[秘封倶楽部第四話「上海ジャック・ザ・リッパー」]

秘封倶楽部定例活動報告書

[Shang-hai JACK the Ripper file:2-a]


 街中に、赤い灯を灯しながらけたたましい音を鳴らす車が何十台と走り回っていた。それらは、
明確な目的を持ちつつも、それを達成するための手段を知らずに右往左往する無能の集まりでも
あった。車を動かす人間たちの目的はただ一つ、ある人物の「確保」。既に街の中の全域をカバー
出来うるほどの台数が駆り出されている。
 時刻は深夜。安眠をむさぼっていた者、眠りを知らぬ者、そこに住むありとあらゆる住民がその
音を聞いていた。
「……あぁ、もう。煩いなぁ」
 市街の中心にあるビルとビルの隙間。そこに隠れるように一人の少女が潜んでいた。背格好から
して年の頃は10代半ば、であろうか。
「あんなにワンワン鳴かれたら出るに出れないじゃないの。こっちはまだ仕事が残ってるってのに」
 毒づいた彼女が見つめたのは己の足元。そこに「それ」は転がっていた。
「まったく、面倒なんだから」
 今夜は生憎の曇り空。月の光は雲と、そしてビルに遮られて少女の元まで届かない。だが、闇に
潜む者ならば彼女の足元に転がっているものが何であるか、容易に知り得ることができたであろう。
鉄の臭いのする赤い水溜りの中に沈む塊。折から吹いた突風が瞬間的に月にかかっていた雲を薙ぎ
払う。細くか弱い月の光が、ビル陰に潜む少女の体をほんの少しだけ浮かび上がらせた。ジーンズ
にスニーカー、そして白いシャツと動きやすい服装に少女は身を包んでいる。
 月の光が少女の顔を照らす。絹のように煌く銀髪が、月の光に晒される。
 だが、その銀髪と、彼女の着ているシャツには所々赤黒い染みが付着していた。そしてその少女
の手に握られていたのは闇の中でもその輝きを失わないのではと思わせるほどに磨かれた、銀のナ
イフだった。
「悪いけど、恨まないでよね」
 そう足元の塊に言い残し、少女はビルとビルの間の闇に向かって走り去っていった。
 それからしばらくして、耳障りな音を出しながら例の車たちの一台が「そこ」へやって来た。車
のライトに照らされて、さっきまで少女がいた場所がまるで舞台のスポットライトを浴びたように
浮かび上がる。
 そこにあったのは。
 全身のありとあらゆる部位を切り裂かれ、臓物を撒き散らしながら血の海に沈んでいる幼子の死
骸だった。
「くそっ! またか!!」
 車に乗っていた屈強な男性が歯軋りした。既にこの地域では一日と日を置かず同一犯と思われる
殺人事件が発生していたのである。この幼子もその被害者と断定して良さそうだった。
 ここは魔都「上海」。洋の東西を問わず、あらゆる呪術的干渉を受け続ける特異点。この日以前
も含めて発生した猟奇的大量殺人事件の犯人は今までの「前例」に倣い『上海ジャック・ザ・リッ
パー』と呼称された。
 日本から海を隔てた地で起きたこの恐ろしい事件を、秘封倶楽部の二人が知ることになるのは既
に5人の被害者が出てからのことであった。


                                                            [to be continued to file:2-b]

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