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補聴器と人工内耳の違いについて
富山医科薬科大学耳鼻咽喉科 麻 生 伸 今日は「聞こえの仕組み」と「聴覚障害」についてお話しし、聞こえの障害を補う手段としての「補聴器と人工内耳の違いについて」簡単に話す予定です。ただし、似たような話はこれまでにもお聞きになっていると思いますので、最後に富山医科薬科大学で行っている人工内耳治療の様子をビデオに編集しましたので、これをご覧にいれます。 1. ヒトにおける「音」の意義は、まずコミュニケーションの手段として重要です。また、ヒトは「音」を楽しむこともできます。「音楽」を聴いたり、自分で「演奏」したり、「リズム」をとって踊ったり、音によって「リラックス」することもできます。音は「危険を察知する」ためにも重要です。これは古くは敵から身を守るための「動物的本能」であったと思います。音は「感情」、「情緒」へも影響を与えます。騒音が裁判沙汰になったりすることもあれば、私たち日本人は昔から、「虫の鳴き声」や「川のせせらぎ」の音などに「わび」「さび」を見いだすのが得意でした。このほかにも、音はいろいろな未知の意義を持っていると思います。しかし、聴覚障害があると、これらの全ての点において支障をきたし日常生活にいろいろな不都合が生じてくる可能性があります。 2. これはおなじみの耳の断面図です。耳は大きく3つの部分に分かれます。一番外側は「外耳」と言います。これは、頭の横に出ている「耳介」と「耳の穴(外耳道)」から成り立っています。穴の突き当たりには「鼓膜」があります。鼓膜の裏側の空間を「中耳」と言います。中耳には「耳小骨」と言われる小さな骨が3つあります。鼓膜に伝わった音は耳小骨に伝わります。耳小骨の向こう側は頭蓋骨ですが、この骨の中にカタツムリのような形の内耳(蝸牛)があります。内耳はリンパ液で満たされており、耳小骨が振動するとリンパ液に波を引き起こします。リンパ液の上には「聞こえの神経細胞=有毛細胞」が浮かんでおり、波が来るとその刺激が細胞内で電気信号を引き起こし、その信号を「聴神経」という聞こえの神経に伝えて、脳へ向かって情報が流れていきます。 3. 外耳と中耳の異常で起こる難聴は「伝音性難聴」と言います。一方、頭蓋骨から内側にある「音を感じ取る神経」が障害されて起こる難聴を「感音性難聴」と言います。 4. 「内耳=蝸牛」をマイクロフォンに例えると、「外耳・中耳」の異常でおこる伝音性難聴は、マイクに音がきちんと届かない状態と言えます。一方、マイクは頭蓋骨の中にあり、そのマイクで拾った情報を脳へ送るケーブルがあるはずです。これは「聴神経」と言います。マイクが故障した場合を「内耳性難聴」、ケーブルが断線した状態を「後迷路性難聴」と言い、両者を合わせて「感音性難聴」と呼んでいます。感音性難聴は神経の障害で、頭蓋骨の中にあるために、手術などで容易に触ることができない場所と言えます。 5. 以上をまとめますと、伝音性難聴は、外耳・中耳の「音を伝達する仕組み」の異常で起こり、破れた鼓膜の穴を閉じるなどの手術が有効です。一方、感音性難聴は「神経細胞の異常」であり、一部の例外を除いては手術することが不可能であると言えます。 6. 伝音性難聴は外耳・中耳の異常であり、主な病気は、「耳垢」、「先天性の外耳・中耳奇形」、「中耳炎」や「耳小骨の異常」があげられます。いずれも「手術で回復しうる難聴」です。感音性難聴の中でも、内耳性難聴は原因が多いので、次のスライドで説明します。「後迷路性難聴」として代表的な病気は「聴神経腫瘍」です。腫瘍摘出術などの副作用でもし聴力を失った場合には、音情報を伝える「ケーブルの断線」ですので、人工内耳を埋め込んでも効果がありません。両耳の「ケーブル断線」の場合には、最近話題になった「脳幹電極の埋め込み手術」を考慮することになります。 7. 内耳性難聴の原因は数多くあります。生まれつき内耳の形に異常があるような場合。細菌やウイルスによる内耳炎、髄膜炎などの炎症。騒音による聞こえの障害。一部の抗ガン剤や抗生物質などによる聞こえの神経の障害。突発性難聴、メニエール病、特発性難聴といった原因不明のもの。さらに老化現象として片づけられている場合もありますが、原因不明が最も多いと言われております。 8. 難聴の程度はdB(デシベル)という単位で表されます。ここにおおまかなレベルを示しましたが、30dB程度であれば殆ど問題ありません。50dBになると、ささやき声や遠くの声が聞こえにくくなります。70dBでは母音の強い音は聞こえますが、言葉はかなり聞こえにくくなります。90dBとなると、殆どの音声は聞こえなくなります。 9. これは聴覚における身体障害者の等級表です。さきほどのdB(デシベル)という単位で等級が決定されます。両耳が70dB以上であれば6級、80dB以上であれば4級、90dB以上であれば3級、100dB以上で2級と判断されます。 10. 内耳性難聴となった場合には伝音性難聴と異なる3つの大きな特徴があります。ひとつは「小さな音が聞こえにくいのに少し大きな音になると耳に響いてしかたない」という症状です。これは補聴器を合わせるときにも非常にやっかいな現象です。もう一つは「耳鳴り」です。これもあまりに大きい音であれば、集中力の減退や睡眠不足になります。さらに大きな問題は「言葉の聞き取りが悪くなる」ということです。よく言われるように「1時と7時」とか「タバコと卵」など、口の形は同じでも子音が異なる場合には、読話を併用しても困難な場合があります。障害が高度になれば、補聴器だけではこれらの問題が解決しないこともあります。 11. Costelloが1983年に発表した論文のなかに「人は補聴器、補助的聴覚機器、読話、文字、身振り、表情、手話、指文字など方法を通じて情報手段をもつ権利がある」と述べられています。この「権利がある」というところが私は重要であると考えます。 12. 現在、聴覚障害者に対する情報補償手段としては、ここにあげたような方法があると思います。まず、「1.補聴器」です。これは、聴力がある程度残っている(残聴がある)場合には有効ですので、広く使用されています。しかし、補聴器を用いても言葉を聞き取ることができない場合には、どのような手段を講じるかは人それぞれ異なります。その場合のひとつの選択肢は「2.人工内耳」です。人工内耳は高度の聴覚障害の場合には補聴器以上に有効な機器ですが、補聴器と異なり、手術を受けなければなりません。このほか、視覚や触覚を利用した機器もあります。また、聴覚を補う視覚情報としては、「読話」、「文字」、「指文字」、「手話」があるのは皆さんご承知の通りです。これらを組み合わせてより多くの情報を得ることが非常に重要になってきます。 13. 補聴器はさきほど述べましたように、「残聴がある」ことが条件で、聴力レベルによって効果もまちまちです。その長所は、「1.これまで聞こえなかった音が聞こえることにより、音環境が充実する」、「2.情報量が多くなりコミュニケーション能力が増す」、「3.脳への刺激が増加する」ということなどがあげられます。一方、短所としては「1.メガネと同様に、あるいはそれ以上に装用するのが煩わしい」、「2.聴力レベルによってはコミュニケーションする目的には限界がある」という点でしょう。したがって、「両耳が補聴器を用いても音声言語を解するほどには至らない場合」には、人工内耳を考慮し、またそれ以外の情報伝達手段を考えることになります。 14. 私たちの耳鼻咽喉科学会では、人工内耳手術を行うためにここにあげたようなガイドラインを取り決めております。おおよそ国内ではこれと同様の基準を設けて手術するか否かを決定していると思います。子供の場合は@2歳以上とし、先天性の場合は就学時までの早い時期までに手術を行うことが望ましい。A両耳が高度難聴で補聴器の装用効果がみられない。B蝸牛に異常がない。C両親、家族の理解と同意があり、術後の教育施設の理解、協力が必須であること、という条件になっております。一方成人の場合も子供と同様で、A両耳の高度難聴で補聴器の装用効果がないことが最大の条件です。成人の場合にも本人だけでなく、家族の理解と協力が重要な要素となります。 15. 人工内耳の埋め込み手術の実際は省略します。左の図のように耳の後ろで髪の毛を剃り、耳の後ろを切開してドリルで骨を削っていきます。日本全国どこへ行っても手術そのものには大きな違いはないはずです。 16. 骨を削っていくと、とうとう内耳の入り口に到達します。この図のように、内耳=蝸牛の窓に小さなドリルで1mm以下の穴を開けて、そこに人工内耳の電極を挿入します。 17. 補聴器と人工内耳はどこが違うのでしょうか? まず刺激経路が違います。どちらも「マイクで音を拾う」部分までは同じですが、補聴器は耳栓を耳の穴に差し込み、スピーカから出た「音」がチューブを通って鼓膜に到達します。一方、人工内耳は刺激が「電気」であり、鼓膜ではなく内耳の神経に直接伝わります。 18. 補聴器における音の伝達を順番に考えると、まず@マイクで音を拾います、A拾った音を各々の聴力の状態に合わせていろいろ加工します。Bその後、レベルに応じて増幅器で音を大きくし、C小型スピーカから耳栓を通して「音」を出力します。D音は通常と同様に、鼓膜−耳小骨−内耳へと伝わります。Eその音を残存する神経細胞が感じ取ります。そして、F内耳の音情報は脳へ向かって送られていきます。 19. 一方、人工内耳における音の伝達は、まず@マイクで音を拾いますが、ここまでは補聴器と同じです。次にA拾った音はスピーチプロセッサ(SP)に送られます。BSPは音情報を「コード化」しデジタル信号に変換します。この「コード化」部分は各社の技術が注ぎ込まれる部分で、ときどき変更されるのは皆さんご承知の通りです。Cコード化された信号は、各チャンネルにどのように送られるか調整されて送信コイルへ送られます。D送信コイルはラジオ信号のように頭皮の下にある刺激電極に情報を送ります。E頭皮下の人工内耳は信号を受信するとあらかじめ決められた通りに電気信号に変換されて各チャンネルに送られます。F各チャンネルの電極は内耳の神経細胞を電気刺激します。これはちょうどダメになった内耳有毛細胞の肩代わりをしていることになります。G神経に届いた情報は脳へ送られます。 20. 人工内耳が埋め込まれた内耳=蝸牛の中ではどのようになっているのでしょう?左上にあるように蝸牛の中に挿入された電極を輪切りにすると、右側の大きな図のようになります。ピンクの丸い部分が挿入された電極の断面です。毛の生えた内耳の感覚神経細胞=有毛細胞は既に役に立たない状態に陥っています。そこへ有毛細胞の肩代わりをするように電極から電気刺激が出ると、有毛細胞からの情報を受け取る次の神経がその刺激をキャッチし「音として感じ取る」のです。したがってその情報を受け取る神経細胞が生きていることがひとつの条件になり、そのために手術前にプロモントリ・テストを行うのです。 21. もう一度、「補聴器と人工内耳の違い」をまとめます。補聴器は「両耳あるいは片耳の難聴の方」が適応となり、難聴の種類は伝音性難聴でも感音性難聴でも構いません。ただし、ある程度、内耳有毛細胞が残存していることが条件となります。人工内耳は、かならず「両耳高度の内耳性難聴の方」が適応となります。人工内耳の場合には、補聴器の効果がないかあるいはきわめて少ないほどの高度難聴が対象となりますが、補聴器は鼓膜を通しての「音情報」を分析できるほどの能力を内耳がまだ持っていることが必要です。刺激は、補聴器が「音刺激」であるのに対して、人工内耳は「電気刺激」です。補聴器は「音」がまず鼓膜に達しますが、人工内耳は埋め込んだ電極が内耳の神経に直接刺激します。このため補聴器と異なり、電極の埋め込み手術を受ける必要があります。 22. これは富山で手術を受けた方の聴力です。手術前の右耳の聴力は平均119dB、左が111dBでした。補聴器装用下では、74dBまでしか上がりません。人工内耳手術を行って2ヶ月後に測定した結果は、平均33dBときわめて良好な成績を示しました。 23. これは同じ方の言葉の聞き取り検査の結果です。青の棒グラフは、術前に補聴器をつけて口を見せて検査した結果です。読話が苦手な方でしたが、口を見せると母音だけは良い成績を示しました。しかし、口を隠すと、母音、子音、単語、文節、質問のどの項目でも、全く聴き取ることができず0点でした。手術後2ヶ月で同じ検査をしてみますと、口を見せると黄色で示したように、全ての項目で大幅な改善があり、口を見せなくても殆ど全項目で50%以上の正答率を示しました。 24. では、スライドはこのくらいにして、持ってきたビデオをお見せします。このビデオは私たちの病院で、今後人工内耳について知りたいという患者さんやその家族にお見せしようと言う目的で作ったものです。時間がなくてナレーションは入っておりませんが、字幕を入れてきましたのでご勘弁下さい。 <ビデオ上映> 25. 最後にまとめのスライドをお示しします。このスライドの上にある図は、「でんでん虫・富山」といいまして、ACITAの富山県支部のシンボルマークです。現在の県の会長さんがお描きになった絵を使っています。 26. 今日は、1.聞こえの仕組みと聴覚障害について説明しました。2.聴覚障害者の情報補償手段として補聴器や人工内耳があること、3.補聴器と人工内耳の違いについて説明しました。人工内耳は形や性能は補聴器と異なるが、全ての内耳性難聴者に適応があるわけでなく、慎重な決定を要することをもう一度強調したいと思います。人工内耳は決して万能の器械ではなく、使用者自身と周囲の人たちの理解がなければきちんと使いことなすことはできません。最後に、富山県における人工内耳装用までの過程を中心にビデオをお見せいたしました。 27. 本日皆さんに配布したピンク色の資料は、補聴器初心者あるいはその家族を読者として想定した補聴器装用パンフレットです。実はまだ完成品ではなく不十分ですがご容赦下さい。富山県では、20年近く前から私たち耳鼻科の医師と教育関係者、言語聴覚士、補聴器店などが集まって、毎月のように勉強会を行っております。このパンフレットはその富山県聴覚障害研究会関係者が集まって作成したもので、昨年、「耳の日相談会」で初めて試作品を配布し、今年の「耳の日相談会」に初めて完成品を県内で希望者に無料配布する予定で準備しております。県外の方々にはあまり役にはたちませんが、巻末には富山県内の関連する機関の一覧を設けて読者の利便性を考慮しました。もしご参考になればと思いご紹介させていただきました。 では以上で私の話を終了いたします。ご静聴、有り難うございました。 |
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