月明かりだけが、その部屋の中を照らしていた。窓から入ってくる唯一の光は、部屋の床にいくつもの格子模様を描いている。

 調度品がずらりと並ぶその部屋は、いかにも大富豪の主人の私室らしい。白銀の鎧人形が、月の光を淡く反射していた。

 この部屋の主人ゲイルードは、腕組みをしたままじっと椅子に腰掛けていた。口にくわえた葉巻から、白糸のように天井に向かって煙が上っている。燃え尽きた灰は自然に落ちるのに任され、机の上に棒のような塊を作っている。

(いつでもこい・・・・)

 必ずシャドウはここに来る。ゲイルードはそう確信していた。そして汗の滲んだ右手を、そっと腰に持っていく。そこには、きらびやかな宝石をあしらった短剣があった。

 若さを保つために、日頃から剣術を身に付けている。例え盗賊であろうと、不意打ちを受けてもそれなりに対処できる自信はあった。

 そして先程から感じる寒気。その寒気は、夜になったからというわけではない。まるで喉のとにナイフを突き付けていられるような、全身を凍り付かせるような寒気。

 それを感じた瞬間、全身の毛穴が開き、冷や汗が一斉に吹き出した。

 だからこそ、ゲイルードは全身を集中させていた。おそらく一瞬で片は付くだろう。シャドウを捕まえるか、自分がやられるか。すべては一瞬で決まる。

 ゲイルードが神経を研ぎ澄ませているなか、天井の一部がわずかに動いた。そしてそこから、誰かが目を覗かせる。

 その双眸は、ゲイルードの姿を認めるとスゥッと細くなった。まるで、獲物を見つけた獣のように。いや、獣よりもさらに邪気を持った、魔族のような双眸。

 シャドウは、スッと針金のようなものを取りだした。その先には、透明な液体が不気味な光りをたたえている。

 その液体は、強力な睡眠薬だ。これを血管に刺せば、一瞬で全身を駆けめぐって強烈な眠気を誘う。涙ほどの量があれば、牛を一頭を軽く眠らせることだって出来るのだ。

 シャドウは、盗みの時に人を殺(あや)めることはしない。そうすれば、少なくとも武芸に優れた警備が雇われることはなくなる。万が一戦いになったときも、そうすれば危険度は少なくなるのだ。危険は出来るだけ避ける。それがシャドウのやり方だった。

 シャドウは一度呼吸を整える。相手は剣術を身に付けているという男。コロンボという探偵とはわけが違う。

 シャドウはもう一度武器を握り直し、狙いを定める。そして天井に向かって伸びていた葉巻の煙が真っ二つに引き裂かれた瞬間、勝負は決した。






「ゲイルードさんの部屋に急ぐんだ」

 シャドウがゲイルードの部屋にいることを知ったクリス達は、急いで駆けだした。

 彼のあとには、サヤカ、エレウシア、レア、そしてナユタとナインテールが続く。

「エレウシア、ゲイルードさんの部屋にはどういったら一番近いんだ?」

「お父様の部屋はこの真下なんだけどね。二階に下りる階段がこの先にあるから、それを使わないと」

 彼らが今走っている三階のこの場所は、二階にあるゲイルードの部屋のちょうど真上に当たる。ここから二階に下りる階段まで走って、さらにゲイルードの部屋まで走らなくてはいけない。

「こんな時は不便だな、でかい屋敷ってのはよ」

 クリスがエレウシアに声をかける。

「だから私の屋敷を狙ったのかしらね」

 そう言って、エレウシアはクリスの皮肉をやり返した。

「へっ、言えるかもな」

 白い歯をこぼし、再がクリスが前を向いたその時である。

「ぎゃあああっ!」

 どこからか叫び声が聞こえてきた。

「あの声はっ!?」

 サヤカの足が一瞬止まった。

「お父様だわっ!」

 悲鳴にも似た声をエレウシアが上げる。

「ちくしょうっ!」

 クリスは背中に背負っていた木刀を抜き、全力出かけだした。

「ちょっと待って、大変なの」

 後ろで、サヤカが声を上げた。

「なんだ?」

「セシルさんが・・・・」

 クリスが振り返ると、ナユタはなぜかうずくまっていた。

「セシルさん、どうしたの?」

 心配そうな顔つきで、サヤカはナユタの顔をのぞき込む。どこか痛むのか、ナユタは顔をしかめていた。

「あ、足をつった」

「・・・・・・」


しら〜・・・・


 たまには、まともに始められないもんかねぇ〜・・・・。




ナユタ!! メタモルフォーゼ



第0話・続・中編



13




「私のことはどうでもいいから、君たちはゲイルードさんのところへ向かってくれ」

 痛みを堪えながら、ナユタはクリス達に先へ行くように言った。

「分かった。オッサンはここで休んでいてくれ」

 クリスは頷き、再び走り出す。彼らの姿は、すぐに廊下の奥に消えていった。

「ちっ、しょうがない奴だなぁ・・・・」

 いつまでもうずくまっているナユタを見下ろして、ナインテールが舌打ちをする。

「ふっ、ふふふふ・・・・」

 なっ、何だ急に笑い出して。アブナイ奴だなぁ。

「あ〜っはっはっはっは」

「何がおかしいんだ、ナユタ?」

 ついに頭までおかしくなってしまったのかと、ナインテールは一瞬後ずさる。

「ジャンジャジャ〜ン!」

 痛がっていたのが嘘のように、突然なユタが立ち上がった。

「お、おおっ!足をつっていたんじゃないのか、ナユタ?」

 まるでベホマをかけらたかのように全快したナユタに、ナインテールは仰天する。

「あまいっ!あまいよ、ナインテール。そして作者や読者の皆さん。またぼくのボケだと思ったでしょ。でも違うんだなぁ〜」

 ナユタは、「チッチッチッ」と人差し指を左右に振って舌を鳴らす。

「な、なんとっ!」

 ナインテール同様、作者もビックリだ。

「クリス達を先に行かせたのは、ぼく作戦なのさ」

「作戦だと?」

「そう、作戦」

 得意げに答えると、ナユタはおもむろに窓の方に歩み寄っていった。

「どうする気だ、ナユタ?」

 ナユタの言う作戦とやらは、ナインテールにはサッパリ分からない。

「まあ見てなって」

 ナユタは窓を開けると、身を乗り出して下を覗いた。さらに、シルクのカーテンをぐいぐいと引っ張ったり、窓のところに足をかけたりと、何かを確かめるような仕草をする。

「早くせんと、あのオッサンが危ないぞ」

 わけの分からない行動をするナユタよりも、ゲイルードの方がナインテールには心配だった。

「ふ〜ん、なるほどね・・・・」

「何か分かったのか?」

「はっきりしてことが一つだけある」

「何がだ?」

「・・・・・・。今度は本当に足をつった」

「・・・・・・」


ガビ〜ン・・・・


「アホか〜!」

 まったくだ。

「だってこの窓って高いんだもん。足を無理に伸ばしたら、つっちゃったよ」

「脆いやつだな〜。ちったぁ〜、体ぐらい鍛えておかんかい!」

「自慢じゃないけど体育はずっと”1”なんだよ、あははは」

「そんなの自慢すんな〜!」

 ナユタは逃げ足が早いだけで、あとはてんで運動音痴だった。特に剣術は最悪で、いつもクリスの相手をさせられるので勝負にならない。結局、”測定不可能”という前代未聞の屈辱的な成績をもらっている。

「でも心配ないよ。これでぼくの作戦は実行できそうだ」

「その作戦って何なんだよ!ここまで引っ張ったんだから、それなりの作戦じゃないと主人公降格だな」

「脅かさないでよ。それに文句を言うなら、この作戦を考えた作者に言ってよね」

 都合の悪いときだけ、作者のせいにするんじゃない。

「それは聞いて判断しよう、さっさと話せ」

 ナインテールがせかす。 

「エレウシアが言っていたとおり、ゲイルードさんの部屋はこの真下だ」

 そう言って、ナユタは床の方を指さす。

「いちいち階段を使って下まで降りて、そこからまた戻ってきては時間の無駄だろ」

「だからどうやるんだ?」

「こうするのさ」

 ナユタはまずカーテンをいくつか集めると、それを巻きずしのようにクルクルと丸めて長いロープのような物を作る。さらに今度は、カーテンのロープを結び合わせて、一本の長いロープを作った。

 そして最後に、作ったロープをカーテンレールにしっかりと結びつける。

「おお、なんだか読めてきたぞ」

「そう。このロープを握って、サーカスみたいに下に飛び降りるんだよ。そしてシャドウの待つ部屋に、窓をぶち破って登場する。なかなかカッコイイだろ」

「ナイスアイデアだ、ナユタ!」

 カッコイイというフレーズだけで、ナインテールは即座に賛成してしまった。それでいいのか・・・・。

「よし、行くぞナインテール」

「がってんだ!」

 っと、突然江戸っ子になってナインテールはナユタの背中にしがみついた。

 ナユタはロープをぐいぐいと引っ張って、しっかりと結ばれているのを確認する。そして、窓の外に背を向けた状態で窓のところに立った。

「結構、恐いものだね」

 ナユタが顔を少し引きつらせる。庭に建っている彫刻が、まるでコメ粒のようだ。

 それも当然だろう。三階部分の窓のところに突っ立っているのだから、恐くないわけない。

「まさに命がけだな、ナユタ」

 一方のナインテールは、意外にも余裕のようだ。

「そんなこと言ってるけどね。落ちたらナインテールだって危ないんじゃないの?」

「心配ご無用。オレ様は鳥にでも変身するからノープロブレムだ」

 江戸っ子の次は外人か。忙しいやつだな。

「じゃあ、ぼくも万が一の時は助けてくれるんだね」

「余裕があればな」

「あっそう・・・・」

 これは期待できそうにもないと、ナユタは半分諦めた。

 とここで少し頭のいい読者なら、それなら始めから鳥にでも変身すりゃあいいじゃんと思いながら、欠伸(あくび)でもして読んでいるかも知れない。でも、ゲイルードの部屋の窓は閉まっているんですよ。鳥には窓なんか開けられないじゃないですか。

 そしてもっと頭のいい読者なら、他にいい方法を思いついて鼻クソでもほじっているだろう。

 でも許してね。その代わり、そろそろ爆笑(?)コントをお見せしますんで。

「それではいざっ!」

 ナユタは膝に力を貯め、勇気を振り絞って天空へ舞い上がった。夜空に輝く満月に、ナユタと彼の背中にしがみつくナインテールのシルエットが浮かび上がる。

 そんな満月のごとく、ナユタは綺麗な弧を描いてゲイルードの部屋に飛び降りていった。

 だがその時、突然ゲイルードの部屋の窓が開き、何者かがそこから身体を乗り出した。

「あれはメルフィーユさん。いや、シャドウ!」

 そう。部屋の中から姿を現したのは、メルフィーユことシャドウであった。

 シャドウは鉤縄(かぎなわ)を取り出すと、ナユタが開けた三階の窓に向けて投げた。そしてその先端は、ガチッと窓のところに絡まる。

「シャドウ、逮捕だっ!」

 と、まるで銭形のとっつぁんの様な勢いでナユタは突っ込んでいく。

 だが、そこで待っている泥棒なんているわけない。シャドウはほくそ笑みながら、まるで忍者のように鉤縄を伝って三階へ逃げてしまった。

「ちょ、ちょと〜!」

 もぬけの殻になったゲイルードの部屋へ一直線のナユタ。もう今さら止められない。もう少し待っていればシャドウが自分から三階に上がってきたのにねぇ〜。

 しかもこのままいけば、閉まっている方の窓にブチ当たってしまうのだ。確率は50%だが、ナユタはことごとくいばらの道を歩もうとする。

 よくアニメなどでは99%不可能ということでも成功してしまうことがあるが、ナユタの場合は99%可能なことでも不可能になってしまうだろう。つくづく不運な男だ。

「き、緊急避難」

 身の危険を察知したナインテールは、あっさりとナユタを見捨てて鳥に変身し、いち早く部屋の中へ飛び込んでしまった。

「こら〜、ナインテールぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 ナユタの叫び声が虚しく響く。

ガッシャ〜ン

 そしてこちらの期待通り、ナユタはいかにも豪華そうな部屋の窓を粉々に吹っ飛ばし、さらにこちらも豪華そうなカーテンをビリビリに破いてゲイルードの部屋に転がり込んだ。

 あ〜あ、やっちゃった。しっかしこいつ、よくもまあ派手に壊してくれたもんだな。しかも中編では、廊下の壁を蜂の巣にした上に、鎧人形までバラバラにしていたな。こんなやつが一人いれば、金持ちも真っ青だ。

「いててて・・・・」

 うまく受け身を取れたのか、ナユタは怪我を負っていないようだ。

「そうだ、シャドウ!」

 慌てて窓のところに戻って上を見上げるが、シャドウの姿は消えていた。

「ちぇっ、ダメだったか・・・・」

 ナユタは舌打ちしながら部屋の中へ戻る。

「そういえば。ヒドイじゃないか、ナインテール。自分だけ逃げるなんて」

「ふ〜んだ。知るか」

 ナインテールはナユタの手が届かないところで、あかんべ〜をしている。

 ん?鳥があかんべ〜なんて出来るだろうか。またもや恐ろしく不可能はことをやっているような気がするが・・・・。

「こら〜!」

 怒ろうとしたナユタだったが、その時部屋の扉が「ドンドンドン」と激しく叩かれた。

「おい、開けろシャドウ」

 扉の向こうから、クリスの声が聞こえてくる。

「おっと、みんなが来たみたいだね」 

 遠回りしてやって来たクリス達が、ようやく到着したようだ。

「ちくしょ〜!」

 どうやら鍵がかかっているのか、クリスはノブをガチャガチャとやっている。

「待って、いま開けるから」

 ナユタは扉のところに駆け寄り、ノブのところを調べた。

「何だこれ。これじゃ開けられないじゃないか」

 何と鍵穴のところに、石膏(せっこう)が詰め込まれていたのだ。これではどうしようもない。

「どうすりゃいいんだ」

 扉はかなりしっかり作られているので、ナユタの力ではぶち破れそうにはない。とその時、扉の向こうから別の男の声が聞こえてきた。

「ここはわたくしにお任せください」

(げっ、あの声はフランケン(執事)・・・・)

 そう。声の主は、紛れもなくフランケン(執事)のものであった。

「ぬおおおおおおお!」

 何やら壁の向こうで、フランケン(執事)が雄叫びをあげている。

「まさか・・・・」

 ”Caution,Caution!”(注意、注意っ!)

 ナユタの脳に、危険信号が灯る。

「ちょっと待ってよ。ぼくがここにっ」

ドタ〜ン!

「ぶへっ!」

 フランケン(執事)の体当たりをくらって、扉はものすごい勢いで開いた。そして当然扉の後ろにいたナユタは、それをまともにくらうことになる。

「ぼくがここにいるんだ・・・・」

 ナユタは、フラフラになりながら床の上に倒れた。

「うお〜!覚悟しろシャドウ」

 そしてその上を、部屋に飛び込んできたクリスが踏みつける。さらになだれ込んできたサヤカ達が、踏みつけ、踏みつけ、踏みつけていた。  

「ひ、人の話を最後まで・・・・ぐふっ」

 そして最後にフランケン(執事)に踏みつけられ、ナユタはあえなく気絶してしまった。





14


「覚悟しろ、シャドウっ!」

 ナユタを踏みつぶしたことなどミジンコほど気にもせず、クリスは部屋の中を見渡した。

「おいっ、シャドウのやつがいないぞ」

「あのタンスの中よ、間違いないわ」

 魔法の水晶を見ながら、エレウシアは部屋の隅にある背の高いタンスを指さした。

「おしっ」

 クリスは木刀を構えつつ、慎重にタンスに近づいていく。

「気を付けてね、クリス」

 サヤカが声をかける。クリスは黙ったまま、頭だけを縦に振った。

「私が三つ数えたら扉を開きます。その時を狙ってください」

 フランケン(執事)がクリスの声をかけた。

 フランケン(執事)が扉に手を掛ける。クリスが扉の目の前に木刀を構えたまま立ち、女の子三人はタンスの周りを囲んだ。一気に緊張が高まる。

(3・・・・2・・・・1・・・・)

 フランケン(執事)が一つずつそのごつい指を折っていった。

(0!)

 フランケン(執事)は思いっきり扉を開く。その瞬間、タンスの中からいきなり何かが飛び出してきた。

「うわっ!」

「きゃあっ!」

 クリスが木刀をとっさに振り下ろし、サヤカ達も悲鳴を上げる。

「ネ、ネズミですよ」

 フランケン(執事)が部屋の隅を走り回る黒い塊を指さした。

「なんだ、脅かしやがって」

 クリスは冷や汗を拭き取る。

「見て、ネズミの身体に何か巻き付いてる」
 
 サヤカの言うとおり、ネズミの身体には紙切れが巻き付けられていた。

「一体なんだろう?」

 クリスとフランケン(執事)がネズミと格闘することしばし、ネズミはようやく捕まった。そして紙切れを調べてみると、なんとそれはゲイルードの屋敷の地図であった。

「どおりで水晶がこの部屋で反応するわけね。シャドウは始めから知ってたんだわ」

 エレウシアは悔しそうに唇を噛みしめる。

 読者はもう知っているだろうが、タンスの中は当然ながら空っぽであった。これでもうシャドウの居場所を知ることは出来ない。

「ねぇ、あそこにセシルさんが倒れてる」

 ようやくサヤカが、ダウンしているナユタに気が付いた。

「部屋に入ったときに何か踏んだかと思ったら、あの人だったのね」

「でもなんであのオッサンがここにいるんだよ。足がつったとか言ってなかったか?」

「そんなこと私に聞かれたって知らないわよ」

 まあ二人は知らないだろう。自分たちの知らないところで、ナユタがどんな間抜けなことをやっていたのかは。

「とにかく起こしてみましょうよ。そうすれば分かるわ」

 サヤカはナユタの上体を起こし、「セシルさ〜ん」と声をかけた。

「うう〜ん・・・・」

 おでこのあたりを押さえながら、ナユタはうめき声を上げる。

「大丈夫ですか。どこか痛くないですか?」

「大丈夫ではないけどね。大したことはないよ」

 まあ肉体派のお笑い芸人ナユタなら、これぐらい大したことないだろう。

「それよりオッサン。なんであんたがここにいるんだ。足がつったとか言ってなかったっけ?」

「話すと長くなるんだが・・・・」

 長くなるそうだし、読者はもう知ってるだろうからここは早送りさせてもらいます。ほれナユタ、3倍速で動くんだ。


ペラペラペラ〜


「・・・・ってなわけなんだ。あ〜疲れた」

「つまり、シャドウは三階に行ったってわけだな」

 そう言って、クリスは天井を見上げる。

「とりあえずはそうだな。あれから何処に行ったのかは分からないが。いたたたた・・・・」

 フランケンのとどめの一撃が効いたのか、ナユタは背中を押さえる。

「ところで、ゲイルードさんはどうなってるんだ?」

「そうだわ、お父様を忘れてたわ!」

 っと、エレウシアは叫んだ。       

「まったく、作者はいつまでほったらかして置くつもりだったのよ」

 などとブツブツ文句を言いながら、エレウシアは慌ててゲイルードのもとへ駆け寄る。すっかり忘れていた作者も悪いが、父親のことを忘れていた自分はどうなんだろうか・・・・。

「お父様?」

 ゲイルードは、椅子に腰掛けたままぐったりとしていた。手に握られたナイフは、わずかに抜かれている。

「お父様っ!」

 何も反応がない父親に、エレウシアは必死に叫びかける。

「ちょっと待って」

 おもむろにレアが、エレウシアとゲイルードの間に入った。

 ちなみに、レアのことは忘れていたわけじゃないですよ。無口で影が薄いっていう設定のために、あまり出番がないんです。

 そんなことはさておき。レアはゲイルードの首筋あたりを何やら調べている。

「やっぱりね」

「どうなの?」

 エレウシアの表情は不安で一杯だ。青ざめたように見えるのは、何も夜で暗いからではない。

「心配いらない、眠らされているだけだわ」

 ちょうどうなじのあたりに、レアは針で刺されたような傷跡を見つけた。同じくシャドウに眠らされてしまったコロンボも、同じ様な傷跡があった。

「そう。よかったわ」

 エレウシアはホッと胸をなで下ろす。 

「命を奪わなかったことに関しては、シャドウに感謝しなきゃいけないな。でも、”エルフの涙”は盗まれてしまったみたいだね」

 ナユタが、ゲイルードの後ろにある金庫を指さす。その金庫の扉は、シャドウによって破られていた。

「おそらく扉の開け方もすぐに分かっただんだろうな」

 ナユタは、ゲイルードの手に握られていた金庫の鍵を取った。するとその瞬間、鍵は淡い光りを発してまったく別の形に変形してしまった。

だが再びゲイルードの手に戻すと、鍵はまた元通りに戻る。

「おそらく指紋か何かで反応するんだろう。まず眠らせておいて、ゲイルードさんに鍵を握らせたまま金庫を開けたってとこだな」

 ナユタは自分の推理を披露する。実際、シャドウはナユタの言ったのと同じやり方で金庫の鍵を開けたのだ。

「ああ、”エルフの涙”ね・・・・」

 エレウシアは金庫の中をゴソゴソとかき回すと、緑色をしたガラスのかけらを引っぱり出してきた。

「そいつはもしかして”エルフの涙”じゃないか!どうして粉々に?」

「たぶんシャドウは壊したんでしょうね」

 エレウシアが答える。

「これは、偽物なの」

「なんだって!」

 ナユタはのどちんこまで見せるような勢いで驚いた。

「さっき(中編)も言ったけど、私たちは始めから今日この屋敷を訪れた人間の中に、シャドウがいると思っていたの。だからわざとシャドウをおびき寄せるために、偽物を見せたのよ。偽物なら、万が一盗まれてしまっても大丈夫だから」

「なるほどな・・・・」

 ナユタは手を顎のところに持ってきて、「ふむ」と一つ頷く。

「だが、偽物だってことは見破られてしまったのか」

 ナユタは水晶の破片を手にとって、じっと見つめる。これが偽物だと、よく分かったものだ。

「腕の立つ職人に造らせたんだけどね」

「いい考えであったとは思うよ」

 おそらくレアが考えたのだろう。

 始めにゲイルードが、全員に”エルフの涙”を見せたのもそのためだ。誰だって初めて”エルフの涙”を見るのだから、あれが本物だと思うのは当たり前だ。盗んだあとに、それが本物かどうかをわざわざ確認する盗賊なんていやしないし、そんなことをしている余裕もない。なぜならシャドウは、自分がゲイルードの部屋にいることを知られているのが分かっていたからだ。さらに夜ともなれば、よほど優れた鑑定眼でも持っていない限り見分けるのは不可能だ。

 だがシャドウは、レアよりもさらに頭の切れる盗賊であったようだ。  

「さてと、これからどうする?」

 背中を痛めたナユタはソファに腰掛け、全員を見渡した。

「シャドウは三階に行ったんだよな?」

「ああ、だがそれから後のことは分からん」

 ナユタが見たのはシャドウは三階に移るところだけで、後は一人でアホなコントをしてただけだ。

「俺、セシル、執事(フランケン)のオッサンの三人でシャドウを追う。エレウシア達三人は、ゲイルードさんの看病を頼む」

「分かったわ」

「分かりました」

 エレウシア達と、フランケン(執事)はそれぞれ頷いて答える。

「すまないが、私はここで少し休ませてもらっていいかな。背中が痛くてかなわん」

 だがナユタは、まるで老人のように背中を押さえて顔をしかめていた。さっきは大丈夫って言ってたじゃないか。

「そうか。だったらしょうがないな。オッサンはここで止んでいてくれ」

 そう言い残すと、クリスはフランケン(執事)を伴って部屋から出ていった。

「ベットを貸すけど、使う?」

 エレウシアがナユタの側にやってきて、声をかける。

「いや、大丈夫だ。すぐに治るよ」

 え〜いまどろっこしい!一体どっちなんだ。まさかまた嘘なんて言うんじゃないだろうな。今度こそ騙されんぞ。

「そう。それはもったいないわね、豪華なベットで寝られるチャンスなのに。まぁ、あんまり無理しないでね」

 確かに、ナユタには一生寝られそうにもない超高級羽毛ベットで寝られるチャンスなんだかな。いったい何を考えているんだか。

「じゃあ私たちはお父様を運んでくるから」

 エレウシア達は両脇と後ろからゲイルードを支え、寝室に運んでいった。 
 

 



15



 ナユタの後ろから、ヒタヒタと忍び寄る影が一つ。

 黒頭巾を被り、まるで忍者のような姿をしたナインテールである。

(フッフッフッ・・・・。ナユタのやつは背中が痛いのか。さっきオレ様を騙した罰だ)

 ナインテールの作戦は、ナユタを脅かす→ナユタはビックリ→背中に激痛が走る→読者爆笑というものである。

(この物語はコメディーなんだぞ。ちっとも笑いがないなんてどうなってるんだ。まったく、妙にサスペンス調になるからオレ様の出番がないじゃないか。こうなったらオレ様の手で強引にお笑いに持ち込んでやる)

 そういや、しばらくナインテールは消えていたな。

 ナインテールは、ナユタの腰掛けるソファの影まで匍匐前進(ほふくぜんしん)で這ってきた。鼻くそをほじったりあかんべ〜をしたり、本当に器用な妖怪だなぁ。

 ナインテールは大きく息を吸い込む。

「わっ!!」

 ナユタの耳元で、ナインテールは思いっきり叫んだ。

「うわぁっ!」

 ナユタは飛び上がって驚いた。そして背中を「いたたたっ」と押さえ・・・・ないのである。 

 ありゃ?どうなってるんだ?

「急に驚かせないでよ、ナインテール」

「お、お前。背中は何ともないのか?」

 予想が外れて、ナインテールは困惑した。

「は〜はっはっは。また騙されたのかい。背中が痛いなんて嘘だよ」

「・・・・・・」

 ナインテールと作者は、あんぐりと口を開けたまま目を点にした。

「それよりなんだよその姿?面白い格好をしてるねぇ、ナインテール」

「こっ、これは・・・・」

 慌てて黒頭巾を押さえる。

「ド、ドジョウすくいでもしようと思ってな。ほれ」

 ナインテールはざるを取りだし、意味もなくドジョウすくいを踊りを始めた。

(くっ、くそ〜・・・・)

 こみ上げる羞恥心を必死に押さえながら、ナインテールは踊りを披露する。そんなナインテールを見てナユタは、

「はっはっは。妖怪が踊るところなんて見たの初めてだよ」

 と、手を叩いて笑った。

「笑うな〜!」

 顔を真っ赤にしながら、ナインテールはざると黒頭巾を床にたたきつける。

「また作戦とか言うんじゃないだろうな?」

「作戦だよ。効率よくシャドウを捕まえるためにね」

「効率よく捕まえる?」

 ナインテールは首をひねった。

「そう。このままどこにいるのかも分からないシャドウを探してても、捕まえるのは難しい。そこでだよ。シャドウよりも先に、”エルフの涙”のところで待ちかまえておくんだよ。そうすれば、シャドウの方から捕まえられに来るってわけさ」

 それは、あくまでも捕まえられればの話だけだが・・・・。

「でも、シャドウが”エルフの涙”を見つけられるとも限らないだろう」

「大丈夫さ。それが相場ってもんだよ」

 ずいぶん安易な考えだなぁ。

「だが、本物の”エルフの涙”がどこにあるのかお前は分かってるのか?」

「それも心配ないさ。この屋敷には地下室があるから、おそらくそこにあるってのが相場だよ。そしてその地下室には隠し部屋があって、そこにあるのが相場さ」

 どこが心配ないんだろうか・・・・。

「相場、相場ってなぁ・・・・」

 ナインテールも呆れる。

「大丈夫だよ。うちの作者って、単純だから」

 こいつぅ、最近噛みついてくるようになってきたな。

「まぁ、いいだろう。他の連中と同じように探しててもしゃ〜ないしな」

「そうそう。今度こそシャドウを捕まえてやろうよ」

 新たな闘志を燃やして、ナユタは勢いよく立ち上がった。だがその瞬間・・・・

ボキボキ・・・・

「ナユタ、いまの音はもしや?」

「ん?指の骨を鳴らしただけだけど」

「紛らわしいことすんなっ!」

  ああ、くだらないことばかりやっていたら全然話が進まなかった・・・・。



つづく・・・・



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