かおりんの恋は止まらない♪ 4






 男の子の部屋に入るのはこれが初めてだった。






 「ただいま〜って誰もいるわけないか……」

 「あら、お早いですね祐一さん?」

 リビングの方から、名雪のお母さんの秋子さんが声を掛けながら出てきた。

 「あれ? 秋子さん仕事の方は……」

 「ええ、今日はお昼で終わってしまいましたから」

 「そ、そうなんですか、はは……」

 あ、頭を掻きながら祐一の頬が赤くなってる……ふふっ。

 「あら、お久しぶりね香里さん」

 「ど、どうも、ご無沙汰しています」

 そう言えばあの不思議なジャムを食べて以来、この家に来たこと無かったのよね。

 ……あっ、そうするとあのジャムをまた食べさせられちゃうのかしら?

 ちょっとだけ祐一を憎らしく思っちゃう。

 「その実は……」

 秋子さんは祐一とあたしの顔を交互に見て、さらにあたし達の繋いでいる手を見てたった一言。

 「了承」

 「す、すいません秋子さん」

 なんか秋子さん、ニコニコして物わかりが良すぎる様な気がするんだけど……。

 「すぐにお茶を用意しますから待ってて下さいね」

 それだけ言ってキッチンの方にスキップしていってしまう……やっぱり秋子さんてよく分からないわ。

 「よし!」

 その呟きに横にいる祐一を見ると、ニヤリとして小さくガッツポーズをしていた。

 「何か言った祐一?」

 「何も♪」

 う〜ん……なんかめちゃくちゃ怪しいわね、やっぱり早まったかしら?

 「とりあえず俺の部屋に行こうか」

 「変な事はしないでよ」

 「あのなぁ、秋子さんが居るのに出来る訳ないだろ」

 「どうかしら?」

 すっかり疑いの眼差しを向けているあたしの手をぎゅっと改めて握ると、真面目な顔になった。

 「約束しただろ、香里の嫌がる事はしないって?」

 「そんな事も言ってたわね……」

 「香里ぃ〜」

 くすくす、なんかこうして見ると情け無い祐一もけっこう可愛いわ♪

 なんて思いながらも手を引かれて階段を上がり、二階に在る祐一の部屋に行くことにした。






 「ふぅ〜ん、以外に綺麗なのね」

 あたしは祐一の部屋を見てちょっとだけ感心した。

 「あのな、どんな部屋想像してたんだ?」

 「普通、男の子の部屋ってもっと散らかって汚いと思ったけど」

 「俺はきれい好きで通っているんだ!」

 まあ、そうじゃなかったら祐一も自分の部屋に誘うわけないか。

 「あ〜香里はそこのベッドの上にでも座ってくれ」

 「変な事しない?」

 「はぁ〜……」

 祐一ったら肩を落としてため息つくと、ベッドに座ったらそのまま寝転がって横を向いてしまった。

 「祐一?」

 「どうせ俺は寝込みを襲うスケベな男だよ」

 どうやら拗ねちゃったみたい、ちょっとしつこかったかしら?

 「ねぇ祐一?」

 「何?」

 返事だけしてこっちを見ようとしない、う〜ん……。

 「その、悪かったわ」

 「別に」

 なんか声まで素っ気ないわ、まいったわね。

 「ちょっとしつこかったわ、ごめんなさい」

 「へぇへぇ」

 相変わらずあたしの方を見もしないで返事する、全然機嫌直んないわ。

 祐一の横に座るとその肩に手を置いて、目を閉じて拗ねている横顔に自分の顔を寄せるともう一度謝る。

 「祐一……本当にごめんなさい、どうしたら機嫌直してくれるの?」

 10秒ぐらいたってから祐一がぼそっと呟く。

 「……キス」

 「えっ?」

 キスって・・・今の私の聞き違いじゃ無いわよね?

 「香里からキスしてくれたら許す」

 それだけ言うとまた黙り込んでしまう……も、もうしょうがないわねぇ〜。

 でも、あたしの方が言い過ぎたから今回だけは譲ってあげる。

 「ふぅ……分かったわ」

 あたしの返事を聞いて、寝返りをうってこっちを見た祐一の顔は嬉しそうに笑っていた。

 「それじゃ一つよろしく♪」

 全く、キス一つで機嫌が良くなるんだから単純だわ、でもそんなとこも好きよ。

 「ほらほら香里〜」

 あのね……何、手招きしてんのよ? キス以上しないわよ。

 でも、目を閉じてキスを待っている祐一の顔を見つめると、なんか照れちゃう……。

 あたしは祐一に覆い被さるように身体を動かして顔を近づける。

 「もう、今回だけよ……」

 そう呟いて、私は瞼を閉じてそっと祐一と唇を合わせる。

 キスした時、祐一の手があたしの背中に回ったけどそっと包み込む様に抱きしめる。

 その手は別に動かずにただ私の背中を引き寄せている。

 ふぅ……本当にキス以上しないみたいね、疑って悪かったわ祐一。

 あたしは心の中で謝りながら、思いをキスに載せて唇を合わせ続けた。






 こんこん、がちゃ。

 「あらあら、お邪魔しちゃったかしら?」

 んんっ? あ、あ、秋子さん!?

 慌てて祐一から離れてベッドに座り直す……ううっ、見られちゃったわ。

 そんなあたしにニコニコしながらテーブルの上にトレイからカップを置いている。

 「香里さん、本当にごめんなさい」

 「い、いえ、そんな……」

 もうっ……とてもじゃないけど、恥ずかしくて秋子さんと顔を合わせるなんて出来ないわよ。

 俯いたまま、横目で祐一を見るとニコニコしている、それにちっとも焦っていない……何で?

 「祐一さん、まだ陽が高いですからそうゆう事は夜にして下さい」

 秋子さん、その手のピースサインは何?

 「すいません秋子さん、香里がどうしてもキスしたいからって断りきれなくて」

 祐一、何で拳を作って親指立ててるの?

 ま、まさか祐一、あなたっ!?

 「ちょ、ちょっと祐一!」

 「香里さん」

 あたしの言葉を遮るように秋子さんが話し掛けてくる。

 「は、はい、何でしょうか?」

 秋子さんはあたしに向かって微笑むと、ポケットから小さな包みを差し出した。

 「何ですかこれ?」

 「エチケットです、でも使う事がない方が良いんですけど」

 エチケット? でも、なんて書いてあるのかしら、えっと……*×☆!?!

 こ、こ、こ、これって!?

 あたしはこれでもと言うくらい顔を真っ赤にして言葉が無かった……あ、秋子さん、これをどうしろと?

 「秋子さん、香里に渡した物ってなんですか?」

 「秘密です」

 祐一は首を捻りながらも今度はあたしに聞いてくる……なによ、その笑いを堪えた顔は?

 「なあ香里、何それ?」

 それを見ようとする祐一から手を引っ込めると慌ててポケットに隠す。

 「ゆ、祐一にはか、関係ないわ!」

 関係大ありだけど……こんなの面と向かって言えるわけないじゃない!

 「足りなくなったらいつでも言って下さいね、香里さん」

 「ええっ!? そ、そんな……」

 あ〜ん、こんな物祐一に持っているなんてばれたらなんて言えばいいのよ!

 秋子さん、ひょっとして私の事はめているのかしら?

 ん? あたしを見てニコニコしている笑顔で祐一の方に視線を送っている。

 「祐一……」

 「何、香里?」

 祐一の笑顔もなんかイヤらしく感じるのは勘違いじゃないわね。

 絶対にはめている、それもかなりマジで。

 あたし、今日無事に家まで帰れるのかしら……、マジに危なくなって来た感じがするわ。

 やっぱり早まったんだ……それも全部こいつの所為よと決めつけて横で笑っている祐一を睨む。

 「な、なんだよ香里、そんなに怖い顔して?」






 「ばか」






 「そうそう香里さん、今日は夕飯をぜひ食べてって下さいね♪」

 ほ〜らやっぱり、ううっ。

 栞、お姉ちゃんが無事に帰れるように祈っていてね……お願いだから〜!






 つづく。