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 2000年10月 4日/山崎達璽 
『リンク』の頁にも掲載した映画監督・山崎達璽さんのHPにUPされたものですが、さらに加筆、「翔」バージョンとして転載させていただきました。



『義経千本桜』感想

9月21日に昼夜通しで観劇した『義経千本桜』の私なりの感想です。斜めに見たような、ずいぶんひねくれた内容かもしれませんが、これは澤瀉屋に対してもうこれ以上賞賛する言葉が見当たらないからです。本音はたった一言、「みなさん感動をありがとう」というものです。

 1998(平成10)年7月の歌舞伎座上演以来2年ぶりの、澤瀉屋による『義経千本桜』三役の完演である。
 「年鑑おもだか」など澤瀉屋自身の芸談によると、「四の切」については1995(平成7)年2月の大阪新歌舞伎座、「忠信編」については1996(平成8)年12月の歌舞伎座上演がそれぞれの「極付」だったという。三役の完演は1980(昭和55)年7月の歌舞伎座が初演で、今回が6度目となる。前回の上演の際、澤瀉屋は「これが最後、一世一代のつもりで取り組む」と公言していたので、今回は果たしてどうなるのだろうか、と期待と少々の不安が入り交じった気持ちで大阪遠征した。
 初めて足を運んだ松竹座は、歌舞伎座に比べると舞台はやや狭いものの、客席はシートも通路もゆとりがあり、ゆったりと観劇することが出来た。また声の通りもなかなか良く、通し狂言をじっくりと堪能出来た。ちなみにもっとも声の通りがいいのは、名古屋・中日劇場だそうだ。また、博多座はあらゆる劇場の問題点を再検討した作りだそうで、あらゆる設備が完璧だとのこと。
 さて、11時の開演から21時の終演までじっくりと観劇した感想としては、もはや「極付」は過ぎてしまったというのが第一印象であった。
上演時間の関係であろう、一大ロマンのプロローグに当たる「堀川御所」がカットされていることや、「鳥居前」の忠信を右近さんが演じているところなどは、正直がっかりしてしまった(三役完演を謳っているからであり、決して右近さんの芸を否定しているわけではない)。
また、「鳥居前」で弁慶が義経に怒られるところ(初日には演じられた)や、「鮨屋」の幕が開いてすぐの、鮨買いとお里のやりとりがカットされていたりと、これは「ダイジェスト版」だと考えなければならないのであろう。
 
 『序幕 鳥居前の場』
 上述のように、上演時間の関係であろう「堀川御所の場」はカットされていた。そのために『義経千本桜』の全体像、すなわち「忠信の話」「知盛の話」「権太の話」が有機的につながっていることが見えてこない。田舎の地芝居を見て育った私の祖母などは、これら三つの話は別々のものだと思っていたぐらいである。前回の台本が非常に整理されていて大変分かりやすかったと思う。
 さて、この「鳥居前」であるが、春猿さんがなんと言ってもいい。「艶っぽい」という言葉が似合うと思う。本人も言っているように静の「弱さ」が強調されていて、義経との別れというこの場面のテーマの一つがよく伝わってくる。
 右近さんの忠信は、溌剌としていて爽快な気分にさせてくれるのだが、「安心感」というものが感じられない。この場面、静の絶体絶命のところに忠信が駆けつけるのだが、忠信が助けに来たことで静が安心するように、観客もまた安心するのである。
猿之助の芝居を見に来た客が、文字通り猿之助に会えた安心感を覚えるのではないだろうか。もっともこれは「三役完演」を謳い文句にしているから思うことで、右近さんの芸に対する批判ではないことを明記しておく。

 『二幕目 渡海屋・奥座敷・大物浦の場』
 澤瀉屋の知盛は、以前から「三役の中では猿之助の芸風から遠く、一番課題が残る」と言われているのだが、私はそんなことはまったく思わず、むしろニンなのではと思うほど、毎度毎度感動しているのだが・・・。
 澤瀉屋の最近の芸談を読むと、「体力のセーブ」と言うことを盛んに書いている。今回この知盛の場面をみていて、この「体力のセーブ」のしわ寄せがここに来てしまっている気がした。時代物の大曲であるためか、どうも生彩を欠いているように見えた。もちろんいつもいつも「奮闘公演」を求めてしまう我々贔屓にも責任の一端があると思う。今後は「知盛」一幕だけをたっぷり、こってりと演じて欲しいと思うのは私だけではないだろう。
 と、ここまでの二幕でとても印象深かったのは、義経一行の駿河次郎役を演じる市川欣弥さんである。その表情、立ち居振る舞い、台詞廻しと言い、その全てがいかにもそれらしいのである。落ち延びていく武将の悲壮感のようなものがにじみ出ていて、とても感動した。脇をしっかりと固める大切な役者さんである。
 
 『三幕目 道行初音旅』
 1968(昭和43)年3月の国立劇場公演の際、澤瀉屋は扇雀時代の鴈治郎さんと出演する予定であった。しかし、今は亡き某忠信役者に「なんで俺のあとに、猿之助の忠信に出るのか」と一喝され、鴈治郎さんは役を降りざるを得なかったとか。そんな積年の思いがついに叶った、悲願の初共演である。異端児扱いされ、因習と闘い続け、それに勝利した澤瀉屋の歴史を目の当たりにしたと言っていいだろう。優雅で華やかな中に澤瀉屋の不屈の精神を感じた。
 印象に残ったのは、鴈治郎さんの静の出である。その花道を行く姿が、満開の桜の吉野の山中を、ゆったりととても楽しそうに散歩しているようで、鴈治郎さんの持つ芸の力を感じた。悲壮感が漂う義経と静のストーリーは、こういった華やかな場面があるからこそ際立つのであろう。

 ところで、鴈治郎さんと欣弥さんに「いかにもそれらしい」という言葉を使ってきたが、私は歌舞伎や映画などにいつもこの「いかにも〜らしい」というのを、演出なり演技の中に見出そうとしている。例えば女形というのは、それが現実にはあり得ないのだが、全てが理想上の美だから「いかにも女らしく美しく見える」のである。
また小津映画に登場する父親像について、よく「日本の父親」などと父親の典型だと言われるが、笠智衆さんの演じる父親なんているはずがない。しかしみんながその姿に父親の理想像を見出すため、つい現実のものだという錯覚が起こるのである。
私は、歌舞伎や映画などの創造上にだけ許されるこの「錯覚」を求めてやまないのである。

 『四幕目 椎の木・小金吾討死の場』
 ここでは門之助さんの小金吾と笑三郎さんの小せんが、どうもしっくりとこなかった。
 「椎の木」の最後、三人が花道を引っ込むところで、長く引きずる小せんの裾をみて、権太が「おう、おっかぁ。ベラシャラベラシャラと引きずっていねえで 尻をはしょって行け」と言って戯れを見せる。ここは大和ののどかな下市村で、裾を引きずっているのが滑稽だから面白いのだが、笑三郎さんは上品すぎるのか、それがはまってしまっているのである。前回門之助さんが演じたときは、見事に周囲の景色に不釣り合いでとても面白かった。
 「小金吾討死」は門之助さんの小金吾が、どうもおっとりしすぎていて切迫感が感じられなかった。前回の右近さんは焦燥感のようなものも感じられ、また型も見事に極まり、とても印象深かった。

 『五幕目 鮨屋の場』
 印象としては、鴈治郎さんの弥助はこってりとした上方風で良かったのだが、澤瀉屋の権太の江戸前には少々合わないのではと感じた。あのふくよかなお顔が、弥助の時はいいのだが、維盛になるとどうも悲哀が感じられなくて、品格は申し分ないのだが・・・。澤瀉屋の権太には芝翫さんの弥助が最もしっくりくるのかもしれない。以上、これは澤瀉屋もよく口にする「好きずきの問題」なのでどうかご容赦を・・・。
 さて、以前「権太のエロティシズム」について書いた評論家いるらしいのだが、今回初めて1階7列目というベスト・ポジションで観劇して、この気持ちが分かった気がする。あの権太の扮装からチラチラと太股が見えたり、ふんどしが見え隠れするのは、澤瀉屋の発するフェロモンも手伝って、確かにセクシーでありエロスが潜んでいる気がする。それは、われわれ男性が地下鉄や歩道橋の階段を上るときに、先を行く女性のスカートをじっと見つめて「パンチラ」を期待するのと同じなのであろう。

 『大詰 河連法眼館の場』
 ここでも以前に比べると、「体力のセーブ」が気にならないわけではないが、やはり澤瀉屋の忠信と源九郎狐は至芸の域に到達していると思う。宙乗りの直前の「はやおさらば」は、狐の親子の情愛に涙すると同時に、10時間近くも演劇空間を共有してきた私たち観客へのお別れであり、とても寂しさを感じる。
 印象に残ったのは義経を演じる歌六さんであった。あまりにはまっていたのだが、本興行では初役とのこと。その気品ときたら相当なものであった。「これを汝に得さするぞよ」と言って、源九郎狐に初音の鼓を渡す姿は、文字通りの御大将であり、格の大きさを感じた。
 さてそこで思い出されるのは、今年7月の歌舞伎座。宗十郎さんがこの義経を演じていたのだが、ずいぶんお痩せになり、またお体の調子も芳しくないようで、正直なところ痛々しいという印象を受けた。しかし、義経が舞台に登場し一斉に「紀伊国屋」を声が掛かった瞬間、宗十郎さんは、なんというかとっても清々しい、本当にいい顔をされたのである。ご本人が「今は歌舞伎が自分の命みたいなもの」と言うように、まさに役者が舞台に掛ける執念を感じた瞬間であった。

 今回の通し上演も「四の切」で終わりで、私の大好きな「花矢倉」は1996(平成8)年12月以来掛かっていない。この「花矢倉」はかつて一度も上演されなかったものを、原作を大幅にアレンジして復活された、素晴らしい場だと思う。豪華な大道具、めくるめく立ち回り、ふりしきる桜等々ヴィジュアル的な美しさもさることながら、何と言ってもドラマの展開上の謎に解決が施され、話が完結する壮大なエピローグなのである。敵味方、ゆかりの人々が居並び、双方引張りの見得で見せる大団円。それぞれが宿命を背負って別々の道に旅立っていく姿を非常に象徴的に見せている。ここには滅びゆく「美」があり、また人々が離散していく戦争の虚しさや無常観、さらには江戸歌舞伎特有のいい加減な歴史解釈やご都合主義、そんな相反するあらゆるものが詰まった、これぞ「江戸歌舞伎」と思うのだが・・・。


 2000年10月 1日/熾絵 
千本桜、初めての通し観劇

初めての義経千本桜の通し狂言、しかも千穐楽の舞台を見た翌日、そのまた翌日も、目の前を桜が舞い、狐がフワフワ飛んでいる心地でうきうき、ほわほわと過ごしました。
一言で言うと<通し狂言で見る>面白さを堪能しました。
絵巻物みたいに綺麗だったり、細やかな人情劇だったり、幻想的だったり、大胆だったり繊細だったり、場面、場面に色んな色彩を感じたり、静と動のバランスも見事で、色んなものが緩急自在にあれもこれもと詰め込まれてるのに全体を見終わった後は全部がしっとりと纏まって感じるのは、全体に織り込まれた無常観、滅ぶ平家と勝利も空しく落ち行く義経一行の悲哀を縦糸に、たまゆら熱く燃える心模様が織り込まれたタペストリーだからでしょうか?。
とにかく何処も彼処も誰も彼も見所ばかりで一度や二度の観劇では、味わい尽くせなかったという印象です。

それに猿之助さんの演じる知盛、権太、忠信それぞれの人物を通して一人の役者が3役を演ずる趣しろさというのも凄く良く判って、先日の北前さまの書き込みにあった「歌舞伎は役者で見る芝居」という意味が実感として解る気がしました。

知盛の猿之助さん、隈取した顔が悲愴的で綺麗で色っぽかった。
隈取がこんなに綺麗だと感じたのは初めてです。
知盛が錨を担ぎ上げる時、思わず「そんな重たいもの持たないで!」とハラハラしてしまったのですが、知盛を心配したのか猿之助さんを心配したのか自分でも良く解りません。
「道行初音旅」の猿之助さんの忠信と鴈治郎さん静御前のふたり、桜霞みのように朧で、ふんわりとしていて幻想的でした。
この二人の踊ってる様子を見てると、共に義経を偲びながらも忠信が懸命に守っている相手に仄かに恋心めいた感情を抱いているのを感じるし、静御前もまた忠信に信頼と愛しさを感じている様に思えました。
こちらの、ちらちらっと見え隠れする狐の本性も可愛らしいけれど、スッキリとした雰囲気で清しく可愛い狐でした。
「四の切り」の狐忠信は、やっぱり可愛い。そして凄い。
芸の力だけでは作り出せない、天が与えた役の様に思えました。
最後の宙乗り「ああ総てがここに向かって、この瞬間に向かって動き集約されるためのお芝居だったんだ」と思いました。
そう思うと嬉しくて涙が出ました。

カーテンコールの詳細は皆さんが書き込まれているので省きますが、笑三郎さんと歌六さんのご挨拶に続いて、そして鼓を小脇にした猿之助さんの登場は、なんと言ったらいいのか言葉に尽くせません。
バレエダンサーの優雅なお辞儀でも、あんなに優雅じゃ有りません。
手を広げる仕草、お辞儀をされる仕草、何から何まで明るく美しく煌煌と輝き、圧倒的な存在感で舞台を満してました。
猿之助さんお一人で舞台一杯役者が揃ってるよりも見栄えがしました。
そして最後の最後の狐手のさよなら・・・。
可愛いらしいことといったら・・・泣けてくる。


 2000年9月30日/三楽亭 
通し狂言「義経千本桜」寸評

 極めつけ澤瀉屋の「千本桜」まずは千秋楽おめでとうございます。
22日に通しで観劇してまいりました。場内昼夜とも大入りで大慶至極であります。松竹座開場以来,初の「古典歌舞伎」をひっさげての興行ですな。

猿之助丈の3役,まずは知盛。あの渡海屋銀平の身形,ぴたりとはまります。「幽霊」の件でのこれまでよりもずいぶん押さえた感じで,「チロチロ燃える青白い執念」の中に「諦観」のようなものが感じられました。「大物浦」ではすさまじいばかりの怨念に,安徳帝の言葉を聞いての三悪道の述懐,そして「昨日の敵は今日の味方あらうれしや」の笑いに,一軍の大将の悲しさがにじみました。
いがみの権太,「椎の木」の軽妙さはならではといったところ。ただ,江戸型だけにこの場ともすれば大和やなしに上州かどこかに思えてしまう。
もっともこれは好みの問題。つづく「すし屋」は芝居のおもしろさ堪能。
丈のもつ丸本味が江戸風のすっきりした部分ととけあって,上方式の「すし屋」とはまた別種の丈ならではのものになってました。たっぷり芝居をしつつ,戻りのせりふに世の無常と因果を思わせられました。
さて狐忠信です。今回,あくまで私見ですが,「通し狂言」のなかの「四ノ切」ということで芝居は「すし屋」で堪能して,「四ノ切」はけれんのもつおもしろさを味わっていただく,というような気がしました。場内熱狂のうち宙乗りでの引っ込み。鳥屋から散る花吹雪,7月歌舞伎座もそうでしたが,実にええ工夫ですね。
 この大物狂言,鴈治郎・坂東吉弥の巧者を客演に招き,あとは一座のみで出せるというのもたいしたものです。中でも笑三郎の小せんの世話女房ぶり(前身は廓の女の色気あり)と門之助の小金吾の悲壮に点が入りました。

次回は2月に松竹座へ出演とか。何を持ってきはるんでしょうかね。
丈独自の色が鮮明にでる「通し狂言」を是非!とこれは勝手な希望であります。


2000年9月30日/北前 
はや初日とは !

昨日、職場の窓から見上げた大阪の空はスッキリ晴れわたった秋空でした。
でも私はそんな高い空を見上げても、寂しくて、切なくて…。
そして今日は秋めいた雨が降ったり止んだりの、やっぱり何だか寂しげな一日。
ああ…ァ、もう、あの舞台は終わってしまったんですねェ…。猿之助さんはじめ役者さんたちやスタッフの方々など、みなさん跡形もなく帰ってしまわれたんですねェ…。大阪の空気がうすくなった感じがするって、実感です。
一つの舞台が終わり、潮が引くようにみんないなくなってしまった後の、このなんとも言えない寂しさ、虚脱感。これまでも数えきれないほど経験してきた感覚なのに、今度ばかりは本当にちょっと参っています。そりゃああれだけ溺れまくり通いまくれば ( ファン歴十七年の中での新記録樹立 !! ) その反動も大きくて当たり前なんだけど。

なんて感じで、ファンはまだまだ舞台の余韻に酔いしれていて、いまだ地上30センチあたりをフワフワ歩いている状態だというのに、明日にはもう十月歌舞伎座の舞台があく !!! 
はァ…信じられない。まだ千秋楽からわずか五日しか経ってないんですよ。
本当にな、な、なんと言う世界なんでしょう。
あの壮絶な舞台を勤め上げた疲れを癒す間もなく、即、猛烈な舞台稽古に突入し、はや初日を迎えようとしていらっしゃる猿之助さん、そして役者さんたち。あァ、ホントに…胸が、痛い。

明日、初日の舞台をご覧になる幸せな皆さん、初日の様子、舞台の様子、ご報告くださいませ〜。九月はとにかく回りに迷惑かけまくったこともあって、やっぱりちょっとほとぼりの冷めた頃じゃないと遠征は難しいんですよね。そんなファンにとっては湯気の立ったような皆さんからの書き込みが何よりの贈り物、ご馳走なんですから。

とはいいながら、『義経千本桜』の感想もまだまだ募集しています。
興奮の波が少しずつ引いてようやく書けそう…なんて方も多いと思うんですよね。いまの時点で≪お便りページ≫に掲載した『義経千本桜』の感想は四十を越えました。
ここは≪熱狂的な猿之助ファンのページ≫である公言しているわけだから、どうぞ心置きなく、メロメロぶり丸出しの感想をお書きください。でもまたファンだからこそ ? ? と感じたり、こうならもっとよかったんじゃあ…なんて思うこともあるわけで、そういうことも率直に書いて下さるとなお嬉しいと思っています。但しそんな時は“愛の裏打ちがある表現”でね。
2000年9月28日/Mihoko 
「義経千本桜」

無事千秋楽を迎えて、演者も観客の皆様も本当にお疲れ様でした。
暑かった9月でしたが、心の中も熱く、「千本桜」と共に残暑は行ってしまいました。
松竹座の舞台に夢中になって、終わってしまってふと気がついたら秋風が立っていたというちょっぴり物寂しいこの頃です。

何を観ても初めてで、いつもこの舞台が今までの中で一番、と思ってきましたが、「義経千本桜」はずっと観たいと思っていた演目だけに本当に心に残るものでした。
猿之助さんの三役完演、それもひとつの物語の中での何役かというのでなく、オムニバス仕立てのそれぞれ独立した話でのまったく違うお役、というのがたっぷりお芝居を観せていただいた満足感につながっています。

華月さんが書かれていたように、私も「千本桜」を観ながら「新・三国志」を思い出していました。
数多の英雄が次々死んでいっても悠久の時は人間の業などとは無関係に流れて、一瞬空しさに包まれそうになるけれど、どの時代でもどの国の人間にでも通じる“愛”に裏打ちされているからこそ、新しい「新・三国志」も古い「千本桜」も観ている人に受け入れられるのではないでしょうか。

ところで、この前、24日の猿之助さんは千秋楽モードなんて書きましたが、楽日の皆さんの感想を読んでいて、そう言えばあの日も客席はのっていたことを思い出しました。
日曜日ということもあってかいろんな方が見えていましたが、ちょうど私達の前に座った金髪でライオンのたてがみのような頭をした青年が、「椎の木」が始まるなり『笑三郎!!』と大向こうを掛けたのにはびっくり!
他にも『澤瀉屋!』『三代目!』『成駒屋!』『大和屋!』それにそれぞれご贔屓の役者さんの名前があちこちで飛び交ってとっても賑やかでした。
斜め前に座っていた若い女性は最初から最後まで今にも嗚咽を漏らさんばかりに泣いていらしたし、隣のおじ様はそのまた隣の奥様に歴史の講釈をされてるし(ちょっと困りましたけど。)とにかく皆さん観る気満々でしたもの。
きっとそれを受けて猿之助さんも応えてくださったんでしょうね。
いい舞台でしたよ。

そうそう、終演後源九郎狐が去ったあたりを放心した心でぼんやり見つめていたら、せっせと桜の花びらを掻き集めてる杏ッこさんを見〜つけ。(~o~)

忙しかったけれど充実した2000年9月を送ることができた事を数々の場面と共にしっかり胸に刻んで、10月、また新しい(私にとっては)猿之助さんに出会います。
猿之助さんを観るようになってちょうど一年です。
去年の今頃は初歌舞伎の「新・三国志」を前に北前さんにしょうもない事を聞いていたんですよね。
北前さん、一年でこんなに傾いてしまいましたよ〜。
それに私の周りに傾き始めた人が何人か出てきました。
2000年9月28日/斎藤 健 
前略、ご無沙汰しています。九月十九日に観て参りました。

さて、『義経千本桜』通しは、猿之助丈率いる猿之助一座に、鴈治郎丈という座頭役者( 猿之助丈を書き出しに廻して、自らが座頭となっていてもおかしくない ) が≪客分≫に徹して、昼夜にわたり猿之助丈の三役で相手役を勤められたこともあって、予想や期待を随分と上まわる見応え・厚みのある大舞台でした。
顔見世などでの、大顔合せとはいえ、見取り狂言をただ並べたようなのとは一味も幾味も違っていました。
鴈治郎丈の三役の中では、静や典侍局はもちろんですが、弥助が意外といえば意外、当然といえば当然のはまり役となっていました。
また『道行初音旅』などは正に“東”と“西”で二千両 !! でした。
このような舞台を観られた幸いを思いますとともに、今後もこのような舞台の実現の多きことを願って止みません。
以上、乱筆乱文にて失礼いたしました。
2000年9月28日/猿華 
涙涙の楽でした。

ついに迎えてしまった千秋楽。最後の昼夜観劇となりました。
色々皆さんのご感想を見つつ、言葉足らずになるのが口惜しいのですが…。

毎週通った中で楽が一番泣けました。猿様にも他のご一門の皆様にも泣かされました…。

鳥居前 義経と静の別れの時、義経のなんとも切なそうな目…。(TT)
渡海屋 丹蔵が知盛の負けを伝える時の嘆き悲しむ典侍の局と女官
    (とくに段之丈。ずっと目頭おさえてはるんですよ。)
    を見て…。(TT)
    そして丹蔵入水…。番付けには悲劇の役はうんぬんと書かれてましたけど
    知盛が敗れたことを伝えなければならない悲しさ、無念、悔しさ…。
    先に入水したであろう五郎をも思い、(TT)(TT)
    知盛の最後は言わずもがな…。(TT)(TT)(TT)
    知盛も追われる身であったけど、安徳天皇を連れ落ち延びていく
    義経もまた追われる身なのよね…。
    そして弁慶の吹くほら貝の音に、(TT)
道 行 お二人の美しさに♪(TT)

椎の木 お茶屋の中で、前列上手でなければ見ることのできない
    (権太が小金吾とやりあってるので目はそちらへ行くんですが)
    小せんの本当に悲しそうな姿。(TT)
小金吾討死 内侍と六代との別れ…。小金吾ぉ〜。(TT)(TT)
すし屋 (小せんがうれしそうに権太と善太郎と家に帰ってくのを見た後だけに)
    身代わりとなって行く時。善太郎を体で促す時はもう…
    (TT)(TT)(TT)
    権太の告白の場では(なんでだよ〜なんでだよ〜)と。(TT)
四の切 すでに泣きつかれてるのに止まらない涙。
    「静様、ご推量なされて、くださりませ〜」
    よしよし、そんなに泣かないで。よくわかったから〜と…。
    (TT)(TT)
    子狐の初音の鼓をもらって喜ぶ「はぁ〜♪」に
    なんだかこれまでの悲劇をすべて救われたように思う。
    そしてまた…。(TT)(TT)(TT)

古典歌舞伎を見てこんなに涙したことはございません。それだけお芝居に入り込んで観ていたという事でしょうか。猿様の気ににあてられてしまったという事でしょうか。

最後の最後、2度目のカーテンコール後、舞台袖に入れる猿様…。そのまま真直ぐに入られるかと思いきや、ちょっと後戻りして客席を覗くようにしての狐手での「バイバイ〜」。

数々の場面が浮かんでは消え、消えては浮かび…。の奥底がまだまだジーンとしてます。


2000年9月27日/康子.S 
はぁ〜嬉しやなぁ〜

おくればせですが、千秋楽のカキコミです。
大感動の千秋楽でした。
私もやっと今日ぐらいから社会復帰できそうです。といいながら仕事中にコソコソとカキコミしているんですけど。

楽日の松竹座は観客も猿之助さんもいつにも増して気合いが入ってました。
そして源九郎狐が宙に上がったと同時におきた2拍子の拍手。
2拍子にあわせ猿之助さんが宙に舞う。あの感動はとても言葉では言い表せません。
鳥屋に入った後も拍手はいっそう大きくなるばかり。
誰も劇場から帰りたくない、この感動よ続けと言わんばかりの拍手。
その観客の気持ちに2度も応えていただき、またその源九郎狐の可愛いこと!!

北前編集長のカキコミを読むと、歌舞伎で2拍子なんてとか、歌舞伎でカーテンコールなんてとか、いろいろ堅苦しくいう方もいるらしいです。
でも、私はあの感動を体験できて本当に嬉しいです。あの場にいられたことが本当に幸せでした。
「猿之助さん1ヶ月ありがとう」「感動の舞台をありがとう」「お疲れさま」そんな気持ちの入りまじった自然な喜び、自然な2拍子でした。

1ヶ月にわたる感動の舞台、本当にありがとうございました。


2000年9月27日/エミー 
古書店でびっくり!

皆さんの書き込みを読んで熱い熱い千秋楽のようすが手にとるように伝わってきました。沸騰点こえてますね。凄い!
そして、このような情熱とパワーと優しさをもった皆さんが集う翔に出会えたおかげで、私も大阪に行けたことを深く感謝しています。北前様、皆様、ありがとうございました。今度は千秋楽にも行きたいな。

さて私は今回は1度だけの観劇ですが、以来、上の空状態が続き、通勤電車の中で突然に涙目になる、買い物をして買った商品を受け取らず帰ろうとする、銀行に通帳を置き忘れてくる、などの症状を呈している私です。

昨日は、帰宅途中で、「演劇界」のバックナンバーを求めて神保町の古書店に立ち寄りました。先回来た時にはなかった「猿之助修羅舞台」がありましたが、値段が何と原定価の2倍以上!
「猿之助関係の本はすぐ出てしまいましてね。これも今日入ったんですよ。この前「年鑑おもだか」も10冊ぐらいあったんですけどね、すぐに買われる方がみえました。」とは店のご主人のことば。
うーん、凄い! 


2000年9月26日/もんた 
ありがとう〜

松竹座の公演が始まったと思ったら昨日はもう千秋楽でした。
忙しく、楽しく9月は終わってしまいました。(もう、気持ちは10月〜)体力が要りました。
それにしても、昨日の松竹座は凄い〜生きていて良かった〜と思えるくらい皆の「気」が一つになって、今思い出しても溜め息がでます〜。
立ち上がって後ろの客席、2階そして3階席を見ると、皆立ち上がって、手拍子なんですもの。
周りの人達も知らない方達だったけれど、一緒に猿之助さんの名前を呼び合い、拍手をおくり、感激と感謝の気持ちを共感できました。
猿之助さんのカ-テンコ-ルでのお姿、目に焼き付いていて暫くは雲の上を歩いているような気分です。
ハ〜〜〜このまま抜け殻状態が続くのかな。


2000年9月26日/幸せごはん 
いくら賞賛しても、

...仕切れない。まだ言葉が足りない。。

今朝8時前には、なんとか家にたどり着きました。それからお風呂入ってご飯を食べて、出勤!。
...とはいえ、アタマのしんは、ボーっとしてるまんまだし、「具合悪そう」って言われるし、カフェイン採りっぱなし(で、保たせてるようなモン)なので、あとで胃が痛くなりそう^^;)。。

深夜バスの中、ウトウトと目を閉じれば、「四の切」ラスト、源九郎狐の、満面の笑顔が、フラッシュバックしてました。

宙乗りの最初、源九郎狐が、左右に鼓を振りながら、弾むようにスルスル上に、たか〜く昇って行く様子が、いつにも増して、スゴイ嬉しそうに見えました^-^)。
左手(ですよね?向かい側に見える気がするので)に鼓を持ち替え、両手を広げてユッサユッサと全身を揺らし、チャッチャと二拍子になった観客の熱い手拍子の大渦の中、さらなる喜びを表す姿、もう全てが源九郎狐の嬉しさと、猿之助さんの行とも云える9月公演の完演、昨夜で「四の切」の記念すべき宙乗り千回等々、(「歌舞伎界の金メダルっ!!!」っていう大向こうもかかった)本当に幸せそうな・ウレシしそうなご様子を見て、さまざまな思いがオーバーラップし、胸いっぱい・涙でいっぱいでした*^-^*)。

一介の観客に過ぎない私ですらそうなんですから、当のご本人はどのような思いが胸を去来されてたんでしょうね。

あと勝手な錯覚ですが^^;)、
鳥屋に引き込まれる直前まで、目がズーッと合ってるような気のする座席の位置で、ファンとしてホントに幸せでした。(おめでたいアタマに血の昇ったファンの戯言として、うっちゃっといてください・笑^^;)

松竹座は、ほんとに暖かかったです。
あのくらい規模だと観やすいし、また一体感が生まれやすい。
とっても好きな劇場です。

今日、出社したら、ネットも見られないくらい仕事や山積みだし、帰りは習い事あるのに宿題すらできてないけど^^;)、あんなスゴイ猿之助さんを見たら、どんなことだって出来そうな気がする。私も頑張ろう〜〜っと(^o^)//。

P.S.
カーテンコールの最後の最後、幕が下りた舞台につつつーっと出てきた源九郎狐が、ハズかしそうに手を振った姿の、なんて可愛らしかったことか。。う〜ん、とても●0歳とは思えない(*^-^*)。


2000年9月26日/ Ruby 
行って良かった!

少し前に大阪から帰ってきました。
今月はどうしようか迷っていたんだけど行って本当に良かった!あんな素晴らしい千秋楽の劇空間に身を置くことが出来て。
あの2拍子の大拍手の中を満面の笑みを浮かべて飛ぶ猿之助さんの狐忠信。忘れられません。
昨日の夜の部の大興奮のカーテンコールの模様は下の北前さんのご報告の通りですが昼の部も素晴らしかったです。

昼の席が前から3番目の花道横なので、どの役者さんも必ず私の為にと錯覚する位すぐ横でとまってくれる。
2幕目の傘をさして厚司を着た猿之助さんの渡海屋銀平がさっそうとあらわれて私の横でとまりセリフを言った時は、私に言っているんだと勝手に解釈して思わずじぃーっと見つめてしまいました。おそらくかなりの間抜け面で猿之助さんを見つめていたのでは。。。後から考えると恥ずかしい。
知盛になってからの白と銀色の衣装がすごく似合っていて、悲壮美と言うか壮絶な美しさがありました。
あと鴈治郎さんのお柳がいかにも上方の女房の風情があふれていて絶品です!あの銀平を自慢げに早口でしゃべるところなんかもう最高。

3幕目の道行の静御前もきれいで猿之助さんの忠信と並ぶと本当に女雛男雛と言う唄の文句にぴったりのお似合いの二人でした。もっと共演して欲しいな。

それから忘れてならないのは夜の部の「鮨屋」の場。
私は猿之助さんの悪役が大好きで、この権太も好きな役のひとつ。なんか悪い奴なんだけどどこか憎めなくて可愛いとこがあるのが好き。こんな息子に無心されたらだまされているとわかっていてもやっぱりお金を工面してあげてしまう寿猿さんの母親の気持ちわかりますわ。
この場は亀ちゃんのお里も可愛くておきゃんで本当にぴったりだし、鴈治郎さんの維盛も吉弥さんの弥左衛門もこれ以上考えられない位に適役だった。
そして善人に戻った権太の猿之助さんの顔を見ていたらなんか黒いすじのようなものが。。オペラグラスでよく見たら涙でした。ああやっぱり本当に泣いている!と思ったら思わずこちらももらい泣き。まわりの人もかなり泣いていました。

そして狐忠信は今更私がいうこともないくらい他の人の追随を許さないほどの絶品でした。なんか子狐が観る度に可愛くなっていく気がします。もうこれは金メダルの上を行くプラチナメダルです。
その1000回の記念すべき宙乗りに立ち会えたことを幸せに思います。
それにしても大阪の楽は燃えますね。千秋楽フリークになってしまった私。二月もやっぱり行かなきゃと思っております。なんか長々とまとまりのないことを書き連ねてしまいました。まだ昨日の余韻で頭が正常に働いておりませんのでご勘弁ください。


2000年9月26日/北前 
千秋楽報告で〜す。

完璧な腑抜け状態になっている千秋楽通し観劇組のみなさん、そして、思いを馳せながらも諸事情で( しかし何で千秋楽が、よりにもよって最も休みの取り難い月末の月曜なんでしょうかね ) 涙をのんだみなさん、こんにちは。
昨夜は劇場を出た後もみんな脈拍数200 ! って気分で別れがたく、12〜13名くらいはいたと思うのですが( それも定かじゃないほどの興奮ぶりだったってことで )そのままドドーッと近くの喫茶店になだれ込み、カンバン近くまで居座ってしまいました。とにかくそのまま帰って眠ってしまったら明日になっちゃうわけで、明日なんて来てほしくないって思いが取らせた行動とでもいおうか、帰宅したのはもう真夜中の12時をまわっていました。
それからすぐにカキコしようと思ったけど、何だかただただポカ〜ンとしている状態で、結局朝が明けてしまった…。来てほしくない朝って、すぐに明けるんですよね。

では舞台の感想は後ほどじっくり書くとして、取りあえず松竹座の千秋楽名物、熱狂のカーテンコールについて簡単にご報告します。

とにかく周りを見回せばいる、いる、お馴染みの顔、見知った顔。殆どは休みにくい月末の月曜にも敢然と休みを取って駆けつけた人たちなわけで、ファン度でいうなら特濃級。しかも通路という通路は補助席ビッシリ。売店もトイレも行くとこ行くとこ人があふれて行列だらけといった嬉しい有様。大向こうさんも空席が確保できないとかで、立ちっぱなしのお勤め、お疲れさまでした。
そんな客席を相手にあいた千秋楽の舞台ですもん、当然、めっちゃくちゃに熱かったです ! ! !

昼の部から夜の部へと一幕ごとにテンションは上がり続け、ついに大詰め『四の切』の開幕。この頃になると観客の多くは、いま目の前で演じられている宝石のような舞台への賞賛に加えて、一ヶ月にも亘った素晴らしい舞台への惜別の思いと、勤め上げて下さった役者さんたちへの感謝の思い等々が入り混じった感極まった気分になっていて、客席の空気はもうもう息苦しいほどの濃密さ。
「あ、これは、なるな、あの時の再来に…」って私は確信していましたね。
十年ばかり前の南座顔見世に初めて『四の切』が出た時、宙乗りで二拍子の大拍手がおきたことがありました。誰が仕掛けたのでもなく、本当に自然発生的に劇場中が二拍子の拍手で包まれた時のあの感動、あの興奮。( それに対しては、「歌舞伎の舞台であのような現象が起きるとは何と素晴らしいことではないか ! 」と書いた評論家がいたかと思えば、「顔見世の客席で二拍子をやられるとは。それまでの高揚気分が一気にしらけた」なんて、まるで何人かの熱狂的ファンがサクラでおこした現象のようなことを書いた相当濃い色眼鏡の先生もいたのですが ) 

そしてついにクライマックス、子狐の歓喜の飛翔の時が来て、割れんばかりの拍手の中、スルスルスルッと上がる源九郎狐。
「歌舞伎の金メダル、おめでとう ! ! 」 かぶさるようにかかった大向こうに客席もワッと沸き、そこここで立ち上がって拍手する人があらわれたと思った途端、アッという間に劇場中は二拍子の大拍手に包まれていました。
「1000回、おめでとう」だの「おもだかや」だの「三代目」「日本一」「大当たり」だの、大向こうも雨のように降り注ぎ、それらが一つになったもの凄さといったら、もうもう劇場全体が振動してんじゃないかと思うような大音響で、その中を飛ぶ子狐の ( いえ猿之助さんの ) 嬉しそうな顔、満面の笑み、満足げな表情…。 本当に美しくて最高に素敵でした。

やがて宙乗り最後のサクラ吹雪がひときわ派手に吹き出ると、「わぁー」という歓声もまたひときわ大きくて。もちろんそのまま続く歓声と二拍子。そしてそこからご想像通り一気に熱狂のカーテンコールへとなだれ込んで行きました。
スルスルっと定式幕があくと、まず笑三郎さんの静御前が登場。続いて歌六さんの義経登場。そして義経が上手に手を上げたところで上手より猿之助さんがいま飛び去って行った真っ白な子狐の衣装で登場。猿之助さん登場と同時にワァーと歓声が起き、客席はすでにほぼ半数がスタンディング。
それから上手、下手、花道、と挨拶、最後には正面に三人が並んで正座。本日はこれぎり〜〜、のポーズで深深と頭を下げたところで緞帳が降り、一回目のカーテンコールは幕。

でも終わらない二拍子。まだまだ続く大歓声。 けれどピタリと下りたまんま上がりそうもない緞帳。
長い間があって、もう駄目なのかな…って気がしだした頃、キャーッという歓声とともに猿之助さん下手側の袖から一人で登場。正面で両手を大きく高く広げたあと胸にあてるいつものポーズで何度も返礼。再び上手、下手、花外、そして二階、三階、最後に花道側と、全ての観客の歓喜の様を一人一人確認するように見回され、その都度そこかしこで上がる「キャ〜〜 ! ! ! 」「ヒィ〜〜 ! ! ! 」
さらに祈るような感謝のポーズが何度か繰り返され、その頃客席はもう殆ど全員が総立ちとなっていました。
そして最後、舞台の下手袖に一旦引っ込んだあと、すぐにちょこっと半身をのぞかせて狐手でバイバイ。その瞬間の猿之助さんのいたずらっ子みたいな、照れたような、なんとも言えないしぐさ、表情。 はぁ〜、もうもう素敵でしたァ〜〜。
というような感じで松竹座名物・熱狂のカーテンコールは終わりました。所要時間は約十分。

すぐ近くでやはりスックと立ち上がり熱狂的に拍手していた外人のカップル。目が合った瞬間、女性の方がワーッと手を出してきて、「素晴らしい !! 猿之助、絶対に忘れない !! 絶対に !!」なんて嬉しいことを言ってくれるじゃありませんか。嬉しさの余り、初対面もなんのその思わず肩を抱き合ってしまった私です。
素晴らしい舞台は言葉を超える、国境を越えるって本当だなァって実感。

以上簡単ですが千秋楽のカーテンコール報告でした。


2000年9月26日/春霞 
素晴らしい一ヶ月でした

とうとう松竹座での『義経千本桜』終わってしまいましたね。
私にとっては待ちに待った澤瀉屋さんの関西での古典歌舞伎だったのです。別にスーパー歌舞伎が嫌いと言うわけではないのですけど、一番初めに澤瀉屋さんの芝居を観たのが新歌舞伎座での千本桜(前回の95年の分です)でしたので、今月への思い入れは格別でした。

今月は私の一ヶ月一劇場の観劇記録を更新してしまうくらいにはまったのですが(自分でもここまで観るつもり無かった・・・) 本当に本当に素晴らしい一ヶ月でした。
澤瀉屋さんの古典初体験の父(ヤマトタケル&新・三国志は行きました) も初めは昼の部のみの予定が、二幕の途中から既に「夜も観よう!」って。 すっかりはまってしまって娘としては「しめしめ」でした。

文才がないので思いつくまま取り留めもなく書いてしまうのですが・・・・
序幕から段治郎さんと春猿さんの美しい姿に引き込まれました。
渡海屋では壮絶な知盛の姿が目に焼き付いています。
また、四天王をされていた延夫さん、欣弥さん、笑太郎さん、猿四郎さんと知盛の立ち回りには・・・・私が普段観慣れない為でしょうか? トンボをきったりする立ち回りとはまた一風違ったものを・・・上手く表現できないのですが「重み」の様なものを感じました。 また一昨年は『ヤマトタケル』で可愛らしいワカタケルの姿を見せてくれた洋子ちゃんも少しお姉さんになって安徳帝として活躍されてました。

道行では絵物語のようなお二人の美しい光景が観られました。
本当に思わず溜息が出てしまいました。なんと美しい!

そして昼の部ではどの場面でも一瞬ホッと出来る瞬間を演じておられた寿猿さん、右近さん、猿弥さん、段四郎さん。大いに笑わせていただきました。

夜の部に入って椎の木の場面では写真で何度もみて是非実際に観たいと思い続けていた小金吾の立ち回りが観られました。感動!
冷たさが見え隠れして「高貴」な感じが出ていた笑也さん。 初役だなんて信じられないくらいにまさにはまり役だった笑三郎さん。 悲壮さに思わず目頭を熱くしながら観てしまった門之助さん。 皆さんとってもよかったです。

それから、昼の部からずっといろんな立ち回りの場面が出てきていましたが、澤瀉屋一門に混じって関西の若手の役者さんもすごく活躍されていました。
今月は猿之助さん&鴈治郎さんの顔合わせと言うのと同時に、普段上方の歌舞伎を観ている私のようなものにとっては、関西の若手の皆さんと猿之助一門の若手の皆さんの競演も滅多に観られないとても嬉しいものでした。

鮨屋は大好きな演目の一つなのですが、これまでは上方系のモノしか観たこと無かったのです。やっぱり初めはあまりのギャップにかなり苦しんでしまいましたが、鴈治郎さんのはんなりとした惟盛に、今まで観た中で一番はまり役だ〜って思った亀治郎さんのお里、江戸前のべらんめえ調の権太、そして特筆すべきは坂東吉弥さん!いつの間にか不思議と違和感を忘れて芝居に引き込まれていきました。

四の切は昼では凛々しい亀井役だったはず(笑)の延夫さんが、しっとりとした奥方に・・・出番は短かったですが驚きでした。
同じ意味では寿猿さんも!芸幅が広いですよね・・・すごい!

歌六さんの義経と静、狐忠信と初音の鼓、義経と頼朝。いろんな情が表現されていて考えさせられる一幕でした。
そして息もつかせない猿之助さんの狐忠信&忠信の早変わり。
文句無く楽しむことが出来ました。
後見や吹き替え、そして裏で拵えや着替えをされていた方々。舞台には観えませんがきっと沢山の方が活躍されていたことでしょうね。そう思いながら観ているとより一層胸に来るモノがありました。

取り留めもなく書いてしまいました。ごめんなさい。でももっと書きたい役者さん沢山います。本当に全部の方のお名前を挙げたいのですが・・・上手くまとめる力が。。。無い。

猿之助さん、澤瀉屋の皆さん、鴈治郎さんはじめ上方の役者さん。本当に一ヶ月楽しい舞台をありがとうございました。
沢山パワーをもらった気がします。
来月は歌舞伎座遠征するのですけど・・・、2月は松竹座でまたお待ちしております!


2000年9月25日/華月 
観劇してきました

先日23日(土)にお昼の部・夜の部を通しで観劇しました。
分かるかな ? 身分不相応ではないかな ? なんて不安を抱えての古典歌舞伎初体験でしたが、とても素敵な時間を過ごしました。特に夜の部など、はじめの頃の権太に向かって文句を(心の中で)言ってしまうほど入り込んでいましたから。

幕が開いた瞬間、わ〜明るいと思いました。一幕目の鳥居と垣根、それと追っ手の人々の着物の裾から足の赤い色がとっても鮮やかと思いました。
それから、三味線の音がこんなにキレイだと言う事も知りました。
静御前はか弱い感じと、でも義経に付いて行きたい気持ちを想像してしまいました。
狐の忠信には、動きの一つ一つに目が釘付けでした。

こんな見方をするのは失礼になるのかどうかわからないけれど新・三国志の役者さんと思うだけで、なんだかすごく安心して、すーっとお芝居の中に入ってゆけた気がします。それは、二幕目に猿之助さんが登場された時にもっと思いました。

私は、関羽が張飛の戦死の知らせを聞いて悲しみの声を絞り出すシーンがとても心に残っています。あの、どこまでも続き、遠く離れてしまった張飛にまでも届くかと思われる声。
知盛がひん死の体でも、源氏に対する恨みをまだ捨て切れずにいる場面で、私、これを観たかったんだわ!と思いました。一族を滅亡に追いやった憎い源氏。すごい悔しかっただろうと思います。
その気持ちが直球で私の胸に突き刺さりました。
うまく言えませんが、もちろん関羽のシーンと知盛のシーンは訴えたいことが違うとは思うけど、でもどちらもこの方がくださるもの。同じ感動。
だから知盛が最後には義経にすべてを任せる気持ちになれたのはホットしました。恨みを持ったまま死んだらダメですよネ。
その次にくるいかりの場面では、両手グーの状態で、息も止めてしまっていました。

三幕目はがらっとかわってほのぼのしてしまいました。
いつもは静御前は義経のことが、狐の忠信はあの鼓が気になる。でも今は少し気分転換なのかな?
こんな時間がいつもあれば素直になるのは簡単なのにと思いながら、私も素直な気分になっていました。
義太夫さん方の桜のかみしもに感動しました。チョウチョに戯れるシーンも可愛かったです。

すごく長くなってしまってすみません。まだまだ聞いて頂きたいこといっぱいあるのに…。
夜の部また書かせてください。


2000年9月25日/nontan 
お疲れ様でした!

みなさん、今日はお疲れ様でした!といってもきっとまだ家にもたどり着いていないと思いますが…。

今回の公演はいろいろな席で観ることができてよかったです。花道真横とか前から3列目とか、いろいろな角度から舞台を観てみるとその印象が微妙に変わりとても興味深かったです。

今日の夜の部のお席は舞台中央で、花道を通る笑也さんはちょっと遠めでしたが(贅沢言ってはいけませんが、花道側の人がうらやましかったり。ファンって貪欲ですよね)、前回観れなかった微妙な表情とかが手に取るようにみえて、感激しました。笑也さんって、きれいだけでない守ってあげたくなる雰囲気をホント持ってる役者さんやなーと思いました。それだけに苦労することもあるんでしょうけれど。
ちょっとしたしぐさが一つ一つ目に焼き付いています。

昼の部のお席は花道やスッポンでの見得など、とっても角度がよくていいお席だなあとつくづく思いながら観ました。

今回は春猿さん、笑三郎さん、雁治郎さんが静御前をされましたが、春猿さんの静御前はか弱くて儚い感じが出ていた感じがしました。私の中では雁治郎さんの静御前がなぜか一番しっくりきました。
笑三郎さんは、私的には小せんの方がぴったりきました。静御前の年齢は何歳なのかわからないのですが、雁治郎さんのほうが笑三郎さんよりずっとずっと年上なのにあんなに若やいで見えるなんて驚きです。 それがベテランの芸というものなのか、単なる私の好みなのか…。
一度笑也さんの静御前が観てみたいです。

前回は、イヤホンガイドを借りずに観たので、昼の部の道行のところの踊りの部分が「ああきれいな。本当に猿之助さんって踊りがお上手で、貴公子だわ」とか「雁治郎さんもきれいだわ」などということしか思わなかったんですが、今日はイヤホンガイドを昼の部だけ借りて、幕間に聞いて舞台を見、舞踊のところはイヤホンガイドを聞きながら観ました。

茄子紺のお着物がとってもよく似合って、なんて凛々しいんだろう ! と思いながら観ました。あの色目、大好きです。初心者は細かな踊りの表現など知る由もないので、イヤホンガイドのお陰で、こういうことを表現しているのかと感心してばかり。
それでもやはり2回目になると、吉野の桜を愛でるその視線の向こうにある景色を想像し、美しい桜を見ながら愛する人を思う静御前の気持ちが目線一つでわかる気がして、とっても道行が気に入りました。

猿之助丈の狐忠信はもう、狐になってしまっていますよね。思わずあふれ出てしまう気持ちが胸に迫るほどわかり、凄いなあ ! ! の一言でしか言い表わせない自分がちょっと情けないです。
いったいこの役を誰があとやっていくのだろうと思いますが・・。

最後、宙乗りの時の手拍子といい楽日にふさわしく役者さんと一体になれたかしらと思いました。
二回目のスタンディングオベーションは1階、2階、3階とほとんど総立ちで ! ヤッターって気分でした。
こういうのって妙なことに、客席を盛り上げて一ケ月間も楽しませてもらった感謝の気持を伝えなきゃあ、というような勝手な責任感がわいてくるものですね。最初私の前の方が立とうとしないので、「うそやろー。」思わず「みんな立って!立って有難うってあらわして ! 」と言いそうになりました。

初めて千秋楽名物の大カーテンコールを体験した知人たちも「すごい興奮したわ〜 ! 」と帰りの電車で言ってました。
興奮した、感動した、そんな気持ちをやっぱりリアルタイムで役者さんに返すことって最高に素敵なことですもの。

歌舞伎の世界にはまっていくのも、その世界のすごさ、奥深さに引きずられていってることもありますが、そんなお仲間の中にいることがさらに掻き立てていっているような気がします。

やっぱり人間って、人間の繋がりってすばらしいということでしょうか。


2000年9月24日/美香子.N 
歌舞伎初体験                     
                              
 私は今まで歌舞伎の事を全くといっていいほど理解していませんでした。そして今回、ゼミのレポート提出という課題があった為に歌舞伎を見ることとなりました。
いつも授業でやっている参会名護屋の話しか知らなかった私にとって、義経千本桜ってなんだろうという程度でした。しかも歌舞伎観覧といえば、とても私みたいな大学生がふらっと見に行けないような敷居の高さのイメージがあったので、浮かないか不安もありました。
その時、ちょうどテレビで猿之助さんのギネスのニュースをやっているのを見かけ、え、これが歌舞伎??と驚きました。そして何の知識も持たないまま、歌舞伎初体験の日になり、私は大阪松竹座に行くことになりました。
まず、初めてなものでチケットのこともわからず、あんなに上演時間が長いのも全然知らなかったのでかなり驚きました。こんなに長い時間ずっと座ってみることが出来るのだろうかと不安はあったのですが、それが不思議なことに歌舞伎上演中はあっという間に時間が過ぎていきました。

私が見た夜の部は四幕、五幕、最終幕だったのですが、特に引き込まれたのはやはり狐忠信が出てくる最終幕でした。いがみの権太をやっていた人が、狐だと気づくのにかなり時間がかかるほど、猿之助さんは見事な変身ぶりでした。
その変身のシーンでは、本当にびっくりしました。何が起こるか全く予想もつかなかったので、真っ白の狐が出てきたときは、何事?誰?としばらく放心してしまいました。
忘れてはならないのは宙乗りです。私は三階席だったので、横の黒いボックスでごそごそしている音が終了間近に聞こえ始め、もうすぐだとウキウキしながら見ていました。
そしてとうとう、狐忠信が宙を舞います。ずっと遠かった猿之助さんがゆっくりじっくりとこちらに向かってきます。三階席からではわからなかった猿之助さんの表情がよく見えました。猿之助さんは客席にいる一人一人をじっくり見ているかのように顔を見渡しうなずきながら舞っています。まさしく"舞う"という表現がピッタリだと思いました。私はしばらく放心した後、猿之助さんに向かって拍手を送りつづけました。
感動が胸に広がる様子は自分でもわかりました。これが、みんなをひきつける歌舞伎なのだ、猿之助さんなのだと理解できました。演目が終わっても、あまりの衝撃にしばらくは席を立つことができませんでした。それは初めて、何か新しい世界を知ったような衝撃でした。

世の中には知らないことなどたくさんあるけれど、今回、私はゼミの課題というきっかけで歌舞伎観覧し、猿之助さんという偉大な歌舞伎役者に出会えたことは絶対に知っておいてよかったと思うし、初めて見た歌舞伎が猿之助さんの歴史的な宙乗りを含む舞台でよかったです。
これを機会に私はケレンや義経千本桜の脚本、猿之助さんのことについて色々な本を読み、新しい世界は確実に拡がりつつあります。実際、当初不安だった敷居の高さなどは全然感じなかったので、これを機に自発的にたくさん歌舞伎を見に行きたいと思っています。


2000年9月23・24日/Mihoko 
続・感激記

昼の部の感想のみで後を放り出していたのでそろそろ・・・

 「椎の木」
若葉の内侍、六代君、小金吾、権太、小せん、善太郎と「小金吾討死」「鮨屋」につながる登場人物が揃って、権太のあこぎ振りが印象付けられる場面。
ほんとに小ずるい奴やなぁと感心してしまいます。
小金吾の構える刀から飛び退ったりして、小心振りも出てますよね。
そうかと思うと善太郎には優しいところなど、猿之助さんの自由自在な人物造形には、いつもの事ながら我を忘れて舞台に吸い寄せられてしまいます。

 「小金吾討死」
門之助さんが美しかったなあ。
立ち回りの美しさ、あれがどんたっぽって言うんですか?
堪能しました。
縄に絡め取られる場面も計算され尽くした美しさですね。
「吉野山」とともに、歌舞伎って本当に綺麗だなあと思える一幕でした。
「椎の木」から通して笑也さんの存在感が薄いのが気になりました。

 「鮨屋」
もう、もう悪たれの権太!
それに引き換えお里がとっても可愛くて、弥助といちゃいちゃしてるところなんかこちらもニコニコしてしまいます。亀チャン生き生きしていてとっても良いですね。
「あにさん。ビビビビ、ビ〜!」なんて可愛過ぎますう。(~_~;)  夫婦事の練習なんて、雁治郎さんまで一緒になって面白かったです。
ただこの場面の権太のもどりっていうのが私にはいまいち理解できなくて、最後の感動が薄いんですよねぇ。
権太が本当に憎らしかっただけに、いつの間にそんなに善人になってたの?と狐につままれたような思いがしてしまうんです。
でも、双眼鏡で見ると本当に猿之助さんの目が濡れてる!なのに泣きっぽいこの私がどうしてかこの場面では泣けない!!と、つらいです。

 「四の切」
拙い私の言葉で何をか言わんや、です。
何から何まで素晴らしくて、1000回も上演され(宙乗り無しの上演も昔何度かあったそうだからそれ以上ですよね)、磨き上げられた最高の一幕ですね。
知盛が空しく死んでいき、惟盛が出家して、小金吾や権太が、小せんと善太郎が、と多くの人が死んでいく中で、いつの世も変わらぬ親子の情愛を訴える子狐のひたむきさに胸が突き上げられるような感動を覚えます。
最後の宙乗りが、子狐の喜びを表現する最高の方法だというのもよくわかります。

明日はmy千秋楽。
猿之助さんの源九郎狐をしっかりこの目に焼き付けてきます。
一応人並みに妻と母をやってるので、劇場に出かける時はちょっとシビアな顔で勿体をつけといて、家から一歩外へ出たとたんデレッと崩れてしまう、権太のような私です。

      *********************************

「千本桜」宙乗り、ビンゴ ( 24 日)

最後の夜の部観劇でした。
出演者の皆さんはちょっぴりお疲れ? でも明日は最後の力を振り絞ってくださることでしょう。
そんな中、猿之助さんはもうすっかり千秋楽バージョンです。
涙もハナも、もちろん汗もたっぷり出ていました。
「鮨屋」の猿之助さんの熱演を受けて、吉弥さんもおおのりでした。
観ている私は( 権太のもど゜りを唐突と感じこれまでは泣けなかったけれど ) 初めて泣けました。
明日は松竹座に皆さん結集ですね。
多いに沸いてきてください。

今回のお宝。
猿之助さんの汗を染み込ませた桜の花びら。
セロファンに包んで取ってあります。)^o^(


 
2000年9月22日/エミー 
支離滅裂ですが

つい先ほど夜の部が終わり、ナンバプラザホテルに戻って参りました。
まだ私の前頭葉はしびれっぱなし。猿之助さんの知盛、忠信、権太が頭の中をグルグルまわっている状態で、支離滅裂になることは分かりきっているのですが、とにかく今日の感動、興奮を一言お伝えしなくては眠れそうもありません。

今日は昼も夜も団体が結構入っていたらしく、客席の反応としてはおとなしい方だったのですが、猿之助さんは昼夜とも気合の入った舞台をみせて下さいました。
夜の部には高校生が授業の一環として来ていたようで、特に『四の切』ではそこここでどよめきがおき、最後の宙乗りでは「キャ―ッ」という凄い歓声があがっていました。帰り際一人の生徒に「どうだった ? 」と聞いてみたら、ニコニコして「すっごーっく面白かった ! 」という答えで、本当に自分のことのように嬉しかったです。

何だか書くことが順不同になりますが、今日観た、とにかく吸いつけられるように、まばたきするのも惜しんで観た総ての場面と猿之助さんの姿は忘れません。

昼の部では…、典侍の局が安徳帝に入水を説くあたりからもう涙がこぼれてこぼれて。鴈治郎さんはやっぱりお上手ですねぇ。
そして肉体以上に深く心の傷ついた知盛には、もうもう胸が苦しくなるほど感情移入してしまいました。

それから道行は、美しかった ! ! ! とにかく切なくなるほどの美しさで、時が止まればいいのにとさえ思いました。

私的には、権太が大好き ! !  特に前半の悪ぶっているところがよかった。たまらなく素敵でした。そして権太の最後、理不尽な死にまたまた涙が込み上げて…。あの場の坂東吉弥さんも凄くよかったです。
でも幕間に隣りのご婦人が話し掛けてこられて、あの場の若葉の内侍がさほど悲しんでいるようにはみえないとおっしゃっていましたが、私もちょっと気になりました。身分の高い人になるほど喜怒哀楽は生に出さないものなのでしょうが。

そして『四の切』 ! !  つい今しがたまで男くさい権太の人生を生きていらっしゃった猿之助さんは、もう完全に、身も心も、一途で健気でいとおしい源九郎狐そのものでした。

昼夜を見終わって、「何をおいても今度の舞台だけは観逃さないで」とおっしゃった北前さんはじめ熱烈ファンの皆さんのお気持がよくわかりました。これだけ内容の濃い、素晴らしい、それだけにとてもハードな舞台ということでと、正に“秒読み”段階に入っているという言葉にも納得です。
でも私はいまやっと一歩 ( いや半歩 ) 歩み始めたファンなので、通しでなくてもいいですから行けるところまでは連れて行って戴きたいとも思うのです。そして一つ一つの舞台、その時々の猿之助さんの姿をしっかりと胸に刻んでいきたいのです。

PS…
@これだけ激しい舞台を連日勤めていらっしゃる猿之助さん。どうかご健康であるようにと祈念するばかりです。
A興奮にまかせたこんな支離滅裂なものじゃない感想が書けるようになったら、また改めてお便りするか、掲示板に書き込ませていただきたいと思います。
Bきっと千秋楽はすごい盛り上がりになるのでしょうね。私も遠くから心の中で拍手しています。


2000年9月21日/弦子 
ひたすら愛らしい狐忠信

皆様のご感想を拝読する度に共感しては思い出し、幸福感に浸っております。
私の観劇 ( 感激 ! ) 感想は多分に重複することでしょうが、かいつまんで書かせて頂きます。

序幕・「堀川御所」は省かれていましたが、筋を掴む上でも重要な幕であることを再確認しました。「鳥居前」からの幕開きでしたが、舞台は華やかな面々で彩られていたので、何れにせよ見劣りはしませんでした。春猿さんの色香にドキドキ。

そして、待ってましたの渡海屋銀平・実ハ平知盛。
いなせな銀平に見愡れていたのも束の間、知盛の修羅の姿に呑み込まれてしまいました。
同じく、五郎と丹蔵、お柳から典侍の局への転身ぶりも見事でした。
最後まで自らの肉体で闘い抜こうという姿勢に、誇り高く生きることの美しさを感じました。知らず知らずのうちに涙が溢れ、止められませんでした。特に、知盛が一瞬硬直し仏倒しになる、その瞬間の静寂がたまらなくて。

風景は一変し「吉野山」は、様式の美しさと錦絵のようなご両人でした。
鴈治郎さんの静はとにかく無邪気な、守ってあげたくなるような静で、そこに野性を秘めた狐忠信が“女中の足と侮って”“遅れて”参ります。「恋と忠義はいずれがおもい」繊細に交錯していて、ひたすら陶酔しました。

そして夜の部へ。
「椎の木」は騙し騙されの構図が小気味よかったです。門之助さん演じる小金吾のはかなさといったら、助太刀したくなる程でした。
「鮓屋」は肚芸そのもので、時代を超越した感動がありました。掛け合いが素晴らしく、私も嗚咽せんばかりに泣いてました。

いよいよ大詰「四の切」。
ここで初お目見得の佐藤忠信には恰幅と気品がありました。あまりに貴重で稀少な出番なので、凛々しいお姿を目に焼きつけました。
狐忠信はひたすら愛らしく、お別れするのが淋しかったです。一方、頭上高くを翔んでいる狐ちゃんは狂喜ではちきれんばかり。「達者でな」と心の中で呼び掛けながら、泣く泣く見送るのでした。

お名残惜しい幕切れでした。
久々に昼夜通し狂言を観て、その醍醐味を堪能しました。

>北前様
 これも一重に『情報BOX』のお陰です。ありがとうございました。
 単身で遠征に乗り出したのですが、他の御贔屓様とも知り合えて嬉しかったです!


2000年9月20日/エミー 
大阪行きを前にして

「翔」に集う皆さま、北前さま、初めてお便りさせていただきます。
 七月の終わりに、このホームページを見つけ、以来、ずっと読ませていただきました。
猿之助さんと歌舞伎に対する皆さんの情熱がビンビン伝わる素晴らしいサイトですね。

 私が、猿之助さんを舞台で初めて拝見したのは、中学生の時に両親と観劇した『椿説弓張月』でした。はかなげで美しい白縫姫の玉三郎さんとともに、凛々しく熱い血を感じさせる高間太郎役の猿之助さんの姿 ―― 特に大海原で果てていく場面 ―― が、今なお脳裏に浮かびます。
もともと小学生の頃から、祖母に連れられて長谷川一夫さんの東宝歌舞伎に何度か行ったこともあり、筋はわからないながらも劇場の雰囲気やお芝居のあでやかさが大好きな、子どもらしくない子どもだったのですが、本格的な歌舞伎 ( 三島由紀夫作ですから、古典の新作となるのでしょうか ) を観たのはこれが最初でした。 ( 映画では猿之助さんの「残菊物語」をやはり祖母に連れられて見に行き、テレビでは猿之助さんが佐助、山本富士子さんがお琴の「春琴抄」を前半部分だけ見た記憶があります。 )
初めて観た本格的な歌舞伎にも猿之助さんにも強く心を惹かれたのですが、その後、幸せな観劇タイムは訪れず、両親は離婚し、私も生きていくのに懸命で長い年月が過ぎてしまいました。

結婚してから数年たってようやく明治座の三階席でむしゃぶりつくように「御贔屓繋馬」を観た時は「ああ、これが猿之助さんの歌舞伎なんだ」と心底、うれしかったですね。しかし、その後も頻繁に劇場に足を運べるほどの余裕がなく、やっと近年になって年に一度くらいは歌舞伎を観に行けるようになりました。( 観たい演目は多々ありますが、やはり猿之助さんが出演されるものに大体しぼられます ) 
 ところが今年の歌舞伎座七月公演で、恥ずかしながら、「黒塚」と「四の切」を初めて観て、脳天がシビレルな感動を味わい、どうしてももう一度堪能したく、千秋楽のチケットをその日に購入してしまいました。猿之助さんの舞台に酔うとともに、今までの空白が取り返しのつかないことのように思われ、落ち込みもしましたが、このサイトをみつけて、皆さんの真摯な「書き込み」を読むほどに、「いまこのすばらしい舞台を観られる幸せ」を実現していけばよいのだと思い直しました。
 そして、松竹座九月公演を知り、初めは「大阪まではちょっと」とビビッテおりましたが、そのうち「やはり観たい 」「どうしても観たい 」と気持は高揚し、ついに二十二日昼の部一等席のチケットを購入しました。さらに「せっかくなら通しで観たい ! 」と発展的な考えに押されて、夜の部一等席も購入してしまいました。
 ああ、何もかも初体験です。そこへ歌舞伎座十月公演夜の部が、あの評判高い「加賀見山再岩藤」と知った嬉しさ、ありがたさ ! !  もちろん参ります ! !  自分の熱の高まりが怖いくらいですが、仕事も家庭も安定して、時間的にも経済的にも観劇で
きるやりくりがやっとつくようになったんだというシミジミした喜びもあります。
 いまの願いは一つ。これからもずっと猿之助さんが出演してくださることです。去年の歌舞伎座公演は行けなかったたため、あの音に聞こえた「伊達の十役」もまだ観ていない私です。二十一世紀も、猿之助さんの舞台で、この世を彩っていただきたいと切望する「かなり遅れてやってきたファン」なのです。


2000年9月19日/北前
十七日の客席から

弘子・Sさん、十七日には私も『翔』スタッフの連中と通し観劇をしていました。
その老婦人のお話、私も聞きたかった ! !
そういうお話を聞くと本当にしみじみ嬉しいんですよね。そして心の中で言うんです。
「猿之助さん、また一人猿之助さんの舞台に救われて元気にいまを生きている人がいましたよ〜〜」って。

でも(ちょっと古い話になるかもしれないけど) あの震災の時には、私の知っているだけでも本当にそういったお話はいっぱいありました。
あの時、大阪の劇場はどこも常の半分ほどもお客が入らなくてサンザンだったんです。なのに新歌舞伎座だけは、初めの一週間こそ客足がガタンと落ちたものの、日増しに回復。楽の頃には夜の部までが満席状態となり、支配人もビックリしてらっしゃいました。
交通網がズタズタの中、それぞれどういう方法で劇場までたどり着いたものやらと今も不思議でなりません。

普通の感覚なら、生きるか死ぬかという時に、お芝居だなんて、音楽だなんて、なんとのんきな…と思いますよね。でもそれは間違いなんですね。そういう時こそ人は美しいもの、熱いもの、真実のものを強く求めるものなんだなァ…って。
あの時の客席の現象は、猿之助さんの舞台の素晴らしさ、偉大さを如実に証明する出来事だったと思っています。私も舞台とともに随分と感動して満席の客席を眺めたことを思い出します。

そういうのとはまたガラリと違うけれど、十七日も観客の反応を見て思ったことがあります。
この日は大向こうさんも大勢いらしていて、そこに贔屓の大向うも混ざりと、まさに雨あられ状態。もちろん熱い拍手も盛んで、自然と舞台もより一層力のこもったものとなりました。そしていつもの通り狐忠信の歓喜の飛翔で幕となったのですが、その後の客席はと見ると、一階、二階、三階と、猿之助さんが鳥屋に入る瞬間にワァッと舞い散った桜の花びらを拾い集める人、人、人。圧倒的に多いうら若い女性たちに混ざって、常は分別盛りと思われるおばさまや、中には男性までもが三枚、五枚と拾い集め、番付に挟んだり、ハンケチに包んだり…。
この光景、この行動が、六十歳を超えた人の舞台を観た人のものだと誰が想像するでしょう。これまでに六十歳を超えて尚、これほどまでに多くのフツーの観客を熱狂的な行動に駆り立てた歌舞伎役者がいたかしら…と。
前述のエピソードといい、花びらのエピソードといい、どちらも猿之助さんがどれほど凄い歌舞伎役者であるかということの証明、というより、最高の勲章だって気がして、またまた涙ぐんでしまった私です。

さあ、私は明日また劇場の人となります。千秋楽を迎えた頃、私の会社での席は果たしてあるのでしょうか。


2000年9月19日/弘子・S 
二重の感動を戴きました

十七日に通しで観て参りました。
その時に右隣にいらっしゃった老婦人( 七十六歳とのことでしたがお歳よりは随分老けて見えました ) のお話に心打たれました。大物浦で知盛が壮絶な死を遂げ幕が閉まった時、語るともなく「私、尼崎の大物浦の近くなんですよ」とポツリ。それから自然と会話が始まりました。
失礼ながら装いもとてもつつましいもので、口元からのぞく前歯も殆どが抜け落ちていて、そのさまを見る限りでは、この方にとっての一等席購入は大変な出費に当たるのではないかということでした。
でも仰るには、五年前の阪神大震災の時以来の大ファンで、七月の歌舞伎座にも行かれたとか。着なくても食べなくても過ごせるけれど、「この方の舞台だけは見逃せません」と。
大震災で自宅は全壊。もともと独りで暮らしていらっしゃったために親戚等の身よりもなく、途方にくれるというのを通り越して、もう廃人のようになってしまわれていた時、「元気を出して来なさい」と貰った切符一枚。着の身着のままだったので、上から下まで近所の方の洋服を借りて出かけられたのだそうです。
その時にご覧になったのが「四の切」で、
「もう、あの時の舞台のことは一生忘れらません ! ! 」と。
「もしかしたら今ごろは自殺でもしてこの世にいないかもしれないのを、あの時あの舞台を見せて戴いたおかげで、こうして生かして貰っています」とも。
「そういうことお手紙にお書きになったことありますか ? 」とお尋ねしましたが「文章も字も下手ですからねぇ…」と、とんでもないというご様子。
でもこんなファンの存在を知られたら猿之助さんもきっとお喜びになると思うんです。
毎日誠心誠意、まるで観客へ心身を削って奉仕していらっしゃるような猿之助さんだからこそ、一層嬉しく思われるのではないかと。それでこちらにお届けすれば、猿之助さんのもとに届けて下さるとのことなので、お手数をおかけするとは思いましたが、FAXさせていただきました。
十七日は舞台に感動するとともにこの方のお話にもじ〜んとさせられ、二重の感動をいただけた一日となりました。


■ 昨夜FAXで戴いたお便りを代筆(?)でカキコさせていただきました。客席でのエピソード ですが、弘子・Sさん、よく老婦人に代わってお届けくださいました。 いずれお便りのページに転載し、他のお便りとともに必ずおとどけしたいと思います。(北前)


2000年9月19日/YASUKO.W 
パーフェクトな舞台!

猿之助さんの三役という意味では、完璧で少しの破綻もない舞台です。
初日に観たあの完成度の高さ(というかもう頂点にあったような)から微塵も変ることなく、猿之助さん自身の精神(力)と肉体の拮抗、共演されている鴈治郎さんとの調和(鴈治郎さんは猿之助さんに安定を与えている)すべてがパーフェクトに定まり、煌いていた。
銀平の出端から源九郎狐の飛翔まで。

源平の出端も本当に素敵!!
(なんで舞台写真入ってないんだ〜〜!白装束二枚の代わりにこれも一枚入れて欲しかったぞ。)
さ〜〜っと花道に光りが差込むようで(よく宗教画にあるような天から舞い下りる光)
ひときわ劇空間が輝き始める。白装束に改まるとまた別の美しさで、もうそのままガラスケースに納めて飾っておきたいような・・・。
結局は二重の意味での死装束となってしまうその姿の中に、すでに彼の命が終わっていくことの、入水への予感が、悲壮感が、秘められている。
私はこの幕での安徳帝の科白に、いつもとても深い感慨を持ちます。典侍の局の、知盛の命を決定する力。そして物語りを。
この場で哀しくも壮絶な最期を遂げるのは知盛だけれども、それを見送る義経も帝も、やはり逆境の人であり、“悲壮”というものはまた彼らにも内包されているように思う。
この場では一見義経が勝者のように見えるかもしれないけれど・・・

今回の道行は、パーフェクト中のパーフェクト!
視覚的にピタっとはまる男雛女雛、ゆったりと幻想美の中で流れる時間と、明確にストーリーを語る戦物語のきっぱりとした所作との融合。
鴈治郎さんの、花道から本舞台にかかるまでの視線の配り方は、満開の桜が咲き誇っていることを充分に私たちに示してくれる。恋しい人を思う心には、美しすぎる景色は切ないことも。

そして忠信のすっぽんからの出。少し蒼ざめたような顔色の・・・
そこから始まる一連のすべてのもの、道行はどの部分も大好きだけど、照度が下がり、蝶と戯れいよいよ本性が顕れるその刹那、ぶっかえって跳躍があり花道七三でキマッてまたぱっと明る強い光が猿之助さんを照らすとき、
もう何度みても、「なんて、なんて、綺麗なの!」とその度に感嘆する。驚嘆する!!

段四郎さんももちろん言わずもがな、猿之助さん、鴈治郎さんと舞踊の技術の高さだけでなくその体現される完成された世界。今観られる最高の吉野山です。


パーフェクトな舞台!2

つい30分前までは、ファンタジーの中に妖しく美しく存在していた猿之助さんが、とってもリアルな人物造形となって登場する椎の木。
トンと自分の荷物を置いた瞬間から、いろいろなことが愁嘆場への伏線として貼られていく。
騙りを実行するときのふてぶてしさと相反する善太郎への優しさ。
(この対比が見事だからこそ、潜む情の深さ、もどった後の哀切が印象づけられるのかも。)
ウソ泣きシーンの愛嬌と、戸口でぱっと変る豪胆な雰囲気。そして弥左衛門の姿を見掛け、また家に入りあたふたするあたりも、猿之助さんって決して器用な役者さんではないのに、器用にこなすな〜〜と感心します。
(って観ている間はそんな客観的に観てるわけじゃないんですけどね。何度観ても面白くて笑ってしまう。椎の木のカラ痛がり?もそうだけど(^○^))
(あ、それからここらの場面、生アシが超セクシーで、前列カブリツキとか花横に座ってるときは、椅子から転げ落ちそうになるほど、興奮!?します〜〜(*_*)←目のやり場に困ってる。といいながらしっかり観ている>自分・・・。真面目モードのときは、あ〜〜あの数々の傷跡や痣は、猿之助さんの戦利品だ〜〜勲章だ〜〜とシミジミ思うこともあるのですが。←フォロ〜〜!?)

吉弥さんの情の細やかな芝居ー特に孫への不憫さを吐露する件、
寿猿さんの母親ならではの子供への無条件の愛情表現、
亀ちゃんの溌剌とした娘らしさ、笑也さんの品格を保ちつつも見え隠れする六代君と維盛への想い入れ。
手負いになった権太の愁嘆場で、鴈治郎さんは、僅かな表情の変化で内面の苦悩を表わすけれど、それを邪魔しないような笑也さんの気配りのある控えめな佇まいがまた美しく・・(ここで笑也さんがあまりにも感情を露にしたら、維盛が引き立たなくなるので私はちょうどよい加減・・と思うのですが。凛とした美貌、高貴からくる気丈さ、そして女の感情をそれぞれの場面で微妙に表わして。)
激しくも哀れな最期、猿之助さんのあの焦点の定まらない視線と、頬を伝う黒い涙がぐっと胸に響き私たちも、涙・涙の幕切れ・・・・

一昨年よりも今年の七月よりも、よりラクラクと演じているように見える四の切。
動きもスピーディだし、(狐の顕しは平均3秒ですよ!) 切々と述懐する親狐への想いも、見るものの心に迫ってくるし。皷を賜って歓喜する表情も、もうなんとも言えないくらい愛らしく意地らしい!
以前は、親狐を恋う科白に涙していたのですが、最近はこの鼓を授けると義経の言葉を聞いて、「はぁ〜〜〜」と見せるあの笑顔に涙が出てしまうの。
そしてラストの飛翔。
目前から源九郎狐が飛び立っていく淋しさと、今日一日、劇空間に存在していた時間と別れていくことの淋しさなどいろいろな感情が混ざり合って・・
いつも、いつも終演が近づく度に思うこと。
もう二度と出会うことの無いこの「瞬間」と別離することの寂寥感・・・
多くの感情を共有していた時間が終わって行くことの・・・
17日夜はMY千秋楽だったのでよりそういう気持が高まって・・・(T_T)(T_T)

皆さまの後半戦の情報を楽しみにしております。


2000年9月17日/きた子 
こんにちは。
何度も「行ける、行けない」と一人で騒いだお間抜けな きた子でございます。

ネット生活も1年になりますが、最初の頃の訪問先は、映画「御法度」で司馬遼太郎の世界にハマり、新撰組関連のサイトばかりでした。そのうち、染五郎さんが劇団☆新感線の面白い芝居に出られ、彼のサイトがあるなら、と猿之助さんを探して、「翔・・・」にたどり着きました。

さて、九月の松竹座の公演です。
何しろ、ファンになって、たった8年です。しかもバレエの経験はありますが、「邦」の方は、全くの素人。あそこがどうのと、細かいことはさっぱりわかりません。ただ、カミーユ・クローデルの彫刻を見て、何だか知らないけど涙が流れた感性だけが頼りです。

「鳥居前」の春猿さん、段治郎さん、猿弥さんの急成長ぶりには驚きました。
右近さんは師匠そっくりと言われるのが、そろそろ嫌なのでは?
「大物浦」、「碇知盛」だけは観たことがありました。やはり碇を持って、入水、しかも背中から、と見せ場があるからでしょう。
その前の場の「渡海屋」「奥座敷」を今回初めて観ました。そうか、そうだったのか、です。
特に、鴈治郎さんの、よくしゃべって笑いをとった お柳から典侍の局に変わった時の雰囲気の違いには驚きます。
右近さんもやりこめられる役が何とも軽妙で。これなら世話物も大丈夫ですね。
猿之助さんは前半はひたすら颯爽としてかっこよく、後半は壮絶でした。
「道行初音旅」は、一番観たかったんです。別にわかってるわけではありません。ただ観たい、そんな舞台です。
佐藤忠信、実は源九郎狐、いつ見ても、えー男やなぁーと。段四郎さんの逸見藤太もコミカルで、お兄さんとの息もぴったりでした。
何度か観てるんですが、今回はなぜか引っ込みの時、泣けてきまして。鼓の後を慕って駈ける子狐を可哀想だと思ったのか。単に、歳食ったせいなんでしょうか。(笑)

後半、やはり目をひくのは、亀治郎さんのお里でしょう。可愛いもの。何をやっても受けるというか、得な役でもありますね。
笑也さんも若葉の内侍という内面重視の役をやられるようになったんですね。
それから「いがみの権太」。
いがみって、いがんでるって、事なんですね。悪党っていうより、小悪党。しかも成り切ってないとこが妙に愛嬌があって、主役になれる要素なんでしょうか。
江戸前の権太。右近さんなら関西風になるんでしょうか。
やはり、大和の話なら、関西弁に近いほうが、大阪出身、奈良育ちの私にはぴったりきます。
鴈治郎さんは関西人独特というか、ふわーんとしたムードが妙に坊ちゃんみたいで。
それから吉弥さんの弥左衛門がかっこよかったです。

そして「四の切」。大げさに言うなら、これで人生変わりましたね。
漫画、洋楽ロック、ジャズ、フュージョン、洋画、バレエに続き、歌舞伎が趣味に加わる切っ掛けとなったんですから。
気のせいか、重いなと思ったんです。本物の忠信に早替わりの時、息も乱れてなかったから、体力が落ちたとかではなさそうなのに・・・。
で、後で思い返してみると、あの高さをオリンピックの鉄棒さながらに降りるんです、慎重にやっておられたんだ、と。
一ヶ月公演です。若さにまかせて無茶ができたのは過去のこと。座頭であり主役である者の責任というものなんですね。だって今度の舞台ばかりは猿之助さんに事故でもあろうものなら代わりはあり得ませんから。
それにしても全く、欄間から舞台までの距離を思うと、なんて凄いことなんだと。60才ですよ、猿之助さん。

子狐はやはり可愛い。それに切ない。
昔、大事にちゃんと餌やりますから、一匹ください、その子狐、と思いましたが、今は、親とお山で暮らすのよ、と送ってやりたい。やっぱり最後は感激の涙でした。

長い文ですみません。「物語の部屋」の中のダンナさんの文章「熱烈猿之助ファンの妻をもって」も、今回拝見しました。
私は趣味を優先させられなくなるのが嫌で、結局いまだに独身でいます。
映画も歌舞伎もバレエも観たい。芝居も観たいし、本も読みたい。名画も見たい。なによりプロの漫画家ではないけど漫画を二度と捨てたくないのです。(10年、ペンを折ったことがあります)

できたら東京公演も観たいけど。2月の大阪と、多分あるであろうスーパー歌舞伎の新作で我慢します。
それでは。


2000年9月16日/masuko,k 
28年ぶりの知盛

昭和47年7月23日、私の運命の出会いの日でした。
初めて見た歌舞伎が猿之助様初役の「知盛」。 この日から私の人生は、変わりました。
白装束に銀の烏帽子姿 「はあー・・・・」と息をするのも忘れるくらいの美しさで周りは何も見えなくなりました。碇を持ってのダイビングこれもまた「スゴイ、スゴイ」と夢中で、魂を抜かれたような思いを致しました。
その日以来お姿を追い求めてまいりました。(産休、育休もありましたが)
大阪では、なかなか「渡海屋」「大物浦」がかからず渇望していました。やっと念願がかない今月は、狂っております。

初日に、銀平から知盛に戻られたお姿を拝見した時は、28年前にタイムスリッブしたかのようで思わず「これやこれ、これが見たかったんや-」と涙がこみあげてまいりました。
それにしても猿様は、「お若い 美しい 凛々しい・・・・・」あー言葉が見つからないくらいステキでした。(皆様のように文才が無いのがくやしーい)

「道行」  鴈治郎さんとの、男雛 女雛も絵に描いたようできれいでした。
この場の背景は春爛漫の「吉野山」で本当に吉野の「吉水神社」から上の「蔵王堂」を見上げた景色そのものでした。(因みに私は奈良在住です) 是非皆様も一度「春の吉野」へお出かけください 「道行」の世界に浸れます。

「鮨屋の権太」   8日は、最前列でしたので感激もひとしおでした。
 間近での猿様の息遣い、見得のところでは、私までが息を止めて「むーーーはっ」 としてしまいました。女房と子供を身代わりに立てて見送る場面では
 「おたのみ申しますぜ。 おたのみ申しますぜ」(記憶違いででせりふは違うかもしれ ませんが)  と愛するものとの切ない別れの思いが猿様の涙とともにひしひしと伝わってまいりまして、思わず声を出しそうになりました。
 尻っぱしょりをしておられるので、ナマ足を身近で拝見  (もーどきどき) 膝からすねまで、痣や傷跡がそこかしこにありました。 今まで本当に、我が身をけづって私達を楽しませてくださっていたのだとつくづく思い知らされました。

「四の切」  子狐は、本当にかわいい、いとおしい姿で、もしかして「何か猿様にのりうつっているのでは?」 と思ったくらいでした。 衣装も新しくて真っ白、そのうえ足袋も毎日真っ白 (大道具さんは、毎日所作 台を綺麗に拭いておられるのでしょうか) あの激しい動きの中で息も切らさずおっしゃる「狐言葉」。 長年の鍛錬とはいえ、 猿様の若さには、感服つかまつりました。
 どうか楽日までお怪我をなさいませんよう、風邪をひかれませんようにと、毎日 念じております。

 また、瀧之さん、笑三さん、裕喜さんはじめ、からみの方々は、一体楽まで 何回とんぼをきられるのでしょうか?どうかけがをなさらないでください。 猿十郎さんの素晴らしい殺陣も、皆さん無くしては見せていただけないのですものね 
 
 楽日まで後何回観劇できるかわかりませんが、「20世紀最後の三役」。 後悔しないように思いっきり堪能したいと思っております。


2000年9月15日/小安勲 
感想記 10日昼夜通し観劇

昼夜通しで観てきたのですが、義経千本桜の通しを観るのはこれが最初で最後と心に決めて、目に焼き付けて参りました。
●序幕の「鳥居前」
春猿さんの静御前。段治郎さんの義経。右近さんの狐忠信。どれも、すばらしく、これからの芝居に期待を持たせてくれました。
特に、キリッとしていて、すがすがしさが出ていた義経役の段治郎さんは良かったです。
しかし、義経が弁慶を怒るシーンがカットされていたのは残念でした。
●渡海屋・大物浦
初めて観る雁治郎さんでしたが、最初は上方ということで、自分自身あまり注目はしておりませんでした。 しかし、雁治郎さんが花道から出てきた途端、観客席が「ワァ〜」と湯気がでるような感じでざわめきました。猿之助さんの時とはまた、違った雰囲気。なんだ?これは。と思いましたね。
何気なく、観ていると・・・・雁治郎さんの台詞廻し(しゃべり芸)。すばらしい、おもしろい。また、またなんだ?これは。
こういうのも上方歌舞伎の1つなんだなと視野が広くなり、雁治郎さんが好きになりました。
●吉野山
裾をキキッツと紙雛の男雛と女雛の見立て。美しかったです。
また、鎧と鼓があるせいか?、猿之助さんと雁治郎さんの演技からか?義経がそばにいるようでなりませんでした。
とにかく、幻想的な時間を過ごせました。
●鮨屋
ワルだが愛嬌のある権太。鮨屋では違う役者さんが演じているのを何度もビデオで観ておりましたが、演じる猿之助さんの何気ないしぐさ、台詞に新鮮さを感じました。こうも、役者によって雰囲気が違うものかと改めて感心しました。
権太(江戸流の猿之助さん)のアップなテンポと弥助(上方の雁治郎さん)のスローなテンポにメリハリがあって、お互いに引き立ってました。
●大詰め「四の切」
やはり、毎回印象に残るのが、猿之助さんの高く、細く、速い調子の狐詞(きつねことば)です。動物の本性が出てもいけないし、ベタベタした人間性が強調されてもいけない。ある部分は本当の狐で、ある部分は忠誠心を持った家来になる。
不思議な心地よさを持った声を聞きながら、この両面を演じる表現力のものすごさを感じました。
そして、本当の最後・・・
義経から初音の鼓を頂き、狐忠信の台詞「はや、おさらば」。
これで最後かと想うと涙はでませんでしたが、胸が痛くなりました。
今回の松竹座の公演は、歌舞伎座の公演と違いなぜか、アットホームな感じで観ることができました。


2000年9月15日/Mihoko 
やっと観てきました

やっと、やっとmy初日を迎えました。八月はどこにも行けなかったので久しぶりの猿之助さんです。
おや!?今年の酷暑で猿之助さん、少しスマートになられたような・・・
無理もないですよね。七月のあの汗みずくの奮闘公演の後も西に東に忙しく飛び回っておられて、そのまま九月に突入ですものね。心なしか目元の光も弱いように感じたのは私だけでしょうか。
「大丈夫ですかぁ?」と案じながら、それでもお芝居が進むにつれて銀平も忠信もくっきりと人物が浮かび上がって私も没頭していました。(そう、今日は夜の部が貸切なので昼の部のみ)

渡海屋銀平のあの厚司姿、格好いいですネエ。
格好いい猿之助さんを観るとつい口元が緩むみたいで、ハッと我にかえるとニシャーと笑いながら観てるんですよね。舞台の側から見ると不気味な私。

「鳥居前」
 段次郎さんのキリっとした義経に春猿さんのいたいけな静。
 右近さんの狐忠信は時々様子が怪しくなるところ、特に六方の時に狐と忠信が綯 い交ぜになるところがゾクッときました。
 この場が「四の切」に繋がって生きてくるんだなというのが良く分かりました。

「渡海屋、大物浦」
 颯爽とした船宿の主銀平から白装束の知盛へ。
 このあたりまでニシャニシャモードだった私も、やっとこの日を迎えた知盛の用 意周到な根回しも虚しく、義経に裏を読まれて結局は無残に敗れ次々に命を落と していく平家方の無念さがひしひしと伝わってきて泣きモード突入。
 雁治郎さんが素晴らしかったですね。
 お柳が銀平の自慢をしているところはこれが上方和事の喋り方かと、いつもの猿 之助歌舞伎との違いにちょっと戸惑いましたが、言葉の抑揚とか間の取り方と  か、もともと関西人の私はいつのまにか引き込まれていました。
 典侍の局に変わるところも少しも違和感がなく、幼い帝に波の下に極楽があると 言い聞かせるところなど乳母としての愛情や切なさがにじみ出ていて胸に迫りま した。
 そして「生き変わり、死に変わり・・・」と怨霊の塊のような知盛が、帝の行く末 を保証してくれた義経に感謝すらしながら錨とともに入水する最期。
 弁慶の吹く法螺貝の音があの幕切れにぴったりで何とも言えず良かったです。

「道行」
 雁治郎さんの静の出がはっとする美しさで目を奪われました。 品格があると言うのか落ち着いた(変?)静でしたね。
 この場の忠信は鳥居前よりもっと狐っぽくなってて、一瞬猿之助さんが変になったかと錯覚したぐらいです。
 段四郎さんの逸見藤太も何とも言えずおかしみがあって、この前の太郎吾といい、こういうコミカルな役の段四郎さんもとってもいいですね。
 最後の狐六方、TVでチラッと見たのと比べるとこころなしか元気なかったですぅ〜。

何しろ初見な私。
古典物の耳慣れない言葉を聞き取ろうとして帰り道はもうグッタリ。本を読んだりしてちょっぴり予習をしていったのでお芝居に没頭することができましたが、ニ幕など少し予備知識を入れとくかイヤホンガイドの助けを借りるかしないと、アブナイ時間帯ですね。


2000年9月15日/康子.S 
義経千本桜

いいなぁ。やっぱり。
まだ、昼夜1回ずつしかみていませんが、今月の松竹座見応えあります。20世紀最後の「義経千本桜」通し。絶対に見ないとダメ。
「鳥居前」の右近さんの忠信。最初「どうして、猿之助さんじゃないの?」ととは思いましたが、なかなかよかったです。幸せ太りか、少しふっくらとされた右近さんの忠信は、きびきびとしてはりきってました。なにより一所懸命なのがとっても好印象です。

「渡海屋」はもう銀平がかっこいい!厚子を着て傘をさして颯爽と花道を歩いて来るとき、最高に素敵!!煙草を吸う姿にも目が釘付けです。
鴈治郎さんの洗濯の話はとっても素敵な上方言葉。聞いていてなんとも心地いいものでした。
「大物浦」で知盛が最後に綱を体に巻き付け碇とともに無念の死を迎える。海へ真っ逆さまに落ちて行くところもバッチリ決まってました。

「吉野山」は舞台がぱぁーと明るくて綺麗。忠信と静が並ぶとまるで絵にかいたような女雛男雛です。鴈治郎さんの静は上品でほんとに綺麗でした。鼓の音にふと狐の仕草がでてしまう忠信の可愛らしさ。ふたりの信頼とそこはかと漂う恋心。うっとりします。

「椎の木」の場面では権太の父性愛をちらっと感じ。「鮨屋」ではどうしてこういう結末になってしまうのかと涙しました。
亀治郎さんのお里ちゃんは田舎娘らしく大胆でかわいらしかった。(*^_^*)
「小金吾」の門之助さんも十代の若者の初々しさが感じられました。私の観劇日には刀もバッチとキャッチしてました。

「四の切」はもう忠信が可愛い!!真っ白な衣装であっちからこっちからあらわれ、年を感じさせない猿之助さんの躍動感あふれる動きに大満足です。
親の鼓に頬づりしながら宙乗りで上がってこられるとき、客席の興奮度は最高潮に達しました。桜の花びらとともに鳥家に消えた源九郎狐。終演後の3階席の人たちは桜の花びらをせっせと拾う拾う。
いいですね。本当に! 最高です。
せっかく猿之助さんと同じ時代に生きてるのだから絶対に見ないと損します。

「早く来い来い」と指折り数えながら迎えた9月公演なのに、あっという間に中日も過ぎているんですね。
あと、通しで2回、夜の部をもう1回見ようと思ってます。(もっと見たいけど)

☆ 寿猿さん「とべとべ賞」受賞おめでとうございます!!!


2000年9月14日/北前 
観劇の感想、入れてくださいませ〜。

各新聞の劇評がそろそろ出揃いはじめたのと同様に、こちらにも熱い感想が増えだして嬉しいかぎりです。
そろそろこれまでのものを印刷して猿之助さんにお届けしようか、と思っていますので、まだの方は頑張ってお寄せください。

ちょっと余談ですが、スーパー歌舞伎の場合と違い古典歌舞伎の感想って、何故か毎回入ってくるまでに時間がかかるんですよね。それは、現代語で演じられて細部までが一度の観劇で理解出来てしまうスーパー歌舞伎との違いかな…と思っています。
また感動も、スーパー歌舞伎の時の、主にドラマそのものに感動するといったものと(もちろん演じる役者さんの演技を通してに感動しているのですけど) 古典歌舞伎の時のものとは微妙に違いがあって、古典歌舞伎の時の感動って、深ければ深いほど
言葉にならないって感じがあるんですね。究極まで絞り込んでいけば「しびれた」だの「かっこよかった」だの「上手かった」だの「凄かった」だの…、そんな言葉で済んでしまうような。
でもそれは当然なんですよね。もともと歌舞伎は“役者で魅せる”が第一で、その役者を見せるために物語がある…みたいな発達の仕方をしてきたユニークな演劇なんですから。

でもまさか「しびれた」「かっこよかった」「上手かった」「凄かった」「綺麗だった〜」だのと、そんなことばかりの感想は書けないよ。書くなら少しはかっこつけたこと書かないと…なんてついつい思ってしまうわけです。

でも私はそんなのばかりが並んでいても全然変じゃない ! それでいい ! って思うんです。そういう言葉が並んでるってことは歌舞伎役者が歌舞伎役者らしく煌いていたってことなんですから。
故中村勘三郎さんが60歳を過ぎて『娘道成寺』を踊られた時、さまざまに寄せられた評価、感想の中で、一番喜ばれたのが「美しかった」というものだったというのを何かで読んだ記憶がありますが、なんだかすご〜っく分かる気がしました。

だから、観劇歴の長短や、見方が浅い深いだとか、ミーハーだ、見巧者だとか、そんなことは何も意識しないで、観たまま、感じたままを書いてくださればいいんですよね。溜息ばかりついている状態なら、「溜息ばかりついてます…」って書けばいいって思っています。
私はバシッと決まった劇評家も真っ青というような感想も好きだし、「はぁ〜」と溜息しか書いてないような感想も大好きなんです。猿之助さんだって、きっとそうに違いないと思うんですよね。(←なんて勝手に決めるな ! って叱られそうだけど)


2000年9月13日/nontan 
観て参りました

はじめて、義経千本桜を観て参りました。借金してでも観るべしとのお達し!?ではなかった、お言葉、うーんなるほどと感心してしまった。
言葉が見つからないんです。あまりにすごすぎて。世界一元気な60歳でしたっけ。これもギネスものですよね。ラストは圧巻で、目がクギづけでした。首は忙しかったけど…。
でも狐忠信のかわいらしいこと!それにいがみの権太…、舞台に立つ、歌舞伎役者になるために生まれてきた方、梨園だから当然といえば当然なのかもしれないけれど、猿之助丈は本当にその言葉がぴったりの方、この方のためにあるような言葉なんだとつくづく思います。
「やっぱり猿之助丈はスーパー歌舞伎より古典よね」と熱烈ファンがおっしゃってた意味がよくわかった舞台でした。

でも、お話の内容はその昔、大衆娯楽だったというのが納得できる筋書きだなあと思いました。そして、とっても大切なことがいつの時代にも心に響いてくるんだと思った舞台でした。あと2回ずつ昼の部、夜の部を観ます。
私も通しでみるからには体調万全でのぞみます。ではまた。


2000年9月13日/ヒナ子 
はァァァ〜

行ってまいりました。母と姉と三人連れで…。
そして見出しの通り今は三人揃って「はァァァ〜」状態です。
心残りがないわけではありません。右近さん、とてもよく似合って勢いもあって、回を重ねた余裕のようなものも出て、すでに“右近の鳥居前”って感じがしたほどですが、やはり猿之助ファンとしては東京の時のように「鳥居前」も猿之助さんで見たかったなんて思ってしまうんですね。それとさらにあの絢爛の「花矢倉」がついていたらなァとか。
でもでもこれはファンのわがままというものです ! そんなことしたら大切な大切な猿之助さんの命が本当に縮んでしまいますよね。わかっているのに思ってしまう、ファンって本当に貪欲な存在です。

久しぶりの平知盛。銀平の間の侠気に溢れた男くさいカッコよさ !!
右近さんと猿弥さんの魚づくしの台詞が客席を沸かしている間も、微動だにせずただ煙草をふかしているだけの銀平がステキでステキで、目は吸い付いたまんま。思わず「あの煙、吸い込みたい…」って思っちゃいました。
実名をあらわし白装束のいでたちで登場してからは、侠気の男から平家一の武将の威厳を湛えた平知盛に見事変身。あの白糸縅の扮装は着る人にそれだけの大きさがなくちゃとおもいますが、猿之助さん、本当によく似合って、もうもう眩しいほどの美しさでした。

それと猿之助ファンなら大好きな舞踊のベスト3の一つだろうと思う『吉野山』。もう、酔わせていただきました〜〜。
鴈治郎さんの静とのコンビネーションが想像以上によくって、この一演目だけでもチケット代惜しくない ! って思いました。
それとまたまた言いますが、スッポンからせり上がってきた時の猿之助・忠信の美しさ。鳥肌ものです。


2000年9月11日/レイ 
寿猿さんおめでとうございます!

第1回「とべとべ賞」を寿猿さんが受賞したそうです!
演劇評論家の戸部銀作さんが、後見を努める役者さんを対象に設けた賞だそうです。
猿之助さんファン、澤瀉ファンなら誰もが大好きで、敬愛して止まない寿猿さんの受賞、
本当に本当に嬉しいです!おめでとうございます!


■ 知らせてくださった「とべとべ賞」。戸部銀作さんの戸部と宙乗りの飛べをかけてあるなんて、おチャメな命名ですよね。
で、寿猿さんですが、12日も「吉野山」の後見で大活躍。私、後見の時の寿猿さんが大好きなんです。猿之助さんの一挙手一投足を凝視する厳しい目。とにかくカッコいいんですよね。猿之助さんとの間に結ばれている太い太い信頼の絆が見えるようで…。
「吉野山」の最後、忠信が狂いのあと鮮やかに“ぶっかえり”を決めた瞬間、「寿猿さん、おめでとうございます !! 」って思いも込めて目いっぱい拍手してきました。


2000年9月11日/華月 
チケット手に入れました!

皆様こんにちわ。
かなり以前、6月の末に、検索で初めて見つけたHPにも関わらず、会社からいきなり書き込みをしてしまった者です。
その前日「新・三国志」を観劇してとても興奮していたからです。
その後もHPをいつも楽しく観させていただいていました。あの時の心理状態を「崩壊」と言うことも知りました。

今日は私もとうとうチケットを手に入れる事が出来たので、思い切って書き込みしました。

でも、すごく恥ずかしいことをしてしまったんです。よく分からないながらも、昼の部・夜の部通して観させてもらうのが良いらしいと考えて、チケットふたり分だから3万円あれば大丈夫。と思っていたから。
少し考えれば、解りそうなものですよね。なんて失礼な私。古典は全く生まれて初めてで、チケット買うところからこんなでは、先思いやられます。

チンプンカンプンだったらどうしよう! 10時間もじっとしていられるのかしら、、、とか。
でも、それら心配をはねのけて、やっぱり観に行きたい。そんな気持ちになったのは、一つにはこのHPでの皆さんのメッセージを読ませていただいていたから。
7月中ずっと「黒塚ってなに?」「四の切て?」なに?なに?なに?と思っていて、その反動。

それと、もう一つ
杏ッこさんが載せてくださった新聞での猿之助さんのメッセージです。
スーパー歌舞伎で歌舞伎はおもしろそうだと思った新しいファン、、、それって、わたしのこと?て。

いそいで、お金引き出して、無事チケット手にいれました。
すごい宝物を手にした気分。あぶら取り紙と鏡のセットもいただきました。(うれしい!)

でも帰り道、金額の重さに、すごく分不相応な事をしてしまった気がして。その物の本当の価値もわからないのに、ブランドにあこがれて高級品をほしがってるような。そんな感じです。複雑です。
とは言うものの、観劇日のことを考えるとニタニタ笑いをしてしまうのですけどね。

管理人の北前さん、いつも有り難うございます。 
『ヤマトタケル』報告白書と金曜日の使者を読ませていただきました。プリントアウトして繰り返し読んでいます。

100年後には、「歌舞伎には大きな三つの流れがありまして、江戸時代の古典、明治以降の新歌舞伎、そして昭和・平成のスーパー歌舞伎」て言われるようになるんだと思いました。
そして、その猿之助さんの作品を、ライブで観ることが出来ることをとても幸せに思いました。


■華月さん。 古典も観てみようって気になって下さって嬉しいです。
スーパー歌舞伎であろうが何であろうが、一旦歌舞伎の世界に掴まれてから入れば古典も全然難しいものではありません。ここがポイントなんですね。教養のためとか、向学のためとか、そういう姿勢でいきなり観れば“難しい”“分からない”だから“退屈”なんてことになりかねない舞台、確かに沢山あります。
それが一度でも掴まれてから観ると「心がかきむしられるような不思議なエネルギーを感じました」(by杏っ子さん)ってことになるから不思議なんですね。ましてや猿之助一門による舞台ですから絶対に大丈夫。
理解しよう ! なんて構えずに、感じよう、酔っぱらおう、痺れようと、目と耳と心を全開にして舞台に向かって下さい。

2000年9月10日/上田寿三子 
 10日の昼の部、松竹座に行って参りました。

北前さんからは面白い感想を書くようにと厳命を受けておりましたので、「渡海屋の場」を中心に予習してから拝見いたしました。芝居を見るのに予習なんて何年ぶりのことでしょう。
 さて、実際に拝見してみて、猿之助さんの「義経千本桜」に対して「感想なんて言えない」ということに気が付きました。拝見する我々がこの中から何を学ぶか、今後猿之助さん以外の「義経千本桜」を拝見したときにどこがどう違うかを感じ取る目を養うことができるかどうかが、見ているこちらに問われている舞台ではないでしょうか。
と言うことで、猿之助さんのことに関しては北前さん他熱烈猿之助ファンの皆さんにお任せするとして、今回私流のチェックポイントを一つ述べておこうと思います。

 それは、鴈治郎さんが演じるお柳の「上方世話女房のしゃべり芸」とでも言えば良いのでしょうか、その語り口はもうお手本の演技と言えるのではないかと思いました。これから「義経千本桜」の昼の部をご覧になられる方には、上方歌舞伎の現状を考えれば、今後もうこのような演技やセリフ廻しを見られ無くなる可能性がありますので、この演技を是非「これが上方歌舞伎の世話女房の理想形」と覚えて置いていただきたいと思います。

 猿之助さんが銀平から知盛に戻り、安徳帝を毛皮の敷物の上に座らせた後、鴈治郎さんもお柳から典侍の局に戻りますがその時、「こちらは衣装が変わらないだけに余計難しい。世話から時代への転換をどう示すかが俳優の課題になる。」(昭和54年刊演劇界別冊歌舞伎名作案内2より)とあるように船宿の世話女房の柔らかみから、毅然とした高貴な女官への変化も見逃せないと思います。

 北前さんからは昼の部しか見ないのは惜しいと言われましたけれど、さすが人間国宝のこの芸をじっくり拝見できただけでも大満足いたしました。
 その上、取れた席が二階の1列目ちょうど花道の真上あたりでしたから、前夜の宙乗りの時にまかれたとおぼしき花びらを二枚拾うこともできまして、夜の部は拝見していないのにちょっぴり得して帰ってきました


■本当にあの場の鴈治郎さんのしゃべり芸、最高です。あれは渡海屋銀平が知盛の白装束になってあらわれるまでの、言わば時間稼ぎのための場みたいなものですが、並みの役者がやればいかにもその通りになってしまって、観客はどうしても知盛の登場を心待ちにしてしまうというような…。
でもさすが鴈治郎さん。亭主がいかに日和見の名人であるかということをじゃらじゃらとのろけまくって喋るのですが、観客を惹きつけて、笑わせて、毎日拍手がおこっていますもんねェ〜〜。


2000年9月9 日/小安 勲 
いよいよ、明日、日曜日通し観劇です。

私の友人(豊澤勝二郎君)に先程、電話を掛けたところ、な、なんと、義経千本桜にでているとの事。
「鳥居前」と「吉野山」でです。
伝統文化放送では、よく、彼のでてる舞台は見るのですが、今回、生で見るのは初めてです。
本人曰く、猿之助さんに「師匠(重松さん)に似てるねぇ」と言われたことが一度あるそうです。
重松師匠が亡くなってしまわれたいま、猿之助さんに一度とはいえそう言われたということは彼にとっては大きな励みじゃないかと思います。

豊澤勝二郎君は、私が東京へ居た頃は、公園で毎夜、なにかに取り憑かれたように三味線を練習していました。
いまどきの若者には珍しいことですが、やはり子供の頃から浄瑠璃が好きでたまらずこの世界へ入ったようです。
私と同年齢ですが、同世代からみても頭が下がるほどの努力家です。
浄瑠璃が心底好きだから、人目も気にせずに公園で練習ができるんでしょうね。私だったら、たぶん、稽古を続けた後にまた家へ帰ってまで練習するなんてことしないだろうし、ましてや、人目の付く公園で練習だなんて・・。

みんな、そこまでやって、初めて、人に聴かせるようになるんだなぁ・・・って実感しました。

それから今回の舞台での猿之助さんのことも少し聞きしました。
坂東吉弥さんがおっしゃっていたらしいのですが、
「権太の場面での猿之助さん、すごいねぇ。」
「猿之助さん、感情移入してて、涙ボロボロだったよ」と。
これを聞いて、ますます、猿之助さんってほんとにすごい役者さんだなぁ・・・と思いました。
そしてさらにさらに明日の舞台への期待が膨らみます。


■豊澤勝二郎さん、「鳥居前」と「吉野山」ですね。ファンとしてはまた一人注目するべき人が出来て楽しみが増えました。
それから、吉弥さんのお話、嬉しいです。同じ舞台に立つ役者さんの目から観てもあの場の権太は凄いってことなんですね。
でもそういう吉弥さんの弥左衛門も凄い熱演の素晴らしいもので、火花散る共演とは正にこのこと。最高コンビによる最高の『鮨屋』になったと思っています。


2000年9月8 日/みずき 
酔っぱらってます〜。

やっと行ってきました ! !  頑張って『通し観劇』です。
それにしても『通し観劇』というのは相当の気力がいるものですね。体力的にはちょっと身体が痛くなる程度のことでどうということもありませんが、気力を使い果たしてしまうというか、終演後はもう抜け殻みたいな気分でした。
ただでさえ力を入れて観ずにはいられない猿之助さんの舞台。それが昼も夜も出ずっぱりの猿之助さんなんですから、疲れる、疲れる。初日に通しで観たら一日で体重が1キロも減ったなんて北前さんの書き込みがありましたが、分かる気がします。(私も計ったら結構減ってたかも)
しかし、観るだけでさえそんななのに、やってる猿之助さんの大変さはどんななんでしょう。全く、同じ人間とは思えない・・・。

舞台の印象は、一言で言うならひたすら“美しい美しい”舞台でした。
熾絵さんもおっしゃっていますが、本当に絢爛豪華、眩いほどの歌舞伎らしい様式美と歌舞伎的美意識に彩られた物語が織り成す極上の舞台。それと目の当たりにすれば「これが猿之助歌舞伎の原点なんだ・・・」ってことがよ〜っく分かるし、ファンとしてはやっぱり特別の感慨をもって観ずにはいられない舞台です。借金しても観る値打ちのある舞台って、ホントです。

猿之助さんが全く違うキャラクターの三役を、まったく違うように演じ分けていらっしゃるのに大感動したのは当然ですが、お弟子さんたちも皆さんがそれぞれ何役かの役を演じ分けておられ、歌舞伎俳優の底力というものを見せ付けられました。
特に、『新・三国志』であの壮絶な立ち回りと豪快な引っ込みで劇場中をどよめかせていた亀治郎さんが、可愛くて、一途で、哀れな娘・お里になりきっていらっしゃったのはビックリ。
猿之助さんの権太、素敵でした〜〜〜。もうもうかっこよかった〜〜〜。
それから源九郎狐の最期の宙乗り。猿之助さんのなんともいえない笑みを湛えた美しい表情が今も眼に浮かんで眼に浮かんで・・・・。


■そうそう、歌舞伎、とくに古典歌舞伎って、酔わせるんですね。紅娘さんが、歌舞伎って「見る演劇だ」という印象を語っていらしゃるけれど、さらに突っ込んで言うなら、物語りもさることながら、先ずは役者の輝きに「酔わせて酔わせてメロメロにさせてしまう演劇」なんですよね。理屈を超えた次元で掴みにくる。だからこそ一旦掴まれてしまうともう抜けられない…(笑)


2000年9月7 日/いくよ 
存在そのものがギネスもの・・・

六日・夜の部を観てきました
古典歌舞伎は7月歌舞伎座が初めて。昼の部たった一回きりだったんですが、それでも目もくらむ猿之助さんの金色の輝きに体中染まって帰ってきました。
でも今回は地元だから(皆さんのように通し観劇はちょつと無理ですが)ちゃんと昼夜みられるのが嬉しいです。

で、六日の感想です。
もう、感動です ! ! ! 本当に猿之助さんって何とスゴイ役者さんなんでしょう。
『新・三国志』で初めて猿之助ファンになった私ですが、いまはあの時点では猿之助さんのスゴサの十分の一も分かってなかったんだって思います。あの、年齢を感じさせない美しさって、気迫って、奇跡のようです。あんな六十歳がどこにいるだろうって信じられません。
ロビーにはギネスの認定書を手に微笑んでいらっしゃる猿之助さんのお写真と認定書の写真が掲示されていましたが、私にとっては、5000回の記録もさることながら、役者としての猿之助さんの存在そのものがギネスものだという気がします。
本当に猿之助さんに出会えてよかった。もう遅れてきたファンであること嘆いたりはしません。それより役者として最高に充実し円熟したのいまの猿之助さんに間に合った事を感謝したいと思います。

猿之助さんの権太、私大好きになりました。にくったらしくて、でもどこか母性をくすぐる愛嬌があって(すぐにコロリと騙され許しちゃうお母さんの気持ちわかる・・・)、色っぽくて、本当に魅力的でした。あの男くさい野太い声も大好きです。
死んでいく前の述懐では猿之助さんの目が涙でいっぱいで、本当に権太になりきっていらっしゃいました。

そして歌舞伎座以来二度目の『四の切』。
このときの猿之助さんはもう完全に親を恋慕う哀しくもいじらしい子狐になりきっていらっしゃいました。台詞の声も権太の野太いそれとはガラリと違い、ケーン、ケーンと甲高く鳴く、いかにも狐を思わせる感じで話されて、扮装といい、表情といい、身のこなしといい、同じ役者さんが演じているとは思えないほどの演じわけです。
前回見たときもそうでしたが、『四の切』はひたすら美しく、切なく、激しく、そして観終わった後は心が浄化されたような気になる舞台だと思います。


■あの美しさが奇跡のようだ・・・って。本当にそれ、実感です。どうしちゃったんだろう ?!? っていうくらいどの役もどの役も猿之助さん素晴らしく綺麗 !、美しい ! !  今回も“歌舞伎&猿之助初体験”という人を大勢誘ったのですが、どの人も印象の第一がやはり「綺麗やった〜 ! ! 」なんですよね、本当に。そういえば演劇人祭での『連獅子』も息を呑む美しさだった ! っていう声がしきりだし…。
きっと役者としての猿之助さんが、いま最高に充実してる、最高に熟している時に入られたってことなんだろうって私は思っているんですが。


2000年9月7 日/熾絵 
気鬱に効いた狐の丸薬

北前さま みなさま こんにちわ。

この夏、ちっとも良い事無くて・・・。そればかりか次々と気の滅入る出来事が・・・。
頭は痛いし身体はだるい・・・。朝な夕なにブツブツと愚痴ばかりが口をつく・・・。
暑さに苛立ち、クーラーかけっ放しで風邪はひく。
そんなこんなで落ち込んでるうちに秋の声。
久しぶりに覗いてみたネットでは熱い初日の感想が・・・。
ああ・・・、私の観劇日は未だ未だ先・・・。
こんな時こそ元気の素<猿之助歌舞伎>を粉にして固めて丸めて、飲めば元気になるかしら?。
思い立った丁度そのとき、運良く手に入るチケット一枚。
取るものもとりあえず飛び乗った新幹線。
そして<狐の丸薬>を一粒、ごっくん。たちまちにして効用が・・・。
昨日までは額に寄ってた立皺が、今日は口元笑い皺。
ああ・・・、嬉しい。
猿之助様、鴈治郎様、役者の方々様、ありがとう。

というわけで「義経千本桜」を見てまいりました。
夜の部だけでしたが凄く素敵な舞台に酔って来ました。
「翔・情報BOX」を通じてチケットがゲットできて
お蔭様でこの間からの憂さも晴れました。

まず四幕目では小金吾が討ち死にする場面。
門之助さんの若侍姿はいつも爽やかな雰囲気で好きですが、音に合わせた舞踊的な立ち回りがゆっくりしていて綺麗なのが小金吾の使命感や悲愴感を感じさせて切なく瑞々しく感じました。

五幕目「鮨屋」では、
鴈治郎さんの惟盛、気品の中にも滅び行く運命の平家を象徴するかのような哀愁の翳が漂っていました。
権太が妻子を犠牲にしても守る忠義には身分や恩だけでない威厳や格の違いが無ければ、そして観客の目にも納得のいく惟盛の姿でなければならいと思いますが鴈治郎さんの惟盛にはそれを十二分に感じました。
人目が無くなり弥左衛門との主従の関係が逆転したとたん、それまでナヨっとしてた惟盛の姿勢が微妙に変わって行く、手の動きや歩き方、話し方にすーっと芯が通って行く様が、これ見よがしの大袈裟で無い、微妙な違いを表現していて、惟盛の複雑な心理状態までを映してる様に見えました。
猿之助さんと鴈治郎さんの「道行」を見るのが楽しみです。

そして権太の猿之助さん、憎らしい口利きのなかにも憎めない愛嬌があり、猿之助さんならではという感じです。
以前、鮨屋の幕だけを見たときは弥左衛門の忠義は判るけれど、唐突に感じた権太の孝行心や忠義心、小せん母子の犠牲心など、「椎の木」から見ると納得いく部分があり余計に哀れを感じます。

そして「四ノ切」の最初、人間の方の忠信の動きを見ていたら文楽のお人形が動いてるような浮世離れした時空を感じました。
後の狐忠信との違いが良く判るようにとの演技なのでしょうか?。
そして猿之助狐の可愛らしさと言ったら・・・。
猿之助さんの忠信を見るのは、狐になりきってると言うよりさながら子狐の心がそのまま現身となって舞台中を縦横に飛び、駆けるのを目にしている心地がします。
登場したとたん、思わず「可愛い!!」って声が出てしまいました。
7月に見たばかりなので今回は騙されない様舞台に目を釘付けにして待ったおりましたが、考えると観客がみんな揃って騙された方が楽しいかなぁって思ったりもしました。
本物の忠信の難儀を思って正体を明かす気概を見せながらも、
正体がばれて、すごすごと帰ろうとする様が哀れで・・・。鼓を与えられて全身で喜ぶ可愛らしさ・・・。
まるで親に甘えるかのように鼓と戯れる子狐がほほえましくて・・・。
そして山の高みへ消えていく子狐の、為すべきことを成し遂げた誇りと嬉しさを体いっぱいに表し宙を駆ける姿の美しさ。
この舞台は義経、静の様式性の延長上に宙乗りを含めたケレンの派手な美しさがあるというのが良く解り、それらが溶け合って眩いほどの歌舞伎らしい様式美、表現を感じました。
全体には様式に暖かい人間味が加わった舞台という印象です。
というわけで早く昼の部も見たい気持ちが募ってます。


2000年9月5 日/夢猿 
芸術にまで昇華した宙乗り・・・

情報BOXに書き込まれたギネス認定関係の記事、さっそく読んできました。

「記録より、宙乗りという江戸時代からの英知が(世界に)認められたことがうれしい」というコメントが、いかにも猿さまらしいですね。本当にこれは歌舞伎界に対する猿之助さんの大きな大きな功績だと思います。
歌舞伎俳優のギネスブック認定は、「演じた役の数」が800以上になった中村勘三郎さん(故人)に続き、2人目だそうで、この800という記録もすごいものですよねえ・・・。
本当に歌舞伎役者って、凄いなァ、大したもんなんだなァって改めて実感しています。
因みに猿之助さんは何役くらいされてるんでしょうか ?  早替わりを得意とする猿之助さんでもあるし、数えてみると多分相当なものじやないかって気がするんですけど。これからはそっちの記録も頭に入れて、これまでにやっていない役にもドンドン挑戦していってもらえたらなんて思ってしまいます。

それと橋之助さんの記事も読んだのですが、中に勘九郎さんのコメントがありました。
十月南座にかける作品で、もともとあった宙乗りをやめ、何か別の趣向を考えようとしている橋之助さんにおっしゃったらしいんです。
『おれも七月大歌舞伎(大阪松竹座)の“浮かれ心中”で宙乗りをやったけど、自分でやってみて改めて澤瀉屋のお兄さんの宙乗りの素晴らしさがよくわかった。あれにはかなわない』って。
ちょっと前、吉右衛門さんが天竺徳兵衛でツヅラ抜けの宙乗りを敢行された時も、あの播磨屋がと話題にもなり、ファンも大喜び。私たちも吉右衛門さんの勇気ある挑戦に拍手したけれど、正直猿之助さんのツヅラ抜け宙乗りを観ているものにとっては、何だか吊られているだけのようにしか観えませんでしたから。

そう、そうなんですよ。藤山直美さんも怒っていらっしゃるように、長い間まるで宙乗りは芸ではないような言われ方をしてきたらしいけれど、あれは実はもの凄く高度な“芸”なんですよね。いろんな人がやり出してようやくそういう認識がされてきたこと、ファンとしては凄く嬉しいです。
今日まで、人が何を言おうが意に介さず、5000回以上もの宙乗りを重ねてきて到達された猿之助さんの宙乗りの世界は、見事に芸術にまで昇華していると私は思います。
『宙乗りの猿之助』。『早替わりの猿之助』。いいじゃないですか。
やるならとことんやり抜く。それこそ傾く精神。歌舞伎の心ってもんじゃないのでしょうか。


2000年9月5 日/みずき 
祝・ギネス登録 !

『猿之助さん、そしてファンのみなさん、宙乗り5000回のギネス認定、おめでとうございます ! ! ! 』
ちょっと遅れ馳せかな・・・って感じですが、やっぱりスッゴイ、スッゴ〜イことだから。
スホーツ新聞には「四日に劇場で認定書が渡される」って出てたので、もしかしたら舞台上で手渡されるのかな ? と劇場に問い合わせてみました。もしそうなら幕見でもいいから駆けつけて拍手を贈りたいと思ったんです。
劇場の答えは、そんな時間や余裕はないから使者の方が楽屋に持参して手渡すことになってるということでした。そりゃそうですよね。
でも、団子時代から知ってるというファン歴40年を誇ってらっしゃるファンの方にお話したら、とても喜ばれたのはもちろんですが、「でももう今以上に“宙乗りの猿之助”として有名になってもらいたくはないんだけど・・・」ってポツリと漏らされたんです。私なんてもう単純になんでもかんでも大喜びしてしまうんですが、古くからのファンには複雑な思いもあるんだ・・・って、ファン歴の違いを感じてしまいました。
でも、それでもやっぱりこれは大大偉業ですよね。
翔の八号で藤山さんが話しておられた宙乗り初体験の件を読んでも、私は心から大拍手を贈りたい ! ! って思います。

『・・・宙乗り( の猿之助 ) とか、早替わり( の猿之助 ) とかもよう言われましたやん。
芸で勝負せんと耳目を引きたいためだけにやってるんやみたいに。私声を大にして言うてやりたいわ。そんな軽い気持ちでやれるもんかどうか、お前らいっぺんやってみィ ! って。いっぺんでもぶら下がって動いてみて、それから言え ! ! って。
あれね、下から見てるのより何倍も高うて、メチャクチャ怖いんですよ。狐六法で弾みつけてユッサユッサと入って行きますけど、あの時、ガシャンガシャンっていう金属音が聞こえるんです。もうコワ〜てコワ〜て、恐怖が身体を突き抜けますねん。“ウケねらい”みたいな軽い気持ちだけで絶対にあんな怖いことでけへんって、自分が飛んでみてハッキリわかりました。
あんな怖いこと、猿之助さんもう四千回以上もやってきはったんやねェ。泣けてきますよ、ホンマに』
 ( スミマセン、北前さん。勝手に引用掲載してしまいました )
この時から二年半が経って、今や5000回 ! ! そして手にされたギネスブック認定! ! !
ますます泣けてきますよ。ホンマに〜。

さあ、私は明日がMy初日です。また感想書き込みたいと思います。ただ、感動し過ぎると言葉にならなくなってしまうってことがあるから、さあ、ちゃんと書けるかあまり自信はありませんが・・・。


2000年9月3 日/YASUKO.W 
「こんな素晴らしい初日は初めて」

ほんと、ほんと!
もう、終演後も「ヨカッタ、ヨカッタ、素晴らしかった〜〜」しか言葉が出なかったですもんね!!
人間の(“私の”だけか?)語彙ってこれだけしかないのか〜〜??と思えども、他に適当な言葉が見つからず・・・
このところ「初日」とか「楽」に合せてオフをとるということは、し難いのです。(何せ、六月の囲む会も欠席したほどで・・・(T_T))今回もたまたま仕事と仕事の間が、奇跡的に初日にはまり、駆けつけることができたのでした。
(その割には急遽キャンセルのチケットが出たようで、昼は最前列カブリツキほぼセンターという好条件!夜は花横で、権太の生足を目前にし気絶〜〜(@_@))

翌2日も昼夜観たけれど、あの初日ほどの完璧さ(役自体は完璧ですよ?でもちょっとした、科白の微妙なところ←見過ぎの観客の小姑のツッコミみたいなものですが(~_~メ)なんかを比較すると初日のあの完璧さは、驚異です。

猿之助さんが自身を煽り立てるような(一昨年はそんな部分が垣間見えたりした)こともなく骨太いそれぞれのドラマを見せてくれるのだけど、ちょっと適当ないい方じゃないけど、なんだか易々と、その世界を描き出している感じ。こう、す〜〜っと観客もその世界に入っていける。
はっきり言って、初日が観たいというのは、どの程度完成されていてどの程度完成されていないか、初日・中日・千秋楽と変化(進化?)していくアンサンブルやノリを観たい、という部分もあるのですが(ホラ、一種みんな『勝手に身内感覚』で観てるから、“初日”の開けるお祝いの気持と共に、“心配”も抱えてたりして、その“心配”が日々の舞台によって解消されていく過程を観たいから初日観る!っていう気持もあるでしょう??ないですか〜〜??)

しかし、今回はもう、猿之助さんの三役としては、パーフェクトでした。
はぁ〜〜〜。。。。。。。
今、ちょっと仕事の報告書も仕上げないといけないし、脳軟化症!?でグチャグチャだし、落ちついたら、もう少し具体的に舞台の素晴らしさをお伝えできたら・・・と想います。

とりあえず、みんな、これは絶対!観にいかないといかんで〜〜〜(ニセ関西弁)


2000年9月2 日/紅娘 
松竹座初日の感想

皆様、こんにちは。私も宣言通り?松竹座初日、通しで行って参りました。
1年ぶりの歌舞伎、しかも猿之助さんの「義経千本桜」の通しが見れるなんて、とてもラッキーでした。

全体の感想としては「歌舞伎は見る演劇だ」ということです。
何言ってるねん、ってつっこみが入ると思うのですが、この1年間北京で主に京劇を見てきたので、どうしても京劇との違いを感じてしまったのです。
京劇は「聞く」ものです。役者さんの“唱”を、喉を聞きに行くのです。
聞き所では「戯迷」と呼ばれる通のお客さんは役者と一緒に唱います。実際に京劇を習っている人も多いです。
私はとても歌えませんが、その会場全体が唱で包まれる時に舞台と観客との一体感が味わえます。それがたまらなくいいのです。

それで、歌舞伎です。歌舞伎は見るものだと書きました。
猿之助さんと鴈治郎さんの道行は実際にこの目で見なければあの美しさはわかりません。このお二人の組み合わせ、一度見たいと思いつつ、久しくなかった組み合わせでの道行に、私は期待と不安が半々だったのですが、初日にもかかわらず、お二人の道行はまるでこれまでも何度もコンビを組んでいたかのように、ピッタリという感じでした。
それで歌舞伎は、舞台上の役者さんの演技を見て、その姿に観客が人物の心情や何かを感じ取ったときに一体感が生まれるのかもしれないと思いました。

あの道行を見て、一つ疑問に思ったことがあります。あの時忠信は静御前に恋情を持っていたのでしょうか。
そして静御前は義経への思いを抱きながら、忠信のことはどう思っていたのでしょうか。私は道行の忠信は静御前に恋情を寄せているのではないかと思いました。でも静御前のほうはわかりません。どうなのでしょうか。
一般的に考えると彼女は義経一本だと思うのですが、実際にそうだと「道行」という設定が成り立たないようにも思うのです。
初日の道行を見て、いろいろ考えてしまいました。

京劇ではあまり考えません。今日の彼の唱は良かったとか、彼女の調子は今ひとつとか、そういうことだけで、人物の心理まで考えさせるようなものは大変少ないと思います。私もまだあまり京劇の舞台を見ていないので、よくわからないのですが、話の構成としてあまり複雑な心理は描かないような気もします。
私がまだそういう舞台に巡り会っていないだけなのかもしれませんが。

でも歌舞伎はとっても複雑です。善人が悪人になったり、悪人が善人になったり、舞踊で心情が表現されるだけで終わったり。
良い舞台を見ると、あれこれと考えてしまうのは私だけでしょうか。

猿之助さん、ほとんど出ずっぱりでしかもパワー全開という感じで、ああ、日本に帰って来て良かった、という感じでした。
他にもいろいろ好きなところがあったのですが、あまり時間がないので、箇条書きに。
・「四の切」の笑三郎さんの静御前
歌六さんの義経を見る目が、信頼しきっている愛情にあふれていました。
・小金吾の門之助さん
門之助さんの義経も好きですが、はかなく死んでいく小金吾の姿も。

また北京に帰ります。余談ですが、中国での歌舞伎公演というのはできないものでしょうか。去年は宝塚の公演がありましたが、あんなにチケットが高くては(月給並)普通の中国人は見れません。もっと普通の値段で歌舞伎の公演をやって欲しいなと思います。


■『吉野山』での恋情については、感じられた通りだと思います。唄いだしの歌詞は“恋と忠義はいずれが重い…”とくるし、『道行初音旅』というのが正式の名称ですよね。普通は道行とつけば恋仲の男女の道中を指すのですから。
そういうことを度外視しても、二人は若い、それも見目麗しい二人連れなのです。忠信が例え主君の恋人であっても美しい
そして寂しい思いを抱いている静に憧れのような恋情を抱くのは当然という気がします。また静にしても、命をかけて自分を守護するべく付き従ってくれる美しい若者を憎からず思うようになるのは当然でしょう。そういう薄っすらとした恋情が舞台全体を覆っていなくてはあの踊りはあれほど酔わせるものにはならないと思います。
ただ、それでもそれはどこまでもそこはかとなく漂う淡い恋の風情であって、あくまでも主従であるという線がピシッと引かれていなければならない。そこが微妙で難しいところなんだろうと思います。数年前の外国公演の際、『吉野山』に対して「猿之助の忠信にはナイト(騎士)の精神がある」という評があったそうですが、その点をズバリついたものじゃないでしょうか。


2000年9月2 日/北前 
千秋楽みたいな初日 ! !

初日、行ってきました。 もちろん“通し観劇”です。

そしていま、康子・Sさんお察しの通り寝つかれそうもなく、かといって 心波立ちまくってるものでちゃんとした感想なんてまとまりそうもなく・・・。
喉もとまで猿之助さんがいっぱいになっちゃってるから当然晩ご飯も喉を通りません。さっき体重を量ったら、何と今日一日で1キロも減ってしまってるー ! !  この分じゃあ、私、9月中に5キロ減は固いかも。

本当にそれくらい素晴らしい初日でした。
初日って、普通は何かトラブルがあったり、まだ充分に乗れてなかったり、ところどころプロンプが入っていたり。そういうのが歌舞伎の場合は常識ですよね。さらに猿之助さんの場合は、役者・猿之助とともに時たま演出家の顔や師匠としての顔がのぞいたりすることもある・・・
でも今日の初日はもうもう既に完璧な舞台 ! でした。
十時間以上もの間、猿之助さんの役々への集中力はいささかも衰えず、演じるというよりはもう完璧にその人になりきっているといった今日の舞台。
猿之助さんの公演はいつも初日から駆けつけるというような濃〜いファンの姿も多かったけれど「こんな素晴らしい初日は初めて」というのが共通した感想。役者が燃えて、客席が燃えて、もうまるで千秋楽のような初日でした。

瞼に焼き付いている狐忠信の飛翔 ! ! !
猿之助さんの汗が、幾筋も幾筋も、一直線に煌き落ちるさまはまるで流れ星をみているようで・・・。

嗚呼、どうかどうかこの舞台だけは見逃さないで !!
この際仕事なんかほっぽり出したっていい、チケット代がないなら借金してもいいから、絶対に絶対に観て欲しいって思います。
だって仕事は後からでもハチマキしめてやればいいじゃないですか。借金だって後で返せばいいんだし。
でもでも今の舞台は今だけのもの。今を逃したら二度と観ることはできないのだから。


2000年9月2 日/杏ッこ 
初日〜!!レポート★

こんばんは。2日の1時ごろ帰宅いたしました。(よーーするに真夜中デス)
帰ってきたらおかあちゃんが仁王立ちで待っていました。
「あんたなんか出て行け!もう帰ってこんでええ!」  プンプンでした。
そういわれても出て行きません。ごめんね〜。こんなに遅くなったのは今日の(昨日です)お芝居があんまりにも良かったんで、名残惜しくって、濃〜いファンと盛りあがったからです。

 初日と言え、ほんと銀平の出から気合入りまくり〜でした!
私は銀平が大好き〜!
猿さまって紺系の衣裳を着たら色気がすごい立ち上る気がするし、すごいきりっとさわやか!3Fから双眼鏡くぎ漬けでありました。この瞬間、逃がしてはなるものか!
立て板に水のごとくあの場面の漁師言葉?を言うときの猿さまのなんとかっこのええことか〜!
知盛の時ももう、「私、巻き付いて縄になりたい!」です。
身投げするとき久しぶりなんでちょっとドキドキしました。
事故なんて起きませんように〜・・OKでした。 きれーーいにジャンプして、足もバッチリ上がってました。

 『吉野山』 鴈治郎さんと久しぶりの共演。

2人、ならんでもまったく違和感なしです。ほんといい舞踊を見たなぁ〜。
まさに桜満開★の中を踊ってる2人を見てると気持ちが和んでとっても幸せな気持ちでいっぱいになりました。この舞踊はほんと必見です。

『椎の木』 門之助さんがすごい哀愁が背中からぶわぁ〜と立ちあがってすごく良かった!!
ちなみに2幕目でも義経で登場しますが、のれんを上げて登場、それだけで「義経だ!」って判るほど彼が持ってる悲しい運命とか感じさせました。

 『椎の木』 の猿さま、子憎たらしいけど可愛い、憎めない。だから小せんも許してしまうところがあるんろうな、と思いました。
『鮨屋』 やっと亀ちゃん、登場。
このところよく待たされます。本條会は3時間、鮨屋は6時間。もっと出演してほしいです。
 弥助の鴈治郎さんは近松座のときの和事を彷彿させるほど「まさに上方」。それにどう亀ちゃんが絡むのかを楽しみにしていました。(今年の1月も共演だったけど少なかったから)
お里ちゃんの弥助へのぞっこんぶりが可愛い〜♪気持ちが正直で、好き好きが全身に出てました。すごく積極的なお里に対して弥助は気持ちは充分わかってるけど受け止め上げられない重大な秘密があって、その戸惑いが不思議と「和事」の中性的なとこと合ってるように思いました
  
 そして『鮨屋』の最後の「モドリ」での猿さま、涙ポロポロ・・・でした。

 『四の切』は7月も見たし、実は大阪では震災以来の公演で感慨深く見ました。

初日なんで衣裳が真っ白!!なお一層、子狐ぽくなってかわいい〜★
私の周辺は初めて見る人が多いらしく、一つ一つの振りに反応して
「かわいい〜!すごいねぇ、あんなに動いて!」
宙乗りで3Fに向かって飛んで来たときもちょこっとかわいくって、かわいくって〜!!
でもさすがは猿さま。いよいよ鳥屋の中に入る前にきっちりと3Fの反応をチェックしてました。

 鳥屋の中から強い光と風がビュー―と吹いた時、忠信の髪と桜の花とが光線に混じり同時にさぁ〜と髪が乱れました。
花の中に消えた狐忠信、きれいだったし、神々しい感じだったです。
 3Fにすわったら注目してください。

 以上、ざぁ〜とレポートです。


2000年8月31 日/花鈴 
松竹座の初日、いよいよ明日ですね。

多少席が悪くても取れるだけでいいから、と覚悟してとった日曜日のチケツトが凄く良い席で、母と2人で大喜び!今からもう、どきどきしてます!
なんだかんだ言っても、最近ハマリつつある母なんです(笑)
見に行った後にあんまり感想を激しく語ってくれる方ではないので「本当に楽しんでるのかしら?」と思っていたのですが、昨日何気なくCS放送の「リュ―オー」をつけたら、熱心に見入ってました。しめしめです!
そう言えば三国志を見に行った時は「猿之助さんにはここ(松竹座)はちょっと狭いわね〜。舞台、足らんみたいやわ〜」って言ってましたから
結構猿之助さんの事分かってるやん!と、思いました。

本当に明日、待ちに待った初日が、とうとう始まるのですね〜。
7月の歌舞伎座がどうしても時間の都合で見れなかった私は、澤瀉屋の古典歌舞伎を見るのが今回初めてになるので、倍どきどきです!

今回は、10日の昼夜と大阪府の半額鑑賞券が当たった20日の夜と、お弟子さんの後援会に入ってる友人に楽日を昼夜取ってもらったので、計3日間5回の観劇になります。半額券が当たったのは本当にラッキーでした〜。
この日はちょっと歌舞伎に興味を持ち出している姉を連れて行きます。東京にいるのに強引に休みを取ってもらいました(^^;)

花道の外側なんですが、初めて座るのでどう言う風に見えるのかも楽しみです!(自力でチケット取ったら絶対取らない席ですからねぇ)


2000年8月31 日/北前 
今夜、家族に宣言します。

嗚呼、やっとやっと「義経千本桜の通し」が大阪で開幕するんですねェ・・・。
東京での何度かの公演を、その都度どれほど羨ましく、妬ましく、切ない思いで観てきたことか。
でも今回は大阪での公演 ! 観たいと思えばいつだって駆けつけられるんですよね。
本当にこの日をファンになって以来十七年間も待ちつづけていた私です。
この上は観て、観て、観まくって、猿之助さんのゲップが出るほど(もうちょっとオシャレな表現がありそうなものだけど) 心の中も身体の中も猿之助さんで一杯にして、一ヶ月間を過ごします。

という訳で今夜家族に宣言しなくちゃならないことがあります。
  
  ◇子どもたちへは・・・「お母さん、これからの一ヶ月間は入院中やから」
  
  ◇職場が近い夫へは・・・「会社では顔合わすやろけど、家では殆ど会われへんと思うねん。
                 連絡事項があったら会社でよろしく」

とにかく九月は気合を入れて通いまくります。もちろんその都度“通し観劇”敢行予定です。
貯金もおろした。夏期休暇も残してある。もちろん土日は劇場です。
ヒンシュクもんだってことは百も承知。でもでも十七年間も待ち焦がれて、しかもきっとこれが最期になるだろう三役完演なんですもんね。 思いっきり溺れる、これしかないじゃありませんか。

夫、子どもへの罪ほろぼしは後でゆっくり考えま〜〜す。