モーダルシフト政策と
東海道本線貨物輸送力増強工事
佐藤信之
記事:『鉄道ジャーナル』1998年9月号掲載
※入稿後に変更した個所については反映していません。また、図表は入っていませんので、ご注意下さい.
環境対策とモーダルシフト政策
運輸省のモーダルシフト政策は,環境問題,道路混雑の問題,物流産業での労働力不足(当時)への対策として提起された。
環境問題では,二酸化炭素による地球温暖化,窒素酸化物による大気汚染の対策として,主要な発生源である自動車交通の削減を目指すため,よりクリーンな鉄道や海運に貨物輸送を転換していこうという考えである。
政府は,平成元年5月「地球環境保全に関する関係閣僚会議」設置。2年10月には,二酸化炭素CO2の排出抑制対策の推進等を図るため,実行可能な対策から直ちに実行に移していくことを定めた「地球温暖化防止行動計画」を策定した。
あわせて,東名,名神高速道路などの慢性的な混雑を緩和するためにも有効であるとされた。
さらに,政策立案当時切実な問題であったのが,労働力不足の問題であった。平成2年12月運輸政策審議会物流部会の答申「物流業における労働問題への対応方策について−21世紀に向けての物流戦略」で,モーダルシフトが盛り込まれたことから,運輸省は3年9月に「貨物流通政策推進計画」を決定した。
昭和60年代の内需の拡大を主因とする好況期に,国内の貨物輸送量も年率6〜7%と大幅な増加を見た。しかし,労働集約的な物流産業では人手不足が慢性化していった。そしてまた,将来予想される若年労働力減少は,労働力確保の上で重要な問題と認識された。運輸省は,このトラック輸送事業をはじめとする物流産業での人手不足への対策として,モーダルシフト政策が提起した。
モーダルシフトの受け皿となるのは,鉄道・内航海運である。鉄道は,とくに輸送力不足が課題とされている,日本経済の大動脈である東海道ルートの輸送力増強に取り組むことになる。また内航海運については,コンテナ船や雑貨などの小口貨物に適したロールオン・ロールオフ船や中・長距離フェリーの整備を行うことが課題とされた。
プロジェクトの概要
JR貨物と日本鉄道建設公団は平成5年6月20日、名古屋貨物タ−ミナル駅構内で起工式を開催した。
当初の計画では,名古屋口現行(平成3年)20両62本、24両35本,26両8本のコンテナ列車をすべて26両化し,あわせて100km/h運転を行うとする第1次計画と,32両1,600トン運行を開始するとする第2次計画の2段階構成とされていた。JR貨物は,平成4年3月には工事施行認可申請を望んだが,関係するJR3社は設備維持費の分担やレール使用料の見直しなど問題が解決していないとして難色を示したことから,計画の見直しを余儀なくされる。さらに,遅れている間にバブル崩壊による景気の後退でコンテナ輸送が伸び悩むなど経営環境が大きく変化したこともあって,第1次計画を2段階に分けて全体で3段階の構成に改めるという,計画の見直しを行った。
第1段階 26両編成(1,300トン)列車の拡大
第2段階 100km/h列車による並行ダイヤ化
第3段階 32両編成(1,600トン)列車の導入
平成4年9月には第1段階についてJR3社との基本的合意に達するが,第2段階については引き続き検討課題とされ,実現の可能性は残されたが,第3段階については規模が大きく,構想として将来の課題とされた。(『交通新聞』平成4年9月14日)
最終的に落ち着いた計画の概要は,次のとおりである。
第1段階 現行ダイヤを基本として,26両編成(1,300トン)
列車の拡大(現行に比べ約50本増)等を行うもので,現行と
比較して約10%の輸送力増強を図る。
第2段階 並行ダイヤ化・高速化により有効時間帯(夜間)の
列車増発を行うとともに,更に26両編成列車の拡大(現行に
比べ約100本増)を行うもので現行比約30%の輸送力増強を
図る。
当初平成3年度に工事に着手し,8ヶ年で全体計画を完成させる予定であったが,工事計画の変更などにより大きく遅れた。平成5年6月の工事着手時点では,平成8年3月の完成を目指したが,同年末には8年度中に改定。結局,第1段階に限定しても、10年3月の稲沢線の電化開業まで遅れることになった。
事業費と公的助成
輸送力増強工事は,大きく国による助成対象工事とそれ以外の自社工事に分けられる。
鉄道整備基金からの無利子貸けの対象事業として認定されたは,名古屋ターミナル駅の荷役線などの延伸と稲沢線(名古屋〜名古屋貨物ターミナル間)の電化、そして藤枝、幸田など7駅の待避線延長・改良と幸田,醒ケ井の2変電所の新設である。その他東京・大阪両貨物ターミナル駅と9駅の待避線改良、変電所3個所の新設と2個所の増強がJR貨物の自己資金で進められる自社工事となった。工事費は着工時点で,認定工事分として約40億円,自社工事分として約70億円が予定された。(『交通新聞』平成5年6月26日)
最終的に,第1段階の工事費は,認定工事約49億円,自社工事約93億円に落ち着く。
助成対象工事は,財政投融資資金が投入されるため,財投機関の日本鉄道建設公団が建設を担当することになった。貨物鉄道に対する無利子貸付は,対象工事費の30%を上限して貸付けられ,5年据え置き後,10年間で償還されるというもの。ただし,これは建設主体に交付されるので,日本鉄道建設公団から返済されることになる。JR貨物は譲渡代金を25年間で返済する。
プロジェクトの効果
東海道本線の貨物輸送力増強工事は,ようやく今年(平成10年)10月のダイヤ改正で第1段階を終了する予定であるが,第2段階の実施については,慎重となっている。第1段階は,1,300トン列車の増発を主体としているが,1,300トン列車はすでに平成2年3月のダイヤ改正で東京〜大阪間4本,東京〜岡山間1本の運行を開始していた。そういう点では,当初の構想の内,最小限の投資規模に押さえたものといえよう。
現在,東海道〜九州間を1,200トン列車で100km/hで運行しているが,1,300トン列車は95km/kどまりで,積載量を増やすとスピードが低下するというジレンマがある。しかし,実際には,顧客は,所要時間ではなく,むしろ夕方発って早朝に到着するという有効時間帯の列車を強く要望する。スピードアップよりも,利用の多い列車の輸送力を増強することが,サービス改善となるのである。それでも,東京〜九州間や東京〜北海道間といった約17時間かかるような長距離では,スピードアップの効果が期待できるかもしれない。しかし,このような長距離では,市場は船と鉄道で2分されており,現状ですでに鉄道は船に比べて高速であり,船を利用する顧客は,運賃の安さから利用しているのである。
高速化のメリットは,貨物輸送にとってのメリットというよりも,同じ線路を走る旅客列車との競合をさけるというところにある。良いダイヤを維持するためには、できるだけ旅客会社の列車に支障のないように走行しなければならないのである。
また,積載率の高い列車を1300トン化することで,積載率の悪い列車を運休したり,臨時に格下げすることが可能となり,これで生産性は上昇し,コストの削減につながる。経営改善に寄与することが期待される。
将来の展望
JR貨物は,東海道本線の第1段階工事を終了したが,第2段階以降の実施の目処は立っていない。むしろ,東京〜北海道ルートと東海道ルートにつながる大阪〜山陽〜九州間の輸送改善が必要という。
東北本線では,最大1,000トン列車を運転しているが95km/hに制限されている。一方,100km/hの高速列車は積載量が850トンに制限されている。この高速列車の1,000トン化を実現したいという。今年量産を開始するEH500型の導入で,東京〜五稜郭間で機関車を付け替えずに運転が可能となり,同時に列車の重量化も実現したいと考えているという。
大阪〜山陽〜九州間の改善については,現在1,300トン列車が岡山までとなっているのを,1,600トン用に用意したEF200型を活用して,瀬野〜八本松間の急勾配区間を超えて1,300トン列車を運転しようという構想も検討中である。
これらのプロジェクトの推進にあたっては,東海道では当初旅客会社の調整不足から事業の立ち上がりが遅れることになったことを反省して,十分旅客会社と話し合って検討を進めていくという。
名古屋南方貨物線
昭和50年代,名古屋地区では貨物ルートを主体とした大規模な輸送改善計画があった。現在愛知環状鉄道として開業した岡崎〜高蔵寺から中央本線に入り,やはり東海交通事業が営業している城北線を経由して,名古屋貨物ターミナルあるいは稲沢方面へ抜ける貨物ルートが計画された。
東海道本線については,首都圏、近畿圏では貨物ルートが別線で用意されているのに対して中京圏については複線を旅客と貨物が兼用し,名古屋駅の旅客ホームを貨物列車が通過する状況が続いている。国鉄時代末期に名古屋貨物ターミナルから新幹線に沿って笠寺まで別線(南方貨物線)を建設。さらに笠寺〜大府間を複々線化する工事が進められた。用地の取得は完了し,施設も大方完成したところで,国鉄改革で工事は中断してしまった(1967年着工,83年凍結,施設は国鉄清算事業団とJR東海が引き継いだ)。
現在,東海道線の貨物ルートは,大阪方面からの列車は直接名古屋貨物ターミナルに入れるが,東京方面からの列車は一旦稲沢まで行ってから折り返して名古屋貨物ターミナルに入っている現状である。南方貨物線が完成すれば,東京からの列車も直接名古屋貨物ターミナルに入ることができる。しかし、東京−名古屋間の所要時分の短縮には効果が期待できるが,名古屋近郊の隘路区間をバイパスすることはできない。国鉄時代に検討された、さらに南の大府までの複々線化は,費用の点で実現性は極めて薄い。残念ながら,JR貨物には新線建設と線路増設の費用を負担できる力はない。加えて,南方貨物線のルートは,かつて新幹線の騒音問題で訴訟された区間を通過する。貨物線の建設で,騒音問題が再燃しかねないという危惧もある。これらの問題を解決するためには、将来を見た国策的鉄道貨物インフラ整備が望まれる。