[花咲く庭]
秘封倶楽部定例活動報告書
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「ねぇ、メリー。そろそろサークル活動を始めたいと思うんだけど」
午後のとある大学構内の学食。黒い帽子を被った少女がコーヒーを啜りながら向かい
のテーブルに座っている金髪の少女に話しかけていた。
「また? まぁ別に構わないけど。でも、あんまり遅くなるのは嫌よ、漣子」
メリーと呼ばれた少女は目の前の少女の名を呼びながら、遅い昼食を取っていた。
彼女達は二人で「秘封倶楽部」と言う名のサークルに所属している。とはいえ、サーク
ル構成員はこの二人のみなのであくまでも「自称」のサークルに過ぎないのだが。
「なんで? この間だってそんなに遅い時間にはならなかったと思うけどなぁ」
「この間だってゆうに日付またいだじゃないの。十分遅いわよ。それにレポートの期限
が近いんだから」
「でも、結構面白そうな所なんだよ。そんなに大きな場所には出ないと思うから行って
みない?」
漣子とメリーは同じ授業を取っていて、今メリーが口にしたレポートは漣子も提出し
なければならない物の筈であったが、漣子はその件については触れなかった。
「ふぅ、仕方ないわね。どの道自分一人でも行くつもりなんでしょ?」
「当然」
やれやれとメリーは力なく首を振る。この漣子の行動力は自分にはないもので羨まし
く感じることもある。だが、それが災いして余計なことに首を突っ込んだこともあるだ
けに、漣子を一人でサークル活動に向かわせるのは気が引けた。
「それで? いつ行くのかしら?」
食器を戻し棚に戻しながらメリーが尋ねる。その傍らで同じようにコーヒーカップを
戻している漣子はあっさりした口調で、
「ん、今夜」
と告げた。
雲が出ているせいか、今日の星空はいつもよりもどことなく濁って見えた。待ち合わ
せ場所でメリーは一人、いつものように遅刻している漣子のことを待っていた。
「またどこかから怪しげな心霊写真の類を引っ張ってきたのかしらね」
漣子がメリーをサークル活動に誘う時は大抵写真持参だった。一体全体どのようなルー
トを確保しているのかはメリーにも分からなかったが、漣子はその写真を元に、秘封倶
楽部の活動を行っている。
この世の結界を暴く。それが秘封倶楽部のサークル活動としての名目だった。ありて
いに言ってしまえば一種のオカルトサークルである。この世にはいつからか知らないが、
結界が張り巡らされていて、結界の向こうの他の場所との行き来が封じられている。これ
を聞いた人はほぼ全員が眉唾だと思うであろう。だが、それは真実なのだった。
(まぁ結界がある、ってばれる事自体が結界の存在意義を失くすからこれが正しい姿なん
でしょうけど)
そんなことをメリーが何とはなしに思い浮かべていたそこに、ひょいとまるで影から現
れたかのように、黒い帽子を被った漣子が姿を見せた。
「ごめん、お待たせ」
「遅い。毎度のことだけど5分遅刻よ、漣子」
「4分33秒よ。プラスマイナスの十分に範囲内だわ」
「言ってることが良く分からないわ、漣子。遅刻は遅刻でしょう」
「何、世間には指定時間の前後2時間が待ち合わせ時間だって言うサークルもある位よ?
それに、このくらいから向かえば丁度いい塩梅よ」
漣子のこの遅刻癖はいつものことなので、メリーもそれ以上は追求しようとしなかった。
「それで、今日は何処へ行くの? この間のお寺かしら」
「一度行った場所へまた行くのはサークル的にオススメできないわね。常に新しいものを求
めていかないと」
そう言って、漣子はとある方角を指差した。
「向かうのはこの先。町外れの商店街の奥よ」
「ていうか、結構近場なのね今回は」
メリーのその問いに漣子はにやりとした。
「でしょ? だからそんなに遅くならない。素晴らしいわね」
「もういいわよ、ここ来る前にあらかた片付けたから」
「あ、じゃあ後で見せてね」
「自分でやりなさいよね……」
そして、二人は目的地へと向かって歩き出した。メリーはいつも不思議に思うのはサーク
ル活動を行う夜は必ずといっていいほど町がとても静かになる。いつもなら車の音や諸々の
喧騒が聞こえてきて当然なのに、結界を暴く夜はそういった音の類が一切しない。検証の価
値があるかもしれないと、歩きながらメリーは考えていた。
勝手知ったる道ではあるが、それでもこの商店街の方へは滅多にメリーは足を運ばない。
だから、下手すれば迷ってしまいそうになるのだが、前を歩く漣子の姿を見失うことさえな
ければそれで良い。
「ところで漣子」
「何?」
「今日のこの場所ってまた写真でも見たの?」
それは、疑問と言うよりは確認だった。しかし、漣子からは意外な答えが返ってきた。
「違うわよ。そうねぇ、なんて言ったらいいのか……、とにかく『花の匂い』がしたのよ」
「花?」
「そう、花。私ここの商店街はたまに使うんだけど、この間ある場所を通った時に花の匂いが
してきたのよね」
「どこかそのあたりの道端に咲いてた花か何かじゃないの?」
メリーは漣子の背中に問いかける。漣子も後ろを振り返ることなくそのまま歩きながらメリー
の疑問に答える。
「そうだったら別に不思議に思わないんだけどね」
そして、商店街の一番奥で漣子は立ち止まった。
「さすがに、ここで花の匂いなんて甘いものが嗅げるとは思わないでしょ?」
「……確かに」
そこは、コンクリートで固められた地面があるだけだった。メリーが辺りを見回すと、放置
されていた工事予定の看板が目に付いた。どうやら、いわゆるバブルの頃の焦げ付いた土地の
一つらしい。
「それにね、メリー。その花の匂い、とっても珍しかったのよ。この季節にしてはね」
「どんな?」
「そうねぇ、私も良く分からなかったんだけど、あれはそう」
その時の記憶を思い出すかのように、漣子は鼻を少しひくつかせた。
「そう、向日葵、の匂いね。あれは」
「って、漣子? 今は春じゃない。なんで向日葵なのよ」
「だから、サークル活動なのよ、メリー。どう? 貴方の眼には何か見えるんじゃない?」
そう言われたメリーはす、と目を細めた。彼女の眼は、この世に張り巡らされた結界の綻び
を見ることが出来る。そうして見つけた結界のスキマの中に入り込んでは漣子とメリーはこの
世とは別の、違う世界を体験してきているのである。
「……そうね、読みどおりよ漣子」
はたして、メリーの眼にはうっすらと、その結界の綻びが見えていた。
「やっぱりね。どう? 入り込んでいけそうなスキマかしら?」
「多分、大丈夫」
「OK、なら行きましょう」
そう言うと漣子はメリーの手を取った。メリーよりも少し大きな漣子の手がメリーの手を
しっかりと握っている。
「そうね、行ってみましょうか、向日葵畑へ」
結界の綻びから見えるあたり一面の黄色。その中へと二人はまるでこの世界から消えうせ
るかのように入り込んでいった。
To be continued
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