種箆沙論(へらサロンと呼びます)

  種箆は廿日市市平良付近の古地名で、承平年間(931〜937)に編纂された「倭名類聚抄」に種箆郷、平安初期の律令の施行細則である「延喜式」に種箆駅がみられる。記載順からみていくと種箆が平良に転化したものとみられ、種箆は平良を中心とする地であるとの諸説は一致している。下平良には駅家に関連するとみられる馬ヤガ迫の地名がみられるがまだ古代官道跡や駅家(うまや)跡などは確認されていない。
  また、上平良に馬ヤガイチの地名がみられこれも駅家関連のものとして多くの刊行物で発表されている。しかし、この地名については厳島文書に平良御厩垣内、御馬やしゅうり田(平良村に有)、御馬屋修理免などとみられ、これは中世の厳島社御厩に関連するものとみられ古代官道とは関係のない地名であることがわかるのである。
  読み方については諸説があり「へら」「うへら」「うえへら」「たねへら」などがある。このロマンある古地名『種箆』をとつてライフワークネーム『へらサロン』と名付けた。
  廿日市は歴史ある地であり多くの史跡・文化財・社寺仏閣などがあります。本サイトは厳島社との関連の深かった旧市域の紹介を主体にしていますが、平成15年3月1日に廿日市市域が拡大した吉和地区・佐伯地区、平成17年11月3日に拡大した大野地区・宮島地区の紹介も鋭意充実させていきますのでご期待下さい。
  
当サイトは平成20年4月4日現在99.75MBのサイズとなっており、制限容量(無料)100MBに迫っています。追加更新はできませんが見直し変更などをして内容を充実させていくつもりですので宜敷くお願い致します。
 どうぞごゆっくりと御覧下さいましてご感想ご要望などお聞かせ下さい。種箆沙論 藤下憲明

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