ときメモGirl'sSide「姫条まどかの場合」

「あ〜、これなんかどやろ?いやいや、こっちもなかなか捨てがたいっちゅうか」
ガラスケースの目の前で必死になって品定めをしている少年。
「お、この色はなかなか。う〜む、いや、やっぱこっちかなぁ?」
少年は制服姿であった。その制服からはばたき学園の生徒であることが見て取れる。外見は、
軽く制服を着崩しているので、ぱっと見軽薄そうな印象も受ける。それは、彼の話す関西弁
も一役買っているかもしれない。
 先ほどから彼「姫条まどか」は、ここ駅前商店街のアクセサリーショップで品定めに没頭
している。口から出る台詞はさほど悩んでいる風でもないのだが、実際には彼は困り果てて
いた。
(う〜ん、あかん。なかなか決められんわ。エエもんはやっぱ値段張るし、かといって中
途半端なんあげるわけにはいかんし)
 彼の目の前のガラスケースには色とりどりのアクセサリーがきらびやかに飾られていた。
ブレスレット、ネックレス、ピアス。姫条はそれらを眺めながら一人の女の子の姿を思い浮
かべた。
「…あの娘にはどんなんが似合いかなぁ?」
 まだ知り合って数ヶ月。声をかけたのは姫条からだった。単なる興味本位であったのは否
定しようがない。それでも、何度か一緒に遊びに出かけて彼女のことを知るたびに、今まで
遊んだ事のある女のことは違うものを姫条は感じ始めていた。
 そんな風に姫条が思い始めた2月。思いがけない贈り物が彼の元に届いた。それは、姫条に
とって思いもしないものだった。
(手作りのチョコなんてもろたの、何年ぶりやろか?)
 その日のことを姫条は思い出す。軽口のつもりで言ったつもりが、あんな丁寧に作りこまれ
たチョコをもらえるとは思ってもいなかった。少し苦かったが、それは些細なことであった。
 今は3月。ホワイトデーのお返しを買おうと意気込んできたものの、この有様である。
「お客様、プレゼントをお探しですか?」
 そんな姫条を見てたのかどうか、ショップの店員が話しかけてきた。
「ん?ああ、ま、そんなとこですわ」
「彼女さん?」
 にこやかに笑いかける店員の言葉に姫条は思わず吹き出しそうになってしまった。
「い、いや、そんなん違くて…」
 そこまで言いかけて言いよどむ。彼女でないならなんなのか。その疑問を振り払うようにこと
さらにおちゃらけて姫条は店員に答えた。
「いやぁ、お袋からチョコ貰ってしまってなんかお返しせなあかんなぁ、とか思って」
 身振り手振りを加えながら姫条は続けた。
「しかも、若作りなもんやからこういった奴の方がいいかな〜とか。思て探してんのやねんけど、
なんかエエのあります?」
「そうですねぇ、でしたらこれなんか如何でしょう?」
 そう言いながら店員がガラスケースから取り出してきたのは、銀に小さな蒼い石のはめ込まれ
たネックレスだった。
「こちらが今流行のアクセサリーなんですよ。インターネットとかでも良く紹介されてますし」
 店員が手に取ったそれを姫条はまじまじと眺めた。デザイン、悪くない。色、さりげなさが良い。
ここまでは合格であった。
「ねえ、お姉さん?」
 にっこりと笑いながら姫条はある一点を指差した。指差した先にあるのは、プライスカード。
「これ、もう少しまからへんやろか?」


「う〜ん、やっぱあかんかったか」
結局値切りに失敗し、姫条は店を出て通りをぷらぷらと歩いていた。あの後、店員はいくつか品物
を出してくれたのだが、どれも今ひとつ来るものがなかったので仕方なく店を出て、彼は今こうし
て歩いている。
「はぁあ、明日どないしよ?」
 思案顔で歩く姫条。と、そこに声がかかった。
「ハイ、そこのオニーサン。ヨカッタラ見テイカナイ?」
「あん?」
 姫条が横を見ると、そこには路肩に広げられたアクセサリーの群れがあった。その横に地べたに座
り込みながら客引きをしている男がいて、姫条に向かって笑いながら手を振っていた。見たところ、
北欧系の顔立ちである。
「どうオニーサン。安クスルヨ」
「そうやなぁ…」
 目的の物が買えていない以上、とりあえず見るだけ、といった感で目の前のアクセサリーに姫条は
目を通す。そこにあったのは先ほどのショップよりも無骨なデザインの銀細工がほとんどだった。
(やっぱ、こういうのはアカンか)
 元々大して期待していたわけではない。ざっと一通り見終わって立ち去ろうとした姫条の目に、一
つのアクセサリーが飛び込んできた。
「おっ、コイツは!」
 それは、中央に銀の羽をあしらったチョーカーだった。他のに比べて派手さに欠けたが、そんなも
のをこのチョーカーは必要としていなかった。
「これや!こういうの探してたんや!」
 チョーカーを手に姫条は小躍りした。だが、急にはしゃぐのを止める。
「あかん、俺が気に入ったかてあの娘が喜んでくれるとは限らん…」
 彼女に何が似合うのか。それが姫条には分からなかったのである。こんなに悩むのはひょっとした
ら受験以来ではなかろうか。
「オニーサン、それ、プレゼント?」
 チョーカーを見ながら一喜一憂する姫条に露天商の男は問いかけた。
「ん?ああ、まぁな」
 すると、男はにっこりと笑って、
「ダイジョブ。プレゼントはオ金ジャナイね。気持チネ。ハートよ、ハート」
「…………」
「オニーサンの気持チ込メル、コレガ大事よ。ソウスレバキット相手喜ブよ」
 露天商の言葉に姫条は目から鱗が落ちんばかりであった。本人も気づかないうちに露天商の言葉を
必死に聴きながらいちいち頷いている。
「そっか、そうやな!この姫条まどかともあろうものが、失敗したわ」
 苦笑いと共に頭を掻きつつ姫条は立ち上がった。
「ありがとさん。おかげで助かったわ。コレ、いくら?」
「ウチノハ高イよ?」
 笑いながら露天商が言う。
「安くするいうたやん。勉強してぇな」
 そう言いながら姫条も笑っていた。
 3月13日。ホワイトデー前日。彼、姫条まどかだけではなく他の生徒たちにとっても、ある意味
学校生活の締めくくりとなるイベントが翌日に迫っていた。
「しっかし、あの娘意外とライバル多そうやなぁ。俺、大丈夫やろか?」
 手にしたラッピングを少し気にしながら、そう呟いて姫条は家路についた。口では不安そうな言葉
を出しながら頭の中ではあの娘の喜ぶ顔を想像して。

―王子様とお姫様が幸せになれるのは、もう少し後のお話―


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