シィル・プライン奮戦記1
(2を飛ばして、3を新規掲載しました。下のリンクからどうぞ。12月16日)




<鬼畜王ランス 幸福エンド後>

 夏も終わりかけの、とあるお昼過ぎ。
 女魔法使いシィル・プラインは、ランスに付き従うまま、自由都市カスタムに来ていた。
 リーザス女王リアに対してランスが離縁状を書き残したとはいえ、あのリアが簡単に諦めるとは思わない。
 だとすれば、自宅のあるアイスに直行するのはマズかろう。
 ここは都市長であるエレノア・ランに頼んで、暫く匿って貰うとしよう。
 そう判断したランスの方針により、シィルはカスタムへと移動してきたのであった。
 カスタムに到着したのは昼時を大きく過ぎた頃だったが、大通りには人が溢れている。
「ランス様。カスタムは賑やかでイイですねぇ」
 巨大なリュック(旅行用品、そのほかランスの玩具など雑品満載)を背負ったシィルは、そう言って微笑む。
 つい最近まで魔人達をも巻き込んだ大戦争があったなど、想像できないぐらいの平和さだ。
 シィルが感想を述べると、ランスは鼻で笑い飛ばした。
「ま、なんだな。俺様のお陰で、この平和があるわけだ。がはははっ!」
 常人が言えば気でも狂ったのかと思うところだが、実績があるだけに説得力がある。
 シィルが静かに拝聴していると、ランスは大きく胸を反らせて続けた。
「俺様の偉大さを噛み締めつつ、これまで以上に俺に尽くすんだぞ。シィル?」
「はい! ランス様!」
 後年『はい! ランス様!』というタイトルで自伝を残すシィル・プラインは、元気良く返事をするのだった。


 暫く歩くと、雑貨屋や被服店が通りの両脇に並んでいる。
 そのうちの被服店を見て、シィルは瞳を輝かせた。
「ランス様! 男性用下着が10枚で1ゴールド! 特売ですよ! 行ってきてもイイですか!」
 特売と聞いては黙っていられない。ランスは王様を辞めたのだから、節約できるところは節約しなければならないのだ。
 シィルが許可を求めると、ランスは下顎に手を当てて唸った。
「むう。俺様は男の下着に興味はないが……。ま、自分で履く分だからな。いいだろう。買え。俺様が許す」
 暫く散歩でもしてくるから、その間に頑張って買ってこい。
 ああ、そうそう。ついでだから、お前、自分のも買っておけ。ただし、俺様のより安いのをだぞ?
 そう言うとランスは、早く行け! とばかりに手の平をシッシッと振った。
「あ、ありがとうございます!」 
 首尾良くランスの許可を得たシィルは、地元のオバチャン達が群がっているカートへ向けて駆けてゆく。
 そんなシィルの背にランスの声が飛んできた。
「一番豪華でグッドな、俺様が着用するに相応しいデザインのパンツとかを買うんだぞ! いいな!」 
「あう。ぜ、善処します……」 
 困り顔で返事をしたはいいが、果たして特売品に、そこまでの期待ができるものだろうか?


 数分後。ランスの期待に添えたかどうかは解らないが、シィルは買い物を終えていた。
 周囲のオバチャン達に肘鉄くらったりしたけど、今日は大収穫。
 これで暫くはランスの下着に困ったりしないだろう。
 ルンルン気分で被服店を離れたシィルは、キョトキョト首を回してランスを捜しだした。
 確かランスは「散歩に行く」と言ってたはずで、ということは都市外に出るはずがない。
 何処かにいるはずなのだが……と、後方の交差路より何者かが近づいてくる気配が!
「ランス様っ?」
 振り向いて声を出したところ、そのランスが躰を傾けながら交差路を回り込んでくる。
 直角カーブを全力疾走で……という奴だ。
 シィルが呆気に取られて見ていると、ランスはシィルの後ろに隠れてしまう。
 無論。それで隠れきれるものではないが、そんな事よりも……とシィルはランスに問いかけた。
「ランス様っ。いったい何が……」
「まずったぜ。ヤバイ奴に追われてるんだ。シィル! 次にあの角から人が出てきたら、攻撃魔法を飛ばせ!」
 ランスの声は真剣そのものだ。
 いったい何に追われていると言うのか。
 だが、それをランスに聞くよりも先に、交差路の角から人影が現れた!
「よし、やれっ!」
「ははは、はいぃっ! 火爆破!」
 命令されるがまま、そしてランスの勢いに乗せられたままに攻撃魔法発動!
 それも炎の矢なんかではなく、この町中で火爆破である。周囲に被害が出るのではないだろうか?
 ともかく、シィルの魔力は照準点……対象者の足元で炸裂した。
 ちゅどぉぉぉん!
「うきゃーーーーっ!」 
 高い声の悲鳴があがる。
 この声は……女性?
 真面目にランスの危機だと思っていたシィルは目を剥いた。
「ら、ランス様! これは、いったい……」 
「うむ! そいつの事は任せた! 日が暮れたら、ランちゃんの家で会おう!」
 好き勝手なことを言い残し、ランスはピュウと駆け去ってしまう。
 後に残されたシィルはランスを追いかけようとしたが、さすがにこの時ばかりは、自分が攻撃した相手のことが気になった。
 ごつそうな男だったら「御免なさい」と一言言い残して逃げ去ってしまうのだが、相手は女性である。
 顔とかに傷を負わせてたら……と思うと、さすがに逃げる気にはなれなかった。
「あ、あのう。大丈夫ですか?」
 恐る恐る近寄ったところ、シィルは「あっ!」と驚きの声をあげる。
 知った顔だったのだ。 
 火爆破の爆風を浴びて、アフロヘアだか、モコモコ頭だかになっている髪の色は……緑。
 それは、トンガリ帽子が特徴的な魔法服を着た、カスタムの女性警察官。
 魔想志津香だったのである。


「すみません! すみません! すみません!」
 繰り返されるシィルの謝罪。
 それは町中にある工場。その一室で聞こえていた。
 マリア工場。カスタムの誇る発明家の自宅兼工房でもある。
 シィルは志津香を担ぎ、知人の工場を訪ねたというわけだ。
 怪我は魔法使いだけあって、とっさに防いだらしく軽傷のみ。
 その場にて回復魔法で治してしまったのだが、志津香が気分悪いと言うので、ここに連れてきたのだ。
「そんなに謝らなくてもいいわよ。どうせ暫くの間、アタシの頭は、このままなんだから……」 
「あうっ」
 そっぽ向いて座る静香が嫌味を言ったので、シィルは泣きそうな声で呻く。
 シィル達が居るのは接客室で、簡素な部屋に三人がけのソファが一つ。
 これがシィルと志津香が座るソファで、テーブル挟んだ向かい側では、一人がけのソファが二つある。
 そのうちの一つに腰掛けているのが、工場長、マリア・カスタードだった。
 マリアは急ぎ用意したコーヒーを二人に勧めると「何があったの?」と志津香に聞く。
 それはシィルも知りたかったが、ここまでの道中、何か聞き出せる雰囲気ではなかったのだ。
「……そ、それは……」 
 ふて腐れていた志津香が、一転、気まずそうな顔になる。
 なに黙ってるのよ? いいから言ってみなさい。アタシと貴女の仲じゃないの?
 テーブル越しに身を乗り出してくるマリア。
 テーブル自体、奥行きが狭いモノなので、志津香は容易に追いつめられてしまう。
 やがて観念したのか、志津香は腰を浮かせてマリアの耳に口を近づけた。
 その様子が、まるで頬に口づけしているように見えたので、シィルが色んな意味でドキドキしていると……。
 ガタッとテーブルを揺らしながら、マリアが立ち上がった。
「ら、ランスにカンチョーされたですってぇえっ!?」
「ちょっ、なに大声で叫んでるのよ! シィルちゃんに聞こえちゃうじゃない!」
 聞こえちゃうじゃないも何も、マリアの声はシィルの左右の耳を貫通した後である。
 カンチョーって……浣腸のことだろうか?
 シィルが呆気に取られていると、マリアがタラ〜リと汗しながら志津香を見て言った。
「まさか志津香……。あなた、ランスにマニアックなプレイされたんじゃないでしょうね?」
 お尻の処女は……大丈夫?
「な、ななな、なに言うのよ! 違うわよ! そんなんじゃないんだったら!」
 途端に真っ赤になる志津香。
 彼女はモジモジしながら、事の顛末を話しだした。  
 事の起こりは三十分ほど前。
 通りをパトロール中だった志津香の背後で、不意に人の気配がしたのだ。
『だ、誰っ?』
 叫んだときは、既に手遅れ。
『隙あり! どりゃあ!』
 下方から突き出されたランスの手……指組み合わせて人差し指だけ前に伸ばした手が、お尻を直撃したのである。
 ……ずぶりゅ!
 ランスの指二本が、白い下着を押し伸ばしつつ奥へ……柔らかく無垢な排泄器官へと突き込まれた。
 そして次の瞬間。
 怒声のような志津香の悲鳴が、通りに響き渡ったのである。
 ……と、これが志津香の味わった、カンチョーの正体だ。
 話し終えた志津香は、恥ずかしそうに俯く。
 日頃、ツンケンしている志津香が非常にしおらしくしているので、ここは通常、大いに萌えてしまうところだ。
 だが、今は髪型がモコモコになっており、滑稽なことこの上ない。
 コレはコレで可愛いとも言えるが、シィルは危うく吹きだしてしまうところだった。
 マリアは友人らしく静かにしている……と思いきや、こちらは可笑しすぎて呼吸困難になっているらしい。
 二人の様子が俯いているせいで解らない志津香は、悔しそうに今の心境を語った。
「痛かったのなんのって。ランスの馬鹿ときたら、ガントレット付けたままだったし。お尻が裂けるかと思ったわよ。……ちょっと裂けたかも……」
 まったく、シィルちゃんには火爆破ぶつけられるし。今日は厄日だわ……。
 そんなことを言いつつ顔を上げた志津香。
「ぬっ!」
 志津香はここで初めて、シィルとマリアが笑いを堪えていることに気がついた。 
「あ、アンタ達ぃ……人がヒドイ目にあったってのに……」
 マリア! あんた、それでも友達なの!
 それにシィルちゃん! あなた、私の髪をこんなにしておいて……。
 怒りに燃えた志津香の手がグッと握られ、小刻みに震える。
 と、不意に志津香の躰から力が抜けた。
 シィル達が怪訝に思って、その顔を覗き込むと……。
 スッと志津香が顔を上げる。
「うわっ!」
「ひゃあ!」
 尋常ではない座りきった目。
 シィル達が悲鳴をあげ、マリアがいち早く逃げ出そうとしたが、志津香に襟首を掴まれてしまう。
「あわわわ。志津香……お、落ち着いて……」
 さすがにマズイと思ったのかマリアがなだめてみたが、効果はない。
 志津香は口元を斜めに吊り上げると、マリアを大きく引き寄せてヘッドロックを決めた。
 そして左手でシィルの魔法服……その肩部分を掴むと、二人に宣言する。
「これからランスを追いかけて、血祭りにしてやろうと思ってたけど……」
 その前に、アンタ達の尻を血祭りにしてくれるわ!
 それを聞いて、シィル達の顔から血の気が引く。
「うぇええっ! 何だってアタシが!」
「志津香さん! 落ち着いて! 勘弁してくださいぃぃぃっ!」
 泡食って逃げ出そうとする二人であったが、敢えなく抑え込まれてしまった。
 単純な腕力ならシィルの方が上のはずだが、怒りのパワーのせいか、どうしても振りほどけない。
 そして数分後。
 まずはマリア・カスタードの悲鳴が、工場の接客室から聞こえるのだった。


 シクシクシクシク……。
 嵐の過ぎ去った接客室で、マリアのすすり泣く声が聞こえる。
 彼女は今、部屋の床で横たわっていた。
 躰を丸め、右手をパンツのみとなったお尻に当てて……床に涙の水たまりを作っている。
「ううう。ひどいよ志津香。ここはランスにだって許したことがないのにぃ……」
「あわわ……」
 マリアが抑え込まれ、作業ズボンを脱がされ、更には奥深く貫かれ一輪挿しとなる様。
 それを見ていたシィルは、恐怖に凍ったままソファから動けないでいた。 
 暫くすると、接客室の外から志津香が戻ってくる。
 清潔なタオルで指を拭いているところを見ると、手を洗いに行っていたのだろう。
「なにを大袈裟な。この白魚みたいな細い人差し指を、ナマで一本入れただけでしょ?」
 アタシなんか、鉄のガントレット付けたままで指二本よっ?
 そんなの何の自慢にもならないのだが、言った志津香は鼻を鳴らしている。 
「さて……」
「ひん!」 
 ここまで特に被害に遭っていないシィルを、志津香がジロリと睨め付けた。
 怯えるシィルは、涙目になりながら我が身の不幸を嘆いている。
(ああああ。私、ランス様の言いつけどおり、攻撃魔法を使っただけなのに……) 
 どうして、こんな恐い目に遭わなければならないのか。
 何とかして逃げ出したいが、今の志津香はすっかり体力が回復している。無理だろう。
 そもそも、志津香の魔法攻撃を受けたダメージや、お尻の裂傷を治したのは他ならぬシィルなのだが。
 そのことが、思わぬところで災いを成したというわけだ。
「あ、あのう……志津香……さん?
 ソファに腰を落としたままのシィルを、志津香は「ふ〜ん?」と値踏みするように見ている。
 と、その表情が不意に明るくなった。
「そうだ。この髪……」
 シィルの火爆破によってモコモコになったグリーン髪を、志津香はそっと撫でる。
 一度熱風で焼けた髪は、回復魔法では治らないのだ。
 もっとも、ドライヤー等を使えば、簡単にストレート髪に戻せるのだが……。
 志津香は、クシャリと髪を握ってほくそ笑む。
「マリア。簡単に落ちる染料って、幾つかあったわよね。それとシィルちゃん?」
「は、はい!」
 シィルが返事をするが、声が固い。
 それを聞いた志津香は一瞬目を丸くするが、やがてニヤリと笑うとシィルにこう言った。
「その服……今すぐ脱ぎなさい」
 

 日が暮れた頃になって。 
 カスタム都市長、エレノア・ランの自宅前でランスが立っている。
 そわそわ、イライラ。どこから見ても人待ち状態。
 言うまでもなく彼はシィルを待っているのだが、そのシィルがなかなか姿を見せないので、機嫌を悪くしているのだった。
「ったく。シィルの奴め。俺様が来いと言った時間に来てないたぁ」
 こいつはもう、お仕置き決定だな。
 今日はランちゃんの家のベッドで、ああして、こうして。ぐふふふっ。
 ランの家に泊まり込む気満々のランス。しかもエッチまでする気らしい。
 ランの被る迷惑など欠片も考慮していない様子で、ランスがブツブツ言っていると……。
 通りの向こう。暗闇の中からシィル・プラインが姿を現した。
「あ、あのう。ら、ランス様?」
「遅いぞ、シィル!」
 姿を見るなり一喝。
 怯えたのかシィルは肩を揺らしたが、そのままテテッと駆けてくる。
「すみません。ランス様。でも、志津香さんが……」
 すっごく怒ってて、ランスの奴……じゃなかった。ランス様に復讐してやるんだぁって言ってぇ。
 私のことを放してくれなかったんですぅ。
 そうシィルが涙声で言うと、ランスは怒りの矛先を志津香に向けた。
「復讐だぁ? いい度胸してるじゃねぇか。面白ぇ。復讐? やってもらおうじゃねぁか」
 ランスは腰の魔剣カオスをガチャつかせると、悪魔のような顔でほくそ笑む。
「次に出会ったときは、このカオスの……ええと、なんだ? 心のチンチンだっけ?」
 こいつを尻穴にブチ込んでやるぜっ!
 がぁっははははははっ!
 高笑いするランス。
 だが、この時。
 ランスの言葉を聞いたシィルは密かに手を回し、自分のお尻を押さえていたのである。


(あいたたたっ。くうっ。ランスの奴。絶対に許さないんだから!)
 シィル・プライン。
 実は変装して、シィルと入れ替わった魔想志津香である彼女は、密かに歯がみしていた。
 ランスが尻の話を持ち出したので、シィルに治癒して貰ったはずのお尻が痛い……様な気がしたのである。
 しかし、怪我が治っていることは確かなのだ。
 志津香は幻痛を歯がみすることで打ち消すと、尻に回していた手を腰へと上昇させる。
 その部分、腰帯には一本のロッドが差されていた。
 武器屋ではなく骨董屋で買った、二昔前の中古品である。
 魔法武器としての特殊能力はないし、持ってるからと言って能力向上するわけではない。
 その割りに巨大な黒曜石の宝珠……女性の握り拳ほどもある……は、見た目だけで持ち運びに不便だ。
(宝珠だって傷物だしね)
 前の持ち主が誰なのか不明だが、相当酷使してあるようで、宝石としての価値も怪しくなっている。
 具体的にはヒビ割れが生じて、それが中心部に到達しかけていたのだ。
 ハッキリ言ってガラクタである。
 こんな廃物を、志津香はどうしようと言うのか?
 実のところ志津香には……このロッドを魔法武具として使う気はなかったのだ。 
(くっくっく。ランスのこと、どうせ夜にはシィルちゃん……つまり、このアタシをベッドに引き込むに違いないわ。そこで……)
 言われるがまま抱かれる振りをして、このロッドを……ランスの尻にねじ込んでやる!
 えらくお下劣な話ではあるが、つまりは、それが志津香の復讐だったのだ。


「さっ。これでいいわよ。シィルちゃん」 
「あ、ありがとうございます」
 荒縄で縛られ、床に転がされていたシィルは、自分を解放してくれたマリアに礼を言った。
 あの後、シィルは志津香によって無理矢理に衣服交換され、ランスに復讐すると言う志津香を止めようとしたら、拘束されたのである。
 その後は志津香に尻を乱暴されたマリアが復活し、こうやって解放してくれるまでシィルは身動きできないでいたのだ。
「いたたっ」
 シィルは縄で縛られて痛む手足をさすりながら立ち上がると、自分の格好を再確認した。
 現状、彼女は下着姿である。
 志津香は互いの魔法服を交換しようとしたが、シィルが抵抗したので、衣服を剥ぎ取られたままにされたのだ。
 現在、志津香の魔法服は、接客室のソファにかけられているが……。   
 魔法服を手に取ると、シィルはマリアに聞いてみた。
「すぐにランス様のところへ行かなくちゃ。……この服、着ていって良いんですよね?」
「いいと思うわよ。志津香も最初はそのつもりだったんだし。てか、思いっきり邪魔してやんなさい」
 アタシのお尻の仇も取って貰わなくちゃ!
 志津香から受けた仕打ちが、相当腹に据えかねているのか、マリアが立てた親指を下に向けてみせた。
 シィルは「あ、あははっ。善処します……」と言うと、マリアに礼を言って工場を後にする。
 向かう先は……もちろん、エレノア・ランの自宅前。ここからだと、走って数十秒の距離である。


「ところでシィル?」
「な、な……んですか? ラン……ス様?」
 不意に呼ばれたので、志津香は舌を噛みそうになりながら返事をする。
 見ると、ランスが怪訝そうに志津香を見ていた。
「シィル。お前、今日はえらく目つきが悪いな。何かあったのか?」
「そ、そうですか? そ、それはぁ……」
 志津香によって、こっぴどく叱られたこと。
 それが原因で、顔に不服感が出たのでは……。
 と志津香は説明した。
 ランスは納得したようだったが、どうも目つきがおかしい。
(こいつ。まさか私の正体に気づいたんじゃないでしょうね?)
 志津香の背に嫌な汗が伝ったが、だからといって確認する術はない。
 ここは何としてもシィルだとして押し切り、自分のお尻の仇を討たなければ……。
 今さら後には引けない志津香は、ランスを適当な宿に誘おうとした。
 が、不意に扉の開く音が聞こえたので、背後を振り返る。
 ランスも同時に振り返ったが、そこに居たのは……エレノア・ランだった。
 ネグリジェ着用……いわゆる寝間着姿。
 その上からカーディガンだろうか、上着を羽織ったランは、キョトンとした表情でランスと志津香を見ている。
「家の前で話し声が聞こえたから……。ランス君と……志津香? 志津香、髪と服の趣味を変えたの?」
 状況が掴めないわ。と、ランが首を傾げた。
 しかし、志津香は大慌てである。
 なにしろ、いきなり正体をバラされたのだ。
 さすが親友。一目で見破るとは……。
 だが、感心している場合ではない。正体がバレた以上、一刻も早くランスの前から逃げなければ!
 駆け出そうとした志津香であったが、ランスがランに言った言葉を聞いて足を止める。
「なんだ、ランちゃんも解ったのか。こいつが志津香だって」 
「はあっ? なんですとっ!?」
 こいつ、知っててアタシの芝居に付き合ってたって言うの? 
 後から考えてみれば、この瞬間こそが、志津香が逃れうる最大の機会だったのだろう。
 だが、志津香は状況を把握しようと、この場に留まってしまう。
 そこへ、服装こそ違えど本物のシィル・プラインが到着したのである。


「ランス様! 御無事ですかっ!」
 志津香が普段着ている魔法服。それを着込んだシィルは、肩で息しながらランスを呼んだ。
 ランスは……何とも無さそうだ。
 ニヤニヤ笑いながら、スッと手を上げて返事をしてくれる。
 シィルはホッと胸を撫で下ろしたが、続くランスの動きを見て目を丸くした。
 ランスが挨拶がてら上げた手を、そのまま志津香の首筋に打ち下ろしたのである。
 バキッ!
 首の骨でも折れたのではないか……という殴打音が聞こえ、志津香は倒れ伏した。
 恐らく気絶したのだろう。
「あう。志津香さん……大丈夫でしょうか?」
 ランスを罠にはめようとした(らしい)志津香は、シィルにとっては悪い人。控えめに言っても良くない人である。しかし、ランスが女性を殴っているというシーンは、見ていて気持ちいいモノではない。
 シィルは、そんなに怒っている風でもないランスの元に駆け寄ると、怖ず怖ずと彼の顔を見上げた。
「ランス様……あのう」
「ちょっと、ランス君? いきなり志津香を殴るなんて、どういうつもり? 事と次第によっては……」
 シィルの言葉を遮り、エレノアが声を荒げる。
 さすがに親友が殴り倒されるのを目撃しては、黙っていられないらしい。
 いったいランスは、どうするのだろうか?
 不安になったシィルがランスとエレノアを見比べていると、ランスはフンと笑って話し出した。
 ……数分後。
 エレノアの自宅玄関では、開かれたドアに縋りつくようにして脱力している、エレノア・ランの姿があった。
 彼女はランスによって……上手く言いくるめられてしまったのである。
「そ、そう。志津香が日頃の怨みで、ランス君を……。その為にシィルちゃんを拘束して、その衣服まで奪うだなんて……」 
 どうやら納得してくれたようだ。
 ……事の発端はランスで、彼が志津香にカンチョーしたのを説明しなかったこともあるが、物わかりが良くてランス的に大変よろしい。
「ともかく、酷いことはしないのね?」
 先に手を出したのが志津香という前提で、怒濤の如くランスにまくし立てられたエレノアは、それを確認するだけで精一杯のようだ。 
 ランスが「おう。ちょっと説教(=セックス)するだけだ。ランちゃんは、何も心配するこたないぜ!」と言ったところ、エレノアは「そう。お説教(=叱る)だけなのね。じゃあ、私……もう寝るから……」と言って、家の中に引っ込んでしまった。
 普段ならもっと食い下がるのだろうが、寝ているところを騒がしくて起床してきただけに、頭の回転が鈍っていたらしい。
「さて……取りあえず……」
 こいつを宿に連れて行くかな……と言って、ランスが歩き出した。 
「あの、あのう。ランス様?」
 ここまで呆然と事の成り行きを見ていたシィルは、ついて歩きつつランスに声を掛けようとしたが、その声を遮るようにランスが振り向く。
「俺様は朝まで忙しくなる。おまえは……適当に宿でも取ってろ。それと、面倒くせぇことになったから、ランちゃんに頼んでカスタムに潜り込むのは……ヤメだ。明日、朝一番でカスタムを出るから……あ〜、そうだな。カスタムの東門で待ち合わせだ。遅れるんじゃないぞ?」 
「は、はいいっ!」
 珍しくビシリと、そして細々した指図……もとい命令がランスの口から出たので、シィルは背筋を伸ばして返事をするのだった。
  


 翌朝。
 シィルはランスに言われたとおり、カスタムの東門へ移動することにした。
 ちなみに、夜が明けるまではマリアの工場に滞在させて貰っている。
 リュックを工場に残したままにしていたので、それ取りに戻った際、マリアから泊まるよう言われたのだ。
 今回のことで迷惑を掛けたのに、温かい言葉。
 シィルは感動しつつ、マリアの厚意に甘えることにしたのだ。
「じゃあ、私。これで出発しますね! お世話になりました。マリアさん!」
 シィルは、見送りに来たマリアに対してニパッと笑う。
 同時に大きく頭を下げて一礼したところ、背負っている巨大なリュックが、ズズッと前に移動してきた。
 このとき、マリアはシィルのすぐ前に居たのだが、これを見て引きつり顔になると、両手をワタワタ振り回しながらシィルを注意する。 
「うわわっ。危ない。危ないわよっ。シィルちゃん!」
「はいぃ?」
 ひょこっとシィルは頭を上げ、その動作に一瞬遅れてリュックが動く。
 ズッ……ずしっ。
 そしてリュックは元の位置に戻ったのだが、その両肩にかなりの重さがかかったにも関わらず、シィルは平然としていた。
 呆れ顔になったマリアは、右手の親指と人差し指で眼鏡のフレームを掴むと、その位置を直しながらシィルをジトッと見つめている。
「あの、前から聞きたかったんだけどさ。シィルちゃん。それって、重くないの?」
「え? ええ〜?」
 聞かれたシィルは面食らう。
 はっきり言ってかなり重いのだが、もはや慣れていたし。それに……。
「ランス様のお荷物が、たぁくさん入ってますから。平気ですよぉ」
 そう言ってもう一度、ニパッ。
 それを見たマリアは、比較的綺麗なハンカチを取り出すと、あいた方の手で眼鏡をずらせつつ目尻を拭いた。
「ううっ。シィルちゃん。あんた、ほんまにエエ子やでぇ……」
「……な、なぜにJAPANの大阪語を……」
 その後。少しだけマリアと言葉を交わしたシィルは、先程よりも距離をおいて立つマリアに対し、再度一礼してから工場を後にした。
 目指すは自由都市カスタムの東側通用門。
 リュックの重さの関係上、さすがに走ることは無理なのでテクテク歩いていると、朝一番で開かれている門が見えてきた。
 門の向こうには朝日が昇っていて、逆光となった門は黒いシルエットでしか判別できない。
 まぶしいわ……。
 そう思ったシィルが目をこらしていると、門のシルエット。その内側……というと光の中に、人影があるのが見えた。
「あの影……」
 それは甲冑を着込んだ男性のようで、門柱に寄りかかっていたのがユラリと動いたかと思うと、右手を振り上げる。
「遅いぞ、シィル! 奴隷の分際で、また俺様を待たせるたぁ。どういう了見だ!」
「は、はいいいっ! すみません。ランス様っ!」
 やはり、男性のシルエットはランスだったようだ。
 慌てて駆けだしたシィルは、石畳をドスドス踏みしめながらランスの元に辿り着いた。
 ランスは、腕組みをして不機嫌そうな顔をしていたが、どことなくサッパリした表情であるようにも見える。
「ふん。まったく手間の掛かる奴だ。じゃあ、早速出発するぞ」
「はい! あ、あのう。ところでランス様?」
 歩き出そうとしたランスを、シィルは呼び止めた。
 ランスが「あぁん?」と肩越しに振り返ったので、シィルはランスについて歩きながら、気になっていたことを聞いてみる。
 あれから、志津香はどうなったのだろうか?
 ちょっと……いや、かなり心配だ。
 そう思って質問してみたところ、ランスは肩を揺らして高笑いする。
「がははははは! よくぞ聞いてくれたぜ! 実はな、あの後……」
 ランスは志津香を安宿に連れ込み、彼女が気絶しているのを良いことに強制脱衣。ベッドの各所に彼女の手足を縛り付けると、そのまま本人の承諾無しに(まあ、いつものことだが)抱いたのである。
 さすがに途中で志津香が目を覚ましたのだが、身動きできないとあっては言葉でランスを罵ることしかできない。
 そして気分良く一発終えたランスは、志津香を放ったらかしにしたままで部屋を出ようとしたのだが……。
「あんまり五月蠅いもんだからよぉ。ちょっとサービスで、追加のお仕置きを……」
「ど、どんなお仕置きを〜〜〜っ?」
 恐る恐る聞いてみると、ランスは高笑いを超えた馬鹿笑いを始める。
「ぶわはははははっ! なぁに、このカオスでもって志津香の奴の下の毛を……な」
 ゾリゾリッと剃毛してしまったのだ。
 それをされた志津香は、怒鳴り散らしながら抗議していたが、剃毛が進むにつれ、なんと泣き出したのである。
『もう、嫌だぁ。私にヒドイこと、しないでよぅ。……うっく』 
「で、さすがの俺様も可哀想になったもんだから」
 ランスがズボンのポケットに手を突っ込み、ある物を取り出してシィルに見せてくる。
 それは、一本の油性マジックだった。ちなみに色は緑色。
「ま、まさか……」
 震えるシィルの声を受け、ランスが頷いた。
「うむ。俺様のせいで毛一本生えてない、つるつる状態だったからな。いい歳して、小便臭い小娘みたいで可哀想だろ? だから、こいつで毛があるように見えるよう、俺様が描きこんでやった」
 聞けばランスは調子に乗って、おヘソにつながるほどの『体毛を模した線』を描き込んだと言う。
 志津香は嬉し涙して喜んでいたという話だが、それは絶対に嬉し涙ではない……とシィルは思った。
(はうあう。と、当分、志津香さんには会いませんように……)
 そう心の中で祈らずにはいられない。
 なにしろ、ランスのカンチョー一発。そのとばっちりで、かなり怖い思いをしたのである。
 ほとぼりが冷める前に志津香と出会ったら……。
「あうううっ、今度は私、志津香さんに何をされるんでしょう……」
 荷物の重さではなく、気分の重さでブルーになっていると、魔剣カオスがシィルに話しかけてきた。
『そりゃあ、シィル嬢ちゃんも毛を剃られて、ピンクのマジックで描き込みされるかもしれんのう』
「ふええええっ!? そ、そんなの、嫌ですぅっ!」
 見た目が幼いシィルではあったが、股間の茂みはキチンと存在する。
 それは女性にとって大人の証でもある。いくらなんでも、この歳で無毛というのは……。
 シィルは悲鳴をあげたが、ランスの腰で揺れる魔剣は続けて言った。
『げぇへへへっ! その時は、是非また儂を使ってほしいもんじゃ! 志津香嬢ちゃんの時は、えらく眼福じゃったからのっ……』
 不意に声が途切れたのでシィルがカオスを見ると、邪な黒い魔剣は、ランスによって鞘ごと掴み上げられていた。
 そしてランスは、カオスを力一杯、前方へ向けて投げ飛ばしたのである。
「どぅりゃっ!」
『2ちゃんねるでも飛んでおるぞいーーーーーーっ!』
 ……キラッ……。
 空の彼方。朝日を受けたカオスが輝いて消えると、少し前を歩いていたランスは、躰ごとシィルを振り返ってきた。
「ったく。馬鹿魔剣がよ。いいかシィル。お前は俺様の物だ。俺様の奴隷だ。お前の全部は俺様の物で、そのモコモコの髪の毛から、下の方の毛まで、ぜ〜〜〜んぶ俺様のだ。だから、俺以外には剃らせん。そのことを忘れずに、これからも俺様につくすんだぞ?」
「は、はい!」
 シィルは元気に返事をした。
 ランスが言ったことは、シィルにとって改めて言われるまでもない事だったが、改めてランスの口から聞かされると、これが嬉しく感じてしまうのだ。
 瞳をキラキラさせてランスを見ていると、ランスはフンと鼻を鳴らしてシィルに背を向ける。
「次はロックアースに行く。ヤクザの町だからな。リアの目も届きにくいだろう。しっかり付いてくるんだぞ? いいな?」
 それに対するシィルの答えは決まっていた。いや、考えるまでもないことなのだ。
 シィルは朝日に負けないぐらいの明るい表情で、ランスに答えたのである。
「はい! ランス様!」 


<了>

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 あとがき

 本作は、カオスの最後の台詞にあるよう、大きな掲示板で書き込もうとしたものです。
 以前に短いSSを書き込んだことがあって、次に書いてたのがコレなのですが。
 暇を見つけては書き進めるという事をしてたので、間隔が開きました。
 今回は割りに文章量が多く、レスの数を消費しても迷惑かと思ったので、こちらにアップしております。
 ……シィルSSと言うより、普通のSSっぽくなったのも、こっちに掲載した理由の一つですが。

 そんなわけでサイトから書き手の正体が割れてますが、以前、SS「朝の風景」(サイト未掲載)を書いたのも、実は誠志なのでした。(笑)
 最近オリジナルばっかり書いてたので、久々のランスSSでしたが、後ろ半分は今日の内に書き上げたものでして。
 ここのところ、道場の閉鎖に向けてホチホチ作業しつつ、ランスSS書きとしては楽隠居してたのですが。
 やはりランスSSは、しっくりくる感じです。
 まあ、鬼畜王ランス以後のランスシリーズはプレイしていない(5D〜6は持ってます)ので、もはや『鬼畜王ランス』ベースでしか書けませんけどね〜。

 シィル崩壊スレの皆様。
 たまに覗きに行っておりますので、何か書けたら、また小さいのを書き込むか、こちらに掲載しようかと思います。
 御迷惑にならないよう、大人しくやっていきますので〜。(^^;
  

 平成18年12月7日

2(まだ書いてないです) 

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