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多摩都市モノレールについて

佐藤信之

 

  記事:『鉄道ジャーナル』平成104月号掲載

注:入稿後の修正については反映しておりません。また、図・表も省略しています。 

 建設省は,道路管理者が建設する下部構造物を占有使用することから,その経営主体として,公営あるいはそれに準ずる法人が適当であるとしている.そして,公営に準ずる法人とは第三セクターが該当するが,建設省は公共部門の出資比率を51%以上とするよう行政指導しているという.現に唯一の例外の他はすべて51%以上の公共出資を実現している.ただ,多摩都市モノレールだけが,現在37%余りを公共部門が出資しているに過ぎない.果たして,これがどのような経緯で実現したものか,長く疑問に思っていたので,試運転開始であわただしくしている多摩モノレールの運営基地を訪ねた.

 しかし,多摩都市モノレールは運営主体でしかないということ.運行のためのスタッフが中心であること.出資会社の出向者を主とすることなどで,会社設立の経緯については分からないということである.実際,モノレールの軌道桁までのインフラ部は,道路管理者として東京都の建設局,そしてモノレール建設事務所が施工しており,また,計画立案は東京都の都市計画局が担当しているので,第三セクターは,モノレールの運行を請け負う,いわばエージェンシーとして位置づけられるのであろう. 

 ところで,建設省が公共出資51%以上を行政指導しているのは,自民党の都市交通部会からの強い意向を反映したものであるという.通常50%以上の持株を支配株と呼び,会社の経営に対する支配権の1つの目安となっている.しかし,第三セクターの経営に対して公共部門が有効に影響力を行使できるとする出資比率について,発行済み株式の3分の1とする場合もあれば4分の1とすることもあり,状況に応じて違ってくるのであろう.ちなみに,多摩都市モノレールの現在の各株主の出資比率は,公共部門が東京都25.0%,八王子市,立川市,日野市,東大和市,多摩市各2.4%,公共部門計37.0%である.一方民間部門は,西武鉄道17.6%,京王帝都電鉄9.8%,小田急電鉄5.9%,日本興業銀行4.9%,富士銀行4.9%,東京電力3.9%,その他18社16.0%という構成である.

 このように公共出資比率が他より低い点について,昭和59年11月,多摩都市モノレール計画委員会第一次報告中に,「特にインフラ部が道路事業として全額公共負担で整備されることから,公共側の意向反映の実効的な方法として51%以上が適切とされてきたが,モノレール事業の運営は,本来的には民間ベースの事業としての性格をもつものであり,民間の経営上の創意,活力を積極的に導入し,合理的,効率的な運営がのぞまれることから,可能な限り民間資本の比重を高め,公共側は意向反映を担保するために必要な範囲にとどめるとして,1/3を超える程度が妥当」(『都市モノレール計画』No.115,昭和59年11月25日号)としている.

 ところで,ここで多摩都市モノレール計画の成り立ちを整理してみよう.まず,昭和52年11月に立川基地が返還されることが決まったことから,昭和51年11月『第三次首都圏基本計画』とその実施計画である『首都圏整備計画』(昭和52年4月)では,立川基地跡地を中心に,東京大都市圏の「核都市」として,総合的に整備することが謳われた.この整備計画に基づいて,東京都は,昭和57年「多摩都心”たちかわ”建設事業基本計画」を策定して発表した.この中で,立川駅北口から立川基地跡地までの約170haを対象に,多摩都心”たちかわ”を建設し,あわせて都市モノレールを導入することが具体的に示された.また同年12月に発表された東京都長期計画の中でも多摩センター〜立川〜新青梅街道間約16kmの整備が盛り込まれた.そして,東京都は,都,建設省,運輸省の担当者と学識経験者により,「多摩都市モノレール計画委員会」を設置して,ルート,駅,経営主体,機種の選定について検討を行った.その結果は,昭和59年11月と60年2月の2度にわたって都知事に対して報告された.先の報告の抜粋はこの2回目の報告内容である.また,全線16kmの計画ルートと第一期に着工すべき区間として立川駅を中心とする約5kmを選定した.この内容は,そのまま,東京都総合実施計画「マイタウン東京'85」(昭和59年10月)に盛り込まれることになる.

 第2次検討委員会報告があった昭和59年のころは,昭和53年の第2次オイルショック後の景気後退期にあった.国家財政は赤字国債への依存度を高め,昭和55年には「財政再建元年」と銘打って積極的な財政改革が開始された.さらに57年度予算では,概算要求の段階で一律ゼロシーリングが課せられることになる.このような経済状況の中で,地方公共団体は,多摩都市モノレールに対する出資は負担が重かったのであろう.また,このモノレールと連絡する西武鉄道,京王帝都電鉄,小田急電鉄の積極的な経営参加意欲があって,民間部門の出資比率が高くなったものと考える.また,小田急電鉄は,モノレールの建設によって大きく影響される立川バスの親会社である.開業後の路線調整などにあたっては立川バスの出資参加が望まれるところであるが,立川バスは,従業員93人,車両39両が余剰となることから,営業補償を要求して対立したということが新聞報道された.ただし,この点については,立川市の企画担当者は否定しており,立川バスの車庫用地の一部取得に関する交渉があった程度とする.また南北に走るモノレール路線に対して,東西方向のバス路線整備について,現在路線バス各社と協議しているということであった.

 多摩都市モノレール事業は,昭和58年度に新規事業として予算要求されたが,大蔵省案ではゼロ査定となった.そのため,当時の鈴木都知事は,昭和57年12月20日,大蔵,自治,建設,運輸の各大臣を訪問して,多摩都市モノレールへの助成を要望した.その結果.設計費として3000万円が認められることになった.

昭和61年4月3日第三セクター「多摩都市モノレール」を設立.選任された役員は次のとおりである.

 取締役社長 鈴木俊一  東京都都知事

 専務取締役 別所正彦  元東京都建設局長

 常務取締役 坂井隆夫  前日本興業銀行

 常務取締役 市川 稔  前西武鉄道

 取締役   大山 忠  西武鉄道企画部長

 取締役   柿澤鴻児  京王帝都電鉄企画調整部長

 取締役   岡村 透  小田急電鉄総合企画本部長

 取締役   吉川新吉  東京電力多摩支店長

 取締役   波多野重雄 八王子市長

 取締役   岸中士良  立川市長

 取締役   森田喜美男 日野市長

 取締役   尾崎清太郎 東大和市長

 取締役   臼井千秋  多摩市長

 常勤監査役 岡戸武彦  前東京都立駒込病院事務局長

 監査役   鈴木禎二  富士銀行

また,総務部長に元東京都都市計画局主幹田中孝,技術部長に元東京都交通局高速電車建設本部建設部調整課長濱田秀郎が任命された.出資比率は低いが,社長,専務取締役を始め,部長職を都の出身者が占めるということで,都の影響力の大きさが窺える陣容である.

 昭和62年12月26日上北台〜多摩センター間約16kmの区間が軌道法により特許を取得.上北台〜立川北間を第1期区間として,平成2年6月26日に工事施行認可を受け,同年12月21日に工事に着手した.第2期区間立川北〜多摩センター間も平成3年9月3日に工事施行認可を受けて,同年11月に着工した.1996年時点の資料によれば,総工事費は1,795億円,そのうちの35.3%に当たる627億円がインフラ部,残り64.7%1,148億円がインフラ外部である.多摩都市モノレールが補助対象事業として採択された昭和58年度では,インフラ率を総工事費の44.9%とし,国と地方公共団体が1/2ずつ負担する制度であった.また,44.9%に収まらなかったインフラ部については,地方の単独事業として公共団体が負担することになる.他の都市モノレールはたいていインフラ部が44.9%を大きく超えることから,インフラに対する地方の負担は国の負担を上回ることになる.またこの総工事費とは開業時点の事業費を対象とするが,昭和59年には将来事業費を含む全体事業費を対象とすることに改定された.当初は小規模な施設で開業して,将来徐々に施設を充実していくということが可能となった.しかし,多摩都市モノレールに対しては適用していないようである.さらに,平成5年度からはインフラ率を59.9%に変更して補助率の引き上げを図っている.

 一方,インフラ外についての補助制度はなく,20%が出資金,80%が自己資金として日本開発銀行による融資と民間資金の借入れで賄われる.自治体の第三セクターに対する出資金の30%について交付税措置が講じられるが,東京都は不交付団体であるので,その恩恵は受けていない.また,自己資金として,自治体が起債して第三セクターに貸し付ける転貸債が認められているが,多摩都市モノレールについては適用されていないという.このケースで興味深いのは,泉町の運営基地の車庫上空を東京都住宅供給公社に貸し付けて都民住宅「立川泉町ハイツ」を建設.借地権に対する権利金を一括受け入れして,事業資金に充当した点である.香港のメトロでは,新線の建設費用を沿線の商業地開発や住宅開発で捻出する,開発利益の還元が広範囲に行われているが,開発利益とは異なるものの,同じような効果を持つ.第三セクターは,公営企業と違って兼業の制約がないので,路線延長にあわせて沿線開発を進めて,開発利益を回収することを検討しても良いのではないだろうか.

 平成9年はじめに車両が搬入され,12月から立川北と北隣の高松間で試運転が開始された.工事の進捗に応じて試運転区間を拡大するという.現在,玉川上水駅周辺部分の工事が遅れ気味であるが,12月1日に玉川上水駅近くで軌道桁締結式が行われた.

 平成10年内に立川北〜上北台間,平成11年度内に立川北〜多摩センター間を開業させる予定である.

 多摩都市モノレールの全体構想は.多摩地区に8の字型に広がる93kmの路線網を整備する壮大な計画である.平成2年11月東京都第三次長期計画では,平成3年度からの10ケ年に,多摩センター〜上北台間に続くおおむね20kmの路線の事業着手が盛り込まれた.平成3年10月「多摩都市モノレール次期整備計画調査委員会」を設置,4年12月に上北台〜箱根ヶ崎間約7kmを事業化すべき路線,多摩センター〜町田間約13kmと多摩センター〜八王子間約17kmを事業化に向けて導入空間の確保に着手すべき路線とすることを発表した.

 現在運行中の都市モノレールは,いずれも困難な経営状況から,出資増,低利融資など,自治体の負担が増大している.第三セクターの欠点として,会社に当事者意識が無く,経営が非効率となる傾向を持つうえに,自治体への依頼心が大きいという点が指摘される.

 多摩都市モノレールについては,経営が難しくなった場合に,公共部門による支援策は,その出資比率に制約されることになる.幸い,立川を中心に南北に結ぶ多摩都市モノレールの場合,都市整備と対をなしたプロジェクトであることから,立川新都心へ向けた新しい交通流動を生み出す可能性が大きい.現在推進中の都市モノレールの中で,もっとも有望なプロジェクトとして期待できるであろう.


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