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0102 遺言 テラ 02/11/10



はじめに

 このシナリオは、『テラ:ザ・ガンスリンガー』の使用を想定して書かれた。
 しかし、様々なジャンルのRPG用への改造も可能である。

 『テラ:ザ・ガンスリンガー』を使用する場合、<エチケット:メイガス>または<エチケット:テクノロジー>の習得を推奨する事。また、<エチケット:コーポレイト>と<エチケット:ジャスティス>は必須では無いが持っていれば便利だと伝える事。



登場NPCおよび重要事項

ダイヤ財団 テラ有数の巨大企業の1つ。グループを統括する親会社は、同族経営となっている。
ホリー 故人。ダイヤ財団の女性当主だったが、死に際して紙の遺言状の代わりに、オートマータを遺言執行者として残した。夫はずっと昔に亡くなっており、実子2人と養子1人がいる。
テル 情報処理機能に特化した大型オートマータ。ホリーの遺言状の代わりとして指定されていて、ホリーの死後10ヶ月目にテルが言う通りの財産分与が行われる予定。実はホリーの人格がコピーされている。
ユリ ホリーの養女で相続人の1人。ホリーを「お婆様」と呼んで信奉していた。実はオートマータ。
チーパス ホリーの実子で長男。財団のトップになりたいと願っている。
ジェーン ホリーの実子で長女。財団経営に興味は無く、贅沢がしたいだけの我がまま女。



事前状況

 ダイヤ財団という名の巨大企業が存在した。様々な分野の事業を行う子会社をグループ内に抱えていて、テラでも有数の影響力を持っている。親会社(グループ企業の持株会社)は同族経営で、つい最近まで、ホリーという名の老婆が当主を務めていた。
 しかし、ホリーは病に倒れ、闘病の後に死亡した。
 ホリーの夫は既に鬼籍に入っていて、相続人はホリーの実子・養子の3人だけだった。
 通常であれば、遺言状に後継者が指名されていて、その後継者がダイヤ財団の株券を中心に全遺産の2/3を、残り2人は現金や不動産などを中心に全遺産の1/6ずつ(相続人が子供3人の場合、法律により遺留分として1人当たり1/6が保証される)を受け取るという形になっただろう。しかし、そうはならなかった。

 ダイヤ財団の親会社はとある辺境州にあったのだが、事前にホリーはその政治力を駆使して、無理矢理に1つの法案を州議会で通らせた。
 その法律とは、「遺言状を紙で残す代わりに、予め遺言執行者として指定されたオートマータが決める形を取っても良い」という内容だった。
 つまり、被相続人の死亡から10ヶ月以内に、指定されたオートマータが「Aさんには家を、Bさんには車を遺す。現金は孤児院に寄付する」などと財産分与の内容を決定して発表すれば、オートマータが言った通りに処理されるという事である。
 オートマータとは、テラの蒸気魔術の成果の1つで、いわゆるアンドロイドである。かつて“血涙のマリア”事件(ルールブックP33参照)を起こしたという経緯もあって世間一般の目は好意的では無い。こんな法律が通ったのも「場所が辺境だったから」「ダイヤ財団の力が大きかったから」「“遺言状代わり”という限定された内容だったから」という3つの要素があったからで、どれか1つでも欠けたら流石に成立しなかっただろう。

 ともかくそうして、ホリーは死の床で「遺言状としてオートマータを使う」旨を宣言し、1体のオートマータを指定した。
 指定されたオートマータは、テルという名前で、太った老女を連想させられる姿形をした大型の特殊な機体を持っていた。情報処理能力に特化した機能を持っていて、非常に頭が良いというのが売りとなっている。
 やがてホリーが死に、入れ替わりにテルが起動した。テルは言葉遣いこそ丁寧だが、態度はむしろ慇懃無礼というのに近く、「テルの人格は、ホリーの人格のコピーだ」という事に周囲の者はすぐ気付いた。

 前述の通り相続人は3人いた。実子が2人と、養子が1人である。
 1人目はチーパスという名の男で年齢35歳。ホリーの実子で長兄。既婚、子供なし。取締役の1人としてダイヤ財団の経営に参加しているが、現在の立場では満足しておらず、財団トップの後継者になりたいと思っている。「様々な改革を断行したいが、抵抗勢力の力が強く、平取締役のままでは思うに任せない。トップになった暁には、会社・社員・地域社会の全てにとって良い方向に持って行く自信がある」と公言しているが、果たして実力を伴っているかどうかは未知数である。キャラクター・イメージは小泉首相。
 そういう訳でチーパスは単独で財団のトップに立てるだけの株式を所有したいと思っており、その為に全遺産の2/3をもらいたいと思っている。最悪でも、他の相続人が受け継ぐ株式を配当優先株(通常の株よりも多い配当金をもらえる代わりに、株主総会での議決権を持たない株)に転換するなどの方法で実質的な権力が握れるならばそれで良いとも考えている。
 とにかく、ダイヤ財団のトップに立ちたがっている。

 2人目はジェーンという名の女で年齢29歳。実子でチーパスの妹。未婚。財団の経営には一切タッチしておらず、式典に出席する程度で、特に仕事らしい仕事はしていない。絵に描いたような“超わがままなお嬢様”で、取り巻きに無理難題を吹っ掛けては憂さを晴らすという毎日を送っている。
 ジェーンの望みは贅沢な暮らしを送る事だけで、財団の経営には興味が無い。単に贅沢するだけならば全遺産の1/6でも多過ぎるくらいなのだが、「自分は全遺産の1/2をもらう権利がある」と思っていて、それより少ない分与しか無いのでは我慢できない。特に後からやってきた養子のユリ(後述)については“盗人”呼ばわりまでしている。
 とにかく、「全遺産の1/2をもらう」事に妄執的に拘っている。

 3人目はユリという名の少女で、5年前にホリーが引き取った養子である。引き取った当時は記憶喪失だったが頭は良く、推定年齢15歳にして既に大卒の学位を持っている。「ホリーの(またはホリーの旦那の)隠し孫ではないか」とか「ホリーが死ぬ前に善行を積みたくて引き取ったのだろう」とか周囲の者は色々と観測しているが、真実は分からない。
 本人はホリーを“お婆様”と呼び、生前も死後もただひたすら信奉している。本心では遺産になど興味は無いが、ホリーがそうしろと言ったのでこの“相続争い”に参加している。
 とにかく、敬愛するお婆様(ホリー)が喜ぶ顔が見たいとだけ考えている。

 「遺産分与の割合」と「何をもらえるのか(ダイヤ財団の株式か、それ以外か)」によって3人の立場は大きく変わる。
 まとめると、

●ホリー所有の財団株式の評価額は、全遺産の2/3を占める。財団の独占的支配には、この株式全てが必要。
●遺留分は1/6。
●1人の相続人が全株式を受け継いだ場合、その相続人に現金や不動産は残らない。相続税支払の為に借金もしなければならないから、暫くは生活も窮屈(あくまで金持ちなりの“窮屈”だが)になる。
●相続人の内の2人または3人に株式を分散して相続させる事もできる。しかし勿論その場合、1人の当主が独占的に経営判断を行うという形にはならない。
●3人の相続人に1/6ずつしか相続させず、残りの1/2を外部に贈与したり寄付したりという事もできる。そうなると、財団の経営は完全に外部に託される(同族経営ではなくなる)事となる。

という事である。

 遺言がオートマータのテルが決定する方式になった事について、周囲の者は色々と憶測した。
 曰く、

●後継者となるべき者の実力を慎重に見極めたかったのだろう。順当ならばチーパスが次期当主だが、使い物にならないようならば会社の為に同族経営を諦めて外部に株式を放出する事もあり得るのではないか。
●単なる嫌がらせだろう。そういう底意地の悪い婆さんだった。
●テルには、ホリーの人格がコピーされているらしい。ホリーの言いなりだったユリを跡継ぎにして、テルの言う事を聞くようにさせれば、死後も“ホリー自身”が財団を実効支配する事になる。それを狙っているのではないか。

などと囁かれた。



真相

 ホリーの狙いは、自分の人格をコピーしたオートマータにダイヤ財団を継承させる事である。他人に一銭もやるつもりは無く、資産の100%を自分自身が受け継ぐつもりでいる。
 「一種の不死願望」と「自分の子供を含めて誰も財団を経営する能力が無いという不信感」がその動機となっている。

 また、実は、ユリは高度な《人化》(サプリメント『ガン・フロンティア』P91や『井上純弌の世界』P55に掲載されている追加マニューバ。人間とそっくりに作られてたオートマータである事をあらわしている。正体を調べようとするあらゆる行為に対していつでもリアクションで抵抗できる)を持つオートマータである。
 現在の最高水準の技術(蒸気魔術でも、ロステク流用でも)を用いても、成長し老化するオートマータは作れない。しかしユリは10歳くらいのときにに引き取られ、現在は成長して15歳になっている。このカラクリは実に単純で、成長に合わせた多数のユリの体が用意されているのである。脳に当たるユニットを新しい体に差し替える事で“成長”しているように見せかけている訳である。
 ユリ本人の記憶は操作されているので、自身がオートマータであることは知らない。“成長”で体が大きくなったときは辻褄が合うように記憶を調整される。また、周囲の者に悟られない為に、“成長”したタイミングで避暑などを理由に住居を移したりして誤魔化していた。ユリはホリーと共に暮らしていたが、チーパスとジェーンは同居しておらず、教育は家庭教師が行い学校には最低限しか通わず、使用人も住居を移す度に変わるので、不審に思う者はいなかった。

 非常に大きなオートマータとしてテルが作られた理由を「高度な情報処理機能を持たせた為」と触れ込んでいるが、それも実は嘘である。脳に当たるユニットは通常の大きさしかない。こういう事をしたのも、「人間並に頭の良いオートマータを作ろうとしたら、テルのように大きくなってしまう」と世間を欺きたかったからである。
 さらに、テルとユリの脳ユニットは互換性があり、簡単に入れ替える事ができるようになっている。

 ホリーは、秘密裏に集めたオートマータ技術者たちに上記の全てを作らせ、完成したところで口封じの為に殺してしまった。開発にかかった資金は、子会社の不正会計処理で捻出した。
 某所に秘密研究所があり、テルやユリの整備はここでできる。また、ユリの他の体も安置されていて、“成長”に伴う作業もここで行っている。


 ホリーの計画は以下の通りである。

 まず、不自然に思われないやり方でユリに全遺産が相続されるようにする。
 ジェーンはユリを憎んでいるので、敢えて隙を作って「ジェーンが雇った暴漢がユリを襲う」というシチュエーションに誘導する。その後、証拠を握ってジェーンから相続人の資格を取り上げる。
 チーパスは性格的にユリの暗殺には乗ってこないだろうと思われる。そこでチーパスには「表向きは優良債券だが、実は無価値な資産」を遺産を相続させる。方法は以下の通り。
 ホリーが所有する資産の中には、ダイヤ財団以外の会社の株(有価証券)も含まれている。ホリーは事前に仕込みを行い、「大幅な赤字にも関わらず不正会計によって黒字と偽り、それで高い株価を維持している」という会社と、「その会社の不正会計がバレて株価が暴落すれば、価値が上がる別の会社(またはそういうデリバティブの証券)」を用意した。ホリーの死後は、テルがその状態を維持する操作を行う。チーパスにその「不正会計をしている会社の株」をあてがった直後に不正が露見するように仕組めば、実質的にチーパスも遺産を受け継げなかった事になる。
 こうして、実質的にユリが全ての遺産を受け継ぐ事になる。

 相続が終わった後、頃合を見計らってユリの体にテルの脳ユニットを入れ、「ホリーのコピー人格が全てを受け継いだ」という状態にする。その後は人目に出ないようにして、真実がバレないように気を付ければ良いと言う訳である。



導入

 PC同士は知り合いで、お互いの人となり(アーキタイプとか、簡単な略歴とか)くらいは承知している。<コネ>を持ち合っているとしても構わない。
 またPCは、相続人の誰か1人(チーパス、ジェーン、ユリ)に対する<コネ>を1つ持っている。以下の指針に従った内容で、相続人それぞれに均等な数のPCを割り振る。最低でもNPC1人に、PC1人をあてがう事。<コネ>のスートはプレイヤーが自由に決めて構わない。

チーパス  調査・交渉系PC向け。戦闘系PCも可。もし<バンカー>のアーキタイプを持つPCがいる場合は、ここに割り振る事。
 PCはチーパスに雇われ、PCのアーキタイプに即した仕事(護衛、調査員、コンサルタントなど)に就いている。
 非戦闘系PCの場合は、「とある専門分野に関する助言を必要とする事業にチーパスが取り組んでいて、PCはその専門家なので」と理由付けする(例えば「蒸気魔術に関係する事業に取り組んでいるので、スーパーバイザーとしてスチームメイジを雇う」など)。
ジェーン  アーキタイプは特に問わないが、戦闘力の高いPCをここに割り振らない事。
 PCはジェーンの取り巻きの1人として、半端仕事をしながら金を得ている。
ユリ  戦闘系PC向け。最大戦闘力を持つPCをここに割り振る事。
 PCは護衛として雇われる。非戦闘系PCを組み入れる場合は、「短期契約で雇われた家庭教師」などとすると良いだろう。

 上記の割り振りの後、以下の概況を伝える。

「ダイヤ財団という名のテラ有数の巨大企業がある。グループを統括する親会社(持ち株会社)は辺境にあり(辺境州に法人登記している)、辺境の本社にて経営者(当主)は指揮を取っている」
「当主はホリーという名の老婆(夫はずっと昔に死去)だったのだが、最近、闘病の末に亡くなった。相続人は3人いて、チーパス(男。35歳。既婚)とジェーン(女。29歳。未婚)は実子、ユリ(10歳のときに引き取られ、今は15歳)は養子である。3人は別々に暮らしている」
「ユリは、テルという名のオートマータと生活を共にしている。テルは情報処理機能に特化した大型オートマータで、ホリーの死後に起動し、管財人として遺産相続の実務をこなしている」

 その後、「チーパス」→「ユリ」→「ジェーン」の順で導入シーンを行う。登場できるのはNPCへの<コネ>を持つPCと下記に指示のあるPCだけだが、オープンで行い、これらを通して全プレイヤーが上記“事前状況”の内容と各NPCの性格を把握できるようにする。

チーパス  チーパスは、ダイヤ財団の親会社の平取締役の1人であり、幾つかの子会社の代表も任されている。オーナー一族であるからこそ35歳の若さでその地位に就いている訳だが、実力が伴っているか否かは未知数である。
 財団の番頭たちは、内心ではチーパスを軽んじている。「高いカリスマを持っていたホリー亡き後、財団の実質的な経営は自分たちに任せるべきだ」と言うのが番頭たちの本音である。
 逆にチーパス本人は、番頭たちを老害と考え、改革の為に自分が立たなければダメだと自負している。そして経営権を磐石にする為に、遺産の2/3に当たるダイヤ財団株式を欲しいと思っている。少なくともチーパスにやる気がある事だけは確かだが、チーパスが経営トップに立つ事が「吉か凶か」は誰にも占えない。

 PCは、以上の状況をよく理解している。その上でチーパスに雇われる事になった。
 チーパスの日常の描写を通じて、その辺りを追認できるようなロールプレイをする事。
ユリ  ホリーの死後2ヶ月ほどした頃、PCは身元の確かな者という事で紹介され、ユリの護衛(または家庭教師等)を請け負う。ユリとテルは同じ家で沢山の使用人に囲まれて暮らしており、季節に合わせて過ごし易い地域に住む場所を変えていると言う。たまたま、今住んでいる屋敷に来たときに使っていた護衛(または家庭教師等)の都合がつかなくなり、それでPCに話が持ち込まれたと聞かされる。

 ここで、ユリとテルの日常の描写を行う。
 ユリは表情の乏しい娘で、異常と言っても良いくらい時間に正確で、決められた予定を機械的にこなす。頭は良く、実社会の経験を積めば次期当主を務めるのも不可能でもない気もするが、コミュニケーション能力がネックになるだろう事が付き合ってすぐ分かる。護衛(または家庭教師等)として仕えるには面倒の無い相手だが、雑談に乗ってくるという事が無いので会話は弾まない。ただし、独りでいるのを好む風でも無く、「特に会話も無いのにPCの側にいる」という場面が多くなる。
 話がホリーに及ぶと、ユリの表情は変わる。ホリーを「お婆様」と呼び、思い出を聞かれれば嬉しそうに語るし、ホリーの悪口を言われれば真剣に反論する。

 テルは、周囲の者への口調は丁寧だが、“慇懃無礼”というような感じを抱かせる喋り方をするオートマータで、普段はダイヤ財団の財産管理の実務を行っている。ただの執事型オートマータにしては過ぎた振る舞いがあり、その辺りについてそれとなく周囲の者に聞くと、“オートマータを使った遺言のやり方”について説明してくれる。

 あるとき、財団の用事でテルとユリが外出する事になり、PCも同道する。目的地にはチーパスとジェーンもいる。用事が終わった後、テルからチーパスに渡さなければならない書類があると言う事で、“チーパスに<コネ>があるPC”が帰りに寄っていって、受け取って来る事となる。
 テル、ユリおよび“ユリに<コネ>があるPC”と“チーパスに<コネ>があるPC”の一行は、帰り道で暴漢の襲撃を受け、戦闘になる。暴漢のデータはPCが絶対に勝利できる程度のものとする。
 戦闘中、ユリがテルに対して「お婆様」と呼びかけているのを、PCは耳にする。これまで能面のように無表情だったユリが、必死の形相をしてテルを守ろうとして、「もう二度とお婆様を失いはしない」と叫んでいる。
 ユリの家に到着し、“チーパスに<コネ>があるPC”が書類を持って帰った後、それまで黙っていたテルは「オートマータを使った遺言のやり方」について“ユリに<コネ>があるPC”に説明する。その上で、「犯人の目的は、『テルを破壊して遺言を無効にする』または『ユリを殺して相続人を減らす』のどちらかの可能性が高い」「そうすると容疑者は2人に絞られるが、実行犯から黒幕の証拠を掴むのは難しいだろう」と言う。そしてテルから「現在、亡当主の財産は凍結されており、制限内でしか使えない。だからユリの護衛や、黒幕の捜査にお金は掛けられない。そんな状況ではあるが、ユリの護衛と襲撃犯探しを改めて請け負ってくれないか」と頼まれる。これにPCは承諾するものとして進める。
 なお、ユリがテルを「お婆様」と呼んだ事について、当人たちは惚けて答えない。使用人に聞けば、「自分が教えたと言うなよ」と口止めされた上で「テルの人格は、亡当主ホリーがモデルになっているという噂がある」と教えてくれる。
ジェーン  ジェーンは、ダイヤ財団の系列子会社から相当な額の給与所得を得ているが、実際には全く働いていない。ときどき、財団の式典にオーナー一族として出席するくらいである。独身で、取り巻きにかしずかれながら勝手気ままに暮らしている。
 取り巻きの多くはゴロツキで、男娼同然の者、喧嘩の腕を買われた者、或いは単に面白そうな道化者だからなどという理由で雇われる。ジェーンの気紛れもあるので、入れ替わりが激しい。つい最近になって、PCは「金の為」と割り切った考えでジェーンに雇われた。
 ジェーンは、ユリが遺産相続人の1人である事への不満を周囲にいつも漏らし、“オートマータを使った遺言のやり方”についても「お母様(ホリー)も死の直前になってボケた」と罵っていた。

 こういった様子がプレイヤーによく伝わるように、ジェーンの日常の描写を行う。とにかくジェーンは嫌な女で、「いつでも出て行けるようにしよう」とPCが思うくらいのロールプレイで丁度良い。

 ある日、ジェーンが古株の取り巻きに何か命じているのをPCは目撃する。断片的なセリフしか聞き取れなかったが、どうやらユリまたはテルの襲撃を命じた様子だった。数日後、古株の取り巻きが襲撃失敗を報告しているのをPCが耳にする。古株は言い訳の後、「絶対に足の付かないゴロツキを使ったので、こちらが疑われる心配は無い。しかし、何分にもそういった都合の良い輩をそう次々と見付けるのは難しいので、再襲撃にはもう少し時間が欲しい」と付け加えていた。

 最後に、上記“事前状況”にある内容が全て伝わったかを確認して、プレイヤーが把握できていないようならば改めて説明し直しておく。
 なお、ストーリーフェイトや報酬に関してはこの段階では決定しない。PCたちは、日々の糊口をしのぐ仕事の延長をしているものと解釈してもらう。



本編1:ユリの日常

 “チーパスに<コネ>があるPC”が、テルとユリが襲撃を受けた事をチーパスに報告すると「証拠は挙がらないだろうが、黒幕はジェーンだろうな。馬鹿な奴だ。万一にも露見すれば、全てを失うと言うのに」と口にする。そして、「正直言って、自分たち3人に財産が均等分割されるならばそれも良いと思っている。妹たちを説得して、経営権を手中にする事も不可能では無いからだ。しかし、あの偏屈な母さん(ホリー)がそんなすんなりと済むように納めるとは信じられないのだよ」と漏らす。

 その後、暫くは何事も無く過ぎる。
 チーパスとジェーンは、それぞれ理由は異なるものの、テルとユリの動向を気にしている。その為、何かと理由を付けては自分と<コネ>のあるPCを、テルとユリの家に送って、様子を見させている。
 ここで改めて、テルとユリ(特にユリ)と全PCの交流の場面をロールプレイする事。
 例えば、
「真夜中にPCが目覚めてふと部屋の外に出ると、ユリが暗い廊下に座り込んでいるのに出くわす。声を掛けると『私はお婆様の一部だと思って生きて来た。お婆様は亡くなってしまったけれど、その代わりにテルがいてくれた。でも、遺産相続の騒動が終わったら、どうなってしまうの?』と不安そうに問う」
とか
「迷い込んできた子猫を見て、ユリが表情を和らげる。それを見たテルが『あら、汚らしい野良猫ですね。ちなみに、先代当主が定めたこの家の規則では、動物を飼う事は禁止されておりますよ』と言う。ユリは悲しそうに表情を曇らせると、助けを求めるようにPCを見る」
とか
「突然、PCに『学校ってどんな所なの?』と聞いてくる。それを切っ掛けに、家の外の世界について、矢継ぎ早に質問をして、嬉しそうな顔でPCの返事を聞く。しかし、PCから『他の子達と一緒に遊びたいのか?』などと訊くと、急に表情を消して『いいえ。お婆様が望まないもの』と答える」
などといったエピソードを挿入する。その他、ベタでも良いので、全PC(3つの導入全てのPC)を対象に幾つかマスターの方で考えて欲しい。



本編2:ジェーンの暴走

 そうこうする内に、ジェーンが痺れを切らし、第二の暗殺者を送り込む事を決意する。
 ジェーンの古株の取り巻きは、「暗殺者の依頼に際して、足を付かないようにする偽装工作の段取りが立たない」と否定的な意見を述べるが、ジェーンは「テルとユリを殺ってしまえば偽装など関係無い」と言い放ち、強攻策を指示する。
 以上のやり取りは、興奮して大声で行われたため、たまたま居合わせた“ジェーンに<コネ>があるPC”の耳にも入る。

 ここで、各PCに
「テルとユリの暗殺を妨害する」
「テルとユリの暗殺に協力する」
「傍観する」
の何れかを選ばせ、「妨害」または「協力」のときは適当なストーリーフェイトを定め、チームを組ませる事。
 暗殺者の実力と人数は、PCが総力で当たり、所有するパワーチップの1/3程度を使うならば勝てるというレベルに設定する(戦闘系PCと同じ実力にして、人数は1人少なく、所有するパワーチップをPC総計の半分程度とする辺りが適当と思う)。
 “ジェーンに<コネ>があるPC”の行動によって難易度は大きく変わるだろう。

 “ジェーンに<コネ>があるPC”から情報を得て、テルに相談すると、「護衛に回せる予算も限られているし、それに今から急に人を雇おうとしても難しい。PCの方で手配できないか?」と訊かれる。結局、“チーパスに<コネ>があるPC”も呼んで護衛しようというアイディアしか湧かない。
 “ジェーンに<コネ>があるPC”が傍観した場合、“チーパスに<コネ>があるPC”が適当な登場判定で達成値20を出せれば、暗殺のときにテルとユリの側にいた事にできる。

 もし、暗殺者に敗北した場合は、下記の“暗殺者に負けた場合”を参照する事。

 暗殺者を倒し、“ジェーンに<コネ>があるPC”が盗み聞いた情報を元に辿れば、黒幕がジェーンであると言う証拠を掴む事ができる。適当な技能判定を要求する事。
 これにより、ジェーンは相続人となる資格を失う。取り巻きも去り、狭い部屋に閉じ込められて軟禁同然の生活を送る事となる。
 “ジェーンに<コネ>があるPC”が暗殺を妨害する行動を取っていた場合、以降は“ユリに<コネ>があるPC”として扱う。そうでない場合は、マスターが判断する事。



暗殺者に負けた場合

 PCが暗殺者に負けても、PCに止めは刺されない。
 テルは、完全に機能が停止したと思ったそのとき、体の中から何かが飛び出し、空の彼方へと消えて行く。脱出したのはテルの脳ユニットであり、秘密研究所で予備のボディに組み入れられて復活する。
 ユリも殺されるが、それでオートマータであった事が判明する。
 テルは、秘密研究所にある“予備のユリ”を起動させ、以前にセーブしておいたユリの記憶のバックアップをロードする。数時間後、PCはテルとユリ(新しいユリ)と再会し、テルから「万一を考えて影武者としてオートマータを使っていた」と説明を受ける。
 “新しいユリ”は、過去1ヶ月ほどの記憶が無くPCの事も覚えていない。何年にも渡る経験(それにPCとの触れ合い)で獲得した「人間らしさ」を完全に失っている(最初から持ち合わせていない)ので、その様子を強調して描写する事。

 暗殺者の黒幕がジェーンと判明するかどうかは、“ジェーンに<コネ>があるPC”の行動次第だろう。判明しなかった場合、ジェーンは相続人の資格を失わずに済む。



本編3:チーパスの失脚

 “本編2”から暫くして、チーパスから“チーパスに<コネ>があるPC”に相談が持ち掛けられる。曰く「ホリーの資産の中には、ダイヤ財団以外の会社の株式もある。その中に、粉飾決算の疑いのある会社がある。粉飾が明らかならば株の評価も変わるので、遺産配分が決まる前に調査をしたい」との事で、PCに調査協力が依頼される。
 ここで、PCに適当なストーリーフェイトを与える。
 PCが独力で数週間に渡る調査を行うならば、<エチケット:コーポレイト>または適当な技能で目標値20の判定をさせる事。成功すれば、粉飾決算の跡を帳簿から見付ける事ができる。それをチーパスに知らせれば、テルと話し合いが持たれ、「粉飾決算がマーケットにバレて株価が下がったときの値で、遺産の額を評価する」という同意が得られる。
 この調査にテルの協力を仰いだり、技能判定に失敗すると、何も分からないまま終わってしまう。

 この件からさらに暫くして、テルから「遺産分配に関する正式な決定」が通達される。それにより、ユリには全遺産の3/4(ダイヤ財団の株式を含む)が、チーパスには1/4が分けられる事が決まる(ジェーンが相続人の資格を持っている場合は、ユリが2/3、チーパスとジェーンが1/6ずつとなる)。
 決定の通達を受けて、チーパスは冷静を装うとするが、どうしても動揺を隠せない。
 前段で「粉飾決算をしている会社の調査」に成功していた場合、受け継いだ遺産が近い将来に紙屑になる事を察して、少々の目減りを承知で、すぐに急いで換金する。そしてチーパスは「この資金を元に自前の会社を興す」と言って去る。去り際にPCに「自分の想像に過ぎないが、どうも何かがおかしい。何らかの不正が行われている気がする。できればそれを暴いて欲しい」と依頼する。
 失敗していた場合、チーパスはババを引かされて完全に無一文になって放り出されてしまう。以降はセッションに登場しない。



結末1:ユリが全遺産を受け継いだ場合

 ジェーンが相続人資格を失い、チーパスが無一文で放り出された場合は、以下のように展開する。適当なタイミングでストーリーフェイトを与える事。

 ある日、テルとユリが2人だけで黙って馬車で外出する。PCが同道を申し出ても拒否される。PCが跡をつけると、秘密研究所に入るのを目撃する。
 秘密研究所の入口でユリは催眠術にかかったような状態になり、ここでホリーの計画の最終段階……すなわち、テルの脳ユニットをユリに入れる作業が行われる。

 PCが秘密研究所に侵入するならば、中でたくさんのユリのボディを発見する。それぞれが少しずつ成長た形になっている。
 また、「用済みになって殺された技術者の日記」を発見する。それを読む事で、「人の意識をオートマータの脳ユニットに移す方法」の研究が行われていた事が分かる。
 そうして、最後は、脳ユニットが換装されたユリ(中身はテル=ホリー)と出会う。
 ユリ(中身はテル=ホリー)は交渉しようとするが、PCが応じなければ戦闘になる。データについてはマスターに一任する。PCが勝利して、適当な技能判定に成功すれば、脳ユニットを元に戻す事ができる。

 外出するテルとユリの跡をPCがつけなかった場合、PCは、明らかに性格の変わったユリを目の当たりにする。その様子を見て、使用人たちは「まるでホリーの生まれ変わりのようだ」と囁き合う。ここでPCが興味を示すならば、改めて「2人が外出した日に何処へ行ったのか?」を探る技能判定をさせる事。後の展開は、上記に準じる。

 テル(ホリー)を倒し、ユリを元に戻すと、精神的に頼る人を失った事でユリはショックを受ける。PCのロールプレイ次第で、ユリは「人としてアイデンティティーを持つことができた」などとオチをつける事。
 財団の今後については、「持ち株を放出して同族支配を止める」「ユリが経営を行う」などが考えられるが、基本的にPCのアドバイスに依る事になる。



結末2:チーパス、ジェーンが相続人として残った場合

 ジェーンが相続人資格を失わなかった、または(かつ)チーパスが無一文で放り出されなかった場合は、以下のように展開する。適当なタイミングでストーリーフェイトを与える事。

 遺産配分を決める期限の直前になって、テルは、秘密研究所から戦闘型のオートマータを呼び出して、ジェーンまたは(かつ)チーパスを襲わせる。今までは後で疑いの元になりそうな実力行使は避けていたのだが、背に腹は代えられぬという訳である。戦闘型オートマータのデータはマスターに一任する。
 PCの対応次第では、戦闘型オートマータを撃退してここからテルの陰謀に辿り着く事も可能である。その他は、“結末1”に準じる。



さいごに

 本シナリオの元ネタは複数ある。思い付くに至った切っ掛けを以下に説明したいと思う。

 今年の5月末に私の母が亡くなったのだが、その2日後に自宅で母の守をしながらテレビの深夜番組を観ていたら、たまたま『マックス・ヘッドルーム』第8話『美人伝道師の誘惑(原題:DEITIES)』が放映されていた。ここで「とある新興宗教団体が、コンピュータ上に故人のバーチャル人格を作り、それを“死者の復活”だとして信者を集める」というストーリーが扱われていて、ちょっと考え込んだりした。

 ちなみに『マックス・ヘッドルーム』は1988年にビデオが発売され、1990年にはNHKで放映もされたアメリカのSFドラマである。私はその当時に全話を観ていて、件の第8話についても「雰囲気は良いが、ストーリーや設定に無理があって釈然としない」との感想を抱いたものである。
 「故人のバーチャル人格」というアイディアから、映画『JM』(原作『記憶屋ジョニー』)で登場した「自分の記憶をコンピュータに移植した女社長」とか、『鋼鉄ジーグ』の司馬博士とかを連想したりもした。

 その後、「母をクローンという形で蘇らせられるという話を持ち掛けられるが、その方法は科学的というよりも魔法的なもので、明らかに呪われたやり方なので悩む」という夢を見た。目覚めて、とても嫌な気分だった。

 そういった事をつらつらと考える内に、ふと、「ある金持ちが、紙に書いた遺言では無く、『コンピュータに移植した自分の人工人格が、死後の状況を見て財産分与を決めるという形』で遺言を残す」というプロットを思い付いた。
 この思い付きに際して、えんどコイチのコミック『死神くん』であった「死神に死を宣告された大金持ちの老人が、最期に1つ願いを叶えてもらえると言うので、『一旦死んで幽霊になり、相続人たちの言動を盗み見て真意を知り、その後に一時的に生き返って財産分与の割合を決めたい』と願う」というエピソードも意識にあったと思う。

 ともかく、「故人のバーチャル人格を遺言に使う」というプロットをメインにした幾つかの関連した思い付きを生かしたいと思い、色々と考えた。

 真っ先に思い付いたのは、「死期の近い金持ちが、相続人の1人にそっくりな外見を持つクローンを作り、そのクローンに自分自身の記憶や人格を埋め込む。クローンの成育を待って、相続人とクローンをすり替え、“自分自身”に財産の大部分が相続されるように操作する」という展開だった。
 しかし、これでは余りにステロタイプが過ぎる。だから、こういう展開は避けたかった。

 次に考えたのは、「金持ちが溺愛していた子が殺され、犯人は他の相続人の中の誰かだと思うが特定できない。溺愛していた子を殺した者には財産をやりたくないので、『きっと犯人は、自分の死後に隙をみせるだろう』と見込み、バーチャル人格に『怪しい相続人を見付け、例え証拠が無くともそいつに財産が行かないようにする』という指令を与えておく」というプロットである。しかしこのプロットを生かすためには「犯人が行った殺人のトリックと、それをPCが暴く展開の指針」まで考えないといけない。そういった推理小説プロットが思い付かなかったし、どちらにしても展開力が弱いと思い、この方面を断念した。

 それで結局、最初に思い付いたプロットで進める事にした。ただし、当初は使用ルールとして『トーキョーN◎VA』を念頭に置いていたが、『テラ』に変えてその風味を加える事で何とかまとめられたと思う。

 実際に使用してみると、「ユリは人間では無いのだろう」とすぐにプレイヤーに感づかれたが、思ったほどマイナス要因にはならなかった。むしろ一種の伏線になって、オチが唐突に思われない緩衝材になってくれたようにも感じた。
 とは言え、「何か怪しいところが無いかユリを観察する」くらいの宣言で、ユリの正体を話す必要は無い。「ユリはオートマータとか、ダークとか、そういう類では?」などと訊かれて、その上で《人化》との対抗判定に成功したら教えるというので充分である。




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