奈良生駒高速鉄道について
佐藤信之
記事:『鉄道ジャーナル』平成11年1月号掲載
注:入稿後の修正については反映しておりません。また、図・表も省略しています。
新線計画の起源
奈良生駒高速鉄道計画の起源は,昭和46年12月都市交通審議会13号答申にさかのぼる。大阪圏における都市交通整備の基本計画を定めたもので,この中で都市高速鉄道4号線として,大阪市営地下鉄中央線(大阪港〜深江橋間運行中)を新田辺まで延長する形で盛り込まれた。大阪市は当然運行中の市営地下鉄を郊外に延長することを主張したが,一方で民鉄は郊外のベットタウンから都心へ向けた路線の新設を目指していた。そこで,都市交通審議会は両者の主張を調整して,市は東大阪市の荒本までとし,その東側については近畿日本鉄道が事業主体となって整備することとした。実際には荒本ではなく西隣の長田駅が境界となった。
近鉄は昭和52年3月に長田から生駒トンネル東側出口までを軌道法で特許を,同時に生駒までを地方鉄道法により免許を取得した。昭和52年9月には近鉄が全額出資して東大阪生駒電鉄を設立して,特許・免許を譲渡。また日本鉄道建設公団のP線方式により,54年3月に工事に着手した。そして,工事完成後東大阪生駒電鉄は近鉄に合併(昭和61年4月)して,昭和61年10月に近鉄東大阪線として開業することになる。
学研都市の概要
昭和57年国土庁は,「関西学術研究都市基本構想」を発表した。大阪府,奈良県,京都市の3府県6市2町にまたがる広大な地域に文化学術施設を整備,またあわせて住宅地を建設しようという遠大な計画が始まった。
昭和62年に「関西文化学術都市建設促進法」が制定され,中核施設として「けいはんなプラザ」が建設されたほか,「国際高等研究所」や「奈良先端科学技術大学院大学」の立地が実現した。
また,平成8年には国土庁に対して「関西文化学術研究都市セカンド・ステージ・プラン推進委員会」から答申が提出された。その中で奈良生駒高速鉄道に関連して特に注目されるのは,沿線北側に広がる高山地区に第2工区が新設されたことで,これで,陸の孤島と揶揄された高山地区は西側に離れていた精華・西木津地区と繋がり,一大クラスターを形成することになった。
そして,昭和62年10月の学研都市基本計画の中で生駒〜高の原間の鉄道建設が示され,また平成8年4月のセカンド・ステージ・プランでは途中で分岐して精華・西木津地区への支線の検討が盛り込まれた。
新線計画の経緯
平成元年5月に出された運輸政策審議会10号答申で,京阪奈新線生駒−高の原間が2005年(平成17年)までに整備すべき路線として盛り込まれた。(その他,今後路線整備を検討すべき路線として祝園付近へ分岐線,検討すべき方向として高の原から木津方面の路線が示された。)これに対して,近鉄は当初,自社単独による事業化を検討したが,1500億円を超える建設資金の負担に絶えられないと判断。国からの助成を受けやすい第三セクター設立の方向で,検討が進められることになった。
平成5年5月,運輸省近畿運輸局と奈良県,京都府および近畿日本鉄道の4者が京阪奈新線整備研究会を組織して,事業化の方策について協議。平成7年7月に研究会の結論が「検討所見」として発表された。そこでは,近鉄単独として公団P線方式を採用する場合,将来需要を2005年で11万人,2010年12万人と見込み,建設費を概ね1600億円と想定すると,償却後単年度損益が黒字に転換することがないという試算結果となったという。
そこで,新線の事業化のためには,@投資額の節減と資金調達の負担の軽減。A登美ケ丘までの部分開業とするとの見解が示された。路線を登美ケ丘までに短縮するのは,近鉄奈良線の混雑緩和には奈良線の学園前駅からの旅客転移が必要なこと。学研都市の中心である精華・西木津地区へのアクセスを確保することが配慮されたという。資金調達の方法については,国の予算が関わる問題であるので,具体的には文面には盛り込まれなかった。
平成9年2月25日『朝日新聞』では,第三セクターの設立のほか,国からの都市鉄道整備に対する補助金制度の適用を国に働きかけることを検討していることが報じられた。
この制度は,平成9年度の新規事業として,大阪の城東貨物線と名古屋の西名古屋港線の2貨物線の旅客化工事に対して対象工事費の15%を補助するというもの。
ただし,都市鉄道整備に対する国の助成策として無利子融資の制度があり,常磐新線のケースでは,国と自治体が総工事費の40%ずつを無利子で融資を行った。常磐新線の場合,「筑波学園都市」建設という国家プロジェクトに付随するアクセス交通の整備との位置づけから,手厚い助成策が講じられた。京阪奈新線についても「関西文化学術都市」という国家プロジェクトに関連する新線計画であるという点では同列に扱われてしかるべきものであったかもしれない。
「奈良生駒高速鉄道」の設立
平成10年7月28日,第三セクター「奈良生駒高速鉄道」が設立された。出資比率は奈良県30.0%,生駒市15.0%,奈良市5.0%で,公共主体による出資は50.0%となる。一方,民間側は近畿日本鉄道が30.0%,日本開発銀行が20.0%となる。日本開発銀行については,国家プロジェクトへの財投資金の投入のルートとしての意味合いが強いので,純粋に民間からの出資は近鉄からの30.0%に止まることになった。
就任した役員の出身母体を見ても,公共的色彩を強くしている。
会長 柿本善也 奈良県知事
代表取締役社長 林 潤 近鉄専務取締役
常務取締役 辰巳元紀 奈良県企画部理事
常務取締役 東條満 近鉄企画室次長
取締役 中本幸一 生駒市長
取締役 大川靖則 奈良市長
取締役 田代 和 近鉄取締役社長
一時,第三セクター設立までの過程で,経済不況による地方自治体の財政難の中で,自治体の出資金の支出が難しいとの判断から,近鉄が50%を出資することになるとの見方もあった。
8月4日,鉄道事業法にもとづき奈良生駒高速鉄道は第三種鉄道事業者,近畿日本鉄道は第二種鉄道事業者の免許を申請。9月3日にいずれも免許が交付された。
新線の概要
新線は,近鉄奈良線の生駒駅を起点にして,関西文化学術研究都市の南部に位置する奈良市登美ケ丘までの8.6kmの路線である。途中,生駒側から白庭,北大和の2駅を置くが,それぞれが白庭台住宅地,北大和住宅地,登美ケ丘住宅地といったニュータウンの造成地に位置しており,また周辺部ではすでに近鉄不動産などの民間ディベロッパによる大規模な住宅地の開発が進んでいる。新線は,このような地域からの通勤客を東大阪線へシフトさせることで,近鉄奈良線の混雑を緩和させるという効果も期待される。
平成10年度には地質調査や概略設計などを実施し,平成11年度に用地の取得に取り掛かる。そして平成12年度に建設工事に着手して,平成17年10月に開業する予定である(免許申請による)。
近鉄東大阪線との直通を前提に第三軌条式とし,全線複線で建設される。開業後は6両編成の電車を1日151往復し,大阪市営地下鉄の中央線から大阪港トランスポートシステムの海浜緑地まで直通することになる(開業時には,舞洲まで延長しているかもしれない)。
建設費と公的助成
総建設費は1,135億円で,奈良生駒高速鉄道の担当分が839億円(建設利息・消費税を除くと777億円),近鉄分が296億円(車両費・建設利息・消費税を除くと209億円)ということになる。
一方,財源については,奈良生駒高速鉄道の負担分777億円に対して,
出資金 136億円
補助金 182億円
開発者負担金 100億円
借入金 359億円
を計画する。
補助金は,運輸省のニュータウン鉄道整備事業費補助の制度が適用される。昭和47年5月大蔵・運輸・建設の3省間での取り決めで,公営事業者によるニュータウン新線に対して総建設費から間接費と開発者負担分を差し引き,さらに出資金分を控除した補助対象工事費の36%を国と自治体が折半で補助する。
第三セクターに対するニュータウン補助金の交付は大阪府都市開発の泉北高速鉄道に続く2例目となった。第三セクターに対する地下鉄建設費補助でも,埼玉高速鉄道,上飯田連絡線に先例がある。ただし,上飯田連絡線については,補助率が公営の1/2に制限され,また埼玉高速鉄道では,キロ呈の半分だけが補助対象事業となった。また,泉北高速鉄道については鉄道に対する資本勘定の全額を大阪府などの自治体出資としたことで,特例として公営事業者と同等の補助が実現したものであるので,奈良生駒高速鉄道のケースは公共出資比率50%の第三セクターとして異例の措置であるということができる。
補助金交付の対象となるのはニュータウンの外側の最初の駅までとなっており,ニュータウン開発事業者には線路用地の素地価格での譲渡を求めるほか,施工基面以下の工事費の1/2を負担させることになる。奈良生駒高速鉄道の場合には,この開発者負担金として100億円が計上された。
なお,国と自治体が同率で補助するが,自治体負担分の内分けは,奈良県60.0%,生駒市30.0%,奈良市10.0%である。
国の平成10年度予算では,財政構造改革から歳出規模が制限されたことに加えて旧国鉄債務の処理の財源手当てにより圧迫されて,3億円の要求に対して7400万円しか認められなかった。しかし,初年度は事業着手へ向けての準備作業の段階であるので,全体計画には影響はないという。
また,借入金については,日本開発銀行と民間金融機関からのもの。
おわりに
第三セクターを設立して,ニュータウン新線補助を確保したことで,企業の財源負担は大きく軽減した。一説では近鉄の負担は半減したという。開業後は,運営する近鉄は,奈良生駒高速鉄道に対して施設使用料を支払うことになるが,必ずしも容易な前途が待っているとは限らないようだ。近年の景気低迷から住宅需要の都心回帰が指摘されるが,これで沿線の住宅開発が停滞することも考えられる。