「で、どーしてこんなことになってるのか説明して、蔦子さん?」

癒し系のたぬき顔な少女は、放課後にまた蔦子に連れられて薔薇の館という所へやって来ていた。
中には山百合会が勢揃いで出迎えていたけれど、祥子だけはキッと祐巳を睨んでいたが、本人は気にも留めていなかった。
もしかして昨日の態度で文句の一つも言われるのかと思った祐巳だったが、話しはもっと斜め上の方だったらしい。

「えーっと、なりゆき?」
「蔦子さんにもうおかず分けて上げないから」
「そ、それだけは許して〜」
「だめっ」

にっこりと営業スマイルで言っている辺り、付き合いの長い所から本気だと悟った蔦子はがっくし肩を落とした。
それもそうだろう、いきなり呼び出されて何かと思ったら、生徒会のお手伝いとして文化祭の劇に出る事が決まっていた
のである。
これは祐巳でなくてもはいそうですかと簡単には納得しないであろう。
しかも、祐巳と祥子の仲直りをさせましょうの建前とは別に、薔薇さま達と祐巳の写真を撮りたい為に蔦子から提案していた
事を知った祐巳の笑顔に怒りの十字マークが追加されていた。

「そんなに彼女を責めないで、それに貴方にも責任はあるのだから」
「えっ?」

そんな蔦子を弁護するように紅薔薇さまの水野蓉子が、優雅に紅茶を一口含んでから祐巳を見つめる。
あー綺麗だなぁと状況を忘れて蓉子に見とれる祐巳ににこっと微笑んで話し始める。

「昨日、帰り際になんて言ったか覚えているかしら?」
「えっと……あっ」
「『後は蔦子さんが勝手にやってね』、そう言ったのは福沢祐巳さんでしょう」
「あちゃー」

しまったと言う顔を手のひらで覆って天井を見上げる祐巳の仕草に、蔦子はほっとした表情を浮かべた。

「思い出したみたいで良かったわ、だから勝手に決めさせて貰ったのだけど問題があるかしら?」
「いえ、ありません」
「ふーん、あっさりみとめちゃうんだ」
「聖……」
「自分の言った事ですから責任ぐらいは取りますよ、白薔薇さま」
「おー、私の事知っているんだ」
「志摩子さんのお姉さまぐらいは知ってます」
「いいねー、気に入った」
「どうも」

ニコッと笑い合う祐巳と白薔薇さまの佐藤聖はほとんど初対面なのに、気軽に話している感じに部屋の中にいたみんなは
驚いていた。
その中で一人面白くない表情を浮かべているのは、昨日こてんぱんにされて最初から不機嫌な祥子だった。
今日も最初から無視されている気がしてならない祥子は、一言言いたくて祐巳を睨んだまま話しかける。

「ちょっと貴方……」
「それで紅薔薇さま、引き受けると言いましたが、わたしの都合も考慮して頂けますか? こう見えても放課後に優雅に
お茶を飲む時間って無いんです」
「なっ……」
「そうね……なるべく祐巳さんの都合に合わせるから、それでいいかしら?」
「はい、それじゃ今日は失礼します……あ、今回だけは見逃して上げるからね、蔦子さん」
「ありがとう、祐巳さん〜」
「お待ちなさいっ」

自分を無視された上にお姉さまに失礼な口を聞いた祐巳に、呼び止めた祥子の顔は怒りの所為で綺麗な眉がきりりと吊り
上がっていた。
だけどどこ吹く風と言った感じで、わざわざ昨日と同じ営業スマイルで見つめ返す祐巳の口調はみょうにゆっくりだった。

「なにかごようでしょうか、おがさわらさちこさん?」
「……っ、今のその言い方、気に入らないわ」
「それでごようけんは? ないのならよびとめないでください」
「なっ」

さすがに幼稚園児に言い聞かせる先生のように、全部ひらがなで言った事は伝わったらしく、祥子のこめかみに青筋が浮かんだ
のをみんなは見逃さなかった。
予想通りテーブルを叩きながら立ち上がった祥子お嬢様は、声も大きく祐巳を怒鳴りつける。

「先ほどのお姉さまに対する態度、訂正しなさいっ」
「んー、何かおかしかった、蔦子さん?」
「そ、そうね、ちょっと含みのある言葉が入っていたかなぁ……」
「ああっ、優雅にお茶を飲む時間がとか?」
「それよっ」
「なるほど……」

漸く理解したのねと鼻息も荒く祐巳を睨む祥子だったが、やれやれとため息をついた後さっきよりもイイ笑顔を浮かべて
祐巳はきっちり言った。

「おとといきてください、おがさわらさちこさん」
「なんですってっ!?」
「人の態度を問いつめるより、昨日の自分の態度を改めてから言ってください」
「な、なっ……」
「それではごきげんよう」

笑顔を絶やさないまま部屋から出て行ってしまう祐巳の後ろ姿を睨んでいる祥子の体は、わなわなと震えてその顔には
般若も泣き出しそうな怒りで満ちていたと後に蔦子が語っていた。
それとは対照的に白薔薇さまだけがゲラゲラとテーブルを叩きながら大笑いをしていた。
画して我らが庶民派代表の福沢祐巳の舞台デビューがなし崩しに決まった日になった。






マリア様がみてる# Episode 1



「今日のシンデレラ? 明日のツンデレラ?」







翌日、授業を終えて手際よく掃除を終わらせた祐巳は、志摩子と一緒に薔薇の館に向かっていた。

「はー、参ったなぁ……」
「ふふふっ」
「もう志摩子さん、笑い事じゃないんだけど?」
「ごめんなさい、でも祐巳さんと一緒に何か出来るのが嬉しくてつい……」
「それはわたしも嬉しいけど、忙しさが倍増しちゃったよ」
「あ、そうね、ごめんなさい祐巳さん」
「ううん、志摩子さんは悪くないよ、それに自業自得だし……ね?」
「やっぱり祐巳さんは優しいわ」
「そうかなぁ〜」

滅多に人前で声を出して笑わない志摩子の姿に、すれ違う生徒たちは驚いた表情で振り返るけど二人は気にせず歩いていく。
だからなのか祐巳の足も自然と軽くなって、薔薇の館に着いた時には歩いた時間を短く感じていた。
そして二階に上がりビスケットなデザインのドアを開けると、一番乗りだったのか志摩子のお姉さまである聖が窓辺に
腰掛けていた。

「ごきげんよう、お姉さま」
「ごきげんよう、志摩子と祐巳ちゃん」
「ごきげんよう、白薔薇さま」
「あれ、ちゃんと挨拶してくれるんだ?」
「一般的な常識はありますよ」
「くくっ、その割には祥子にきつかったね」
「だって非常識だからそれに合わせただけです、見知らぬ人を妹呼ばわりするのは正気を疑っちゃいます」
「あっはっはっは〜っ、いいね祐巳ちゃん、最高だよ」
「笑いすぎです、お姉さま」
「ごめんごめん」
「いいよ志摩子さん、気にしてないから」

そんな風に言いながら笑顔は祥子に対してのそれと違っていて、聖と志摩子の前で浮かべた祐巳の笑顔は友達に向ける
微笑みだった。
その癒し系なのほほん笑顔に聖も志摩子も笑顔になり、部屋の中の空気も明るくなって三人で会話が弾んだ。
主に祐巳の事を中心に話が進んだけど、途中で志摩子の恥ずかしい話し等して笑いが絶えなかった。

「う〜ん、美味しいねぇ〜」
「上手に煎れられて羨ましいわ、祐巳さん」
「そんな事無いよ、単に慣れだって」
「毎日家事しているんだっけ、経験豊富だね祐巳ちゃん」
「その言い方が微妙にエッチにきこえるんですけど、聖さま?」
「そお?」
「お姉さまったら……」
「あはははっ」
「くすくすっ」
「ふふっ」

お近づきの印にと祐巳が申し出て煎れた紅茶は好評で、すっかりうち解けてしまった祐巳は聖を白薔薇さまと呼ばずに
名前で呼んでいた。
これは祐巳が心を許している証拠だと志摩子は知っていて、それが自分のお姉さまなのが嬉しくて積極的に会話にも
参加していた。
端から見れば祐巳も薔薇姉妹に見えるぐらい仲が良く、そこにちょうど現れた蓉子や江利子は昨日に続いて驚いていた。

「ごきげんよう、珍しいわね、聖がそこまで仲良くなるなんて」
「ふふん、祐巳ちゃんって可愛いし楽しいんだもん」
「聖さま、わたしはおもちゃじゃありませんよ」
「可愛いって言うのは否定しないの?」
「それは事実ですから、お姉さま」
「は、恥ずかしいよ志摩子さんっ」
「ね? 蓉子」

本当に楽しそうに笑って祐巳を背後から抱きしめて遊ぶ聖の様子に、やれやれと苦笑いを浮かべる蓉子だったが内心は
祐巳に感謝ししている部分もあった。
一時期荒れていた聖を知っているだけに、こんなにも簡単にうち解けて仲が良くなっている祐巳の存在は、これからも
良い影響を与えてくれると思えた。
ただ、今の問題は自分の妹がどんな顔をして祐巳達を見ているのかと横目で見ると、予想通り悔しそうに唇を噛み締めて
いる祥子の目がかなり怖かった。
このままでは昨日の繰り返しとなると思った蓉子は祥子に小声で囁く。

「落ち着きなさい、祥子」
「っ、お姉さま?」
「貴方から歩み寄らなければ、あんな風に祐巳さんは笑ってくれないわよ」
「お姉さま……」
「さあ、私たちも席につきましょう」

蓉子に背中を押されて自分の席に座ると祥子と反対に、祐巳は立ち上がってみんなの紅茶を煎れ始める。
その行為に驚くけど聖がみんなを制すると、静かにそれを待つ事にした。
手際よく紅茶を注いでそれぞれに配り終えると、祐巳はどうぞと言って余っている席に腰を下ろした。
そして一口飲んだみんなの表情はその美味しさに驚いて、やったねとサムズアップしてウィンクする聖に笑い返す
祐巳だった。

「美味しい紅茶ありがとう、祐巳さん。みんなを代表してお礼を言うわ」
「いえいえ、お口にあったようなのでほっとしました」
「謙遜ね、かなり手慣れているように見えたし、かなりの努力家なのかしら?」
「毎日やっていればできるんじゃないでしょうか、それよりも本題に入って欲しいんですけど……」
「そうね、それで今回の劇の台本はこれなので、目を通しておいてね」
「はぁ……え、シンデレラですか?」
「もちろん主演は祥子なんだけど、祐巳さんが参加する事になったので、ちょっとアレンジしようと思うの」

そこまで言ってニコッと笑う蓉子に対して、台本をめくっていた祐巳は何かが閃いたように顔を上げて蓉子を見つめた。

「まさかわたしが主役って話しですか?」
「祥子と二人でシンデレラをやってもらうわ」
「お姉さまっ、私聞いていません」
「今言ったもの、当然でしょう」
「お断りしたはずです、しかも相手に優さん……花寺の生徒会長だなんて、私が男の方が苦手だってしっているのに
お姉さまは……」
「これを機会に祥子には苦手なものを克服して欲しい思いからそうしたのに、祐巳さんはどう思うかしら?」
「な、お姉さまっ!?」

そこで祐巳へ楽しそうに話しを振った蓉子は、祥子を手で制して返答を待つ。
すると開いていた台本をあっさり閉じて、祐巳はやれやれと言った感じにわざとらしくため息をついてから応える。

「えっと、どんな感じに言った方がよろしいのでしょうか?」
「率直にお願いするわ」
「だめだめのへっぽこですねぇ、さちこちゃん。きらいなものぐらいこくふくしないといいおとなになれませんよ」

めっと保母さんみたいに指一つ立てて祥子を軽く睨む祐巳の姿に、一同呆気にとられる中で祥子だけが自分がバカにされたと
理解して大きな音を立てて椅子を倒して小走りに祐巳に詰め寄った。

「ば、ばかにしてっ……」
「ロサ・キネンシス・アン・ブゥトンっ!」
「っ!?」

手にしていた台本を突きつけて向かってきた祥子の行動を止めた祐巳は、さっきまでとは違った真剣な表情で見つめ返す。
その迫力に勢いを無くした祥子に、今までとは違う言葉で話し始める。

「いつまでもここにはいられないんですよ、世の中の半分は男でいつかは結婚して子供を産む事になるかもしれない。
きちんと現実を受け止めて前向きに取り組んでさすが小笠原祥子だと言われる紅薔薇さまになれませんか?」
「そ、そんなこと言われなくてもっ……」
「じゃあ出来ますね?」
「あなたは出来るって言うの?」
「成り行きとは言え、引き受けた以上自分の出来る事はやってみせますよ」
「解ったわよ、やってみせれば良いんでしょう」
「よく言えました、えらいでちゅねー」
「なっ、子供扱いしないでっ」
「あはははっ、それでこそ祥子さまです」

あっさりと気難しい祥子の癇癪を見事に収めて笑う祐巳の笑顔は、さっきまで聖と志摩子に見せていたそれで、言い合っていた
祥子もついつい見とれてしまう。
その様子を見ていた薔薇さまの三人は、祐巳が祥子の妹になったら良い姉妹になると目で通じ合い確信していた。

「それじゃどっちが先に台本を覚えるか、勝負ですよ?」
「なんでそんなことしなくちゃならないの、ばかばかしい……」
「またへっぽこなこと言ってるし、情けないなぁ〜……そうですね、もし祥子さまが勝ったのなら、なんでも一つ言う事聞きますけど?」
「嘘じゃないでしょうね?」
「言った事には責任もてる分、祥子さまより大人です」
「いいわっ、それじゃ私が勝ったらお姉さまと呼んで貰うわっ」
「呼ぶだけで良いの?」
「スールになって貰うわよ、良いわねっ」
「もうしょうがないなぁ、さちこちゃんは」
「ゆ、祐巳ーっ!!」






だけどそう簡単に思い通りにいかないのが、一癖も二癖もある福沢祐巳のちょっと意地悪な所だった。






Next Episode






遂に始まった山百合会主催の劇の為に、庶民派代表の祐巳の行動も文化祭に向けて活発になる。

「えっと、ここでこう……」
「あら、もっと優雅に踊れないのかしら?」
「踊りだけは得意なんですね、さちこちゃん」
「さちこちゃんって言わないでっ」

もちろん、お嬢様代表の祥子も祐巳に煽られて意地を張って必死になる姿はどこか微笑ましく見えた。

「ちょっと祐巳、ここは……」
「今忙しいから後っ」
「ま、待ちなさい、祐巳っ」
「忙しい忙しい〜」

山寺との合同稽古の日、頼まれて校門まで出迎えに行った祐巳は、そこに見たからにナルシストぽい男に捕まっている
我が弟の姿を見つけてため息が出た。

「ユキチ、愛しのお姉さまが向かえに来てくれたようだぞ」
「祐麒、愛の形はいろいろだけど、応援はしないわよ」
「どうでもいいから助けろよ、祐巳っ」

そして波乱含みの合同稽古で何かが起きる!?






次回、マリア様がみてる# Episode 2






「禁断の姉弟愛!? 疾風怒濤のダンスシーン」






「祐巳、愛の形は様々だよな……ぐはっ!?」
「わたしはノーマルなのよ、祐麒こそあの生徒会長に×××ちゃいなさいっ」