人工内耳友の会−東海−
ももちゃんワールド

詩集「メモラビリア」   水口元一

          夢はひとつの第2の人生である ネルヴァル

<目次>
街角
季節への反出発
夢あるいは忘却
相似形
再会






街角


お 見えなくなっていくきみのイマージュ
夜ごとの眠りの空 きみは通りすぎ
不安定な輝く悲しみを残していく
けれどもことばは伝わらない
切り裂くようにきみと逢うとき


お 見えなくなっていくきみのイマージュ
コーヒーの砂糖の溶解する泡つぷ
たとえば駅の改札口 緑色星形の交差点
結晶した裸形が短絡しあう万華鏡の空間
ぽくが金属性の沈澱するとき
きみは一瞬浮上して
二重の生の様相を個有しはするが


お 見えなくなっていくきみのイマージュ
厳しい孤独に問われねばならぬ
ひとりのひとを予感したこと
柔らかい花びらたちに支えられる
恣意的な平行疾走 またはスローモーション
白銀色の雨脚をもたらしはじめる季節に
無数の貧しい記憶たちと訣別して


死に損なった愛たちがいちどきにおいかぷさる
ぽくの背中に侵入するきみの指先
蒸発する互いの姿態にくりかえされる
夜ごとの睡りの空 通りすぎるきみ
残されていく不安定な耀く悲しみ
あるいは木の洞の湿った枯葉たち


お 見えなくなっていくきみのイマージュ
お ぼくときみとの間の後戻りする時間の錯覚


 ↑ 



季節への反出発


黄ばんだ花開く季節
恋情が滞積した魔法瓶の底
かすかな耳鳴りの奥深くから
長い睡りの血潮が唄うたった
いま目覚めた夢のように
追いかけてくる爽やかな死


屹立した鏡たちの国境で
迷路のような詰問の波紋が
切り取られた柔らかなイマージュの
輪郭を反転させていく
苦しい愛撫に囲まれた動物のように
見失った革命の方向感覚


行こうオルフェウスのように
涯のない飢えと夢を竪琴と抱いて
沈黙が唯一の音楽
風のそよぎだけが友だち
軽やかな時間の足どりで
光の中から 闇の中へと


優しい未来の拒絶者ではなかったか
金属的な記憶が発酵する荒地で
異端の傷口を覆いながら
恋人たちの眠りを空へと吹きあげる
新鮮な欲望の噴水のように
敗北して死ぬことを拒否しつづけて


 ↑ 



夢あるいは忘却


小さな灌木に咲く花の匂いや
水草の漂う小川に流した笹舟の形を
失っていったひとつの季節 ひとつの場所
今そこは青い屑籠の部屋のように乱雑だ


乾いた空気に唇はひびわれ
夢の所在を確かめに
夏みかんを弄び転がしていくのは
不明瞭な発音のいやな思い出だ


雪のように花びらのふり積もるある白夜
優しい狂気が貧しい部屋を訪問して
生理的な錯乱の一時期を養っていったと
記憶が反芻するのはつらいことだ


感光紙のきみの映像のように
陰陽正反対の世界のまるい助動詞は
ソフトクリームの接吻を活用しても
蒸発するようには消えていかない


けれども夢の見習い期間が
優しい無関心に彩られた共鳴箱だったなら
燦爛とふりそそぐステンドグラスの色光の下で
潔癖すぎる窒息を選択もできるだろうか


たとえば純粋な裏切りが放物線を急降下して
巨大な企画に激突するとき
いくたびもキノコ雲を見るだろう
分割した幸せと背中合わせに


偏光器のオーロラのように
ひとつの夢がきみの中を通っていくから
きみに伝えることは何もない
どこか火薬の匂いのする風変わりなラプソディーだ


問い続けることが夢を疎遠にする
昔の物語の心配を忘れるという薬が
ひそかに発酵して泡だちはじめて
苦っぽい熱のうずきをくりかえしている


あらゆる錯覚からの訣別の決意の朝
噴水がいっせいにほとばしるとき
すべてがあやうく逆転しそうになる軽薄さは
汗まみれの下着のような屈辱だ


几帳面な餓死が忘れ去られた日
海底に棲む人魚たちの衝動的な恋が
難破船の帆柱と海草の林の間で
溜息をつきながら夢の闇を手探りしている


 ↑ 



相似形


たとえば
ぼくの夢のなかの優しい無表情なきみ
もうひとつの生活
愛が存在するという空間について
ぼくは想い起こすだろう


きみは黒衣をきて都会を横ぎり
季節はすでに灰色の瞳をしている
湿った街路は淋しい露をガラスに宿し
きみの冷えきった手のひらを
ぼくは知っている


きみを夢みるとき
きみの中にぼくがいる
きみはあまりに似ているので
百八十度縦か横に位置を回転しあえば
一瞬実像と虚像とが交錯し重なりあうのだ
きみがぼくを夢みている
けれどもあまりに距離が近すぎて
互いに確認の試みを繰り返すだけだ


そうして一日は不意に訪れ
ぼくはねじれたことばを反響させる
粘液が夜の底へと糸を引くように
軟体動物の未来が夥しく呼吸して
囲まれた記憶が
都会から逃れ出ていく


いくたびも
都会が光に破滅して
抹殺されたことを知った
その崩壊の感触を
きみはいまだおぼえている


ああ きみが愛を失ってから久しい
都会がぼくを失ってから久しい


 ↑ 



再会


冷たい部屋の見知らぬ午後
水晶の硬い存在が不意に貧血して
未練が階段を降りていきます
アルバムには真白い時間がうずくまっている


漸近線の夢が戦慄して
透明な言葉が沈澱する
垂直な枯れ木の訓練
潔癖な不眠を−−笑わないでよ
チアノーゼの空が残像している


視線は壁に反響します
確率はプリズムの錯覚
重層する詰問が滑っていく
乾燥した舌先を添削してください


装身具の姿態は剥製の体質
コーヒー茶碗の訣別は真っ平でした
果物ナイフの切っ先が意欲する
不在の反映は鮮明です


マイクロメーターに範囲する青春の影
記憶の朝を繰り返し拒絶して
不連続な生活を飢えてはいます


 ↑ 



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