いつか虚空の上で

解説

武田 暗

 夏の暑い日だった。
 いつも通り、大学の食堂で司馬遼太郎の文庫本を読んでいた僕の前に上杉君と朱雀君(当時はまだ、その名ではなかったが)がやって来たのは、本当に暑い初夏の午後だった。
 「実は、俺の友達で、某というのがいるのだが」
 朱雀君が僕の前にカフェテリアの薄い珈琲を差し出しながら話し出した。
 「そいつの高校の友人(現在、某有名漫画家)とそいつと我々でこの夏、同人誌を一発作ろうと言う話がある」
 「ふうん」
 僕は気のない声で返事をした。確かにこの二人と僕は話があった。いや、この大学で、サイエンス・フィクションの話ができるのはそうはいなかった。たとえ上杉が朝日ソノラママニアで、朱雀が田中芳樹しか読んでいなくてもそのほかの
 「SF、なあにそれ」
 という連中よりは随分とマシだったのである
 しかし、せめて、僕の友人には早川の銀背の三桁も読んで欲しい。そう思ってもそんな人間はどこにもいなかった。
 「でだ、実は上杉に、一本書かせようと思ったんだが」
 朱雀君が続けた。
 「上杉先生、酷いスランプでだめなんだ。そこで、○○(当時、僕はまだPNを持っていなかった)君に是非ともお願いしたくてね」
 「ふうん。だったら、ばりばりのハード系でも書けと? ダイソン球における二次元生命体の興亡について書いてみたいと思っていた所なんだけどな」
 しばしの沈黙が流れた。
 「いや、その、あまりにも高尚なのはちと困るんだ。レベルとしては朝日ソノラマレベル。もう一つの某が書くのが、『SF3D』なんだ」
 はん、僕は鼻で笑った。
 「そんな、僕はそっちの方は門外漢なんだな。他当たってくれよ」
 「問題はないのだ。○○。資料はそろえた」
 上杉君が二冊の本と、数枚のコピーを差し出した。
 「これは俺の設定だが、これをこんな感じで書いてくれると有難い」
 『FSS』の第一巻。神林長平氏の『戦闘妖精雪風』、そして上杉の字で書かれた『ポジティブ・チルドレン設定資料』と書かれたコピーを前に僕は途方に暮れたのだった。
 1988年のことだ。

 というわけで、これが僕の真実だ。(走召木亥火暴)(ああ、懐かしい)
 誰が何と言ってもこれが真実だ!

 ボケはこの辺にしておいて、今回、僕の精神的慰謝料の一環として、掲載することとなったこの『いつか虚空の上で』はこうして僕が書き出した『PC−98(プラネットクラッシャー タイプ98)』のアウトストーリーということになる。
 同時に、上杉が今回、同時に公開される新作として執筆した『ポジティブ・チルドレン』とは大本の設定が同じと言うことになる。ダイムラーベンツと、熱田のエンジンのような関係になるのだろうか。
 といっても、パイロットとナビゲーターと兵器という組み合わせだけが同じといった程度のことしかこの二作品だけをみると残ってはいないようだ。
 本編は6話を予定していたが、第5話目が予想以上にふくらみ、前後編となったところで掲載誌が消滅。未完のままとなった。(他に『ぶるうさんだあの敵はえあうるふだ』というキャラクターが同じで舞台も背景も違う番外編が存在)

 この作品は、上杉があの暑い初夏の日の7年後、就職後の雑務の中、何とか創作を続けようとした断末魔の中で書かれた一編だ。
 なんとか書き続けたい。そう考えた彼は彼曰く『恥も外聞もなく』里子に出した設定で小説を書き続けようとした。また、リレー小説の設定でオリジナルを書こうとしたのもこの頃だった。しかし、彼に利あらず、結局、6年以上の沈黙を余儀なくすることになる。
 たぶん、彼ははき出しすぎたのだろう。高校時代80年から95年まで。15年間、ろくな補給もせずに書き続けたのだろう。
 しかし、状況は変わった。
 今や天井が落ちかねない数の書籍とアニメLDが彼の中に蓄積された。あの蓄積されたものは脂肪だけではない。(はずだ)
 あとは、夜の麦酒を珈琲に替えて、ほんの少しワープロの前に座ってくれればいい。きっと数々の作品が生み出されるのではないだろうか? (少しは痩せるだろうし)

 どこが解説かというような気がしてきたのでこの辺で切り上げるとしよう。たぶん彼のキャラクターがどう、とか、女性の演出がこうとかはそういうことをいうのが大好きな朱雀がやってくれるだろう。なんか、解説というよりは思いでのような文章になった。
 はやいとこ『PC−98』を完結しろ! などと言われる前に退散するのが良いと思う。ちなみにその予定はたぶん、ない。

 

資料

 一般常識として知られる通り、『彼ら』との戦闘はそれまでわれわれが経験したいかなる戦闘とも異なる。
 北極点よりおよそ一〇〇〇キロ、東経およそ一七〇度に突如発生した巨大な紡錘形の「通路」。そこから現われた『彼ら』の先制攻撃は我々の地上戦力の三分の一を消滅させた。
 もしもわれわれが、超光速航法を現実のものとし、他惑星への移植を行っていなかったならば、おそらくは、彼らの歴史書の一頁にその名を残すだけの存在であったはずだ。むろんこれは『彼ら』が歴史を記録するとしての話だが。
 幸いにも、われわれはいくつかの植民惑星に戦力を、安全なシェルターに政府首脳を残し、ただちに反撃を開始することができた。
 と、同時に『彼ら』の特異性も明らかにされたのである。彼らは、『人』ではなかった。正確に言うならば有機体から成る生命体ではなかったのだ。
この事実は人類を恐怖させるに充分すぎるものであった。今までわれわれの『敵』は異なる氏族、異なる部族、異なる国家に生まれた、たとえ肌の色が異なっていたとしても同じ惑星上で同じ進化を辿った生命であり、理解し合うことが可能であることを一部の知識人は予想していた。
 むろん、この事実に全ての民衆が、いや全ての指導者が気がつくまで、われわれは『世界の紛争地域』と言う白地図を、ただの一年も白いままにすることの無い血みどろの戦いを経験したわけだ。
 そして、そのことを理解したはずでありながら、植民惑星に移ったとたん、他惑星を『敵』とし喜々として同じ歴史を繰り返した。
 しかし、これはすべて、相手を知った上での喧嘩でしかなかった。そのことを『彼ら』の出現はわれわれに思い知らせたのである。
 『彼ら』は有機生命体ではない。
 われわれの恒星間戦力と、地上残存戦力との協力により撃破された『彼ら』の死体、いや残骸を研究した学者達は肩をすくめてその結論を導きだした。
 われわれが得た黒こげのサンプルを最初に検討した彼らはこう言ったものである。『この生命体は体内にロボットを飼っていた』と。
 しかし、この仮説は次々と上がる戦果によってたちまちのうちに否定された。ある部隊が捕獲した学者らの言う生命体。しかし、我々の調査隊が内部へ侵入するまでぴくりとも動かなかった『それ』は調査隊が調査を開始したとたん研究所を全壊させ、市街地へ逃走。軍が破壊するまで一〇キロ四方を廃虚と化した。
 学者達がロボット判断したものが『彼ら』そのものであり、『それ』は『彼ら』の兵器であったのだ。
 更にわれわれの背筋に冷水を浴びせる事実が判明する。調査隊は発狂したのでも、攻撃システムを誤って作動させたのでもなかった。『それ』の内部に入った調査隊はそのことに気付いた『それ』に「同化」させられたのだ。まるで、色の違う粘土をコネ合わせたかのように調査隊は彼らが持ち込んだ機械とともに、『それ』の一部と化していた。その原因と、『彼ら』が何故「同化」されないのかは今となっても判明していない。
 われわれの首脳部と軍部が、そして民衆がその事実を知ったときの恐怖はいかなる言葉を使っても表現できないだろう。ただちに『彼ら』を撃滅せよ。外部に敵を持ったわれわれは史上希にみる協力体制を敷くことに成功した。そして、長いが確実に勝利を続けた戦いの後での一大作戦『ブルーム』を実施。『彼ら』を「通路」から掃き出すことに成功したのである。
 しかし、「通路」の向こうへ逃れた『彼ら』を追撃すべく、続いて行なわれた『インサート』作戦はかつてない惨敗に終わった。
 「通路」の先にあったのは天使のいる天国でも悪魔の待つ地獄でもないことは各種の無人探査機、そして短時間の有人偵察によって判明していた。そこにはただ、砂の惑星が広がっているだけだったのである。この砂の惑星は、今もってなおこの宇宙のどこに位置するのか、本星との位置的関係がどうなっているのか判明していない。しかし、一面の砂でありながら、大気は充分に呼吸可能であり、重力に関しても本星とほとんど代わりがない。このことは、われわれの兵器がそこでも同じように、効果的に『彼ら』に作用することを意味していた。
 それでありながら、我々は『彼ら』を追撃し、戦わずにして敗れた。先頭部隊は敵を見ぬまま三日間惑星上を進軍。そしてその朝、数人を残し彼らの教官から言われた通り兵器と一体となったのである。「同化」であった。砂の惑星は『それ』の内部と同様の何かが起こる場所であったのだ。
 ここで、戦線は膠着する。しかし、このことは我々にとって完全に不利であった。『彼ら』は戦力を立て直し再び我々を襲うことができる。対してわれわれは、「通路」の前で『彼ら』の大軍が「通路」を満たすまで待つしか能がない。しかし、われわれは無為に戦いの歴史を歩んで来たのではなかった。ただの骨を兵器とした猿の子孫は「インサート」作戦の数少ない生存者。「同化」しなかった兵士に着目したのである。
 そして、学者達は今度は誤りなく結果を突き止めた。特殊な遺伝子。生存した兵士達に共通する特殊な遺伝子。それが、「通路」の向こうで、そして、『それ』の内部で発生する原因不明の「同化」作用に対抗する鍵であった。
 その発見こそ、SSS(サンド・スター・ソルジャーズ)結成の瞬間だったのだ。
 そして、戦場は通称サンド・スターへと移ったのである。

 半世紀が過ぎた現在、サンド・スターにおける、われわれの本星防衛任務はSS側の「通路」を中心とした半径五〇〇キロの円周上の成層圏を周回する空中要塞『ビッグ・モス』を始めとする六基の空中要塞が行なっている。
 これは、SS地表に基地を建設した場合、特殊遺伝子を持った人間がいかに「同化」を免れようとも、機械が「同化」を行なってしまうことから逃れようとした窮余の一策であった。
 成層圏を浮遊する『ビッグ・モス』は、その奥深くに装備された、恒星間宇宙戦艦用反応炉が駆動する反重力システムによって、成層圏を浮遊している。特殊合金でできた表面には、メガロポリスの十日分のエネルギーを一日で消費すると言われる強力なシールドを張り巡らせ、「同化」を防いでいる。われわれが得た最強の軍事要塞。それが『ビッグ・モス』である。
 当初、同級の空中要塞をもう三基、二回り程小型のものを四基建造するはずだったとも言うが予算上の問題と『彼ら』の侵略の後退によって縮小され、小型要塞五基に置き換えられた。

 現在SSSの主力戦闘機械はPC−九八型と呼ばれる大型の戦術機動銃士である。機動銃士とは強力な火砲を装備した人間型兵器で、人間の行なうほとんどの動きを各関節のキャパシテイが許す限りトレースする事が可能である。
 PC−九八型のPCとは惑星壊し(プラネット・クラッシャー)の意味があると言うが、フル装備のPC−九八型にはそれだけの力があるのかもしれない。事実、九八型にオプションで装備される四〇Mハイパー・デストロイヤー(HD)のフルショットは惑星上の電磁層を破壊しかねないだけの威力があるというのだから。
 しかし、九八型は高価であり、その数は少ない。SSSの全軍で九八型の書類上の定数は『ビッグ・モス』のAからMまでの十三中隊、三九機を数えるのみである。しかも、この数を満たしたことは採用以来片手程度の日数しかないという。このことについての、もう一つの、そしてほとんどを占める原因については後に述べる。
 単価について単純に比較すると現在の価格で、フル装備の九八型一機で重戦略戦闘爆撃機八八型が二機、過去においての主力、軽戦略戦闘機八〇型に至っては四機の購入が可能である。
 が、現在『彼ら』の主力機動兵器。暗号名『マック』、『ドルフィン』と一対一で戦えるのは九八型を除いて他にはない。
 さて、九八型の大量配備を妨げるもう一つのネックについて話を進める。強力な九八型は三つの頭脳を持つ。一つはパイロット、そして、このパイロットが当初から九八型の大量配備を妨げているのだ。九八型はあらゆる人間工学をその性能向上のために犠牲にした機体である。その最たるものが五感変換システムなのだ。この装置については厚い機密のヴェールが張り巡らされ実態をしることは不可能だ。微かに流れ出た情報を基に全体像を推測すると、九八型全身にくまなく張り巡らされたセンサーの情報をパイロットに送り込む装置だと言われる。
 すなわち、九八型からの情報と、自分の感覚器からの情報を分離選択できる能力がパイロットに無い場合は九八型の能力を百%生かしきることが出来ないとされる。それだけではない。もしも、無理にその能力が無いパイロットが九八型の五感変換システムを作動させた場合、発狂する場合もあると言われる。

 九八型の三つの頭脳の二つ目は、九八型本体に装備された超高速コンピューターだ。その惑星図書館並の広大なメモリーと、都市管理コンピューターに匹敵する演算速度は疑似的な感情さえも生み出すと言う。
 そして、最後の一つが『GIRL』と呼ばれる半無機生命体である。
 この言い方には語弊があるかも知れないが、「彼女」の神経系は学者達の「同化」研究の成果であり、無機質の常温超伝導体に置き換えられている。そのことによって「彼女」は人間の数倍から数十倍の反射速度を持つに至った。その代償は生殖機能の喪失と、人間の三分の一と言われる寿命の短縮である。むろん、人間にこのような非人間的な仕打ちが許されるはずが無い。「彼女」はわれわれの世界で大量に生産される中絶胎児を原料とする。胎児のなかで例の特殊遺伝子を持ったものは単なる掻爬でなく、外科手術によって取り出され、人工子宮に移される。その中で「彼女」は神経系の改造を受けるわけだ。俗称である『GIRL』とはこの移転の時点でほとんどの男子胎児が絶命するためだからだという。
 当初は活発であった『彼ら』との戦闘も五〇年にわたる間、いつしか緩慢なものに変化して行った。それと同時に義務であった特殊遺伝子保持者の軍務も志願制へと変わった。SSSはエリートの集団から変質して行った。
 われわれの意識もまた、大きく変わって行った。現在のわれわれにとって『彼ら』はもはや大きな脅威ではない。SSにおける戦闘ははるか遠くの植民星での開拓と同じレベルでしか語られない。しかし、『彼ら』はSSに存在する。『彼ら』は明日にでも第二次侵攻作戦を開始するかも知れないのだ。
 『彼ら』はわれわれとは全く異なる生命体である。そして、もしも、われわれどうしが理解したような方法でしか『彼ら』と理解することができないとしたら、われわれと『彼ら』は、お互いにまだ億万分の一の血も流していないのだ。
 警戒せよ。私が言いたいのははその一言である。

 N・ミズキ著「THE THEY」
武田 暗著『PC−98 STORY1 J中隊 出撃せよ』(1992,11)より