「・・・なぁ、こぐまぁ」

 先ほどから何度となく二段ベッドの上からの視線を感じていたが、やっと声がかかった。
 控えめな呼びかけに こぐま こと 五反田しぐまはパソコンのキーボードに手を乗せたまま”brb(すぐ戻る)”とタイピングしつつ顔だけちらりと振り返り、声の主 蓑を見る。

「・・・どした」

 すでに頬を赤らめて うっと一息つまる蓑を見て、これは何かろくでもないことを言われそうなきがすると思った。

「あの・・・さぁ。せ…っくすって、したことあるか?」

 予想的中。

「あるとおもうか?俺が。この年で」

「あ、いや、う・・・ごめん・・・」

 最近無自覚の恋が実った同室の彼は、いろいろと悩めるお年頃ってやつなんだろう。相手が相手だけにおおっぴらにするわけにもいかず、誰かに軽く相談することものろけることもできず…結局数少ないその事実を知っている俺にすべてが降りかかってくる。

 正直、心中は複雑だ。
 認めたくはないが。

 ん百人いるこの学園でルームメイトとして出会ったコイツに運命を感じた!とかじゃないが、人付き合いもあまり上手ではなく、見た目のせいで引け目を感じて生活してきた俺にコイツはストレートに接してきて、本当に余計な気遣いすることもなくて…蓑と知り合えて、友達になれて、こんな奴が俺のルームメイトでよかったと思ってた。いや、今でも思ってる。
 初めてできた心許せる一番の友達への感情は恋心に似てたのかもしれないが、誰を見ても今まで好きだの惚れただのいう感情を感じたことがなかいからわからない。
 ただ、コイツが無意識に怪我をして保健室に通ってるのに気づいて苛立ちを覚えたし、もしかしたらコイツはあの学校医に恋心を抱いてるんじゃって思ったときには困惑した。
 友達として、コイツが傷つかなきゃいい。
 でも、もしもコイツの恋が実れば、それはそれでコイツも大変だし俺も・・・かなり寂しくなるわけで。何よりも、怪我をし続けるコイツの体と心が心配だし、それをアイツが知ってるのか、気にかけてるのかとおせっかいにも気になった。
 
 まぁ、結局のところ…コイツの無自覚な恋はみごとに実って。
 めでたしめでたし、ってとこなんだが…平日は部活の朝練やら午後も練習やらで(怪我をした後はしばらく見学だったらしいが)部屋にいないし、週末になると、下手すりゃ金曜の夜から従兄弟の家が近いからそこで週末は過ごすとかいう名目をつけてこいつはアイツの家ですごすようになったわけで。
 最初はコイツもすごく申し訳なさそうだった。俺一人をこの部屋に残して…ってことなんだが、アイツらのお付き合いの状況が状況だし、行くなと言える立場じゃないし…コイツがここで週末悶々とされてるのも嫌だし、なによりも俺自身が〔さびしい〕と思っていると自覚するのがいやだた。

 「ま、気になるなら菱にでも聞いてみろよ。あいつならヤッたことありそじゃね?」

 男同士のヤリ方なんて知らねーと思うが、とまでは言わなかったが 蓑はあやふやに返事をしながら布団にもぐりこんだ。
 好きな奴ができたら…コイツみたいに悶々とするもんなのかなぁ、とひとつため息をついてパソコンの画面を見ると、プレイしていたゲームの中で自分のキャラクターが突然動きを止めたせいでやたらと声をかけられていた。

 >>> Sup? (どうした?)
 >>> Xigma? (シグマ?)
 >>> he said 'brb' (すぐもどるって言ってたぞ)
 >>> ic (そっか)
  :

 そんな中に ”back"(戻った) とタイプすると 口々に ”WB"(おかえり)とレスがついた。

 蓑がアイツと付き合い始めるころ、たまたま雑誌でみかけた欧米で大人気のMMORPG--多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム--のソフトを知り、入学祝に買ってもらったパソコンがあるからやってみようかと軽い気持ちでそのゲームを購入した。
 今の時代無料で遊べるゲームが多数あるのに、わざわざお金を出してでもこのゲームをしたいと思ったのは雑誌での特集を見たからだというのもあるのだが、日本語でのバージョンは発売されてなくすべてが英語であること。日本人のプレイヤーもいることはいるが、主体は英語であり世界中のプレイヤーが集まることから様々な言語が飛びあうという世界に興味を覚えたからだった。
 英語は嫌いじゃなかったから、これで英語が上達すればいい、と思った。
 そして、寂しく感じる時間が減ればいいと。

 >>> 《わりぃ、同室の奴からさ、ヤッたことあるかってきかれてさ》
    (※ 《 》の中は英語だとお考えください…orz)

 >>> LOL (笑)
 >>> LMAO
 >>> 《んなこと聞かれたのか、で?lol》

 ゲーム内の仲間はみんな俺より年上。
 俺が日本人の高校生だってのはわかってるから、英語も多少間違えたところでちゃんと理解してくれるし、色々教えてくれるが だからといって見下されたりはしない。
 ゲームの中で俺は始めたばかりのまだ駆け出し冒険者ではあったけれど、仲間とはいつでも対等だった。

 >>> 《どーせ俺は未経験だヨ》

 顔も本名も知らない、相手の性別だって年だって国籍だって嘘か本当かなんてわからない。仮面をかぶって遊ぶこの世界では、自分はいつも以上に素直になれた気がしていた。






 このゲームを始めたときは、本当になんとなく興味を持った程度でしかなかった。
 だいたいMMORPGどころか、ゲーム自体したことがなかったわけで。
 この年でゲームしたことないなんて、と言われそうだがじーちゃんがそういうものが嫌いだったからってのもあって手にしたことがなかった。

 だから、最初のキャラクターメイキングのときに名前を思わず本名にしてしまったのだ。

 名前は Xigma(シグマ)
 種族は説明書を読んで散々悩んだあげく、自分のように背の低い種族、ホビット。
 そして最初にスタートした職は、ホビットがおそらく不得意としそうな戦士。

 きっとゲーム初心者でなにをそんなハードル高いことやってんだ、って馬鹿にされそうな選び方だったのかもしれないが、自分がやりたいことをやってみようって素直に思った結果だった。

 チュートリアルの世界に入ったとたんに、ログに英語が流れてゆく。

 見ず知らずのキャラクターにも《どっちにいったらいいんだ?》なんて普通に話しかけられる。
 《はじめたばかりで俺もわからねぇ》と時間をかけながらも返答を返すと 《Good Luck!》とか逆にはげまされたりする。
 キャラクターの操作方法や冒険の仕方など、基本的なことがわかってきたところで、はじめて〔本当の冒険の世界〕へとゲートを潜った。

 ゲームのフィールド上のもやもやとした神秘的なゲートを潜り抜けた先には、チュートリアルのところとは比べ物にならないほどの人--キャラクターがいた。

 ---これ全部、画面の向こうには操ってる人がいるのか…。

 はじめて体験する不思議な世界。
 思い思いに画面上を走り回る色々なキャラクターの中に、一際目立つひとがいた。

 おそらくこのゲームで一番美しいであろう種族エルフ。魔術系にも、戦術系にも育成可能なその種族は人気があって選ぶ人も多く、そのあたりにたくさん同じ種族がいるのにその人はえらく目立っていた。
 背が高く、美しいブロンドの長髪。色は白く、身にまとってるローブも手に持っている杖も神秘的で、一瞬女性キャラかと思ったが女性キャラよりも体格が良い。何よりも彼の背後にたたずむ使い魔の白く輝く蛇が彼の存在を大きく目立たせていた。
 このゲームの世界では、色々な場所に存在するあらゆる生き物の中に倒すと使い魔として自分専属でお供をつけれるというシステムがある。
 このゲームのひとつの特色であり人気であるポイントらしい。
 使い魔は弱いものから強いものまで様々。
 その使い魔が主人へ対して影響を及ぼす能力も様々。
 ステータスが大きくアップするもの。MPやHPを増やすもの。またはその使い魔に乗って移動できるもの。
 非常に魅力的な使い魔がたくさんいるが、自分で持てるのは1匹のみ。
 弱い使い魔は一人で捕らえてこれるが、強いものはパーティーを組んで複数人で挑まないと勝ち目はない。やっと勝ったところで、使い魔として契約を結べるのはたった一人なのだ。
 蛇の使い魔は色々な種類がいて、回復力に影響を及ぼすと書かれていたが…彼ほどの大きな、そして輝く蛇を持っているひとは辺りにはいなかった。
 彼は行き交う人々のHPが減っていると黙々とそこで傷を癒していた。
 通りすがりで傷を癒された人は一言 《ty(ありがとう)》と言ってすぐに去っていく。
 顔なじみらしきひとは 二言三言会話をして去っていく。

 あのキャラクターはNPC(プレイヤーのいないキャラクター)なのだろうか、と最初は思ったが、なじみっぽい人と会話をしているあたりあれも〔画面の向こうに人がいる〕キャラクターなのだ。

 そのキャラクターに見とれていて、ずっとそのキャラの近くに立ち尽くしていたからだろう。
そのエルフ---名前はRuga---が話しかけてきた。

 >>> 《ようこそ、この世界へ Xigma》

 名前を呼ばれると思わなかったからびっくりした。
 キャラクターの頭上には皆名前がついているから、相手にわかってあたりまえなのだがひどく目立つこの人に声をかけてもらえるとは予想外だった。

 >>> てゃんきょう

 タイプをしてハッとした。Thankyouと打とうとして…日本語タイプのままエンターを押してしまったのだ。すぐさま英語で打ち直すと、思いがけない返答が帰ってきた。

 >>> あ、Xigmaは日本人なのか?

 まだ初めて数時間しかたっていないが…まさかこんなにも早く日本語に出会えるとは思っていなかった。

 >>> Xigmaは…シグマって読んでいいのかな

 初対面でタイピングも遅く、どぎまぎしている俺のキャラクターのすぐ目の前にそのエルフはやってきて優雅にお辞儀をする。

 >>> はじめまして
 >>> 日本人です。はじめたばかりで何をどうしていいかわからなくて…。

 出会いの様子はこんな感じだった。
 タイプミスも多くて、ひどく格好悪い出会いだったと思う。
 でも、英語だらけなこのゲームの世界でRuga--皆には傷を癒すことしかしないからHeal(癒し)と呼ばれていたこの人の存在はとてもありがたかった。
 Healは英語がとても堪能で、このゲームもβのころからやっているらしく、彼を取り巻く仲間たちもとてもいい奴ばかりで…といっても皆俺より年上の大学生やら社会人だったが、俺のタイピングの腕も語学の腕も、ゲーム内でのXigmaの強さもどんどんあがっていった。





 >>> 最初ルガ見たとき、すごい目立ってたのはその白い蛇のせいかなぁ。あの服も杖もそんなにレアなもんじゃないもんね

 Heal以外の奴で日本語をしゃべる奴にまだ会ったことはなかったが、時折彼とはゲームの中で日本語で会話をしていた。
 ほかの仲間がいるときは、彼らはまったく日本語がわからずこっちが何を喋っているのか不安になるらしいので一切日本語は使わないようにしているんだが。

 >>> あぁ、この蛇の使い魔は私しかもっていないからな。

 >>> へぇ、レアポップなの?

 >>> レアだね。数種類の使い魔を倒して・・・ほら、GadinとかたまにログインするNariaとかが持っているあれと、あと数種類の使い魔を連れて行かないとポップしない。この蛇自体も強いからな。最初はデータだけで実際には存在しない使い魔じゃないかって噂になって雑誌にも書かれたんだが、それじゃぁ実際にいるって証明してやろうってことになって私たちで倒しにいったんだ。

 >>> へぇぇ すげーや。やっぱ時間かかった?

 >>> 移動時間も戦闘時間もだいぶかかったな…仲間に言っても もう二度とやりたくないっていわれるだろうな

 実際この蛇は回復魔法の能力をがっつり底上げしてくれるらしいんだが、レアなわりには能力が地味で、その使い魔に乗って移動できるわけでもないから人気がないらしい。

 >>> そういえばシグマはまだ使い間持ってないな、こんど取りに行くか。

 >>> え、まじで!ソロで取れそうな使い魔はそろそろ行ってこようかとも思ってたんだけどどれがいいか決めかねててさぁ

 >>> せっかくだから、仲間いるときに皆あつめて行こうか。試してみたいのが一頭いるから調べておく

 >>> ありがとう ルガ!


 剣と魔法と幻術と。ファンタジーなゲームの世界にのめりこむのにはそう時間はかからず。学校から帰るとPCをオン。飯時間になるとやめるけれど、早寝な蓑が9時ころ布団にもぐりこむとまた再びログイン。
 最初のころは夕方や土日の日中ログインすると皆いたのに夜になるとほとんどの仲間がログアウトしてしまっていた。無理もない、ほとんどの仲間がアメリカ住まいで、数人ヨーロッパにいるくらいで…時差を考えると当然な結果だ。夜12時ころになるとぽつぽつとまた仲間がログインしはじめるが、次は自分が寝ないと次の日辛い。それが最近になって、シグマがログインするとルガがいる状態になっていた。

 >>> ルガ、寝なくて大丈夫なのか?そっちもう朝だろ…

 日本が夕方5時過ぎ。つまり、ルガがいるアメリカマサチューセッツ州ボストンは朝の…えぇとサマータイムがはいるから4時か?

 >>> あぁ、心配しなくていい。私の仕事はフレックスっていう、アレだからな。

 >>> でもあんま無理すんなよ…仕事あんだし

 >>> 気遣いありがとう。とりあえずシグマの使い魔捕獲計画は次の土曜日でいいかな

 >>> え、土曜って

 >>> あぁすまん、日本じゃ日曜日だ

 >>> あ、うん。わかった、ありがとう

 >>> ログインできそうか?

 >>> 何も予定はねーよ

 >>> ルームメイトの子はまたデート?

 ルガのその言葉にチクリと胸が痛む。
 ルガにだけはぽつりぽつりと自分の素性をあたりさわりない程度に話していた。
 つるみ始めてから1ヶ月程度、ルガの本当の素性が信用できるやつなのかとか断定なんてできないが、悪い奴じゃないだろう。日本語会話が若干オレサマっぽい口調なのはきっとずっとあっちにいて日本語わすれかけてるんだろうし。(今はあまり日本語話さないから忘れそうだとか前にいってた)しあたりさわりない程度なら素性を語ってもわるくはない。

 >>> 週末しか会えないからな

 >>> シグマは恋人いないのか?

 チクリ。

 >>> いたらゲームなんてやってねーよ。ルガこそ…

 >>> まぁ私もいない。心配するな

 >>> 心配なんかすっかよ

 ルガの年齢とか仕事内容とか詳しい話は聞いたことはなかったが---オンラインだけでの付き合いでたとえ遠く離れた相手できっと一生会うことがない相手だとしても---なんとなく素性を立ち入って聞いてはいけないようなきがしてこっちから聞いたことはなかったが、普段の会話からなんとなく相手を想像する。
 仲間のうちの数人は同じ職場らしく、彼らはやたらとルガを慕っている。
 たかがゲームだけれど、計画性と実行力、統率力がないと冒険も成功できないようなこのゲーム。その分、達成感があるわけだけれど…その、俺の使い魔捕獲実行日に伝えられた内用に正直呆然とした。



次の拍手につづく 




















-The Land of the Last Moon-

拍手ありがとうございますv
お礼お話は2種になります


悪乗りかもしれませんが学園物書いてみたくて・・・
レイアウト崩れでかなり下に次へのボタンがあります;





























































































































































































































































































































































































































































                                 読んでくださってありがとうございます!感想などいただけるとうれしいです。
           
                                 拍手CGIにお名前記入欄を入れようと試みたものの…どうやっていいのか四苦八苦したあげくギブアップ orz
                                    拍手お返事はブログにてさせていただいておりますv


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