| 至善堂 |
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| 至善堂 |
至善堂は本館正庁の西北部から裏の方へ畳み廊下でつながる桟瓦葺き平屋の一棟で入り側と濡れ縁をめぐらした四室から成り、奥の一室は藩主の座所。他の三室は諸公子講学の場所に充てられた。
明治維新の時将軍職を辞し大政を奉還した徳川慶喜公が水戸に帰り至善堂にこもって恭順の意を表し謹慎して静かに朝廷の命を待った由緒のあるところである。
奥の一室の床には要石歌碑の拓本の幅物が掲げられ、わき床の上ナゲシに烈公筆草書の「至善堂」の扁額が掲かっている。わき床の天袋小襖の葡萄の絵は養川院狩野惟信法印の筆。
要石(かなめいし)歌碑 行く末もふみたがへそ 蜻島(あきつしま) 大和の道ぞ 要(かなめ)なりける