人工内耳友の会−東海−
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人工内耳友の会−東海−懇談会 平成11年1月31日

人工内耳の適応の変化
大津赤十字病院 耳鼻咽喉科部長
伊藤壽一

本日は「人工内耳の適応の変化」というテーマでお話しようと思います。
少し堅苦しいテーマですが、要はどのような方が人工内耳手術を受ければよいか、また効果があるかということです。
現在世界的に広く用いられている多チャンネル型人工内耳は1970年代後半から実用化され、我が国でも10年以上前から臨床応用されていますが、その間人工内耳の種類も増加し、聴神経への刺激方法も改良されるにあたり、患者さんの言葉の聞き取りも当初のものに比べかなり向上しています。
人工内耳手術が始まった当初は、手術の適応はほぼ聾に近いほどの高度難聴の方で、しかも大人の中途失聴者に限られていました。しかし人工内耳による言葉の聞き取りが向上するにつれ、手術の適応が拡大されるようになってきました。表1は人工内耳手術を始めた当初の適応基準です。

表1. 人工内耳手術の適応基準 (1987年)
1.補聴器を用いてもコトバを聞き取れない両側高度感音難聴者
2.18歳以上の成人であること
3.言語習得後失聴者であること
4.プロモントリーテストで聴神経の生存が確認されること
5.画像診断で蝸牛内に人工内耳電極挿入可能なスペースのあること
6.精神・神経学的に問題のないこと
7.全身検査で内科的な問題のないこと

さらに我が国でも人工内耳手術の患者さんの数が増え、人工内耳の適応に関しても、1990年、厚生省が日本耳鼻咽喉科学会に人工内耳に対する意見聴取を行い、翌1991年、人工内耳手術対して高度先進医療として承認しましたが、その時点での人工内耳の適応基準は「使用上の注意」という形式で表2のように示されていました。

表2 1991年の時点での人工内耳の適応に関する注意事項(厚生省)
1.高度感音難聴であること
2.補聴器の装用効果がほとんどないこと
3.言語習得後の聾であること
4.18才以上であること
5.心理的又動機的に適切であること

その後1994年、施設基準を満たす施設における人工内耳手術の保険適用が認められ今日に至っていますが、この間に本手術の適応の患者さんは次第に低年齢化し、また言語習得前の失聴の方、生まれつきの失聴の方に対しても適応が拡大されているのが現状であります。日本耳鼻咽喉科学会でもこれらの事情を考慮しまして、1998年4月に新たな適応基準に対する指針を設けています。本日は、新たに拡大された適応基準のうち、特に、

1)聴力が多少残っており、補聴器か人工内耳か迷う場合
2)手術が困難な場合(特に蝸牛内が骨化して閉塞している例や先天的な内耳奇形例)
3)生まれつきの難聴で、そのまま成人になられたような方に対する人工内耳手術

について少しお話しします。

1)聴力が多少残っており、補聴器か人工内耳か迷う場合

人工内耳手術を始めた当初は手術の適応は、小児でも成人でも基本的には補聴器が使用出来ないような聾に近い程度の高度難聴の方にのみに限られていました。しかし人工内耳の性能が改良され、多少聴力が残っておられるような方にも手術が施行されるようになってきましたが、果たしてどの程度の残存聴力がある方に手術をするかの基準はまだ各施設で統一されていないのが現状です。そこで現在の人工内耳でのコトバの聞き取りがどの程度であるか、どの程度の難聴の方が補聴器を使用した時のコトバの聞き取りに相当するかを検討してみました。
まず対象として、補聴器を上手に使っておられる、大人の中途失聴の方34名を、それぞれの聴力レベルにより5つのグループに分けました。皆さん、補聴器を1年以上使用しておられ、補聴器の調整は良好に行われていると考えられている方々であります。これらの補聴器使用グループに対し、人工内耳手術後のグループの手術後のコトバの聞き取りを比較検討しました。人工内耳使用グループは何れも成人中途失聴の方30名で手術後6ヵ月以上経過した方々です。何れも使用している人工内耳のコード化法は SPEAK 法です。検討したコトバの聞こえの項目は、単語聴取力、文聴取力で、補聴器または人工内耳のみでの聞き取り、それぞれと読話を併用したときの聞き取りを検討しました。
その結果、単語聴取力、文聴取力いずれの場合も、人工内耳を使っている方々のコトバの聞き取りは、80〜90 dB の難聴の方が補聴器を使用したときの聞き取りに相当しました。このことを単純に理解しますと、現在の人工内耳を聴力が多少残っている高度難聴の方に応用する場合、聴力に関しては、平均聴力では80〜90 dB が補聴器を使用するか人工内耳手術に踏み切るかの境界領域となります。このことはただちに平均聴力で80〜90 dB 以上の難聴の方が全て人工内耳の適応になるわけではありません。例えば100dB 以上の高度難聴の方でも補聴器を十分活用している人もあるので、あくまで1つの目安として考えるべきであります。しかし人工内耳手術を始めた当初は、完全な失聴の方か仮に聴力が残っていたとしても、かろうじて音感がある程度の高度難聴の方(平均聴力では120dB 以上)に手術の適応が限られていたことを考えますと、この10年余りで人工内耳での聞き取りがかなり向上したものと理解されます。今後さらに人工内耳が改良されれば、恐らくさらに多くの聴力の残っている方々に手術の適応が拡大されていくことになると思われます。

2)手術が困難な場合(特に蝸牛内が骨化して閉塞している例や先天的な内耳奇形例)
・ 蝸牛内が骨化して閉塞している例

人工内耳手術手技に対して大きな問題になっていたものに、蝸牛の形態の異常があります。その中でも、蝸牛内腔が骨性、肉芽性に閉塞している場合、つまり蝸牛内腔が何らかの原因で閉塞しているような場合に対しては手術が禁忌であるとされていました。このような蝸牛内腔の状態を正確に把握するための、CTレントゲンやMRIなどの画像検査は手術前の必須検査とされてきました。一方1988年に米国のガンツという人が蝸牛内閉塞の患者さんに対して人工内耳手術を行い、成功した例を報告しました。しかし、蝸牛内腔の骨性、肉芽性閉塞の場合に人工内耳手術を行う際にはいろいろな技術的困難を伴います。
手術方法に関してはここでは省略しますが、このような蝸牛内閉塞の方の手術後の言葉の聞き取りに関してはこれまで多くの報告はありませんが、私が手術した6人の患者さんのうち5人の言葉の聞き取り能力は、蝸牛の形態が正常な、成人中途失聴者の方の言語聴取能力とほぼ同様と、良好な結果を示しました。1人の方は、手術後約1年経過しても、言葉の聞き取りはあまりよくありません。この方は手術前の蝸牛岬角電気刺激検査(プロモントリーテスト)で反応の無かった方です。
結局、これまでは蝸牛内腔の骨性、肉芽性閉塞などの形の異常は人工内耳手術の禁忌とされていましたが、このような蝸牛内腔閉塞の方でも、手術は可能であり、一般に手術後の言葉の聞き取りも良好です。このような点からも蝸牛内腔が何らかの原因で閉塞しているような方でも、必ずしも人工内耳手術の禁忌ではないと思われます。

・内耳奇形症例 
小児に対する人工内耳手術は海外では数多くの報告があり、わが国でも次第に増える傾向にあります。小児の人工内耳手術症例が増えるに従い、先天性内耳奇形例(これは蝸牛の形が正常なかたつむり状でなく、球形になっていたり、蝸牛がほとんど発育していなかったりする場合ですが)に対する人工内耳手術の報告も見られるようになってきました。
手術方法は、軽い内耳奇形の場合は通常の場合とほぼ同様に行うことが可能ですが、奇形が高度である場合は手術が困難になることも多い。私はこのような子供さんの手術をしたことがありますが、手術は可能であり、また手術後の言葉の聞き取りも思ったより良く、内耳奇形症例も従来言われていたように必ずしも人工内耳手術の禁忌ではないと考えられます。

3)生まれつきの難聴で、そのまま成人になられたような方(成人言語習得前失聴の方)に対する人工内耳手術

人工内耳によるコトバの聞き取り能力は、中途失聴者(言語習得後失聴者)の方では成人例でも小児例でも,リハビリテーションを適切に行えば少なくとも日常会話の聞き取りが可能になり、少数例では簡単な内容の会話なら電話での聞き取りも可能になる場合もあります。また子供の場合は、コトバを習得する以前に失聴した言語習得前失聴小児でも、手術後のリハビリテーションに時間がかかるものの、予想以上の好成績を示す例があります。
しかし、コトバを習得する前に失聴して成人された例(成人言語習得前失聴者)は、欧米の報告でも手術後の言葉の聞き取りがあまり良くなく、そのリハビリテーションは困難なことが多いとされています。これは、成人言語習得前失聴の方は、失聴期間が長期にわたるためコトバや環境音に対する概念が曖昧になっており、さらに構音にも歪みをきたしていることもあるため,発音の矯正も行わねばならないことなどによります。しかし補聴器も使用できず、手話などを頼りにコミュニケーションを行っておられる場合には、人工内耳によるコトバの聞き取りを切望している方も少なくありません。
わが国ではこのような方に人工内耳手術を積極的に行うかどうかについては、まだ必ずしも意見が一致していません。これに反対する理由としては、
・人工内耳手術とそのリハビリテーションではわが国よりはるかに多い例数と長い経験とを持つ欧米の報告でも、成人言語習得前失聴者の成績は良好とはいえない。
・これらの国では言語および聴覚治療士の数とシステムがわが国に比べはるかに優れており、わが国ではこれにかかわるスタッフとリハビリテーション施設の充実が先決である。
などであります。
しかし中途失聴の方ほどの急速なコトバの聞き取りの向上が得られなくても、まず環境音の聴取だけでもこれらの方には計り知れない恩恵になることもあります。また術後3〜4年を経過してから徐々に聞き取り能力が向上したり、手術前の予想よりはるかによい結果が得られる方もあり、このような方に対しても人工内耳の適応には希望を持てるようになったといえます。

以上のように人工内耳の適応は我が国で人工内耳手術が始まった1980年代の後半に比べいくつかの面で拡大されています。今後人工内耳の性能がさらに向上し、手術手技が改良されるにつれ、この適応はさらに拡大されると考えられます。




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