ちょっとブラックな短編集2 タイトルをクリックしてください。
●そして人口は爆発した2005.11.8
●そして誰もいなくなったら……2005.10.25
●ライオンハート2005.5.12
●社長の訓示2005.5.3
●お金のなくなる日2005.4.13
●地球のつぶやき2005.3.30
●お金の減る国2005.3.13
●お金のいらない一歩手前の国(2)2004.5.1
●お金のいらない一歩手前の国(1)2004.5.1
●ゲーム2004.1.10
●「結婚制度のある星・地球」第2弾2003.6.6
●約束2003.5.17
●結婚のいらない国2003.4.26
●ムライス教とトリスキ教2002.6.7
●成功者2001.7.27
●おじいちゃん2001.7.4
●教祖様2001.5.6
●幸せな一生2001.2.21
●死刑囚2000.12.8
●望み2000.11.17
●目撃者2000.10.29
●霊現象を暴く2000.4.26
●判決2000.1.10
「お母さん、おなかが空いたよ……」
「坊や、ごめんね。もう何も食べるものがないのよ」
男の子は横になったまま、くぼんだ目を母親に向け、言った。
「なぜないの?」
「食べものが足りないの」
「なぜ足りないの?」
「人が増え過ぎてしまったのね」
「なぜ増え過ぎたの?」
母親はうつむいて、悲しそうに子供を見つめた。
「昔ね。肌の色の白い人がやって来たの……」・・・・・・・・・・
「やあ、ダンナさん。どこから来た?」
「海の向こうだよ」
「ほう、そうか。よく来たな。海の向こうの人は肌が白いのか?」
「ああ」
「みんなそんなかっこしてるのか?」
「ああ。お前たちみたいに裸じゃないさ」いい香りがした。
「おい、この匂いは何だ?」
「コーヒーだ」
「コーヒー?」
「ああ。豆を煮出して作るんだ」
「飲み物か?」
「ああ。飲むか?」
男の前にカップが差し出された。
「なんていい香りなんだ」
男は一口飲んで、満足そうに目をつむった。
「うまい……」
「海の向こうにはないのか」
「ああ、こんな飲み物は初めてだ」
「そうか。気に入ったか。じゃ、好きなだけ持って行け」
「いいのか?」
「ああ。自然の恵みはみんなのものだ」男は喜んでコーヒー豆の袋をかつぎ、自分の国に帰って行った。
暫くして男はまたやってきた。
「この間のコーヒーは大好評だった」
「そうか。よかった。また好きなだけ持って行け」
「ああ……いや、今日はな。いい話を持ってきたんだ」
「何だ?」
「あの豆をたくさんほしいんだ。もちろん金は払う」
「カネ?」
「ああ、金というのは持っているといろんなものと交換できるんだ」
「俺たちは別にそんなものいらないが」
「ははは。金は便利だぞ。食べ物だって買えるし、金を持っていれば、これから海の向こうのいろんなものと交換してやる」
「海の向こうには何がある?」
「そりゃ、お前たちには想像もつかないようなすごいものがたくさんあるさ。だから、豆を売ってくれ」
「どのくらいほしい?」
「たくさんほしいんだ。今の畑では足りない。とりあえず、トウモロコシ畑をコーヒー畑に変えればいいだろう」
「あれは俺たちの食べ物だ」
「金があれば食べ物なんていくらでも売ってやるさ。海の向こうにはうまいものがたくさんあるぞ」
「そうか。じゃあ、やってみようか」
「そうだそうだ。お前は頭がいいな。これからたくさん豆を買ってやるからな」トウモロコシ畑はコーヒー畑に変わった。と同時に、村には海の向こうから食料がたくさん入ってきた。食料が増えると、人が増え始めた。
「よしよし、もっと畑を増やしてコーヒー豆を作れ。食べ物はどんどん売ってやる」海の向こうではコーヒーが大流行し、まだコーヒー豆は足りなかった。
「森を切り開いてコーヒー畑にしてくれ」
「それはできない」
「なぜだ?」
「掟に反する」
「どんな掟だ」
「たくさんの木を切ってはいけないんだ。たたりがある」
「ははは。そんなくだらんことは信じるな。木なんかいくらでもあるじゃないか。そんなものよりコーヒー豆を売って金にしたほうがいい。俺はお前たちのためを思って言ってるんだぞ」たくさんの木が切られ、広大なコーヒー畑が出現した。どんどん人が増え、どんどんコーヒー畑が増え、森林はどんどん減っていった。
「おい、お前が畑を管理して、皆を働かせるんだ。お前にはたくさん金をやるから、コーヒーを売った金で皆に少し賃金を払え」
地主と小作人が生まれた。たくさんの人々がコーヒー畑で働いた。暫くするとコーヒー豆の質が悪くなってきた。同じ土地で同じ作物を作り続けたために、土地がやせてしまったのだ。
「この肥料を使え」
海の向こうの農薬と化学肥料が使われた。すると、その農薬に耐えられる虫が湧いた。そこで、それに勝てる強い農薬が必要になった。すると、それに勝つもっと強い虫が生まれた。きりがなかった。海の向こうのコーヒー人気は高まる一方だった。
「今度は、この機械を使うんだ」
生産性を上げるために機械が導入された。それによってコーヒー畑で働いていたたくさんの人が仕事を失った。既に、お金がないと食べていけない社会になっていた。大勢の大人たち、子供たちが飢えに苦しみ始めた。間もなく、農薬、化学肥料を使った不自然な農法には限界が訪れた。農業は破綻し、仕事は無くなった。残ったのは、農薬、機械などを買わされた膨大な借金だけ。
気がつくと、白人も地主もいなかった。食べ物もない、作物もできないその国には大量の難民が残され、餓死者が続出した。
そしてついに紛争が起きた。人々は、海の向こうから持ち込まれた武器を持った。
・・・・・・・・・・
「坊や、ああ、坊や。眠ってしまったのね。もう起きることはないでしょう。何もしてあげられなかったけど、生まれてきてくれてありがとう」
冷たくなった男の子の顔から苦しみは消えていた。※人口爆発の原因は、先進国のぜいたくと経済発展にあります。もちろん白人ばかりではなく、日本の政府、企業、日本人である私たち自身が原因です。
※エチオピア、ソマリアはコーヒーで、インドは紅茶、コショウ、綿で、ブラジルはゴム、コーヒー、フルーツで一時的に豊かになり、人口爆発が起こりました。こういった作物を「換金作物」といいます。参考文献 『新地球村宣言』高木善之(ビジネス社)
目覚まし時計が鳴っている。もう朝か。俺は手探りで音を止め、仕方なく起き上がった。ああ、今日も一日が始まる。毎日のことながら、会社に行くのはいやだなあ。
洗面所で顔を洗おうと思い、水道の蛇口をひねった。あれ?水が出ない。断水か、珍しいな。冷たい水を飲もうと、キッチンで冷蔵庫を開けた。中が暗い。おいおい、停電かよ。照明のスイッチをパチパチやってみたが、やはり電気はつかない。テレビもだめだ。まいったな、こりゃ。断水の上に停電なんて初めての経験だ。
のそのそしてたら会社に遅刻する。服を着替えて外に出た。やはり何か様子がおかしい。やけに静かだ。表通りに出たが、ちっとも車が通らない。駅に向かって歩いた。信号はどこも点いていない。停電の範囲は相当広そうだ。それにしても、駅に近づいてるのに一向に人の姿が見えない。こんな時間は、いつもなら混雑してるはずなのに。
駅に着いたが、お客はもちろん、駅員もいない。俺はマジで焦った。改札を素通りしてホームに出てみたが、電車が来る気配もない。ただシーンとして、たまに鳥の声が聞こえるのと、かすかな風の音がするだけだ。携帯電話で会社にかけてみた。でも、電話はうんともすんとも言わない。
駅から出て、町を急ぎ足で歩いて回った。どこの家にも人の気配がない。冷や汗が出てきた。商店はほとんどシャッターが閉まっていたが、24時間営業のコンビニのドアだけは開いた。自動扉じゃなくてよかった。でも、中は暗くて人はいなかった。やけくそで、おにぎりをひとつ食ってやった。缶ジュースも飲んだが、ぬるかった。外に出て、また散々歩いてみたが、結局、人は見つからず、いたのは野良犬1匹だけだった。
ああ、なんてこった。俺一人残してみんな消えちまったのか。一体どれくらいの範囲でこういうことになっているんだろう。この辺りだけ?日本中?世界中?ひょっとして俺は世界でただ一人の人間?背筋が寒くなった。しかしテレビもつかないから何にもわからない。電気が来なけりゃパソコンもできない。
俺は家に戻って、車に乗り込み、少し走ってみることにした。望み薄だったが、友だちにも会社にも電話できないから、行ってみるしかない。しかし、結果は予想通りだった。人はもちろん、車も他には1台も走っていなかった。会社の裏口は開いていたが、警備員もいなかった。
こりゃあ、えらいことになったぞ。これから俺はどうしたらいい。とりあえずコンビニのものは食えるが、腐るのは時間の問題だし、いずれは水もジュースもなくなる。このままじゃ、俺は町の真ん中で餓死か。まあ、こんなとこで一人で生きてたってしかたないかもしれないが。しかし、ただ死ぬのを待つのもしゃくだな。
都会って、なんて不便なんだ。人がいなくなったら住めたもんじゃない。よくこんな所で長いこと生きていられたな。俺は考えた。よし、町を出て、自然のあるところへ行こう。山の方なら食える物があるかもしれない。水のきれいな川も流れているだろう。幸い人間以外の動物は消えてはいないようだし、いざとなれば捕まえて食うか。そんなこと不可能かもしれないが、ここで餓死するくらいなら行ってみよう。
俺は家に帰って、毛布や鍋など、山で使えそうな生活用品を車に積み込み、コンビニで日もちのしそうな食料を頂戴した。火をおこす必要があるだろうからレジの近くにあったライターもごっそりいただいた。しかし、このライターがなくなった後、火をおこせるだろうか。まあ、今そんなことを考えてもしょうがない。
助手席まで荷物を満載した車に乗り込んで考えた。ガソリンが無くなったらもう大した移動はできないな。それまでに生き伸びられそうなところに行き着けるかは運次第か。まあ、今さら自然の中で生きるなんて無理なのかもしれないが。でも、少なくとももう都会では生きていけないんだ。
この先ここはどうなるんだろう。自然なら人がいようがいまいがずっと美しく続いていくだろうが、人のいなくなった都会は廃墟になって朽ち果てていくんだろうな。林立する高層ビルは墓石のように、暫くは無人の町を眺めているだろう。
俺は都会を後にした。
ある日、東洋の島国チャバンでは、新しい総理大臣が選出された。その名はオオイズミ。ライオンのたてがみのようなヘアースタイルの彼は、早速、ライオン首相というあだ名がつけられた。あたらしもの好きな国民性のチャバン、まだ何の実績もないオオイズミだが、写真集まで出るというアイドル並みの人気ぶりだった。
オオイズミ政権が誕生して暫くしたある日、国際的な大問題が持ち上がった。世界一の大国マメリカのプッチュ大統領が、中東のイクラに戦争を仕掛けるというのだ。理由は、イクラが、海のイクラの大漁破壊兵器を所持しているというもの。これが使われると、世界のイクラ水揚げ量が激減してしまうことは必至だ。
オオイズミは考え込んだ。マメリカはチャバンにとって歴史的にも経済的にも大きな影響力を持っている国であり、関係を悪くすることは絶対に避けたい。しかし、チャバンは過去の苦い経験から、戦争の悲惨さ、無意味さは身にしみており、憲法上も戦争を放棄しているので、マメリカと手を組んでイクラを攻撃することなどできない。
オオイズミは悩んだ挙げ句、マメリカのプッチュ大統領に会談を申し込んだ。チャバンの国民はオオイズミに期待した。われわれの誇り、カッコイイ新首相オオイズミは、プッチュ大統領にどんな発言をしてくれるんだろう。きっと切れ味のよい答弁と見事な切り返しで、あっと言わせてくれるに違いない。
いよいよ会談の日となった。にこやかに握手を交わした二人は、早速本題に入った。
「プッチュ大統領、本当にイクラを攻撃するんですか?チャバンは戦争は何の益ももたらさないことを知っています。考え直していただけませんか。」
「何を言う、オオイズミ。おまえは私にそんな忠告をするためにわざわざ極東からやってきたのか。チャバンにはイクラ攻撃に力を貸してほしいと思っていたのに。イクラが獲れなくなったらわが国マメリカの寿司ブームはどうなると思うのだ。野蛮なイエローモンキーには私たちの深刻な事態は理解できまい。」
「大統領、寿司はチャバンの食べ物ですし、イクラは鮭の子です。イクラのまま泳いでいるわけではないんです。イクラがほしいならチャバンのイクラをイクラでもあげます。だからイクラへの攻撃はやめてください。」
「ややこしいことを言うやつだな。イクライクラって、わけがわかんなくなっちまったい。イクラの大統領ウゼインはほんとにウゼえんだ。とにかくマメリカはイクラを攻撃するのだ。もう決めたんだから知〜らない!」
「大統領、お願いです!戦争は絶対にいけません。人類の長い歴史を見ればおわかりでしょう。戦争は無意味な犠牲を生むだけです。一時的には勝ち負けがあったとしても、それでは何も解決しないんです。」
オオイズミは絶叫し、泣き出した。涙は鼻水と混じって、顔はぐしゃぐしゃになった。
「ええい!うるせえ、うるせえ、おまえもウゼえ!もうチャバンなんかあてにしない。極東のど田舎にとっととけえっちまいな!」
「大統領!」
オオイズミは立ち去ろうとするプッチュの足にすがりつき、泣き崩れた。
「どうか、どうかお願いです!戦争だけはやめてください。人を殺すことは罪以外のなにものでもありません。一度始めてしまったら取り返しのつかないことになります。わかってください大統領…」
プッチュがオオイズミを足蹴にして出て行った後、静まり返った会見場は、各国のたくさんの報道陣が声もなく立ち尽くす中、オオイズミの慟哭が長い間鳴り響いた。翌朝、全世界の新聞の一面を飾ったトップ記事は、オオイズミの涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔のアップ写真と大見出しだった。
「チャバンの泣いたライオン」「チャバンのとんだ茶番劇」。
テレビでは一日中、オオイズミの絶叫と、泣き声が流れ続けた。チャバンの国民は複雑な心境だった。オオイズミの言っていることは確かに正しいのだが、会談は、期待していたカッコイイ答弁とはかけ離れたものだった。マメリカ大統領の足に泣いてすがるわが国の首相。この先、マメリカとの関係はどうなるのだろうという不安もあった。
そんな中、一番驚いたのはイクラの大統領ウゼインだった。ウゼインは初めからイクラの大漁破壊兵器など作ってはいなかったが、プッチュの思い込みを逆手に取り、マメリカに先に手を出させておいてから時間をかけてじっくりと逆襲する戦法だったのだ。そこへチャバンのオオイズミが恥も外聞も気にせず、体を張って止めに入った。なんて奴だと思ったが、ウゼインはオオイズミの勇気ある行動に感動し、既にマメリカと戦う気力を失っていた。
ウゼインはオオイズミを自国イクラに招いた。そしてイクラの大漁破壊兵器などないことを確認させ、マメリカと戦うつもりもないことをプッチュ大統領に伝えてほしいと頼んだ。オオイズミはすぐにマメリカに飛び、プッチュにその旨を伝えた。プッチュはそれを受けて、
「そうか。まあ、イクラのお寿司が食べられるんならいいや。今日はこのくらいにしといたるわ」
との声明を発表した。そうなってみると、チャバン国民はもちろん、全世界はオオイズミを絶賛した。
「平和の使者オオイズミ」「世界で最も勇気ある指導者オオイズミ」。
プッチュは「最も」というところがちょっと面白くなかったが、オオイズミとはずっと友だちでいた方がよさそうだと思った。「諸君、わが社はこの不景気なご時世の中、今年も前年比100%をクリアーすることができた。これもひとえに諸君の努力のおかげだ。ありがとう。これからも社のために全力を尽くしてほしい」
「社長、臨時ニュースが入りました。ついに全てのオゾン層が破壊され、全生物の死滅は免れないとのことです」
「そうか。ではその問題は、来年度の予算を決めてから考えることにしよう」目が覚めた。俺はいつものように顔を洗って新聞を広げた。一面トップ記事の大見出しは、
『今日から貨幣制度廃止』すごいことになったもんだ。数年前から経済社会に疑問を持つやつが増え始め、日本のあちこちでそういった声が上がっていたことは知っていたが、崩壊しかけた経済を立て直せる見込みもなかったことも手伝って、あれよあれよという間に国会で承認されてしまった。ずっと会社で金儲けばかりを考えてきた俺にはどうもしっくり来ないのだが、世論は貨幣制度廃止賛成が大多数になったみたいだから、俺は変わっている方なのかもしれない。
インスタントコーヒーを1杯飲み、会社に出かけた。開きっぱなしの自動改札を抜け、いつもの電車に乗った。就業時間には皆集まっていたが、なんとなく静かな雰囲気だ。デスクの電話が鳴った。取引先からだった。
「お世話になります。…ええ!あ、はい。ああ、そうですか。わかりました。またよろしくお願いします。」新製品の生産を中止するので、うちの部品はいらなくなったとの電話だった。今までならとんでもない一大事だが、金儲けを考えないなら余計な仕事は減ったほうがいい。まあ、新製品といったって大した進歩はしていなかったし、資源の節約のためには作らない方がいいだろう。同僚のデスクにも似たような電話がかかってきていたようだ。しかし、いつもみたいにひっきりなしにかかってくることも、急な呼び出しもなく、昼休みにはゆっくり食事を摂りに外に出られた。いつも横目で見ていた高級中華の店に入ろうかとも思ったが、行きつけの定食屋に入った。いくらタダでも俺の年では2人前も食べられない。いつものお気に入りのランチを注文して食べ、申し訳ないような気持ちで「ごちそうさま」とだけ言って店を出た。
さて、午後も暇になってしまった。映画でも見るか。タダだと混んでるかな。とりあえず最初だけだろうけど。そうだ。今日はデートだから、彼女にプレゼントを買おう。せっかくタダなんだし。タダだから「買う」と言うのもおかしいか。…しかし、タダのものをもらったって彼女は喜ばないだろうな。ほしいものなら自分で店に行ってもらってくればいい。じゃあ、プレゼントもやめだ。
俺は会社に帰って、今後の構想を練ることにした。全てタダだということは、金のあった時代に金で買えたものならなんでも手に入るということだ。これはすごいことじゃないか。今まで必死で仕事してきてもかなわなかった夢が全部かなうんだ。
まず、家だ。でかい家を買おう、いや、もらおう。どのくらいの広さがいいかな。でも俺は一人暮らしだし、あんまり広いと掃除が大変だ。でかい家も、住もうと思えば誰でも住めるわけだから持ってて偉いわけじゃないし。どっちかっていうとこれからは、無駄にでかい家に住んでると馬鹿にされるかもしれない。じゃあ、家はとりあえず今のアパートでいいや。引越しも面倒だしな。
じゃ、車だ。高級車をもらおう。ガソリンもタダなんだから、燃費が悪くても、でかいのにしよう。でも、金というものがなくなったんなら高級車に乗ってても誰にも威張れない。ガソリン食う車なんてかっこ悪いだけかもな。これも今のでいいか。
高級ブランドスーツを新調しようかとも思ったが、会社に着てくるのにそんなにいいものである必要もない。靴もバッグもみんなそうだ。だいたい、全部タダなんだし、何を持っていたって何のステータスもなければ、誰にもうらやましがられないだろう。
いままで贅沢と思って憧れていたことって何だったんだろう。無理に仕事を作って金儲けのために苦労してた俺たちって何をやってたんだろう。誰でもほしいものが何でも手に入る状態におかれたら、俺は、結局今まで持っていたものが一番だってことに気づいた。
就業時間が終わって、珍しく定時に会社を出、俺は彼女に会った。彼女も何だかすっきりしたような顔をしていた。いつも行く居酒屋に入り、せっかくだから今まで飲んでみたいけど飲めなかった高い焼酎を注文してみた。でも大した違いはなく、2杯目からはいつものやつに変えた。
俺はツチの塊だ。中は結構熱いぜ。表面はちょっとデコボコしてるんだが、ミズっていう変幻自在のやつが、へこんだところに溜まってるもんで、全体としては丸く見えるらしい。
ここんとこ、二本足の変なのがやたら増えやがって、俺の大事なキを刈るもんだから、禿げてみっともなくなっちまったぜ。二本足は俺のあちこち削ったりして暴れるもんで、この間、くすぐってえから身震いしたら、ミズも揺れて、二本足は大騒ぎしてやがった。
二本足は俺のミズから出たところを自分のもんだとか言って、奪い合ってやがる。バカヤロ、俺は俺なんだよ!
「今日は、お金が存在しているのにうまくいっているという星の取材に来ました。地球では貧富の差がものすごいし、みんなお金に苦しめられて経済社会は崩壊寸前なのに、全く不思議な星があったもんです。ではこれから、この星の銀行に入ってみましょう」
「ああ、お客さんがいっぱいいますね。みんなお金を預けにきてるんでしょうか。さすがうまくいっているだけあって景気のいい星みたいですね。うらやましいなあ。ちょっと銀行員の方にインタビューしてみましょう」
「こんにちは。お忙しそうですね」
「ええ、おかげさまで。みなさんたくさん預金しに来てくれるんで、私も仕事のしがいがあります」
「きっと、金利がいいんでしょうね。何パーセントくらいですか?」
「1年でマイナス5パーセントくらいでしょうか」
「え?マイナス?」
「ええ、マイナスですよ。時間が経てば元本がどんどん減って行きます」
「減るって…。じゃあ、なんで預けるんですか?」
「余分なお金は、持っていても仕方がないでしょう」
「でも預けたら減るんでしょう?」
「ははは。だって、自分の生活に必要ないんですよ」
「でも…」
「銀行としては、預金してもらったお金は必要な人に貸せるので、預金してもらえるとありがたいですよ」
「それは地球も同じですけど…。ひょっとして借りたお金もだんだん返す額が減るんですか?」
「そうですよ。ずっと借りていれば、いずれは借金は無くなります」
「なんか、頭が痛くなってきました」
「大丈夫ですか?」
「預けたお金は減って行く。借りたお金も減って行く。地球とは正反対ですね。なんでそれでやっていけるんだろう」
「私たちが考えるには、余分なお金は持っていたってしょうがないし、足りないなら銀行から借りればいいんですから、何も問題ないんですけど」
「でも、お金を借りて返さなくてもいいとなれば、働かなくなる人もいるんじゃないんですか?」
「いますよ、少しは。でも、たくさん稼ぐ人はかなり預金してくれますから、そのくらいどうってことありません。それに、ずっと働かないでいるのも苦痛ですよ」
「確かにね。地球でも金持ちは結構いるからなあ。そういう人たちが余ってる分を全部吐き出せるような社会だったら、貧困は無くなるかもな」
「お金を預けると増えるなんていうシステムを作ったのがいけなかったんじゃないんですか?不自然ですよ」
「そうかもしれませんね。預けておくだけで増えるんじゃ、どんどん貧富の差がつくのは当然ですね」
「地球人は、他人が苦しんでいるのはかまわないと思っている人が多いんでしょうか」
「そうでもないと思うんですけどね。作ってしまったシステムに流されてるんでしょう」ふと気が付くと見知らぬ町に立っていた私は、近くにあった喫茶店に入った。コーヒーを注文し、飲み終わってからレジに行くと、先にお金を払おうとしていた客が、ちょっと離れたところにいる店員に言った。
「コーヒー1杯ね。3000円置いとくよ」
え〜〜〜っ!たっけ〜〜〜え!!私は叫びそうになるのをこらえた。しかし店員はニコニコしながら、
「はい、結構ですよ」
と言った。私はガックリ肩を落とした。ああ、しまった。こんな店、入るんじゃなかった。私は勇気を振り絞って店員に聞いた。
「おいくらですか」
店員は言った。
「いくらでもいいですよ」
私は耳を疑った。
「え?いくらでもいいんですか?」
「はい。300円でも3000円でも。お金がなければタダでもいいです」
おお、こりゃまた、寛大な国だ!
「ほんとにいくらでもいいんですか?タダでも?」
店員は笑いながら、こちらにやってきた。
「いいですよ。値段は決めていませんから。」
「この国ではどんな物でもそうなんですか?」
「そうですよ。車でも家でも何でもそうです。お金を持ってる人は、払いたいだけ払えばいいし、持ってない人は払わなくていい。どこに行ってもそうですから何も困ることはありません」
「じゃあ、もうお金というものは無くしてしまってもよさそうですね」
「そうですね。次回の国会あたりでそういう話が出るかもしれません」
「そうですか。ありがとう」
私は、300円を置いて店を出た。
「ありがとうございました」
店員は元気な声で送ってくれた。
私は思った。こういう国の政治家って、さぞ穏やかな顔してるんだろうなあ。ふと気が付くと見知らぬ町に立っていた私は、近くにあった喫茶店に入った。コーヒーを注文し、飲み終わってからレジに行くと、先にお金を払おうとしていた客に、店の人が言った。
「コーヒー1杯ですね。3000円です」
え〜〜〜っ!たっけ〜〜〜え!!私は叫びそうになるのをこらえた。しかし客は顔色一つ変えず、
「はい、3000円」
と言って金を払い、店を出ていった。私はガックリ肩を落とした。ああ、しまった。こんな店、入るんじゃなかった。私は蚊の鳴くような声で店員に聞いた。
「おいくらですか」
店員はニコニコして、
「お客様の年収はおいくらですか?」
と聞いてきた。
「は?年収?…300万円くらいですけど、それが何か」
「承知しました。召し上がられたのはコーヒー1杯ですね。300円です」
え?なあんだ、普通じゃ〜〜〜ん。私はホッとして300円を払い、レジを離れようとしたが、思いとどまって聞いてみた。
「あのう、ちょっとお聞きしたいんですけど、前のお客さん、コーヒー1杯で3000円払っていたようですが。何かの間違いですか?」
「いえ、間違いではありませんよ。あのお客様は年収が3000万円とおっしゃっていたので、コーヒー1杯で3000円いただきました」
ほう!これはオドロキ!
「へえ、この国では年収によって値段が決まるんですか?」
「はい、店によっても少し違いますが、だいたいコーヒーは年収の一万分の1円です」
「他の物でもそうなんですか?」
「はい、グレードにもよりますけど、平均的な物ですと、車は年収の3分の1、家は年収の3倍といったところでしょうか」
「僕の場合だと車は100万円、家は900万円になるんですね」
「そうです。先程のお客様の場合は、同じ物でも車は1000万円、家は9000万円になります」
「ふうん。職種による収入の差を、この国ではそういう価格設定をすることによってほぼ平等にしているんですね」
「そういうことです」
「さっきは証明書も見せませんでしたが、年収は自己申告でいいんですか?」
「はい。以前は見せてもらっていたこともありますけど、だんだん皆がお金にこだわらなくなったので、いらなくなってしまいました」
私はうなずいて店を出た。「やった!とうとうクリアしたぞ!」
「お疲れ、すげえ時間かかったね」
「ほんと、こんなに難しいとは思わなかったよ、このシミュレーションゲーム」
「この『ヒト』っていうキャラが厄介だったな。はじめの設定でもっとレベル上げとかなきゃいけなかったかな?」
「でも、簡単すぎてもつまんないし」
「『ブツブツコウカン』の後、『カネ』という道具を考え出すところまではよかったんだけど、その後の進歩が遅かったね」
「『カネ』が必要なくなるところまでレベル上げても、ちっとも手放そうとしないんだもん」
「『ヨク』のパワーが強すぎたね。『バクダン』っていうアイテム使って『センソウ』なんていう無意味な動きずっと繰り返すし」
「あきらめてリセットしようと何度も思ったもんな」
「セイレキ2000年前後が一番ひどかった」
「あの頃は『カンキョウ』も最悪だったね」
「よく『ライフ』が尽きなかったよ」
「ギリギリだったね。スリル満点のハードなゲームだったな『チキュウ』」
「次は何やろうか」
「こんなの手に入れたんだ。今度はのんびりやれそうだよ」
「へえ、面白そうだね。『テンゴク』」「みなさん、こんにちは!『ドッキリインタビュー!結婚制度のある星・地球』ご好評につき、第2弾です。今日は地球から生中継。ゲホゲホ、失礼。なんか空気悪いなあ。とにかくこちらのお宅にお邪魔してみましょう。こんにちは〜。」
「うっ、うっ」
「あれ、奥さん、どうして泣いてるんですか?」
「しゅ、主人が、他に女を作って、出て行っちゃったんです」
「へえ、いいじゃないですか」
「よくありません!私はどうすればいいんですか!」
「え、奥さんは奥さんの好きにすれば」
「困ります!子供もいるし、生活できなくなります」
「え、何でご主人がいなくなると生活できなくなるんですか?」
「だって、お金稼いでくる人がいなくなるんですよ」
「ああ、そうか。地球にはお金というへんてこりんなものがありましたね。お金さえあれば、ご主人は出ていってもいいんですか?」
「いいです!あんな人に未練はありません」
「ふうん、お金に縛られてるから自由が利かないわけだ。地球はやっぱり変な星だなあ」
「お宅の星ではお金は存在していないんですね」
「ええ。だから自由なもんです」
「結婚はどうなってるんですか?」
「結婚という制度もないです。みんな好きな人と暮らして、嫌になったら別れます」
「お金が存在しないから、別れても誰も生活には困らないんですね」
「ええ。働くことと食べることは別ですから。みんな自分のやりたい仕事をやって、食べたいものを食べています。女性は子供を産んで育てるでしょう。それだけの仕事をすれば十分ですよ。余裕のある人は何やってもらってもいいと思いますが」
「一緒に暮らす時って何か契約はしないんですか?」
「しませんよ。契約なんかしても意味ないでしょう。奥さんはご主人と何年一緒に暮らしたんですか?」
「10年です」
「ええっ!10年!すごい!そりゃ別れたくもなるでしょう」
「そうですかねえ。地球では死ぬまで一緒の夫婦も多いですよ」
「そ、そうなんですか。地球人って辛抱強いんですね」
「まあ、かなり無理してる方もいらっしゃるみたいですが」
「奥さん、よかったじゃないですか。きっともっといい人が見つかりますよ」
「そうですね。あんな人と一緒にいてもこの先大変なだけでしょうしね」
「そうだ、僕今思いついたんですが」
「何ですか?」
「地球では結婚制度をなくせないとしたら、とりあえず1年契約にしたらどうでしょう。毎年更新するんです」
「面白そうですけど、どうなっちゃうんでしょうね」
「今の地球人みたいに、結婚がゴールだとか言えなくなるでしょう。結婚は墓場ともね。好きな相手には嫌われないようにいろんなことに一生懸命気を使うでしょう。緊張感があって面白いと思いませんか。嫌になったら更新しなければいい」
「ほんと、それはいいかもしれない。あなた面白い方ですね。私、あなたとならうまくやっていけそう」
「お、奥さん、仕事中ですから。とりあえず地球からの中継を終わります」
プツン。ある男と女の会話。
「結婚してほしいわ」
「妻とは別れられないよ」
「じゃあ、生まれ変わったら一緒になって」
「わかった。約束する」
「わかりやすいように印を付けておきましょうよ」
「うん」
ペチ!
「いて!」
ペチ!
「いた!」
来世。「生まれたか!」
「あなた、見て。この子、お尻にあなたと同じあざがあるのよ」
男、赤ん坊に向かって小声で。
「おせーよ。なんでここに生まれてくるんだよ、しかも息子で」「地球の皆さん、おはようございます。スペースネット放送局『これはビックリ!宇宙のお宅拝見!』の時間です。今日は、結婚制度がないという星のご家庭にお邪魔しています。こんにちは〜!」
「ああ、どうも。」
「ご主人様ですか?」
「はい。」
「こちらは奥様?」
「ええ。」
「あれ、この星は結婚制度がないとお聞きしていたんですが、奥様がいらっしゃるんですか?」
「え、ええ。いますけど。」
「おとうさ〜ん!」
「あら、かわいいボクだね〜。お子さんですか?」
「ええ。」
「なんか地球の家庭と何も変わりないんですが、ほんとに結婚制度がないんですか?」
「ええ、ないですよ。」
「ということはこちらは奥様ではない?」
「いやあ、妻は妻ですが。」
「はあ。なんだかよく理解できないんですが。」
「あのう、ひとつお聞きしていいですか?」
「ええ、どうぞ。」
「結婚って何ですか?」
「え、だから地球ではこうやって一緒に住むために結婚するんですよ。いや、待てよ、住むだけなら結婚していなくても住めるな。結婚式は…挙げなくてもいいわけだし。子供も結婚していなくても作れるな。」
「なに、ぶつぶつ言ってるんですか?」
「いや、結婚ってなんだかよくわかんなくなっちゃって。ああ、そうだ。婚姻届だ。婚姻届を役所に出すんです。」
「それだけですか?」
「まあ、必要な手続きとしては。」
「じゃあ、結婚なんてしなくてもいいんじゃありませんか?」
「まあ、しなくてもいいんですけど、子供が生まれたりするとやっぱり両親の戸籍に登録した方がいいだろうし。」
「みんな両親がいるんですか?」
「いや、いない子もいます。いろんな事情でね。かわいそうな思いをしている子もいます。」
「だったら、婚姻届も、戸籍もやめちゃったらいいんじゃないんですか?」
「そうかなあ。じゃあ、この子はお二人のお子さんではない。」
「二人の子ですよ。」
「まあ、そうですよね。届けなんか出さなくても子供は子供だ。」
「理解していただけましたか?」
「ぜんぜん。」「お父さん、こんにちは!」
「おや、いらっしゃい。ご飯食べてくかい?」
「ありがとう!」
「ご兄弟がいらしたんですか?」
「いや、近所の子です。」
「え、でも今、お父さんって。」
「この星では、大人は皆、お父さんかお母さんと呼ばれますよ。」
「はあ?自分の親と他人の区別がない?」
「いや、誰が自分の親かはわかっていますが、誰の子であろうと、大人は子供の面倒を見るもんです。あなたは近所の子にはご飯を食べさせませんか?」
「いや、遊びに来れば食べさせますが。」
「じゃあ、同じですよね。」
「まあね。」「あなた。」
「なんだい?」
「そろそろ二人目の子がほしいんだけど。」
「お、奥さん!今、地球へのレポート中ですよ!」
「いいね。女の子なんかもいいかな。」
「ご主人まで!」
「でね、あなた。私、今度はお隣のご主人の子供がほしいの。」
「ぎゃ〜〜〜〜〜っ!奥さん、い、今、何ておっしゃいました!?」
「お隣のご主人の子供がほしいの。」
「そうかい、じゃあ、そうしたら。」
「うわ〜〜〜〜〜っ!ご主人、何言ってんですか!」
「え、なにか?」
「あんた、奥さんが、う、浮気するって言ってんですよ。認めちゃうの?変だよ、絶対おかしいよ!」
「そうですか?妻がそうしたいなら、そうしてもらえばいいと思うんですけど。」
「そ、そんな。あんたら夫婦なんでしょう?」
「別に何の契約もしてはいませんけどね。」
「奥さんを愛していないんですか?」
「愛してますよ。愛しているから妻の好きなようにしてほしいんです。」
「嘘ですよ、そんなの。偽善だ!」
「別にあなたがどう思おうとかまわないですけど、私も妻に隣のご主人の子供を産んでほしくないのなら、正直に嫌だと言いますよ。私は妻の好きにしてもらった方がいいのです。」
「そんなの、あんたら夫婦じゃないよ、夫でもなければ妻でもない。」
「確かに、呼び方は何でもかまいません。私たちはここに一緒に住んでいるというだけで、別々の人間には違いありません。人間は皆一人一人別々。でもそれはどんな契約をしていようと同じですよね。」
「まあ、確かに。でも、だからこそ、結婚してお互いの愛を誓い、一緒に暮らすんじゃないんですか。」
「愛なんて誓えますか?誓った夫婦が必ずうまくいっていますか?あなたの星では、結婚という契約によって、束縛され、ただ不自由な思いをしているだけの夫婦も多いんじゃありませんか?」
「確かにうちも、束縛は感じるけど。」
「ねえ、レポーターさん、私も地球人は独占欲が強いということは知っていますよ。でも独占欲って、愛とは言えないんじゃないですかね。本当に愛しているなら独占もせず、束縛もせず、お互い自由になったらいかがでしょう。さあ、みなさん、そろそろお別れの時間です。『ドッキリインタビュー!結婚制度のある星・地球』を終わります。」ムライス教とトリスキ教はとても仲が悪かった。ムライス教ではニワトリを神の使いとしてあがめていたので、鶏肉を食べてはならなかったが、卵で作ったオムライスは週に一度食べる日が決められていた。トリスキ教はニワトリを食べることで救われるとされ、信者たちは鶏料理を毎日のように好んで食べた。
ある日、ムライス教の信者数人が、レストランに入った。運悪くそこはトリスキ教の店だった。ムライス教の信者はメニューの写真を見るなり、目を丸くして叫んだ。
「な、なんだ、これは!ニワトリ様になんということを!」
ニワトリの無惨に変わり果てた姿にショックを受けた信者が泡を吹いて倒れた。まわりのお客はみんなトリスキ教信者で、驚いて見ている。店長が飛んできた。
「ど、どうかなさいましたか。」
「きさまの店はニワトリ様を客に食わせているのか!」
「はい。うちは鶏料理専門店なので。」
「と、鶏料理だとお!それも専門店!ふとどきにも程があるわ!」
ムライス教の信者は、わなわなと震えている。
「はは〜ん、おまえたちムライス教の信者だな。」
「ムライス教で悪いか!オムライスを食わせろ!」
「おまえたちに食わせるもんはねえ!とっとと、けえってくれ!」
「な、何を!客に向かってなんてえ口のきき方だ。神に祈ってやる!」
『ああ、我らがムライスの神よ〜、にっくきトリスキ教をこらしめたまえ〜〜〜』
ムライス教の信者は、ニワトリのように頭を前後に動かし、手をバタバタさせて歩き回った。
「ぶわっははは!おまえたちの祈りはいつ見ても笑える。」
「な、なんだとお!馬鹿にしおったな!」
ムライス教の信者は懐から爆弾を取り出した。
「お、おい。馬鹿なまねはよせ。これだから野蛮人は困る。」
「野蛮人だとお!ニワトリ様を食ってるおまえらの方がよっぽど野蛮だ!こうしてやる!」
「よせ、馬鹿!おまえも死ぬぞ!」
「うるせえ!おまえらを道連れにできれば本望じゃわい!」
ドッカ〜〜〜〜〜〜ン!!!暫くして一同は目を覚ました。
「う〜ん、ここはどこだ…。あ!きさまら生きていやがったのか!」
そこにはレストランの店長も客たちもみんないた。
「おまえが馬鹿なまねするから、俺たちみんな死んじまったらしい。」
「そうか。いい気味だ。」
「このやろう!自分が何したかわかってんのか。」
「悪は成敗するのがムライスの教えだ。正義は勝つ!」
「そりゃあこっちのセリフだ。ふざけやがって!おまえらなんかもっと早くぶっつぶしとくんだった!」
「やるか、このやろう!」
取っ組み合いが始まった。その時、
「いいかげんにせい!」
大音量の声が響いた。一同はびっくりして手を止めた。まばゆい光と共にひとりの人物が現れた。手に何か持っていた。
「ああ、ムライス様!」
ムライス教の信者はひれ伏した。トリスキ教の信者もひれ伏した。
「何をやっておる。」
「はあ、こいつらがムライス様を馬鹿にするもんで、こらしめてやってたんです。」
トリスキ教の信者は慌てた。
「いえいえ、馬鹿にしてなどおりません。こいつらが非常に乱暴なので困っていたのです。」
ムライスは、手に持っていたものを口に近づけ、かぶりついた。ムライス教の信者はそれを見て悲鳴をあげた。
「ああっ!ムライス様。そ、それは鶏肉じゃあ…」
「ムシャムシャ…そうじゃよ。わしはこれが大好物でな」
「ええっ!嘘でしょう。教えでは鶏肉を食べてはいけないと…」
「わしゃあ、そんなこと言った覚えはないぞよ。わしが死んだ後、誰かが勝手に決めたんじゃろう。」
「そ、そんな。ムライス教の信者は、みんなそれを信じて必死で守ってきたのに。」
「そんなこと、わしに言われても知らんよ。おおうめえ、ムシャムシャ」
ムライス教の信者はガックリと肩を落とした。隣で見ていたトリスキ教の信者は笑い出した。
「ほうらみろ、おまえらくだらねえこと信じてるからそういう目に遭うんだ。わっはっは!」
その時、
「たわけ者!」
ものすごい大声が響き、一同は飛び上がった。光に包まれてまたひとりの人物が現れた。
「ああっ!トリスキ様」
一同はまたひれ伏した。
「私はいかなる者も馬鹿にしてよいというような教えを説いた覚えはないぞ。」
「ははあ、ごもっともです。」
トリスキ教の信者は地面に頭をすりつけた。ムライスとトリスキは顔を見合わせ、苦笑した。ムライスが言った。
「一同の者、面を上げい。」
皆は恐る恐るゆっくりと体を起こした。
「おまえたちよ、なぜお互いを憎むようになった。」
「だってこいつら、俺たちを馬鹿にするから。」
「おまえらこそ何かというとすぐぶちきれて、暴力ふるったんじゃないか。」
「ふん、野蛮人だとか言って差別してたくせに。自分たちさえよければよくて、俺たちの言い分なんか聞こうともしなかったろう。」
「おまえらが話し合おうとしなかったんじゃないか!」「まあだわからんのか!」
トリスキの大声が響いた。一同はまたまたひれ伏した。
「私とムライスは大昔からの親友じゃ。二人の説いた教えは表現こそ違え、言いたいことには何も違うところはないのだぞ。おまえたちはそれを間違って解釈し、余計な決めごとを作り出して、自分たちの首を絞めたのだ。私たちは決して、人を憎めとか傷つけろなどと説いた覚えはない。地上のあらゆる生物は、大いなる神の元にそれぞれの役割を果たし、支え合うのが正しい生き方なのだ。そのくらいのことは誰に言われなくても、ちょっと考えればわかるだろう。」
一同はひれ伏したまま納得していた。誰も声を出せなかった。「さあ、皆で神に祈ろう。」
ムライスが言うと、一同は起きあがった。
「あのう、どうやって祈ったらいいんでしょう。」
「心をこめれば、それぞれの好きなように祈るがよい。」
ある者はムライスに向かい、ある者はトリスキに向かって祈り始めた。トリスキが言った。
「これ、これ、おまえたち。何を勘違いしておる。私たちに向かって祈ってどうするのだ。」
「え、じゃあ誰に祈れば…」
ムライスが言った。
「神に祈るに決まっとるじゃろう。今まで何を信仰してきた。」
「ムライス様が神様かと…」
「はっはっは。わしは神ではない。わしはただの指導者じゃ。」
「じゃあ、神様はどこにいるんですか。」
「あきれたものだ。これだから地上からは何も知らぬ奴ばかりが来るんじゃのう。神は全ての存在の源じゃ。神はおまえたちの心の中にも、私の心の中にもいらっしゃる。だから自分の心の奥深くに祈るのじゃ。そこに神とつながる道があるのじゃ。」
ムライスもトリスキもどの信者も、皆それぞれに自分の心の中の神に祈った。信者たちは初めて神の存在を実感した気がした。「ああ、楽しい旅行だった。本当にありがとう」
「また来たいね」
二人を乗せた飛行機は空港を飛び立った。A君とB君は中学校の同級生で、たまたま誕生日も同じでした。A君は、成績は普通。体も小さいし、あまり目立たない子でした。B君は、成績はトップクラス。運動でもなんでもよくできて、いつもクラス委員などをやっていました。対照的な二人でしたがとても仲がよく、中学1年の時の誕生日に二人は約束をしました。それはこの先、10年ごとの誕生日に会おうという約束でした。
23歳の誕生日。
「やあB君、お久しぶり。元気そうだね。僕たちいよいよ社会人になっちゃったね。B君は昔から勉強がよくできたし、大きな会社に入ってすごいな」
「僕は高校でもかなり勉強したよ。だからT大もストレートで入れたし、会社もたくさん内定が出た中から選ぶことができた」
「努力が実ったんだね。僕なんか給料はきっと君の何分の一だよ」33歳の誕生日。
「やあB君、お久しぶり。君は何年前に結婚したんだっけ。ハガキで見たけど、きれいな奥さんだね。もう、お子さんも一人いるんだよね。」
「27で結婚して、子供は男の子で今4歳。仕事に追いまくられてて、なかなか遊んでやれないよ。今年もう一人生まれるんだ」
「それはおめでとう。僕も仕事は忙しいけどね。でも家族がいると楽しいだろうな。うちは給料が安いから、なかなか結婚資金もたまらなくて。そういえばB君、家を買ったそうじゃないか」
「20年ローンでね。クルマは現金で買ったけど」
「僕は持ち家なんて夢の夢だなあ。クルマも中古車が精一杯」43歳の誕生日。
「やあB君、お久しぶり。お子さんは大きくなったろうね。二人目は女の子だっけ」
「うん。上は中2。小学校の時から塾に行かせて、私立に入れたんだ。かなり金はかかるけどね。大学まで続いてるからいいと思って。下の子は4年生。A君も結婚したんだよね。お子さんは女の子だったね。今いくつ?」
「5歳だよ。うちは君のところのように勉強はできないだろうし、金もないからまあ適当にさせるよ。そういえばB君、課長に昇進したそうじゃないか。おめでとう」
「まだまだ先は長いよ。目標は高く持たないと」
「すごいなあ。うちなんか小さい会社だから社長と専務以外はみんなヒラさ。ははは」53歳の誕生日。
「やあB君、お久しぶり。トントン拍子に出世してるんだって。さすがだね」
「まあ、それなりの業績は残してるからね。重役になりたいと思ってるんだ」
「すごいなあ。息子さんは今年から就職だっけ?」
「うん、春に大学を卒業して就職した。第一志望の会社に入れたようだよ。娘は大学2年」
「理想的だよね。うちは一人娘がやっと高1。大学はやれないから、高校出たら働いてもらうよ」63歳の誕生日。
「やあB君、お久しぶり。僕は定年退職してもう3年だよ。退職金はあまり出なかったけど、女房と二人で細々と暮らしてる。娘は高校を卒業してから暫く働いてたけど、3年前に結婚して、去年、孫が生まれた。かわいくってね」
「それはよかったじゃないか。うちの息子も結婚はしたけど、孫はまだだよ。娘は未だに独身でいる。仕事が面白いそうだ。僕は定年後、子会社に移って社長をやってるんだ。退職金はかなり入ったし、まだ給料が入るから金の心配はない。会社を辞める時、また退職金は出るしね」
「あるところにはあるもんだね。人生の成功者とは君のような人のことを言うんだろうな。まあ、僕なんか何もないからかえって気楽かもしれないけど」
「ははは。まあ金はいくらあっても困るもんじゃないよ。そうだ、今度、ふたりで旅行しないか。僕は会社はたまに行けばいいし、君も暇だろう。ハワイなんかどうだい?」
「とんでもない。そんな余裕うちにはないよ」
「何言ってるんだ、僕に任せてくれよ。僕は社長なんだぜ。そのくらいの金なんとでもなるさ」
「でも女房がなんて言うかな。」
「奥さんには僕が話すよ。遠慮することはない。家族と一緒に行くのもいいけどまたの機会にして、今回は二人で行かないか。男同士もいいだろう。君も長年会社を勤め上げたんだし、それくらいのことしても罰はあたらないさ。」
「そうかなあ、嬉しいけど。じゃあ、お言葉に甘えて、女房の許しが出たら連れてってもらうことにするよ。」半年後。
「ああ、楽しい旅行だった。本当にありがとう」
「また来たいね」
ふたりを乗せた飛行機は空港を飛び立った。そして、暫く安定した飛行を続けた後、突然激しい揺れを起こした。飛行機は急降下し、そのまま海に突っ込んだ。生き残った者はひとりもいなかった。「あれ、どうしたんだ。ここはどこだろう。確か飛行機が落ちたはずだ。生き残ったのかな。…あ、誰か来る」
「大変でしたね。大丈夫ですか」
「ええ、なんだかわかりませんが、命は助かったみたいです」
「命はなくなるものではありませんから。でも肉体はもうないですよ」
「え?これは肉体ではないんですか」
「地上を生きる肉体ではありません。これから別の世界で生きる体です。」
「はあ。死後の世界っていうのはほんとにあったんですか」
「心の世界です。地上は物質の世界。物質はいずれ朽ちるもので永遠ではありません。これからお連れするところは永遠の世界です。あなたの心に合った場所に行くのです」
「うそだ!」
「あ、B君…」
「そんな話は信じちゃいけない。そう簡単に死んでたまるか。何のために長いこと頑張って仕事してきたと思ってるんだ。俺はまだやりたいことがたくさんあるんだ。金もたくさん残ってるし、うまいものも食いたい。孫の顔もまだ見てないし、娘の花嫁衣装も見てないんだ!」
「霊界の素晴らしさは地上とは比べものになりませんよ。さあ、行きましょう」
「B君…」
「A君、君は行くのか。だったら好きにすればいいさ。おまえなんかもう友だちじゃない!俺は行かないからな。俺は絶対うちに帰る!」B君はそれからずっと自分のうちにいました。地上の時間はどんどん過ぎ、B君の知っている人は誰もいなくなってしまいました。B君はもう自分がなぜそこにいるのかもよく覚えていませんでした。それでもB君はそこを離れようとはしませんでした。
A君はそんなB君を霊界から見守っていました。いつかB君が来てくれることをずっと祈っていました。
気持ちのいい朝だ。僕はいつものように元気だ。
「みんな、おはよう」
「おはよう」
今日もみんな元気でよかったな。
さあ、いつも木の陰で休んでいるおじいちゃんにもごあいさつだ。
「おじいちゃん、おはよう」
返事がない。
「おじいちゃん…」
木の裏にまわってみると、おじいちゃんは目も口も開けたまま倒れていた。
「あ〜っ、死んでる!」
みんなも集まってきた。
「おじいちゃん!」
「昨日は元気だったのに」
「ほんとに死んじゃってるね」
「…………」
みんなは黙って目と目を見合わせた。
そして…
「いっただっきま〜〜〜す!」
みんなは、おじいちゃんをパクパク食べはじめた。
「おいしいなあ。パクパク」
「いつも同じようなものじゃあ、飽きちゃうよね。ムシャムシャ」
「この内臓がおいしいんだよね。柔らかくて」
「小骨に気をつけなさいよ」
「ああ!僕が肝臓食べようと思ったのにい」
おじいちゃんは、あっという間に骨だけになってしまった。
「ふう、おいしかった!」
「ほんと。いいおじいちゃんだったね」男の子が水槽をのぞいて言いました。
「お母さん、一番長生きしてた熱帯魚が死んじゃった。骨だけになってるよ」
「そう。寿命だったんでしょうね」
男の子は水槽の底から骨を取り出し、ゴミ箱の所まで持っていって中に入れ、手を合わせました。
「長い間、ありがとうね」
お母さんが言いました。
「さあ、おじいちゃんのお墓参りに行くから、はやく支度しなさい」
男の子はお墓参りに行く電車の中でお母さんに聞きました。
「お母さん、お墓には何が入っているの?」
「おじいちゃんの骨よ」
「骨だけ?」
「骨だけでしょうね」
「骨を拝むの?」
「そうね」
「なんで?」
「さあ。習慣だから」
男の子は骨だけを拝みに行くのは不思議だなあと思いました。お母さんは、お墓に水をかけてお花とお線香をあげ、手を合わせて目をつぶりました。男の子もまねをしましたが、こっそり薄目をあけてお母さんを横目で見て、お母さんは今、何を考えているのかなと思いました。目をつぶると死んだ熱帯魚の元気だった頃の姿が浮かんできました。それから、骨になった姿を思い出しました。
「お母さん、人間も死んだら骨は捨てちゃえばいいんじゃないかな」
「まあね。でも、そういうわけにもいかないのよ」
「なんで?」
「習慣だから」
男の子は人間って不思議だなあと思いました。その頃、おうちの水槽では熱帯魚たちが元気に泳ぎ回っていました。みんなもう、さっき食べたおじいちゃんのことは忘れてしまっているようでした。
ある山の頂に近い洞窟に教祖様がおりました。その山のふもとには村があり、農民たちはその教祖様をとても慕っていて、よく相談に行っておりました。
「教祖様、日照り続きで困っとります。どうしたらよかっぺ。」
「そうか。では今調べてあげよう。」
教祖様は分厚い教典を取り出してペラペラとめくり、一部を読んで聞かせました。
「はあはあ、わかりました。ありがとうごぜえますだ。これはなんとか収穫した芋でごぜえます。食べてくんなせえ。」
「よしよし。また困ったことがあったら来なさい。はい、次の人。」
「教祖様、鶏が卵を生まなくなっちまった。どしたらよかんべ。」
「ふむふむ。ちょっと待っていなさい。」
教祖様はまた分厚い教典の一部を読み上げました。
「へえへえ、ありがとうごぜえます。これは今朝絞めた鶏でごぜえます。」
「ほう、卵を生まなくなった鶏は食うのもいいな。はい、次。」
農民たちは一日中働いていたし、少ない収穫の中から教祖様に食べ物を持って行っていたのでガリガリにやせていました。教祖様は食べるには困らないし、動かないので、かなり太っていました。ある日、その山が突然噴火しました。教祖様の洞窟も村も溶岩に飲み込まれ、一瞬で皆死んでしまいました。
「ありゃあ、どうしたんじゃ。みんな集まっとるなあ。」
「祭りでもないしな。ここはどこじゃろ。」
「あ、教祖様がいる。聞いてみっぺ。教祖様あ。」
「ああ、おまえたちか。山が噴火して私たちは死んでしまったらしいな。」
「え!わしらはみんな死んだんか。死んだら消えてなくなると思っとった。」
「人間死んでも消えてなくなりはせん。教典にそう書いてあった。」
「はあはあ。さすがは教祖様。死んだ後のことまでご存じでいなすったか。ありがてえ、ありがてえ。」
「ははは。私はおまえたちとは違うわさ。教典によるとこれからそれぞれの世界に行くらしい。」
「天国と地獄は話に聞いとったが、そのどっちかに行くんじゃろか。地獄はおっかねえなあ、いやだなあ。」
「いや、世界はもっとたくさんあるようだ。人間の出来によっていろんな所に行くらしい。」
「はあ、そんなにあるだか。わしらはろくな所に行けんじゃろなあ。貧乏人だし。」
その時、皆は何かに引っ張られるように宙に浮きました。
「わわっ!なんだなんだ。」
「ははは、慌てるな。これからそれぞれの世界に行くんじゃよ。皆、自分に合った場所にな。」
皆はどんどん高く上がって行きました。
「ほう、なんかだんだん明るくなってきたな。さっきは薄暗かったけど。」
「んだなあ。あったかくなってきたし、気持ちいいな。」
「村は暑さも寒さも厳しかったなあ。みんなよう頑張った。」
「教祖様がいろいろ教えてくだすったしな。ありがてえことだった。」
「おら、ちょっとまぶしくなってきた。ここら辺でもういいわ。」
「おらもだ。これ以上明るくなると苦しいな。」
農民たちは、自分たちが止まろうと思ったところで止まることができました。
「うわあ、すげえきれいな景色だ。こんなの見たこたあねえ。」
「ほんとだあ。気持ちいいなあ。いいにおいもするなあ。」
「みんなよかったなあ。こんないいところに来られて。」
「ありがてえなあ。これも教祖様のおかげかなあ。」
「んだなあ。教祖様、あれ、教祖様は?」
それまでずっと黙っていた農民の一人が言いました。
「教祖様は、ずうっと下の方でまぶしいと言いなすって止まってしまわれたよ。」ゆっくり目を閉じると医者の声がした。
「ご臨終です。」
続いて娘のすすり泣きが聞こえた。
「おばあちゃん、寝ちゃったの?」
まだ小さい孫には、私に何が起きたのかわからないのだろう。私は自分の体から抜け出た。私の体を囲んで、子供たちが孫たちを連れて集まっているのが見えた。みんな私が死んだことを悲しんでいるようだ。死後、人間がどうなるのか私は知らなかったが、とりあえず死んでも意識はなくならなかった。子供に話しかけてみたが、こちらには気づかない。私はこれからどうなるのだろう。
私の傍らに一人の男が近づいてきた。ふわふわのシーツのようなものをまとっている。驚いたことに背中には羽が生えている。天使だろうか。彼は、カルテらしきものを小脇にかかえていた。
「お疲れさまでした。今回のあなたの人生はこれで終わりです。楽しかったですか?」
「ええ。幸せな一生でした。長生きできたし、何不自由なく暮らしてこられました。子供たちもみんないい子でした。」
彼は、カルテを見ながら言った。
「でしょうねえ。はじめの設定がこれですもんね。」
「は?」
「いやあ、もう忘れておられるんでしょうなあ。生まれる前に決めたじゃないですか、あなたの今回の人生。」
「はあ。」
「金持ちの家に生まれて、美人に育ち、スタイルも頭も良く、幸せな結婚。優秀な子供に恵まれ、戦争や災害、事故に遭うこともなく、大きな家に住み、ほしいものは何でも買えて、長生きする。これで幸せと思わなけりゃあ、あなた、罰が当たりますよ。」
「私、そんなこと決めてから生まれたんですか?」
「そうですよ。私は、何か一つくらい悪くしておかないと後が大変ですよと申し上げたんだが、あなた頑固でねえ。全部良くなきゃ嫌だって言うからこんな人生になっちゃったんですよ。」
「はあ。いけなかったんでしょうか、私。」
「まあ、似たような人生を選んだ人でも、終わってから不幸だったなんて嘆く人もいますけどね。でも、金持ちの虚しさも感じずに一生終えちゃったのは、ちょっと脳天気でしたなあ、ははは。 」
「私はどうしたらいいんでしょう。」
「次に生まれるときにはねえ、何か一つくらい悪くしておくことでしょうねえ。そうじゃないと人間、進歩しないから、ずっと生まれ変わりっぱなしですよ。それが楽しいと言って飽きもせず続けてる人もいますけどね。でも、幸せだったとはいえ、それなりに大変だったでしょう、地上で生きるのは。」
「ええ、確かにいろんな苦しいこともありました。生まれなくてよくなればその方が幸せかもしれませんね。」
「でしょう。あなたは結構わかってる人だ。じゃあ、次は何か悪くしましょうね。ううんと、このカルテによるとですね。ふむふむ。ああ、あなたねえ、美人だったからかなりモテましたねえ。傷ついた男が何人もいますよ。あと、ほらあ、すごい金持ちだったから、無駄遣いがひどかったなあ。」
「そう言われると確かに…。」
「じゃ、次はこんなのどうです?ブスの一生。」
「…つらそうですねえ。」
「つらいですよう。まあ、気の持ちようではあるんですけどね。それが克服できればこの問題はクリア。次のステップに進めます。あとこれはどうですか?貧乏な一生。そうだ、いっそのこといっぺんにやったらどうでしょう、一気に片付きますから。ブスで貧乏な一生。」「ここが死刑囚ばかりの刑務所だ。」
「たくさんいるな。みんな殺されるのか?」
「そうだよ、一人残らず。死刑は必ず執行される。」
「皆、その日を待っているのか。」
「だから、暗い顔してるだろ。」
「でも、結構楽しそうにしてる奴もいるぞ。」
「自分が死刑囚だってこと忘れてるんだろう。」
「忘れていられるものなのかな。」
「ははは、どこにもお気楽な奴はいるものさ。」
「どのくらいで執行されるんだ?」
「人によって違う。長くて100年だな。」
「ふうん。たった100年の命か。」
「そろそろ帰ろうか。」彼らはその青い星を後にした。
神父は、いつものように神への祈りを済ませると、テーブルについて朝のコーヒーを飲みながら新聞を広げた。1面には政治家の汚職、社会面には陰惨な殺人事件。神父はため息をついてつぶやいた。
「毎日暗いニュースばかりだ。世の中腐りきっているな。」
神父はやれやれと首を振って目をつぶり、日頃よく考えていることを口にした。
「全く、しょうもない奴が多すぎる。人間が全て私だったら、この世は平和で理想的な社会になるだろうに。」
神父が再び新聞に目を落とした時だった。
「夢を叶えてやろうか。」
どこからか聞こえてきた声に、神父は驚いて辺りを見回した。
「ははは。周りには誰もいないよ。私はおまえの心に話しかけている。」
「だ、誰だ。」
「こんなことができるのは誰だと思うかね。まさか神父ともあろう者が、神の存在を信じていないわけじゃあるまい。」
「か、神様…。」
「そうだ。おまえはいつも一生懸命祈っているから、ちょっといい思いをさせてやろうかと思って出てきたんだ。」
「それはありがとうございます。どんな思いをさせていただけるんでしょう。」
「おまえはさっき、人間が全て自分だったらいいと言っていたな。」
「はい。この世は低レベルな人間が多すぎます。全て私なら、悪事も犯罪も起きない、平和な社会が築けるでしょう。」
「そうか。ではその夢、叶えてやろうか。」
「は、はい。でも、そんなこと本当にできるんですか?」
「無礼者!私は神だぞ。できないことなどあるものか。」
「し、失礼しました。よろしくお願いします。」
「わかった。ではおまえが明日の朝目覚めた時から、この世の人間は全ておまえになっているぞ。」
声はそこまで言うと途切れた。声が聞こえなくなってみると、神父はこの不思議な体験が本当に起こったことなのか、夢でも見ていたのか、半信半疑になった。でも、確かに自分はその声と会話したし、信じられないような約束までした。神父は、とにかく明日の朝起きたら社会がどうなっているか確かめてみようと思った。神父は、楽しみなような不安なような気持ちで一日を過ごした。翌朝、目を覚ました神父は、ちょっと急いで神への祈りを済ませた後、期待感と、怖さの混じった気持ちで新聞を開いた。本当に全ての人間が自分になったとすれば、暗いニュースはなくなっているだろう。神父は記事に目をやった。そして、がっかりした。記事は昨日と変わっていなかった。やはり汚職や、陰惨な事件を告げていた。神父は、昨日のことは夢だったのだと思った。その時、声がした。
「どうだ。人間が皆おまえになった感想は。」
神父は耳を疑った。でも、確かに聞こえている。
「神様。約束はどうなったのですか?今朝から、全ての人間を私にしてくれるとおっしゃったのに、何も変わっていないようです。」
「何を言っている。私はちゃんと約束を果たしたぞ。」
「そんなはずはありません。昨日と何も変わっていません。犯罪もなくなっていないじゃないですか。」
「それはおまえがそれを起こしたからだろう。」
「冗談じゃありません。私はそんな愚かな心は持っていません。」
「ほほう。大した自信だな。絶対にそう言いきれるか。」
「はい。私は神父です。聖職者の名に恥じるような気持ちは持たないし、行動もしません。」
「おまえは人を憎んだことはないか?」
「それは最近はないと思いますが、昔、未熟だった頃はあったかもしれません。」
「女の体に興味を持ったことは?」
「そ、それは男ですから興味がないと言えば嘘になります。でも、私は欲に負けないよう自分を戒め、清く正しく生きるよう努力しています。」
「そうか。それだけわかれば十分だ。事件はおまえが起こしたのだ。」
「ええっ!な、何をおっしゃるんですか。私はあんなことをするようなレベルの低い人間ではありません。」
「愚か者め!おまえのその傲慢な考えだけでも十分に犯罪を引き起こす要素はあるわ。」
神父の額に脂汗が浮いた。唇は痙攣し、握った拳はわなわなと震えた。「いいか。おまえは現在、自分は清くて正しいと思っているようだが、おまえの心の奥底には悪が巣くっているのだ。環境や条件が違えば犯罪でも十分に起こし得るということだ。」
「そ、そんなはずは…。」
「世の中の人間は皆それぞれ違った環境や経験の中で生きているのだ。おまえはたまたま神父になる道を歩んできたが、全く違った育ち方をすれば、全く違った人生になっていたということだ。」
「私が金のために世間を欺いたり、女に乱暴したというのですか。」
「おまえがなり得る全ての可能性を考えねばいけないのだ。神を信じない生き方を選んだとしたらどうだ。性的欲求が人一倍強い体に生まれついたとしたらどうだ。」
「ううう…」
「だから、安易に人を責めたり、蔑んだりしてはならないのだ。あらゆる可能性を考えれば、どんな人間だっておまえと大して変わらない。それに、世の中にはさまざまな成長過程の人間がいる。ある程度成長すればおまえのような考えを持つ人間だって、もっと未熟なうちは何をしでかすかわからない。」
「…………」
「人間はな、おまえが考えているほど単純なものではないのだ。欲もあれば良くない考えも起こす。それが人間というものなのだ。ありのままの人間を見つめられないおまえがわかったようなことを言えると思うか。」
「私は、人に恥ずかしいようなことはせずに生きてきた。失敗はあっても反省した。悪いことなどしていない。私の生き方が間違っていたというのですか?」
「そうは言っていない。ただ、おまえは悪いことをしなければよいと思っている。悪いことというのも曖昧なものだが、おまえは悪いことを自分と別の世界に追いやって、それで済むものだと思っている。自分の心にある悪から目を背けているだけでは悪は克服できない。」
「じゃ、じゃあ、一体、何が正しいのでしょうか。私は何を信じて生きていったらいいのでしょう。」
「何を信じればいいかだと?甘えるんじゃない。おまえは自分で考え、自分が納得したように生きなくてはいけないのだ。人が言ったことに従うだけで、人に責任を押しつけるな。」神父は頭を抱え込んだ。自尊心を叩きつぶされた気がした。今まで自分が守り、生きるよりどころにしてきたものを根っこからひっくり返された感じがした。神父は血走った目で顔を上げ、声に向かって叫んだ。
「お、おまえは神じゃない。悪魔だ!私を陥れるつもりでやってきたんだろう。」
声はしばらくの沈黙の後、答えた。
「確かに…私は悪魔かもしれない。神ならこんな風に出てきたりはしない。神父ならそのくらい知っておくんだな。」
神父は床にへなへなと座り込み、呆然となった。
「まあ、そうがっかりするな。全ての人間がおまえなら、その全ては神でもあるのだ。あらゆる存在の中で、神でないものは一つもない。悪魔である私ですら、神の一部だから存在していられるのだ。」「おまえがあの事件の犯人か。よくあんな完全犯罪を思いついたもんだな。こっちは迷宮入りだとあきらめてたところだ。なぜ自首する気になったんだ。」
「目撃者がいたんだ。一部始終を見ていやがった。」
「目撃者?うちの敏腕刑事が何人もで捜しても、猫の子一匹見つけだせなかったんだぞ。一体、誰が見ていたと言うんだ。」
「…………俺だ。」「さあ、昔の霊現象がどういうトリックだったか再現してみよう。」
「準備はいいぞ。」
「まずだ。インチキ霊媒はこのように、この椅子に座った。」
「そうだ。そして腕は肘掛けに縛りつけられた。」
「こんな感じかな。」
「そうだな。そして霊を呼んだんだ。」
「ここが肝心だ。変な声を出して皆の意識を自分に集中させておいてだな、そーっと足を伸ばしたんだ。」
「そうそう、そうやってテーブルの足をゆっくり持ち上げた。」
「ほうら、こうやってテーブルは宙に浮いたんだな。」
「すかさず皆の意識がそちらにあるうちに腕のひもをほどき、このベルを鳴らした。」
チリリリ〜ン!
「そうそう。それから皆がそっちに気を取られている隙に、これを投げたんだ。」
「そうだ、うまいうまい。」
「こんな単純なトリックにひっかかるんだもんな。人間の思い込みほど怖いものはないね。」
「ま〜ったく、ばかばかしいったらありゃしない。」
「わはははははは。」
「先生、この部屋なんですよ。」
「ここが例の部屋ですか。」
「ほら、見てください。ひとりでにテーブルが浮き上がったり、ベルが鳴ったりしているでしょう。毎晩なんですよ。薄気味悪くて寝ていられません。」
「ほう、なるほど。これは明らかに霊現象ですな。」
「被告に判決を申し渡す。懲役70年。」
「な、70年ですかあ。もう少し短くなりませんか。」
「ならぬ。そなたの自己中心的な考え、とどまるところを知らぬ欲望、愛のない行為は許し難い。地獄に行って深く反省してまいれ。それ、行けーーーっ!」
「ひええっ、ご勘弁を!うわあああーーーーーーーっ!」「オギャーーーーーーーッ!」
「おめでとうございます。よく頑張りましたね。ほうら、可愛い男の子ですよ!」