愛とは



「ティリンス、俺のことを愛しているか?」

「もちろんだとも。我が友、アルフェンディーよ」

 このような恥ずかしい会話が白昼堂々交わされていた。

 他人が聞けば関係を誤解されかねないような内容だが、このこぢんまりとした店の中に他の客はいない。

 静かな店の中に、まるで詩を朗読するような調子の声が響く。

「ところで、愛する者が困っている時は助けるものだとは思わないか?」

 アルフェンディーは茶色の目で、皿の並んでいるテーブルを挟んで向かい合っているティリンスを見据えた。

 アルフェンディーは短い茶色の髪を青いバンダナでとめており、どことなく品のある整った顔立ちをしている。年齢は14、5歳といったところだ。

「いや、すべての事柄において盲目的に救いを差し伸べるのはどうかと思うな。時には突き放すことも必要だと俺は思う」

 毅然とした口調でティリンスは答える。

 ティリンスは黄金色の髪とエメラルド色の瞳の持ち主で、こちらも年齢はアルフェンディーと同じくらいだ。

 この二人は魔術学院の生徒であり、入学したときからずっと寮の部屋が同室という友人同士である。

「なるほど。では、愛する者が卑劣なもくろみの犠牲となり、不当な扱いを受けていたとすれば、どうする?」

 アルフェンディーはゆっくりと問う。

「できうる限りその原因を取り除きたいが、力が至らない場合もあるだろう。世界の絶対真理、この世の黄金律に個人が立ち向かえるはずもなく、屈服するより他はない。その時は神ならぬこの身を嘆くしかないだろう」

 やや伏せ目がちにティリンスは答える。

「お客さん」

 横から声がした。

 アルフェンディーとティリンスはそろって顔をひきつらせ、おそるおそる声のした方を見る。

「愛がどうの語るのはいいんですけどね、いい加減勘定済ませてくれません?」

 現れたのは店の主人で、主人はテーブルに並べられた大量の空になった皿を指さす。

「どうもすいません。今すぐ払いますから。……こいつが」

 2人して互いを指す。

「……おい、アル。往生際が悪いぞ。賭けに負けたんだからさっさと払えよ」

 ため息をひとつ漏らし、ティリンスはアルフェンディーに向き直る。

「賭け? メニューの値段を見ないで注文して、最終的な値段を当てるというやつか? ……お前、実は値段知っていただろ。自分の言った値段に合わせるように注文したんだろ。そうでなきゃ、ちょうどお前の言った通りになるわけがねえ!」

 声を荒げて目の前の相手を睨む。

「ふん、イカサマも勝負のうち。勝負に負けたんだから文句は言うな。約束を守らない奴は邪悪なり、だ」

 ティリンスは平然と神学の先生の口癖を真似て切り返す。

「な……何が邪悪なり、だ! お前の方がよっぽど邪悪だろうが! だいたい、世界の絶対真理ってのはいったい何なんだ!」

 今にもつかみかからんばかりの勢いである。

「メニューの値段に決まってるだろ。個人が太刀打ちできるか?」

 冷静に答えるティリンス。

「……金を払わん客は客じゃない。それこそ邪悪だとは思わないか?」

 こめかみに青筋をひきつらせた主人がぼそりと呟く。

 アルフェンディーとティリンスは話を中断し、おそるおそる主人を見る。

 何か、動く気配がしたのだ。

 よく見ると、主人の手にはどこから取りだしたのか包丁が握られていた。背中に隠していた手をゆっくりと前面に押し出そうとしている。

「……な・なあ、アル。ここは公平にワリカンにしようか?」

「……そ・そうだな。それがいいな……」

 いささか震える手で2人は金を取り出して、テーブルの隅に置く。

 そして合図をするでもなく同時に立ち上がった。

「そ・それじゃあ……ごちそうさまでしたっ!!」

 言い捨てるようにして、2人は脱兎のごとく逃げ去る。

 まるで命懸けのような早さだった。

 残された店の主人は、たった今2人が出ていった出入り口のドアを眺め、ため息をつく。

「……あれが、次代学長候補とまで呼ばれているとは……ねえ」





あとがき

 短い馬鹿話です。
 食堂にて愛について語り合う友人同士です。
 妙なものを書いてしまいました。



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