいですけど、いつの間に?

「暗くてよく解りませんわね」
「そりゃあ映画館ですから…あ、あそこにいました」
「では、わたくしたちはこの辺りに座りましょう」
「はい…あ」
「どうかしましたか、メイリンさん?」
「この映画、アスランさんと見ようと思っていたのに…」
「あらあら…でも良い物は何回見ても良いといいますから」
「そうですね」
「せっかくですから、わたくしたちも見ていきましょう」
「はぁ…」

 ううっ、騒いでも仕方ないので、映画を見ることにしました。
 向こうの二人も映画が終わるまでそのままだろうし。
 あー、今度の休日にアスランさんと見ようと楽しみにしてたんだけどなぁ…。
 まあ隣に座っているラクスさまが真剣な表情見ているし、楽しまないと損よね。
 そして映画終わるまでの間、スクリーンに釘付けで十分に鑑賞できました。
 この時、映画館の観客席がわたし達以外、全部空席だった事に気がつきませんでした。

「いい映画でしたわ」
「はい…はぁ、もう一度見たくなりました」
「この次は是非アスランとお二人で見れば、もっと素敵でしょうね、うふふっ」
「も、もう、からかわないでください」
「ああ、お二人が行ってしまいますわ」
「ラクスさま、狡いです」
「お話は後ほど伺いますわ」
「ま、まって〜」

 エンドロールが流れている間に、一足先に外に出て二人を待っている間に、
映画の感想を話していました。
 わたし的に素敵な内容なんだけど、アスランさんはどうなのかなぁ?
 ほら、男の人って恋愛物は苦手だって聞くから…でも、やっぱり二人で見に来たいなぁ。
 映画見てショッピングしてお食事して…最近、こんなのばっかりだから全然デートに
行け無くって…くすん。
 …駄目よっ! こんなのじゃ全然生活に潤いが無くなっちゃう。
 とにかく、帰ったらバルトフェルドさんに休日を増やすように言っておかなくっちゃ。
 大切な夫婦の時間を削ってまで、こんな事したくありません。

「ごめんなさい、メイリンさん」
「へ?」
「そんなにお悩みだったなんて、わたくし配慮が足りませんでしたわ」
「な、なななっ!?」
「孤児院だけじゃなく、今では喫茶店のお仕事までお手伝いでは、時間の余裕が
無くなってしまいますわね」
「ラ、ラクスさま!?」
「声に出ていましたわ、メイリンさん」
「ええっ!?」
「わたくしからもバルトフェルド隊長にお話ししておきますわ」
「い、いいです、言わなくてっ」
「ですが…」
「い、行きましょう、ほらっ」

 冗談じゃない、こんな事あの人に言ったら、イザークさんたちの二の舞です。
 しかももっと過激になりそうな気がして、考えるだけでも嫌な汗が流れます。
 それにしても口に出して呟いていただなんて、もしかしなくてもわたし追い込まれている?
 ううっ、アスランさ〜ん。
 頬を伝う涙を拭きながら、半ば投げやりに尾行を続けます。
 戻ったら絶対にバルトフェルドさんに何か言いたい、とにかく言いたいです。
 たとえ無駄だと解っていても、わたしはアスランさんと一緒で諦めが良くないです。

「まあ、あそこは…」
「ラクスさま、どうかしましたか?」
「ええ、この間キラと行きましたわ」
「そうなんですか」
「はい、なんでもとても大きなパフェが自慢のお店だとか…」
「いいなぁ…」
「わたくしたちも参りましょう」
「ええっ!? いくらなんでも同じ店内には入れませんよ」
「大丈夫ですわ、わたくしに良い考えがありますの、うふふっ」
「ラクスさま、その手の動き…変ですぅ」
「大人しくしていれば痛くありませんわ」
「ひぃ〜ん」

 突然、近くのブティックに連れ込まれて、わたしの運命は?
 ラクスさまの微笑みの意味は?
 そしてシホさんの恋の行方は?



「まあまあ、メイリンさんお似合いですわ♪」
「こ、こんな格好恥ずかしいです!」



 …ちょっと疲れたので、続きは明日にします。



 ○月16日



「…………」
「まあ、とても素敵ですわ、メイリンさん」
「あのー、ラクスさま」
「はい、なんでしょう?」
「わたしたち、何しているかご存じですよね?」
「もちろんですわ」
「本当に?」
「はい」
「…………」
「さあ、参りましょう」
「…………はぁ」

 わたし、もうなんだかとでも疲れています。
 気持ち的にはアスランさんに抱きしめられて、そのまま眠っちゃいたいです。
 …なんて、現実逃避しても今の状況は良くならない、しかも悪い方に思いっきり
傾いているし。
 それにしてもこの格好は恥ずかしいですよ、ラクスさま。
 鏡に映る自分の姿は立派なアイドルが着るような衣装で、しかもラクスさまと同じデザインで
おまけにサイズもわたしにぴったりでした。

「ラクスさま、わざとですね?」
「あらあらなんのことでしょう、ちょうど良い服があって本当に良かったですわ」
「どこのブティックにアイドルの衣装が置いてあるんですか?」
「カガリさん自慢のオーブには、何でも揃っているそうです。ですから、問題在りませんわ」
「有りまくりです、それにこの姿じゃめちゃめちゃ目立ちまくりじゃないですか」
「いえ、これこそが秘策ですわ」
「秘策って…」
「ダコスタさん、お願いしますわ」
「解りました、おいみんなっ」
「え?」

 わらわらとビルの陰から人が集まってきて、何か始めています。
 おそらくバルトフェルドさんの部下の人たちなんでしょうけど、通行人を規制したりして
場所を確保しています。
 そしてわたしとラクスさまは用意された椅子に座らされて、メイクまでし直されて。
 その間に大きなカメラとかマイクとか…これってまさかっ!?
 わたしが気が付いたときには、大きめの椅子に座ったサングラスをした人がそこにいました。

「何やっているんですか、バルトフェルドさん…」
「ちちちっ、この姿の時は監督と呼んでくれたまえ」
「何の意味があるんですか…」
「今日は記念すべきメイリンのCMデビューじゃないか、言ってなかったかな?」
「わたしが聞いたのはイザークさんとシホさん様子を見てくることだけです」
「いやー、すまんすまん、まー、ついでに頼むよ」
「わたしの意志は無視ですか?」
「ほら、ラクスはもうスタンバイOKだぞ」
「話ぐらい聞いてくださいよ!」
「メイリンさん、こちらですわ〜」

 ふと気になってイザークさんたちがいる喫茶店の方を見ると、こちらを驚いた様子で
見ている二人と目が合いました。
 ガラスの向こうで何か叫んでいるイザークさんの聞こえない台詞が聞こえてきそうです。
 シホさんは真っ赤になって俯いたまま、固まっています。
 あはは…ホント何しているんでしょう、わたしって…。
 もう尾行でも何でもなくて、これじゃ堂々と中継していみたいじゃ…って!?

「はい、本番5秒前」
「ちょ、ちょっと監督っ…」
「メイリンさん、わたしくしに横に」
「ラクスさま!?」
「スタート!」

 流れる軽快な音楽、そして照明とカメラがラクスさまとわたしに向けられます。
 なんでこうなっちゃうのよ〜!
 イザークさんたちのことは口実で、これが狙いだったなんて、今更ながら自分の迂闊さが
嫌になりました。
 笑って笑ってと書き込まれたボードを指さしながら、バルトフェルドさんが無言で
叫んでいます。
 引きつる笑顔を浮かべて、なんとかラクスさまに合わせようと努力はしてみた。
 絶対に…絶対にただじゃすませないんだからっ!

「みなさんこんにちは、ラクス・クラインです。今日はオーブの耳寄りな情報をプラントの
人たちにお知らせしようと思います」
「あ、あははは…」
「はい、そして今回はわたくしと一緒に活動してくれる素敵な方をご紹介しますわ。
みなさまもご存じかと思いますが、改めて…メイリン・ザラさんですわ」
「こ、こんにちは」
「そして今日が彼女のデビューとなりますので、みなさん暖かく見守ってくださいね」
「ええっ!?」
「それでは今日のオーブからのお進めは、こちらのお店のジャンボパフェですわ。まずは店内の
様子をカメラさんに写してもらいますわ」
「あ…」

 そこでカメラはガラス越しに店内を写しましたが、そこには向かい合って座っている
イザークさんとシホさんのツーショットが有りました。
 ちなみに後で聞いたのですが地球、プラントと宇宙的に放映されているリアルタイムCM
らしいです。
 それはさておき、公開デートにさらされた事がイザークさんの逃げ道をつぶしている
と言う、明確な事実がそこにできあがりました。
 さらにラクスさまは、わたしの手を引いてマイク片手に店内へ、二人の側に近寄りました。

「それでは噂のパフェを食べている、こちらの仲の良いお二人にお話を伺ってみますわ」
「なななっ!?」
「ラ、ラクスさま? メイリンさん?」
「ごめんシホさん、わたしにはどうにもできません」
「え、ええっ!?」
「如何ですか、パフェのお味は?」
「は、ははいっ、甘くて美味しいです」
「そうですか、でもそれだけじゃ普通のパフェと変わりませんが、ここに大きな秘密が
あるのです」
「秘密って?」
「いいですか、メイリンさん…これだけの量は女の子にとって大変なカロリー摂取になります。
ですが、お店のシェフのお話だと通常の30%までに押さえられているそうです」
「そ、それって本当ですか?」
「はいメイリンさん。わたくしも最初は驚きましたが、実際に調べて頂いたらお話の通り、
カロリーが極端に少ないのです。ですが味は最高と言える甘さと美味しさをキープしています」
「凄いんですね」
「まさに恋人同士と甘い時間を過ごすときでも、カロリーオーバーを気にすることなく
楽しめる至高の一品と言っても差し支え有りませんわ」
「そうですね、これなら安心して食べられます」
「みなさんもオーブにお立ち寄りの際は、是非甘い一時をこちらでお過ごしになられては
いかがでしょうか。それでは今日のベストカップルのお二人と一緒にラクス・クラインと
メイリン・ザラがお伝えしましたわ」
「あ、あははは…」

 あーあ、イザークさんが真っ白になっているわ。
 シホさんは喜びよりも恥ずかしさを上回っているみたいだけど、結果的にはいいのかなぁ…。
 それよりもわたしの方が問題です、デビューだなんてきていません!?
 とにかく勝手に人を巻き込んで薦めたことに、断固抗議してやらないと気が済まない!
 そして歩き出そうとしたわたしの腕を抱きしめて引き留めたラクスさまが、まだ動いている
カメラに向かって話し出します。

「次回のCMは、最近評判の景色が最高の場所に作られたコーヒーと手作りケーキの
美味しい喫茶店『砂漠の虎』より、お伝えしますわ」
「ええーっ!?」

 その日帰ってきたイザークさんは、客室の部屋から一歩も出ず、引き籠もったままでした。
 なんでもお母さんから励ましの言葉を言われたようですが、プラントに戻ったら
結婚式がどうとか呟いていました。



「そ、その、メイリン…がんばったね」



 わたしに取ってはアスランさんのその言葉が、一番痛かったです…見られていたなんて、
ううっ。



「じゃあ、これが新曲だからメイリンと一緒に練習しておいてくれ」
「はい、デュオですから、万全を期したいですわ」



 わたしの知らないところで、そんなことが話し合われたいたなんて、想像すらしたく
ありませんでした。
 平穏と言う言葉がどんどん遠のいていくのは、なぜでしょう…誰か教えてください。



 ○月17日



 先日の事で、イザークさんが朝から砂浜で黄昏れています。
 背中には哀愁が漂っています、よく解ります…その気持ちが。
 その後ろ姿をシホさんが心配そうに見つめています、きっと心中は複雑でしょうね。
 誰かさんのお陰で強引に公認カップルになってしまい、素直に喜べないって気持ちなの
でしょうね。

「シホさん」
「あ、メイリンさん…」
「複雑ですよね」
「いえ、私よりも隊長の方が…」
「ねえシホさん、その隊長っての止めませんか?」
「えっ」
「今はプライベートなんですし、それにいつまでも垣根を作っているみたいに聞こえちゃって」
「そ、そうですか、そんなつもりはなかったのですが…」
「以前に言われたことがあるんです、『俺たちは仲間なんだから、名前で呼ばないと』って」
「仲間…」
「そう、確かにイザークさんは隊長だけど、それ以前に同じ仲間じゃないですか」
「はい」
「だから、今は隊長って呼ぶより、名前で呼んであげた方がいいと思います」
「…そうですね、きっとそれが正しいんでしょうね」
「それじゃ、これイザークさんに届けて、そのまま休憩してください」
「え、あ…は、はい」

 嬉しそうに温かいコーヒーの入ったポットを抱えて、砂浜で座り込んでいるイザークさんに
届けに行きました。
 一言二言話した後、黙ってカップを受け取ってコーヒーを飲んでいる横に、シホさんは
静かに腰を下ろしていました。
 イザークさんを見つめるシホさんの横顔からは笑顔が見えたので、もう安心かな?
 問題の一つはこれで片づいたから、残っている大問題を片づけないといけない。
 わたしは振り返るとカウンターの向こうでニコニコしているマスターに、最高の笑顔を
浮かべながら、作り置きしていた特大のパフェをどんと突き出しました。

「お、落ち着きたまえ、メイリン…」
「わたしは十二分に落ち着いています」
「そ、そうか」
「それで…もう覚悟は良いですよね?」
「何の覚悟かな、ははっ」
「ダコスタさんは解っていたようですけど、大丈夫です…これを食べれば思い出します」
「いっ…」
「いい大人なのに、いつまでたっても子供のようにいたずらしている誰かさんには、それ相応
の対処できちんとしてもらいます」
「さすがはメイリン、アスランの奥さんだけあるな」
「…誤魔化そうとしても無駄ですよ? さあ、どうぞ完食してくださいね」
「あ、あの、メイリンさん」
「ないんでしょう、ラクスさま?」
「いえ何でもありませんわ、わたくしちょっと用事を思い出したので…」
「おいラクス、自分だけ逃げるなんてっ」
「まあバルトフェルド隊長、わたくしは逃げたりはしませんわ。ちょっとキラとデートの
時間なので失礼するだけですわ」
「キラは今日、カガリの所に行っただろっ?」
「ええ、ですから今日はお食事をご一緒にと言うことですわ」
「ぬうん」
「それではごきげんようですわ〜」

 ふふっ、ラクスさま…逃げても無駄です。
 昨夜、キラさんには事の子細を全部伝えてあります。
 それを聞いたキラさんも、ラクスさまに叱っておくからと約束してくれました。
 どんなことをするか詳しくは聞いていませんが、大人しくなると思うよと言ってたので
期待しています。
 そっちはキラさんにお任せして、そろそろ食べてもらいましょう。

「さあ、マスター…いえ、バルトフェルドさん」
「待った、僕が悪かった。だからそれだけは勘弁してくれないかな?」
「だめ」
「そんな一言で終わらないで、そこをなんとか…」
「ダメ」
「メ、メイリン」
「駄目と言ったらダメです!」
「うくっ…わ、解った、僕も砂漠の虎と言われた男だ、潔くしようじゃないか」
「ああ、残したら明日も食べてもらいますからね」
「むうぅ、もうじき会いに行くかもしれないぞ、アイシャ…」

 そして大きく口を開けて、見た目チョコレートパフェを、スプーンですくって
食べ始めました。
 でも、一口目を飲み込んだときに、ぱたっとカウンターの向こうに倒れて気絶していました。
 わたしはその結果に少しだけ満足しながら、危険なパフェを捨てにお店の裏に行きました。
 そのまま表に周り入り口の札をCLOSEにひっくり返して、本日は臨時休業にしました。
 もちろん、朝からあの異様なパフェを作っていたわたしを見て、お客さんはみなさん
すぐに回れ右して出ていったので、朝から誰もいません。
 一人残った店内で、テーブルを拭きながら砂浜で話し始めたイザークさんとシホさんの
様子を見ながら、久しぶりに静かな日だなって感じていました。
 そして夜、復活したイザークさんに、ディアッカさんが絡み始めました。

「グゥレイト! さすがはプラント期待の星、イザーク隊長だな」
「貴様っ、勝手なことを言うなっ」
「とうとう年貢の納め時って奴か、なあアスラン」
「言い過ぎだぞディアッカ、それに飲み過ぎだ」
「堅いこと言うなって」
「あの、ディアッカさん、あまりイザーク…さんを困らせないでください」
「おー、あのシホが自己主張とはね、しかもイザークさんか…くくっ」
「おいディアッカ、シホに変なこと言うんじゃない」
「へーへー、まあ何にしろ無礼講って事で、今日は飲むぜ〜」
「は、離せディアッカっ…むぐぅ」
「ああ、イ、イザークさん!?」
「まーまー、シホさんはあたしとお話ししましょ」
「ミリアリアさん?」

 はた迷惑な夫婦に絡まれた二人が可哀想な気もするけど、自分のことのように喜ぶディアッカ
さんが微笑ましかった。
 横にいるアスランさんの肩に少しもたれながら、騒がしいけど幸せな二人を眺めていた。
 わたしの肩に腕を回してそっと抱きしめるアスランさんを見つめると、小さな声で
お疲れ様と囁いて素早く頬にキスされちゃいました。
 幸い誰も見てなかったけど、恥ずかしさと嬉しさで頬が熱くなって困りました。
 ああ、暖かいです、そしてわたし幸せです…アスランさん。

「キ、キラっ」
「なんだい、ラクス?」
「もう許してくださいませんか…」
「何のことかな、僕には解らないよ」
「キラぁ…」

 キラさんのお仕置きって凄いです、いつもの笑顔を浮かべているんですけど、ラクスさまに
指一本触れないんです。
 ラクスさまが近づいて触れようと手を伸ばしてもさっと避けてしまい、何事もなかったように
にこにこと微笑んで黙って見つめるキラさんです。
 さすがのラクスさまもキスもしてもらえないし、抱きしめてももらえない仕打ちに、いつもの
元気はありません。
 これで少しは懲りてくれるといいんですけど、安心は出来ません。
 ともかく、少しの平穏を手に入れられたかなと思いたいです。



「こ、こんなことぐらいでは…僕は負けないぞ…ぬぅ」



 少し背中がぞくぞくしたけど、気のせいだと思ってすぐに忘れてしまいました。



「ううっ、ひどいですわ、キラ」



 たった一日なのにここまでラクスさまにダメージを与えるなんて、キラさんは凄いです。
 でも、わたしの一番はアスランさんですからね。



 ○月18日



「ん…」

 いつもの時間に目が覚めて静かに体を起こす。
 となりではアスランさんはお休み中だから、起こさないようにそっと動く。
 こうして寝顔を見つめているのは、内緒。
 って、見とれている場合じゃなかった、コーヒーの用意をしないと。
 その前にシャワーを浴びないとね…いろいろ在ったし…これ以上は秘密です。
 そしてバルトフェルドさん直伝のコーヒーをカップに入れた時、アスランさんが
起きてきました。

「おはようメイリン」
「おはようございます、アスランさん」
「あ、あのメイリン」
「はい?」
「そろそろ、さん付けはいいんじゃないかな?」
「あ…そのずっとそう呼んでたから、癖になっちゃって」
「ああ、そうだったなぁ…」
「言い直しますね、えっと…アスラン…はうっ」
「ごめん、無理にとは言わないさ」
「ご、ごめんなさい」
「いいさ、ちゃんとメイリンの気持ちは伝わっているから」
「アスランさん…」
「メイリンの呼びやすい言い方でいいよ」
「はい」

 ああっ、もうアスランさん、朝から笑顔振りまきすぎです。
 嬉しくって舞い上がりそうです、ふー…落ち着かないとドジしちゃう。
 今日は久しぶりに二人きりの朝食なので、その分ゆっくりと食べることにしました。
 なんだか久しぶりだなぁ、こんなゆったりとした時間が流れるなんて…。
 話したかったこと、聞きたかったこと、沢山話しました。
 それで孤児院の方に行き、子供たちも食事を終えて集まっていました。

「おはようございます…あれ、ラクスさまは?」
「んーっとね、キラとデートだって」
「そうそう、昨日はずっと落ち込んでいたのに、今朝キラに誘われたら大喜びで出かけ
ちゃった」
「なるほど」
「だからメイリンお姉ちゃん、遊んでー」
「アスランも遊んでよ〜」
「ああ、解った」
「わーい、今日はアスランも一緒だー」
「はやくはやく〜」

 アスランさんと遊ぶのも久しぶりなので、子供たちも喜んでいます。
 おそらく、出かけたキラさんはちょっと可哀想だったラクスさまを元気づけようと
しているのでしょうね。
 その分任されたようなので、今日はアスランさんとがんばります。
 なんだか自分たちの子供に囲まれている気分になったのは、変じゃないと思います。
 親がいないこの子たちにとっては、兄であり姉であり父親で母親を求めているのを
痛いほど感じますから、わたしに出来る限り応えたい。
 わたしよりもアスランさんの方がその思いを強く感じていると思います。
 でも、一人じゃないですよ。わたしが側にいますから、そしてみんなもいます。
 その思いを伝えるために、アスランさんの手を握り、みんなと一緒に笑顔で連れて行きます。
 みんながみんな、精一杯出来ることをすれば、これ以上悲しむ人はいないと信じています。

「ふぅ…」
「お疲れ様です」
「元気だな、みんな」
「はい、元気いっぱいです」
「…この子たちの未来、俺たちは守れたんだろうか」
「もちろんです、だってこんなにも笑っているじゃないですか」
「そうだな」
「はい、ですからもっと自信を持ってください」
「ああ…」

 アスランさんの手をそっと握ってわたしは微笑む、わたしたちのした事が間違っていないと。
 それが正しいかどうか自信を持って言える訳じゃないけど、でもこの子たちの元気な姿を
見ていると、ああして良かったんだと胸を張れる。
 前の戦争も今度の戦争も一番気にしているのはアスランさんだって解る、自分の父親が
大きく関わっている所為で、沢山の悲しみが生まれたから…。
 だから人一倍苦しんでいる心を、側にいることしか出来ないわたしだけど、癒してあげたい。
 戦争なんて二度と起きて欲しくない、その未来をこの子たちと一緒に作っていきたい。
 遊び疲れて寝てしまった子供たちの穏やかな笑顔を、アスランさんといつまでも眺めて
いました。

「ただいま」
「ただいまですわ」
「おかえりなさい、キラさん、ラクスさま」
「おかえり、二人とも」
「今日はアスランとメイリンが子供たちの世話してくれたんだ」
「ああ、ここのところ仕事ばっかりだったから、その分な」
「子供たちもアスランさんが一緒だったので、喜んでいましたよ」

 夕日で空がオレンジ色になった頃、キラさんとラクスさまが帰ってきました。
 どうやらラクスさまのご機嫌も、良くなったようです。
 わたしに向かってキラさんが笑ったので、お仕置きは上手くいったようです。
 実際に一緒にいるようになってから、ラクスさまがこんなにいたずら好きだったなんて…。
 たしかに親しみは増したけど、逆にそれがわたしの油断を誘う。
 お陰でなりゆきでアイドルデビューなんて事になってるし…。
 なんて思っていたら、ラクスさまがバックからディスクを取り出して差し出しました。

「あ、そうそう、メイリンさん」
「なんですか、このディスクは?」
「はい、新曲ですわ」
「あ、ラクスさまの?」
「いえいえ、わたくしとメイリンさんのですわ」
「はあっ!?」
「来月のチャリティーコンサートで歌いますので、よろしくお願いしますね」
「ちょ、ちょっとラクスさま!?」
「メイリン、それは…」
「ち、違うんですアスランさん、これはっ…」
「わたくしとデュオしますので、アスランも見に来てください」
「ラ、ラクスさまっ!」

 ダメですキラさん、ラクスさま全然反省していませんっ。
 うう、CMだけでも恥ずかしかったって言うのに、今度はコンサートだなんて…。
 わたし、歌なんてちゃんと歌ったことありませんし、人前でなんてまったくありません。
 有無を言わさずごきげんようとキラさんを連れて去っていくその後ろ姿を、呆然と
見つめるしかできませんでした。

「メイリン」
「ア、アスランさん…ううっ」
「その…元気出して、応援するからさ」
「はうぅ…」

 ラクスさまをよく知っているアスランさんが、わたしを優しく抱きしめて慰めてくれます。
 そうですか…苦労したんですね、アスランさんも。
 平穏が…穏やかな日々が…どんどん、遠のいていきます。
 誰かラクスさまのお茶目を止めてください、キラさんでもお手上げっぽいです。



「ラクス、あんまりメイリンをからかったら駄目だろう?」
「すいませんキラ、でもメイリンさんは親友ですから、つい甘えたくなってしまうのです」
「しょうがないなぁ…でも、ほどほどにね」
「はい」



 わたしの人生、ちょっと見つめ直したいって思ってもいいですよね?
 主にラクスさま限定ですけど…あうぅ。



 ○月19日



「んなあっ!?」

 いきなり奇声を上げてしまったのは、仕方がないことだと思う。
 だって家のことを片づけて、いつものメイド服に着替えてお店に来てみたら、
壁にでかでかと自分のポスターが張ってあったら誰だってそうなるよ。
 まあ、ラクスさまは平然としていたけど、わたしは普通の主婦であってアイドルじゃ
ないのに、何でこんな事になっていくんでしょう。
 わたしは思いっきり不機嫌な顔で、素知らぬ顔でコーヒーを煎れているマスターに
詰め寄ります。

「なんですかこれはっ!?」
「おはようメイリン、今日もメイド服がよく似合ってるね」
「そんなことはどうでもいいから質問に答えてください、なんですかこれは?」
「なにって、決まっているじゃないか…チャリティーコンサートのポスターだ」
「どうしてここに張ってあるんですか?」
「どうしてって、そりゃあプロモーターが僕だからね、何か変かな?」
「そんな余計な事はしないで、喫茶店だけに集中してください」
「メイリン、君はチャリティーに不満なのかい?」
「誰もそんな事言ってません、わたしが言いたいのは…」
「解った皆まで言わなくてもよろしい、この衣装が気に入らないんだね?」
「誰が衣装の話をしているんですかっ!」
「んんっ、そうじゃないと言う事は…ああっ」
「バルトフェルドさん?」
「すまん、僕とした事が迂闊だったよ…新曲の練習時間が足りないって事だな」
「…人の話、聞いてます?」
「じゃあ、今日の午後から早速練習に入ってくれた前、孤児院の奥にあるエレベーターで
B3のフロアだ」
「バルトフェルドさんって子供の頃、学校の通知票に落ち着きが無く人の話を聞かないって
書かれてましたよね?」
「ん、何か言ったかい、メイリン?」
「もういいです…」

 店内にいたお客さんにがんばってと応援されて、わたしは苦笑いしか浮かべられなかった。
 そりゃあチャリティーなら参加していいと思うけど、その参加の方法に問題有りすぎです。
 わたしの意見は全く無視して進めるバルトフェルドさんは、ラクスさまと一緒で『懲りる』と
言う言葉が、頭の中に存在してません。
 運命は自分たちで決めるってキラさんが言っていましたけど、わたしは自分の運命が
全く見えません。
 午後になってカメラマンの仕事放り出してメイド服で現れたミリアリアさんに見送られて、
わたしはバルトフェルドさんの教えてくれたフロアに向かいました。

「お待ちしていましたわ、メイリンさん」
「ラ、ラクスさま?」
「一足先に練習していたので…」
「はぁ…」

 そこはフロアの半分がトレーニングルームになっていました…っていつの間にこんな施設を
孤児院の地下に作ったんですか?
 以前壊されて立て直す時にバルトフェルドさんが関わっているのは間違いないですね。
 それで出迎えてくれたのは先に練習をしていたラクスさまで、呼吸を整えながら
こちらに来ました。
 レオタード姿なんて始めてみましたけど、相当本格的に練習していたみたいです。

「メイリンさん、これに着替えてください」
「はい?」
「振り付けの練習をしますから、お願いしますね」
「ええーっ!?」
「さあ、早くしてください」
「は、はい」

 いつものラクスさまと違って真剣な表情に押されて、手渡されたレオタード片手に
ロッカールームに行きました。
 こんな物まで用意していたバルトフェルドさんには、文句を言うのが馬鹿らしくなって
きました。
 とにかく、急いで着替えるとフロアの方に戻りました。

「お待たせしました…って、何でバルトフェルドさんがいるんですか?」
「ちちち、今の僕は二人のマネージャーや、そこんとこ間違えたらあかん」
「…どこの生まれですか、バルトフェルドさん?」
「それは内緒や」
「さあ、メイリンさん、曲を流すのでわたくしに合わせてください」
「い、いきなりですか?」
「こう言うのは習うより慣れろや、ほないくで〜ポチっとな」
「はぁ…」

 流れ出す新曲に合わせて踊り出すラクスさまの姿を、鏡越しに見よう見まねでわたしも
踊り出す。
 アスランさん、わたしどんどん流されています…あうぅ。
 それでもなんとか気力を振り絞って、ラクスさまについて行きます。
 ほとんど投げやりっぽい気持ちでしたが、体を動かすのは気持ちよかったです。
 ひたすら踊って歌って、気が付いたら夜になっていました。

「はぁはぁはぁ…」
「ふぅふぅふぅ…」
「二人ともお疲れさん、特にメイリンはがんばったで〜」
「は、はは、そうですか…」
「ええ、メイリンさん、飲み込み早いですわ」
「そんなこと、ないですよ」
「いやっ、これならやれる、プラントと地球の両方で一番のアイドルになれる!」
「はぁ…そんな力説されても、納得しませんからね」
「ノリがわるいで〜、メイリン」
「どっちでもいいですけど、これっきりですからね! チャリティーだからするんですよ!」
「わかってるがな〜、夢はでっかく銀河制覇やな」
「まあ、メイリンさん、素敵な夢ですわ」
「わたしの夢は、大好きな人と平凡な家庭を築けたらそれで十分なんです!」
「遠慮しなくてもいいで〜」
「わたくしもどこまでもメイリンさんとご一緒しますわ」
「人の話をききなさ〜い!!」

 そんなわたしの叫びがむなしくトレーニングルームに響きました。
 もちろん無駄ですけどね、でも諦めたらそこで何もかも終わってしまう気がして、
意地でも諦め切れません。
 ちなみに、この時の練習風景を録画されていて、プロモーションビデオとしてプラントに
流されたと知ったのは、チャリティーコンサートの後でした。
 こう言うのが波瀾万丈って言うんでしょうけど、自慢になりません…はぁ。



「ああ、忘れるところでしたわ、メイリンさん」
「…なんですか?」
「サインの練習もしてくださいね」
「…………」



 サインなんて、結婚式の時だけで十分です。
 それでも、暇を見て練習している自分が、ほんの少しだけ可愛く思えた事が恥ずかしかった。



 ○月20日



なんかご無沙汰のようですが、日付とか気にしないでください。
ラクスさまとバルトフェルドさんにいろいろあれこれ言われ、歌と踊りの練習で……正直、疲れています。
ごめんなさいアスランさん、朝の見送りできなくて……ううっ。

「はい、ストップですわ、メイリンさん」
「はぁはぁはぁ……」
「うん、ようがんばったなぁ〜メイリン、たった一日でここまでがんばりに思わず涙が……」
「はぁ……嘘泣きはもういいです」
「おおっ、突っ込みまで覚えるとは、完璧やっ」
「バルトフェルドさん、あなたどこの生まれですか……」
「ちちちっ、もちろんプラントに決まってるじゃないか」
「言ってみただけです……はぁ」
「まあまあメイリンさん、ため息付くと幸せが逃げてしまいますわ」
「はああぁぁぁ……」

すでにラクスさまとバルトフェルドさんに振り回されている時点で、アスランさんと慎ましく幸せな生活が
逃げていきましたよ。
だいたい、美少女なラクスさまとわたしがデュオ組むなんて、どこか間違っていると思うんですけど、
その程度の事では、目の前の二人は引き下がらない。

「ん〜、これなら歌と歌の間に小話の一つも出来るなぁ〜」
「そうすると、わたくしがボケですか?」
「ラクスはそのままでええで、元々天然ボケやからなぁ〜」
「ふふふっ、言ってくれますわねバルトフェルドさん」
「いやいや〜、照れるで〜」
「あらあら、誉めてませんわ〜」
「あはは〜、これは一本取られたなぁ〜」
「うふふふっ」

微妙に怖い笑顔のラクスさまを軽く流して奇妙な言葉を使うバルトフェルドさんを見て、このままわたしの
代わりに二人にステージに立って欲しいと思ったけど、口に出して無駄なので心の中で呟いた。
ああ、流されているなぁって解っているんだけど、不思議と憎めないから更に泥沼に入り込んでいるなぁ……。
そんなわたしの気持ちも知らずに、バルトフェルドさんはご機嫌な様子で会話が弾んでいた。

「これなら予定を繰り上げて、明日はリハーサルにいけるで!」
「ええ、そうですわね。メイリンさんはステージ初めてですから、今の内から慣れていないと大変ですし」
「そうや! これが最初のステージやから、半端な真似はできん!」
「まずは世界征服ですわね」
「それを言うなら世界制覇や、あははは〜」
「まあそうともい言わすわね、うふふふっ」

せ、世界征服ってラクスさま、もしかしてそれは本音なのでしょうか。
笑顔はいつもの笑顔なんですけど、目は結構本気ぽかったのは、わたしの見間違いですよね?
でも、ラクスさまならそれも不可能じゃないって言うか、現実的に今のオーブは地球上では一番の勢力だから
ちょっとどころかかなり不安です。
それに今突っ込む所はそこじゃないし……。

「あのラクスさま、バルトフェルドさん、最初のステージってなんですか?」
「ええ、もちろん言葉通りの意味ですわ」
「そうやで〜、メイリンの夢の第一歩や、前に銀河征服する言うてたやないか〜」
「だ、誰がそんな事言いましたっ! わたしは普通の生活でいいんですっ!」
「普通に銀河征服ですわね」
「なるほど、まずはその前に世界征服とは、堅実なメイリンらしくてナイスやで〜」
「どう人の話を聞いたらそんな事になるんですかっ!」
「大丈夫ですわ、アスランも応援してくれると言ってましたし……」
「まあ、全ステージのアリーナチケットはちゃ〜んとキープしてあるから、安心して歌って踊ってや〜」
「全ステージってなんですか〜っ!?」
「まずはこのオーブから始まって、盟友のスカンジナビア王国で、次は我が懐かしきアフリカで、それから……」

延々と指折り数えて話し始めた事実に、わたしは呆然とするしかできませんでしたよ。
ラクスさまはただニコニコして、事の成り行きを楽しんでいるようにしか見えず、あろうことか
月面都市やエターナルやアークエンジェルを使って、宇宙コンサートなんて言い出していた。
ただの、一回だけのチャリティーコンサートだからってOKしたことが、どうしてこうなるんだろう。
ええ、解っているんです……人の話を聞かない上に、ちょっとしたことを大げさに大きくしてしまうこの二人に
気を許して良い返事をした自分が悪いって……でも納得なんてできません。

「い、いいですかっ、チャリティーコンサートに関しては、オーブのだけにしか参加しませんからねっ!」
「それは甘いで〜」
「ええ、メイリンさんはご自分を過小評価していますわ」
「そんなのはどうでもいいです! わたしはただの主婦なんですから、お二人のお祭り騒ぎに巻き込まないでくださいっ!」

言った、はっきりきっぱり言いました。
ここまでわたしが自己主張したのが珍しいのか、二人とも驚いた顔をして黙り込みました。
アスランさん、わたしはやりましたよ!
思わずガッツポーズまでして見せたわたしでしたが、目の前の二人はやっぱりただ者じゃなくって……。

「そうそうあれだ、ラクスはキラの操縦するフリーダムの手のひらで、メイリンはアスランの操縦するジャスティスので
ダブルカップリングコンサートなんてばっちりだと思うんだ」
「へ?」
「まあまあ、なんてステキなんでしょう♪ さすが、バルトフェルドさんですわ♪」
「ちょ、ちょっと……」
「あっはっはっはっ、そしてコーラスにはドム三人組がタキシードで決めやなっ」
「あらあら、どうしましょう、ワクワクが止まりませんわ♪」
「え、ええ〜っ!?」

ああっ、どうしてそうなっちゃんでしょう。
しかもアスランさんまで巻き込むなんて……ご、ごめんなさいアスランさ〜んっ。



「あ、どうせならラクスはウェディングドレスなんてどうだい?」
「まあまあまあ〜、そんなバルトフェルドさん、わたくし恥ずかしくて照れてしまいますわ♪」
「その割には顔は笑顔やで〜」
「も、もうっ、バルトフェルドさん♪」
「あ、あは、あははは……はぁ」


もう、わたしには笑うしかできませんでした。



 ○月21日



「あーあーテステス、ただいまマイクのテスト中〜」

おはようございます、メイリンです。
今更説明なんていらないですよね……今日は朝からコンサートのリハーサルで、市内特設ステージの上にラクスさまと
ステージ衣装を着て歌って踊っています。
ちなみにラクスさまの衣装は前日話していたウェディングドレスじゃないです、それは本番で着るそうですがキラさん
には内緒だそうです。
マイクテストを終えたバルトフェルドさんが、わたし達の側にやってきます。

「流れはこんな感じだけど、二人ともOKかな?」
「はい、わたくしは大丈夫ですが、メイリンさんは初めてですからどうでしょうか?」
「あ、はい、なんとか大丈夫だと思います」
「な〜に、その内慣れれば問題なくなるやろ」
「はー」
「何事も初体験は痛いもんやで〜」
「それはちょっと下品ですわ、バルトフェルドさん」
「おっと、勘弁してや〜メイリン」
「はぁ〜」

ちっとも悪いなんて思ってない二人のその笑顔に、わたしはどっと疲れが増したような気がしました。
今更止めるなんてこともできないし、なによりチャリティーと言うこともあるし、だから開き直っていると言った方が、
今のわたしの心境です。
ただ、気がかりなのがアスランさんと一緒にいられる時間が減ることが寂しいかなぁって。
ごめんなさいアスランさん、出来るだけ連絡しますから……。

「大丈夫ですわメイリンさん」
「へ?」
「その辺もばっちりですわね、バルトフェルドさん?」
「もちろんやで〜、メイリンには万全の体制で挑んで欲しいから、サポートも抜かりはないで〜」
「はい?」
「口に出ていましたわ、メイリンさん」
「ええっ〜っ!?」
「大丈夫や、メイリンはなーんも心配することあらへんで〜」

もの凄くいやな予感がします、しかも絶対に外れない予感が……。
もしかしなくてもアスランさんを巻き込むんですね、しかもわたしの為だとか言って断れないようにしたんですね。
ううっ、ごめんなさいアスランさん……不甲斐ない妻でごめんなさい。
そしてこの予感は当たりました、しかも予想の斜め上を行く状況にわたしの頭の中は真っ白になるほどに……。

「あ、あの、ラクスさま?」
「よく似合ってますわメイリンさん」
「そうではなくて……」
「準備はいい、ラクス?」
「はい、キラ」
「あ、あの、キラさん?」
「うん、前にも見たけど、似合っているよメイリン」
「だ、だから……」
「メ、メイリン」
「アスランさん……」

冗談をホントにしてしまうほど、たちが悪い事は無いと思う。
今いるのはオーブ国防本部近くのハンガーで、目の前にはフリーダムとジャスティスが、発進可能な状態で
待機しています。
そして上がっていくリフトの上には、ウェディングドレス姿のラクスさまとタキシード姿のキラさんがいて、
そのままニコニコしながらフリーダムに乗り込んでいました。
わたしはそれを見上げてがっくりと肩を落として項垂れました、そんなわたしにアスランさんが優しく肩を
抱き寄せてくれます。

「その……元気出して」
「はい」
「とにかく、行こう……みんなが待ってる」
「はい、アスランさん」
「メイリン」
「んっ!?」

それは触れるだけのキスで、すぐに離れるたアスランさんは、わたしの大好きな笑顔で見つめていた。
だから思い出してしまった……結婚式の時を。
顔はたぶん真っ赤だけど、それ以上に力が沸いてくる気がした。
なんとなくだけど、アスランさんの顔も少し赤いのが解ったけど、嬉しくて何より元気を貰った気がした。
うん、もう大丈夫!
引き受けた以上、いくら不条理なことでも、こうしてアスランさんが見守ってくれるなら、わたしはがんばれる。

「詳しい話は全部終わった時にしましょう」
「そうだな」
「行きましょう、アスランさん」
「ああ」
「きゃ」

照れた顔してたけど、ラクスさまと同じようにお姫様抱っこでリフトに乗ると、そのままジャスティスの
コクピットまでそっと運んでくれた。
言い忘れていたけど、もちろんわたしの衣装もウェディングドレスで、アスランさんもタキシード姿でした。
そのままコクピットの中でもお姫様抱っこのままでしたが、なんだか前に一緒にグフのコクピットにいた時の
事を思い出して少し可笑しくて笑ってしまった。

「しっかり捕まって」
「はい」
「アスラン・ザラ、ジャスティスでる!」

先に発進して上空に待機していたフリーダムと合流すると、大勢の人たちが待っているコンサート会場に
並んで飛んでいきます。
こうしてもっと騒がしい日々が幕を開けたのだけど、このイベントが終わったときには
絶対にバルトフェルドさんにはお仕置きしようと、心に固く誓いました。
でも、そんな余裕が最後まで残っているかどうか……自分でも解らないけど。



……それで、わたしは会場に着くまでの間、真っ白になった頭の中に消えてしまった歌詞を一生懸命思い出していた。



 ○月21日



そしてついに始まったチャリティーコンサートは、最初っから大歓声で始まりました。
バルトフェルドさんが監修して作ったステージの後ろにきちんと収まったフリーダムとジャスティスをバックに、
ウェディングドレスを着たラクスさまとなんとか思い出した歌詞を歌っていきます。

「「それが乙女の勇気〜♪」」

少し遅れ気味になってしまった振り付けでも、ラクスさまが笑顔のままわたしに合わせてくれたので、
歌詞だけは間違わないように、がんばって歌います。
それから数曲歌った後、休憩を兼ねたMCにはいりました。

「みなさんこんにちは、ラクス・クラインです。今日はこうして皆さんのために歌うことが出来て、とても嬉しいです」

さすがに喋りにも貫禄が有ったりするのが、ただのアイドルとは違うラクスさまだなぁと感心していたら、
そのラクスさまがわたしの側に近寄ってきました。

「そして今日はわたくしと一緒に歌ってくれる親友を紹介しますわ。もうご存じの方も多いと思いますが、メイリン・ザラさんです」
「は、初めまして、メイリンです。今日は精一杯がんばります」

ひときわ大きな歓声とメイリンコールに、わたしはちょっと呆然としちゃった。
ラクスさまとわたしの名前が交互に呼ばれて会場はますますヒートアップしていきます。
やがて会場が段々と静かになり、それを待っていたラクスさまは、更にわたしを驚かせる発言をあっさりとしてしまいました。

「そして今日はメイリンさんのデビューとなります。これからわたくしとずっとデュオしてくださるそうですから、
皆さん応援してくださいね〜」
「ええっ!?」
「「「「「おおぉぉぉーーーーーーーーっ!!」」」」」

さっきよりも更に会場の声は大きくなって、ステージ全体が揺れているのは、気のせいじゃないです。
チャリティーコンサートだけではなくて、この先もアイドル続けるなんて、そんな話までは了承した覚えはないのに〜。

「ラ、ラクスさまっ」
「さあ、次はメイリンさんのソロですから、がんばってくださいね」
「人の話を聞いてくださいよ〜」

わたしの問いかけにも笑顔で誤魔化して、次の曲のイントロが始まりました。
舞台袖では、もう一人の仕掛け人のバルトフェルドさんが爽やかな笑顔と親指を立ててわたしを見ていました。
……ごめんなさいアスランさん、わたしアイドルになっちゃっいました、はう〜。
今頃、ジャスティスのコクピットで苦笑いをしているアスランさんが頭の中に浮かびました。
しかし、時間は待ってくれません……イントロが終わるところで、わたしはもう開き直って歌い出しました。

「失う物は何もない〜♪」

わたしにとってアスランさんと出会えたことは人生で一番大切なことですけど、それと同時に変な運命に巻き込まれている
のは、正直遠慮したいです。
顔で笑って心で泣いて、わたしは歌い続けました……それはもう力の限り。
ただ、幸か不幸かコンサートが終わる頃には、わたしは完全にアイドルの笑顔でみんなに話しかけたり、
それになれていく自分がちょっとだけ可愛く思えた。

「いや〜、今日のコンサートはばっちりだったなぁ〜」
「ええ、皆さん喜んで頂けたようですし、復興基金の方も順調のようで良かったですわ」
「……それは良かったですね」

コンサートが終わって孤児院で打ち上げをしているのはいいです、成功して基金が順調なのも結構です。
でも、わたしの人生がどんどん修正不可能な方向に進んでいるのは、納得できません。

「まあまあ、そう怒らないでくれ、メイリン」
「怒らせているのは誰ですかっ」
「あらあらメイリンさん、コンサート楽しくなかったのですか?」
「それは楽しくなかったと言えば嘘になりますけど、それとこれとは話が別です。どうしてわたしがずっとアイドルしないと
いけないのか……」
「わたくし、メイリンさんとでしたらおばあちゃんになっても、ご一緒したいですわ」
「ラクスさま、それは言う相手が違います」
「あら?」

わたしの夫はラクスさまじゃなくってアスランさんです。ラクスさまの相手はキラさんじゃないですか。
ほら、キラさんにも聞こえてたみたいで、苦笑いをしてこっちを見てます。
ため息をつきつつラクスさまにまあまあと肩を叩かれていたら、わたしを見つめたバルトフェルドさんの目が、
真剣な光を帯びていた。

「バルトフェルドさん?」
「でも、今回のコンサート、もっと深い意味も有ったんだ」
「深い意味?」
「そう、前回のように身を隠しているだけじゃ狙われたときの対処とかに問題が有ったからな、だから今回はそれを
逆手に取って大々的にアピールしたのさ。それになんと言ってもキラとアスランを敵にする馬鹿はそうそういないだろう」
「それってつまりラクスさまの身を案じてだったんですか……」
「ただ、ラクスだって女の子だからな一人で不安なときも有るから、そんな時にメイリンがいてくれれば、安心できるかなって。
ちょっと強引だったのは済まなかったな」
「ごめんなさいメイリンさん」
「え、あ、いいですって、そう言う理由だったのなら、納得できますから」

なるほど、これがあの時言っていた事なんだ……確かにここまでオープンにしてしまえば、逆に手を出しにくいし
男の人じゃずっと一緒にいられない場所も有ったりするしね。
と言うことはわたしは護衛も兼ねていると考えればいいんだ、それなら反対する気なんて全然無い。

「解りました、出来る限りは協力します」
「まあ、メイリンさん」
「きゃ、ラ、ラクスさまっ」

わたしの言葉を聞いたラクスさまに抱きしめられて、わたしの体から緊張が抜けていきました。
そんなわたしたちをキラさんもアスランさんも、孤児院のみんなも暖かく見守ってくれていました。
そこでアイドルだってがんばってみても良いと思ったのが、わたしのうっかりでした。

「と、言うわけで明後日は水着撮影だから、よろしく頼むよメイリン」
「はぁっ!?」
「水着はわたくしが選んでおきましたわ、きっとメイリンさんに似合いますわ」
「ええっ!?」
「いやー、これでスケジュールが間に合いそうだ。なにしろコンサートで販促グッズが無いのは宜しくないからなぁ」
「ええ、少しでも売り上げを復興基金に貢献できたら、メイリンさんの喜びも一押しですわ」

水着撮影ってなんですか? それよりもさっきまでのシリアスな話はなんだったんですか?
アスランさんがバルトフェルドさんに抗議をしている様子を見ながら、わたしは気が遠くなっていきました。
何が建前で何が本音なのか、もう考えるのが馬鹿らしくなってきました。



「さあ、メイリンさん♪」
「何でこんなに布地が少ないんですかっ!?」
「あらあらまあまあ、わたくし間違えてしまいましたわ」



ホントにもうどうでも良くなってきたけど、現実は変わらないのでわたしになりにがんばるしか有りませんでした。



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