人工内耳友の会−東海−
ももちゃんワールド

青春愛唱詩集 (ANTHOLOGY)

<目次>
むかしゆめみた ハイネ
君が瞳を見るときは ハイネ
都に雨の降るごとく ヴェルレーヌ
そのかみの貴女を歌えるバラード ヴィヨン
ファンテジー ネルヴァル
シダリイズ ネルヴァル
酔っぱらひの舟 ランボオ
サアディの薔薇 ヴァルモォル
哀歌 ヴァルモォル
消えうせた葡萄酒 ヴァレリィ



「歌の本」より

むかしゆめみた
    ハインリッヒ・ハイネ (井上正蔵 訳)

むかしゆめみた やきつく恋を
きれいな髪に ミルテにレセダ
甘いくちびる にがい言ひ訳
かなしい歌の かなしいしらべ

いつしか夢は 色あせ消えて
いとしいひとの 姿も失せた
熱いこころを 捧げて書いた
あまいしらべの うただけ残る

すてられた歌よ お前も行けよ
そして探せよ むかしの夢を
逢へたらよろしく 伝へておくれ
はかない影に おくるはかなさ

 ↑ 


君が瞳を見るときは   ハインリッヒ・ハイネ  (片山敏彦 訳)

君が瞳を見るときは
たちまち消ゆるわが憂ひ。
君にくちづけするときは
たちまち晴るるわが思ひ。

君がみむねに寄るときは
天の悦びわれに湧き
君を慕ふと告ぐるとき
涙はげしく流れ落ちたり。


 ↑ 


都に雨の降るごとく   ポール・ヴェルレーヌ  (鈴木信太郎 訳)
        都にはしめやかに雨が降る。(アルチュール・ランボオ)

都に雨の降るごとく
わが心にも涙ふる。
心の底ににじみいる
この侘びしさは何ならむ。

大地に屋根に降りしきる
雨のひびきのしめやかさ
うらさびわたる心には
おお 雨の音 雨の歌。

かなしみうれふるこの心
いはれもなくて涙ふる。
うらみの思ひあらばこそ
ゆゑだもあらぬこのなげき。

恋も憎みもあらずして
いかなるゆゑにわが心
かくも悩むか知らぬこそ
悩みのうちのなやみなれ。


 ↑ 


そのかみの貴女を歌えるバラード  フランソワ・ヴィヨン (佐藤輝夫 訳)

われに告げてよ、いずくの野辺に
ローマの美姫のフローラは在りや
アルキピアードは、また、タイースは
そのあで姿、はらからの如くなりしが、
川の瀬や はた池の上に ひと立ちて、呼ばわば
答える、その姿この世のものと見えざりし
こだまもいずくぞ、われに告げてよ
さあれ古歳の雪やいずくぞ

また、いずくぞや、博識の聞こえも高きエロイーズ
このひとのため宮せられて、アベラールは
サンドニに、修道僧となりにたりしが、
その愛ゆえに、この苦患持ちたりしなれ
同じく、いずくぞ、ビュリダンを
袋にこめて、セーヌの河に
投ぜよとこそ宣りし女后も
さあれ古歳の雪やいずくぞ

百合のごと かんばせ白く、シレーヌの
声もてうたいし 太后ブランシュ
大き御足の姫ベルト、はたビエトリスはたアリス
メェヌ領ぜしアランビュルジス
さては、英軍、ルーアンに焚殺なせし
ローレーヌの、威き乙女のジャンヌはも
いず地ゆきけむ、聖マリアよ!
さあれ古歳の雪やいずくぞ

歌とる君よ、わが述べしそのあでびとの
いず地ゆく、ゆめ問うなかれ、そのあとな
この返しうた、思い出でずば、
さあれ古歳の雪やいずくと


 ↑ 


ファンテジー   ジェラール・ド・ネルヴァル   (中村真一郎 訳)

ロッシーニも、モーツァルトも、ウェーバーも
その一つの曲のためなら ぼくはすべて捨てよう。
憂愁と傷心に満ちたとても古いその曲は、
ぼくにだけは秘められた魅力を持っている。

だからその曲に聞きほれるたびに
ぼくの魂は二百年を若がえっていく・・・・
時はルイ十三世の御代、目に見えるよう、
夕陽に黄ばんだ緑の丘の拡がりが、

石づくりのレンガの城、
赤らんだ彩色の焼絵ガラスの窓、
周囲には大きな花園、そのひとすみに
花々の間を小川が流れている。

それから高い窓辺に一人の姫君が、
金髪で、黒い瞳、昔の衣装を着て・・・・
それは、おそらくはもうひとつの生活のなかで、
ぼくがすでに見たひと、そして今再び見出したひと。


 ↑ 


シダリイズ  ジェラール・ド・ネルヴァル   (斎藤磯雄 訳)

想ひびといづくにありや、
ことごとく奥津城にあり。
此処よりも美しき住まひに
此処よりも幸にあふれて。

青空のはるけき奥所、
御使ひの傍(かたへ)にありて、
聖母(おんはは)にささげまつれる
頌歌(ほめうた)を唱ひつつあり。

白雪(みゆき)なす、あはれ、フィヤンセ。
咲き匂ふ花のをとめご。
苦しみにうちしをれたる
棄てられし恋の女よ。

窮みなきいのちの微笑(ゑまひ)
おん身らがひとみにありき。・・・・
うつし世を消えし炎よ、
大空にまたも火ともれ。


 ↑ 


酔つぱらひの舟  アルチュール・ランボオ   (金子光晴 訳)

 ひろびろとして、なんの手応へもない大河を僕がくだつていつたとき、
船曳きたちにひかれてゐたことも、いつしかおぼえなくなつた。
罵りわめく亜米利加印度人たちが、その船曳きをつかまえて、裸にし、
彩色した柱に釘づけて、弓矢の的にした。

 フランスの小麦や、イギリスの木綿をはこぶ僕にとっては、
乗組員のことなど、なんのかかはりもないことだった。
船曳たちの騒動がやうやく遠ざかったあとで、
河は、はじめて僕のおもひ通り、くだるがままに僕をつれ去つた。

 ある冬のこと、沸き立つ潮のざわめきのまっただなかに、
あかん坊の頭脳のやうに思慮分別もわかず、僕は、ただ酔うた。
ともづなを解いて追つてくるどの半島も、
これ以上勝ちほこつた混乱をおぼえたことはなかつた。

 嵐が、僕の海のうへのめざめを言祝いだ。
犠牲をはてしもしらずまろばす波浪にもてあそばれ、
キルク栓よりもかるがると、僕はをどつた。
十夜つづけて、船尾のともしびのうるんだ眼をなつかしむひまもなく。

 子供らが丸囓りする青林檎よりも新鮮な海水は、
舟板の樅材にしみとほり、
僕らの酒じみや、嘔吐を洗ひそそぎ、
小錨や、舵を、もぎとつていつた。

 その時以来、僕は、空の星々をとかしこんだ乳のやうな、海の詩に身も溺れこみ、
むさぼるやうに、淵の碧瑠璃をながめてゐると、
血の気も失せて、騒ぐ喫水線近く、時には、
ものおもはしげな水死人の沈んでゆくのを見た。

 蒼茫たる海上は、見てゐるうちに、
アルコールよりも強烈に、竪琴の音よりもおほらかに、金紅色に染め出され、
その拍節と、熱狂とが、
愛執のにがい焦色をかもし出す。

 僕は知つた。引つ裂かれた稲妻の天を、竜巻を。
よせ返す波と、走る射水を。
夕暮を、また、青鳩の群のやうに胸ふくらませる曙を。
時にはまた、あるとは信じられないものを、この眼が見た。

 菫色に凝る雲々の峯を輝かせて、
神秘な怖れを身に浴びた落日や、
ギリシヤ古劇の悲劇俳優たちのやうに、
はるかに、裾襞をふるはせて、舞台をめぐる立つ波を僕は見た。

 目もくらむ光の雪と降る良夜。
ものやさしくも、海の睫をふさぐ接吻や、
水液のわき立ちかへるありさまや、
唄ひつれる夜光虫の大群が、黄に青に変わるのを夢に見た。

 それから、まる幾月も、僕は、ヒステリツクな牛舎さながら、
暗礁に突つかける大波のあとを追ふ。
聖マリヤのまばゆい御足が、あばれまはる太洋の、
鼻づらを曲げて飼い馴らしたまふことも忘れはて。

 漂着したそこは、この世にあるとも信ぜられないフロリダ州。
知つてゐるかい? あそここそは、
はるか水平線のした、青緑に群れなす波の背の、手づなとかかる虹の水しぶきが、
人々の肌や、豹の眼の花々といりまじるところ。

 怪物レビアタンの群が燈心草のあひだ腐臭を放つやなぐいの
瘴癘の泥海もながめて過ぎ、
大凪の中心で逆流する水が、
はては、瀑布となつて、深淵にきつて落とされるのも見た。

 氷河、銀の太陽、真珠色の波、燠のやうな、かじかんだ陽ざし。
とごつた入江の奥ふかくに、ばらばらにこはれた座礁船。
床虫に喰いちらされた大蛇どもが、陰惨な、へんな臭気を放つて、
よぢれ曲がつた木の股から墜つこちてくるところ。

 この金色の魚、歌ひながら青波をくぐつてあそぶ真鯛の群を、
ふるさとの子供たちに見せてやりたいな。
花と咲く波の泡は、僕の漂流を祝福し、
えもいはれぬ涼風に乗つて僕は、飛びたくなつた、羽がほしくなつた。

 時にはまた、両極や、赤道地帯を、殉教者のやうに倦みつかれて、海は、
すすり泣きで、やさしく僕をゆすぶる。
1日の血を吸ひ取つた吸玉のやうに黄色い夕陽が、萎れ衰へてゆくとき、
僕は、小娘のやうにじつとひざまづく・・・・。

 そのとき、黄金の眼をした誹謗者、島に巣喰ふ海鳥の群が、
舷を訪れ、喧噪と糞を上からふらす。
もろい細索を越えて航海に疲れたものらが、永遠のやすらひをとりに入水する時刻、
僕らは、侘しくもまた、舟旅をつづける。

 だが、内湾の藻草の髪にからまれて、ゆくへもしらずなつたとき、
颶風の腕にさらはれて、鳥もをられぬエーテルに、この身が投げすてられたときは、
巡海船も、ハンザの帆船も、
酔ひどれた水のあくどい愛撫から救ひ出してくれるあてがない。

 おもふがままに煙をふかしつつ、うす紫の霧靄に乗り、
赤ちやけた空を、壁のやうにくりぬいてすすむ僕。
よい詩人にとつては、無上の糖菓、
太陽のかさぶたや、空の洟汁を身につけてる僕。

 火花と閃めく衛星どもを伴い、黒々とした海馬に護られて、
革命月の七月が、燃ゆる漏斗の紺碧ふかい晴天を、
丸太ん棒でたたきこはした豪雨のなか、
一枚の板子のやうにおろかにも、翻弄されてゆられる僕。

 五十海里のむかう、発情した海のベヘモとくらい渦潮とが、
抱きあつてうめき叫ぶのをきいて身の毛もよだつた僕。
どこまで行つても青い海を糸繰りながら、ゆきつくあてをもたぬ僕は、
古い胸壁めぐらしたヨーロツパをつねになつかしんだ。

 僕は見た。空にふりまかれた星の群島を!
有頂天な空が、航海者たちをまねいてゐるその島々を。
百万の黄金の鳥よ、未来の力よ。この底ふかい夜のいずくに、
おゝ、どこに、おまへは眠ってゐるのか。どこにかくれてゐるのか?

 正直言へば、僕には、かなしいことがたくさんすぎた。夜明けになるごとに、この胸ははり裂ける。
月の光はいやらしく、日の光は、にがにがしい。
この身を噛みとる愛情は、ただ、喪失したやうな麻酔で、僕を脹ませるだけだ。
おゝ、僕の龍骨よ。めりめりと砕けよ!
おゝ、この身よ、海にさらはれてしまへ!

 どれほどヨーロツパの海をなつかしんでみても、
匂はしい薄暮のころ、子供がひざまづいて、憂はしげな様子をして、
五月の蝶の羽のやうに、こはれやすい玩具の帆舟を放つ
くらい、冷たい、森の潴り水に、それはすぎないのだ。

 おゝ、波よ! その倦怠をこの身に浴びてからは、
木綿をはこぶ荷舟の船脚をさまたげることも興がなく、
旗や、焔の誇りと張りあふのも、
門橋の怖ろしい眼をくぐつて泳ぎつき、巨利をむさぼることも、僕にはできなくなつた。


 ↑ 


サアディの薔薇   ヴァルモォル (斎藤磯雄 訳)

この朝 きみに薔薇を捧げんと思い立ちしを、
摘みし花むすべる帯にいとあまたはさみ入るれば、
張りつめし結び目これを抑ふるにすべなかりけり。

結び目は破れほどけぬ、薔薇の花、風のまにまに
飛び散らひ、海原めざしことごとく去って還らず。
忽ちにうしほに浮かびただよひて、行手は知らね、

波、ために紅に染み、燃ゆるかと怪しまれけり。
今宵なほ、わが衣、あげて移り香を籠めてぞくゆる・・・・
吸ひ給へ、いざわが身より、芳しき花の想ひ出。


 ↑ 


哀歌   ヴァルモォル (斎藤磯雄 訳)

   いつの日か、かの人の秘めやかにやさしきみこゑ、
   われ若き糸杉の下なるを、呼び給ふべし、
   亡きひとの数に入り谷ふかく埋れしわれを。
かの人の歎かふこゑを、聴くわれは幸にあふれむ。

ゆるやかに、丘の斜面を、かの人は歩みきたらむ、
そのあゆみ、はた願望の、徒なるをひしと覚えて、
かの人のながす涙や、しとどわが灰を濡らさむ。
足もとにまつはりてわれ、かの人を離れざるべし。

やがてわれ、ひとり残らむ、さはれわが悩みは消えて。
かの人の歩みの跡を風さへもうやまひ吹かむ。
すでにわれ、谷底ふかくあらましとひたねがふかな。
すでに待つ、・・・・さはれ、ああ、もしかの人の訪ひなくば・・・・


 ↑ 


消えうせた葡萄酒   ポール・ヴァレリィ (安藤元雄 訳)

いつだったか、私は、大海原に、
(どこの空の下だったかは忘れたが)
そそいでやった、虚無への捧げ物として、
ほんの少しの 貴重な葡萄酒を・・・・

誰がおまえを捨てたりしようか、おお酒よ?
あるいは私は占い師に従ったのか?
それとも 心の不安にかられながら、
血を流す思いで葡萄酒を流したか?

いつもながらの透明さを
一陣の薔薇色の煙のあとで
あんなにも純粋に 海はふたたび取り戻し・・・・

この葡萄酒の消えたとき、酔ったのだ 波が!
私は見た 潮風の中へ躍り出る
底知れぬものの形の数々を・・・・


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