海鳴市のとある一軒家の庭先で二人の男が刀を構えて対峙していた。
「なあ恭也くん」
霊刀『十六夜』を持っているのはさざなみ寮の管理人そして神咲一灯流の使い手、槙原耕介が呟く。
「なんですか、耕介さん?」
大刀『八景』を腰にさしているのは小太刀二刀・御神流の使い手、高町恭也は聞き返す。
「俺達、ど〜してここにいるんだろうなぁ……」
「さあ……俺にもよく解らないです」
お互いに苦笑いを浮かべて傍らで見守っているそれぞれの思い人を横目で見る。
「耕介く〜ん、がんばって〜!」
「恭也、負けないでー!」
愛するという事は戦うこと?
のどかな昼下がり……事の始まりはちょっとした自慢、いやのろけと言ったほうが正しいだろう。
「でな、耕介くんは疲れて家に帰ってきたうちのことぎゅって抱きしめてくれるんや〜」
頬を染めて自分の体を抱きしめ身をくねらせているのは世界で知らない人はいない
シンガーソングライター『SEENA』こと(旧姓椎名)槙原ゆうひ嬢である。
「恭也だって私の事とっても大事にしてくれるよー」
負けじとうっとりしながら赤く染まった頬を押さえながら悶えているのは世界の歌姫
『ティオレ・クリステラ』の孫娘でシンガーとして人気急上昇中のフィアッセ・クリスティラである。
この二人、本当の姉妹以上に仲が良くそしてお互いに恋人が出来てよりいっそうに幸せ真っ只中である。
しかし、言っている本人達はとっても幸せだが周りで聞かされている者達には溜まらない。
今日ののろけもいつもの事と半ば呆れていた家族と友人達だったが、段々と雰囲気が妖しくなってきた
事に気が付いたときにはすでに遅かった。
「なんやてフィアッセ? もーいっぺん言うてくれるん?」
「何回だって言ってあげるわ、恭也の方がすっごく優しくて強くて格好いいもん!」
「それじゃなにか、うちの耕介くんの方が冷たくて弱いくて格好悪い言うんか?」
「だって恭也は剣術の腕前だって凄いんだよ? 耕介さんは寮の管理人さんでコックさんだって
ゆうひ言ってたじゃない」
「た、確かにそう言ったけど耕介くんだって薫ちゃんに教えて貰った剣術で免許皆伝の腕前なんやよ!」
「私見たこと無いからしらないもん」
「うちだって恭也くんの剣術見たこと無いからわからへんもん!」
「なによ、ゆうひのわからずやー!」
「フィアッセこそわからずややー!」
「「むぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」」
唸りながらリビングで睨み合う絶世の美女二人をキッチンの方に逃げ出していた家族とその友人たちは
いろんな表情で呟いて見ていた。
「あ、あはは……あの二人が喧嘩しているの初めて見たよ」
心配そうに見つめている眼鏡をかけた一見文学少女風の女の子だがその実体は恭也を凌ぐ剣士、
そして小太刀二刀・御神流継承者「高町美由希」である。
「もう二人とも……おとなげないんだから〜」
高町家最年少の女の子で恭也と美由希の妹「高町なのは」はやれやれと言った感じで肩をすくめる。
ちなみのこちらはごく普通の少女である。
「でも本当に戦ったらどっちが強いんだろう?」
「そやなー、おししょーの方が強いんやないかなぁ?」
「「う〜ん」」
高町家で家族同様に馴染んでいる空手の使い手「城島晶」と高町家に住んでいる拳法の使い手「鳳蓮飛(レン)」
はお互いに師匠と尊敬している恭也の実力を考えながら呟く。
この二人のお陰で高町家の食卓が守られているのは周知の事実でもあるが、よくどつき合いをして騒ぎの元にも
なっている良きライバルでもある。
「私もちょっと興味有るなぁ〜」
手作りクッキー囓りながら美味しそうに紅茶を飲んでいるのは恭也のクラスメイトで「月村忍」は
面白そうに頷く。
「で、でも耕介さんもかなり強いから良い勝負になるんじゃないかと……」
困った表情で控えめに発言するさざなみ寮生、そして耕介に神咲一灯流を教えた薫の妹で
自らもその使い手「神咲美那」はお供の狐「久遠」を抱きしめている。
そんな風に各々小声で呟き合っていたら、リビングから大きな声が聞こえた。
「それならうちの耕介くんと勝負しよか!」
「良いわよ、絶対に恭也が勝つんだからっ!」
かくして自分の恋人達を呼びにリビングを後にした二人が戻ってきたのはそれから一時間程過ぎた頃だった。
「耕介くん、うち耕介くんの事信じているんよ……だから負けちゃあかんで!」
「はぁ?」
「恭也、私恭也が強いって知っているから……負けないでっ!」
「はぁ?」
訳も分からず強引に引っ張って来られた耕介と恭也は、高町家の庭で刀を持って向かい合っていた。
「耕介くん、勝ったら今夜めっちゃサービスするからがんばってなぁ〜♪」
「はぁ?」
投げキッスを盛んに送りながら応援するゆうひだが、言っている事は結構過激な内容である。
「わ、私だってゆうひよりもすっごい事してあげるよ、恭也♪」
「はぁ?」
ゆうひに負けずに大きな声で応援するフィアッセだが、言っている事がとっても恥ずかしい事に
全然気が付いてない。
そんな二人の言葉にその場で見守っていた女の子達は一人を除いて全員赤くなって俯いていた。
「んに?」
「くぅ〜ん?」
訂正しよう、一人と一匹である。
「ほな後悔しても知らんで、フィアッセ?」
「それはこっちのセリフだよ、ゆうひ?」
「「ふふふふふふふふふふっ」」
互いに睨み合って火花を散らしている自分の恋人を冷や汗流しながら見ていた二人はどちらとも無く呟く。
「まったく、何だって言うんだ……ゆうひのやつは?」
「本当に……でもフィアッセらしく無いなぁ」
「俺達、ど〜してここにいるんだろうなぁ?」
「さあ……俺にもよく解らないです」
「「はぁ〜……」」
ため息をつきつつも顔を上げて苦笑いしながら、それでも大事な女の子の頼みなら聞いて上げたくなるのも
致し方ないなぁと同じ事を思っていた二人だった。
「でも興味は有りますよ、特に神咲さんと同じ流派というのは?」
「うん、俺もゆうひから聞いただけだから実際に見たいと言う気持ちはあるよ」
「だから理由はどうあれせっかくの機会を見逃すのは勿体ないですね?」
「そうだね、そうそうそんなチャンスは無いと思うし……なあ?」
「はい」
「うん、それじゃ……」
未だ不気味な声で笑っているゆうひとフィアッセを忘れたかのように、耕介と柳也は構えを取る。
「神咲一灯流、槙原耕介」
「小太刀二刀・御神流、高町恭也」
「「いざ、尋常に勝負!」」
チャキン!
抜刀した刃がぶつかる音に我に返った二人が見たのは、真剣な表情で戦っている自分の恋人たちであった。
「耕介くん、凛々しいわ〜♪」
「恭也、素敵〜♪」
いがみ合ってた様子が一変して恋する乙女の顔でうっとりして見つめ始めたゆうひとフィアッセの
変わり身に縁側で座って見ていた一同はだあ〜って感じでずっこけていた。
「くぅ〜ん」
狐の久遠は目の前の出来事が理解できてないのか、なのはの横で眠たそうにあくびをしていた。
かくして乙女の意地から始まった戦いは、男たち剣術使いの思いがぶつかり合う結果になった。
図らずもこの勝負は耕介にとっても恭也にとってもためになる戦いだった。
お互い技を出しそれを返してまた技を出す、自分を高めるために必要な戦いになっていった。
実力が拮抗している二人の戦いはかなりの時間を費やし日が暮れ始めた頃まで続いた。
結局、恭也が最後に『神速』を使って耕介の喉元に刀を当てたところで勝敗は決まった。
「はぁはぁ……俺の完敗だ」
「はぁはぁ……いえ、紙一重でした」
「さっきのあれが『神速』て奴だな?」
「そうです、まあ俺の場合少ししか使えませんが」
「とにかく、面白かったよ」
「いえ、こちらも良い勉強になりました……つっ」
「ん、もしかしてどこか痛めた?」
「ああ、昔膝をちょっと……それで」
神速を使って膝がずきずきと痛み膝をさする恭也をみて耕介が刀に語りかける。
「十六夜さん、お願いできますか?」
「はい」
すぅーっと姿が浮かび上がって目の前に浮かぶ金髪の女性に驚きのあまり声も出ずに固まる恭也の
気配に十六夜は微笑んで語りかける。
「初めまして、神咲霊剣『十六夜』と言います」
「あ、あの、高町恭也です」
「驚かすつもりは無かったのですが、すいません」
「いえ……」
「痛むのはこちらの膝ですか?」
「は、はい、そうですが……」
「それでは失礼します」
そっと十六夜の手が恭也の膝に当てられるとそこから何かが流れ込んでくるように痛みが引いていった。
「どうでしょうか?」
とんとんと足をついて感触を確かめる恭也の顔に更に驚きの表情が現れた。
「痛くない……あの、ありがとうございました」
「いえ、お役に立てて嬉しく思います」
静かに微笑むと言った言葉が似合う十六夜の笑顔にちょっと見とれる恭也であった。
「さすが十六夜さんですね」
「耕介様も失礼します」
微笑みながら耕介の頬に手を当てるとそこに出来ていた切り傷にすっと口を当てて傷を治す。
「あ、ありがとうございます」
「いえ、耕介様も大きな怪我も無くてほっとしました」
見えないと解っているけど十六夜の目を見つめながら耕介は彼女と微笑み合った。
耕介と恭也は最後に握手をして笑い合った後、いつかまたやろうと再戦の約束を交わした。
「ごめんなゆうひ、せっかく応援してくれたのに」
「なんとか勝ったよ、フィアッセ」
さっぱりした顔でお互いの恋人に近づく二人だったがゆうひとフィアッセの目が妙に細くなっている事に
気がついてその足が止まった。
「どうしたゆうひ?」
「フィアッセ?」
耕介の後にふわふわと浮かんでいる十六夜をちらっと睨んでからすぐに目の前に立っている恋人に視線を
戻すと低い声で話し出した。
「耕介くん、うち耕介くんの事信じてたんよ……」
「は?」
「恭也、私恭也の事今でも信じたいよ……」
「は?」
「耕介くんの浮気者」
「おい?」
「恭也の浮気者」
「ちょっと?」
「あの、どうかしたのですか?」
何事か空気が重くなったと感じた十六夜が控えめに発言すると、二人の歌姫がきっと十六夜を睨んだ。
「うち、十六夜さんに負けへんからっ!」
「私の恭也は渡さないよ!」
「あ、あの、お二人とも……あの」
訳が分からないと言った表情で困り果てている十六夜に宣言した歌姫たちはお互いの手を取り合って
夕焼け空に浮かんだ星に向かって叫んだ。
「「おーっ!!」」
ぽかんとしている耕介と恭也、空に向かって叫んでいるゆうひとフィアッセ、そしておろおろして周りを
飛んでいる十六夜を見ている高町家ご一同は肩を落として疲れ果てたように縁側を後にした。
「さあ耕介くん! 今からたっぷりとうちの良さを教えて上げるなぁ〜」
「あのなぁゆうひ……」
「恭也、今日は朝まで恭也に付き合うからね!」
「フィアッセ、何言ってるんだ?」
「「いくわよ!!」」
「「人の話を聞いてくれ〜!!」」
そして来た時のように引きずられていった耕介たちがいなくなって残された十六夜は、
相変わらず困ったようにその場でおろおろしていた。
「あの……あの……耕介様、ゆうひ様……あの」
最後まで残っていた高町家の末っ子は横に眠っていた久遠の頭を撫でながらしみじみと呟いた。
「じんせいってたいへんだよねぇ……」
「くぅ〜ん」
「あの……あの……」
「はぁ……」
「くぅ〜ん」
「あの……」
それから十六夜がさざなみ寮に帰ったのは、電話を貰った愛が車で取りに来た数時間後だった。
「酷いです」
おわり