お金のいらない国2〜結婚って?家族って?〜

ふと目を覚ますと、私は見覚えのある部屋のベッドで寝ていた。そうだ、ここは私の家。お金の存在しない社会に暫く住んでいた時の私の家だ。ベッドから飛び起き、家の中を小走りに見て回った。見慣れた家具、照明。リビングルームの壁に内蔵された立体テレビもつけてみた。みんなあの時のままだ。それから外に飛び出した。すがすがしい空気、明るい太陽、風に揺れる木々、鳥の声。自然の中に人工物が見事にマッチした懐かしい風景。やった!また来ることができたんだ、お金のいらない国。

朝の町を歩いてみた。散歩してる人、仕事に向かう人。何人か知った顔にも出会ったが、みんな私がずっといたかのように、驚くでもなく気軽に挨拶してくれた。さまざまな人種の人たちが平和に暮らす社会。ほっとすると同時に喜びが胸にあふれてきた。

私は紳士に会いたいと思った。すぐに連絡がつき、午後に会う約束をした。私が前に来た時、紳士と初めて出会った場所で待ち合わせた。紳士は、やはり品のよいスーツをさりげなく着こなして現れた。
「やあ、お久しぶりです。お元気でしたか?」
私は笑って答えた。
「はい。でも私の国は、まだお金に振り回されていますから暮らしにくいですよ」

私たちは、以前、紳士が連れて行ってくれた喫茶店に入った。見覚えのあるウェイトレスが愛想よく注文をとってくれた。紳士が言った。
「相変わらずあなたの国の人たちは、お金中心の生活から抜け出せずにいるんですね」
「ええ。何をするにもまずお金です。お金さえあれば世の中何とでもなると思っている人も多いと思います。私が、お金は水や空気のように自然界に存在するものではなく、人間の考え出した道具に過ぎない。だから、無くても生きていけるはずだし、みんなその方が幸せになれるんじゃないかと言っても、なかなか耳を傾けてもらえません。時々、わかってくれる人もいるんですけどね」
「まあ、長年の習慣から発想を転換するのは難しいことなんでしょうね。でも、理解してくれる人がいらっしゃるのでしたら、そのうち何らかの成果が表れると信じて、地道にお話を続けて行かれればいいと思いますよ」
「ええ。いつか私たちの地球も、ここのような理想的な社会にしたいと思っています。システムを変えるまでに至るのは、いつになることかわかりませんけど」

紳士が言った。
「私ね、前回あなたがいらした時に初めてお金というもののお話をお聞きして、とても興味を持ったんです。なぜそんなものが必要とされていたのか、どんなシステムでそれが動かされていたのかとかね。それで、あなたのいらっしゃる時代の地球について、いろいろ調べてみたんですよ」
「そうなんですか。何かわかりました?」
「ええ、いろいろ驚かされたし、面白かったです」
「例えば何が面白かったんですか?」
「例えばですね、経済というものです。お金は、払った方は減って、受け取った方はその分増えるんですね」
私は笑った。
「そりゃそうですよ。ものが取り引きされているんですから当然です」
「いや、もののやりとりを抜きにして考えてみてください。お金は払った額と受け取った額は同額。つまり、プラスマイナスゼロなんです」
「なるほど…」
「お金は常に差し引きゼロなんですよ。だからみんながプラスになることはないし、みんなが豊かになることもない。奪い合っているだけなんです」
「そうか。言われてみればそうですね。私たちの世界では、お金をたくさん儲けた人が成功者のように考えられていますが、自分がお金を手に入れたら誰かが失っているということなんですね。でもそれは、競争社会では仕方ないんですよ」
「お金を貯める競争をしているからですか?」
「ええ。経済社会とはそういうものだと思います」
「でもそれは、豊かな国のことだけを考えているから言っていられることだと思いますよ」
私は言葉に詰まった。

「私の調べたところによりますと、あなたの時代では、あなたの国をはじめとする数カ国で、世界中のほとんどのお金を集めてしまっているようです」
「ああ、確かに。国による貧富の差はかなりあると思います」
「その差はものすごいですよ。貧しい国では食べるものすらなく、毎日何万人もの子供たちが餓死しています」
「何万人もですか?」
「ええ。毎日4万人以上が亡くなっています。あなたの国では毎日3000万人分の食料が捨てられているんですが」
「ええ!ほんとですか。食べ物はかなり無駄にされているとは思っていましたが…」
紳士は、悲しそうな顔をして言った。
「残念ながら、事実です」
私は冷や汗が出るのを感じた。
「経済が差し引きゼロであることを考えると、私たちが豊かになることによって、貧しい国はより貧しくなっているってことですか」
紳士はゆっくりうなずいた。私はため息をついた。
「私は、豊かになった国は、努力したんだと思っていました」
「確かに努力はしたでしょう。でも、それだけの貧富の差がつく過程では、正当かつ公平な取り引きがされたとは考えにくいですね」
「ええ。貧しい国は物価が安い、賃金が安いということで、私の国などは、かなり有利な商売をしてきたと思います」
「豊かな国は貧しい国から何でも安く買い、貧しい国は豊かな国から高く買う、そんなことを繰り返していけば、貧富の差はどんどん広がっていきますよね」
「ううむ。そういうことだったんですか。私たちはずいぶん無茶なことをしてきてしまったようですね」

私は言った。
「でも、私たちの社会では、お金はある程度貯めておかないと不安なんですよね」
「なぜですか?」
「だって、病気になったり、老後、働けなくなったりした時が心配なんですよ」
「お金は、取り合っていると貧富の差がついてしまいますが、ただの道具なんですから、やりようによっては不公平のないシステムも作れると思うんですけどね」
「私たちの世界でも、国によっては学校も病院もタダっていうところもあるんですよ」
「ほう。どうやっているんですか?」
「税金が高いんですよ。税金というのは自分の収入から国に納めるお金なんですけどね。その国は税率が50%くらいなんです。でも、その国の人たちはあまり文句を言わないし、うまく行ってるみたいです」
「じゃあ、その国の真似をすればいいじゃないですか。いっそのこと税率を100%にしてしまえば…」
「ええ!…ああ、でもそうか。そうすれば確かに、お金のいらない国になりますね」
「でしょう?どんな仕事をしていくらもらっても、全部、国に渡してしまうなら差はつかない」
「でもね。私の国では税金があまり上手に使われているとは思えないし、人より金持ちになりたいと思っている人も多いと思いますから、難しいんじゃないかなあ」
紳士は笑った。
「結局、貧富の差をつけたいわけですか。あなたの国の人たちは特に、お金に支配されているみたいですね。でもまあ、確かに簡単なことではないでしょう。そういうシステムを作るには、全国民の理解が要るし、お金の管理者を相当信頼のおける人にしておかないとだめでしょうから」

紳士が言った。
「あなた方の文明は、ここ50年くらいの間に科学などの発達とともに、かなりの進歩を遂げたようですね」
「ええ、経済拡大と、便利、快適を目指して、みんな頑張ったんだと思います」
「まあ、努力はいけないことではないですが、楽をすることばかり目指したり、お金儲けが目的になると、きりがないでしょう」
「ええ。今の私の国なんかは、もう十分過ぎるほど便利だし、必要以上に物があふれているんですが、まだ経済を拡大しようとしています。どこの企業も、前年より売り上げを増やそうと必死なんですよ」
「それがお金の怖さですね。一度始めてしまったお金儲けは、途中でやめたり、減らしたりすることはできないんでしょう。永遠に増やし続けることは不可能なんですけどね」
「みんな、何かおかしいと感じはじめてはいるみたいなんですが…」
「そういう無理のある社会では、いろんなストレスや矛盾が生まれるでしょうね」
「ええ。そういったことが原因の病気も増えていると思いますし、私たちはお金儲けのために、大して必要ないものでも作って、売らねばならなくなっています。適当に使ったら捨てて、どんどん新しいものを買ってもらわないとやっていけないんです」
「あなたの社会で行われている大量生産、大量消費、大量廃棄が、貧しい国の人たちの命まで奪っているということに皆が気づいてほしいですね。命はお金には代えられないんですから」
私はうつむいた。
「私たちは何を目指しているんでしょう」

紳士は暫く黙っていたが、ぽつりと言った。
「お金はね、本来、貯めてはいけないものなんです。貯める人がいなければ、貧しい人も生まれません」

紳士は言った。
「そしてもうひとつ、あなた方は重大な過ちを犯しています」
「な、なんでしょう?」
「その進歩とお金を得るために、たくさんのものを作り、捨てたことによって、資源が大量に失われ、環境が破壊されたのです」
「ええ。森林はどんどん無くなるし、地球環境は大変なことになっているようです」
「本当に大切なのは、お金ではなく、地球であり資源なのはおわかりですよね。人の間を回っているだけのお金は増えも減りもしませんが、資源はどんどん失われてしまいますよ」
「そうですね。でも、みんな家計のことは考えて、お金は節約しようとするけど、資源のことはどこまで考えているのかなあ。リサイクルもされてはいますけど」
「リサイクルは必要ですが、それ以前に余計なものは作らないようにしないといけませんね」
「石油があと何十年で無くなるっていう話はよく聞くんですが、みんな何とかなると思ってるんじゃないかなあ」
「誰が何とかしてくれるんでしょうね」
紳士は苦笑した。

「まあ、石油を燃やし続けていること自体がそもそも非常に危険なんですけどね」
「燃やすだけで危険なんですか?」
「化石燃料は、燃やすと二酸化炭素を出すだけで吸い取ることをしませんから、地球上の二酸化炭素は増える一方なんです。また、その二酸化炭素を吸ってくれる森林を、あなた方はどんどん伐採してしまっているんですから、はっきり言って自殺行為ですよ」
「だから地球上は、二酸化炭素が異常に増えているんですね」
「あまりにも急激な増え方をしています。事態は相当深刻ですよ」
「二酸化炭素が増えると、地球は温暖化するんですよね」
「ええ。地球が温暖化すると、南極の氷が解けて海面の水位が上昇します。全部解ければ70メートル上昇しますよ」
「ええ!そんなにですか」
「全部解けなくても、ほんの数メートル上昇すれば、農地、宅地、市街地が水没して、食料も無くなるでしょうね」
「じゃあ、生き残ったとしても、餓死ですか…」

私は暗い気持ちになった。しばしの沈黙の後、私は、はっと気づいて紳士に詰め寄った。
「そうだ、ここは未来の世界なんじゃないんですか?あなたは地球がこれからどうなるか知っているんでしょう?地球はどうしたら救えるんですか?教えてくださいよ」
「ああ、ちょっと待ってください。ここが未来の世界かどうかはお答えしにくいところなんですが、確かに私は、あなた方のいらっしゃる地球の未来を予測できないわけではありません」
「でしょう?だったら教えてくれればいいじゃないですか」
紳士はゆっくり私の顔を覗き込んで言った。
「あなた、本当にそれを知りたいですか?」
「え?」
私は返答に窮した。確かにそれを聞いてしまうことは何か間違っているような気がした。紳士は言った。
「私たちにはお答えできないこともあるんですよ。この先、地球、そしてあなたたち自身をどうすれば救えるかは、あなたたちが考えるべきことです。あなたはこうやってここに来られたのですから、地球でこれからどのように生きるか、何をすべきかは、ご自分で考えてみてください」
私は、何か自分が人類の未来を背負ってしまったような責任を感じた。私のそんな様子を見つつ紳士が言った。
「大丈夫。現在を変えれば、未来は変わります」

私たちは喫茶店を出た。ビルの清掃の仕事に向かうと言う紳士から、別れる前、今晩、自宅へのお招きを受けた。そう言えば以前来た時には、紳士の家や家族のことは何も聞いていなかった。一体どんな暮らしをしているんだろう。私は非常に興味が湧いてきた。

その日の夕方、私は紳士の家を訪ねた。しっかりしているが私が住んでいるのとそう変わらない造りの、この世界では普通の家だった。
「ようこそ」
出迎えてくれた紳士は、さすがにスーツではなく、自然素材のゆったりした、肌触りのよさそうな服を着ていた。
「お邪魔します」
家の中に入ると、やはり同じような素材の服をまとった、30歳くらいの東洋系の美しい女性が挨拶してくれた。
「はじめまして。ようこそ」
この人は奥さんだろうか。紳士は40代後半といった感じだから、結構年の差はありそうだな。リビングルームに通され、ソファに座った。女性が奥に入って行くのを見届けながら、向かい側に座った紳士に尋ねた。
「奥様ですか?」
「おくさま?」
「ええ。奥様ノじゃないんですか?結婚されてるんですよね?」
「けっこん?」
ちょっとめまいがした。以前、お金について初めて話した時のことを思い出した。私は状況を察し、座り直してから話し始めた。
「わかりました。結婚はご存じない」
「ええ」
「じゃあ、ご説明します。私たちの国では多くの場合、ある程度の年齢になると、男女が結婚という手続きをして一緒に暮らすんです」
「ほう」
「結婚すると、その二人は夫婦と認められ、男性が夫、女性が妻ということになって、外の人からはそれぞれ旦那さん、奥さんなどと呼ばれます」
「はあ」
紳士は、わかったようなわからないような顔をして聞いていた。私は続けた。
「で、二人の間に子供ができると一緒に育てます」
「うん」
あ、ちょっとわかったのかな。
「あのう、この世界には結婚という言葉は無いにしても、あなたはあの方と何らかの手続きをされて暮らしておられるんですよね。でしたら、その状態は、私たちの国では結婚しているということになるんです」

その時、3歳くらいの女の子が走ってきた。
「おとうさ〜ん」
女の子は紳士のひざの上に乗った。
「ああ、お子さんもいらっしゃるんですか。じゃあ、れっきとしたご夫婦ですね」
「ええ、確かにこの子は彼女と私の間にできた子です。でも、私たちは何の手続きもしていませんよ」
「え、じゃあ同棲中ってことですか。いや、お子さんの前で変な話をして申し訳ないですが。あ、同棲って言葉もわからないでしょうね。つまりですね…」
「はは、かまいませんが、おっしゃりたいことはだいたいわかりましたからいいですよ」
紳士は、先ほどの女性が私たち二人に出してくれた飲み物を一口飲んでから言った。
「ここには、あなたが今おっしゃった結婚というものに該当するような手続きはありません。肉体的に成熟した男女は、一緒に暮らしたり子供を作ったりしますが、それを第三者が認めたり管理したりするシステムはなく、あくまでも当事者の意思のみによって行われます」
私は一瞬言葉を無くしたが、別の質問をしてみた。
「子供が生まれても、どこにも届け出ないんですか?」
「いや、それは届けを出しますよ」
「戸籍に登録するんですね?」
「こせき?」
またか。私はちょっと気力を失いかけたが、なんとか説明を試みた。
「私たちの国では、役所に、その人が誰と誰の間の子で、何という名前で、本籍地がどこで現住所がどこで、などということを記した書類があるんです。そして、結婚したり子供が生まれたりする度にそれが書き換えられます」
「はあ、そうなんですか。面倒ですね」
「じゃ、やっぱり戸籍も無いんですか」
私は軽い疲れを覚えたが、頑張って続けた。
「だとすると、子供が生まれたら何を届け出るんですか?」
「私たちの場合、子供が生まれると、名前と生年月日、現住所などを届け出ます。そういうことを管理しているところがあるんですが、そこにあるのは個人の名簿だけで、誰が親かまで登録するようなシステムはありません」
私は暫く考え込んだ。
「名簿は親とは別なんですね。じゃあ、名前はどうなるんですか?名字とか」
「みょうじ…」
「名字も無いんですか」
しばしの沈黙があった。紳士も困ったような顔をしていた。私は言った。
「私の国では名前は二つに分かれていて、名字と名前があるんですよ。結婚すると夫婦は戸籍上、同じ名字になって、子供が生まれても親と同じ名字になるんです」
「はあ。なんでそんな必要があるんでしょうね」
私は頭を抱えた。確かに自分の国でも名前の問題はいろいろ不都合が生まれていて、夫婦別姓だとか叫ばれてはいるものの未だ解決できずにいる。進んだ社会なら名字が無いのも当然かもしれない。私のそんな様子を見つつ、紳士が口を開いた。
「私たちの名前というのは、二つに分かれてはいません。一人に数文字の名前がついているだけで、親と子が共通する部分はありません。まあ、名前をつけるのはたいてい親ですし、それはつけ方次第ですからどのようにでもなるんですが」
ここでは結婚制度も、戸籍も、名字も無くても社会が成り立っているらしい。ひょっとすると、みんないらないものなのかな。でも、なぜ私の国にはあるんだろう。

「私の国とはずいぶん違うので驚きです」
やや間があってから、紳士が言った。
「やはり、お金の存在が関係しているのではないでしょうか」
「お金…ですか」
私は暫く考えた。
「確かにね。お金が存在しなければ、子供の養育費や教育費もいらないから、他人が保護者を特定する必要はないかもしれないし。結婚しても、誰かを扶養する必要もなければ離婚の時に慰謝料を払うこともないから、これも本人たちの気持ちの問題だし。遺産相続も無いから、親族が誰かなどは当事者だけがわかっていればいいことでしょうしね。そうなると戸籍も必要ないか」
「でしょう?」
「そうだな。あとは安心感とか満足感かな。結婚なんかはそういう手続きをすると、なんか好きな人と結ばれたなあって感じがするんじゃないかな」
紳士はにっこり微笑んだ。
「そうですか。それがあなたの時代の地球人の感覚なんでしょうね。どこかに記録しておかないと、社会に認められていないようで不安なんでしょうか。或いは、そういった制約を自分に課さないと、行動の歯止めが利かないのかな。みんな自然界には存在しない、人間が作り出した決め事に過ぎないんですがね」

部屋に短い音楽が流れた。先ほどの女性が玄関に出た。入ってきたのは原色のカラフルな服を身にまとった、背の高い黒人女性だった。後から、5歳くらいの男の子と2歳くらいの女の子がついてきた。女性二人は親しげに言葉を交わし、みな家の中に入った。私は聞いた。
「お友だちですか?」
「ええ。彼女は料理が得意なので、何か作ってくれるでしょう」
私が飲み物を口に含んだ時、今来た男の子が紳士のところに走ってきた。
「おとうさ〜ん」
ぷぷぷ!私は飲み物を吹き出しそうになった。
「え!お、おとうさん?」
紳士はひょうきんな顔をしてうなずいた。
「おかあさんは誰なんです?」
「今来た女性です」
「だって、さっきお友だちって…」
「友だちですよ。この子は彼女と私との間の子です」
私は額に手を当てた。確かに奥さんという呼び名が無ければ誰だって友だちだろう。
「ちょっと待ってください。こちらの女の子は先ほどの女性との子ですよね。で、この男の子は今来た女性との間の子。じゃあ、あの小さい女の子も今来た女性との子ですか?」
「ああ、あの子はあの女性の子ですが、父親は別の人です」
うっ。私は倒れたい衝動に駆られた。暫く声が出せなかった。
「どうかなさいましたか?」
「いや、ちょっと、昔の地球人には刺激が強くて」

紳士の周りでじゃれ合っていた女の子と男の子は、きゃっきゃっと追いかけっこをしながら別の部屋に走って行った。私は聞いた。
「あのう、ちょっと立ち入った質問ですが、かなり複雑な男女関係のようですがトラブルは起きないんですか?」
「何でトラブルが起きるんですか?」
「いや、だって女性二人とあなたは三角関係だし、さっき来た女性とあなたと別の男性も三角関係なわけだし…」
「はあ。三角ですか」
紳士は両手の指で三角形を作って見せた。私は軽くため息をついて言った。
「ええ、そういう関係を私たちの国では三角関係と言うんですよ」
紳士が言った。
「その三角は何が問題なんでしょうか」
「だって、例えばあなたの愛する女性がですね、他の男性と仲良くしてたり、まして子供まで作っちゃったらいやじゃないですか?」
「なぜですか?」
「なぜって…だって好きな人は自分だけのものにしておきたいでしょう」
「自分のもの?自分の好きな人が他の人と仲良くしなければ、自分のものになるんですか?」
「え…ま、まあ確かに。自分のものと言ったって相手も人間ですから、自分の所有物になるわけじゃないんですけど…でも、それはお互いが、他の人のことは好きにならないようにすることによって信頼関係を保つというか…」
紳士は疑わしそうな目で私を見た。
「い、いや、まあ、そうは言っても他の人を好きになったりはしますよ。だから…だから結婚という契約をして愛を誓うんです」
紳士は黙ったまま、2、3度ゆっくりうなずいた。私はいたたまれなくなって、
「ああ、わかりますよ、何をおっしゃりたいのかは。そんな契約したって愛なんか誓えないって言いたいんでしょ。確かに一時的に何誓ったって離婚する夫婦はたくさんいるし、結婚という契約に縛られて、別れたいのに別れられない人たちもいっぱいいますよ!」
紳士が吹き出しそうになるのをこらえて言った。
「何も言ってませんよ」


(ホームページ上での掲載はここまでとさせていただきます。)

あとがき

『お金のいらない国』を書いて12年、出版して早2年が経ちました。この2年間は、本にしたことに加え、寸劇に仕立てたものをあちこちで演じたことにより、それをご覧になった方がまた新たな機会をくださったりして、たくさんの人と知り合うことができました。そして、いろいろな分野に、志を同じくする方たちがいることを知り、自分の活動に自信を持つと同時に、理想社会の実現がより現実的なものと思えるようになりました。

そしてこの度、『お金のいらない国2』では、現在私たちが直面している環境問題、エネルギー問題、経済システムの問題点に触れると同時に、長い間習慣化されている身近な制度について考えてみました。環境問題などに関しては、NPO法人「ネットワーク地球村」代表、高木善之さんから多くのことを教えていただきました。

今回のお話も、あくまでも現在、著者が想像した世界です。是非、これを読んでくださった方、一人一人に、ご自分の考える理想的な社会、未来を自由に想像していただきたいと思います。地球上に住む全ての人のイメージがつながった時、そこには理想社会が実現しているかもしれません。

2005年7月25日

(参考文献)
『新地球村宣言』高木善之(ビジネス社)

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