入れ歯は味覚をわるくするのか?


歯科治療を受けて食事の味が悪くなったとか、味が判らなくなったという訴えを時々聞くことがある。口の中の感覚情報を阻害するような歯科治療とはどのようなものが考えられるのか。
 (1)歯髄疾患の根管治療中に薬剤を貼薬する、いわゆる根管治療は日常行われる治療であるが、薬剤を封入した仮封剤が咬合圧などで破壊されて薬剤が漏れる場合がある。この場合、臭いと薬味が拡散して口全体の感覚が狂ってくる感じがする。
 (2)ガルバニー電流
充填物・金属冠、入れ歯には金、銀、パラジウム、ニッケル、コバルトなどの金属を使用しているので、口の中には各種金属が存在することが多い。異種金属の直接接触または唾液を通じて電位差が生じ、電流が流れることがある。これをガルバニー電流という。その結果、歯に痛みを感じたり、それと同時に強烈な金属の味がして、食物の味を損ねる。この現象は普通では感じることがないが、非常に不愉快で気分が悪くなる味で、一時は口の中の味感覚が破壊されたようになる。咬合接触している異種金属を同種金属に取り替えれば解消される。

 (3)口蓋粘膜を広範囲に被う義歯床
味蕾の大多数は舌に分布しているので、義歯床による物理的な遮断は少ないと思う。しかし、実際に味が判らないという人がいる味感覚には口腔内の温度、唾液分泌量などが、直接的に影響を及ぼしている。口蓋を被覆している義歯床を熱伝導のよい金属材料に変えると、口全体の温度感覚が向上して、味の感覚が改善されることもある。また、上顎の部分床が舌の運動を阻害して舌に違和感を生じて、二次的に味感覚を鈍らせる結果になった例もある。

古屋ら(1996年)は口蓋床(上顎の入れ歯で口蓋を被う部分)を装着して四基本味(甘味:蔗糖 塩味:塩酸ナトリウム 酸味:酒石酸 苦味:キニーネ)を含ませた綿花を咀嚼運動用にかませて味覚閾値を調べた結果、甘味は装着前・後に有意な変化はない。塩味は2週間後にほぼ未装着状態に回復した。酸味と苦味は2週間後未装着状態で有意に回復したが、認知閾値までは回復しない。そこで影響があるのは酸味と苦味で、甘味と塩味にはほとんど影響がないことが分かった。解剖生理学的にみれば、甘味に関知する味蕾は舌の前方1/3、塩味は舌縁前方部に多く存在しているのでほとんど影響はない。しかし、酸味を関知する味蕾は舌縁中央部と硬口蓋、苦味は舌縁後方、軟・硬口蓋部に多く存在しているので、味蕾の位置関係が直接・間接的に影響すると推察されている。老年者は味閾値が上がる傾向があるので、入れ歯の口蓋床がさらに閾値を上げることには注意しなければならない。

(古屋暢子ら:実験用口蓋床が味覚閾値に及ぼす影響、補綴誌、40(4)、718−724、1996)