私の家は、朝がとても早い。 どのくらい早いかって言うと、朝日が昇る頃には台所から料理を作っている 音が聞こえるぐらいに早い。 なんでも私が生まれる前からこうだったので、もう慣れちゃったけど。 そんなことを考えていたら、目の前に竹刀が突き出される。 ……そう言えば、ココは道場でした。 「何をよそ見をしているのです、集中しないとケガをしますよ」 「ああ、だからパパはいつも体中に包帯巻いているんだ」 「なっ……あ、あれはっ」 「あんまりパパを虐めると、愛想尽かされちゃうよ……ママ」 「そんなことはありません!」 「別に良いけど……代わりに私がパパの側にいるから」 「またあなたはっ!」 「ママ、鍛錬の時は集中するんだったよね……はっ!」 隙有り! ママってばパパの事になると冷静さが無くなるから、ワザと話に出してみたんだけど 正解でした。 動揺してあたふたしている隙に、大きく一歩踏み出して素早くママの懐に飛び込むと、 竹刀をがら空きの脇腹に打ち込む。 「甘いっ!」 「あうっ」 だけど、すぐに冷静になるママはあっさりと手にした竹刀で弾くと、そのまま返し技 で私の頭を叩く。 どうでも良くないけど、遠慮がないのがママの良いところだと、パパが苦笑いして 話してくれたことを思い出したりした。 「酷いよママ、思いっきり叩くなんて……」 「何を言うのです、それならばきちんと受けるなり避けるなりすればいい」 「そう簡単にいかないからこうなっちゃんだけど?」 「ふむ……鍛錬が足らないと言うことです。ならば明日からもう少し早く起きて 練習時間を……」 「遠慮します、それにそう言うのはパパとしてください」 「それは無理です」 「なんでっ!?」 「そんなことになったら誰が朝食を作るんですかっ」 「自分で作るとか私が作るって選択肢が出てこないんだ……はぁ」 まあしょうがないか、家で料理の腕で順位をつけるとすれば、パパ、私、ママだ もんね。 もちろんママも下手じゃないんだけど、パパの料理を食べたら物足りなく感じる こと請け合い。 ちなみに私はパパの才能受け継いだのか、小さい頃から料理が上手に出来た。 私がパパと仲良く料理をしていると、ママのきっつい視線が背中に毎回突き刺さる。 もしかして朝の鍛錬が厳しいのは、子供に先を越された悔しさの裏返しなのではと、 ママの心の中がちょっと知りたいと思うこともしばしば。 ……率直言うと八つ当たりかな? 「それにね、ママ……」 「なんですか?」 「これ以上早く起きたら、ママぜったいに寝不足になるから」 「なぜそんなことが解るのです?」 「だって……」 「なんですか、はっきりと言いなさい」 「言って良いの?」 「言わなければ何も解りません」 「じゃあ言うけど、ママって声が大きいんだもん。夜中には近所迷惑になるから気を つけた方が良いよ」 「なあっ!?」 あーあ、真っ赤になって口をパクパクして、相変わらず純情なママ。 毎日パパといちゃいちゃいしているから、夜に二人が何をしているのか想像できちゃう。 別にいいんだけど、仲良いのは夫婦円満って事だしね。 ママって本当に私より年上なのか疑っちゃうなぁ……照れている姿なんて全然大人に 見えない。 そうそう、前に昼寝している時なんか、巨大なライオンのぬいぐるみを抱きしめて いた姿は可愛さ爆発だった。 と、わたしがママの可愛さについていろいろ思っていたら、そっぽを向いてぶつぶつ 呟いていた。 「……まったく、その性格は誰に似たのでしょう」 「んー、少なくてもママじゃないよね」 「ええ、私のよく知っている人にそっくりです」 「だってママって昔の話を教えてくれないから、そうしたら周りの人に聞くのは当然 でしょ?」 「聞く相手を間違っています!」 「そんなこと無いと思うけど、すっごく詳しく教えてくれるし……最初にプロポーズ したのはママなんでしょ♪」 「だ、だからそれはっ」 「出会ったその日からこの家に居候……違った、押しかけ女房したんだよね?」 「なんてこと言うのですっ、激しく違いますっ!」 「それでパパが自分の事より他の女の子を気にしちゃうから、怒って実家に帰ったん だけどパパが迎えに来てくれたんでしょ?」 「脚色しすぎです、全然違います!」 「え、でもパパに聞いたら笑って『そうだな』って答えてくれたけど」 「ーーーーっ!?」 なるほど、おおむね事実なんだ……聞いたとおりらしい。 純情だけど行動力は凄いと思う、でもパパみたいな人だったら私でもそうしちゃう かもね、パパ素敵だし♪ ハンサムで背が高くって力持ちで優しくって料理が上手で困った人がいればすぐに 助けて上げる。 よく家にご飯を食べにくる学校の先生もパパの事を『正義の味方なのだー』って 言ってるし。 うん、私もそう思う。 テレビや小説の中じゃない、本当の正義の味方ってパパの事だと思う。 でも、パパも無敵じゃないのが弱点かなぁ……特に女性に弱いのはなんとなくパパ らしいというか。 ママ以外で大好きな女の人はパパの義理のお姉さんと自称お姉さんな先生と、パパと 同級生だった私の憧れの人とパパの後輩だったスタイル抜群の人かなぁ……。 一部違うけど、実は今でもパパのことが好きだって聞いたことがあったりする。 ご近所では正義の味方と言われるパパだけど、女ったらしと言うのが憧れの人の総評 らしい。 で、放置され気味だったママは真っ赤な顔で再び竹刀を構えていた。 「今日はまだまだですね、朝食まで時間もありますから徹底的にあなたの油断を 叩き直しましょう」 「ママの叩き直すって本当にそうだから嫌なんだけど?」 「問答無用です」 「ママの横暴!」 人間って本音を突かれると怒るって言うけど、からかいすぎたらしい。 それからパパが呼びに来るまでママの竹刀を力の限り避ける私は、朝から全力で疲れ 切っていた。 勘弁してよ、ママ……。 「なるほど、それで朝からそんなに激しく鍛錬してたのか」 「もうパパからも言ってよ、私はママみたいに強くないんだから……普通の女の子 なんだよ」 「何を言うのです、いざという時自分の身を守れなくてどうするのです」 「その時はパパに助けて貰うから」 「そうだな、どこにいたって必ず助けに行くぞ」 「はー、まったくあなたは娘に甘いんですから」 「そうか?」 「違うよママ」 「何が違うと言うのです?」 「パパが一番甘いのはママに決まっているじゃない」 「うっ……ぐふっ!?」 「大丈夫か、おいっ」 「だから心配しないでママ、パパの事取ったりしないから」 「こらこら、あんまりからかうんじゃない」 「はーい」 喉にご飯を詰まらせてむせているママを横目に、私はパパが作ってくれた美味しい 朝食をどんどん食べる。 いざという時に体力無くっちゃ困るからね、今朝みたいな事もあるし。 だから一つも残さず箸を伸ばしてぱくぱくと食べる。 「待ちなさい、それは私のおかずです!」 「いいじゃない、パパの愛はママに譲ったんだからおかずぐらい私にくれたって」 「それとこれとは話が違います!」 「ごめんねママ、私って成長期だから沢山食べないと」 「くっ、そうやって胸を張るのはおやめなさいっ!」 「おい二人とも、朝食の席でそんな話をするなって」 そう、ママそのちょっと胸が薄いというか……どうやら私の方はパパの影響で順調に 成長中です。 高校生の女の子としてはかなり長身な私は、教室だと席が窓側の後ろの方が確定 っぽいし。 それはさておき、今は戦場にいるので油断せず、目の前の物をどんどん食べること にする。 ママも言ってたとおり集中しないと危険だからね、目の前には飢えた獅子がいるから。 「ああっ、それは楽しみに取っておいた出汁巻き卵っ!」 「残念でしたー」 「くっ、ならばっ…」 「あーっ、それはメインの鮭の切り身っ!」 「……んぐっ、戦場ではその油断が命取りなのです。覚えておきなさい」 「もうママってば大人げないんだからー」 「意地汚いぞ、二人とも」 「パパは黙っていて」 「そうです、これはいわば聖杯戦争なのです」 「いつから俺のご飯は聖杯になったんだ」 「いくわよママ」 「きなさい、全力で受けて上げましょう」 「はー……」 そして早めの朝食を食べていると、いつものようにどんどん人が集まってくる。 勝手知ったる我が家のように茶碗とか箸とかお皿とか用意して自分の席に腰を下ろす と食べ始める。 今更だけど私とママの争いに口を挟む人はいない、だって無駄だって解ってるし。 でも、挨拶だけはきちんとしているところが私もママもなんだかなぁ……。 「おはようございます」 「飽きないのね、あんたたちは」 「だって今更ですよ?」 「そうねぇ……」 「ええ、だって成長期ですから」 「こらっ、その胸をわたしに見せつけるなっ」 「ごめんなさい、朝からガンドは勘弁してください」 「姉さん、子供相手に嫉妬しないでください」 「だまれこの牛乳」 「ひ、ひどいですっ」 「そう言いつつ笑ってるわよ、顔」 「だ、大丈夫ですよ、胸なんて飾りだっていつもママが……」 「そうよ、同士はいつだってどこにだっているのよっ!」 「あははは……」 「だからな、朝からそう言う会話するなって」 パパの話を聞く人なんてたぶんいない、ちょっと可哀想かも。 そんなパパを慰めるのはちっちゃいお義姉さん。 「元気出しなさいシロウ、それでも父親なんでしょ」 「ああ、これでも父親だよイリヤ」 「イリヤちゃん、なに先輩を抱きしめているんですかっ!?」 「だってわたしお姉ちゃんだし」 「だしじゃありません! それにわたしだって先輩の妹です!」 「それは強引よ、桜……どうみても居候ね」 「人のことは言えませんよ姉さん、だいたい遠坂の屋敷は放置ですか?」 「あー、だってわたしは士郎とこの子の師匠だからね、一緒にいても当然でしょ」 「お待ちなさい、さっきから黙って聞いていればここはシロウと私と娘の家です!」 「なによ、心が狭いわねアルトリアは……って、そっかわたしたちがいたら邪魔よね ……特に夜とか♪」 「知らなかったです、アルトリアさんて結構声が大きいですね」 「りりり凛、桜っ!」 「そうなんですよ、最近寝不足気味で……特に週末なんて」 「だ、黙りなさい!」 「はぁ……」 一家の大黒柱なパパだけど、家の中では順位がかなり下の方が悩みだって知っている のは私だけの秘密。 そんなパパはため息付きながらも私の差し出したお茶碗にご飯を盛りつけてくれる から、受け取ってニコッと笑い返す。 「ありがとう、パパ」 そうして私に微笑むパパが、とっても大好きなの。 パパの娘で嬉しい。 「シロウ、私にもお代わりをお願いします」 「あー、ごめん、もう空っぽだ」 「なあっ!?」 がくっと項垂れるママの姿を見て私は残っていたママのおかずをちゃっかり頂く。 敗者にかける情けは必要ないと、ママの言葉に従って。 でもね、ママ……。 「あとで何か作るから、ちょっと我慢してくれ」 「シ、シロウ」 そう小声で言われてぽんぽんと頭を撫でられて嬉しそうな笑顔のママは可愛い。 大好きよ、ママ。 あ、最後に私の名前だけどね、私は衛宮―――                                 Fin