お金のいらない国3(寸劇)シナリオ

下手より、青年と紳士登場。

青「よく来られましたね、こちらの世界に」
紳「お金の存在する社会を見てみたかったものですから。ゴホッゴホッ」
青「大丈夫ですか?」
紳「ええ。ちょっと空気が悪いですね。ゴホッゴホッ」

青年と紳士、舞台中央で立ち止まる。
上手より、着飾った女性登場。

青「あ、こんにちは」
女「こんにちは。(紳士を見て)お知り合い?」
青「ええ、まあ」
紳「その、指にたくさんつけているものは何ですか?」
女「え?指輪ですけど」
紳「なんでそんなものをつけているんですか?」
女「え?」
青「(紳士を制して)ああ、いいんです。よくお似合いです」
紳「そうですか?」
女「(ムッとして)失礼な人ね」

女性、下手に去っていく。

紳「彼女はどうしたんですか?」
青「怒ったんですよ」
紳「おこった……?」
青「いいです。行きましょう」

青年と紳士、舞台上手で下手を向く。

青「さあ、着きました。ここが僕のうちです」

青年、ポケットからカギを取り出す。

紳「何ですか?それは」

青年、カギを開けながら、
青「ああ、カギですよ。こうやって、(カチャ)ドアを開けるんです」
紳「意味がわかりません」
青「(笑って)さ、どうぞ」

二人、家の中に入る。
紳士は、テーブルの上にあった新聞を手に取る
紳「ほう、たくさんの文字ですね」
青「ああ、新聞というものですよ。ニュースやいろんなことが書いてあります」

  イスに座り、紳士は新聞を読みはじめる。

紳「おおお……」
青「どうされました?」
紳「いや、こんなことが……」

 青年、紳士の隣のイスに座り、新聞をのぞきこむ。
青「ああ、連続殺人事件ですね」
紳「人が人を殺すんですか?戦争でもないのに」
青「ええ。最近は大した理由もなく殺してしまうことも多いみたいです」
紳「理由もなく……?戦争にしても、私には人を殺す理由なんて考えられませんが」
青「いろいろと無理のある社会だから、おかしくなってしまうのかもしれません。……その犯人は死刑でしょう」
紳「しけい?」
青「ええ。裁判で死刑が決まれば、殺されます」
紳「さいばん?」
青「ええ。犯罪者を裁いて罪の重さを決めるんですよ」
紳「人がですか?」
青「人じゃなかったら誰が裁くんですか?」
紳「いや私たちは誰も裁きません」
青「じゃあ、犯罪者はどうするんですか?捕まえないんですか?」
紳「私の世界では、犯罪というものは滅多に起きませんが、誰かが誰かに迷惑をかけられたと感じて、
  第三者になんとかしてほしいと思ったような場合は、病院に連絡します」
青「え?病院に?」
紳「ええ。そうすると病院から人が来て、必要とあらば迷惑をかけている人を捕まえます」
青「はあ。それで犯人はどうなるんですか?」
紳「入院してもらいます」
青「それで?」
紳「それで終わりです」
青「え?いつまで入院させておくんですか?」
紳「病気が治るまで」
青「はあ……」
  
  青年考えて
青「罪の重さとか、病院に入れておく期間とかを決めなくていいんですか?」
紳「人間に罪の重さなんて決められないし、いつ病気が治るかなんてわからないでしょう。
  治った時に退院させるしかないんじゃないんですか?」

青年考えて
青「うん、なるほどね。お金が存在しない社会なら泥棒も詐欺もないんだから、トラブルはあまり起きないでしょうしね。
  罰金制度もないわけだし。……あのう、ひょっとして法律も無いんですか?」
紳「ほうりつ?」
  青年、笑いをこらえて
青「法律っていうのは、社会で生きて行く上で、やってはいけないことなどを決めたものなんですよ」
紳「(笑いながら)そんなことは決められなくてもわかるでしょう」

  青年考えて
青「うん、まあ、それはそうですね。法律のことなんかよく知らなくても、普通の人はそう悪いことはしませんし。
  でも……私たちの社会では法律という基準がないと、人のものを盗ったりする人が増えると思うんですよね」
紳「へえ。なぜですか?」
青「お金が足りなかったり、たくさんほしかったりすれば、人のものを盗るほうが手っ取り早いですから」
紳「あなたもそうするんですか?」
青「いや、私はしませんよ」
紳「じゃ、みんながしなければいいんですよね」
青「まあ、それはそうなんですけど。この世には悪い人がいるから」
紳「悪い人?」
青「ええ。人のものを盗るような、悪いことをする人がいるんですよ」
紳「でも、ほしいものがあれば、誰だって手に入れたいでしょう」
青「でも、人のものは……そうか。あなたの世界では自分のものと他人のものをわけて考えていないんでしょうね」
紳「自分のものってなんですか?」
青「あなたのものだと……たとえばその服とか」
紳「ああ、あげましょうか?」
紳士、立ち上がって服を脱ごうとする。
青「(あわてて)ああ、いいです、いいです。いりません」
紳「ほしいならあげますよ。またもらってくればいいんですから」
  青年、首をかしげながら
青「お金の存在しない社会には、所有ってないんですか?」
紳「しょゆう?」
青「ええ。私の所有しているものだとお金とか、車とか」
紳「(あわれむように)あなたはあなたでしょう。お金でも車でもないんですよ」
青「ええ、わかってます……そうか。お金が存在しないと所有という概念がなくなるのか。
  (紳士の方を向いて)だから何を持っていても意味がないんですね」
  紳士、よくわからないながらもうなずく。

青年、立ち上がって客席を向き、興奮気味に
青「そうですよね。お金が存在しなければ何を持っていたって誰にもうらやましがられない。
  持とうと思えば誰でも何でも持てるんですから。自分が本当に必要なもの以外は持っていても意味がないんだ」

  紳士は青年の話を聞いておらず、この間に下手に行き、何かに興味を示す。
青「なんか、わかったような気がします。これはすごいことかも。ひょっとすると理想の社会ができるぞ。
  (紳士を振り返って)ねえ、すご……(でもそこに紳士はいない)」

  紳士、何かを指して
紳「ねえ、ねえ、これは何ですか?」
  青年、ずっこける。
青「ああ、テレビですよ。見てみますか?」

青年、リモコンでテレビをつける(テレビのつく音)

青「あ、このドラマね。人気があるんですよ」

紳士テレビを見て
紳「ははは、ははは」
青「あのう、そこ、笑うところじゃないですよ」
紳「ははは……だって(テレビを指差し、青年の方を向いて)……ほら、泣いてる」
青「(ため息)この二人はね、愛し合っているのに他の人と結婚しなければならないから悲しんでるんですよ」
紳「けっこんですか。以前、お聞きしましたね。泣くくらいならやめればいいのに」
 一緒、青年絶句してから笑って。
青「くくく。そうですね。確かにあなたのおっしゃる通りだ」

青「ちょっとチャンネルを替えてみますね」

  暫くテレビを見つめる。
紳「この人たちは何をしているんですか?」
青「政治家の討論会です。話し合っているんですよ」
紳「(笑いながら)ははは、ははは。またあ。冗談でしょう?」
青「冗談じゃありませんよ」
紳「でも、あんなに興奮して大きな声を出して」
青「意見が合わないから怒っているんでしょう」
紳「(不思議そうに)怒っている……ああ、さっきのご婦人もやっていたことですか」
青「まあね(ちょっとあきれたポーズ)」
紳「怒ると何かいいことがあるんですか?」
青「(ちょっと考えて)いえ、多分ないです。……あなたは怒らないんですか?」
紳「意味のないことならしません」
青「でもこう、自分の思い通りにならない時なんか腹が立ちませんか?」
  紳士、驚いて青年のおなかを覗き込んで
紳「え?あなたの腹、立つんですか?」
青「(おなかを押さえて)立ちませんよ」
  紳士、わからないといったポーズ。

  紳士、テレビを見ながら
紳「この人たちは話し合う気があるんですかね」
青「まあ、政党を代表しているので、党の主張を曲げるわけにはいかないんでしょう」
紳「せいとう?」
青「ええ。それぞれの人が違うグループに所属しているんですよ」
紳「そのグループの中の人は皆同じ考えなんですか?」
青「一応そういうことになっています」
紳「じゃ、話し合っても無駄じゃないですか」
青「はは。確かにそうかもしれません」
紳「話し合うならちゃんと人の意見は聴かないとね。はじめから対立するつもりなら話し合う意味はありませんよ。
  それにね、あんなに興奮していてはものを考えられないし、相手に何も伝わりません」
青「そうですね。こういう討論で、誰かが納得したのを見たことがありません」
紳「(あきれて)ほんとにあなたたちは不思議な社会に住んでますね」

青年、テレビのチャンネルを替える。 SE:歓声

青「あ、そうだ。今日は日本がサッカーをやってるんだった。……あ、負けてる。
  あ、ああ、だめだめだめ、あ〜〜〜。また入れられちゃった」
  紳士、ニコニコ拍手している。(パチパチパチ)
  青年、ムッとして紳士を見る。
紳「どうされました」
青「(怒りながら)いえ、べつに」
紳「いいシュートでしたね」
青「(怒りながら)そうですね」
紳「あ、怒ってるんですか」
青「(怒りながら)怒ってませんよ」
紳「ははは。この時代の人は怒ることがたくさんあって大変なんですね」

  青年、考える。
青「そうだなあ。何で怒ってるんだろう。自分の思い通りにならないときに怒るんだろうけど。
  そんなの自分勝手な甘えかもしれない。よく考えればたいしたことじゃないな。
  怒ったって何も解決しないし、疲れるだけか。そうか、(紳士の方を向いて)ねえ、おこったって……」

SE:ガッシャーン!(花瓶の割れる音)
棚の上のものにいたずらしていた紳士、びっくりして青年を見る。

青「怒りません」

(幕)

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