「はい衛宮、そこ訳して」

お昼ご飯を食べての午後の授業は、それも英語なんて寝てくださいと
言っていると思う。
あくびを噛み締めていたところで先生と目があってしまったのが、運の尽きだった。
だから美綴先生がニヤニヤしながら、わたしを指名した。

「え、えーっと」
「どうした衛宮?」
「その……」
「聞いていなかったんだろ?」
「……はい」
「正直で宜しい」
「へへぇ」
「そんな笑顔をしても通用しないからな」
「ちぇ」

その結果、授業の終わりに言われたのは、明日の予定範囲までの長文を和訳する
ことだった。
こう言うところが師匠の親友なんだよね〜……はぁ、今夜は寝られればいいけど。

「ママのけちっ!」

それが家に帰って夕飯の前に、宿題の協力を拒んだママに対するわたしの言葉だった。

「おいおい、どうしたんだ?」

キッチンから顔をのぞかせたパパが、テーブルに両手をついてむっとしているわたしと
夕飯前だって言うのに、どら焼きを美味しそうにもぐもぐしているママを交互に見た。

「聞いてよパパ〜」
「ん?」
「聞く必要はありません、シロウ」
「アルトリア?」
「ママは黙っていてっ」

ママに邪魔される前に、パパの腕を掴んでキッチンに連れ込んだ。
そこでおもむろにわたしは両手を鳴らしてパパを拝む。

「お願いパパ、力を貸してっ」
「む?」

真剣な表情で見つめるわたしに弱いパパは、何も聞かずに頷いてくれる。
この辺でもわたしが愛されているなぁって感じちゃうなぁ、えへへ。
もっとも、ママはそれが気にくわないというか、娘に嫉妬する原因でもある。
ママとわたしにくれる愛は違うんだけど、ママには通用しないの。
いつだってどこにいたって、ママの一番はわたしじゃなくって、目の前にいる
大好きなパパなの。

「もうっシロウ、そうやって甘やかすのはその娘の為になりませんと何度も……」
「いいじゃないか、俺が全部するわけじゃないんだし」
「そうだよー、それにパパが一緒にいる方が重要なんだから」
「それが目的ですかっ」
「うん」

ちょっと自慢の胸を張って、えっへんとママに返事をすると、漫画チックな怒り
マークを頭につけて、わたしを睨んでくる……特に胸の当たりを。

「……以前から思っていたのですが、シロウは私のですからあなたには上げません」
「なんで?」
「なんでって……解っているのですか、あなたたちは父娘なのですよ?」
「うん、それが?」
「そ……くっ、まさかシロウまでそのような事をっ」

ママの標的がわたしからパパに向かった所で、頭にパパのげんこつが落ちた。

「いたっ」
「こら、いい加減にしないか」
「はーい」
「え、ええっ?」
「そうやってアルトリアをからかうんじゃない」
「だってー、ママってすぐにムキになるからつい楽しくって」
「だからと言ってな、そのとばっちりが全部俺に来るのは見過ごせないぞ」
「はい、ごめんなさい。お詫びに背中流すから許して、パパ」
「それはいいから」
「……楽しそうですね」
「あ、ほらママが拗ねてるよ」

時々思うんだけど、ママって自分の容姿を忘れてないかなぁ……。
だって、あの少女の姿でそんなことしても、可愛いだけだしパパなんてうっとか
呻いて顔赤くするんだよ。
確信犯なら凄いけど、どうみても素でしているみたいだからねー。

「そうですか、シロウは私より娘と一緒にいるほうが楽しいんですね」
「確かに楽しいと言えば楽しいけど……でもな、アルトリア」
「なんですかっ」
「一人の女性として側にいて欲しいのは、アルトリアだぞ」
「シ、シロウっ」

あーあ、もう見てらんないなぁあのママの顔は……でれでれ。
パパは照れ照れで……こう言うパパの顔は、わたしは好きじゃない。
だって、パパの心の真ん中にいるのがママだって知らされるから、どう足掻いても
勝てないって。
でも諦め悪いのもパパから受け継いだ事なんだからね。

「ごめんねママ」
「もういいです」
「そう、じゃあ次はわたしが勝つから」
「はあっ!?」
「諦めません勝つまではって言葉もあるし、わたしってママにそっくりだからパパの
好みの筈だし」
「ま、待ちなさいっ」
「待てと言われて待つ人はいないと思うけど?」
「あなたは凛に影響されすぎですっ」
「冗談だって」
「むー」
「だからからかうなって言ってるだろ」
「は〜い、でも宿題の手伝いはしてくれるんだよね?」
「ああ、それは約束したからな」
「やったー」

諸手を上げて喜ぶわたしをじーっと見つめるママに見せつけるように、そのままパパ
に抱きつく。
ママって独占欲が強すぎるよ、こうして抱きつけるのは娘だからなんだし、もう少し
広い心を見せて欲しいなぁ。
まあ、問題はわたしの容姿にも有ると言えば有るんだけど、それはわたしの所為じゃ
ないし。
パパに取って嬉しい事なのか残念な事なのか、ママの容姿は出会った頃とほとんど
変わっていないだって。
多少は成長しているようだけど、凛さんに言わせれば卑怯者だそうだ。
逆にわたしはすくすく成長しちゃって、今は標準以上のプロポーションを誇っている。
んー、そう母娘より……逆転姉妹な感じで見られてる事もしばしば。
あれは中学校の入学式だったかなぁ……ママは生徒に間違わられて先生に捕まるし、
パパやわたしが説明しても納得して貰うのが大変だったよ。

「いつまでシロウに抱きついているんですかっ」
「えー、もうちょっとー」
「宿題するんじゃないんですかっ」
「そうだった、うん。じゃあパパ、部屋に行こう」
「待ちなさい、シロウと二人っきりなんて愚行、させるわけにはいきません!」
「だってママ手伝ってくれないって」
「手伝いはしません」
「それじゃママが一緒にいる意味なくない?」
「うっ」
「はぁ……ノート持って居間でやろう。アルトリアもそれでいいな」
「うーん、しょうがないなぁ」
「ええ」

ここはパパの意見を尊重して、一人部屋に戻ると教科書とノートを持って居間に戻る。
そしてママの監視する中、わたしとパパは宿題を始める。
無論、自分で問題を解いていくんだけどね、パパには確認をしてもらうだけだよ。
そうして暫く順調に宿題を片づけていく。

「ここはこれでいいんだよね?」
「そうだ、ここの助動詞は……」
「じゃあ、こっちはこうなるんだ」
「それでいい、なんだ自分でできるじゃないか」
「でも、合ってるか解らないといやだよ、それに明日恥ずかしい思いしたくないし」
「そうだな」
「でもパパって英語はどうやって覚えたの?」
「ほら、遠坂と一緒に英国に行ってた時期が有ってさ、前に話しただろ?」
「あ、そうだったね」
「三年もいればそれなりにな」
「倫敦かぁ……いつか行ってみたいなぁ」
「覚えてないのか、お前がまだ小さい頃、連れて行ったんだけどなぁ……」
「いつ頃の話?」
「うーん、あれはたしか五歳ぐらいだったかな」
「そう言われても……はっきりとは覚えてないかも」
「まあ、草原で走り回って転がって泣いて、『ぱぱぁ、いたいよう』って泣きついたん
だぞ?」
「うわぁ、そんなこと在ったんだ」
「ああ、あの頃は可愛かったぞ」
「違うよパパ、今も可愛いの」
「自分で言うなって」
「えへへっ、でも今度はちゃんと覚えていたいから、また連れて行ってね」
「ああ、解った」

こうしてちょっと雑談をすると、目の前に一人で座ってどら焼きを食べているママが
待ってましたとばかりに注意が飛ぶ。

「……二人とも、話が違いませんか?」
「息抜きだって、もうママはぁ……」
「すまん、それにほとんど終わりかけだったし、俺が教えなくてもちゃんと出来て
るぞ」
「むっ、それならばシロウが見ている必要が無いではありませんかっ」
「だから言ったじゃない、パパが一緒にいる方が重要なんだからって」
「もう我慢なりません!」
「パパ、ママが怖い〜」
「お、落ち着けアルトリアっ」

しかしそう簡単に爆発したママを止められないのは解っているのに、パパはがんばって
宥めようとするけど、わたしはパパの胸にすりすりと甘えて、挑発して煽る。

「良い度胸です、ならばっ」
「ちょうど良かった、そろそろママにも敗北の二文字を知って欲しかったし」
「娘とはいえ、手加減しません」
「ママだからって、遠慮なんていらないから」
「口だけは達者ですね、でも実力は伴っていないようですが……」
「そろそろ秘密特訓の成果を見せなきゃいけないって思ってたのが、今日になった
みたい」
「こらこらっ、夕飯の時間も近いんだから、止めろって」
「シロウは黙ってください!」
「パパは黙っててください!」
「お前らなぁ……はぁ」
「道場で待っています、逃げても構いませんが……」
「ママ、食っちゃ寝で怠けた心に活を入れて上げるから」

ふんっとお互いに顔を反らして、わたしは自分の部屋に行くと、決戦の準備をする。
そう……ママはまだ知らないって事が、わたしの勝率を高める秘策。
絶対に、今回の勝負は勝ちに行くんだからね。
そして道場に入ると、愛用の獅子竹刀を床に突き立てて、仁王立ちしていた。

「逃げずに良く来ましたね」
「ママ、その立ち方は男っぽくて素敵だね」
「むっ」
「あ、そうそう、一つ決めようよ」
「なんですか?」
「この勝負、負けた人は勝った人の邪魔をしない」
「いいでしょう、結果は変わりませんから」
「そう思っているのはママだけだよ」

そう言いながらわたしが構えた『二本』の竹刀を見て、ママが唖然とする。
ふふん、この日の為にがんばって厳しい特訓にも耐えたんだから。

「な、なぜあなたがその構えをするのですかっ!」
「どうしたのママ、何かおかしい?」
「くっ……シロウですかっ」
「違うよ、もう一人いるじゃない」
「ま、まさか、アーチャーがっ……」
「正解、厳しかったけどねー。でもお陰で新しい戦い方も出来るようになったから」
「むうっ、みんなして娘には甘いんですからっ」
「しょうがないよ、だってわたしは可愛いんだから」
「手加減は無しです、今日こそ完膚無きまでに思い知らせて上げます!」

言うか早いかいきなりママの竹刀がわたしの頭目掛けて振り下ろされるけど、片方の
竹刀で弾いてもう一方の竹刀でママの胴を横凪に払おうとしたけど、すぐさま間合い
から飛び去る。
うんうん、これはちょっと勝機が見えてきたかも……そう、純粋に言えばわたしは
ママに勝てない。
だからアーチャーさんに教わったのは、どうやったら勝ち目を引き寄せるかと言う
お話だった。
同じ事をして勝てないのはママとわたしの経験の差から来るもの、ならどうやったら
勝てるか……それをアーチャーさんは厳しく教えてくれた。
もっとも、特訓のあとの紅茶とケーキが美味しかったので、苦にならなかった。
……でもね、ここだけの話だけど、凛さんもアーチャーさんも本当に意地が悪いと
言うか、勝負の勝ち方をよく知っている人だなって改めて思った。

「ですがその戦い方は私はよく知っています」
「うんそうだね、でもママはわたしがそれを使うって知らなかったでしょ?」
「もう見せて貰いました、だから何の驚異にもなりません!」
「甘いなぁママ」
「何をっ」
「パパやアーチャーさんじゃないんだよ、わたしが使うって事なんだよ」
「それがなんだと言うのです!」

もの凄い早さで振るわれる竹刀を、わたしは両手の竹刀でなんとか防ぐ。
確かにママはかなり本気で、気を抜くと決められそうでひやひやだけど、それを
顔に出さない。
ここがママと違う所で、凛さんとアーチャーさんからよく言われて事でもある。
だから小馬鹿にしたような笑顔でママを見つめる。

「だってママ、一本も入れられないでしょ?」
「ぐっ」
「ママのお陰で結構鍛えられてるしね、そしてアーチャーさんの特訓……ふふん」
「その凛の様な勝ち誇った笑顔は止めなさい!」

パパ譲りというか、わたしは目がかなり良い。
今までは一本の竹刀でカバーしていたのを二本にしたから、避けるのはなんとか。
ただ、攻撃に移る切っ掛けがまだ掴めない。
ここで焦るといつものようにママに負けちゃうから、今はその隙を探しながら
懸命に動く。
しっかしママ、本当に本気出してない? 正直、腕が痺れるよ〜。

「言いたい事言っていますが、全然手を出せないのに、どうやって勝つつもりですか」
「さあ……それは内緒の江戸前屋のどら焼きでしょ」
「どら焼きがなんの関係が有るんですかっ」
「ママ好きだもんねー、江戸前屋のどら焼き」
「食い物に釣られて手を抜くと思っているのなら大間違いです!」

そんなのは解っているよ、問題はママがどら焼きが好きかどうかって事。
ママの竹刀を思いっきりはじき返して、間合いを広く取るとわたしは無い隙を作り
出す為のアーチャーさんの言葉を反すうした。

『いいか、アルトリアは馬鹿が付くほどの猪突猛進だ』
『馬鹿は酷いよアーチャーさん、仮にもママなんだよ』
『それよりも、まず真正面からは無理だ。戦いに置いて彼女には隙が無い、なら
どうすればいいか』
『あっさりスルーしましたね、それで?』
『隙が無いなら作ればいい、ただしすぐに作れるわけではない。解るか?』
『んーっと、積み重ねればいいの?』
『そうだ、少しずつ仕掛けていき、最後に決める。もし、彼女に勝つとしたらそれが
一番かもしれない』
『でも、その隙を作るのが結構大変だし、そこに行くまで持たせられるかどうか……』
『ならば相手の予想外の事をすればいい、試しにそれを教えよう』
『って、それってパパの戦い方だよね?』
『……何度も言っているが、奴とわたしは相容れぬ存在だ』
『そんなことないよ……ぱぱっ』
『なっ』
『隙ありっ』

これはママ譲りの直感から来たのかもしれない。
だってパパとアーチャーさんは似すぎている、最初は兄弟かと思ったけど違う。
何気ない仕草とか表情が重なる、それも少しのズレもなく、そんなのってあり得ない
と思った。
そしてあの広い背中、大切な物を守ろうと立ち向かう姿は紛れもなく同じ背中だった。

『これは一本取られたな、すこし動揺した』
『……だって本当の事でしょ?』
『な、なぜそれをっ』
『えへへ、やっぱりそうだったんだー』
『やっぱり?』
『馬鹿ね、アーチャーは……』

そこにしょうがないと肩をすくめながら凛さんがやって来た。
いつから会話を聞いていたのか、でも素知らぬ顔で側にやってきた。

『あんたね、今カマ掛けられたって解ってるの?』
『むっ』
『ごめんなさいアーチャーさん、気を悪くしたらすみません』
『謝る必要はないわ、この馬鹿の自業自得なんだから』
『馬鹿で悪かったな』

そう言ってふて腐れる仕草と顔は、間違いなくパパと同じ物だった。
だからそれを見た凛さんがまた大げさにため息をつく。

『はぁ、だからその表情がだめなんだってば』
『墓穴ですね、アーチャーさん』
『君はもう凛から学ばない方が良い』
『それはどう言う意味かしら、アーチャー?』
『純粋無垢な女の子を赤いあくまにしたくはないだろう、凛』
『言ってくれるじゃない……』
『まあまあ、わたしの所為で夫婦喧嘩しないでくださいよ』
『うっ』
『ごほん……気にするな、いつもの事だ』
『それならいいんですけど、わたしの所為で二人が仲悪くなったら気になっちゃいます
から』
『だ、大丈夫よ』
『うむ』

そう、信頼し合っている凛さんとアーチャーさんは、憧れの人たちだから。

『しかし、あのアルトリアを負かすかぁ……楽しそうね』
『また良からぬ事を考えたな、凛』
『違うわよ、可愛い弟子を勝たせたいって気持ちだけよ』
『物は言いようだな』
『うっさい、それじゃ師匠からのアドバイスね……』

そう言ってニマニマ笑っていた凛さんは、心底楽しそうだった。
でもその話は剣士としての勝ち方ではなく、魔術師としての勝ち方だった。

「どうしました、大人しく謝れば許して上げますよ?」
「ううん、そんな気まったくないけど」
「よく言いました、ならばそろそろ終わりにしましょう」
「そうだね、そろそろ夕飯の時間だし」

竹刀を弾きながら会話しているママと鍔迫り合いの後、最後の間合いを取る。
わたしも腰を落として、最後の仕掛けに入る。
先に心の中で謝っておく、ごめんねママ……恨むなら凛さんだけを恨んでね。
そう思った時、ママが飛び込んできた。

「これで終わりです!」
「それはっ」

わたしの竹刀をママがはじき飛ばして止めの一撃を決めようと振りかぶった時、
ポケットに忍ばせていた有る物を空いた手で掴みだして、竹刀を受けようとする。

「江戸前屋のどら焼き、栗入りバージョン!」
「なあっ!?」

ママの動きが一瞬止まり、視線がそれに固まる。
だけどこれも仕掛けの一つ、まだまだっ。
この手にした物は一つじゃないんだからね。

「そして幻の抹茶バージョン!」
「ぐっ、このぐらいでっ」

そしてさいごの三つ目を高らかに選言する。

「そしてこれが……パパ手作りバージョン!」
「な、なぜそれをっ!?」
「三つ合わせて―――『熾天覆う三つのどら焼き(ロー・エドマエヤ)』」
「ひ、卑怯なっ」
「隙ありっ」
「あうっ」

ママの眼前に包装紙を解いて展開した三つのどら焼きを盾に、竹刀の動きを封じて
ママの竹刀を絡めながら手の中から飛ばす。
そして最初に弾かれて床に落ちていた竹刀をつま先で蹴り上げて掴むと、
止めにどら焼きをママの顔に押しつけながら、竹刀を振り下ろした。
これが、後にも先にもママに一本決める事が出来た貴重な戦いだった。
そこにタイミング良くパパが現れた、床に倒れているママに駆け寄った。

「ア、アルトリアっ……って、なんでどら焼きが顔の上に、しかも一つは囓りついて
いるし」
「えへへ、ぶいっ」
「……どう言う手を使ったか、想像は出来るけど」
「でもねパパ、勝ちは勝ちだよ」
「……はぁ、あんまり遠坂に似て欲しくないな」
「そんなに似てた?」
「まっすぐに育って欲しいって言う事だ」
「うん、もっちろんパパに一直線だよ」
「意味違うぞ」
「そんな事より、もう夕飯だよね」
「ああ、それで呼びに来たんだけど……」
「じゃあ行こう」
「お、おい、このまま寝かせておくわけにも……」
「ママがよく言ってるよ『敗者には情けは無用です』って」
「それはそうだけどさ」
「はいはい、大丈夫だいじょうーぶ、いこいこっ」
「わわっ、引っ張るなって」
「ごはんごはん〜♪」

気絶しているママを気にしているパパを強引に引っ張って居間に戻ると、
いつもより美味しく感じて、ママの分も食べちゃった。
うーん、勝利の後は気分も格別だけど、ママはいつもこうだったのかなぁ……。
一応、武士の情けでデザートは残して上げた、わたしって優しいなぁと思ったり。
そして目覚めたママが、意気消沈で居間に来て食事が無くなっていた事が追い打ちを
掛ける。

「シ、シロウっ、私のご飯は……」
「あー、今何か作るからちょっと待って」
「ママ、デザートは残してあるから」
「くうっ……」
「負けたのは誰でしょうね〜」
「お、おのれ……あのような卑怯な手で……」
「わたし剣士じゃないもん、わたしはわたしだもん」
「凛ですね、あのような事を思いつくのはっ」
「どうかなー、アーチャーさんかも?」
「くっ、この借りは必ず……」

どうやら怒りの矛先は凛さんとアーチャーさんに向かった、でも謝らない。
だって凛さんの言うとおり、勝つ為にした事だしそれを教えたのは凛さんだから。
その分の責任も有るんじゃないかって思うの、そうですよね師匠?
あの二人ならそうそうママに負けないだろうし、気にしないでおこう。
わたしはママのご飯を食べる様子を見ながらそんな事を思っていた。
さあ、勝利者の権利を行使する時間がやってきたよ。

「それでなんだよ、約束って」
「そ、それはっ……」
「これから一週間、ママはわたしに文句言えないんだよ」
「いっ……ま、待ちなさい、一週間だなんてっ」
「ママ、敗者は何も言えないんだよ」
「うぐっ」
「本当なら一生って言いたい所だけど、大負けに負けて一週間にしたママ思いの
わたしって優しいよね」

何も言えず握りつぶした湯飲みがママの嫉妬を如実に表していたけど、一度約束
した事を破らないって知っているから、気にせずパパにおねだりしちゃう。

「じゃあパパ、一緒にお風呂入ろうね」
「なっ、ま、待ちなさいっ」
「嫌っ、ママは敗者だから黙って屈辱に耐えましょうねー、パパと一緒にお風呂〜♪」
「くっ…シロウ! 今すぐ鍛錬です、さあっ!」
「…なんでさ?」
「ママ、横暴な事言っちゃだめだよ」
「ぬぐぐっ」
「あのな、俺に拒否権は無いのか?」
「ないって凛さんが言ってたよ、さあさあ……パパにどれだけ成長したか見て貰おう
っと」

苦虫を噛み潰したようにわたしを睨むママに向かって最高の笑顔を見せつけて、
パパに腕を引いてお風呂場に行く。
渋るパパの横で服を脱ぐとそのまま先に入る。

「パパ、早く〜」
「そう言われてもなぁ」
「父娘なんだから、一緒に入っても変じゃないよ」

で、パパは観念したのか入ってきたけど、なぜか水着だった。
これじゃなんだか逆なような気もしないけど、これもこれでいいかなぁ。

「パパ、髪の毛洗うの手伝ってよね」
「あ、ああ」
「長いからちょっと大変なんだから」
「切らないのか?」
「うーん、似合ってない?」
「いや、綺麗だと思うぞ」
「んふふ、ありがとパパ……ああ、パパに洗って貰うの久しぶりだね」
「そうだな……本当に大きくなったな」
「えへへ、パパもそう思う?」
「って、胸を見せるなっ」
「誉めてくれたのに……でも、そろそろいいかなぁ、肩こるんだよね〜」
「そっちじゃない」

そう言いながらぽんぽんと、小さい頃から優しく叩く、パパの大きい手が今でも好き。
本当は体も洗って貰いたかったけど、パパが出て行っちゃったから諦めた……今日はね。
まだまだ一週間もあるから、楽しみだなぁ〜♪

「で、アルトリアはあれな訳ね」
「そうであります、師匠」
「ふ……無様ね」

どよ〜んと居間で寝転がっているママを見て、遊びに来た凛さんが容赦なく呟く。
ちなみにこの一週間、パパに甘えまくったわたしはもの凄く機嫌が良くって、
毎日が楽しくて大満足だった。

「ううっ、娘にシロウを取られました……」
「あーもー、しゃっきりしなさい」
「……誰の奸計でこのようになったと思っているのですか、凛」
「さあ、何の事かしら」
「ほら、これ食べて元気出してくれないか、アルトリア」
「シ、シロウ……」
「アルトリアだけの為に、作ったんだぞ」
「シロウぅ……もぐえぐもぐえぐ」
「泣くか食べるかどっちかにしろって」
「お、美味しいです……」

鳴いたカラスがもう笑ったのか、あっという間に機嫌が良くなってパパの手作りどら
焼きを美味しそうに食べていた、実際美味しいんだけどね。
それを見ているパパの笑顔を見たらなんか負けたような気がして凛さんを見ると、
苦笑いをして肩をすくめていた。
結局、パパの一番はママだって見せつけられた気がしてならない。
これって試合に勝って勝負に負けるってことかなぁ、あーあ。

                                Fin