人工内耳友の会−東海−
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人工内耳を理解するために
(平成10年3月8日 人工内耳フォーラム・戸山サンライズ) 

東京医科大学名誉教授 メルボルン大学名誉研究員 チルドレン・センター長
舩坂宗太郎

 人類だけが音声言語で複雑なコミニケーションを可能としています。それだけに重度難聴や聾となって、音声による会話を奪われた方々のストレスはそれこそ言語に絶するものがあります。
 1985年、私は日本で初めて22チャンネル人工内耳を臨床応用し、聾の方でも会話を可能といたしました。以来、多くの患者さんが私に「会話ができない辛さ」の本心を語ってくれました。ショッキングなことは、成人になって聴力を失ったいわゆる後天聾の方が、一度は自殺を考えたということです。この意味で人工内耳は画期的な医療です。
 さて、世界の先進各国では先天聾児に人工内耳を応用し、その8割がいわゆる普通の小学校に通学可能となっています。しかし日本では、耳鼻科医の誤用や無関心、聾児教育者の反論、加えて厚生省の統制・規制の厳しさと煩雑さ、先見性の喪失が、人工内耳の評価を下げています。このため、人工内耳に関しては先進諸国はもとより、アジアのなかでも後進国になりつつあります。憂えるべきは、この悲しい状況について誰も注意を喚起しないことです。
 この抄録では、まず補聴器と人工内耳の決定的な違いを述べることにします。これについての無知は、重度難聴や聾の方を不幸にするだけだからです。
 高度以上の難聴では、音が聞こえないのみでなく「聞き分け」ができません。この現象を蝸牛の生理からキチンと説明する関係者はまだ少ないように見受けられます。たとえば100デシベルの高度難聴では、半オクターブがやっと聞き分けられる程度です。しかし、正常の耳では250分の1オクターブの違いが分かります。会話ではご承知のように、いろいろな声が次々と続いています。ですから、高度感音難聴では、補聴器で音を大きくしても話が聞き取れません。そこで、「音は聞こえるが、何を言っているのか分からない」ということになってしまうのです。丁度テレビで、ある人の顔を隠すのにぼかしをかけますが、それと似て確かに人(声)は見えてる(聞こえてる)が誰(何)なのか分からないのと同じです。聞き分けは障害された蝸牛の機能に依存せざるを得ないというのが補聴器の限界です。また話し言葉は聴覚を通してしか習得できないことは、大脳生理の常識です。以上のことから、現在の聾教育では先天聾児の多くが音声会話を覚えられないという結論になりますし、また現実でもあります。にもかかわらず、「補聴器で頑張れ」というのは、「酸素マスクなしでヒマラヤに登れ」 というようなものです。
 繰り返しますが、現在の補聴器は本質的には音を大きくする器械で聞き分けは障害された蝸牛の機能に依存しているのです。もちろん、先天聾児に早めに補聴器をつけて音の感覚をおぼえさせることは、きわめて大切です。
 人工内耳は、ある議員さん達、時の厚生大臣、人工内耳装用者のOさん、私(舩坂)が会見した結果、わが国では1994年から保険適用となっています。
 この人工内耳は、聴神経を刺激する電極と携帯用音分析器(スピーチ・プロセッサ)とから成り立っています。電極は側頭部の皮膚の下と蝸牛に埋め込まれますか、危険な手術ではありません。いま全世界では、2万人、日本でも900人以上が、この手術をうけ、日常会話が可能となっています。スピーチ・プロセッサの進歩は著しく、SPEAKと呼はれる音声処理方式は蝸牛のそれに似たものとなり、いまや70デシベルの感音難聴で補聴器を十分使いこなせる方に匹敵するようになっています。ですので中途失聴者では人工内耳装用後、言語のリハビリテーションをそれほど必要としません。現にいわゆる「音入れ」直後から娘さんや私と会話がほぼ出来た中途失聴患者を経験しています。現在C124Mという新型、またクラリオンという米国製の優れた人工内耳が、世界では広く使用されています。これですともっと良い効果が期待できます。しかし日本では厚生省の許可がまだ得られず、東南アジア諸国に比べても遅れてしまいました。
 わが国の一部には、人工内耳の幼児への適用に反対する声かまだ強いのですが、世界的傾向として先天聾の幼児(1〜3歳)への適応が盛んとなり、欧米では手術例の七割が幼児で、これらの幼児の八割が普通の小学校に通学可能となっています。
 ところが、日本では先天聾幼児への応用は微々たるもので、しかも埋め込み後の教育を聾学校に依頼する動きがみられます。多くの聾学校では「聴覚口話法」を採用していますが、高度、重度の難聴では前述のように聴覚は音声言語の習得には役立ちません。「聴覚口話法」と称しても、いきおい口話に重点が移ります。しかし視覚では音声言語は覚えられません。私たちの英語が良い例です。この「いわゆる聴覚口話法」の無意味さを感じておられる聾学校の先生もおられるとは思います。しかし世界に冠たる官僚国家の日本ゆえ、これを口に出そうものなら文部省、教育委員会から睨まれ、飛ばされるのか落ちです。このような聾学校に人工内耳装用児の言語訓練を委託するのか正しいか否かは、自ずから明らかです。だからこそ、世界では聾学校でなくチルドレン・センターを設けて、聾学校とは違った言語訓練をしているのです。
 また、一応自由業である医師(ここでは耳鼻科医)の集団であり、したがって現状の聾学校との結託に素直に疑問を表明できる日本耳鼻咽喉科学会が何もしないのは、将来禍根を残すことになりはしないでしょうか? 人工内耳を装用した児が音声会話ができ、一般社会にインテグレートされてこそ人工内耳の意味はあるのです。そのためには耳鼻咽喉科医が、人工内耳の適用年齢や訓練法を勉強し、そして人工内耳装用幼児の言語訓練士(聾児教育専門の教師とは全く違います)を育てることが、日本では強く望まれます。これが不可能なら、文部省に逆らってでも幼いうちに手話を教えるべきでしょう。
 舩坂は私的ではありますが、チルドレン・センターを開設し、人工内耳装用幼児の言語訓練を行ってきました。この結果を述べると、次のようになります。すなわち、
1.先天聾には、人工内耳を2歳台に装用することが望ましい。
2.生後1歳半未満の後天聾は先天聾に準じた治療が必要である。
3.先天聾には補聴器を1歳末満に装着し、音の存在を知らしめることが大切である。
4.人工内耳装着後3週間以内に1語文が分かる児は1年で会話可能となる。
5.装着後3ヶ月で日本語の全19音素が言える児は1年で会話可能となる。
6.先天聾11名のうち昨年2名は小学校へ、今年1名が小学校へ入学許可された。
 (いずれもそれぞれの年度で学齢期に達した全児童である)
 これからみて、人工内耳は先天聾にはきわめて有効なものと結論されます。
 なお、アメリカでは聾のみでなく70デシベル以上の高度難聴者にも人工内耳を適用することが、FDA(日本の厚生省に相当)で許可されていることを付記します。



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