−第三編 竜の騎士−



 ゴツゴツとした岩肌を背に感じながら、イグナートは息を潜めていた。額から噴き出す汗が頬を伝って顎に溜まり、足下にポトリポトリと落ちていく。イグナートは暗い岩陰から眼だけを光らせ、辺りをうかがった。

 それからややあって、一匹のドラゴンが頭上に飛んできた。まるで何かを探すように何回か旋回を繰り返すと、ドラゴンは再び飛び去って行く。

「ふー・・・・」

 それからたっぷり百数えて、イグナートは大きく息を吐いて地面に座り込んだ。気を落ち着かせるように、一度つばを飲み込む。

 イグナートは初老の男であった。やや白髪の混じった髪を短く刈りそろえ、顔にはしわが目立ち始めている。まるで地の底の暗黒を思わせるような真っ黒いローブと額に輝く”魔石”が、彼がダークソーサラーであることを物語っていた。

 イグナートは岩に手をついて立ち上がり、隠れていた岩山の影から出てきた。

(何故儂がこんな目に・・・・)

 天を見上げつつ、イグナートは何度も繰り返したその言葉を自分の心に問い直した。すべては、昨日のあの出来事だった・・・・。






 昨日、アデル城会議室・・・・

「皆に集まってもらったのは他でもない。今日で儂は主席の座を退き、他の者に譲ろうと思う」

 その日、イグナートをはじめ城の魔導師団の主だった者が集められた。その理由は、魔導師団の主席であるエラトがその座を退くためだ。

 エラトがその座を退こうとしていることはすでに知られていたので、イグナートも驚きはなかった。イグナートにとって最大の関心事は、誰がエラトの跡を継ぐのかということだった。そして序列からいっても、当然自分が指名されるものと信じていた。

「儂の後の主席には、ゼノンについてもらうことにする」

 しかし、エラトの口から出た言葉は、イグナートにとって驚くべきものであった。

「何ですと!」

 大きな声を上げ、イグナートは席を立ち上がった。

「確かに、彼の魔法の力は素晴らしいものでしょう。しかし、ゼノンなどまだ若すぎます」 ゼノンは、まだ三十代前半の若い魔導師であった。だが、早くからその素晴らしい才能を発揮し、魔術に関しても魔導師団でイグナートに次ぐとまで言われている。

 一部の魔導師からはイグナートと同様の反対意見が出たものの、ほとんどの魔導師がエラトの決定に賛成した。ゼノンは王であるアレウスの補佐役もやっているし、何より若い魔導師からの信頼が厚い。

「私は納得できません。何故です、理由を教えてくださいエラト様」

 何故、自分よりゼノンのような若い魔導師が選ばれるのか。大勢の魔導師の前ということも忘れ、イグナートは一人エラトに詰め寄った。

「イグナートよ、お前には儂の跡を継がせるわけにはいかないのだ」

 イグナートとは対照的に、エラトはゆっくりと答える。

「何故ですか」

「イグナートよ。そなた、”古代魔法”に手を出したそうだな」

「なっ!」

 エラトの答えに、イグナートは返す言葉がなかった。

 ”古代魔法”とは、古代の遺跡から発見された書物の中に書かれていた失われた魔法のことだ。しかしあまりに強力なために、現在では習得することは禁止されている。

「根も葉もないことを言わないでください。私は”古代魔法”など身につけていません。そんな証拠はありませんよ」

 イグナートは慌てて弁解する。しかしその時、それまで黙っていたゼノンがゆっくり立ち上がって口を開いた。

「イグナート様が昔教えていた弟子が教えてくれたのです。覚えていますか、ソロンという若者を。あなたと喧嘩別れする直前、彼は古代の遺跡で謎の書物を見つけたそうですね。もちろん、当時の彼には何が書かれているか分からなかった。そこで、イグナート様にその本を渡したのです。しかし古代語を学ぶうちに、最近になってその本が”古代魔法”に関する書物であることに気がついたのです。失礼ながら、無断でイグナート様の部屋を調べさせてもらいました。もちろん、エラト様にも同行してもらいましてね。そして隠し部屋を発見し、そこで古代魔法が使われた跡を発見しました」

 ゼノンはまっすぐイグナートを見つめながら、淡々と語った。

「イグナートよ、本日をもってお前を魔導師団から追放する」  

 あまりの事の成り行きに、イグナートは立ったまま茫然としている。すると会議室の扉から二匹のオーガーが入ってきて、その太い腕でイグナートの両腕をつかんだ。さらにエラトは金色のサークレットを取り出し、イグナートの頭にはめる。

「そのサークレットには魔法を封じ込める呪いがかけられている。その呪いは誰にも解くことはできない。お前はもう一生魔法を使うことはできないだろう。」

(魔法が・・・・使えない・・・・)

 イグナートの中で、まるでガラスが砕け散るようにすべてが崩れ去った。

「イグナートを連れていけ」

 エラトに命じられ、オーガーはイグナートを抱えて牢獄に向かっていった。






 今思い出しただけでも、胸が張り裂けてしまいそうなほどの屈辱であった。本来なら、今頃は魔導師団の主席として、魔王アレウスの傍らに控えていたはずなのだ。それが今となっては・・・・。

 まさに投獄されようとしていたとき、イグナートの弟子達が彼を助けたのだ。そしてイグナートはアデル城を脱出し、追われる身となった。そしてこの山にやってきたのだ。復讐を果たすために。

 イグナートは岩山に大きく口を開けた洞窟には行っていった。伝説が正しければ、この奥に目指すものがいるはずだ。残忍な笑いを浮かべつつ、イグナートは洞窟の奥へと向かっていった。




「よーし、集まったか!」

 城の警備隊長を務めるミノタウロスのアルベルトが、いつものように大きな声を張り上げた。彼の前には、城の警備を務める魔族達が集まっている。

「これから我々は、逃亡したイグナートを追跡する!奴は飛竜山の方へ逃げたと思われる!十匹で一つの隊を形成し、五つの部隊で飛竜山を捜索する!」

「了解!」 

 アルベルトの命令を聞き、部下達も大声で返事をした。 

「奴は古代魔法という強力な魔法を使う!追跡には細心の注意を払うんだ!」

「了解!」

「発見次第、奴を捕らえろ!抵抗する場合は殺しても構わん!」

 そう言って、アルベルトは自慢の槍の柄(え)で石畳の地面を叩いた。そのせいで、石畳にヒビが入る。

「了解!」

 部下達は一際大きな声で答えた。

(苦手なんだよなー、このノリ。何とかならないものかねぇ・・・・)

 そんな彼らを、さめた表情をしながら一番後ろで見つめていた男がいた。

「おいカイザ、ちょっと来い!」

 アルベルトは、その男に声をかける。

「何ですか?」

 カイザは面倒くさそうに答える。またいつものように、大声で返事をしろとでも言われるのだろうか。

「呼ばれたらすぐに来い!それから、ラルクもだ!」

 そう言って、アルベルトはカイザの隣りに立っていた男を指さした。

「私もですか?」

 ラルクは至って落ち着いた面もちをしている。

 二人はいったい何事かと思いながら、アルベルトの前に進み出た。

 二人の名はカイザとラルク。双子の剣士で、今年で十六歳になり晴れて城の戦士団に入った。といっても、彼らの実力はすでに一流の域に達している。魔王アレウスとは従兄弟関係にあり、年も同じだ。アレウスと同様若い頃から剣聖といわれたテラのもとで修行をし、決してアレウスにも引けを取らない。

「俺達に何の命令ですか」

 さっきとは、カイザの態度がうって変わる。もしかしたら、特別な任務が与えられるかも知れないと思ったからだ。

「お前達に命ずる!貴様らは城で待機していろ!」

「何だって?」

 アルベルトが言った言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。

「同じことは二度も言わん!貴様達は謹慎処分だ!」

「どうして!」

 アルベルトと同じように、カイザも大声を上げる。

「どうしてだとぉ!この前の任務で貴様が何をやったのか覚えていないのか!」

 アルベルトは、額に血管を浮き上がらせながら激怒した。

「少し指令からはずれた行動をしただけじゃないか!それのどこがいけない!」

 カイザも負けてはいない。顔を真っ赤にしながら反論する。

「少しだと!貴様の身勝手な行動のせいでイグナートを逃がしたんだぞ!」

 イグナートを連行していたとき、カイザ達も一緒に警備としてついていた。弟子達がイグナートを救おうと襲撃してくるのを警戒するためだ。

 その時カイザは、不審な魔導師が後ろからつけていることに気が付いた。そこで、ラルクと二人でその魔導師を追いかけたのである。

 しかし結局その魔導師を見失い、しかも警備が手薄になったことに乗じてイグナートの弟子達が襲ってきた。その結果、イグナートを逃がしてしまったのである。カイザは、敵の策にまんまとはまってしまったのだ。

 もちろん、自分に落ち度があったことはカイザも認める。だからこそ、今回の追跡には絶対に加わりたかった。

「その責任を取るためにも、俺を連れていってください!」

「駄目だ!お前達は城に残っていろ!」

 だが、アルベルトは決して承諾しなかった。

「こいつらを連れていけ!」

 すると二人の魔導師が現れ、カイザとラルクの両腕をリングのようなもので拘束する。「これじゃあ犯罪者みたいじゃないか!」

「命令違反は十分犯罪だ!ゆっくり頭を冷やしていろ!」

 そう言い放ち、アルベルトは追跡隊と共に城門に向かった。

「ちくしょー!覚えてろよ!」

 叫び声が続くなか、カイザ達は城の中に連れて行かれた。






 カイザ達が連れてこられたのは、それほど大きくない地下室だった。四角いテーブルが一つと、部屋の奥にベットが二つ並んでいる。その他には特に何もなく、殺風景な部屋である。

「追跡が終わるまで、お二人にはこの部屋で待機していてもらいます」

 監視につくのは、若い二人の魔導師。歳はカイザ達と変わりなさそうだ。

「頼むよ、俺達をここから出してくれよ」

「すいませんが、それはできません」

「うっかり油断して逃がしたとでも言えばいいじゃないか」

「そんなことを言ったら、アルベルト殿に叱られます」

 若い魔導師は激しく首を横に振った。

「そこを何とか」

 カイザはなおも頼み込もうとする。

「もういいよ、カイザ。ここで大人しく待っていよう」

 ラルクがカイザの肩に手をかけ、やめるように言った。そしてその目で、カイザに何か訴えかける。

「・・・・・・。しかたねぇな」

 カイザはラルクの目を見て、大人しく引き下がった。

「イグナート殿はすぐに捕まりますよ、それまでの辛抱です」

 魔導師達も、カイザが納得してくれてホッとしているようだ。彼らは椅子に腰掛け、分厚い本を何冊か広げる。

「仕方ないから寝るか」

 とりあえず今はどうにもできない。カイザはベットに横になり、寝てしまった。

(何か策を考えないとな)

 一方ラルクは、何とかして抜け出す手段を考えていた。名誉を挽回したいという気持ちは、ラルクとて同じである。

 ラルクもベットに腰掛けながら、顎に手を当てて考え込み始めた。




 それから数刻後、カイザは目覚めた。その瞬間、甘い香りがカイザの鼻につく。

 ラルクの方に目を向けると、彼は何やら小さい茶色の果実を口にしていた。その果実はポリュートと呼ばれる木になる実だ。ラルクはよく持ち歩いており、疲れを取り気持ちを落ち着かせる効果があるらしい。

 カイザが寝ている間、この部屋から出る方法を考えていたのだろう。

 カイザが起きたことに気付いたラルクは、彼の方を見た。そして目を閉じ、首を少し傾(かし)げる。

(何か浮かんだが、自信はないってことか)

 ラルクの仕草から、カイザはそう読みとった。

 カイザは大きく息を吐き出し、立ち上がる。

「ラルク、俺にもそいつをくれないか?」

 そう言って、カイザは手を差し出す。

「ああ」

 ラルクは、ポリュートの実を何粒かカイザに渡した。カイザは、その実を一気に頬張る。確かに、心持ち気分がすっきりしたような気がする。

(いつまでも、ぐずぐずしてるわけにはいかないんだ)

 カイザはチラリと見張りの魔導師達の様子をうかがう。相変わらず本を読んでいるようだが、時折腕を伸ばしたり、首を回したりしている。  

(そろそろだな)

 カイザは、つかつかと扉の方に歩み寄っていった。

「どうされましたか?」

 それに気付いた魔導師は、にわかに緊張し始めた。

「便所だよ、便所。それくらいいいだろ」

 カイザは扉のノブの手をかけたが、扉は堅く閉ざされていた。

「〈ロック〉の呪文をかけてあります。私たちが解除しない限り、その扉は開きません」

「ならその呪文を解除してくれ」

「くれぐれも、変な気は起こさないでくださいよ」

 魔導師が呪文を唱えると、扉がカチッと言う音を立てる。カイザが再びノブを回すと、今度は簡単に開いた。

「そんなことをするつもりはないよ」

 そう言い遺し、カイザは部屋を出ようとする。

「ちょっとお待ちください」

 そのカイザを、魔導師が制止させた。

「剣は置いていってください。用を足すのに、必要ではないでしょう」

 そう言って、魔導師はカイザの腰に刺さっている剣を指さす。

「ちっとは信用したらどうなんだ」

 カイザは苦笑いを浮かべる。

「疑うことも時には必要です。特に、あなた達の場合にはね」 

「分かったよ。置いていけばいいんだろ」

 カイザは大人しく従い、扉の横に剣を立てかけた。

「それじゃあ、ちょっと行って来るぜ」

 そう言って、カイザは部屋から出ていく。

(見張りがついてこないな。ってことは、何かあるってことか)

 カイザは長い廊下をゆっくりと進んだ。そしてその先に、通路をふさがんばかりに何かが立っているのが見えてくる。

 カイザは気を引き締めながら、ゆっくりと近づいていった。

(なるほどね)

 通路の先に立っていたのは、ゴーレムという魔法生物だった。

 魔法生物は、魔導師達が作り出し、マナを活動源をして動く特殊なモンスターだ。ゴーレムはその中でもかなり強力で、全身が灰色の岩石でできている。

(やっかいな物を置いてくれる)

 カイザは一度立ち止まり、ゴーレムと向かい合った。

(魔法で一発や二発攻撃しても、ゴーレムはビクともしない。だったら・・・・)

 カイザは小さな声で呪文を唱える。カイザが使ったのは、〈ヘイスト〉という素早さを上げる呪文だ。さらに両手を後ろで組み、鎧の下から隠し持っていたダガーを取り出した。

 そして、ゴーレムとの最後の距離を詰める。

「ココカラサキハ、トオサナイ。ハヤク、モドレ・・・・」

 ゴーレムの赤い目が光り、たどたどしい言葉を発する。

「生憎(あいにく)と、こっちにはそのつもりはねえんだ」

 カイザは目にも留まらぬ素早さで、後ろに隠していたダガーを投げつけた。そのダガーは、見事にゴーレムの額の水晶に突き刺さる。

 魔法生物は、身体に埋め込まれた”魔石”から無限に生命エネルギーたるマナを受け取っている。つまり、その”魔石”を壊せば魔法生物は死んでしまうのだ。

 活動源たる”魔石”を失ったゴーレムは、動かぬ岩くれと化した。

「相手が悪かったな。俺を止めようなんて百年早いんだよ」

 カイザはゴーレムの横を走り抜け、階段を駆け上がった。




「それじゃあ、ちょっと行って来るぜ」

 このカイザの言葉に、ラルクは嫌な予感を感じていた。あの言葉は、間違えなく魔導師ではなく自分に向けられたものだ。カイザなら、無茶をしてでも城から抜け出しかねない。

(仕方ない、一か八かだ・・・・)

 ラルクは腰掛けていたベットから、スクッと立ち上がった。

「だいぶ疲れているようですね」

 ラルクは魔導師達に近づき、声をかける。

「さすがに長い間本を読んでいるとね・・・・」

 そう言って、魔導師の一人は大きく伸びをする。

「あなたは聖騎士(パラディン)なんですよね。疲れを治す魔法で何とかしてくれませんか」  

 もう一人の魔導師が、首の辺りをコキコキ鳴らす。相当疲れがたまっているようだ。

「ゼルフという司祭殿に聞きましたが、本来は怪我や病気を魔法で治すのはよくないらしいですね。我々の身体には、もともと怪我や病気を治す力が備わっています。”自然治癒力”と呼ばれるそうですが、魔法にばかり頼っているとその力が弱くなってしまうそうです」

「へぇー、そうなんですか」

 少し残念そうに、魔導師の一人が言った。

「”自然治癒力”が落ちてしまうと、すぐに病気になったり、怪我をしてもなかなか治らなくなってしまうと考えられているようですよ」

「そいつは知らなかったな。さすがは司祭様だ、そういうことは私たち魔導師よりよっぽど詳しい」

 もう一人の魔導師が感心するように答える。   

「私がもっているポリュートの実を食べてみますか、疲労を回復させる効果がありますが」

「そいつはありがたい」

 魔導師はすぐに答える。

「分かりました、少し待ってください」

 そう言って、ラルクは懐からポリュートの実を取りだした。しかし、さっきのものと比べて幾分青っぽい。

「少し酸っぱいかも知れませんが、それが疲労に効く成分ですから」

 ラルクは二人の魔導師にポリュートの実を渡す。

「いや、ありがとう」

 二人は、喜んで口に入れた。

(よし・・・・)

 ラルクは、心の中で成功したことを喜んだ。

「少し酸っぱいですが、なかなか美味しいですね」

 そう言いながら二人はポリュートの実を食べ続けた。しかし、それからしばらくして彼らに異変が起こった。

「ううーん、だんだん頭が重くなってきた・・・・」

 魔導師の一人が、しきりに頭を振る。

「私もです。なんだかボーッとしてきました」

 猛烈な眠気(ねむけ)が二人を襲う。

「あなた・・・・、いったい何を・・・・?」

「悪く思わないでください。すいませんが、このままじっとしているわけにはいかないのです」

 ラルクはカイザが置いていった剣を持ち、扉を開ける。

「いけない、誰かに知らせないと・・・・」

 魔導師は〈テレパシー〉の呪文を使おうとしたが、もはや精神を集中させることもできない。ついに二人は眠気の前に屈し、眠りに落ちた。

 それを確認し、ラルクは階段に向けて駆け出す。誰かに気付かれる前に、一刻も早くこの城を出なければならない。

 だが通路を半分ぐらいまで来たところで、目の前で突然光りがはじけた。

「くっ、何だ!」

 ラルクは緊張して身構える。

 光りが消し飛んだ瞬間、そこに一人の魔導師が姿を現した。

「お前は・・・・」

 その男は、ラルクの知っている魔導師だった。

「どこに行こうというんだ、ラルク?」

 不敵な笑みを浮かべ、男は声をかける。

「お前には分かっているだろ、ソロン」

 男の名はソロン。アレウスの補佐役をしているゼノンの弟子だ。

「命令違反はいけないな。あんたは謹慎処分中だろ」

「私を捕らえに来たのか?」

 ラルクは、剣の柄(つか)に手をかけた。このソロンという男は、かなりの実力を持った魔導師だ。下手な小細工は通用するとは思えない。そうなれば、あとは実力で何とかするしかない。

「少し落ち着いたらどうだ。別に私はあんたを捕らえに来た訳じゃない」

「何だと・・・・」

 ラルクはソロンの言葉に驚いた。いや、自分を安心させるために嘘を言っているのかも知れない。

「あんたに聞きたいことがあるんだ」

「何だ?」

 ラルクは警戒を続けながら答える。

「あんたにしては、ずいぶん慎重さに欠ける作戦だったな。もしあの二人が、果物を食べないと言ったらどうするつもりだったんだ?」

 どうやら、ソロンはすべてを見ていたようだ。

「あの果物の臭いには、食欲を起こさせる作用がある。私が彼らに渡す前にポリュートの実を食べていたのもそのためだ。呪文で見ていたお前には、臭いまでは伝わらなかったようだな」

 ポリュートの実の香りには、動物の食欲を増進させる性質がある。その臭いにつられ、動物たちがその実を口にしやすくするためだ。

「なるほどね。なら、何故彼らだけ眠ってしまったんだ。あんたもあの実を食べていたじゃないか」

「ポリュートの実は、まだ熟していない頃は毒を持っている。種ができていないうちに、動物に食べられることのないようにね。彼らに渡したのは、まだ熟してない実だったのさ。だから彼らは眠ってしまった。それほど強い毒ではないから、時間が経てば目を覚ますはずだ」

 植物というのは不思議なものである。最も効率よく子孫を残せるように、種ができていないときは毒で動物を退け、種ができると動物に食べられようと甘い香りを発する。

「それでは最後の質問だ。もしあの二人が警戒して、同時に食べなかったらどうしていた?残った一人が、毒に気付くかも知れないのだぞ」

「それが一番悩んだところだよ。でも、カイザが先に行ってしまったからね。いつまでもカイザが帰ってこなかったら、さすがに魔導師達も疑い始めるだろう。だから行動せざるを得なかっんだ。カイザが行っていなかったら、たぶんずっと躊躇(ちゅうちょ)していただろうね」

「そうか・・・・」

 ソロンは口元を緩め、白い歯をこぼす。

(さすがに双子だな。兄弟でバランスを取っているわけか)

 行動型のカイザと、思考型のラルク。二人の性格が、いい面でお互いに影響し合っているようだ。

「それじゃあ、誰かに見つからないうちに早くカイザの後を追うんだな」

「本当に、見逃してくれるのか?」

「初めから捕まえるつもりなんてないよ。私はあんたに聞きたいことがあっただけだ」

「それでは、遠慮なく」

 ラルクは一応警戒しながら、ソロンの横を通り抜ける。

「失敗を取り返そうとする気持ちは大切だからね。だが、今度失敗して時はそれなりの覚悟はしておくんだな」

 その時、ソロンが小声でささやいた。ラルクは一瞬足を止め、一言口にする。  

「そのくらい分かっているさ」

 ラルクの表情には、並々ならぬ闘志が伺えた。そして、再び駆け出す。

「そうでなくてはな」

 ソロンは満足した表情を浮かべ、音も立てず消え失せてしまった。






 階段を上がったところで、カイザが腕組みをしたまま待っていた。

「遅いじゃないか、置いて行くところだったぜ」

 苦労して抜け出してきたラルクに向けて、カイザは容赦ない言葉を浴びせる。

「僕に魔導師を相手させるなんてヒドイじゃないか」

「そんなこと、どうでもいいだろ。さっさと行こうぜ」

 ラルクの言葉など少しも聞かず、カイザは悪びれた様子もない。そんなカイザに、ラルクは苦笑いを浮かべる。

「イグナートは僕たちで捕らえよう」

「当たり前だ」

 二人の戦士は、飛竜山に向けて出発した 




 飛竜山・・・・

 アデルの城の北に位置するこの山を、魔族達はこう呼ぶ。この山の本当の名前は、長い時の経過と共に魔族達の記憶の中から消えてしまった。

 この山の頂(いただき)には絶えず霧が立ちこめており、樹木もほとんど立っていない。なぜなら、この山には年老いたドラゴンたちが、自分たちの死地を求めてやってくるからだ。

 普段ドラゴンは数匹で群を作っているが、自分の死期を悟ると群から離れこの山にやってくる。それ故、この山は飛竜山と呼ばれるようになったのだ。

 ドラゴン達はこの山を聖地としているため、たとえ魔族であってもこの山にはいるのを嫌っている。時には、相手を殺すこともあるのだ。だから、この山は一種の神秘的な静けさに包まれている。

 しかし、今は物々しい雰囲気に包まれていた。一人の魔導師がこの山に逃げ込んだためだ。彼は山の入り口を守っていたドラゴンを殺し、この山の中に入っていった。そしてそれを追うために、アデルの城から追跡隊がやって来たのだ。彼らはいくつかのグループに分かれ、逃げ込んだ魔導師イグナートの捜索を開始したのである。

 そして彼らとは別に、二人の魔族の姿があった。カイザとラルクである。二人は捜索隊に見つからないように細心の注意を払いながら、イグナートの足取りを探していた。

「おいラルク、何か見つかったか?」

 草むらの中から、カイザが顔を出した。

「いや、何も」

 カイザの声に答えるように、ラルクが顔を出す。

 しばらくの間捜索してみたものの、イグナートの足取りを確認できるものは発見できなかった。

「カイザ、僕に考えがあるんだ。ちょっと聞いてくれないか」

 ラルクは草むらから出て、地面に腰を下ろした。

「考えだって?」

 カイザは嬉しそうに答える。ラルクが何か考えついたようだ。

「イグナートは何故この山に逃げ込んだんだ?他に逃げられるような所はいくらでもあるはずだ。なのに、何故よりにもよってこんな山なんかに。この山はドラゴンが神聖視していし、囲まれたら終わりだ」

「何故と言われてもなぁ・・・・」

 カイザは頭をボリボリと掻いた。彼は考えるのはあまり得意ではない。しかし、言われてみれば確かにおかしい。

「イグナートほどの男だ、なんの考えもなしにこの山に逃げたとは思えない。そこでだ、この山はドラゴンの死地として知られている。そして、イグナートは古代魔法を習得したとして追放された・・・・」

 そう言って、ラルクは一呼吸置いた。

「”古代魔法”と”ドラゴン”。そう思ったとき、僕はあることを思い出したんだ」

「一体なんだ?」

「”竜の牙”。古代魔法の恐ろしい呪いさ。百年に一度生まれるという伝説のホワイトドラゴンの血を飲み、古代魔法を使うんだ。その効果は、自分の願う相手を一瞬で殺すことができる」

 しかしその副作用は強く、何度も使えば術者の命もないと言われている。

「イグナートは初めから逃げようなどとは思っていなかったんじゃないのか。その目的は、魔導師団への復讐に違いない」

 おそらくその相手は、彼を追放したエラトか、新しく主席に着いたゼノンであろう。

「なんでそんなことをすぐに言わないんだ!」

 カイザは立ち上がり、そう息巻いた。

「気づいたのはたった今さ。けど、可能性は高いと思う」

「それなら急がないと。ホワイトドラゴンの所へ行こう」

 やることが決まったら、カイザは実行するのが早い。ホワイトドラゴンの居場所も聞かないまま、彼は走り出した。 

それを見たラルクは、一瞬笑みを浮かべる。もちろん、彼にはカイザがそうするのは分かっていた。




 一歩一歩慎重に、イグナートは洞窟の中を進んでいた。そしてさらに歩を進めようとしたとき、イグナートは激しくせき込んだ。

「ゴホッ、ゴホッ!」

 口に当てた手に、なま暖かい感触があった。手のひらを見れば、真っ赤な血液がこびり付いていた。その血液を、イグナートはいまいましそうに見つめる。

 イグナートが不治の病に冒されているのを知ったのは、今から数年前。いかなる薬や魔法を持ってしても直すことができず、彼の命は長くて数年と言われた。

 ちょうどその頃である。ソロンという弟子になって間もない若者が、偶然古代魔法に関する書物を発見したのだ。もちろん、ソロンにはその本が古代魔法に関する書であることは分からなかった。しかし、イグナートにはすぐに分かった。

 古代魔法を習得することは禁止されている。イグナートも、初めはその本を封印するつもりであった。

 だが、”ガルディールの書”と書かれていたその本の中に、イグナートの心を大きく揺さぶる記述が一つあった。それは不老不死に関するものである。

 イグナートは大いに悩んだ。例え古代魔法に手を染めてでも不老不死を手に入れるか、それともすぐにこの本を焼き払うか。しかし本を焼いてしまえば、夢にまで見た魔導師団の主席の座につく前に死んでしまうだろう。長い葛藤の末、半ば強引にソロンを弟子から外し、イグナートは信頼のおける弟子と共に密かに不老不死の研究を始めたのだ。

 しかし呪文は成功せず、イグナートは魔導師団から追放された。もう彼の命は長くはない。時々こうやって、激しくせき込むことがある。結局呪文を使おうが使うまいが、主席の座は彼のものにはならなかったのである。何とも皮肉な話だ。

「どうせ死ぬのなら、奴らに古代魔法の恐ろしさを思い知らせてやろう」 

 古代魔法の中でも最も恐れられた呪いの呪文、”竜の牙”。例え魔法が封じられているとはいえ、古代魔法にそんなものは関係ない。

 その時、イグナートの眼が洞窟の奥の広い空間を捕らえた。

「みつけたぞ・・・・」

 獲物に襲いかかる獣のごとく、イグナートは目指すものに近づいていった。






「あれだ、あの洞窟だ!」

 ラルクが先を走るカイザの声をかけた。

 二人の前方には、巨大な洞窟が口を開いている。あの洞窟こそ、ホワイトドラゴンが死を迎える洞窟だ。

 先程会ったドラゴンが、あの洞窟の近くでイグナートを見失ったと言っていた。ラルクの考えは正しかったのだ。ラルクは追跡隊を洞窟に集めるように頼み、二人で洞窟を目指した。

「他の奴らが来る前にイグナートをとっちめてやろうぜ」

 カイザは早くもやる気満々だ。

「相手は古代魔法が使えるんだ。現に入り口を守るドラゴンは殺されている。慎重にいこう」

 古代魔法にはどんなものがあるのかラルクもよくは知らない。さらに、古代魔法は例え呪文を封じられていようと使えるらしいのだ。二人だけで突っ込んだとて、勝ち目があるわけではないのだ。しかし、今は時間がない。二人はそのまま、洞窟の闇の中に吸い込まれていった。 

 洞窟の中は、暗い上に岩がゴツゴツしているのでかなり走りにくかった。唯一の手がかりは、洞窟の奥から漏れてくる光だけ。二人はその光を目指し、ただひたすら走る。

 洞窟の奥は巨大な空間になっていた。壁一面、地面さえもエメラルドのように淡い緑色をして透き通っており、まるで別世界に来たようである。

「こいつはすごい」

 あまりの光景に、二人は思わず立ち止まってしまった。

「おいラルク、あれ!」

 カイザが部屋の奥を指さした。

「間違いない、イグナートだ」

 そこには男が一人いた。二人は急いで駆け寄る。

「おい、イグナート!ホワイトドラゴンには指一本も触れさせないぞ」

 カイザはそう言って剣を抜いた。

「ふん、追っ手の者か」

 イグナートはゆっくりと振り返る。

「まだ若造じゃないか。命を粗末にしてはいかんな」

「死ぬのはお前の方だ」

 カイザは剣を大きく振りかぶり、イグナートに飛びかかっていった。

「カイザやめろ、相手は古代魔法の使い手だぞ!」

 ラルクか慌てて注意するが、ラルクの言葉はすでにカイザには届いていない。

「くらえ!」

 カイザはそのまま剣を思いっきり振り下ろした。まるで空気を切り裂くほど鋭い一撃である。

 しかしイグナートはうすら笑いを浮かべたまま、ろうそくの炎のごとくスッと消え去ってしまった。カイザの剣は、そのままガツッと床を斬りつける。

「何処へ消えた!」

 カイザは激しく周囲を見渡すが、イグナートは何処にもいない。

「ふふふ・・・・。貴様達に古代魔法の恐ろしさを思い知らせてやろう」

 姿が見えないまま、声だけがこだまする。

「カイザ気をつけろ、何かやってくるぞ」

「ああ」

 二人は魔法に備えて精神を集中させる。すると、地面から様々な魔族のゾンビ達が這い出してきた。ひどい腐敗臭を巻き散らせながら、こちらに向かってくる。

「亡者を操る呪文か」

 古代魔法の一種で、死霊魔術と呼ばれるものだ。死体に負の生命力を与え、それを操るのである。

「ゾンビごときに俺達がやられるか」

 雄叫びを上げながら、カイザはゾンビ達の中に突っ込んでいった。カイザの言うとおり、ゾンビはそれほど手強い相手ではない。

(本当ににこれだけなのか・・・・)  

 ラルクの頭には、引っかかるものがあった。ただゾンビを呼び出すなど、あっけなさ過ぎる。きっと何かあるはずだ。

「うりゃぁぁぁぁ!」

 ラルクの不安をよそに、カイザはゾンビめがけて剣を横にはらった。しかし、カイザの剣は傷一つつけず、ゾンビの身体をすり抜けた。

「ま、幻なのか!」

 何の手応えも感じなかったカイザが、驚きの声を上げる。だが、ゾンビの身体は幻とは思えないほど生々しい。

 ゾンビ達は不気味なうなり声を上げながら、カイザとラルクに迫ってくる。二人は何度も剣を振るうが、むなしく空を切るだけだった。

「どうなってるんだ」

 たまらずカイザがラルクに声をかける。

「僕にも分からないよ」

 ラルクは気弾〈フォース〉を放ったが、こちらもゾンビの身体をすり抜けて壁に命中した。

 ゾンビ達は二人を取り囲むと、一斉に噛みついてきた。

「うわぁぁぁぁ!」

 二人が同時に叫び声を上げる。

「こいつらいったい何なんだ!」

 カイザがめちゃくちゃに剣を振るうが、相変わらずすり抜けるばかりだ。

(なぜ幻に噛みつかれて痛みを感じるんだ。本当に幻なのか?)

 ラルクにも、いったい何なのか分からなくなってきた。しかし、このままなら死を待つばかりだ。

(くそ。何か、何かないのか・・・・)

 激痛に顔をゆがめながら、ラルクは必死に考えた。

 すると、ラルクは奇妙なことに気が付いた。ゾンビ達に深く噛みつかれているにもかかわらず、血が一滴も出ていなのである。

(まさか・・・・)

 ラルクの頭の中に、あることが思いついた。ラルクは目をつぶり、激痛が走るなか精神を集中させる。

「そこだ!」

 ラルクはカッと目を開き、持っていた剣を何もないところに投げた。しかし、剣は空中で何かにグサリと突き刺さる。

「ぎゃぁぁぁぁ!」

 それと共に叫び声を上げたのは、何とイグナートであった。ラルクの剣は、彼の胸に突き刺さっている。

 イグナートが姿を現したとたん、ゾンビ達は消え失せてしまった。身体には、何故か傷一つ付いていない。

「どうしてだ?」

 不思議そうに、カイザは自分の身体を眺める。

「ゾンビは間違いなく幻だった。あの魔法は、幻に合わせて相手の神経に直接ダメージを与える魔法なのさ。だから傷が一つも付いていないんだ」

「なるほど」

 あれだけの激痛の中で、よく気が付いたものだとカイザは感心した。

「ふ、ふざけるな。貴様達などに、この儂が負けるはずない」

 血ヘドを吐きながら、イグナートは一歩一歩カイザ達に近づいてくる。

「貴様らには、ここで死んでもらう」

 すると、イグナートの体がまるで風船のようにどんどん大きくなり始めた。

「自爆する気か!」

 イグナートの身体に、膨大なエネルギーが溜まっていくのが感じられる。

「カイザ、逃げるぞ!」

「あ、ああ!」

 二人は急いで部屋の出口を目指して駆けだした。

「遅いわ!」

 次の瞬間、イグナートの身体が大爆発を起こした。洞窟全体に、耳をつんざくような爆発音がこだまする。

「駄目だ!」

「ちきしょー!」

 二人が後ろを振り返った直後、巨大な炎が彼らを包み込んだ。  




 全身が焼けるように熱い。

 カイザは、かすむ視線を横に向けた。横には、ひどい火傷を負ったラルクが倒れている。

「大・・・・丈・・・・夫・・・・か?」

 力のない声は、まるで蚊の鳴き声のよう。

「大丈夫に・・・・見えるか?」

 そう言って、ラルクは笑いかけた。

「ちくしょう・・・・。せっかくの男前が台無しだぜ・・・・」

 同じように、カイザも笑いかける。

「せっかく倒したのにね・・・・」

「全くだ。手柄の一つも取っておきたかったぜ・・・・」

「これだって・・・・立派な手柄さ」

「死んじゃあ・・・・意味がねえよ」

「いいじゃないか、二人そろって死ねるなら。寂しくなくて嬉しい・・・・」

「死んで嬉しいのか・・・・お前は?」

「嬉しくはないさ。嬉しくはないけど・・・・」

「死ぬってのは・・・・あっけないものなんだな。物語のようなかっこいい死に方ってのは、そう簡単にはできないか・・・・・」

「なあカイザ・・・・手をつながないか・・・・」

「手・・・・?」

「いいじゃないか・・・・あの世でも一緒に暮らせるように・・・・」

「お姫様なら・・・・喜んでつなぐんだけどな・・・・」

「こいつ・・・・」

 二人は再び笑って、手をつなぎ合った。そして、その時を待つように天井を見つめる。

 とその視線に、白い大きなものが映った。

「何だ・・・・?」

 二人は精一杯目を凝らす。何となく確認できたのは、それがドラゴンであったということだ。

「儂はホワイトドラゴン。若き剣士達よ、儂を守ってくれたことを感謝する」

「あなたがホワイトドラゴン・・・・」

 よくは見えないが、それでもその美しさは感じることができる。全身を包む白い鱗に蒼い眼、そしてクリスタルでできた二本のツノ。伝説と言われるだけのことはある。

「しかし、儂の命は後少し。永遠の眠りにつくために、儂はここにやってきたのじゃ。そしてそなた達は、今死すべきではない。儂には分かる、そなた達には大いなる宿命が待っている。この魔界にとって、そなた達は必要なのじゃ」

「宿命・・・・?」

「儂の魂をそなた達に与えよう。そうすれば、そなた達は生き返ることができる。そして儂の魂を使えば、そなた達は儂の力を使うできるであろう。ただし、その力は滅多に使ってはならない。そなた達自身の魂を極度に疲労させるからな」

「俺達を・・・・助けてくれるのか?」 

 カイザの言葉が終わるのとほぼ同時に、二人は青白い光に包まれた。    
 
 

 それから数日後・・・・

「ここは・・・・」

 カイザがゆっくりと目を覚ました。どうやらベットに寝ているようだ。灰色の天井が目に入る。

「目が覚めましたか」

 ベットの横に座っていた男が声をかけた。

「あなたはゼノン・・・・」

 そこにいたのは、真っ黒いローブを着たゼノンであった。

「俺は・・・・」

「ホワイトドラゴンの洞窟の中に倒れていたところを仲間が見つけたのです。あなた達のおかげで、事件は解決しました」

 カイザ達を発見したのは、追跡隊に加わっていたモンスターであった。洞窟の奥で気絶していた二人を見つけ、アデルの城まで運んできたのである。

「それは・・・・?」

 カイザはベットの脇に立てかけてあった二本の剣を見つめた。

「あのクリスタルの剣は、あなた達が倒れていた脇に落ちていたそうですよ。私の見るところ、強い魔力が込められているはずです」

 その剣を見つめながら、カイザはふとホワイトドラゴンのツノを思い出した。何となく、あのツノに似ているような感じがしたのである。

「そうだ、ラルクは?」

「大丈夫ですよ、あなたより先に目が覚めました」

 ゼノンは席から立ち上がり、後ろにあったベットを指さした。そこでは、ラルクがこっちを見て笑っている。

「しばらくの間はここで休んでいなさい。元気になったら表彰でもしてあげましょう」

 そう言って、ゼノンは部屋から出ていった。

「僕のことに気が付くのが遅いんじゃないのか?」

 部屋の扉が閉まった後、ラルクが声をかけてきた。

「悪い悪い。それにしても本当に俺達生き返ったんだな」

「よかったじゃないか、これでちゃんと褒美がもらえるぞ」

「ははっ、そうだな」

 思わずカイザは笑ってしまった。それにつられ、ラルクも笑い始める。その笑い声が止んだときには、二人ともかすかな寝息をたてながら夢の世界へと落ちていた。

 この事件こそ、双子の英雄の最初の伝説となるのである。



目次へ