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0086 殻の中の小鳥 天羅万象 00/10/01 00/10/22



はじめに

 このシナリオは、『天羅万象』または『天羅万象・零』専用である。
 PCにするには向かないアーキタイプもあるので、シナリオの内容を鑑みてマスターの方で適当な制限を設ける事。



登場NPCおよび重要事項

 複数の小国が睨み合う冷戦下の地方の一国。覇権を握る為、秘密裏に“高速機動が可能なヨロイ”の開発を進め、その為に“ヨロイ乗り・傀儡”を育てている。
 しかし、傀儡の教育には成功したが、肝心のヨロイの開発に失敗してしまった。そこで“臥”の国にヨロイの共同開発を持ち掛けておいて騙し討ちにする計画に切り替えた。
 “阿”と同じく、複数の小国が睨み合う冷戦下の地方の一国。この地方で最も優秀なヨロイ鍛冶を有している。
 “阿”からのヨロイの共同開発の申し出をチャンスと捉え、罠を警戒しつつも話に乗った。しかし、その為のテストパイロットが傀儡であることは全く知らず、想像すらしていない。
コーラル
高蘭流  外見は十代半ばの清楚な少女(少年でも可。その場合は内容を辻褄が合うように変更すること)。世間的には“阿”の国の傍流の姫君ということになっているが、ちょっとした事情通ならば「実はヨロイ乗り」であることを知っている。
 しかし、その本当の正体は「<接合>技術を持つ“ヨロイ乗り・傀儡”」である。この事は、“阿”の国の領主を含めたごく一部の者しか知らない。
 文字通り「ヨロイ乗りになる為に作られた」訳であり、それを当然と思うように教育されているが、最近はそんな自分に疑問を感じ始めていた。そんな矢先、“ヨロイ乗り”としてでは無く、“騙し討ちの道具”として使われる事になり、困惑の度合が深まっている。



事前状況

 かつて某国のヨロイ鍛冶は「ヨロイを小型・軽量化して、その機動性を向上させる」という研究をしていた。研究を進める内に、「ある速度の壁を越えることによって、他を圧倒する行動が可能になる」という事が分かり、その壁を越えた超高速状態を“高速機動”と名付けた。そして“高速機動”を実現させる為にどんどんヨロイを小型・軽量化していったが、「これ以上の小型化をしては、人間の入る余地が無い」というところにまで行き着いてしまった。
 そこで件のヨロイ鍛冶は、「魂の封じられた明鏡を組み込み、ヨロイを無人化する」という手段を編み出した。そうして作り出された陰陽機械は“金剛鬼”と名付けられ、諸国に恐怖をばらまいた。やがてその技術は他のヨロイ鍛冶も知るところになって、“金剛機”という名で天羅世界中に広まり、今に至るまで最強兵器の地位に就いている。
 金剛機の発達に伴い、ある程度の大きさを持ちながらも高速機動が可能な機体も開発された。“重装機”と名付けられた大型金剛機は、その大きな体を有効に制御する為に複数の明鏡を必要としたが、完成した機体はさらに恐るべき超兵器となった。
 しかし、金剛機は製作も調整も困難で、暴走の危険と隣り合わせだというデメリットを抱えている。重装機となると、歩留まりの低さは正にバクチ同然という有り様だった。また、ヨロイに比べると金剛機は打たれ弱い(ヨロイならば、ダメージを乗り手と共有できる)という弱点もある。
 そういった金剛機の根源的欠点を考慮すると、もし「ヨロイという有人方式のままで高速機動が可能」になれば、正に“天羅最強”の兵器となる事は疑いが無かった。大きさに関しては、ギリギリで人間の収まるスペースを持ちながら高速機動が可能な機体を作り出すことができたが、しかし今度は「乗り手が高速機動に耐えられない」という新たな問題が生じた。
 結局、問題は解決せず、“高速機動ができる有人のヨロイ”は実現不可能な技術ということになっている。

 さてここに、“阿”という名の小国がある。
 “阿”がある地方は、複数の小国が複雑なパワーバランスを保つ冷戦状態下にあった。迂闊に戦を仕掛ければ、勝利しても戦力が削られ他の国への隙になる。小さなイザコザから要らぬ恨みを買ったり、ちょっと他国より作物の出来が良かったばかりに妬まれたりと、何が切っ掛けで躓くか分からない。為政者にとっては息の吐けない状態で、誰もが他国を出し抜く機会を伺っていた。
 そんな中、“阿”では、秘密裏に“高速機動が可能なヨロイ”の開発を進めていた。
 “阿”には、“元ヨロイ乗り”という経歴を持つ変わり種の傀儡師がいて、“<接合>技能を持つ傀儡”の作成・教育が進められていた。この“ヨロイ乗り・傀儡”は、ヨロイに搭乗中は限定的に幻術が解けて体が限りなく木材に近い状態に戻るように仕込まれていて、この特性を利用して「“高速機動が可能なヨロイ”に耐えられるヨロイ乗り」と「その為の特殊な甲腔(コックピット)を備えた、高速機動ができるヨロイ」を開発しようという目論見だった。
 この地方では機面鏡は余り普及していないし、1国につきそれぞれヨロイ2〜3体、金剛機0〜1体という程度の戦力しか持っていないから、“阿”が所有する全てのヨロイが高速機動が可能になれば、閉塞した冷戦状態を十分に打破できる見込みがあった。

 傀儡の作成・教育は成功した。甲腔(コックピット)の方も、一応は問題無かった。しかし、“高速機動ができるヨロイ”の機体開発には失敗した。高速機動状態に入ると数分で動力筒や間接部が破損して、機体が停止してしまうのである。

 天羅世界のトップレベルのヨロイ鍛冶ならば、要求される性能の機体を製作することは確実にできただろう。しかし、辺境地方の小国のお抱えに甘んじている程度のヨロイ鍛冶には、無理な仕事だったのである。
 止む無く“阿”は、この地方で最も優秀と評されるヨロイ鍛冶を抱えている“臥”の国に援助を仰いだ。
 “臥”には、「ヨロイの高速機動から乗り手を守る特殊な甲腔(コックピット)を開発した」「しかし、高速機動できるヨロイの機体の開発に失敗したので、協力して欲しい」と説明して、「乗り手が傀儡である」ことは伏せられた。交渉に際して、“阿”は「ヨロイ鍛冶を自国に派遣してくれ」と主張し、“臥”は「特殊な甲腔の試作品と技術者を自国に送ってくれ」と主張した。最終的に“臥”がヨロイ鍛冶を派遣することになったが、やって来たのは“阿”のヨロイ鍛冶と同レベルの者で、結局、事態は好転しなかった。
 “阿”の領主は焦った。秘密というのはいつか漏れるものであり、軍師が出した最も甘い分析でも「そろそろ他国に悟られる」という時期に達してしまったのだ。“高速機動ヨロイ開発計画”が他国に漏れれば、「出る杭は打たれる」のことわざの通り、他の国が連合して潰しに出られることは火を見るより明らかだった。
 “臥”としては、そんな状況下で“阿”にプレッシャーを掛け、「特殊な甲腔(コックピット)の試作品と技術者を“臥”に送らせて、そこで高速機動ヨロイを完成させる」という方向で了承させる腹積もりだった訳である。しかし“阿”の領主は、「高速機動ヨロイ開発計画は失敗した」と見切りをつけた。“阿”の領主にしてみれば、「高速機動ヨロイの完成まで第三国が静観してくれる」「全てのキーを握った“臥”が裏切らずにいてくれる」などと楽天的な予測を2つも信じることはとてもできなかった。

 “阿”の領主は、こうなることに備えて、二段構えの作戦を考えていた。実は“ヨロイ乗り・傀儡”の内の1体である高蘭流(コーラル)の体には特殊な呪法式を仕掛けておいたのだ。この呪法式は言わばコンピュータ・ウィルスのようなもので、“臥”のヨロイに高蘭流が<接合>すれば明鏡に「明鏡停止コード」を流し込むことができる。味方の明鏡同士の通信を介してウィルスは感染し、全てが起動しなくなる。
 「高蘭流を『試作甲腔(コックピット)のテストパイロット』として派遣して、“臥”のヨロイを起動不可能にして、その間に電撃戦で損耗無く“臥”を占領する」ことで、他国に対抗(ないし牽制)できるだけの戦力・国力を得ようという訳である。

 そんな思惑の中、高蘭流は表向きは「“阿”の傍流の姫として、“臥”の貴人に嫁ぐ」という名目で、女官や護衛たちと共に旅立った。結婚する両人共に身分は余り高くないので、そうそう第三国を刺激することにはならずに見逃されるだろうと領主は踏んでいた。事実上の捨て駒なので、女官や護衛は身分も能力も低い者たちで構成されている。しかし第三国もそれなりの情報を得ており、諜報戦が始まることになる。



導入1(第零幕):少年

 少年/少女や遊女/稚児などのアーキタイプPC向け導入。以下の文章から考えて最も適当なPCの内の1人を選ぶ。

 導入1のPCは、幼い頃に1人の名も知らぬ少女(=高蘭流)と出会い、何度か仲良く遊んだことがある。しかしあるときを境に少女は遊び場に現れなくなり、以降は二度と会っていないが、今でも大切な思い出としてPCの心に残っている。
 今にしてみれば「あの少女(=高蘭流)は何処かの姫君であり、城を抜け出して羽を伸ばしていたところを偶然にPCと出会ったのだろう」「あるとき、御目付役に抜け出しているのがバレて、それ以降は外出ができなくなったのだろう」と思い至ってPCは納得している。

 ちなみに、この推理は正解に近いが、それに加えて「実は少女(=高蘭流)はヨロイ乗り・傀儡だった」「道具としてでは無く、人格を持った人間として高蘭流に接したのはPCだけという環境だった」という事情がある訳である。当然ながら、そこまではPCの想像は及ぶべく筈も無い。

 そして今、不意にPCは、毎夜のように少女の夢を見るようになった。夢の中で少女は無言で助けを求めている。少女は他国に輿入れに出されようとしていて、容易に「望まぬ結婚を強いられている」という状況が読み取れる。実はこの夢は、高蘭流が無意識の内に“胡蝶の夢”を使っているのである。
 そんなとき、「高蘭流という名の“阿”の傍流の姫が、小人数の共を連れて“臥”に輿入れする」という噂がPCの耳に入る。地名から推して、PCが幼い頃に遊んだ少女が高蘭流である可能性は充分にあると思われる。

 PCは、夢の内容が気に掛かり、高蘭流の輿入れの一行が通ると思われる宿場町で待ち伏せして真相を探ろうと考える。自分に何ができるのか、そもそも何がしたいのかハッキリしないが、行動を起こさないことにはモヤモヤが晴れそうにないのである。
 ここでPCは、「目的:思い出の少女の夢の謎を解決する」という宿命を得る。

 以上の内容は紙に書き、他のプレイヤーに分からないようにしてやり取りする。

 なお、導入1のバリエーションとして、傀儡アーキタイプやヨロイ乗りアーキタイプも考えられる。傀儡アーキタイプPCならば「教育中に製作者に連れられて“阿”を訪れ、そこで人間(実は傀儡だがPCは知らない)の少女と知り合った」としたり、ヨロイ乗りアーキタイプPCならば「研修で短期間だけ“阿”を訪れ、そこで見学者(実はヨロイ乗りだがPCは知らない)の少女と知り合った」などとアレンジを加えること。



導入2(第零幕):陰陽師・シノビ

 知識系または諜報系アーキタイプPC向け導入。以下の文章から考えて最も適当なPCの内の1〜2人を選ぶ。

 導入2のPCは、冷戦下の地方の第三国に雇われたスパイである。雇い主より、以下の情報が伝えられている。

@“阿”と“臥”は、共同で“高速機動が可能なヨロイ”を開発しようとしている。
A“阿”はその為の“特殊な甲腔(コックピット)”の開発を、“臥”は小型のヨロイの外回り部分の開発を担当している。
B甲腔(コックピット)の試作品は既に完成して、近日中に“臥”に運び入れるらしい。その為に、「高蘭流という名の“阿”の傍流の姫が、小人数の共を連れて“臥”に輿入れする」という偽装をするらしい。
C甲腔(コックピット)は、輿入れの大道具に偽装されると思われる。高蘭流姫は、計画の為のテストパイロットかもしれない。
D“臥”のヨロイ鍛冶はこの地方で一番の腕前との評判で、高蘭流姫一行が到着すれば早い時期に機体の組み上げが完了してしまうと思われる。
E“輿入れ”の一行はせいぜい総勢20人で、ある宿場町を通ることが判明している。
F以上の情報は他の国も知っていると思われ、他にもスパイが現れると想像できる。
G依頼人の国は、PC以外の人員を投入していない。万一にもPCが危機に陥っても一切のフォローはできない。

 PCは、この“高速機動が可能なヨロイ”の開発に関係した情報の収集が求められる。理想は「完成した試作ヨロイとテストパイロットや技術者の誘拐」だが、雇い主も無茶は言わず、「PCの精一杯の能力でできる範囲内で構わない」とは言われている。
 高蘭流の輿入れの一行が通ると思われる宿場町で、PCはそこで待ち伏せることになる。ここで「目的:任務の達成」という宿命を得る。どこまで行えば“任務達成”と見做せるかは柔軟に判断して構わないので、プレイヤーと相談すること。

 以上の内容は紙に書き、他のプレイヤーに分からないようにしてやり取りする。



導入3(第零幕):戦闘系

 原則的に戦闘系アーキタイプPC向けの導入。導入1および導入2から漏れた残りのPC全員はここに分類する。導入2のPCよりも人数を多くする方が望ましいだろう。

 高蘭流の輿入れの一行が野盗(の振りをした第三国のシノビ)に襲われ、ちょうど護衛が全員倒れたところに、導入3のPCが登場する。
 PCは、高蘭流の輿入れの一行を助けるものとする。PCが野盗を倒した後、高蘭流から「“阿”から“臥”へ輿入れに行く途中だ」と事情を説明され、「死んだ者の供養」と「今後の護衛」を依頼される。輿入れの一行は高蘭流と女官数人しか残っていない。PCはこの依頼を受けるものとし、ここで「目的:任務の達成」という宿命を得る。
 なお、戦いにおいて野盗は忍術を使うし、死体を調べれば「ただの物盗りでは無い」と分かるが、出身国を示すような物は持っていない。
 また、「女官たちはオロオロするばかりだ」「死んだ護衛たちは正に雑兵レベルだったようだ」「高蘭流は感情を表に現わさないが、周囲への細かい配慮を怠らず、傲慢な様子は全くない。必要の無い限り口を開かず、何か憂えているようにも見える」といったこともプレイヤーに伝える。

 この後、輿入れの一行は、導入1と導入2のPCが待つ宿場町に入ることになる。

 以上の内容は、全てオープンで行い、他の導入のPCにも分かるようにする。



第一幕:宿場町

 舞台となる宿場町は中立地帯沿いの細い街道にある小規模なもので、宿屋は一軒しかない。ここに導入1のPC、導入2のPC、それに何人かのNPCが宿泊している。
 普段は寂れた町なのだが、第三国のスパイたちのせいで、宿屋は満杯になっている。高蘭流姫の輿入れ一行がこの宿場町を通るという情報については、スパイたちが聞き込みをしたことから逆に一般市民にリークしてしまい、今や<事情通/知力>に難易度1で成功すれば分かるレベルになっている。

 スパイたちも宿場町が同業者で溢れていることには気付いているので、高蘭流一行到着までは大人しくしている。PCが聞き込みなどを行った場合は、当たり障りの無いことを話すし、喧嘩を吹っ掛けられたら逃げるなり謝るなりする。宿屋の従業員などに「いつもこんなに客で溢れているのか?」などと聞けば、異常な状況にあることは分かるが、その正体がスパイであるということはプレイヤーが推理するしかない。

 そして、やがて高蘭流一行(導入3のPC)が宿場町に到着する。
 先触れがいないので宿屋の予約などはしておらず、女官が「大部屋を1つ貸し切りたい」と言っても、「空きが無い」と断られてしまう。「他の客に事情を話し金を渡して部屋を移ってもらう」といった簡単な交渉事すら女官はできないので、基本的に導入3のPCが切り盛りに動くことになる。この段階で、全PC同士が顔を合わすように誘導すること。
 導入1のPCが高蘭流に話し掛けた場合、珍しく表情に動揺の色を浮かべると、「あなたの知っている少女はここにはいません。どうぞお引き取り下さい」といった言い方で柔らかく拒絶する。
 導入1のPCが「少女が助けを求める夢を見た」という話をした場合、高蘭流は悔恨の表情で「今宵からは、その夢を見ることもなくなるでしょう」と言う。高蘭流は、自分が眠っている間に無意識に胡蝶の夢を使ってしまっているのだと悟り、以降は基本的に眠らずに過ごすことに決める。
 色々とあった末に大部屋を1つ借りることができる。NPCのスパイによって盗聴を受けているので、単純な偽装工作(高蘭流と女官を入れ替えるとか)は見抜かれてしまう。
 夜中になって、高蘭流一行は複数のシノビの襲撃を受ける。シノビたちは、高蘭流の護衛をする者を中心に戦闘を仕掛ける。他のNPCスパイたちは、静観を決め込む。
 厳しい襲撃を受ける理由に付いて高蘭流に聞いても「“阿”と“臥”の結び付きを快く思わない国は多いですが、私や先方の御方の身分の程度から考えてそれほどにまで必死に邪魔をする理由があるとは思えません。私も理由を知りたいくらいです」としか答えない。<事情通/知力>の判定に成功しても、その言葉を追認する以上のことは分からない。

 翌朝、高蘭流一行は出立することになる。
 ここまでの展開で、全PCが高蘭流の輿入れに合流する方向でまとまらなかった場合は、以下のようにする。

導入1のPC  高蘭流は心の底では一緒にいたいと思っているので、口では拒絶しつつも結局は付いて来れるように取り計らう。例えば、「今、怪しい人々が満ち溢れる所で別れるのは、彼(導入1のPC)にとって危険です。安心できる辺りに行くまでは、同道しましょう」などとフォローする。
導入2のPC  導入2のPCは、裏道を知っているものとする。街道沿いを歩くのでは、NPCの波状攻撃を食らってとてもやっていけないので、導入2のPCの“好意”にすがるという形に誘導する(ないし、プレイヤーに協力してもらう)。



第二幕:金剛機

 以降、高蘭流一行は裏道を通って“臥”を目指すことになる。追手の尾行を完全に撒く為に、適当な技能判定を要求して、失敗したら気合を使わせるように誘導をかけてもかまわない。

 道中は、タイミングを見計らって以下のようなイベントを適当なPCに対して起こすこと。

対象PC 場所  内容
導入1PC
または
導入2PC
荷馬車前  夜、一行が野宿しているとき、高蘭流が荷馬車を睨むようにして独り佇んでいるのにPCは気付く。PCが声をかけると、高蘭流は我に返って「何でもありません」と言い残して去る。このイベントは、複数回起こしても良い。
 荷馬車には厳重にシートが掛けられている。中味は、表向きは嫁入り道具ということになっているが、実際はヨロイの甲腔(コックピット)部分である。導入2のPCまたは<接合>か<陰陽術>技能を持っている者が中味を見たならば、判定無しにそれが分かる。
導入3PC テント  見張りなどをしていると、夜に高蘭流が眠っていないことに気付く。注意すれば「寝付けなかったので」と言い訳して、必要ならば眠った振りをするがやはり眠らない。気を抜くと再び導入1のPCに対して“胡蝶の夢”を使ってしまいそうで、それで深い眠りにつけずにいるのである。
 厳しく諌めるなどすると、言い訳しながらも導入1のPCに視線が向いてしまい、「眠ってはいけない理由が、導入1のPC関係があるらしい」と分かる。
全PC 移動中  旅の半ば、昼に移動中、金剛機の襲撃を受ける。この金剛機は<兵法:金剛羅漢拳>を収得(PCの実力に合わせて、どのレベルまで使えるか決定する)した上にアーキタイプ級の能力を持っていて、飛行して空から高蘭流一行を捜索していたのである。原則的に問答無用で襲い掛かかり、気絶した者への止めよりも起きて戦っている者の無力化を優先する。
 幾ら金剛機と言えども単機ではPCに勝てないだろうが、危ないようならば高蘭流を上手く使ってPCが合気を得易いように誘導すること。
 金剛機の残骸を調べ、<事情通/知力>に難易度2で成功したならば、どの国の所属かが分かる。派遣した国にとって金剛機は失うことの許されない虎の子の筈なのに、単機投入という賭けに出たのは余程のことなのだろうと、PCは推察できる。
導入1PC 戦闘直後  上段の金剛機との戦闘の直後、緊張が解けたことによりここまで睡眠を取らずにいた高蘭流は気絶する。或いは、「身を呈して囮になり、金剛機の攻撃を受けて気絶した」とか、「状況を説明するようにPCに問い詰められて、進退極まって失神した」でも構わない。
 そしてその際、胡蝶の夢が発動して、導入1のPCを引き込む(抵抗に成功した場合は、高蘭流は夜まで意識を取り戻さないものとして、PCが眠ったときに夢を見せるとする)。夢の中で、高蘭流のより詳しい生い立ちをPCは知ることになる。
 最初の場面では、ヨロイ鉢金に抱衣を着た姿の高蘭流が、ヨロイ乗りになる為の厳しい教育を受けている。それは人間を育むというより、高級な道具を鍛えているという様子に見える。上手くヨロイを乗りこなすと領主(らしき男)に誉められ、そのときは嬉しさを感じるが、後で「あくまで優秀な道具としてしか見られていない」と思い知らされて落ち込んだりする。
 次の場面では、新型ヨロイのテストパイロットとして高蘭流が辛い実験に耐えている。領主やヨロイ鍛冶の言葉が断片的に聞こえ、「ヨロイによる高速機動」「高速機動に耐える為の乗り手と甲腔(コックピット)」といったセリフの羅列が響く。
 最期に、真っ赤な顔で怒り狂う領主が、抱衣の衿を掴んで首を絞めるようにして高蘭流を責めている場面になる。領主のセリフとして、「ヨロイ乗りも甲腔も完成したのに、機体開発に失敗とはどういうことか」「“臥”が裏切らんと、何故言える?」「もう間に合わん。これ以上の時間をかけていては、完成前に、怪しんだ他国が連合して“阿”を襲うに決まっている」といった声が響く。
 そして領主は、掴んでいた衿を離して高蘭流をドサリと床に落とすと、「高速機動ができぬのなら、お前に存在価値は無い。せめて次の計画の役に立ってみせろ」と冷たい言葉を投げかける。
 この内容に関しては、全てオープンで行い、導入1のPCを通して他のPCにも伝わるように誘導すること。長い長い夢から覚醒した導入1のPCは、現実には一瞬たりとも過ぎていないことに気付く。

 適正なロールプレイをした上で、夢で知った事柄を含めてここまでで生じた全ての疑問を高蘭流にぶつければ、彼女は今までの無口ぶりが嘘のような激しい調子で以下の話をする。

●“阿”は高速機動が可能なヨロイを開発しようとしていた。ヨロイ乗りが高速機動に耐えられないという点がネックになったので、その為の専用の甲腔(コックピット)の開発と、ヨロイ乗りの教育を行っていた。自分は、“高速機動に耐えられるヨロイ乗り”として育てられた。
●甲腔(コックピット)とヨロイ乗りの方に問題は無かったのだが、高速機動に耐えられる機体の開発に失敗した。
●機体の開発の為に、この地方で最も優秀なヨロイ鍛冶を抱えていると評判の“臥”に援助を申し込んだ。“阿”としては自国に優秀なヨロイ鍛冶を招きたかったのだが、ゴタゴタがあってまとまらなかった。
●結局、「“臥”に試作甲腔とテストパイロットを送る」という方向で話がついた。しかし“阿”は、“臥”を信用できずにいる。
●それにこれまで開発にも交渉にも時間を使い過ぎてしまい、既に計画の情報は第三国に漏れていると考えられる。「出る杭は打たれる」ということわざの通り、このままでは第三国が連合して“阿”に攻めて来るのは時間の問題であり、高速機動が可能なヨロイの実戦配備が間に合わない以上、それは“阿”の滅亡を意味する。少なくとも、“阿”の軍師はそう分析している。
●そこで“阿”は、起死回生の策の為に自分たちを派遣した。自分が“臥”に入れば、連合国軍が開戦に踏み切れないような体制作りができる。

 高蘭流は、自分が傀儡であることを自分からは明かさない。しかしPCに問われれば無言で首肯すると、導入1のPCに「騙すつもりは無かった。ゴメンなさい」とポツリと言う。
 荷馬車の中味については、甲腔だと明かす。<接合>または<陰陽術>に難易度4で成功すれば、「傀儡の体を木材の状態に戻した上で支える」という基本コンセプトが理解できる。当然、人間のヨロイ乗りでは高速機動に耐えられそうにない。その他は、特に仕掛けの類は無い。
 “明鏡を停止させる術法式”は、高蘭流の体に仕掛けられ、しかも接合しないと表面化しない。その為、PCが自力でその存在を見付け出すことは不可能である。
 “起死回生の策”に関して高蘭流は、この時点に於いてもPCにハッキリとは教えない。「第三国連合軍が開戦する気を起こさないようにする方策」を提示して、PCが実行すると約束すれば、“明鏡を停止させる術法式”と「その隙に無血に近い形で“臥”を併合する」という作戦についても教える。

 なお、導入2のPCが、当初の宿命を特に書き換えなかった場合、この時点で甲腔の奪取や高蘭流の誘拐を試みるかもしれない。
 甲腔の奪取に関しては、「不可能」だとして担当プレイヤーにハッキリと伝える事。式を使えば1トン程度の荷物を空輸できてしまうが、「式で運べない程に重い」とするなど、状況に合わせてアドリブで「不可能な理由」を考えて欲しい。
 高蘭流の誘拐に関しては、「導入2のPCの<隠身>」対「他のPCの<観察>」の技能判定を厳正に行う旨を担当プレイヤーに伝えるなどして、非常に困難であると強調する事。早い段階で、裏の事情も知らず闇雲に誘拐を試みる場合は、高蘭流が導入2のPCに心を許すような事は決して無いので、どのような作戦を立てようとも他のPCが干渉できない状況は作り出す事はできない。



第三幕:国境

 高蘭流一行は、基本的に関所の類が存在しない道を通っているが、最終的には“臥”の関所から入国しなければならない。関所を通ればそれ以降は“臥”の軍隊が都まで付き添うことになるので、後戻りは難しくなる。このことをプレイヤーに伝えた上で、対応を決めてもらう。以下にその対応別の展開を記す。
 なお、プレイヤーが選択した対応を実現する手段に関しては、押し付けがましくならない範囲でマスターから提案を口にした方が良いだろう。対応を検討している段階で、必要に応じて以下の記述を読み上げてしまっても構わない。

対応方法  展開
阿に味方する

入国する
 PCが最後まで高蘭流に付き添う事を希望する場合、「“阿”の技官」または「テストパイロットの付き添い/護衛」というような名目で許される。“臥”では、既に“阿”が持って来た甲腔を埋め込む為の機体を準備しており、“高速機動が可能なヨロイ”の組み上げは短時間で終了する。その間に、高蘭流は普段と違った明るい調子で他の乗り手とコミュニケーションを持ち、気安く話し掛けられる環境を築き上げる。ここまで付き添って来たPCには、その様子が少々、演技臭く感じられる。
 機体組み上げが完了するとすぐに、ヨロイ駐機場にて調整と接合実験が行われる事になる。ヨロイ駐機場には“臥”の他のヨロイも乗り手が接合した状態で待機していて、ここでも高蘭流は意識的にヨロイ乗りたちに通信で話し掛ける。戦闘中などであれば明鏡を介した通信には一種のフィルターが掛けられて明鏡に悪影響が及ぼされないような手段が施されているが、このときは詳細なデータを採る必要がある事などから、ファイアーウォールの類を介さない状態で明鏡がリンクされる。それを悪用して、高蘭流は他の明鏡にウィルスを流し、接合できないようにしてしまう。
 高蘭流がウィルスを流すと、他の乗り手たちはヨロイから強制排出される。暫く混乱が続くが、やがて原因が高蘭流にあると気付かれる。当初の混乱を利用すれば、PCと高蘭流が脱出を試みる事は充分に可能である。“臥”の城門で適当な敵とのクライマックス戦闘を演出する事。
 その後、“臥”の戦力は「ヨロイが多く、サムライが少ない」という構成なので、目論見通りに“阿”による無血併合が成功する。
臥に味方する

入国する
 適当なロールプレイを行えば、PCが高蘭流に付き添って“臥”に入国した上で「明鏡にウィルスを流す作戦を止めよう」という説得に高蘭流は応じる。
 電撃戦の為に“阿”の軍隊は既に国境越えをしており、“阿”と“臥”の開戦は既に防ぐことができないが、PCが全てを“臥”の政府関係者に明かして全面協力を約束するならば、すぐに捕縛されるような事は無い。まず、厳重な監視の下で“高速機動が可能なヨロイ”の組み上げと接合実験が大急ぎで行われ、その次にPCと高蘭流が参戦する事が求められる。
 合戦に、PCおよび高蘭流は遊撃部隊(裏切を警戒して正規部隊には組み入れられない)として加わり、「相手方の重要なNPCを倒してしまう」か、または「ヨロイやサムライなどの特別な戦力に関して、自国側は被害ゼロ、敵国側は壊滅となるようにする」かのどちらかの作戦を取らなければならない。

 「相手方の重要なNPCを倒してしまう」場合、ルール的に説明すると、「合戦の第1ターンの戦闘フェイズに“対戦相手判定”に6成功以上して、“将軍(重要なNPC)”と戦うようにして、そのフェイズの内に(3ラウンド以内に)倒す」ことで目的を達せられる。倒せば、第1ターン終了フェイズをもって合戦自体も終わる。合戦が第2ターンに入ってしまうようならば、“戦力を削らずに戦を終わらせる”とはならず作戦は失敗する。
 なお、“将軍(重要なNPC)”として登場するキャラクターのデータに関しては、マスターに委ねる。特殊な装備を持った機面ヨロイなどとすると面白いかもしれない。
 ちなみに、「手持ちの気合で“対戦相手判定”に6成功以上する」「戦闘フェイズにて“正念場宣言”を行って気合を稼ぐ。その後、追加行動を繰り返して攻撃する」などとすれば、それほど達成は難しく無い。“将軍(重要なNPC)”は少なくともPCと同等の能力にするべきだし、それに護衛として強力なサムライを付けて「“将軍(重要なNPC)”は倒したが、気合を使い果たしたところで強力な敵の攻撃を受ける」などとして緊張感を演出した方が良い。

 「ヨロイやサムライなどの特別な戦力に関して、自国側は被害ゼロ、敵国側は壊滅となるようにする」場合、合戦ルールを無視して、両国のヨロイやサムライが全て登場する戦闘を起こす。双方共に金剛機はいない。ヨロイやサムライなどに関しては適当な数を出して、“臥”の側はプレイヤーに操らせて良い。PCの方が戦力は大きいが、1体の損害も許されないので苦戦するようなバランスにする事。

 何れの場合も、上手く行けば“臥”は“阿”を併合して、高蘭流以外の“ヨロイ乗り・傀儡”を招集して高速機動可能なヨロイ部隊を編成するなどして、第三国からの干渉から身を守る力を手に入れる事が出来る。
 失敗した場合、近い将来に両国が滅亡する事になる。展開次第では、PCたちは恨まれて襲われるなどする。
阿に味方する

入国しない
 適当なロールプレイを行い、かつ「近い将来の両国の滅亡」を防ぐ事をPCが約束するならば、命令に背いて“臥”に入国しないように高蘭流を説得する事もできる。
 “阿”と“臥”の開戦は既に防ぐことができないので、「近い将来の両国の滅亡」を防ぐ為には、戦力の潰し合いが起こらないようにした上で併合されるように仕向けなければならない。この為には、PCが傭兵として“阿”に参戦して、相手方の重要なNPCを倒して、結果的に「無血で併合」に近い状態に持ち込むしか無い。PCが売り込めば、遊撃部隊(裏切を警戒して正規部隊には組み入れられない)としてならば雇ってもらえる。ルール的な扱いは、上段の「相手方の重要なNPCを倒してしまう場合」に準じる。
 なお、“高速機動が可能なヨロイ”という切り札が存在しない以上、「ヨロイやサムライなどの特別な戦力に関して、自国側は被害ゼロ、敵国側は壊滅となるようにする」という作戦では意味を成さない。
臥に味方する

入国しない
 ロールプレイ次第では、「身勝手で非道な作戦を取る“阿”の領主の下では、民草の幸せはない」などと言って“臥”が勝つ方向で展開させる事を高蘭流に納得させられる。原則的に上段の「阿に味方する&入国しない」に準じる展開になる。
干渉しない  高蘭流は“臥”に入り、当初の計画通り“臥”の明鏡にウィルスを流して起動できないようにしてしまう。“臥”の戦力は「ヨロイが多く、サムライが少ない」という構成なので、目論見通りに“阿”による無血併合が成功する。
 しかし、高蘭流がどうなったかについては、PCは何も知ることはできない。少なくとも、導入1のPCは夢を見ることはなくなる。
入国させない  両国の滅亡を防ぐ手段をPCが提示しない場合、高蘭流は当初の“阿”の計画に背く事を承服しない。しかし高蘭流自身に戦闘力は無いので、無理に拘束すれば“臥”への入国を阻止できる。
 高蘭流が計画を成功させなかった場合、やがて合戦が始まり、“阿”と“臥”は戦力を削り合った末に痛み分けに終わる。近い将来、両国が滅亡することが確定した事になる。
 特にPCがフォローしないならば、高蘭流は罪悪感から廃人になってしまう。導入1のPCが、彼女の心を救う為に「高蘭流と一緒に暮らす」という選択(つまり、NPC化するという事)を取るならば、「一向に回復の兆しを見せないが、それでもいつの日か高蘭流が笑顔を取り戻す希望は残されている」といった余韻を持たせたエンディングにする。
誘拐する  他のPCが「干渉しない」という対応方法を選択した場合、導入2のPCは独力で容易に甲腔を奪取したり、高蘭流を誘拐したりする事ができる。そうして“阿”と“臥”が滅亡すると、やはり高蘭流は生きる気力を失い屍のようになり、誘拐された先で“高速機動が可能なヨロイ”の実験に協力する事はない。導入2のPCが叱責されるような事は無いが、依頼した国が“高速機動が可能なヨロイ”を得る事は無く、任務は事実上の失敗となる。高蘭流は、処刑されるか幽閉されるか、何れにしろ未来は無い。
その他  その他、プレイヤーからの別の発案があればそれを採用しても良い。ただし、余りに楽な方法でハッピーエンドに結び付くというのは不自然なので、マスターはよくよく吟味して欲しい。



最終幕

 展開次第では、高蘭流やPCたちは恨みを買って復讐の対象にされたり、秘密兵器の情報を握る者として追われることもあり得る。そうなるのが当然だとマスターが判断する場合は、「繰り返しシノビに襲撃される」などのイベントを起こすと良いだろう。
 そういった追求をかわす為には、例えば「『第三国のスパイによって、高蘭流が殺される』というお芝居をして、PCを狙う国のシノビにそれをわざと目撃させる」といった行動が必要になる。プレイヤーが思い付かないようならばマスターが誘導するなどして、座りの良い決着に落ち着かせる事。

 最期に各PCや高蘭流の行く末に関して決め、ロールプレイを行ってもらい、幕を閉じる。



さいごに

 元ネタは、一応、嬉野秋彦の『神咒鏖殺行 巻之弐 外法印』である。
 作者の嬉野秋彦は、文章の構成技術に長けていて、非常に楽しく作品を読める。しかし、「自作シナリオに流用しよう」として素材の解析・分解を試みるとすると存外に役に立たなかったりする。『神咒鏖殺行 巻之弐 外法印』は、そんな中では例外的にRPGシナリオにし易いパターンのストーリーだった。とは言え、メインプロットは些かありふれていて、似たストーリーを幾つか読んだ/観た覚えがある。正確に言えば、そういった一群の小説・コミック等がこのシナリオの元ネタと言う事になるだろう。
 生のままではストレート過ぎて使えないネタなので、『天羅万象・零』に合わせて独自の加工を施した。プレイヤーが元ネタを知っているかどうかに関しては気にかける必要は無いだろう。




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