お金のいらない国4(落語)台本

(パソコンのキーボードを打つしぐさ。振り返るが誰もいない。
 またキーボードを打ちはじめる)

老「こんにちは」
男「ひえ〜〜〜っ!だ、誰だ?」
老「ははは。私ですよ」
男「誰なんだ。出てこい!」
老「おお、怖がらないでくださいよ。ほら、私ですよ」
男「その声は……お金のいらねえ国の人?」
老「そうです。私です。驚かせてすいません」
男「なんだ、あなたでしたか。隠れてねえで出てきてくださいよ。玄関の鍵、開いてましたか?」
老「いいえ。今回は体を置いてきたので」
男「え〜〜〜っ!置いてきた?体を?」
老「ええ」
男「そ、そんなことできるんですか?」
老「ええ、できますよ」
男「でも、姿が見えねえと話しづれえですよ」
老「ああ、そうですね。じゃ、見えるようにしましょうか」
男「ええ。お願いします」
老「じゃ、あなたも肉体から出しますね、さ」
男「ちょ、ちょっと待ってよ。あたしを肉体から出す?」
老「あはは。大丈夫ですよ。また、戻れますから。さ、そこに座って目をつぶってください」

男「ああ、よかった。出てきてくれたんですね」
老「あなたが肉体から出たので、見えるようになったんですよ」
男「え?いやあ、あたしはここに」
(老人、男の横を指さす。男そこを見て)
男「こ、これは!」

語り「そこにはもう一人の自分がおりました。
  ここでこの二人を、お金のいらない国の紳士と、現代の青年と呼ぶことにいたします。
  紳士と青年は喫茶店に入りました。入ったと言いましても、体がありませんので、
  入口からじゃなくてもスーッと入れちゃうんですね。そして、お互い以外にはその姿は見えません。
  喫茶店の中では女性のお客さんが二人、話をしておりました」

女1「で、いつからなの?お子さんが中学校に行かなくなったのは」
女2「3ヵ月くらい前」
女1「ふうん。何が嫌になったの?」
女2「わからない。何も言ってくれないの」
女1「全然心当たりないの?」
女2「そう言えば、しばらく前に担任の先生のことが嫌いだって言ってたけど」
女1「ああ、それよ。先生が嫌なのよ」
女2「そうかしら」
女1「そうよ。あたしだって大っ嫌いな先生いたもん」
女2「だとすれば、どうすればいいのかしら」
女1「嫌いな先生の言うことなんか聞かなきゃいいのよ」
女2「目をつけられない?」
女1「つけたいならつけさせておけばいいのよ。先生が悪いんだから。授業だってね、さぼっちゃえばいいのよ」
女2「でも、ほんとにそれが原因なのかな」
女1「他になんかありそう?……あ、そうだ!いじめじゃない、最近はやりの」
女2「はやりなの?」
女1「はやりよ。ひどいみたいよ、最近のいじめは」
女2「そういう様子はなかったと思うんだけど」
女1「気づかなかっただけよ。あなた鈍いんだから。いじめよ。間違いないわ。
  相当ひどいことされてるんじゃないの?そりゃ、学校も行きたくなくなるわよ。はは、いじめだな、決まりだな」
(女2、泣きだす)
女1「あら、どうしちゃったの、いやだわ。あそっか、そんなに子供がいじめられてることがつらいのね」
(女2、泣き声を大きくする)

老「じゃ、ちょっと行ってきます」
男「え?どこへ?」

語り「紳士は、女性の横に立ったかと思いますと、スーッと体の中に入ってしまいました」

老「あの、お子さんはどんな様子なんですか?」
女2「(顔をあげて)え?ずっと自分の部屋に引きこもってるわ」
老「あなたと会話はするんですか?」
女2「最近はずっと話してないの。……あなた、なんか様子が変じゃない?」
老「あ、ああ、ごめんなさい。気にしないで……ね」

女2「ああ、なんでこんなことになっちゃったのかしら。小さい頃はいい子だったのに」
老「……あなた、ご主人とはうまくいってる?」
女2「え?うまくいってるわよ。……う〜ん。まあ、最近はあまりいいとは言えないわね」
老「いいのよ。私に隠すことはないわ。よかったら話してみて」
(女2、泣きだす)
女2「最近は、喧嘩ばかりしているの」
老「喧嘩の原因は何?」
女2「だいたい子育てのことね」
老「どうして喧嘩になるの?」
女2「主人は子供にかまわないのよ。勉強しろとも言わない」
老「それがいけないの?」
女2「父親からちゃんと注意してもらわないと困るわよ。あたしが悪者になっちゃうじゃない」
老「ご主人とお子さんはうまくいってる?」
女2「まあ、注意もしないから喧嘩にもならないわ」
老「あなたはお子さんとも喧嘩するの?」
女2「喧嘩しようと思ってるわけじゃないけど、子供が言うことを聞かないと、ついきつく言っちゃうわね」
老「何て言うの?」
女2「よく、勉強しなさいって言ってきたわ」
老「勉強しないといけないの?」
女2「決まってるでしょう。ちゃんと学校も行かなきゃ」
老「でも、お子さんはそうしたくないんでしょうね」
女2「許されないでしょ、そんなこと」
老「誰に?」
女2「あたしによ。世間だって許さないわよ」
老「でも、そう言っていても、問題は解決しないわね」
(女2うつむく)

老「喧嘩になるのはなぜだと思う?」
女2「意見が違うから」
老「人間だもの、みんな意見は違うでしょ」
女2「でも、家族なんだし」
老「家族だって別の人間よ。意見は違って当然でしょう」
女2「でも、自分と違う意見は受け入れられないでしょう?」
老「受け入れなければいいじゃない」
女2「受け入れないから喧嘩になるんじゃないの?」
老「そうかしら。受けとめないからじゃない?」
女2「受けとめる?」
老「そう。受けとめるの。あなたはそう思うのねって、うなずくだけでいいの」
女2「受け入れるのとは違うの?」
老「ええ、違うわ。受けとめるっていうのは、自分がどう思うかは置いといて、相手の意見を認めることよ」
女2「私の意見は違っててもいいの?」
老「いいのよ。人はみんな違うんだから」
女2「そっか。……同じにしなきゃいけないと思うから苦しいのね」
老「そう。相手に自分の意見を受け入れさせようとするからj喧嘩になるのよ。
  お互いが受けとめられれば、問題は起きないでしょう」
女2「……でも、主人は受けとめてくれるかしら」
老「まず、あなたが受けとめてみたら?」
女2「そうね。まず、あたしが受けとめないとね」
老「うん。……お子さんのことも受けとめられる?」
女2「どうすればいいのかしら」
老「ぜひ、お子さんの話を聞いてあげて」
女2「話してくれるかしら」
老「すぐには話してくれなくても、きっと、何か言いたいことがあるはずよ」
女2「あたし、うまく話せるかなあ」
老「あなたは、聞くだけでいいの。何かアドバイスしようなんて思わないで、ただ受けとめるの」
女2「そうすれば学校に行くようになるかしら」
老「それはわからないわ。とりあえずは学校に行かせることより、まず話を聞いてあげて。
  あなたが受けとめなければ、お子さんはずっとそのままかもしれないわよ」
女2「わかった。やってみる」

語り「ここで紳士は、女性の体からスーッっと出ました」

女2「ありがとう。なんか、スッキリしたわ」
女1「え?あたし、なんか言った?」

男「お疲れさまでした。どうなるでしょうね」
老「さあ、どうなるかしら」
男「えっ?」
老「あ」

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