人工内耳友の会−東海−
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朝日新聞 2001年(平成13年)10月7日(日曜版)

みんなの健康

難聴と人工耳

実力と限界知り利用を


 人工内耳の登場で、まったく音が聞こえなかった人も会話ができるようになった。これまで苦手だった騒音の中での会話を聞き取りやすくするための改良も進む。だが、音楽の聞き取りはまだ苦手だし、本物にはかなわない。実力と限界を十分理解してつきあっていくことが、何よりも大切だ。周りの人たちの理解と協力も欠かせない。(坪谷 英紀)

技術革新で回復に期待

 千葉県野田市のYさん(60)は91年夏、突然難聴になった。原因不明の「突発性難聴」。自分の声さえ聞こえなくなった。

 4年後の冬。人工内耳を埋め込む手術を受けた。3週間後、人工内耳に初めて音を入れた。

 「Yさん。聞こえますか」
 言語聴覚士の声。音に抑揚がなく、ロボットと話しているようだった。久々に聞いた音に、思わず涙がこぼれた。

 Yさんは、その日を「第二の人生の誕生日」と呼ぶ。「満1歳の誕生日」、Yさん夫婦は海に出かけた。「『ブォーン』。砂浜にうち寄せる波の音がバイクのエンジンの音にしか聞こえなかった」と苦笑する。

 電車の中や電話の会話はまだ苦手だ。でも、「会話ができるなんて夢のよう」という。

 小寺一興・帝京大教授(耳鼻咽喉科学)は「聴覚の再生医療は、ほかの感覚器官より進んでいます。まったく耳が聞こえない人でも聞こえるようになりますから」と語る。

 耳に入った音は、鼓膜に振動として伝わり、耳小骨を経て渦巻き状の蝸牛に伝わる。蝸牛の中の有毛細胞が振動を電気信号に変え、神経を通じて脳に伝える=図。その道筋のどこかが寸断されると難聴になる。中耳炎などで鼓膜に穴が開いたり、耳小骨が破損したりするのが「伝音性難聴」、有毛細胞が壊れるのが「感音性難聴」だ。

 人工内耳は、感音性の難聴者のために開発された。マイクで拾った音を電気信号に変え、蝸牛に差し込んだ電極で直接神経に電気信号を伝える。世界で約3万3千人、日本でも約2千人が使っている。94年に健康保険が適用され、急速に広まった。

 最も普及している、オーストラリアのコクレア社(本社・シドニー)の人工内耳の場合、蝸牛に差し込む白金の電線は細さ0.4ミリ。シリコーンで覆われている。先端の17ミリの部分に22個の電極があり、音の周波数の違いによって、それぞれの電極が神経に電気信号を送る。

 最新型では、騒音の中でも会話が聴き取りやすいように、電極の刺激の強度を自動的に調整し、また、装用者が最も音を聴き取りやすい神経の部位を刺激するシステムを採用している。

 また、マイクで音を拾って電気信号に変えるスピーチプロセッサーも箱形から耳かけ式になるなど小型化が進んでいる。

 一方、伝音性難聴者のために開発されているのが、人工中耳だ。マイクで拾った音を電気信号に変え、中耳に埋め込んだ7ミリほどのセラミックス片を鼓膜や耳小骨の代わりに振動させる。最近では、マイクも体内に埋め込む完全埋め込み型の開発も進められている。

 こうした人工耳は、技術革新が進んでいるとはいえ、本物の耳と同じという域にはまだ達していない。帝京大学付属病院言語室の言語聴覚士の工藤多賀さんは「実力以上に期待すると、結果的に失望してしまう」と過度の期待を戒める。

 子どもの言語聴覚訓練に取り組む工藤さんは、健常児と同じように聞こえていると保護者が思い込んで子どもに接していると、言語発達が遅れると指摘する。人工内耳を使っていない難聴児と同じように、聴覚訓練のほかに読唇や手話など多様なコミュニケーションを組み合わせた訓練が必要という。

 聴覚障害は「見えない障害」といわれる。補聴器をつけなければ周囲には障害があるとわからないため、聴覚障害者は障害を隠そうとするし、健常者は聞こえない状態の体験が難しく、障害の辛さが理解しにくい。

 工藤さんは「人工耳が登場しても、完全に聴力が回復するわけではない。障害者自身が障害を受け入れて、社会に積極的にかかわること、また、周囲が障害を理解して支えることの重要性は変わらない」と訴える。

人工内耳の適応基準
(日本耳鼻咽喉科学会による)

【小児】2歳以上18歳未満。
 先天ろうの場合は、就学期までの手術が望ましい。純音聴力は両側とも100デシベル以上の高度難聴者で、補聴器の装用効果が少ないもの。両親、家族の理解と同意が不可欠。

【成人】18歳以上。
 純音聴力は原則として90デシベル以上の高度難聴者で、かつ補聴器の装用効果の少ないもの。本人および家族の意欲と理解が必要。

(写真)
人工内耳。マイクが内蔵された耳かけ式のスピーチプロセッサー(右)と、耳の後ろに埋め込む受信機(左)。受信機から電極が延びる=文京区の日本コクレアで




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