[例えばこの荒野に咲き誇る唯一輪の花の如く]

 乾いた大地に、乾いた銃声が響き渡っていた。
「くそっ、新政府だか何だか知らねぇが!!」
岩陰に隠れながら銃を持った男たちが、目の前に立つ、自分たちよりも遥かに大きな
「何か」に向かって発砲している。それは、一見すると人のようにも見える。そして
この世界に生きる人々にとっては、ある意味神に等しいと言ってしまっても差し支え
の無い物だった。
 それは、地底にしか生きる場所を持たなかった人類を太陽の下に連れ出してくれた
偉大なる紅の巨人。そして、その巨人を駆り戦った若者たち。男たちの目の前に立っ
ているのはその巨人と非常に近い姿をしていた。
「抵抗は止めてください!! 地上への人類の全移住は政府によって定められた方針で
す!!」
「うるせぇ!!」
 男たちの目の前に立つ巨人から発せられた声に男たちは逆上し、さらに激しい銃撃
を加えていく。しかし、それも巨人にとっては何ら障害となるものではなかった。
「このまま抵抗を続けるようなら、こちらも実力行使に踏み切ります! こちらがそう
する前に、どうか、協力してください!!」
「……」
 その争いを、少し離れたところから眺めている影があった。その男は腕を組んだま
ま男たちと巨人の間に視線を走らせ、何事かを考えている風であった。男の傍らには、
男たちと争っている巨人とよく似た物が、片膝をつく形で置かれていた。こちらには
腕が四本あり、更に言えば顔に当たる部分には何も無かった。その代わりにそれの胴
体に目と口があった。顔から直接手と足が生えている。そんな形である。
「ふん、人間同士で互いに潰しあっているようでは話にならんな」
 苦々しい顔で呟く。よく見れば彼の口から覗く歯はどれもこれも獣のように鋭く尖っ
ており、その腕も人間にしては長く、太く、そしてその手は紛れも無く獣の手であった。
 ついこの間までこの地上を支配していた獣人たち。その獣人たちを支配し、人間を
地下に閉じ込めていた螺旋王。彼はその螺旋王に仕える戦士だった。螺旋王が支配し
ていた頃には地上を求めて這い出てきた人間、何かの間違いで地上に出てきてしまっ
た人間、地下に住めなくなり地上に出てきた人間、それら全てを地下に押し戻すため
に彼は戦ってきた。

 彼の戦いの歴史に敗北は無かった。あの一団と出会うまでは。あの男と出会うまで
は。
 だが、今の彼は落ちぶれたただの敗残兵に過ぎない。自らの主を守る事もできず、
更に滑稽な事にその主によって「死なない体」となっている彼は死ぬ事すら許されな
い。敗者として、勝者たる人間どもの歴史をただひたすらに眺めるだけ。それは彼に
とっては何よりも耐え難い罰であった。
「ふん、これではまるで何のためにあいつ等が我々と戦ったのか」
言葉に苛立ちが混ざる。何故そうなるのか、誰よりも彼自身が己を測りかねていた。
「……仕方ありません。これより我々は実力を以って、皆さんを地上へと連れ出しま
す!!」
 見ると、巨人を操っている側がついに痺れを切らせたらしい。それまで一歩たりと
もその場から動こうとしていなかったが、鈍い音を立てて歩き出した。その足の向か
う先には地上と地下を繋ぐ出入り口がある。
「なんだ? まだ非戦闘員が残っているのか」
 獣人の男はその事実を知り更に呆れ顔を作る。統制も何もあったものではない。
「くそっ、ここは俺たちの『家』じゃねえ!! この下にある世界が俺たちの『家』な
んだ!! 英雄だか総司令官だか知らねぇが、なんでもテメェの言うとおりになると思っ
てるんじゃねーっ!!」
 動き出した巨人を見て、抵抗していた男たちが更に激しく銃弾を注ぎ込む。だが、
やはり巨人はひるむ事も無く一歩一歩、地下への入り口へと近づいていく。
「……まるで、少し前の俺だな」
 自嘲気味に呟いたその瞬間、はっとしたように男は目を見開いた。次の瞬間にはそ
の両目には沸々と湧き上がる怒りが込められていた。
「ああ、そうかい……。なんだかんだ御託並べておきながら、結局お前はお山の大将
でいたいだけか!! シモンッ!!」
 男の声に反応するように、傍らに控えていたガンメンの目に光が点る。
「ならば、貴様のその鼻っ柱をへし折ってくれる!!」

「抵抗は無意味です! 大人しく従って……」
 手を伸ばし、かたくなに抵抗を続ける住民たちを捕まえようとしていた巨人のパイ
ロットは、突如襲ってきた衝撃に機体を思わずよろめかせた。
「何?」
 一拍おいて、何か重いものが地面に叩きつけられる音が聞こえた。コクピットでは
警報を知らせる赤いランプが勢いよく回り始めた。
「機体にダメージ? 右下腕部損傷……どこからだ?」
 突然の出来事に巨人のパイロットは動揺を隠せなかった。攻撃してきたものを確認
しようとその場で巨人の首を回転させたパイロットは、自分のすぐ側に立つ一台のガ
ンメンを見つけた。
「ガ、ンメンだと?」
 四つの腕にそれぞれ長大な刀を抱えたガンメンは哀れむような目で巨人を見つめて
いた。
「弱すぎる!!」
 事実、ガンメンに乗り込んだ男は失望を隠しきれていなかった。彼らの首都が人間
たちによって攻略されてから数年、人間と獣人の間に戦闘らしい戦闘は起こらなかっ
た。実戦経験の無い者が、たとえ敗者とはいえあの戦いを潜り抜けてきた猛者と渡り
合うのには無理があろう。
「くっ!!」
 それでも、一通りの訓練を受けている巨人のパイロットは反撃を試みた。腰に装備
していた小型銃を残った左手で抜き放ち、飛びずさりながらガンメンに撃ち込もうと
する。
「そんなノロノロした動きで!!」
 だが、ガンメンの動きは更に速かった。手にした四本の刀が巨人のパイロットの目
に見えぬ速度で正確に四度、煌いた。
 そして、次の瞬間には巨人の体はきっちり四等分され、重力に従って地面に激突し
た。
「う、うぅぅっ……」
 運が良かったのか、それともわざとコクピットを外したのか。巨人のパイロットだっ
た人間が残骸の中から這い上がってきた。その顔は今だ何が起こったのか、という疑
念の表情に彩られていた。
「おい」
「……ひ、っ」
 刀の切っ先をその人間に向けたガンメンから声が聞こえてきた。
「とっとと帰ってお前らのシモンに伝えろ。お前たちにはこのヴィラルが徹底的に抗っ
てやるとな!!」
「ヴィラル……!」
 その名に聞き覚えがあったのだろう、巨人のパイロットの顔には明らかな怯えの色
が浮かんでいた。

「……ちっ、俺としたことが」
 ほうほうの体で巨人のパイロットがその場を逃げ出した後、ヴィラルは抵抗を続け
ていた人間たちからの歓待を受けていた。とはいえ、地下で暮らす人間にそれほどの
蓄えがあるわけでもなく、用意された食事も質素なものだった。
「おい、俺なんかに構うな。この食事だってお前らの村には貴重なものだろう」
「まぁ確かにそうなんだがな……」
 村のリーダー格の男が歯切れ悪そうに答を返す。その先に何かあるのを感じ取り、
ヴィラルは口を閉じた。
「なぁ、こんな事あんたに頼むのはお門違いだと思うんだが……」
 そこでまた押し黙る。ヴィラルも後を促すような真似をしなかったのでそのまま気
まずい沈黙が流れた。
「……頼む、俺たちの仲間になってくれんか」
 しばしの沈黙の後、リーダーはやっとの思いで口を開いた。そして、その内容はヴィ
ラルが内心予想していたことでもあった。
「断る、といったら?」
「それはそれで仕方ない。元々あんたには関係ない話だ」
「そうか」
 そこでヴィラルはふと思いついた疑問をリーダーにぶつけてみた。
「おい、今回みたいな事は前からあったのか?」
 その問に対してリーダーははっきりとした口調で答えた。
「いや、少なくとも今月に入ってからだ。それまでは新政府の連中も何も言ってきや
がらなかったんだが……」
「……」
 ヴィラルは少し考えるような素振りをしたが、すぐに小さく首を振った。
(ここで考えたとてどうなるものでもない)
 そして、やおら立ち上がる。
「……行くのか?」
「ああ、世話になった」
「そんな! 世話になったのはこっちの方だ。何か入用なら言ってくれ。できる限り
のことはさせて欲しい」
「気にするな。今日のは俺のただの気まぐれだ」
 そう言って、その場を離れようとしたヴィラルだったが、小さく自分を引っ張る感
触にその足を止めた。
「……なんだ?」
 ヴィラルの足元には、この集落の子供であろう娘が一人ヴィラルの服の裾をつまん
で立っていた。
「あ、あの!」
 もじもじしながらその子供はヴィラルに向かって手を突き出した。
「ん?」
 その子供の手には小さな花が一輪、握られていた。
「え、えっと、たすけてくれて、あ、ありがとう、ございました!!」
「あ、ああ……」



 思わずヴィラルはその花を受け取っていた。彼には見覚えの無い花だった。そもそ
も、そんな事を気にかけるような生き方をしてこなかった。その事に今更ながらヴィ
ラルは気がつき、少しだけ眉根を寄せた。
 花を受け渡す事に成功した子供はにこりと笑うと宴の席から少し離れたところにい
た両親の元へと駆け寄っていった。ヴィラルが目でそれを追うと子供の両親と目が合っ
た。両親は無言でヴィラルに対して頭を下げた。
(家族、か……)
 口中で、ヴィラルは呟いた。ヴィラルには理解できない人間同士の繋がりだった。
その繋がりを、同じ人間が、しかも自分の王を打ち負かした人間が行おうとしている。
それは、ヴィラルにとって耐え難い屈辱でもあった。

「おそらく、新政府とかがちょっかい出したのはここだけじゃないだろう」
 リーダーと別れの挨拶を交わし、受け取った花を懐にしまいながらヴィラルは誰に
とも無く呟いた。
「これでは螺旋王が人間を地下へ押し込めていたときとまるで変わらない……」
 己の手足ともいえるガンメンに乗り込み、ヴィラルはその目でかつての獣人たちの
首都テッペリンの方角を厳しい視線で見据える。
「貴様はそれでいいのか! シモン!!」
 ヴィラルの胸中には言いようの無い怒りが再び巻き起こっていた。それは、彼が誇
り高い戦士であった事の証左に他ならない。
「これが、貴様らが螺旋王から勝ち取った自由だというのならば!! 俺は、それを
打ち砕く!! 必ずだっ!!」
 テッペリン陥落から数年。
 戦士の戦いが再び幕を開けようとしていた。

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