【 二十三の歌 】  

 「 月見れば ちぢにものこそ 悲しけれ わが身一つの 秋にはあらねど 」

   


         月見れば・・・・・・・つきみれば
           ちぢにものこそ・・・・ちぢにものこそ
             悲しけれ・・・・・・・かなしけれ
               わが身一つの・・・・・・わがみひとつの
                 秋にはあらねど・・・・・・あきにはあらねど

    



 



 
  作者: 「大江千里」(おおえのちさと) 生没年不明
       
      名だたる漢学者だった大江音人(おおえのおとんど)の子。
          それだけに漢学の素養が深く、漢詩文の語句をたくみに使って 新しい和歌を作った。
          漢学者というと、堅物のイメージがあるが、そうではなさそう。
          在原行平や業平の甥。
        


   < 歌の意味 >
         
     「 こうして月を見ていると、さまざまに心が乱れて、なにもかもが悲しく感じられる。
        なにも私ひとりだけを悲しませるためにきた秋ではないけれど・・ 」
             


         前歌に、漢字のことばあそびがありましたが、この歌には、数字のあそびが盛り込まれているようです。
         「月−ちぢ(千千)に」と「わが身−一つ」を対照させて、月を見る自分の身は一つなのに、月見る物思いは、
      際限ない、と 表現しています。
       
          月下に物思いにふける、センチメンタルな歌です。
          それにしても、大の男がよくもまあこんな歌を・・・・。
     


    ・ ちぢに・・・千々にで、数限りなく、さまざまに。
    ・ ものこそ・・・「もの」は、自分をとりまく多様な物事。
    ・ わが身一つの・・・「ちぢ」と対照させるため「ひとり」ではなく「一つ」としている