人工内耳友の会−東海−
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小児の人工内耳、現況

名古屋大学大幸医療センター耳鼻咽喉科
服 部  琢

【はじめに】

本日の内容は平成10年の第1回総会での話を組替え、新しい情報をつけ加えたものです。前回とは細部でかなり異なった話になっていますので、以前の記録と比べると興味深いかもしれません。  また、本日のテーマの“小児の人工内耳”とは、主に2〜3歳の先天ろうのお子さんを持った、健聴者のご両親にお話する、との設定ですすめていきます。

両側高度感音難聴では、まず補聴器を用いて聴覚の回復をはかります。多くの場合、聴力レベルが 80から90 dB(デシベル)以上になると、補聴器では言葉の聞き取りに十分な効果が得られにくくなり、人工内耳の方がよい適応になります。しかし、個人差が極めて大きいため、難聴の数字だけでは決めることができません。高度難聴であっても、補聴器でほぼ十分な効果が得られる場合もあります。
もっとも、人工内耳も“高”高度難聴用の特殊な補聴器の一種と考えるべきと思っています。訓練(ハビリテーション)が必要ですし、限界もあります。手術すれば難聴のすべてが解決する魔法の道具ではありません。
人工内耳を補聴器の仲間として考えれば、本日のテーマである小児の場合も決して理解しにくい話にはなりません。補聴器の持っている問題点は、ほぼすべて人工内耳に当てはまります。機械やリハビリ法がどんなに進歩しても、人の作ったものですから、かならず限界があります。自分の責任で治療を決定することができない小児の場合には、特にご両親にこのことを理解して頂く必要があります。

また、小児の人工内耳の場合、問題は二つにわけて考えるべきです。すなわち言葉を覚えた後に失聴した場合(中途失聴)と、生れつき“ろう”で、言葉を“声”で聞いたことがない場合(先天ろう)です。
失聴から短期間で手術が行ない得た、中途失聴の場合には極めてよい聞き取りの結果がえられています。しかし、今回はあえて先天ろうの場合に話をしぼって、かつ、基本的な事項に限定することにします。

人工内耳治療の今後の課題としては、
@よりよい機械の開発(すべてを体内に埋め込む型も含めて)、
Aよりよいリハビリ法の開発、
Bより早い時期での難聴の程度の診断(なるべく早い時期に手術するための)、
などがあげられます。

もちろん、機械はさらに小さくなるでしょう。しかし、性能的にはすでに改良が重ねられ、かなりの程度のレベルに達しています。近い将来、従来のものに比べて、飛び抜けて聞き取りのよい製品が開発されるとは思えません。
これらの理由もあって、小児の場合には人工内耳の適応であるとの診断がついた時点で手に入る機械を用いて手術を行うことが最良と考えます。なぜなら、次の機種を待って半年〜1年待っていると治療の目的(母国語の獲得)に適した時期を失してしまうからです。
皆さんにおなじみのスペクトラのセットを提示します。
今年から認可された、新しいシステム(コクレア24)の、
@ 携 帯 式(Sprint、スプリント)音声処理装置(スピーチプロセッサ)と、
A 耳掛け式(Esprit、エスプリ)プロセッサを紹介します。
なお、小児の場合には操作が無理等の理由から、6〜7歳程度までは携帯式のスプリントの使用が推奨され、この後に希望があれば耳掛け式のエスプリを調整することになっています。

ここで一つ、先天ろうの小児の方が人工内耳治療を受けられる時には、医療サイドと本人の状態を相談の上、何を期待して、どの程度が目標にできるかを明確にしておかれるとよいだろうと思っています。人工内耳の手術をすれば健聴の子供たちと一緒に、なに一つ問題がなく生活ができるようになるだろう、との甘い期待は極めて危険です。
また、大事なことは、本人の周囲の環境を整えることでしょう。ご両親が治療の内容、訓練期間とその重要性を理解し、決心ができていることが必要です。さらに、本人もある程度治療の内容を理解し、(現場では当初“新しい補聴器を使い始めるけれど、そのためには手術がいるよ”などど教えてもらっています)  訓練に協力できる態勢ができていなくてはなりません。もちろん病院や訓練機関、教育施設(学校)との話合いがもたれ、術後の受入れ態勢の準備ができていることも重要なポイントです。

一般的に小児は脳が柔軟で吸収力が高く、人工内耳での聞こえ方に適応し、大人の場合よりはるかに上手に使いこなしていきます。もちろん、先天ろうの小児が対象の場合、中途失聴に比較して訓練に時間がかかり、すぐに良好な結果が得られるわけではありません。 我々が言葉を聞いた時には、頭の中で記憶を呼び戻し、どのような意味であったか(無意識につき合わせて)理解しています。つまり“日本語”の百科字典が脳に刻み込まれているわけです。中途失聴であれば、ある程度脳に“言葉”の記憶と地図が残っていますから、これを利用することができます。
一方、音や言葉の記憶がない、“先天ろう”の小児に手術をした場合には、言葉を聞いても脳にはこれと比較して選びだす記憶がありませんから、これを意味のある“音”、すなわち、“ことば”として気付くには長い時間がかかります。“先天ろう”の場合、環境音(周囲の音)や言葉に関心を示すようになるのに刺激開始(音入れ)後から一年半ほどかかった場合もあるようです。そんなに長く、と思われるかも知れませんが、これは残聴を利用して補聴器の訓練を開始した場合でも同様です。なにも知らない赤ちゃんが、周囲の音や言葉を覚えてまねを始め、おしゃべりができるようになるのに何年かかるかを考えてみてください。
しかし、適切な時期での治療開始ができれば、聞き取りの結果は3年ほどの経過をたどって次に示すような、かなりのレベルにまで到達する可能性があります。

現在、私たちがご両親に目標として説明しているのが、
『特別な配慮/介助なしで普通小学校への就学が可能なまでの言語力』(聞き取りのみならず、周囲の同級生の殆どがその発音(構音)を理解できる)に到達すること、です。
この為には、適切な時期に治療を開始すると共に、治療を受ける側も、する側も、治療・訓練が長期にわたることの準備と覚悟ができていなくてはなりません。ご本人の年齢等も含め、今まで述べてきたような条件からはずれる場合には、この目標の手前にとどまることになります。

また、言葉を覚える意味からは、手術の時期は早いほうがいいのですが、小児の場合は手術の適応の決定に多くの問題があり、大人よりずいぶん時間がかかります。例えば、難聴の程度の詳しい診断も困難な年令ですし、普通のレントゲンもなかなか撮らせてくれません。CTやMR検査の場合にも薬で眠らせなくてはなりません。また、起きている状態ではとても電極の針を刺せませんから、プロモントリテストでの確認ができません。

これらのいろいろな条件を考え併せた結果、手術の時期としては2歳前後から3歳になるまでが最も適しているとの意見が現在の(世界的な)統一見解になってきています。年齢が2〜3歳以上の場合、手術をする立場からは多少の工夫がいるだけで、問題点はありませんし、これならば、先に示した3年の訓練期間を就学までにとることもできます。

しかし、一般的にわが国では長期にわたるリハビリを引き受ける余裕が施設側にないのも現状です。言語治療士(ST)の国家資格が正式に認められましたが、経験のあるSTが直ちに十分な人数で配属されるわけではありませんし、その人たちを雇用する財源が確保されているわけでもありません。この問題をどうしていくかは今後の課題となります。

さて、ここでまとめておきます。
先天ろうの小児の人工内耳では、適切な時期に周囲の環境を整えて治療を開始(手術)すれば、効果も徐々に表われてきます。訓練を長く続けながらですが、あたかも赤ちゃんが少しづつ“ことば”を覚えていくような経過をたどりながらしだいに発達していきます。条件が整えば、十分に使える聞き取りと、明瞭な発音の結果を得ることができる可能性はかなり高いといえます。

ともかく、どこまで目標にできるのかをはっきり理解し、過度の期待をすることなく、あせることなく、ゆっくりじっくりと進めていってください。お母さんたちが訓練士(ST)の方と一緒にがんばれば、思っていたより良い結果がでているように感じます。

以上で私の説明を終わります。




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