お金のいらない国5〜お金の正体は?〜

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ふと立ち寄ったコンビニには、見覚えのある人がいた。店にはちょっと不釣り合いなスーツ姿で、興味深そうに並んだ商品を見ている。間違いなくお金のいらない国の紳士だった。私は声をかけた。

「ご無沙汰しています。また来てくださったんですね」

「ああ、こんにちは。楽しいですね、ここは」

私は笑って聞いた。

「何かほしいものがありますか。お金は持ってないんでしょ」

「あはは、そうですね。ここではこれを手に入れるにはお金というものが要るんですもんね」

私は、紳士が食べてみたいというスナック菓子などをいくつか買って、一緒に私の家に行くことにした。家に着いてお茶を入れ、私と紳士は向かい合って座った。私は言った。

「お久しぶりですね。15年ぶりくらいでしょうか」

「ああ、地球では時間というものがあるんですよね」

「え?ええまあ」

紳士はスナック菓子を一つ口に入れ、嬉しそうな顔をして、二、三度うなずいた。

 

私は言った。

「あれからどうされていましたか」

「私は、掃除の仕事や、本を書くことを続けています。あなたは」

「私はいろいろありましたね。結婚したり、子供ができたり。今日は二人とも出かけてるんですが」

紳士は笑顔で言った。

「ああ、結婚というのをされたんですね。楽しいですか」

「ええ、今のところは。子供は面白いですよ」

「子供はかわいいですよね。人間の子も動物の子も」


紳士は聞いた。

「お金はどうですか。この社会にはまだあるみたいですね」

「ええ。相変わらずこの社会はお金中心に回っています」

紳士は困ったような顔で微笑んだ。私は言った。

「でも、結構、お金の社会はおかしいと言い出す人も増えてきましたよ」

「でしょうね。そろそろ気づかないとね」

「最近やっと落ち着いてきましたけど、ここ数年、コロナウイルスなんていうのが世界中で流行ったんです。たくさんの人が亡くなり、仕事が無くなったり、会社やお店がつぶれたりして大変でした」

「歴史を見れば、そういうこともときどき起きていますよね」

「外出が禁止されて、いろんな商売が成り立たなくなったんですが、お店なんかはその上、家賃は払わなくてはならなかったりしてつぶれちゃうんですよね。で、一度つぶれてしまうとコロナが収まっても復活できない」

「なるほどね」

「お金の社会でなければ、いくら休んだって、再開できると思うんですけどね」

「お金の社会である以上、そういうことが起こった時の対策を、社会として考えておかないとね」

「ですよね。次に同じようなことが起きた時にみんなが困らないようにしないと。でも、どうすればいいのかな。過ぎてしまうと忘れそうだし」

「何事も、起きたということはそこに必ず学ぶべきことがあるはずです。過ぎたから安心するのではなく、反省と次への準備が必要ですね」

「不安だよなあ。しばらく前の震災の後、せっかく止めた原発も、政府は再稼働だとか、新設するとか言ってるし」

「やはり、根本的に社会のあり方を見直さないといけないでしょうね。危険なものに頼らなくても済む方法が、きっとあるはずですよ」


私は話題を変えた。

「最近はね、キャッシュレスが増えて、現金はあまり使われなくなったんですよ」

「どうしているんですか?」

「昔からクレジットカードはありましたが、最近はいろんなカードや、携帯電話でも買い物ができるんです」

紳士は少し間をおいてから言った。

「お金って何だと思いますか?」

「え。物を買うための道具ですよね」

「そうですね。じゃあ、お金を具体的にイメージすると?」

「紙幣と貨幣かな」

「でも現金は使われなくなってきてるんですよね」

「ええ。となると銀行の通帳の数字かな」

「数字がお金なんですか?」

「そういうことになりますね」

「でも、数字は数字ですよね。実体があるわけではない」

「ええ。でも、その数字で物が買えるんです」

「そうですね。それはそのように社会が決めているからです。その数字と物とを交換できるという約束がされている」

「ええ」

「でもその約束事がなくなれば、数字に実体はないし、価値もない」

「そうですね」

「ということは?」

「え?」

紳士は大きく一呼吸してから言った。

「実は、お金というものは存在しないんです」

存在しないとまで言われてしまうと、私は少し不思議な気持ちになった。

「……ではお金とは何なんでしょうか」

「私が定義するなら、お金とは『交換の権利を数字で表したもの』です」

「なるほど。権利だから実体はないんですね」

「そうです。紙幣や貨幣だって食べられるわけでもないし、それ自体に価値はないんですが、数字だけでよいとなると、いよいよ実体がないことがはっきりしてきます」

「人間は、ないものをやり取りしているわけですか」

「そうです」

「でもその、ないものがないと生きていけない。ないもののために苦しんで、ないものを奪い合っている」

「人間がそういう社会にしてしまっているからです」

 

私は言った。

「お金は、持てるものを制限するためにあるのではないでしょうか」

「手に入れた数字の分しか物が買えないようになっているってことですね」

「はい。世の中からお金をなくしたら、皆がたくさんのものを持って行ってしまい、奪い合いになるんじゃないかと言われたりします」

「必要以上のものを持って行く必要はないと思うんですが」

「そうなんですけどね。でも、今でも何かがなくなるというデマが流れたりすると、すぐ買い占めとか起きるし」

「本当になくなりそうなものは皆で分けるしかないと思いますが、あらゆるものが足りている状態なら、お店から必要な時に必要なだけもらってくればいいと思います」

「そうですよね。余分にもらってきたら、置いておく場所も要りますからね」

「まあ、それは人々がその状態に慣れて、他の人のことを考えるようになれば大丈夫でしょう」


私は言った。

「現在、世界ではどんどん貧富の差がついていて、国家予算ほどのお金を持っている人もいれば、今日食べるものさえ買えない人もいます」

「ほう」

「それに大金持ちはいろんな力を持つようです。だから多くの人はお金持ちになりたがる」

「でも、金持ちになれる人なんてほんの一握りでしょう」

「ええ。それなりの金持ちはたくさんいますが、ものすごい金持ちはごく一部です」

「そういう金持ちは、貧富の差をどう考えているんでしょう」

「さあ。人によると思いますが。お金を配ろうとしているお金持ちもいるみたいですけど」

「本当は、別に誰かがあげなくてもいいんですけどね。実体のないものなんですから、足りない人がその権利を持つことを社会が認めさえすればいい」

「貧しい人の通帳に、ただ数字を印字すればいいってことですね」

「そうです。紙幣を印刷する必要もありません」


私は考えた。

「数字をただ作ればいいなら、政府が必要とするお金もそうすれば、税金は要りませんよね」

「税金とは、国民から徴収するお金ですね」

「そうです」

「確かに、社会に必要なお金は、政府が必要なだけ作ればいいと思います。数字は無限ですから」

「今は、お金は誰かが借金をしたときに銀行が作れることになっていて、政府がした借金は、国民に国債として買わせたりするみたいです」

「ほう。親が子供に借りているようなものですね」

「でも政府は、借金が何百兆円あって大変だ、国民一人当たりいくらの借金だとか言ってます」

「ははは。そんな借金はいくらあったって誰も困りませんよ。ただ数字が増えるだけなんですから」

「なるほど」

「それは、政府も実態がわかっていないか、税金を取ることを正当化するために、国民に心配させようとしているだけだと思いますよ」

「もし税金がなくなったら、国民は大喜びすると思いますが、お金が存在しなくなれば、税金どころかすべてのものがタダですもんね。夢みたいな話です」

紳士は笑って言った。

「お金はもともと自然界には存在しないし、今でも実体はないわけですからね。私たちから見ると、地球の人たちはそのお金のためにたくさん仕事を増やし、非常に複雑化した社会をよく長いこと続けていられるものだと感心してしまいます」

「ですよね。何をするにもいろんな手続きとか、とにかく面倒なのはお金のことばかりです。見積書だ、請求書だ、自営業の人は確定申告とか毎年やらなきゃならないし」

「ご苦労なことです」

「お金のために余計なものを作って売って、山ほど捨てて。いろいろ悪いことを考えたり。世の中、狂ってしまっていると思います」

「お金の存在しない社会から見ると、ほんとに不思議です」

 

「あと、日本では、少子化も問題になっています。ここのところ人口が減り続けているんです」

「何か不都合があるんですか」

「高齢者の割合が多くなると、働き手が減って、いろいろ問題が起きるみたいです」

「以前にも申しましたが、日本の国土では三千万人程度が適当なんです。人口が減れば食料やエネルギーも少なくて済みますから、余裕ができると思いますよ」

「まあ、そうなんですよね。やっぱり問題になるのはお金のことなんでしょうね」

「世界で見れば人口は増えていますよね」

「今は80億人です。ここ30年で、30億人くらい増えていると思います」

「その方がよほど問題ですよね」

「人口が増えているのは途上国なんですが、その理由は働き手を増やさないとならないからで、やはり原因は、先進国との不公平な取引のようです」

「お金の弊害は計り知れませんね」


紳士は一呼吸おいてから言った。

「すぐにはお金を無くせないとしても、もう少し貧富の差がつかないようにすればいいのにね」

「どうすればいいんですか」

「仕組みを変えればいいだけです」

「どのように?」

「お金に、使える期限を設ける。または、だんだん価値が減るようにする」

「なるほど」

「自然界のものは時間が経つと必ず劣化するんです。傷んだり腐ったり」

「そうか。腐るならその前に使うしかないですもんね」

「お金にもそういう性質を持たせればいいわけです」

「そうすれば誰もがお金をどんどん使うようになるでしょうね」

「ですね。お金を道具として存在させるなら、人の間をどんどん流れるようにしないと健全な社会にはなりません。お金は血液のようなものですから、滞らせてはいけないんです」

「お金持ちがため込むから貧富の差がつくんですね」

「その通りです。だからと言って、お金持ちにあまり余計なものを買われても資源の無駄だと思うんですが、お金持ちは、そのお金をどう使うかの責任があると思います」

「一生遊んで暮らせるくらいのお金を得たなら、それ以上は要らないと思うんですけどね。貧しい国を助けるなどした方がいいと思うんだけど」

「まあ、お金持ちにもいろいろな人がいるでしょうし、それぞれの考えもおありなんだとは思いますが」

「やっぱりそこまで貧富の差のつく仕組みがおかしいんだよな。持てるお金の上限でも決めたらいいのに。銀行に預けておけば利息も付きますしね」

「わざわざ貧富の差がつくような仕組みにしているわけです」

「ですよね。本気で平等にするつもりなら仕組みを変えないとな」


紳士は言った。

「そして、これもよく考えてほしいんですが、お金は、地球の資源とは全く関係がないんです」

「人間の社会でお金が増えようと減ろうと、資源には関係ありませんからね」

「そうです。人間は、限りある資源を分け合って生きるしかありません」

「今は奪い合ってますね。だから環境破壊も止まらない」

「森林減少の勢いはすさまじいですし、いずれは地下資源も底を尽くでしょう」

「SDGsだとか、地球を救おうとか、いろいろ言われてはいるんですが」

紳士は笑った。

「地球は別に、人間に救ってもらおうとは思っていないと思いますよ」

「地球環境が悪くなって困るのは人間で、地球にしてみれば人間がいなくなったって問題はないですもんね」

「人間がいなくなれば環境破壊はなくなりますし、いずれは美しい地球に戻るでしょう」

「ですよね。人間はいない方がいいのかな」

「まあ、そうなると、地球を作った意味もないですけどね」

「え?」

「とにかく、人類には、もっと宇宙的視点を持ってほしいですね。少なくとも、既に地球周辺の宇宙には出て行けているわけだし、地球が球体で、人間はその地球上のほんのわずかな空間でしか生きられないこともわかっているのに、まだその環境を破壊しようとしている」

「ですよね。バクテリアのような人間が、貴重な自分たちの住処を壊して、お互いを殺し合ったり」

「マネーゲームに明け暮れて。命よりお金を大事にしてるみたいですね」

「支配欲もあるのかもしれませんね。お金がなくなったら、力の強い者が支配して、暴力の世界になるんじゃないかと言う人もいます」

「まあ、可能性はあるかもしれませんが、そういう人はお金のある社会でも、暴力で支配しようとするんじゃないんですか」

「確かに。今でも戦争は起きていますからね」

「では、お金の存在が暴力を抑制できているわけではないでしょうね」

「そうですね。お金が原因の戦争は多いと思います」


紳士は言った。

「どうして他の国を敵とみなすんでしょうね。助け合えばいいと思うんですが」

「自分の国を守るために、戦わないといけないと思ってるみたいですね」

「たとえ攻められても、やられたらやり返すを繰り返していては、戦争は終りません。終わったとしても、取り返しのつかない犠牲と、禍根を残すでしょう」

「全くです。過去の戦争はみんなそうなっています。人類は同じ失敗を何度繰り返してもわからないようです」

「暴力で物事が解決できると思っているうちは、平和は望めません。まあ、海の向こうに何があるのかわからなかったような頃は仕方なかったのかもしれませんが、地球が丸くて、どこにどんな人たちが住んでいるかなどもほぼ分かったなら、もう戦う必要はないと思うんですが」

「そうですよね。でもいろんな国があるし、人類の歴史を見ても戦いの連続です」

「確かに地球上ではたくさんの争いが起きてきました。でも、人類は初めから戦っていたわけではないんですよ」

「日本でも縄文時代は平和だったって言いますよね」

「そうです。世界でも、侵略が始まったのはそう昔のことではありません」

「どこでも先住民族は非常に優れていて、よい社会を築いてたみたいですもんね」

「そうですね。お金も存在していなかったし、平和でした」

「やはりお金が生まれてから戦うようになったんでしょうか」

「大きな原因だとは思います」


私はちょっと話題を変えてみた。

「身近な人にお金のいらない世界の話なんかしていると、皆がやりたがらない仕事はどうするんだとよく聞かれます」

「どういう仕事ですか」

「例えば、3Kと言われる、きつい、汚い、危険といったような」

「なるほど。今はそういう仕事は、誰かがお金のためだからやっているわけですか」

「それだけでもないとは思いますけど」

「その仕事が社会に必要なら、お金をもらえなかったとしても、誰かがやるのではないでしょうか」

「そうですよね。そういう仕事をしたら皆に称賛されるでしょうしね」

「お金のいらない社会になったら、お金のためだけにやっていた仕事は辞める人は多いかもしれませんが、皆がやれることをやれば社会は回ると思いますよ」

「私もそんな気がします」


「それに、社会からお金がなくなると、仕事は激減しますよ。お金絡みの仕事や職業はすべてなくなりますから。お金絡みの犯罪もね」

「楽になりそうですね」

「たぶん、あなた方に比べたら、私たちの暮らしはとても楽だと言えると思います」

「自由な時間が増えそうですね。たくさん遊べそうだな」

「私たちは、仕事と遊びを分けて考えないんです。例えば、歌を聴いてほしい人は、聴いてくれる人がいるから歌えるわけです。芝居も、見てくれる人がいるから演じる意味があるんです」

「あらゆる行為は、受けとってくれる人がいて初めて成り立つってことですね」

「そうです。そして、お互いが感謝することで、お互いが幸せになれます」


想像すると、私はなんだかいい気分になってきた。

「いいなあ。お金の心配もなく、みんなやりたいことができて、幸せな世界」

「まあ、幸せと感じるかどうかは、どんな境遇でも人それぞれなんですけどね」

「はたから見ればとんでもない状況でも、幸せを感じられる人は幸せなんでしょうからね」

紳士はうなずいて微笑んだ。


私は言った。

「私は以前、お金のいらない世界を経験しましたから、周りの人によくそういう話をするんですが……」

「信じてもらえますか」

「変に思われても困るので、想像したことだと言って話すんですが、反応はほんとに人それぞれですね」

紳士は笑った。

「でしょうね」

「ちょっと話しただけで、自分もそう思っていたと言ってすごく喜んでくれる人もいますが、大反対する人もいます」

「わかってくれる人にだけ伝わればいいんですよ。反対する人に押し付けてはいけません」

「ええ。議論はしないことにしています」

「正しい判断です。その場でいくら話し合ったって、理解したくない人には通じませんから」

「まあ、お互いの意見を出し合うことはいいと思うんですが、どちらかが言い負かしたところで意味はないですしね」

「そういうことです。少なくともその時点では意見が違うわけですから、ある程度話して折り合いがつかなければ、結論を出そうとする必要はないでしょう」

「以前は反対していた人が、何年かしてわかってくれることもあります」

「でしょう。人にはそれぞれのタイミングがあるんです。反対する人は、いろいろ自分なりに考えているんでしょうしね」

「そうですね。考えているから反対意見も生まれる。賛成も反対もしない人の方が実は厄介なのかもしれませんね」

「愛の反対は、憎しみではなく無関心なんて言われますよね。元の言葉とは少し意味合いが違うかもしれませんが、愛と憎しみは考え方の違いだけで、きっかけがあれば大きく変わる可能性がある。考えない人が一番遠い存在であるとは言えると思います」

「他の反応としては、そういう世界があったら行きたいとか、理想かもしれないが、実現は無理だろうとか……」

「わかります。自分ではあまり考えないタイプの人ですね」

「でね、思ったんですけど、例えば2割の人が大賛成して、2割の人が大反対しても、残りの6割の人はそんなにはっきりした意見はなくて、どちらかにつくと思うんですよ。だからその6割の人がもし賛成したら実現するだろうと。賛成が8割になりますからね」

「正しい計算じゃないですか?」

「ですよね。どのみち人間の作る社会なんですから、多くの人がそうしたいと思うならそうすればいいだけ」

「おっしゃる通りです」

「実際にお金のいらない世界になってしまえば、誰がいくら反対したところでもうお金は通用しませんしね」

紳士は笑った。

「その通りです」


「あと、お金のいらない世界は、実現が第一目的ではないということもよく言います」

「と言いますと?」

「すぐには実現できないだろうということもあるんですが、実現できないからと言って想像することに意味がないとは思わないからです」

「それは大事なことです。想像もしなければ絶対に実現はしません。あらゆる発明は、想像から生まれるんです」

「たとえ実現しないとしても、お金のいらない世界、あるいは自分が理想と思う社会を自分の心の中になるべく具体的にイメージして、その視点から今の社会を見て、考えてほしいと言っています」

「そうですね。そうやって考えれば、社会のおかしさに気づきやすいでしょうね」

「ね。みんな、素直なのか何なのか、今の社会の常識や習慣にとらわれすぎてると思うんですよ。もちろん、この社会を生きていくにはそれなりに合わせておいた方が楽な面もあるんですが、みんなすごく我慢したり、あきらめたりしている気がする」

「そのようですね」

「社会と合わない自分が悪いのだと考えたり。自殺してしまう人も多いです」

「それは非常に残念ですね。生まれてきたことには何か意味があると受け止めて、生きられる限りは生きてほしいと思います」

「望む望まないにかかわらず、起きることや出会う人には、みんな意味があるってことですよね」

「そう前向きにとらえて、どんなことからでも何かを学んでほしいと思います」


「私はそんな話をさせてもらっているおかげで、ここ数年で、ずいぶんいろいろな人とつながることができましたよ」

「どんな人ですか」

「例えば、環境問題に詳しい人やお金の仕組みを熟知している人。エコビレッジを作ろうとしている人や、過去にお金の存在しない社会を経験してきたという人まで」

「いいですね」

「みんなそれぞれ、いろんな活動をしています。とてもありがたいのが、そういう人たちが皆、口をそろえて、私の話す『お金のいらない世界』を最終的な目標だと言ってくれることです」

「それは素晴らしいですね」

「ええ。皆、やり方はいろいろだけど、私の話をきっかけに、どんな世界を目指すのかという共通したイメージを持ってくれるのはとてもうれしいです」

「それがあなたの役目ですから」

「え?」

「あなたの役割は、理想社会のイメージをできるだけ多くの人に伝えることなんですよ」

「そうなんですか」

「はい」

紳士があまり自信ありげに言うので私は驚いてしまった。

「ただ、私がそういう話をすると、では実現するにはどうすればいいのかともよく聞かれます」

「あなたは最終目標となるイメージを伝えればいいんです。そこに至るための方法は、皆で考えればいいことです。あなたの一番の役割は、現在の社会をどう変えて行くかより、皆に、最終的なイメージを持ってもらうことです」

紳士は深呼吸してから言った。

「そろそろあなたにお話ししてもよさそうですね」

私はちょっと身構えた。

「以前、私のいる世界にあなたに来ていただいたのは、あなたに、これから目指すべき地球をイメージしていただくためだったんです。あなたをお連れしたのは、見た目はそれほど地球と変わらないところですが、それでもお金が存在しないというだけで、あれだけの進化を遂げられることがおわかりいただけたかと思います」

私は声が出なかった。

「地球は今、次元上昇の直前にいます。次元上昇すると、以前あなたが見られた世界の他にも、たくさんの想像もできないような世界につながることができます」

紳士は、固まっている私にちょっと笑いかけた後、続けた。

「宇宙には、これは別次元も含めてですが、たくさんの人がいて、皆、これから地球がどうなるのか、興味津々で注目しています。文明はそれなりに進歩しているのに、地球ほど長い間、お金中心の社会を続けている星は非常に珍しいんです。これから地球の人々がどう変化し、どんな星になっていくのかは宇宙のビッグイベントです」

私は驚きながらもなんだかワクワクしてきた。しかし、紳士はちょっと顔を曇らせた。

「ですが、人類がここでどういう選択をするかで地球の未来は大きく変わります」

「次元上昇できると決まっているわけではないんですね」

「はい。はっきりしたことは申し上げられませんが、これからの人々の考え、行いによって、地球では自然現象も含めてさまざまなことが起き、未来は決まっていくと思われます」

私は現在の人間社会の状態を考えると、不安になった。紳士は続けた。

「ここで地球の人類が、お金の本質などに気づいて方向転換できれば次元上昇が可能になりますが、今のまま環境破壊を続けたり、最悪、核戦争などを起こすようだと、残念なことになるでしょう」

「私たち次第ってことですね」

「そうです。以前も申しましたが、あなたたちの考え、行いによって地球の未来は全く違ったものになります」

 

私は目をつぶって想像した。

澄んだ空気やきれいな水。夜になれば空には満天の星が輝き、世界中の人々、子供たちの幸せそうな笑顔。誰もが本当に自分のやりたいこと、好きなことがやれて、分かち合う喜びに満ちた世界。

また、黒煙の中、世界中に雨のように降る無数の弾丸。銃声と悲鳴。核爆弾で一瞬にして吹き飛ぶ町。山のような死体。焼けただれ、血みどろの人たちが泣き叫びながらさまよい歩く世界。

私の脳裏には、天国と地獄のような光景が、交互に光るフラッシュのように展開するのだった。


ふと気がつくと、私は自分の部屋で座っていた。いつの間にか、うとうとしてしまったらしい。見回しても紳士はいなかった。

夢だったんだろうか。しかし、目の前には飲みかけのお茶の入った茶碗があり、茶碗はもう一つあって、そちらは空になっていた。開けてあるスナック菓子の袋の中身は、きれいに無くなっている。

数えると、買ったはずのスナック菓子の袋が一つ無かった。

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