人工内耳友の会−東海−
人工内耳の現状と将来

平成14年11月4日
岐阜県難聴者福祉大会講演
(岐阜県ふれあい会館3F大会議室)

人工内耳の現状と将来

岐阜大学医学部 平衡・耳鼻咽喉科学 青 木 光 弘




本日は、岐阜県難聴者福祉大会で皆様にお話できる機会を得たことを大変うれしく思っています。現在の日本社会は必ずしも難聴者にやさしい社会とはいえない面が多く見受けられます。補聴器などである程度の聴力を獲得できる方に対して、一般に身体障害者2級以上に相当する高度難聴の方は補聴器をしても会話にならないことが多いようです。そうした方への先進的な治療として開発されたのが人工内耳です。現在、日本でも1994年から保険適応になり、装用者が急激に増加しているようです。



ダンボは耳がおおきくて、友達からからかわれました。難聴の方々も聞こえないから答えられない。そんなことで、人からからかわれたりすることもあると聞きます。我々耳鼻咽喉科医の力不足で、難聴者にやさしい、住みやすい日本社会とはまだまだいえないのが現実です。
本日は、人工内耳のお話をする前に、聞こえるとはどういうことか、そのしくみについてお話しします。そして、皆さんの難聴がどのような原因でなったのか、その種類について、すこしお話します。
耳のしくみがある程度理解していただいてから、人工内耳のしくみとその治療についての現状についてお話して、皆様がいだいているだろう人工内耳に対する不安や疑問について少し説明させていただきます。



われわれがはなす言葉や音は、空気の振動です。ソプラノ歌手や子供のかん高い声は速い空気の振動です。逆におじさんがしゃべる低い声は遅い空気の振動です。そうした声や音が耳から入り、鼓膜、耳小骨に伝わります。そして、カタツムリの形をした蝸牛のなかの細胞を刺激して、脳に伝わって、言葉や音を理解します。高い音と低い音では、刺激される蝸牛のなかの細胞が異なります。それにより、我々は音の違いを認識できるわけです。
したがって、これらのどこが悪くなっても聞こえがわるくなります。



先ほどのカタツムリをきりますと断面は3つの部屋に分かれています。そのなかでも真ん中の部屋が重要です。その中にはリンパ液という液体が流れていて、先ほどの音や声の空気振動が液体の波動に変換されて、ここに伝わります。熱いスープを覚ますために、フーとしたときにスープの表面に波ができるのを経験されたことがみなさんあると思います。まさにそれと同じで、音の振動が液体の振動に変換されるわけです。



先ほどの真ん中の部屋を拡大するとスライドのような複雑な構造になっています。先ほどのべましたように空気の振動が液体の振動に変換され、その波により有毛細胞と言われるものが刺激を受けて興奮します。大きな波と小さな波、早い波と遅い波といった違いにより有毛細胞の刺激され方がちがっています。その違いにより音や声の区別が可能になります。神様はすごく巧妙なしくみを生物につくられたものです。



先ほどのどの部分が悪くなっても聞こえなくなります。
そうした難聴には大きく分けて2種類あります。中耳炎などに代表される伝音難聴は、鼓膜に穴があいたり、耳小骨が外れたりすることで音が伝わらなくなった状態です。これは、手術により鼓膜の穴をふさいだり、耳小骨のつながりを作り直すことで聴力の再獲得が可能です。
しかし、蝸牛を含めてそれより奥の機能が喪失してしまった難聴を感音難聴といいます。この場合、聴力の再獲得が困難なことが多く、補聴器などをしてもよく聞き取れない場合も少なくありません。そうした難聴者のほとんどは蝸牛の有毛細胞に原因があります。



先ほどお見せした感音難聴になるものには、生まれつきといういわゆる先天性難聴があります。最近は遺伝子の研究が進み、半数が遺伝子レベルでの原因ということがわかってきました。
また、突然発症するものでは、おたふく風邪に代表されるウィルス性内耳炎によるものや、抗生剤などによるものがあります。
徐々に進行していく難聴にはメニエール病がその代表で、ほか原因不明の進行性難聴も見られます。



中耳伝音系の異常でおきた難聴は鼓膜、鼓室形成術などにより聴力の獲得が可能です。補聴器は元来伝音難聴の方に有効なものですので、手術をしなくとも補聴器の効果が見られます。また、埋め込み型補聴器のような感じのものとして人工中耳があります。これは鼓室形成術をしても効果がない伝音難聴のかたが対象になります。
感音難聴で聴力が固定してしまった場合は補聴器を装用することになりますが、補聴器をしてもうまく聞き取れなく補聴器の装用効果が見られない場合に本日お話する人工内耳の適応になります。また、将来いつなるかわかりませんが内耳を再生させてふたたび自分に植える内耳再生治療がいま研究されています。現状では人工内耳手術が高度難聴者への唯一の治療となります。



人工内耳に入る前に身近な中耳炎のお話をします。
伝音難聴の代表である中耳炎ですが、スライド右のように中耳炎を繰り返すことで、鼓膜に永久的穿孔ができてしまった症例です。こうなりますと、中等度の難聴をきたします。しかも、穿孔部より細菌が入り、耳だれを引き起こします。しかし、こうしたケースは鼓膜をはることで聴力は回復できます。
しかし、感音難聴すなわち蝸牛の障害による難聴では回復は発病初期なら治る可能性はありますが、時間を経てしまうと治りません。



難聴の程度は軽いものから重いものまでありますが、実際にどのくらいの聴力レベルになると聞こえにくいのかと申しますと、純音聴力検査を用いて通常計測します。我々がしゃべる声の大きさは約50dBくらいです。したがって、50dBを超える難聴ですと、日常生活の会話が困難になります。両側の耳が70dBをこえますと身体障害者の対象になる高度難聴です。通常補聴器を使用しますが、100dBを超えますと補聴器をしても、会話が困難なケースが多いようです。



片方の耳が聞こえなくなったら、病院にいきます。しかし、運悪く治らなかったら、いいほうの耳を大切にすることになります。
しかし、両方の耳が聞こえなくなったらどうしますか。まず、病院にいきます。そこで、治らなかったら補聴器を試してみることになります。それでもなおらなかったらどうしますか。こうした人のほとんどが人工内耳の適応になると思われます。



話は脱線しますが、補聴器が世に出始めたころは、19世紀後半です。そのころは、スライドのように弁当箱のような補聴器をもって行動しなくてはいけませんでした。しかし、いまではスライドの右のように非常に小さくて性能もいいものがでてきました。人工内耳も出始めた当時は非常におおきな弁当箱を常にもっていなくてはなりませんでした。しかし、どんどん進歩していき、いまでは非常ちいさいものとなってます。



日本で使うことができる人工内耳の概要です。耳掛け型ができて、非常にコンパクトになり、耳掛け補聴器とほぼ同等の大きさまで飛躍的に小さくなりました。
人工内耳はスライドに示しましたコクレア社がその先端であり、日本に最も早く導入されました。その後、もう一社も日本に導入され、現在日本で使用可能な人工内耳は2社となりました。また、保険適応が1994年から始まり、現在までに日本では約3000名以上の方が装用されているようです。
スライドにはコクレア社製のNuclues24システムを示しています。体内装置と体外装置の二つから構成されています。体内とは患者さんの体内に埋め込む装置で、受信コイルと蝸牛に挿入する電極からなっています。体外装置は体外に装用して、音や声を受信する装置です。最新のものでは耳に掛けるタイプのものが登場して、患者さんは非常に身軽になったと思います。



人工内耳装用時の概観はスライドのようになりますが、耳に掛けた部分に音を電気信号に変え、どの電極にどのように刺激を与えるかを決定するコンピューターが内蔵されています。音声を受けると音を分析し、送信コイルにその情報が送られ、受信コイルへ伝えられます。そして、蝸牛内に埋め込んだ22のチャンネルのいずれかに刺激が与えられます。その刺激が聴神経に伝達され、脳へとつたえられ、音や言語を認識します。



それでは、人工内耳と補聴器はどこがちがうのでしょうか。補聴器は音や声を大きくして、中耳に伝えます。その大きくした音や声が内耳で電気信号に変わり、脳へと伝えられます。
一方、人工内耳は音や声を拾った瞬間にそれを電気信号に変え、直接聴神経を刺激します。そして、脳へと伝えられます。すなわち、人工内耳は言葉のとおり、内耳の役割を果たしていることになります。したがって、人工内耳は中耳の状態には左右されないこともわかります。



耳掛け型が導入され、コード類が短くなったばかりでなく、概観上の大きく変わったと思います。右は男性の概観ですが、めがねをしている方でも、体外装置は小さくできてますから、邪魔にはなりません。また、左は女性のかたですが、少し、体内装置を固定する場所を低くしたことで、概観上まったく人工内耳を装用しているのがわかりません。こどもさんなどで、概観を気にすることで人工内耳装用がいやになる方もいると聞きますので、概観上気にしなくてもすむということは非常に朗報ではと思われます。



ここまでは人工内耳の仕組みについての話しでしたが、これからは実際の人工内耳治療についてお話します。だれでも人工内耳の適応になるかと申しますとそうではなく、学会のほうで一応の基準が定められています。
小児の場合、2歳以上と定められています。先天聾の場合はそのうちでもなるべく早く装用したほうが言語獲得、聴力獲得においていいとされています。
そして、純音聴力検査において、両側が100dB以上の高度難聴であること、また、補聴器の効果が全くないかほとんどみられないものとなっています。幼少児期は正確な聴力を測ることは難しいため、脳波や遊戯聴検を参考にします。してはいけないものとして、CTで電極をいれるスペースが確認できないものとなっていますが、年々様々なケースに人工内耳手術が行われてきており、この基準も広がりつつあります。また、精神発達遅滞や中枢性難聴者への手術は困難であるとともに、中耳炎の活動時期に手術を行うことは術後のトラブルになりやすいので禁忌とされています。
また、最も重要なこととしては、幼児の周辺とくに親や家族の方々の理解と援助がないと、手術はうまく言っても言語獲得や聴力の獲得は成功しません。したがって、術前から術後のリハビリにむけて周到な準備が必要と思われます。さらにそれを行うために施設など協力体制を十分にしておくことが必要と思われます。



成人の場合は、すこし適応が小児とは異なります。18歳以上を成人としていますが、純音聴力検査で両側が90dB以上、かつ補聴器の装用効果が少ないものとなっています。また、CTやMRIなどの画像診断にて蝸牛に電極をいれるスペースが確認できないものは手術の対象とはならないとなっていますが、先ほどもお話しましたように徐々に適応は広がっているようです。当然ですが、本人と家族の承諾や理解なしには手術はもちろん、術後のリハビリもうまくいきません。また、先天聾で成人になられたかたには禁忌とはなっていませんが、術後の言語獲得や理解の面では効果は乏しく、装用をしなくなるケースも多く、十分にその旨を理解して手術に望む必要があります。



手術を決定する前に以下のことを行います。まず、補聴器をつけてどの程度言語理解があるかを調べます。つぎに聴神経の反応は良好かを特殊な検査で調べます。しかし、この検査は小児では行わないのが通常です。
つぎに、CTやMRIで内耳の状態を確認します。
また、小児の場合は術前からのトレーニングが必要です。術前の6ヶ月から2年間は補聴器装用下で生活し、トレーニングを行います。また、検査やトレーニングにおいて、慣れ・意欲などをやしなうことが重要です。また、口型の模倣や音声の模倣を学んでいくことが人工内耳装用後の言語獲得、聴力獲得に有用であります。



手術ですが、全身麻酔で行います。全身麻酔をかけることが可能かどうかの検査を行います。血液検査、心電図、胸部レントゲンなどを行います。それで、OKということになると、手術を施行します。
手術は左右耳のいずれか一方に行います。一般には残存聴力のよい方に行いますが、左右差があまりない場合は、画像上入りやすいほうや術前の聴神経の状態を調べる検査で反応のよいほうに行います。
手術ですが、耳の後ろに10cmくらいの切開を行います。そして、耳の後ろの骨を削り、蝸牛に電極挿入用の穴をあけて、電極を挿入します。あと受信コイルなどを固定して手術は終了します。蝸牛の状態が良好な場合、手術は3−4時間で終了します。翌日から歩行可能で、食事もできます。



人工内耳を埋め込んだからといって、すぐ聞こえるようになるわけではありません。術後2から3週間で音入れの操作をしてはじめて聞こえるようになります。
それには、人工内耳体外装置を装着して、蝸牛に挿入した電極についている22個のチャンネルの一つ一つをどのように刺激するかを決定していく作業、マッピングとよんでいますが、これが必要です。1〜2時間かけて行います。
これでいよいよ、家族の声や物音をきくことができるわけです。はじめて、音とを入れたときはびっくりされるようです。とくに長いこと音の世界から離れていたような場合はなおさらですが。
一回のマッピングで最適な状態になることもありますが、通常はあと何回かの再調整が必要になります。ある程度の最適なマップがつくられれば、その後は調整はほとんど不要のようです。
その後、リハビリテーションにはいります。言語獲得後に聴力を失った方の場合、リハビリテーションは必ずしも大変なものではありません。元来、人間の脳ははじめは言葉として理解できなくても、なにげなく日常会話をしているうちに、徐々に変化していきます。したがって、リハビリテーションとは会話により、脳を刺激し、より正確な情報処理能力を磨いていくことになります。
また、人工内耳友の会があり、人工内耳装用者の方々が交流を深める場もあります。そうしたところでいろいろな情報を取り入れることも可能になっています。今後装用者が増えることで、よりその輪も広がりをしめすことでしょう。



実際に人工内耳を装着した場合、どのくらい聞こえるようになるかと申しますと、スライドに示したように純音聴力検査では約50dBの聴力を確保できます。おわかりのように正常者の聴力に戻るわけではありません。しかし、100dB以上の高度難聴者が補聴器をしてもせいぜい70dBくらいしか聴力を獲得できないのにくらべればはるかに聴力は良好になります。我々の通常の日常会話の大きさは50−60dBですから、人工内耳装用で日常会話の音域までは確保されたことになります。



言語の理解の面ではどうでしょうか。最近行った成人3例のの人工内耳装用後の単語正答率を示しました。読話とは話している人の唇を読むことですが、人工内耳をつけず、読話だけでは、20%前後しかわかりません。人工内耳のみですと50%以上の正答率を得ることは可能です。さらに人工内耳と読話を組み合わせれば、80から90%の正答率を得ることができます。これなら、普通のスピードよりすこしゆっくり話してもらえれば大抵は理解できます。
人工内耳を装用することで、音は聞こえるようになります。しかし、音が聞こえることと、言葉を理解し、聞き取れることとは必ずしも同じではありません。相手が何を言っているのか聞き取れなければ、会話もうまく成立しません。手術後、音入れしてすぐ聞き取れる人もいれば、なかなかうまく聞き取れない人もみえます。これには蝸牛の状態や聞こえなくなってからの失聴期間、年齢などに影響を受けるようです。しかし、人工内耳を日ごろ装用することで徐々にですが慣れていくものと思われます。



人工内耳装用のかたの感想をすこし紹介します。
外出に不安があり、なかなかできなかったが、手術後不安がへり外出ができるようになった。相手の呼びかけに無視することがなくなってコミュニケーションがはかれるようになった。
家族の会話に入れるようになり、会話が増えた。電話で会話ができるようになり、先方が驚いた。
聴力を失って、人生をあきらめていたが、会話ができるようになって幸せであるなどの感想をいただきました。
おおむね、手術に対してはよい感想をいただいております。



人工内耳の将来はいかがなものかを考えますに、いままでは治療法がなかった高度難聴のかたに音声でのコミュニケーションを再び回復させることができたことは画期的なことでした。しかし、今後はそれだけでは患者さんは満足しないのではないかと思われます。まず、治療費の問題です。今後日本がますます不景気になったら、医療保険制度もあやしくなりかねません。
いま、コクレア社の人工内耳はどんどん進化しているようで、人工内耳の弱点である騒音下での会話に対しても、聞きやすくなるように研究が進められているようです。
今後は、進歩する補聴器との住み分けや、まだ研究段階ではありますが内耳の有毛細胞を再生させ、聴力回復を期待する内耳再生との住み分けなども問題になることと思います。



一般にある疑問にお答えしたいと思います
外国では生後6ヶ月くらいで人工内耳手術が行われるケースもあるようです。4歳くらいまでには装用したほうがいいようですが、はたして手術ははやければはやいほうが本当にいいのかは疑問です。
先天聾で成人になり、言語獲得がない場合に人工内耳はどこまでの効果を示してくれるのか、先天聾の成人への人工内耳手術はどこまで有効なのか。人工内耳を埋め込むことで、脳の変化はおこるのかなど疑問はあります。
活動性の中耳炎がなければ行うことは可能であり、内耳の奇形も最近では手術適応が拡大しています
全身疾患は全身麻酔をかけて手術を行うため、全身麻酔をかけることができればまず問題はないと思われます
手術費用は材料費だけで300万近くかかりますが、重度障害のかたがほとんどなので、厚生医療の適応になります。
手術の後遺症はほとんどないと言っていいと思います
人工内耳は20年以上の歴史がありますが、いまのところ半永久的と作動するようです
MRI、手術での電気メスなど影響があるようですが、日常生活でレベルの電磁波なら問題ありません
成人のかたで言語獲得後に聴力を失ったかたの場合はほとんどリハビリは必要ないと思います。先天難聴の子供さんでは言葉を覚えるのと同等のリハビリは必要です
騒音下での会話は人工内耳の弱点ですが、どんどん研究開発がすすみ、騒音下でも比較的聞きやすくなっているようです。

ご静聴、ありがとうございました。




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