笠縫

原始宗教の時代

 笠縫駅を出て、寺川を越えまっすぐ東に歩いてみました。

 このあたりは水田と畑しかありませんが、のどかな田園風景は大好きです。今まで数々の古墳を見て歩きましたが、これから見に行くのは最も古い古墳のひとつといわれる、箸墓(はしはか)古墳です。

 埋葬されているのは、倭迹迹日百襲姫(やまと-ととひ-ももそ-ひめ)という7代孝霊(こうれい)天皇の娘です。しかし、あまりにも長い名前なので、ここでは「ももそ姫」と書くことにします。

 今風に言えば、ももそ姫には超能力があったと伝えられています。

 その超能力とは「神の声を聞く能力」です。いわゆる「神のお告げ」として予言をしたり、人間の願いを神にとどけたりする不思議な力です。

 古代では、自然現象のすべては、神の力によって起されていると考えられていました。人間に恵みをもたらすのも、災いをもたらすのも、神の意志であると信じられていたのです。

 その神と交信できるのですから、限り無く貴い存在です。そんな神秘的な力をもった女性は、巫女(みこ)と呼ばれました。

 巫女の始まりについて説明したいと思います。

 『古事記』に書かれているわが国の神話に、天鈿女神(アメノウズメノカミ)という女神が登場します。この女神のエピソードが日本の原始宗教がどんなものであったかを、知るてがかりになるのです。

 世界中の民族に太陽神信仰があります。太陽を最高の神様として拝み、五穀豊饒や民族の繁栄を祈る、最も初期の宗教です。

 わが国にも天照大神(アマテラスオオミカミ)という太陽神がいて、古代人にとっては最も貴い神様でした。全ての世界を照らし、限り無い恵みをあたえてくれるアマテラスは「神の中の神」といってもいい存在です。

 ところが、そんな太陽神にもピンチがおとずれます。太陽神はある日、とても悲しい事があったので、 天岩戸という天空にあいた洞くつに隠れてしまったのです。太陽がかくれてしまったので、下界は闇に包まれました。

 これはこまった事になったと、全国から八百万(やおよろず)の神々が集まり、アマテラスを天岩戸から誘い出すにはどうしたらいいか、話し合いました。良い知恵が浮かばず、時間だけが過ぎてゆきます。このまま永遠に闇夜が続くのでしょうか?

 そこに颯爽と現れたのが天鈿女神です。

 若く美しいこの女神は、神々の前に舞台を造り、妖艶に踊りはじめました。

 その踊りはしだいに激しくなり、それにつれて衣装がはがれ、ついには全裸になるはど熱狂的になってしまったのです。

 それを見ていた八百万の神々はどよめき、拍手大喝采です。日本の神様もさばけていていいですね。なんともおおらかです。

 天岩戸にかくれていたアマテラスは外がさわがしいので、何事か? と顔を出すと、神々が楽しそうにノリまくっています。そんな雰囲気になぐさめられた太陽神は外に出て来ました。

 こうして、地上に光がもどってきたのです。

 太陽神が天岩戸にかくれたといってもピンときませんが、これは皆既日食の事だと考えられます。

 皆既日食は、太陽と地球の間を月が通過する時、月の影になった部分からは太陽がかくれて見えるという現象です。現代では壮大な天体ショーとしてみんな面白がって見ますが、天文学の知識などない古代人にとっては非常に不吉な出来事だったようです。

 日の出や日没のように、毎日くりかえされる現象ならともかく、なんの規則性もまえぶれもなく太陽が暗くなるのですから、とてつもない恐怖を感じたのでしょう。

 このまま永遠に闇夜が続くのだるうか?

 そんな不安がこの神話の原点だと考えられます。皆既日食を「神の悲しみ」だと解釈した古代人たちは、異常気象や巨大地震などの天災を「神の怒り」としてとらえていました。

 神の悲しみをなぐさめ、神の怒りをしずめる天鈿女神は、天災から人々を守る巫女の開祖になりました。

 神にささげるものは、熱狂的でエロチックな踊りです。これがわが国で最も初期の宗教儀式のひとつのようです。

「こんなストリップ劇場みたいな事が、本当に古事記に書かれているのか?」と思う人もいるかも知れませんが、神話にはエロティックでグロテスクな部分がかなり多くあります。

 現代人の「常識」とはかなりかけはなれた世界なのです。

 巫女のように神や精霊と交信できる人をシャーマンと呼びます。

 そのシャーマンによって成りっ立ている宗教をシャーマニズムといいますが、ある宗教学者はシャーマニズムを「エクスタシーのテクニック」と定義しています。

 日本の原始宗教は、南国風官能的シャーマニズムだったようです。 

卑弥呼の墓

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