妖魔をよぶ街 上・下
訳:井辻 朱美
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- ランドオーヴァーシリーズで日本に紹介されたブルックスですが、今回のこの本は打って変わってシリアスモードです。ランドオーヴァーが「箱庭療法」的パラレルワールドファンタジーだとすれば、『妖魔をよぶ街』は「もしもの世界」に捕らわれたローファンタジー(日常世界ファンタジー)に分類されるでしょう
- 物語の舞台は、鉄鋼会社が町の労働人口のほとんどを支える典型的なアメリカの田舎町。しかしそこには精霊の宿る森が存在していた。その秘密を守る森の番人として、代々の魔力を受け継いだ少女ネスト。だが彼女が森の様子がおかしいと気づくと共に、会社との労使闘争で揺れる町にも不穏な空気が増してゆく。不安を募らせる彼女に次々と訪れる謎の訪問者。果たして彼らの目的は一体何か?そして森に隠された秘密が明らかになる時、ネストは自分の出生の秘密を知ると共に重大な選択を迫られることになる
- ファンタジーの王道とも言うべき「光と闇」の対立がこの話の骨子です。光にあたる「言霊」と闇にあたる「虚無」との対立を描いています。が、対決するのはどちらもその代理人である「騎士」と「妖魔」というところ、「善」と「悪」の戦いであるところなど、私にはムアコックの「法と混沌」のコンセプトを彷彿とさせるものでした。また「騎士」が決してスーパーヒーローではなく、制約を受け、自分の能力の限界に苦悩し、役割の重さに絶望すら感じているあたりも、何とはなしにムアコック作品の主人公と重なる部分が多いように思います(あくまでコンセプトのみですし、私の印象です。2つの作品世界は全く異なります)
- アメリカの普通の街を舞台にしているものの、登場するキャラクターをみるとイギリスのケルト世界やネイティブアメリカンの世界が色濃く反映されており、その意味では「日常に潜む異世界」という作品の雰囲気をより強めているといえます。さらに「『もしもの世界』に捕らわれたローファンタジー」の特徴として、少女ネストの元を訪れる「言霊の騎士」が夢として受け取る「なるであろう未来」のビジョンがあげられます。一方は「なるであろう未来」を阻止するため、もう一方は実現させるため、選択をする人物(この場合は少女ネスト)に対し、様々な働きかけを行うのです
- このストーリーは少女ネストを主人公としながらも、「言霊」と「虚無」の5日間の局地戦を描くため、ラストにファンタジーにありがちな予定調和(Happy ever after)はありません。関わった者に強烈な記憶のみを残して街も人々も「普通の日常」に戻るだけです。不可解な事件は不可解なままに風化し、真実を知る者は穏やかに口を閉ざし、「騎士」は次の戦いに備え町を離れてゆく・・・。そのあたりがランドオーヴァーの読後感と大きく異なるところでしょう
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