人工内耳友の会−東海−
ももちゃんワールド

詩集「無機質」抄   水口元一

          昭和41年9月

<目次>
鎮魂歌
反響
習性
交差点
街の夜
錯覚の季節
無声映画の世界に






鎮魂歌


宝石の青よりも冷たくなったこころは
山脈の雪の中に埋もれて光っている
ピッケルよ 突き抜けた空よ
南の風が垂直に吹く 地球の裏側へ
笑っている雲の季節 夏のリンゴが涼しい
眠っている心臓はガラスびんです
山岳地帯の さらに白色の空間の柔らかさに
紙のような生毛が凍っている指の重さ
毎朝埋もれている上まで蝿が訪ねてくる
ちょうど喉仏の上のあたり けれどもなつかしい友です
早く そして軽やかに進行する雲の観念
沙漠のオアシスは あつまった夢がしゃべっている
真青い空に なおも奥深く愛し合う閃光−−
遠くなつかしいクラシックギターの歌を聞いて
キャベッツのサラダを喰べながら眠っています



 ↑ 



反響


蒼白い高層ビルの谷間は
空間が舞い散る午後
それからの時間を無視して
不自然にCARは泳ぐ


愛を失った私たちは
まっ青な傷跡を覆いあって
ひっそりと抱擁する姿さえ
この真中には無機質となる


軽金属が散乱反射し連なるるときは
いっそう鋭くなる午後
へんに凝縮した地面には
苦痛のない神経が所有されている


なんにも入ってないこころを冷えきらせて
ただに歩きまわる極限の生活
あちこちの排水溝に
悲哀は流れ捨てられる



 ↑ 



習性


かなかなと耳の奥で何かが鳴いた
こうして僕らは暮らしてきたのだった
あたらしく
青と赤の色鉛筆が削られるとき
数字の計算文字が歌う
僕らは大きな木々の梢で
ひっそりと棲んでいた
ぶりきの箱の中の
明るいキャンデー詰めが
君たちのお気に入りなのだ
水玉模様のねくたいをして
僕らが入っていくとき
君たちはひそやかに手をたたくのだ
そうして時は奪われる
「あい」ということばが
君たちの唇からもれるとき
僕らはそれを
LOVEということばにかえて考える



 ↑ 



交差点


青●硫酸銅光線の鋭い屈折。
  悲哀の反射の夜。
  空中に漂う意志は一方通行する。
  現実間の錯覚。
  ひとつの彼岸を僕は渡る。


黄●物憂げな静寂の混乱。
  分裂する心の指標。
  空虚の分岐点に達して。
  選択をためらう。
  堕落の反抗。


青●独裁された肉体の断層。
  暗黙の恐怖の焦燥。
  無感覚な逆行が神経を燃焼する。
  原始からの根源の屈辱に。
  意識は挫折する。



 ↑ 



街の夜


街の空間は青みがかっている
目に見えない無数のこころが
まったく孤独に光りつく
ネオンや看板の反射を受けて


少女は答えられない
小さなウインドウの前で
自分の姿に見とれながら歩いていた
ガラスに写る屍体の群を


ああ無意識の反響がまぶしい
こころは透明な呼吸をしている
あるがままの
限られた拡がりの中で


街を歩きまわりながら
互いに純粋なこころを求められない
敷石さえすでに浮かびあがり
哀しみが不規則に色彩された


街の空間は青みがかっている
目に見えない無数のこころが
まったく孤独に光りつく
ネオンや看板の反射を受けて



 ↑ 



錯覚の季節


六月の雨には時たま晴れ間があって
雲の間から見る空は青い
ぼくたちは 一日 時間に縛られていると
時には自由を想うものだが


冷たい嵐もなければ熱暑の日光もない
くりかえしぼくたちの単調な日々は
太陽のような恋人に何も言い出せない
生温い墓石に直結する惰性の片想いだ


建物をひとめぐりして戻ってきた声のように
ぼくたちのことばはあいまいになって いつしか
違ったことばに変化してしまうのではないか
言いわけも考えつかずに


愛の演技者でさえないのか ぼくたちの青春は
灰色の高層ビルの谷間 十字路の角で
方向感覚を見失った遭難者のように
あてもなく 迷いつづけて



 ↑ 



無声映画の世界に


私はひとり自作自演
無声映画の世界に生きる
カメラアイは私をとらえ
カチンコが口を閉じ
私の行くところはすべて
限りない沈黙の二十世紀


生活のかたすみで「人々」は歩きまわり
自動車は地面を震動し
飛行機は青空を切とってはいくが
私の耳の中の小さな貝がらの破片は
そうした空気の振動には
まったく無関心なポーズ


立体総天然色無声映画の
はてしなく広がる三次元の世界


私はこの十年間を
私なりに歩いてきた?
そうして孤独を受けとめてきた?
私の小さな貝がらの破片は
すべてを自然の手にまかせたまま
安らかに沈黙を守っている


この私の行く手のフィルムに
いつかサウンドが刻みこまれる日を
私は二十世紀と神を意識しながら
静かに待っている



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