瀬戸谷の製材所の水車跡遺構
 瀬戸谷のタガタノ谷合流付近の左岸に上流から山腹に延々と水路を設けており、水を利用した水車による製材所跡の門型石積みの遺構が残されている。
「吉和村誌」によると明治末から大正にかけて谷川の水を利用した水車による丸鋸板製造が始まったとあり、吉和村内の山中各地にあったようで、この遺構も水を利用した水車による製材所跡とみても間違いないであろう。

 右谷とカワジ谷の合流付近から取水して、左岸の中腹に延々と水路が設けられている。水路の土手には自然石が所々に並べてあるのが残っている。

 門型に造られた石積みは加工された石を利用しているので比較的新しい時代、明治末から大正期のものに相当する。この門型の石積みの間に水車を設置していたものとみられる。
 約10メートル上の水路からは斜面に凹状の石積み水路が設けてあり、途中に方形のコンクリート礎石状のものが残されている。
よしわ地区点描