[冬を目指して]
幻想郷中に花が咲いていた。春夏秋冬全てに咲く花が。多くの幻想郷の
住人が不思議に思ったが、そのほとんどの住人も深く考えもせずに一度に
全ての季節の花が楽しめるとは面白いといって宴会に興じている有様だった。
中には異変を異変とはっきりと感じ取り、動き出している者もいたようだっ
たが、そんなことは湖の上で所在無げに浮かぶ氷の妖精にとってはあまり関
係のないことだった。
「なぁんだ皆して花見だなんだ。つまんないの」
彼女にとっては、確かに花見は楽しいものではあるがそれほど馴染みがあ
るものでもない。試しにこの湖の周りで咲き誇る花の一部を凍らせて遊んで
はみたが、楽しいようなそうでないような微妙な感想しか得られなかった。
「うーん、面白いけど……」
何かもっと面白い遊びはないものかとあちこちふらふらと飛び回っては見た
ものの、チルノ一人では大した遊びが発見できるはずもなかった。
「うーん、どっかに遊び相手いないもんかしら」
その何気ない一言が、彼女の記憶を揺さぶった。
ぴたりと、その場に立ち止まりチルノは思いっきりしかめ面をした。そうし
ないといけなかった。
「ふん、だ」
気を取り直して再び飛び始めたチルノだったが、一度思い出してしまった
モノを再び記憶の底に閉じ込めることはまだ幼い彼女には無理なことだった。
飛んでいくうちに彼女の両目には涙がどんどんと溜まっていく。
「うっく、ぐすっ、ふ、ふぇえぇ……」
ついには堪えきれずに飛ぶのを止めてその場にうずくまってしまう。頭に
思い浮かぶのはあの冬の精。また新しい冬が来るまでのしばしの別れをした
あの顔だった。
「レティ、会いたいよぉ……」
呟きは誰にも何処にも届かない。
それからしばらくひとしきり泣き叫んだ後、それで少し落ち着いたのか、
ぐしぐしと目をこすり上げながらチルノは立ち上がった。見渡せば相変わら
ず何処もかしこも花花花。
「……よくよく考えたらこのまんまじゃひょっとして冬が来ないんじゃない?」
そうチルノが思うのも無理からぬことだった。今の幻想郷には四季がない。
ということは、このままでは幻想郷には来るはずの冬が到来しないことになる。
「それじゃ、このまんまじゃレティに会えないじゃんか!」
そのことに気が付いたチルノは怒った。誰だか知らないがこんな事をする奴
はこらしめなければならない。
「よーっし! 待ってなさいよー、くろ」
そこまで言いかけてチルノは口を閉ざした。その言葉はレティにこそふさわ
しい言葉だ。何処の誰とも知れぬ輩につけてやる義理も道理もない。
「待っててね、レティ。すぐに冬にして、そしてまた遊ぼうね!」
小さな身体に大きな決意を秘めて、おてんば妖精が幻想郷の空を駆けていく。
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