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私はこんな道を通って作曲家になった

4番ホルン

広島のバラ

銀バエ先生

柔らかい発想

念ずれば花ひらく

衣食足りても...

音楽と掛け算

Izzyさんによる藤掛語録
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知恵と知識
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文化と誇り

生きるという事

私という存在

新Millenniumのルネッサンス

今竹さん

マンドリニスト達よ!自信を抱け!

風になったマンドリン界のドン・キホーテ
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生きるという事

花を見ても,星を見ても,朝露を見ても,小鳥の声や

せせらぎの音にも感動出来る気持ちを忘れないで、

出来るだけ多くの生命と暖かい触合いを持ち

「生まれて来て良かった」と思えるように生きたいもんだね。

 

二度とない”今”なんだから!!!

今ここに生きて存在しているという事のなんという不思議!

 

一人の人間が美味しいと感じながら食べられるのは精々一日3食。

寝るのもベッドが一つあれば十分。

 

主義や主張や宗教が違うと言って争って、そんなもんどうしたっていうんだよ。

馬鹿馬鹿しい!

これから100年以内には確実にオレもオマエもアンタもみんな骨になっちまって、

この大きな宇宙の構成分子の一部分の塵として帰って行くんだよ。

今ここで呼吸して生きていられる瞬間の何と貴重で素晴らしい事か!

くだらん事にエネルギーや大切な時間を使わないで、命のある内に

”素晴らしいと感じられる人生を築き上げて行く事にのみ”

最大限の力を注いでいこうじゃないか!

テロだ!不況だ!と大騒ぎの昨年を見て、こんな事を感じました。

一人の人間に出来る事なんて、たかが知れているけれど「一隅を照らす」という気持ちで、

与えられた命を精一杯生かして、今年も音楽活動に取り組んでいきたいと決心しています。

(2002/1月)

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銀バエ先生

一匹の銀バエが部屋の中に入って来ました。

うっとおしいので手で追い払うとテーブルの上に止まります。

近くにあった新聞紙を丸めて叩こうとすると気配を察したのかサッと逃げます。

何度か叩こうと試みて逃げられてしまいましたが「これはすごい事だ」と気付きました。

 

「叩くぞ」というこちらの気持ちが分かるという事は、友情を持って接したら

彼(彼女?)にはそれが伝わるんではないだろうか? 

今度は気持ちを切り替えて「ごめんよ。外へ逃がしてあげるからこちらにおいで」と

話し掛けながらそっと手を近付けました。

すると逃げるどころか安心して指に登ってくるではありませんか。

「やはり分かるんだ」と私は嬉しくなってしまいました。

 

彼(彼女?)は私の日本語を理解した訳では無いでしょうが

気持ちは分かってくれたのです。

約束通りそっと外へ逃がしてやりました。

 

音楽は言葉にならない感性の世界を表現する為、

世界共通語という言われ方をする事があります。

音楽が人に伝わるメカニズムは、

このような仕組みによるものではないかという気がします。

 

私達は普段言葉を使って生活しています。

言葉という便利な手段のお陰で様々な恩恵を蒙っています。

しかしその反面で、言葉になる以前の多くの大切な想いや情報を

切り捨てたり取りこぼしているのではなかろうか?

音楽を銀バエに聞かせたら感動して聞いてくれるかどうか何とも自信がありませんが、

少なくとも私達人間も銀バエと同じように、言葉では無い手段によって

理解する能力を持った動物の一種である事は紛れも無い事実です。

言葉や表現になる以前の想いの大切さ、感性で物を見る事の大切さを

銀バエ先生に教えられた気がします。

(2000/2月4日)

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念ずれば花ひらく
                   

「念ずれば花ひらく」と力強い筆で書かれた色紙が我が家の玄関に掛かっています。

この詩の作者で四国にお住まいの詩人、坂村真民先生より頂いたものですが、

私が作曲をしたり指揮をしたり演奏したりする時だけでなく、

様々な分野での人生の生き方の大切な指針となっています。

 

作曲家になる為の勉強をしたくて加納高校音楽課程に入学した時は

(作曲課が無かったので)ピアノ課志望で受験しました。

バイエルを弾き終わるまでに10回程も間違えながら、やっと最後まで

辿り着いた事が、今では懐かしく思い出されます。

現在では自作品の演奏やCDを、日本だけでなくヨーロッパやアメリカでも

発表するようになり、そんな高校時代の事を考えると感無量の思いです。

 

「こうしたい」「あんな風になりたい」と思うから人間は行動を起します。

「こんな音楽を作曲したい」「あんな風に表現したい」と心の中に強く

イメージを思い浮かべる事により、そのような音楽が生まれてきます。

心の中に生み出された素晴らしいイメージを、より良い形で実現する為には

工夫や努力が必要とされてきますが、

そこにこそ技術上達の必然性が求めらます。

「まず始めに技術ありき」ではなく

「必要は発明の母」と言う言葉の方がピッタリくるような気がします。

 

しかし、永年伝統が蓄積されてきたアカデミックなクラシック音楽教育の中では

「まず形から入る」という日本文化の伝統が自然にそうさせてしまうのか分かりませんが、

表面の技術を重視するあまりに内面がおろそかになりがちになり

「技術的には悪くないけれど、結局何を表現したいのですか?」と言われている

日本人の音楽家をヨーロッパ等でも何度か見かけた事もあります。

これは非常に悲しい事であり音楽家として不幸だと思います。

 

正確に楽譜通りに演奏するだけなら現代ではコンピューターの方が信頼が置けますし、

最近はゆらぎや人間的なもたつきさえ正確に再現してくれます。

このような時代に於いては、ただ楽譜の再現だけをしている音楽家は

不要なものになってくるのではないかと思います。

人間にしか出来ない、血の通った人間だからこそ可能な

内面から溢れ出る表現というものが、ますます求められてくると思います。

人間は一人一人顔形だけでなく、好みや考え方、感じ方が違い、

全く同じという事はあり得ません。

各々の人達が生み出す想像力も無限の可能性を秘めています。

まさに、その点こそが人間の素晴らしさでありコンピューターには、

表面を真似する事は出来ても、決して勝る事が出来ない分野だと思います。

これからの音楽教育は、その点にますます重点を於いていかないと

不必要なものとなってしまうかもしれないと思います。

一人一人が心の中に素晴らしいイメージを膨らませて「念ずれば花ひらく」事を信じて

それを実現する為に努力していくのなら、なんと素敵な事かと思います。

そのような課程を経て生まれて来た音楽は

コンピューターには決して真似する事が出来ません。

 

「人々に豊かな感動や夢や希望を届ける事こそが音楽の持つ使命である」

と私は信じています。

悲劇を見たり聞いたりして「自分の苦しみや悲しみを浄化された」という人もありますが、

音楽を聞いて「明日への希望が湧いて来た」「勇気ずけられた」「癒された」

「慰められた」「元気になった」といった声を聞くと音楽家として非常に嬉しくなります。

 

「念ずれば花ひらく」の詩のように心に素晴らしいイメージを育てて、

それを大きく花開かせるような音楽活動をしていきたいと常に思っています。

(2001/11月)

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今竹さん

私の部屋の良く眼につく所に「今竹七郎さん(93才)」というデザイナーについての

新聞記事の切り抜きが額に入れて張ってあります。

「90歳を過ぎても新しい息吹きを吸収する為に刺激のある

ニューヨークへ一ヵ月間行ってきます」という記事です。

すごい人がいるんだなと思い、切り抜いておいたのですがその時は

「90歳まで元気で動き廻れるんだから恵まれた幸せな人だな」と単純に思いました。

しかしその後お亡くなりになった時の記事で始めて知ったのですが、

もう何年も前から車イスの生活だったそうです。

それでもいつも明るく前向きの姿勢を持ち続け2年に一回ずつニューヨークに行き

新しい息吹きを吸収する事を続けてこられたようです。

私は「今竹」というのは「今だけしかない」という人生に対する生き方を

ペンネームにされたのかな、と思い強烈なファンになってしまいました。

私もこんな風な生き方をしたいと強く思いました。

 

眼が見えなくても、歩けなくても、いろんな問題を抱えながらも、

一度しかない人生を、精一杯生かし切ろうと努力している人が沢山いらっしゃいます。

先日94才になられた、私の親しい詩人の中条雅二先生も、

まだ書きたい新しい世界があるので挑戦し続けていく、と話して下さいました。

私は、人生の目的は「二度とないこの貴重な生きている時間を最大限に生かして、

生きていて良かった」と思えるような人生を

自分自身で築き上げて行く事だと思っています。

 

なにも難かしい事ではなく、

花をみて美しいと感じる/空気のうまさ、食べ物のおいしさを感じる/

音楽や絵等を見たり聞いたりしてイイナと喜べる/友と語りあう/その他いくらでも

その人に合った目的や喜びを見つける事が出来ると思います。

「生きていて良かった」と思えるような生き方を自分自身で見つけていかなければ、

生きたくても生きる事が出来なかった多くの命に対して申し訳ないと思います。

悪い面を数え上げたら、きりがありません。

少しでも良い面を取り上げ、それをより大きく

育て上げて行くような行き方をしたいと思います。

自分がまず充実した生き方をして、出来ればその喜びを

一人でも多くの人に伝える事が出来たらもっと素晴しいのではないか。

そんな生き方をしたいものだといつも思っています。

 

もうお一人90才を越えてもご活躍の詩人、坂村真民先生の詩を紹介します。

   咲くも無心  散るも無心

   花は嘆かず  今に生きる

(2000/8月31日)

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広島のバラ

「Hiroshima Children」と名付けられた

美しいバラがロンドンのリージェントパークのバラ園にも咲いています。

このバラの生みの親は1999年、87才で永眠された

広島の外科医師、原田東岷先生です。

 

世界で唯一被爆体験を持つ国に生を受けた作曲家として、

平和への想いを是非作曲しなくてはと強く思う時期があり、

私は広島の友人達にお願いして多くの素晴しい人達からお話を伺いました。

そんな中で原田先生とも知り合いになり、広島に行く度に、

庭にバラの一杯咲いた先生のご自宅でお話を聞きました。

原爆の悲惨な原野から立ち上がり、原爆症の治療、

精力的な平和運動と働いていらっしゃった末、

辿り着いたのが「バラ」というのはとても暗示的に思えます。 

 

バラには一万種類を超す品種があり各々名前が付けられているそうです。

「ピース(平和)」というバラは第一次世界大戦が終った時に生まれたそうで

大輪の美しい花は世界中で愛されています。

「広島」の名を冠したバラを世界に広めたいという強い願いが新しいバラを作り出し、

バラを通じて友人になったイギリスの詩人が

「ヒロシマチルドレン」と名付けてくれたと嬉しそうに話して下さいました。  

 

「私も広島のバラのような音楽を作っていこう」と強く思いました。

「劫火の中に生まれ出た新しき生命、広島、それは今、世界の平和を築く聖なる力、、、」

先生の詩に私が作曲し初演したこの曲は合唱曲として英語やドイツ語にも訳されて

海外公演の曲としても度々演奏されるようになりました。

この歌を聞く時に原田東岷先生の胸にはどのような想いが去来していたのかだろうか、

その目に光った涙を私は一生忘れる事がないだろうと思います。

(2000/2月11日)

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文化と誇り

「日本人は床に直接寝るそうだけれど、本当かね?」

 

ロンドンで借りた家の大家さんは私の顔を見るとそう尋ねました。

「日本の家は靴を脱いで上がるのが普通で布団をしいて寝ます」と簡単に答えたのですが、

大学で教えた事もあるというイギリス人でも日本の文化に対して

この程度の理解なのかな、と気になっていました。

 

何日かして私は妻に日本ソバを作るように頼み大家さんをわが家の食卓に招待しました。

案の定、彼は日本ソバを音をたてないように注意して食べています。

そこで私は「イギリスではスープを食べる時に音をたてないのが

礼儀である事は私もよく知っています。

しかし日本では、ソバやウドンを食べる時はズルズルとすする音の中に

”おいしそうだな”と感じる文化を持っています。

もし音もたてないでソバを食べていると、気難しい江戸っ子ソバ屋の主人なら

--オレのソバはまずいのか?気に入らないなら出てってくれ---と

言うかもしれませんよ」と少し大袈裟に言いました。

彼は、私の真似をしてズルズルとソバをすすりながら「これでいいか?」と尋ねます。

少し意地悪をしてしまったかな、とも思いましたが、

お互いの文化の違いを説明するのにはとても効果的な方法です。
(勿論ズルズルと音をたててソバを食べるのが、誇りを持つべき
日本の文化だと思っている訳ではありませんので悪しからず!)

 自分達の文化を無理に押し付けようとして、

数々の戦争等を引き起こしてきた歴史がありますが、

お互いの違いをはっきりと自覚し、その違いを

尊重しあえるようにしていく事が、とても大切な事だと思います。

 

「地方の時代」という声を聞いて久しいけれど、真の地方の時代を築く為には

他から学ぶ所は謙虚に熱心に学びながらも、

心から誇りを持てるような自分達の文化を守り、作り、

育てて行く事しか無いのではないかという気がします。 

(2000/1月28日)

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音楽と掛け算

音楽の使命は人々に喜びや勇気、安らぎを与える事だと僕は信じています。

 

生きていれば辛い事や苦しい事、悲しい事も沢山あり

思わず負けそうになる時もあるのが人間だけれど、今という一瞬は二度と戻らない。

人間を含む全ての命は一生を充分に生きる当然の権利がある。

だからこそ、その権利を奪ってしまうような自然破壊や戦争を許す事は出来ない、

というスタンスで今後も音楽活動をしていきたいと思っています。

 

作品を後世に残そうなどという気持ちは全くありません。

真心を込めて作曲した曲が、たまたま時代や空間を超えて

人々に受け入れられて喜ばれるのは作曲家としてこの上なく嬉しいし

アメリカやヨーロッパだけでなくポルトガルや南アフリカ等

まだ行った事のない国でも私の音楽が演奏されているという知らせが入る度、

どのような聴かれ方をしているのだろうかと嬉しくなります。

「どんなに大きな数でもゼロを掛けたら
全てがゼロになってしまう。
出来るだけ大きな数を掛けよう」

僕は最近自分にそう言い聞かせています。

作曲しても発表しなかったら

ゼロを掛けた事と同じで全く存在しなかった事になってしまう。

どんなに素晴しい音楽でも聴いた事が無い人にとっては存在しない事と同義です。

知ってもらってこそ初めて意味が生まれる。

今までは「良い音楽を作曲する」という一事のみに全てを懸けて生きて来たのですが、

こんな当り前の事に最近やっと気付き新鮮な気持ちです。

人生には限りがあります。

体力と気力が充実してる間に様々な分野の人達と協力してコンサートを開き、

より多くの人達に私の音楽を聴いて頂けるように力を入れていきたいと思っています。

機会があった時には是非お聞き下さい。

(2000/2月25日)

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衣食足りても、

シドニーで一週間に渡るかなりハードなレコーディングがやっと終り、

ゴールドコーストのホテルで優雅なヴァイキング料理の夕食。 

日本では冬なのに真夏のオーストラリアでは丁度

中国の旧正月も重なって中国の人達も家族で多く泊まっていました。

みんな皿一杯に、食べ切れるのかな?という程の料理を取りテーブルに運んでいます。

すぐ隣のテーブルでは沢山運んで来たものの

乱雑に食べ残しテーブルを汚したままの子供もいます。

私達の子供には「あんなみっともない事はしてはいけないよ」と注意しながらも

自分でも思わずしっかりと沢山の料理を確保していました。

 

その時、少し離れたテーブルの若い白人のカップルが一品ずつ必要なだけ皿に料理を取り、

ワインを飲みながらゆったりと会話をかわして食事をしているのに気付きました。

思わず沢山の料理を皿一杯にとってしまう自分が

恥ずかしくなってしまいショックを感じると同時に

「あんな風にカッコよく食事をしたいものだな」と妻と話しました。

 

「衣食足りて礼節を知る」というけれど

現代の日本で食に事欠くという事はまず無いはずなのに

「衣食足りても礼節を知らず」というような状態になってしまうのは一体何故だろうか。

自分自身を振り替えって考えさせられました。

(単にあまり育ちが良くないだけのことかな?)

 

物質的には世界でも有数の豊かな国になったのに

精神面では非常にお粗末な状態ではなかろうか?

昔の日本はたしか精神の国とか言ってなかったのかな?  

「食べる」というのは大きな喜びの一つではありますが、

食べる為にのみ生きているようでは何とも悲しい。 

 

第二次世界大戦後、自分達を侵略した敵国日本の孤児達を

貧しい中でも自分達の子供として暖かく育ててくれた中国の人達。

本当の豊かさとは何だろうと考えさせられる経験でした。

食えるだけで有難いと思え!という声もあるし、難しいところです。

(2000/2月18日)

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私という存在

樹齢数百万年の樹に、数十年単位で落葉する葉が数十億枚。

こんな大木を想像した事がありますか?

私という存在は人類という大木の一枚の葉っぱだと実感として感じる事があります。

宇宙から眺めると人間の一生も、一日で一生を終えるというカゲロウや

地上に出てから一週間で土に帰るセミ達と同じように見えるのかな。

 

愛したり喜んだり悲しんだり、生きる喜びと共に

悩んだり争ったりするのが人間たる由縁で、

多くのドラマが生まれ、それが生きる事の醍醐味だとも思います。

人類という大木の他に動物や植物等多くの大木がこの地球という星の上にそびえている。

もう枯れてしまった大木もある。

核兵器や遺伝子操作まで自由に出来るような技術を手にした人類は、これから先、

自分達の手で自分達の木を枯らしてしまったりしないよう英知を集めて欲しいな。

人間はそれ程馬鹿じゃないからもっと楽観的にいこうよ。

その地球も他の惑星の中の一つであり、惑星が集まって銀河を形成していて、

その銀河がいくつも集まって、、アアアアアア。

そんな事を思いながら満天の冬の美しい星空を眺めていると、

壮大なこの時空間で自分に与えられた生きる時間のなんと貴重な事か、

つまらない事で悩んだりするのが馬鹿らしく思えて来ます。

 

「こんな曲を書きたい」と思ったら今書く。

「こんな事をしたい」と思ったら今しよう、と自分に言い聞かせてみます。

 

身の周りの出来事だけに目がいってしまう日常生活の中で、

ユニヴァーサル(宇宙的)な眼で自分自身を見る一時を持つのはいいものです。

「国境も宗教も無い世界を想像してみよう」と歌ったジョン、レノンの

「イマジン」という歌が心に浸み込んで来ます。    

(2000/1月21日)

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やわらかい発想

「添乗員さん!」と呼ぶ声に何事が起きたのかと声の方を見ると

「僕のスプーンとフォークが無いのですが」と

女性添乗員に説明しているのは、30才台後半らしい日本人男性です。

レコーディングの仕事も終っての帰り道、パリのホテルで朝食時の事です。

百人程座れそうな大きなその部屋には、あちこちに各国の

様々な人達が座って朝食をとっていました。

そこに三十数人の日本人団体が入って来たかと思うと座って

食事している人達を添乗員が排除し始めました。

他に空席が沢山あるから空いている所に座ればいいのに、と思っていた所

「添乗員さん」と呼ぶ大きな声。

皿の脇にスプーンやフォークが置いてあるのが、声の主の所だけ忘れてあったようです。

フランスの給仕人がその男性のすぐそばにもいます。

こんな場合あなただったらどうしますか?

添乗員が走って来て、スプーンとフォークを持ってこさせました。

件の男性は嬉しそうに添乗員にお礼を言っています。

 

私は無性に腹が立って来ました。

パスポート等で問題があり交渉しなくてはならないのに言葉が分からない、

というのなら当然だと思いますが、スプーンやフォークを持って来てもらう事なら

幼稚園の子供でも朝飯前に出来るんじゃないか。 

うまく伝わってスプーンとフォークを持って来てもらったら、

にっこり笑って日本語でもいいから「ありがとう」と一言。

ブランド品だけ買い漁って持ち帰るよりずっと

良いフランス旅行の思い出が残るというものです。

出来たら「有難う」くらい、その国の言葉を覚えて行って欲しいけれど。

 

過保護により自主性を損ねてしまわないよう、自分の力で考え工夫するという

柔らかい発想の出来るような教育が、これからますます求められると思いました。  

(2000/1月14日)

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四番ホルン

学生時代にオーケストレーションの実地勉強がしたくて、

プロオーケストラのホルン奏者として、働いたことがあります。

学校巡りのコンサート等が多かったのですが

定期演奏会にも出たことがありました。

アア〜恐いもの知らずとはこのことです!

しかし若いというのはいいものです

 

ホルンは4人一組でハーモニーを作っていくのですが、

普通は1番と3番が高音を担当し、

2番と4番は低音を担当するように書かれています。

従って1番奏者と3番奏者のパートには

素晴しいメロディーが割り当てられていますが、

2番奏者や特に4番奏者のパートには、

メロディーらしいメロディーが書かれていることは少なくて、

「ポー」「プー」「ブッ!」「パ〜〜〜」とかの音しか書いて無いことも多いのです。

下手なので必然的に4番ホルンのパートしか任せてもらえない私としては

「1番ホルンの、あの素晴しいメロディーを思いっきり吹いてみたいな」と

いつも憧れていました。

「四番ホルンというのは目立たないけれど

オーケストラのハーモニーを豊かに充実させるのになくてはならない存在なんだ」

と分かっているつもりなんだけれど、

たまには一番ホルンのようにカッコよくメロディーを吹いて見たい、と思っていました。

早くうまくなって1番ホルンに昇格すればいいかもしれないけれど、

そう簡単に事は運びません。

 

そんな4番ホルン奏者にとって、ワクワクするような譜面と巡り会いました。

定期演奏会の曲目でチャイコフスキーの

「シンフォニー4番」を取り上げることになったのです。

曲の頭から4本のホルンは、ファゴットと一緒にオクターヴのユニゾン(同じ音)を

ff(強音)でテーマメロディーを吹くのです。

嬉しくなってしまった私は思いっきり思いを込めて吹きました。

すかさず「4番ホルン!やかましい!」という指揮者の声。

バランスはとても大切なので、私が指揮をする時も、

きっと同じような事を言うのではないかと思いますが、

演奏する方の立場からすると、全体のバランスを考え、自分の立場もわきまえて

音を出していかなければならないと分かっているのですが、

たまにには「カッコいいメロディーを担当してみたいよ〜」

というのが本音ではなかろうか、と思います。

 

シンフォニーの30分間に一つだけ音を出せばいいシンバル奏者とか、

ドボルザークの「新世界」交響曲のチューバ奏者のように

二楽章の8小節間だけ音を出して、後は1、3、4楽章、と

他の演奏者が忙しく働いている間、

楽器を持ったまま〜ステージにいるだけ〜というのなんて、

「濡れ落ち葉」とかなんとか言われながら

会社にかじりついているサラリーマンの図みたいで、

重い楽器を運んできているのに、本当にかわいそうになります。

チューバ奏者が悪い訳ではないので

「3楽章や4楽章でも働き場所を作ってあげればいいのに、」といつも思います。

 

それ以来、私は作曲する時に、2ndヴァイオリン、2ndオーボエ、コントラバス等、

普段あまり日が当たらないけれど大切なパートにも、出来るだけ

重要なメロディーを割り当てる、という癖がついてしまいました。

人生に於いても四番ホルン奏者のように、 目立つ訳でもなく注目もされないけれど、 いないと困るという役割を立派に地道に果たして生きている 多くの人に支えられて この世界は動いているんだな、と思ったりします。 そういう4番ホルンのような生き方をしている人々にも 充分光の当たるような世界って、いいな...と思いませんか?
(1998) 

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新ルネッサンス

様々な分野にコンピューターが導入され、私の仕事に於いても

今まではペンで一音ずつ五線紙に書き込んで仕上げていたのに、

メロディーを鍵盤で弾けば楽譜を自由に書く事が出来るようになりとても楽になりました。

近年のコンピューターの進歩を見ていると、豊かな感性さえあれば専門的な知識が無くても

誰でも素晴しい作曲が出来るようになる時代もそんなに遠い事では無いと思われます。

 

作曲や演奏にコンピューターを使っているのを見て

「仕事は機械がやってくれるので楽だね」と言われる事があります。

「楽譜を書く」とか「難しい譜面を演奏する」とかの単純作業は

コンピューターのお陰で本当に助かります。

しかし感動につながる「音楽表現の本質を生み出すという創造の作業」は、

ペンで書いていた時と何ら変わる事はありません。

赤い血が流れ喜びや悲しみという感情を持った動物であるのが人間であるという

基本事実が変わらない限り、どんなにコンピューターが進歩しても、

この関係は変わらないし変えるべきではないという気がします。

 

人間を含めた全ての生き物はまさに生きており、体を多いに使って遊んだり、

物を手で作ったりする生きた経験からしか豊かな感性は育たないのではないだろうか?

仮想の体験があたかも現実であるかのように思い込ませてしまいかねない

コンピューターゲームに取り囲まれている現代の子供たちを見ると

「これで豊かな感性が育つのだろうか」と、

とてもそら恐ろしいものを感じる事があります。

コンピューターの奴隷となることのないように、

素晴しい召使いとして使いこなしながら、

人間性豊かな現代のルネッサンスが花開く.......

その役に立てるような音楽活動をしていきたいものだと思っています。

(2000/1月7日)

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マンドリニスト達よ!自信を抱け!

マンドリン独奏コンクールの審査を担当したり、マンドリンのコンサートを聞いたりして

「素晴しい」と感動したり、「ウーン、何だか違うな。

こんな風じゃない方がもっと良いのに、、、」と思うことが、当然の事ながらあります。

これらの思いは具体的には何に起因しているのか、どうすれば「素晴しい」という事になるのか

という事を、一人の作曲家としていつも気になっていました。

「これが結論であり、全て正しい」と言う気はもうとうありませんが、

ひとつの意見として参考にしていただければ、と思い敢えてここに書きます。

 

まず、自分の技術の事は考えないで、最も理想的だと感じる音や音楽を

、自分自身の感性で想像する事が大切ではないかと思います。

技術が先にあるのではなく、「こんな風に弾きたい」「こんな音を作り出したい」

「こんな表現をしたい」「こんな事を伝えたい」と、

まず想像する事、そういう理想的な音楽を生み出していくにはどうしたら良いかいうことを

客観的に追求していく課程で、技術に工夫が生まれてくるのではないか、と私は思います。

 

その為には素晴しい音楽だけでなく、絵や文学、哲学、映画その他の幅広い分野から吸収する事も

大きな影響を与えると思いますが、一番の問題点は「自分の意見、思ったこと、

自分の感じ方をはっきり表現しない」

という日本の美徳にあるんではないか、と私は感じています。

大学のマンドリンクラブ等から手紙を頂く事も多いのですが

「皆様におかれましては益々ご健勝の事とお喜び申し上げます。」

に始まる文章なので「おやおや」と思い読み進むと、私個人あての文章だったりして唖然とし

「テメーら学生だろう!自分達の言葉で言いたい事をはっきり言わんかい!」

と思わず怒鳴りたくなってしまう事もあります。 

こんな手紙では相手の心に届く等という事は不可能ですので、ましてや

多くの人達の心に訴えていこうとする音楽に於いて、

自分の思いや意見の内包されていない歌が届くはずがありません。

もう20数年も前の話ですが、私が初めてヨーロッパへ行った折、

あるベルギーの実業家の家の夕食に招待され、

その席で言われた言葉が今でも忘れられません。

その人に「日本人のビジネスマンはイエスかノウかはっきり言わないし、

自分の意見をはっきり言わないから嫌いです」

こうはっきりと面と向かって言われて、思い当たる節もあり何も言い返せませんでしたが、

政治家の海外での言動を見ても今だにあまり変わっていないと

思わせられる事も多々あり時々恥ずかしくなる事があります。

”一事が万事”という気もしますが、政治やビジネスの世界の事はそれぞれ事情もある事でしょうから、

ここで何か言うつもりはありませんが、少なくとも音楽の世界に於いては

「私はこのように表現したい」という強い自信に溢れた想いを持って欲しいと思います。

前回のソロコンクールの時に一位になったドイツから来た女性の演奏は、

まさに「私はこう思う---という自信に溢れた彼女の世界」が一杯つまっていました。

テクニックはその内面を表現する為の手段と成り切っていて、

少々の音のミスや技術はどうでもよくなってしまう様に

感じさせてしまう程、内から溢れ出してくる音楽が自然に人々を

引き付けて離さない演奏は今だに鮮やかに記憶に残っています。

たまたま使った楽器が「マンドリンだったなあ」という印象で

楽器よりも音楽が記憶に残りました。

誤解しないで欲しいのは、私が「技術はどうでもいい」と言っているのでは全く無く、

「まず高い理想を持ってそれを大切にし、実現する為にのみ技術を磨いて欲しい」という事です。

日本の多くの素晴しいマンドリニスト達には、どれもがあまり変わらない

既製品のような同じ顔というのでなく、

「オレはこう思う」「私はこんな風にどうしても表現したいんだ」という

一人一人違う自分の世界を持って欲しいと思います。

それが上記のタイトルをつけた私の意図です。

 

もう一つ申し上げたい事は「マンドリンはマンドリンであり

ヴァイオリンとは違う」という当り前の事をしっかり自覚した上で、

マンドリンだからこその魅力を最大限引き出して欲しいという事です。

「楽器も弾けないくせに」とお叱りを受けるかもしれませんが、門外漢だからこそ

何の先入観もなく感じることが出来るというのも一つのメリットだと思います。

 

先日もテレビから、無駄な力の入っていないソロマンドリンの

美しいトレモロの音が聞こえてきて思わず聞きほれてしまいました。

こんな美しい音ばかりで合奏をしたらきっと綺麗だろうなと思いました。

マンドリンというのは、誰でも簡単に取り組む事が出来、

気軽に演奏出来るけれども、実際は、とても繊細な楽器であり、

少しでも無駄な力が加わったりすると、バランスを崩して汚い音になってしまい、

美しい音を作り出すのがかなり難しい楽器なのではないかと思います。

奏者の想い、イメージが、余分な力に邪魔されないでそのまま弦に伝わり、

楽器全てがホールの響きとも一体となって鳴り響いた時は、本当に感動的な瞬間です。

こういう瞬間がもっともっと多くなって欲しいと思います。

その為には、自分の内面の想い、イメージを強く持つ事と同時に、自分の出した音を

醒めた客観的な眼で捉える事がとても大切だと思います。

内面を支えるイメージ、想いと、物理的な音の美しさ、、、、この二つが融合して生まれた、一つの

音楽空間は、必ず感動を呼び起こすこと間違い無しだと思います。

 

そんなマンドリン音楽があちこちで聞かれるようになる事を祈っています。 

1998年12月   藤掛廣幸

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作曲家として生きてきた中で嬉しいことや悔しい事、恥ずかしい事カッコ悪かった事や頭にきた事、
感動したことや感じたり思ったりした事を、そのまま書いてみようと思い、このページを作りました。
気が短いし飽きっぽい性格だし、定期的に更新してゆくなどという事は考えないで
気が向いたら書き加えていこうと思いますので気楽に楽しんでもらえたら嬉しく思います。

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