Lの季節「小さな死神の憂鬱」

「…では、舞波優希くん。君の次の仕事はこの魂を連れてくる
ことだ」
「は、はい!」
 緊張した面持ちでうなずく優希。
「期限は一週間。いいね?」
「は、はい…」
 優希の顔に不安の影が映る。
「ん、どうした?」
「い、いえ、何でもありません。失礼します……」
 不安の影を残したまま、優希は心霊管理局を後にした。
「しかし、本当に彼女はあの聖邪君の妹なのかねぇ。ああも違う
のも珍しいものだ」
 優希のいなくなった部屋で局長はそう、ひとりごちた。

「はぁ、どうしよう……」
 管理局を出てから優希は途方にくれていた。
 死せる者の魂を導くこと。それが自分たち死神族の宿命だと分
かってはいる。
 分かってはいるのだ。だが。
「はぁ……」
 また短くため息をつく。そんな優希に後ろから声をかけてくる
者がいた。が、自分の内にこもっているのか、優希にその声が届
いた様子はない。
 声の主は苦笑しながら、そのまま優希に近づいていって、ポン
と肩に手を置いた。
「よう、舞波」
「え?あ、き、き、桐生先輩!!」
「どうした?浮かない顔して」
「え、えっと、その…」
 優希は何か返事をしようと思うのだが、緊張してしまってうまく
話すことが出来ない。
(どうしよう、せっかく桐生先輩が話し掛けてきてくれたんだから、
何か話さなきゃ…)
 そう思えば思うほど、ますます優希の顔は赤面してしまう。
「ん?どうした?顔が赤いぜ。熱でもあるんじゃないか?」
「い、いえ…。大丈夫です」
「そうか?ならいいんだけどな」
担いだギターケースを直しながら桐生が言った。
「あ、あの、桐生先輩。これから練習ですか?」
 さっきよりは幾分優希の緊張は和らいでいた。ただ、今度は先ほど
の緊張とはまた違った緊張で、優希の動きはどこかぎこちない。
「ああ、もうじきライブが控えてるからな。んで、そっちはどうした
んだ?」
 優希の緊張を知ってか知らずか、桐生は答える。最後の問いかけは、
やはり顔色の優れない優希を心配してのものだった。
「は、はい…。実は…」
 優希は先ほど受けた任務の話を桐生に話した。こんなんじゃ、死神
失格だと自分でも思う。
 でも、誰かに話したかった。そうでもしなければプレッシャーに押
しつぶされてしまいそうだった。
 それと、理由がもう一つ。相手が桐生だったからだ。他の者に対し
てだったら、優希は悩みなど打ち明けなかっただろう。普段からぶっ
きらぼうなところがある桐生だが、優希はそこに、何か自分のことを
暖かく包んでくれるような、そんなものがあることを感じていた。
「…というわけなんです。私、これが自分の仕事だと分かってはいる
んです。だけど…」
 あらかた話し終わった優希はまた小さなため息をつく。桐生は何と
答えていいものか、しばらく考えていたようだが、やはり優希のこと
が心配だったのか、言葉を選びながら優希に話し掛けた。
「あのさ、人間族の俺が言うのもなんだけどさ、こういうのって誰か
がやらなきゃいけないんだと思うんだよ。確かに辛い仕事だろうさ。
でもさ」
 そこで桐生はいったん言葉を切る。心なしかその顔が赤くなってい
るが優希が気づいた様子はない。
「でもさ、舞波たちがいるからさまよってる魂がちゃんと転生できた
りするんだろ?それってその、なんていうか、舞波たちにしかできな
い、立派な仕事なんじゃないか?俺はそう思うんだけどな」
 その言葉に優希は思わず顔を上げて、まじまじと桐生の顔を見詰め
ていた。
 その視線がむずがゆくて、思わず桐生はそっぽを向いてしまう。
「ま、まぁ、その、だからよ。あんまりうだうだ悩まない方がいいと
思うぜ?」
 あいかわらず桐生はそっぽを向いたままだった。でも優希にはそん
な事は些細なことだった。
 暗く沈んでいた表情が次第に明るくなっていく。まだ、仕事への不
安は残ってはいたが、その、桐生の一言が自分の中にゆっくりと染み
込んでいくのを感じていた。
「桐生先輩……」
「い、いや、だから、な?頑張れよ。おまえだったらちゃんとできる
って」
「はい!」
 優希の表情が明るくなったのを確認して、桐生も少し微笑んだ。
「よっしゃ、んじゃま、舞波も元気になったことだし、どっか寄り道
してくか?」
「え、で、でも……」
 突然の誘いに優希は顔を赤くして、自分の鎌を胸に抱き寄せた。そ
の先には守護精霊のぽちがぶら下がっている。
 しばらく優希はそうしていたが、顔をうつむかせてぽそぽそと呟く
ように答えた。
「は、はい…」
「よし、じゃぁ行くか」
 優希と桐生は並んで商店街までの道のりを歩いた。優希は思う。
(せっかく桐生先輩が励ましてくれたんだから。頑張らなくっちゃ!)
 大事なのは、ほんのちょっとの勇気。それだけなのだ。
(でも、まだ「あれ」は先輩には言えないなぁ。でも、いつかきっと……)
 並んで歩く二人の周りを柔らかい日差しが包み込んでいた。
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