[盗賊とお姫様]
ザジは退屈していた。自分で決めたこととはいえ、退屈なものは退屈なのだ。
「来る日も来る日もやれ勉強だ訓練だ。窮屈だよな聖騎士団ってのもよ」
盗賊稼業を辞めて数ヶ月。いまだにこの堅苦しい雰囲気に馴染めない。最も訓
練時以外はそれなりにのびのびとできるので、ザジが口に出して言うほどルシ
タミア王国聖騎士団の規律は厳しくは無い。しかし、やはりそれは他国と比較
してのことであって、元々が盗賊のザジからすれば鬱陶しいことに変わりは無
いのだが。
「さて、今日はどうすっかな?」
一日の訓練課程を終えたザジはあてもなく城内をぶらぶらしていた。今日は
この後見回りとかが入っているわけではない。暇なのである。
「どうすっかなー。ユウキの奴は最近からかい飽きてきたしなぁ」
ついこの間「真の聖騎士」となったユウキだが、なる前となった後で周りの
待遇が変わったわけではない。むしろザジやシルフィーあたりはそれをネタに
してユウキをからかう口実にしているくらいであった。
そのままぶらぶらと歩いていたザジの前方にこちらに向かって歩いてくる人
影があった。街娘のような格好をしていたが、あれは、
「ユナ?」
ザジが多少驚いたような声を上げる。ユナ=エクベルト。先のヘイルダムの
侵攻によってエクベルト王が崩御したルシタミアの第一王位継承者。もうしば
らくすれば彼女の戴冠式が執り行われユナ女王となるはずである。彼女は以前
からよく城下へは出かけていたからこれから出かける所だとしても別段何の不
思議は無いのだが。
「あ、ザジさんですー。こんにちはなのですー」
いつもの通りの独特な喋り方でユナがザジに挨拶する。ザジの方も慣れたも
ので片手を上げて答える。
「よう、ユナ。お勉強の時間は終わりかい?」
「うー。今日のお勉強は退屈なのですー。退屈とは物事に飽きてしまったり、
つまらなく感じてしまったりすることなのです」
要するに抜け出してきたということである。少し顔を赤らめるユナにザジは
笑いながら言った。
「おいおい。仮にも女王様になろうというお方が、退屈で抜け出してきちゃま
ずいだろ」
もちろん本心などではない。ザジも似たようなものである。丁度いいからユ
ナを誘って街にでも出ようかと思ったザジはユナに声をかけようとして、そし
てユナの表情に愕然となった。
「ユ、ユナ…?」
ユナはうつむいていた。きつく唇をかみ締めるようにして。まるでイタズラ
を責められた子供のように、何かに耐えていた。
「な、なぁ俺何か気に障ること言ったか?」
ザジは慌てた。ユナとの付き合いはザジがメイドに扮していた頃からだから
それなりに長い。ユナの性格は把握しているつもりだった。以前からも少し物
憂げにしていることはたまにあったが、ここまで思いつめたような顔はしなか
った。
「いいのです。ザジさんは悪くないのです」
そう言ってユナはザジに笑顔を向けた。いつ崩れだしてもおかしくない笑顔
だった。
「ザジさん」
弱弱しい笑顔のままユナが言う。
「よければ、ユナと一緒に町に行きませんか?」
ザジに、断る理由はなかった。
町の中央の噴水に腰かけてから小一時間経過している。ユナは、ザジを伴っ
て街へ来たものの、いつものようにあそこに行こう、あれをしよう、などとは
しゃぎ回ることも無くただ座っている。
(なんか、調子狂うなぁ…)
先程より幾分かマシになったものの相変らず沈んだ表情のユナの横顔を見つ
めながらザジはこれからどうしたものかと思いをめぐらせていた。エリスのゲ
ームセンターにでも連れて行こうかと思ったが、あそこで散々な目にあってい
るのを思い出して却下した。
それに、どうやらユナは今はそういうところへは行きたがっていないように
思えた。多分、誰かと一緒にいたいだけなのだろう。しばしの思案の後そう結
論付けたザジはことさら何をするでもなくユナの隣に座って流れてゆく雲をた
だ眺めていた。
「ユナは、女王になっちゃいけないんだと、思います」
いつまでそうしていただろうか、既に日は傾き始め人々は家路を急ぐ時間に
なっていた。
ぽつり、ぽつりとユナは語りだした。
「ザジさんも御存知ですよね? ユナが、マリア王女に似せて作られた作り物だ
ってこと」
ザジは答えなかった。
「ユナは本当の王女ではないのです。だからユナが女王になるのは間違ってい
るのです。クヌートさんや、ユウキさんの方が相応しいと、思うのです」
「なんで、あの二人の方がいいのさ?」
ユナがそこまで言った後、ゆっくりとザジは話し出した。無言で返すユナ。
構わずザジは続けた。
「確かにあの二人なら真の聖騎士になったくらいだし、王様になってもおかしく
ないんだろうけどな」
ちらりとユナを見る。ザジから見たユナは何かに耐えるようにじっとしていた。
「でも、それでもこの国の王女はユナ、あんたなんだよ」
ふるふるとその言葉にユナは首を振る。
「別にユナが誰か、なんてのはこの際どうでもいいのさ。この国の皆はこの前の
事件の顛末は知ってるんだ。それでも皆ユナのことを慕ってくれてるだろ。何で
だと思う?」
「……分からないのです」
相変らず俯いたままユナは答えた。ザジはそんなユナを見て、くしゃり、と彼
女の頭に手を置いた。
「皆、本当にユナのことが好きだからに決まってるじゃないか。でなきゃ皆ユナ
王女ユナ王女なんて言ってないって」
きれいに櫛が通された髪を撫でる。
「ザジさん…」
「お、俺だってその、ユナのことは好きだぜ。このザジ様がそうだってんだから
他の連中も同じに決まってるじゃねえか」
さすがに気障ったらしい言い方だったのが自分でも分かったのか、ザジはそっ
ぽを向きながら言った。ユナはそんなザジを軽く見上げながら微笑んだ。
「ありがとうなのです」
「別に礼を言われることは無いな。世間知らずのお姫様に本当のことを教えたま
でだ」
「それでも、ありがとうなのです」
再度礼を言われて、ザジもなんと言ったらいいものか分からなくなってしまっ
た。向こうを向いていた視線を元に戻すと先程とはうって変わってにこやかな笑
みを浮かべたユナの顔があった。
「そうそう。ユナはこの国の王女様なんだからな。王女様が笑ってないと元気な
国になれないぜ?」
「はい、そうなのです。ユナはいつも笑顔でいたいのです。ザジさんのおかげで
元気が戻ってきたのです」
「そいつぁ何より。さて、もう日が沈むな。いい加減戻らないと城の連中がまた
うるさいだろうなぁ」
ザジは立ち上がって城のほうを眺めた。日が沈みかけてるため遠くに見える城は
影絵のように映った。
「それじゃあユナ、戻るとするか?」
「はいなのです」
ユナも立ち上がって、ザジの後に続いた。行きと同じように会話はほとんど交わ
さなかったが、そこに重苦しい雰囲気はなかった。
「…………」
途中で、ユナがそっとザジの袖を握ってきた。もう空には星が瞬き始めている。
ザジは、わざと気づかないふりをして歩いていった。少し歩調を緩めながら。
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