あなたはご存じだろうか、”エルドラン”という王国を。世界の一番東に浮かぶ、辺境の島に栄える王国だ。

 しかし島といっても全体はかなり広く、どこにでもある王国と面積はさほど変わらない。

 自然環境もかなり変化に富み、山あり谷あり、河あり森ありとさまざまだ。

 だた一番近い大陸からは、海路で遠く離れていた。だからこそ、他国との交流はほとんどない。大陸に住む人間達からは、”忘却の孤島”と呼ばれている。

 しかしエルドランの民は、そんな噂など気にしていなかった。平和な毎日が送れること。それが彼らの望みであった。その望み通り、この島から争いが絶えて久しい。

 この島の中央に位置するのが、王都ルザイアである。人口は数万人を超え、人々は日々の生活に勤(いそ)しんでいる。

 これは、ルザイアに住む一人の若者の愉快な物語である・・・・




ナユタ!! メタモルフォーゼ



−第0話・前編−





 朝が来た。

 それを告げるかのように、顔を出した朝日がルザイアの街を照らしていく。夜の闇を払うように、まぶしい光りが街に広がっていった。

 若者の家は、街の西側にある。小高い丘の上にある二階建ての建物。それがこの物語の主人公である、ナユタの家だ。ナユタの家にも、朝日が延びてきた。窓から射し込む朝日が、ナユタの顔を照らす。

「うう〜ん・・・・」

 どうやらお目覚めのようだ。

 ナユタは今年で十六歳。まだ幼さが残り、どことなく頼りない顔つきをしている。

「ふあ〜あ・・・・」

 大きなあくびをして、ナユタはベットを降りる。そのままナユタは、窓の方に向かっていった。

 ナユタは鍵を開け、窓を目一杯に広げる。その途端、目の前が真っ白になった。

「ううっ!」

 あまりの眩しさに、ナユタは一瞬顔を背けた。やがて目が慣れ始め、真っ白な景色の中にルザイアの街並みが浮かんできた。

 ナユタの部屋は二階にあるので、ここからルザイアの街並みが一望できる。色とりどりの屋根が眼下に広がり、その先にはうっすらと王城が見える。ここからの眺めが、ナユタは一番好きだった。

「はぁ〜、やっぱり気持ちいいなぁ〜」

 ナユタは思いっきり伸びをして、さわやかな休日の朝の風をいっぱいに浴びる。そこへ、一羽のハトがやってきた。

「おっはよ、コロン」

 ナユタが頭をなでると、コロンはクルクルとのどを鳴らす。

 コロンは、毎朝決まってナユタの家にやってくる。始めは少しうるさかったが、今ではいい目覚まし代わりだ。人間に警戒心がないのか、すぐナユタになついてしまった。

 コロンは再び羽を広げ、朝日に向かって飛び去っていく。

「あっ、おはようナユタ」

 その時、横から少女の声が聞こえてきた。隣の家の窓から、眼鏡をかけた少女が顔を出している。

「おはよう、サヤカ」

 ナユタは笑顔で答える。

 サヤカは、隣に住むナユタの幼なじみだ。艶のある黒髪をしているが、いまは寝ぐせがついて少し乱れている。おっとりとした顔立ち通り、おとなしくて優しい性格の女の子だ。

 そのサヤカの家にも、一羽のハトがやってくる。今度のハトは、足に紙切れを巻いていた。

「ボテ、ありがとう」

 サヤカは紙切れをはずし、ボテに礼を言う。ボテも「クルックゥ〜」と返事をし、青い空に消えていった。

 ”ボテ”というのは、サヤカが付けた名前だ。ぼてっとしてるからという理由が、いかにもサヤカらしい。

 ボテが運んできたのは、サヤカの父からの手紙だ。サヤカの父はあまり家にいないので、こうやって伝書鳩で連絡を取り合っている。

「だいぶ元気になったみたいね」

「うん、いつまでもメソメソしていられないからね」

 実は先日、ナユタの父が突然死んでしまったのだ。小さい頃に母親を亡くし、ずっと父親に育てられたナユタにとって、それはあまりにも悲しい出来事であった。身寄りのないナユタは、ずっと家に籠もっていたのである。

「明日から、また学校に行こうと思う」

「本当!よかったわ」

 二人は、”王立アカデミー”という学校に通っている。しばらく学校には行ってなかったが、久しぶりにみんなの顔も見たくなってきた。

「みんな心配してたんだからね」

 その表情を見る限り、サヤカが一番心配していたようだ。

「そんなわけだから、また頼むよ」

「うん、またお弁当を作ってあげるね」

 サヤカは料理が好きなので、いつも兄弟のために弁当を作っている。ナユタには母親がいないので、ついでにナユタの分も作ってもらっているのだ。

「じゃあ、また明日ね」

 そう言って、サヤカは窓を閉める。

「さ〜て、ぼくはもう一眠りするかな」

 気持ちいい風が入ってくるので、ナユタは窓を開けたままベットに戻っていく。

「フンフ〜ン」

 などと鼻歌を歌いながら、ナユタはベットに横になった。

「おやすみ〜」

 ナユタは気持ちよく眠ろうとした。だが何となく寝付けない。誰かに見られているような・・・・。

「ああ〜!」

 そう思って目を開けた瞬間、またもや窓のところにハトがとまっていた。さっきのコロンよりは、いくぶん小さい。

「またお前だな、ミリー!」

 このミリーと名付けたハトは、とにかくナユタの家を覗きに来る。それも決まってナユタの部屋を覗き、果てはトイレにまで覗きに来る始末の悪さだ。

「あっちいけ。シッシ!」

 ナユタは窓のところに駆け寄り、ミリーを追い払おうとする。だがミリーはナユタの手の届かないところに飛び去ると、小馬鹿にするように鳴いた。

「こいつ〜、覗きバトの分際でぇ〜」

 頭にきたナユタは、ベットから枕を持ち出してミリーに投げつけた。

 だがミリーは難なくかわし、挑発するようにまた鳴く。

「人間を怒らせると恐いんだぞ〜」

 ナユタは手近にあったガラスの玉を手に取った。大きさは赤ん坊の手の平ぐらいだが、玉の中には色とりどりのビーズが光っている。

 このガラス玉はナユタの宝物だ。日光に当たるときれいなので、いつも窓の側にいくつか置いてある。

 ナユタは、そのガラス玉をミリーになんの考えもなく投げつけた。せめて宝物なら、投げる前にミリーにかわされたらどうなるか考えて欲しいものだ。

「食らえ〜!」

 といっている内に、愚かにもナユタはガラス玉を投げてしまった。もうどうなっても知らない。

 当然というべきか、ノーコンのナユタの投げるガラス玉はミリーに当たらない。

 ナユタに投げられたかわいそうなガラス玉は、放物線を描いて地面に落ちた。「ガシャッ!」という乾いた音が下から聞こえてくる。

「も〜怒ったぞ!」

 おいおい、とっくに怒ってるじゃないか。

ナユタは次から次へとガラス玉を投げていく。そのたびに、ガラスの割れる音が響いた。

「くそぉ〜」

 ついに最後の一個を投げ終え、ナユタは悔しそうにする。そして、ようやく大事なことに気が付いた。

「あ〜!ガラス玉がない〜!!」

 頭を抱えるナユタ。そんなナユタを尻目に、ミリーは飛び去っていった。

「お前のせいで僕の宝物が〜!」

 正確にはナユタのせいだ。ミリーはなんにも悪くない。

「あ〜あ・・・・」

 落ち込みながら、ナユタはベットの上に寝ころんだ。まっ、自業自得なんだから仕方がない。

「もう寝よ」

 さっさと寝ようと、ナユタは目をつぶった。

 だが、またもや寝付けない。理由は簡単だ。枕がないからである。

「いまさら取りに行くのも面倒臭いし・・・・」

 なかなか眠れないが、起きるのも面倒臭い。作者もたまにあるが、こんな時はツライ。


 そんなこんなで、小一時間。ようやく眠気が訪れた。しかしやっと寝られると思った瞬間、玄関の扉が激しく叩かれる。

「お〜い、誰かいないか」

 なんだかドスの利いた声である。面倒臭いので、ナユタは居留守を使おうとした。

「おい、誰かいねえのか!」

 またもや玄関が激しく叩かれる。

「ああ〜ん、もう!」

 ようやく寝ようとした瞬間にたたき起こされる。作者も経験があるが、ハッキリ言ってムカツク。だいたい人が寝ようとしているときに・・・・

 えっ、あんたのことはどうでもいい?さっさと先を続けろ?こりゃあ失敬。

 まあとにかく、ナユタは渋々ながら玄関に向かっていったわけだ。続きをどうぞ。







 恐る恐る玄関を開けると、案の定ゴロツキのような風体の男達が三人いた。

「あ、あの〜。なんの用でしょうか・・・・?」

 ナユタは引きつった笑みを浮かべる。

「ちょっと上がらせてもらうぞ」

 三人の中でも一番偉そうな初老の男が、勝手にずかずかとナユタの家に上がってきた。その後ろから、残りの二人も無言で続く。

「ちょっと〜・・・・」

 一体何事かと、ナユタは驚いた。

「おいボウズ、椅子に座れ」

 初老の男は勝手に椅子に座り、ナユタに席に着くように命令する。残りの二人は、男の後ろで立っていた。

「座れって、ここはぼくの家なんだけど・・・・」

「いいからさっさと座らねえか!」

 男が一喝する。

「一体何なのさ、急に人の家に上がり込んで・・・・」

 などとぼやきながら、ナユタは椅子に座る。

「今日ここに来たのはな、お前の親父のことだ」

 男が低い声で話し始めた。男は白髪混じりの髪をぼさぼさに伸ばし、右目には眼帯を巻いている。どう見ても危ない筋の人間だ。

「父さんのこと?」

 一体なんだろうと、ナユタは首を傾げる。

「お前の死んだ親父はな、実はオレに借金があるんだ」

「借金!」

 ナユタも初めて知った。

「これに詳しく書いてある」

 そう言って、男は一枚の羊皮紙を取りだした。ナユタはそれを受け取り、食い入るように見る。 

 そこには確かに、ナユタの父の名前で今まで借りた借金が書かれていた。すべてを合計すると、開いた口が塞がらなくなるような金額になる。

「あいつが死んじまった以上、この借金を払うのはお前さんだ」

 男は節くれ立った指をナユタに向ける。

「そんなの無理だよ!こんな大金」

 借金は、一生働いても払えるような金額ではない。

「それはそっちの都合だろう。払えねえんなら、こっちにも考えがあるぜ・・・・」

 男の声がさらに低くなる。その声を聞いて、ナユタは背筋がゾッとした。

「今日からこの土地はオレのものだ。この家をブッ壊して、俺の別荘を建てる。そこでお前は一生働いて貰う」

「そんなぁ・・・・。この家は曾曾おじいちゅんの頃からずっとある家なんだ。だから家を壊すのは勘弁してよ」

「だったら金を返すんだな」

 男は素っ気なく答える。

「そこを何とか」

「しつこいガキだな。借金をしてるのはお前の方なんだぞ」

「・・・・・・」

 ナユタは黙ってうつむく。

「だったら一年待って。一年経ったら必ず返す」

「その保証はあるのか?」

「ない。でも、必ず返す」

「そんなこと言って置いて、明日になったら首吊り自殺ってのはやめてくれよ」

 男が首をすくめるような仕草をする。

「だったらこれをあげるよ」

 そう言って、ナユタは首から掛かっていたペンダントをはずした。

「これは父さんから初めて貰ったプレゼント。ぼくの命よりも大切なものなんだ。これをあんたに渡しておく」

 男はナユタの眼を見つめる。普段のナユタからは想像もできないほど、決意に満ちた目だった。

「は〜はっはっは!」

 男は急に笑い出した。

「いいだろう、ボウズ。お前の覚悟はよく分かった。一年だけ待ってやる。それまでこれは預かっておくぜ」

 男はペンダントを鷲掴みにし、席を立った。

「一年後にまた来る。それまでに金を用意できなかったら、その時は覚悟するんだな」

 そう言い残し、男はお供を連れて玄関から出ていった。  


「ふ〜・・・・」

 男の足音が完全に消えた後、ナユタは全身の力が抜けて椅子にもたれかかった。

「ああは言ってみたものの、どう考えても無理なんだよな〜・・・・」

 勢いに任せて大見得を切ってしまったが、冷静に考えれば借金を返すことは不可能だった。それも、たった一年では。

 眠気などとうに吹き飛び、絶望にも似た念が重くおしかかる。

「水でも飲むか」

 ナユタは不意にのどの渇きを覚えた。力無く椅子から立ち上がり、水瓶のある台所に向かう。

 フラフラと台所に向かう途中、ふと神棚が目に入った。神棚にあるお供え物は、完全に乾燥してパリパリになっている。

「そう言えば、ずっとかえてなかったな」

 すっかり乾燥してしまったお供えを捨てようと、ナユタは神棚に近づいた。するとその影から、黄色くて細長いものが突き出ているのが見えた。

「なんだ?」

 ナユタは恐る恐る顔だけを覗かせた。そしてそこで見た物は・・・・







「き、狐じゃないか」

 そう、神棚の影から突き出ていたのは、狐の足だったのである。大きさから言えば、まだ子供であろうか。

「なんで狐なんかがこんなところに・・・・」

 ナユタは疑問に思った。さらに不思議なのが、尻尾が九本もあることだ。それに、何となく身体の輪郭がぼやけて言える。

「腹が減った・・・・。何か食わせてくれ」

「狐が喋った!!」

 ナユタは腰を抜かすほど驚く。

「頼む・・・・。早くしないと死ぬ」

 狐は苦しそうな声で喋り続けてる。

「・・・・夢か?」

 ナユタはふと思った。

「そうだ、これは夢なんだ。借金のことも、みんな夢なんだ」

 ナユタは思いっきり頬をつねってみた。夢なら、痛くもかゆくもないはずである。だが・・・・

「いててて・・・・」

 思いっきり痛かった。

「夢じゃないんだ・・・・」

 頬を押さえながら、ナユタは茫然とする。

「何してる、早く何か食わせろ・・・・」

「う、うん・・・・」

 狐が喋ったことはすでに頭の中から吹き飛び、ナユタは慌てて食べ物を探す。

 その時ちょうどいい具合に、テーブルの上に細長いパンが一切れあった。ナユタはそのパンを小さくちぎり、狐の口元に持っていく。

「ほら、食べ物だよ」

「うう・・・・、すまん」

 狐はムシャムシャとパンを食べ始めた。

「もっとくれ・・・・」

「ああ、待って」

 ナユタはもう一切れパンをちぎり、狐に与える。

「もっとだ」

 狐はさらにパンをほしがる。仕方ないので、ナユタはパンを全部あげてしまった。

「ふ〜、生き返った」

 腹一杯になったのか、満足そうに狐は立ち上がる。

「あ、あの〜・・・・」

 ナユタが狐に声をかけようとする。だがその前に、いきなり狐が殴ってきた。

「この馬鹿者め、このオレ様のお供えを忘れるとはどういうつもりだ!」

「お供え?」

 ナユタには何のことかサッパリ分からない。

「オレ様はこの家の守り神だぞ」

「守り神ってもしかして・・・・」

 ナユタは神棚を見つめた。

「そうだ。この九尾(きゅうび)様が、この家の守り神だ」

「九尾って、あの妖怪の?」

 九尾という名前は聞いたことがある。死んだ狐の魂が、妖怪として蘇ったものだ。いろいろなものに化けて、人間を驚かせるという。

「でもさぁ、何で妖怪がお腹が減って死ぬわけ?」

「うっ!」

 痛いところを突かれたのか、今まで威勢の良かった九尾が言葉を失う。

「君も随分おっちょこちょいなんだね」

「う、うるさい。これでもお前より百年は長く生きてるんだぞ!」

 九尾は再びナユタを殴った。

「痛いな〜。すぐ怒るなよ」

 ナユタは殴られたところをさする。

「おおかた、君はお腹がすいて死んじゃったんじゃないの?それでさぁ〜、ようやく食べ物を見つけたんだけど、それが毒キノコで死んだんだ」

 小狐に馬鹿にされた仕返しをしてやろうと、ナユタは九尾をからかう。

「・・・・・・」

 それを聞いた九尾は恐い表情をする。

「だからすぐに怒るなって。冗談だよ」

 ナユタは苦笑いを浮かべる。

「なぜ・・・・、分かったんだ?」

「えっ?」

「何故お前がそんなこと知ってるんだ」

 九尾は怒っていたのではなく、驚いていたのだ。

「あっはっはっはっは!」

 ナユタは腹を抱えながら転がり回った。

「それで死んでも死にきれずに妖怪になったのか」

「う、うるさい!お前に俺の気持ちが分かってたまるか」

「ようやく助かったと思ったのに死んじゃうなんてね〜。ホント間抜けだよね〜」

 ナユタはなおも笑い転げる。

「お前ぇ〜、妖怪を馬鹿にするとひどい目に会うぞ」

「あはははは。ひどいって、どんなぁ〜?」

「妖怪の恐ろしさを見せてやろう」

 そう言うと、九尾は両目を赤く光らせた。すると、のたうち回っていたナユタが急に煙に包まれる。

 その煙の中から現れたのは、一匹のカエルだった。

「ゲコゲコゲコ・・・・」

 カエルになってしまったナユタは、訳も分からず戸惑っている。

「ははは。どうだ、参ったか」

 九尾の高笑いが響く。

「ゲコゲコゲコ!」

 何か言いたげにナユタは叫ぶが、「ゲコゲコ」としか鳴けない。

「元に戻して欲しいのか?」

「ゲコゲコ!」

「だったら土下座するんだな」

「ゲコゲコ!」

 ナユタは慌てて土下座をする。といっても、カエルが土下座している姿はいかにも滑稽だ。

「ふん、オレ様の寛大な心に感謝するんだな」

 九尾がもう一度目を光らせると、ナユタは再び人間の姿に戻った。

「いや〜、妖怪ってすごいんだね」

 改めてナユタは感心する。

「今頃気付いたか、愚か者め」

 そう言うと、九尾はテーブルに向かっていった。

「おいナユタ、お前に話がある。こっちへ来い」

 九尾は椅子の上にジャンプすると、器用に椅子に座る」

「何の話し?」

「いいからさっさと来い」

 九尾は首をひねって、席に着くように指示する。

「何だよ、みんな偉そうに。ここはぼくの家だぞ」

 ナユタはブツブツと文句を言う。

「何か言ったか?」

「何にも。いま行くよ」

 ナユタは水も飲めないまま、九尾に言われたとおり椅子に座った。

「さっきの話を聞いていたんだが。大変なことになっているらしいな」

「ああ、知ってたの。大変どころじゃないけどね」

「お前がコキ使われようと何だろうと関係ないが、この家を壊されたらオレ様の住む場所がなくなってしまう」

「関係ないって・・・・。君はこの家の守り神だろ、こんな時こそ何とかしてよ」

「そこでだ、オレ様に考えがある」

「え、ホント?」

 ナユタは期待して身を乗り出す。

「オレ様には、さっきも使ったように”変身”の能力がある。それもただの変身ではない。その者の能力も身につけることができるのだ」       

「どういうこと?」

「つまりだ。超能力者に変身すれば、お前も超能力を使えるようになる。学者に変身すれば頭が良くなるし、戦士にでも変身すれば、剣技を身につけることができる」 

「すご〜い・・・・。さすが妖怪だね」

 ナユタは、少しは九尾のことを見直した。

「この能力を使って、お前が金を稼ぐという寸法だ」

「なるほどね。それじゃあ、大盗賊とかになれないの?財宝とか盗めば、一気に借金なんか返せるじゃん」

「犯罪を犯すようなことはオレ様が認めん!遺跡とかを探検して探してくるのなら話は別だが」

「それもそうだね」

 ナユタもすぐに反省する。 

「ただオレ様の変身能力も完璧ではない。技能は身につけることができるが、性格までは変えることができないのだ」

「べつにいいじゃん」

「アホか、そこが問題なんだ。お前の欠点、それはドジなことだ」

 九尾はズバッと言う。

「う、うるさいな〜」

 ナユタは頬を膨らませる。

「せっかく変身しても、ドジなお前では心配なのだ」

「確かにドジなことは認めるよ。でも、これしか方法はないんだろ?」

「仕方ない、これも住処を守るためだ。このオレ様が力を貸してやろう」

 いくぶん不安げながらも、九尾は一度大きく頷く。

「やった〜。たまには君も役に立つんだね」

「たわけ!オレ様を誰だと思っているだ」

 九尾は目頭をつり上げて怒る。

「そうだ、君に名前を付けて上がるよ。その方が呼びやすいし」

「いらん!だいたい”君”などと呼ばずに、”九尾様”と呼ばぬか」

「だって、小狐の姿じゃ守り神って気がしないんだもん」

 話し方は妙に大人びているのだが、いかんせん姿に威厳がない。

「う〜ん、そうだな。九本の尻尾があるから、”ナインテール”ってのはどう?」

「そのまんまじゃないか」

 文句を言う九尾だが、まんざら嫌でもなさそうだ。

「それじゃあナインテール、これからよろしくね」

「これから”も”だろ。いいか、すべてはお前にかかっているんだからな。それを忘れるなよ」

「任せておいてよ」

 希望が出てきたのか、急に元気になるナユタ。それを見ながらナインテールは、苦労させられるであろうことをほぼ確信していた。 






 また朝がやってきた。

 それを告げるかのように、顔を出した朝日がルザイアの街を照らしていく。っということは前に書いたので、以下同文。

 しかし、ナユタにはいつも通りの朝はやってこなかった。

「何やってるんだ、ナインテール!」

 朝一番でナユタの叫び声がする。

「うるさいな〜、あと十分でいいから寝かせろ」

「そんなことより、何で君がぼくのベットで寝てるのさ〜」

 目覚めたとき、何故かナユタは床に寝転がっていた。そして、ベットの上ではナインテールが寝ていたのである。

「細かいことは気にするな。それより学校へ行く支度をしたらどうだ?」

「いまからするよ」

 何を言っても無駄なので、ナユタは諦めて下におりようとした。

 だがまだまだ眠いのか、ナユタは目をこすりながら階段に向かう。そしてフラフラと階段に近づこうとして時、ナユタは何かを踏んづけた。


ミ゛ャー!!!


 その途端、足下から金切り声が聞こえてきた。

「あっ、ミケかい?ゴメンよ」

 ナユタが踏んづけたのは、”ミケ”という三毛猫の尻尾。

 ただ、ミケというのは何と安易なネーミングであろうか。いまどき、自分の子供に”太郎”とでも付けるようなものである。

 ナユタは足をどかそうと、階段の方に飛び跳ねた。だが愚かなナユタは、そこに階段があるとは考えていない。

「うわあ!」

 足を踏み外したナユタは、階段を転げ落ちていった。


ドドドドドドン!


 ナユタの家が激しく揺れる。喜劇の舞台で演じれば大爆笑ものだが、いまは観客は誰もいない。悲しい一人芝居だ。

 幸いなことに、ナユタの家は木造だった。レンガ造りの家で転げ落ちたら、0話にして主人公が死んでいただろう。ドジなのはナユタ一人で十分で、そんなアホな結末で物語を終わらせないでもらいたい。

「いてててて」

 ナユタは後頭部をさする。あれだけ派手に転げ落ちたのだから、頭を打っていてもしょうがない。これでナユタのドジな性格が治ればいいのだが・・・・。

「朝からツイてないなぁ・・・・」

 ナユタの胸の嫌な予感がこみ上げてきた。当然、その予感が的中しなければ話は面白くならない。

「紅茶でも飲むか」

 ナユタは戸棚から茶碗を取りだし、熱い紅茶を半分ほど注いだ。その中に、砂糖をやや多めに入れる。

 甘党のナユタは、紅茶に砂糖をたっぷり入れるのが好きだ。コーヒーも同じで、砂糖とミルクを入れないと飲めない。父はブラックで飲んでいたが、ナユタには信じられなかった。

 ナユタは茶碗を口に近づけ、熱い紅茶を流し込む。

「ぶはっ」

 だがその途端、ナユタは勢いよく紅茶を吹き出した。

「しょっぱ〜」

 しょっぱい紅茶などあり得ない。オチが読めたかも知れないが、ナユタは砂糖ではなく塩を入れてしまったのである。

 だいたい、塩と砂糖を同じ柄の容器に入れて、並べて置いておくナユタの方が悪い。ドジとかいう以前の問題だ。

「紅茶はいいから、ご飯を作ろう」

 気を取り直し、ナユタはフライパンに油を引く。その上に卵とハムを落とし、火にかけた。

「学校は久しぶりだな〜」

 と、油の入った瓶を片手に学校のことを思いめぐらせていると・・・・

「あっ、そうだ!生徒手帳を無くしてたんだ」

 思い出したかのようにナユタは叫んだ。最後に学校に行った日、家に生徒手帳を忘れたのである。だが帰ってきても、手帳は見つからなかった。

「また忘れたら先生に怒られるからな。探さなくちゃ」

 ナユタは、大急ぎで部屋に戻っていった。


 それからたっぷり三十分ぐらいして、ようやくナユタは手帳を発見した。

「ミケのやつ、自分の寝床に持っていっちゃうんだもんな〜」

 手帳があったのは、ミケの寝床であった。しかし大切なことを思い出したのはいいが、一つ忘れていることがある。

「ん?なんか焦げ臭いな」

 下の部屋から、鼻につく臭いと共に白い煙が立ちこめてきた。

「まさか!」

 ナユタは大急ぎで階段を駆け下りた。卵とハムを焼いていたことをすっかり忘れていたのだ。

「焦がしちゃったか・・・・」

 てっきり朝ご飯が丸焦げになっていると思い、ナユタは台所の覗いた。

 ふふふ、甘いぞナユタ。そんな分かりやすいオチなわけないだろう。

「か、火事だ!!」

 そう、食べ物ではなく、台所までも丸焦げになっていたのである。

 生徒手帳のことを思い出したとき、ナユタは急いで部屋に戻った。その時持っていた油の瓶を、ナユタはフライパンの近くに置いてしまったのである。その瓶が何かの拍子に倒れ、ファイヤー地獄になったのだ。

 ナユタは慌てて布団を上からかぶせ、何とか消火させた。

「ふぅ〜、何とか収まった」

 冷や汗を拭い、ナユタはチラリと時計を見る。

「いけない、学校に遅れる!」

 モタモタしている間に、時間が来てしまった。朝ご飯は諦め、ナユタは学校へ行く準備をしに自分の部屋に戻る。

「え〜と、カバンカバン」

 散らかっているゴミの下から、カバンを引っこ抜く。

「そうだ、まだ教科書とか入れてなかったんだ」

 ナユタは時間割を見て、教科書をカバンに詰め込んだ。

 さらに制服に袖をとおし、何とか準備を整える。

「じゃあミケ、学校に行って来るからね」

 ミケに挨拶し、ナユタは家を飛び出す。


                  




「何よ〜、その顔・・・・」

 サヤカが呆れたような表情をする。一緒に学校へ行こうと家の前で待っていたら、ナユタがひどい顔で現れたのだ。

「いや〜、ちょっとミケとふざけたら・・・・」

 顔中傷だらけでは、ほとんど説得力ない言葉だ。

「猫とふざけ合ってどうしてそんな傷になるのよ」

 さっきすごい音がしたので心配していたが、案の定この有様だ。サヤカは、やれやれとため息をつく。

「ちょっと家に来て。薬を塗ってあげるから」

「いいよ、早くしないと学校に遅れちゃうし」

「そん怪我して放っておけないでしょ、早く来なさいよ」

 半ば強引に、サヤカはナユタを家の中に引っ張っていった。

「そこに座ってて」

 サヤカはテーブルを指さし、棚から薬箱を取り出す。

「そういえば、サヤカの家に入るのって久しぶりだね」

 小さい頃はよくこの部屋で遊んだものだが、最近ではめったに来ることはなかった。置いてある家具などは、いくつか見覚えるあるものもある。しかし、何となく部屋全体が狭くなったように感じられた。自分が大きくなったからであろうか。

「人の家のなかをジロジロ見ないでよ、もう」

 サヤカはナユタと向かい合って座り、綿のかたまりに薬をしみこませる。

「ちょっと我慢してね」

 サヤカは傷口に綿を押しつけた。

「うっ!」

 すぐにナユタは顔をしかめる。

「ゴメン、しみた?」

「当たり前だよ!」

「少しの辛抱だから」

 サヤカは、ナユタの顔を押さえながら薬を塗っていく。ナユタは痛みをこらえるのに必死だ。

「ああー、ナユタ兄ちゃんだ!」

 その時、男の子の声が聞こえてきた。

「げっ、あの声は・・・・」

 ナユタはドキッとする。サヤカには幼稚園生の弟がいて、ナユタはその弟が苦手だった。

「エディン・・・・」

 案の定そこにいたのは、サヤカの弟のエディンだった。

「姉ちゃん、おはよう〜」

 そう言って、エディンはサヤカに抱きつく。

「ちょっとエディン、危ないわよ」

 突然抱きつかれたサヤカは、バランスを崩してナユタを押し倒す様に倒れる。

「ちょっとー!!」

 ナユタは悲鳴を上げたが、そのまま二人は床に倒れた。

「いててて」

 またもや後頭部を打ってしまった。

「はっ!」

 そして気が付いたとき、目玉が飛び出んばかりに驚いた。サヤカの顔が目の前にあったのである。そして二人の視線が合う。

 ナユタは思わずサヤカの顔を見つめてしまった。倒れた拍子にどこかへ飛んでしまったのだろうか、サヤカは眼鏡をかけていない。初めて間近で見るサヤカ。しかも眼鏡をとったその顔は、いつもとはまるで別人のようにかわいい。さらに鼻先にかかっているポニーテールからは、若草のようないい匂いがしてくる。

 胸の鼓動がどんどん早くなり、息苦しくなる。同じく自分を見つめるサヤカの瞳に、妙にドキマギした自分の顔が映っていた。

「こ、こらエディン!」

 思い出したかのようにサヤカは立ち上がり、エディンを叱る。

 それを見ながら、ナユタも起きあがった。だがその頭のなかは、サヤカのことで一杯だった。

「ナユタ兄ちゃん、もう元気でたのか?」

 エディンが訊ねてきた。

「う、うん」

 そう答えるナユタの表情は、ほとんど上の空だった。

「どうしたの?なに赤くなってるの?」

 エディンが不思議そうに見つめる。

「ああ、何でもないよ。ははは・・・・」

 ナユタは笑ってごまかす。自分でもハッキリ言って何がなんだか分からなかった。

「そう。それじゃあまた遊べるね」

 エディンが笑顔を浮かべる。

「そ、そうだね・・・・」

 反対にナユタは苦笑いを浮かべた。

 近所では、エディンは悪ガキとして有名だ。何度か遊んであげたこともあるが、その度にひどい目にあった。

 サヤカにはもう一人、ファレーナという名前の妹がいる。ファレーナは、サヤカに似ておとなしい女の子だ。

 一方父親は、今は家にはいない。この島では数少ない船乗りとして、いまは海の上の人だ。たまにしか見たことはないが、自分の父親と仲がよかったのは覚えている。

「何してるのサヤカ、学校に遅れるわよ」

 その時キッチンから、サヤカの母が現れた。

「あ、サラおばさん。おはようございます」

「あら、ナユちゃん。おはよう」

 ナユタがいたことに少し驚く。

「いろいろ大変だったわね。もう大丈夫なの?」

「はい、今日からまた学校に行きます」

「早く行かないと遅刻するわよ」

「そうだ、早くしないと」

 ナユタは急いでカバンを抱え、学校に行こうとする

「ナユタ待って」

 サヤカも慌ててナユタを追う。

「ほらサヤカ、お弁当を忘れてるわよ」

 サヤカの母が慌てて注意した。

「いっけな〜い」

 サヤカは自分の分の弁当と、ナユタの弁当をカバンに詰める。

「気を付けて行きなさいよ」

 母の言葉が終わらないうちに、サヤカは家を後にした。



     




 目の前に、まるで神殿を思わせるような白い建物が見えてきた。ナユタ達の通う、”王立アカデミー”である。

キンコンカンコーン・・・・

 始業の鐘が鳴った。

「ナユタ早く〜」

 サヤカは後ろを振り返り、ナユタに声をかける。あの鐘が鳴りやまない内に校門をくぐらないと、遅刻になってしまうからだ。

「う、うん」

 ナユタも懸命に走っていた。だが傷がうずいて、なかなか早く走れない。

 もうすでに校門は見えている。同じように遅刻しそうな生徒が、急いで校門をくぐっていた。そしてその脇には、生徒指導のフェルマー先生が立っていた。

 校門まで一直線。果たしてナユタは間に合うだろうか。

「おう、ナユタ。お前もぎりぎりか」

 その時声をかけてきたのが、同級生のクリスだった。短めの髪をツンツンに逆立て、制服の袖をひじの上までまくり上げている。”ミスター遅刻王”という異名を持つ、遅刻の常習犯だ。

「そうなんだ。だから早くしないと」  

 校門まであと少し。だが、鐘もあと少しで終わる。生徒指導のフェルマーは、遅刻の生徒をとっ捕まえるべく、にやついた笑顔を浮かべながら準備を始めた。

 フェルマーは筋骨隆々の大男で、ハゲ上がっていることから”金剛”と呼ばれている。

 ナユタは全力を振り絞り走る。何とか間に合いそうだ。だがその時、またもクリスが声をかけてきた。

「おいナユタ。チャックが開いてるぞ」

 そう言って、クリスはナユタの股間を指さす。

「ええっ!?」

 ナユタ一瞬立ち止まった。急いで出てきたから、もしかしたら閉め忘れたのかも知れない。ナユタは慌ててチャックを確認する。

「あれ?」

 しかし、チャックはちゃんと閉まっていた。

「ねぇクリス・・・・」

 クリスに声をかけようとしたナユタだったが、そこにはもう誰もいなかった。

「ナユタ、お先に〜」

 無事に校門をくぐったクリスは、笑いながら手を振っている。それと同時に、始業の鐘がむなしく鳴り終わった。

「ああー!クリス!!」

 ようやくナユタは理解したようだ。自分がハメられたことを。

「久しぶりに来たと思ったら、いきなり遅刻かナユタ。しかも、無遅刻週間の初日に遅刻するとはいい度胸だな。生徒指導室でこってりしぼりあげてやろう」

 フェルマーは、むちゃくちゃ厳しいことで有名だ。

「これはクリスが・・・・」

「いいわけは署の方で聞こう。お前を連行する」

 問答無用とばかり、フェルマーはナユタを生徒指導室に連れていく。もちろん、こっぴどく叱られたことは言うまでもない。



 朝礼が終わり一時間目の授業が始まる頃、ナユタは教室に戻ってきた。かなりブルーになっているようだ。

 だが、久しぶりに見る教室というもの新鮮な感じがする。何だが別の教室に来てしまったみたいだ。作者も病気などで学校を休んでいて、久しぶりに自分の教室に入ったときにそう感じたことがある。

「災難だったわね」

 席に着くと、右隣の席のサヤカが声をかけてきた。

「ホント災難だよ。ちゃんと間に合ってたのに・・・・」

 あの男がいなかったら、フェルマーに叱られることはなかったのだ。

「おっはよう、ナユタ。お前も運がない男だな〜、朝っぱらから”金剛”に叱られるなんて」

 その男は、少しも悪びれた様子もなくナユタの前の席に座る。

「クリスのせいじゃないか!」

 ナユタが怒るのも無理はない。

「すまんすまん。でも仕方ないだろ、チャックが開いていたように見えたんだから」

 そう言いながらもヘラヘラ笑うクリスの言葉は、どう考えても嘘だ。

 クリスは武芸百番の人間で、剣技の成績は抜群だ。しかし頭を使うことは苦手で、それ以外の成績はオール1だ。そこぬけて明るい性格で、体育会系によくあるタイプだ。

 さらに困ったことに、ナユタをからかうことに生きる喜びを感じている。何かにつけてはナユタをからかい、その反応を面白がっているのだ。根はいい奴なのだが、ナユタにとっては迷惑な話だ。

「まったくもう!」

 ナユタは、ふてくされるようにそっぽを向く。

「あ〜らナユタ、おはよう」

 今度は明るい女の子の声が聞こえてきた。彼女はカバンを机の上に載せ、クリスの隣の席に座る。

「おはよう、エレウシア」

 そう言って、目の前に立つ金髪の女の子に挨拶をする。

 彼女の名はエレウシア。このルザイアに住む大富豪の娘だ。”お嬢様”という言葉がピッタリなほど綺麗で、ソバージュのかかった金髪を腰の辺りまで伸ばしている。だが、性格にかなりの問題があった。

 ”お嬢様”によくあることだが、とにかく高飛車なのだ。物事が自分中心でなくては気が済まず、自分から勝手にクラス委員長になってしまった。

 そんな彼女だが、不思議と人気は高い。少々男勝りだが、裏表のないハッキリとした性格を持っている。仕切りタイプだが、実際にみんなをまとめるのは上手い。多少自意識過剰なところはあるが、それが許されるだけの可愛さはあるし、お嬢様にしては珍しく炊事洗濯もできて、さらに音楽の才能は抜群だった。ナユタも一度彼女のピアノの演奏を聴いたことがあるが、同じ年の女の子の演奏とは思えなかった。

「な〜に朝からふてくされてんのよ、もっとシャキッとしなさいよシャキッと」

 そう言って、エレウシアはナユタの背中を叩く。

「一人になっちゃったのが寂しいならさ、私の家で雇ってあげようか?使用人でも豪華な食事が食べられるし、何より毎日私と会えるのよ。ダンスパーティーにだって出られるし、寂しさなんか吹っ飛んじゃうわ」

 端から聞けばただの自慢話だろうが、彼女なりに元気付けようとしているのだろう。確かに久しぶりに学校に来たんだから、いつまでも暗い顔をしているのはやめよう。

「ありがとう、エレウシア。なんか元気が出てきたよ」

「まっ、これも委員長としての仕事だからね。お父さんが亡くなって悲しいのも分かるけど、いつまでもメソメソしてたら天国のお父さんに笑われちゃうわよ」

 そう言って、エレウシアは一時間目の準備を始めた。

「そうだ、もうすぐ授業が始まるんだ」

 ナユタもいそいそと準備を始めた。

「あ、そうだ。参考書ありがとう、」

 カバンの中に入っていた参考書を見て、ナユタは左隣の女の子に話しかけた。

「遅くなっちゃってゴメンね、レア」

 本当ならすぐに返すつもりだったが、しばらく学校に来てなかったので遅くなってしまった。

「いいわ」

 レアはそう短く答えただけで、参考書を受け取る。

 レアはショートカットの女の子だ。頭がよく、IQが200を越えると言われている。だが普段はほとんど無口で、自分から話しかけることはほとんどない。いつも本ばかり読んでるし、いつも硬い表情ばかりしている。

 だが”影のある美女”という点が逆に男心をくすぐるのか、密かに彼女のことを気にかけている男子も多い。

「今日からまたよろしくね」

「そうね」

 ナユタとしては元気に挨拶したつもりだが、レアの返事は相変わらず短かった。

 その時、一時間目の授業の開始を告げる鐘が鳴る。

「おっと、準備しなきゃ」

 ナユタは慌てて準備を続ける。

「え〜と、一時間目は”歴史”だったよな」

 そう呟きながら、ナユタは歴史の教科書を机の上に広げる。

「ナユタなにやってんの?」

 隣からサヤカが声をかけてきた。

「何って?授業の準備だよ」

「一時間目は”歴史”じゃなくて”魔法の基礎”よ」

「サヤカこそ何言ってるんだよ。今日の一時間目は”歴史”だろ」

「それは昨日じゃない。今日は”魔法の基礎”よ」

「だって、今日は水曜日だろ?」

「違うわよ。今日は木曜日だって」

「げぇ〜、間違えた〜!」

 ナユタは頭を抱える。

「呆れた〜。本当にナユタってドジね〜」

 サヤカは、”ドジ”という言葉をわざと強調する。

「朝忙しかったからだよ」

 こういう日に限って、同じ授業がないことが多い。つまり、今日の授業の教科書をナユタはすべて忘れてしまったのだ。

「ああ〜、どうしよう・・・・」

 今日は本当にツイてない。

「わっはっはっは!いきなりやってくれるねぇ〜、ナユタ君」

 それを聞いたクリスが、すかさずナユタを攻撃する。

「ほ〜んと、あんたって間抜けね」

 なまじ上品な声だけに、エレウシアの言葉は心にグサッとくる。

「しょうがないわね、わたしが見せてあげるわ」

 呆れ顔をしながらも、サヤカは机をくっつける。

「わるいね」

 ナユタは手を合わせて謝る。だが学校での災難は、これだけではなかった。



 昼休み。

 生徒にとっては待ちに待った時間だ。家から持ってきた弁当を広げる者、そして食堂で買ったパンを並べる者。教室の中は、いろいろな料理の臭いが入り交じっている。

「サヤカ、弁当は?」

 ナユタも腹の虫が押さえきれず、サヤカから弁当をもらおうとする。

「ちょっと待ってて」

 サヤカはカバンの中から、自分とナユタの分の弁当箱をとりだした。

「はい、ナユタ。久しぶりにナユタに作ってあげるから、腕によりをかけちゃった」

「そいつは楽しみだな」

 そんなことを言われれば期待は高まるが、渡させた弁当箱はやけに小さい。

「なんだか小さくない?」

 これではまるで子供用の弁当箱みたいだ。

「変ねぇ、包みはちゃんとナユタの物なのに」

 言われてみれば、確かに小さいとサヤカも思った。

「本当にいいの?」

 幾分疑問を浮かべながらも、ナユタは包みを解く。そして中から現れたは、かわいいウサギの絵が描かれた弁当箱だった。

「何だこれ?」

 ナユタは思わず拍子抜けしてしまった。どう見てもお子さま用の弁当箱だ。その弁当箱のふたには、こう書かれていた。


きくぐみ えでぃん


「ゴメ〜ン、これエディンのお弁当箱だったわ」

 朝のドタバタで、サヤカは弁当箱を間違えてしまったのである。

「ど〜してくれるんだよ〜!」

 とても他人には見せられないので、ナユタは慌てて包みで隠そうとする。だがそれよりも一瞬早く、あの男に見られてしまった。

「あ〜はっはっはっは、な〜んだこの弁当箱?」

「あっ、クリス・・・・」

 クリスはナユタの弁当箱を奪い取ると、見せびらかすように高々と掲げる。

「いや〜ナユちゃん、かわいいお弁当箱でちゅうね〜」

 ナユタをからかうように、クリスは途端に赤ちゃん言葉になる。

「坊や、何なら私がおっぱいをあげましょうか?」

 さらにエレウシアが追い打ちをかける。まるで客を誘う娼婦のような表情をしながら、胸を強調するような仕草をする。

「・・・・・・」 

 そんなエレウシアの仕草を見て、ナユタは恥ずかしそうにうつむいた。

「ナユタの奴、真っ赤な顔をしてるぜ」

 もはやクリスは止まらない。もはや教室中の注目がナユタに集まる。自分に向けられた爆笑の渦のなかで、ナユタは顔を真っ赤にしながらうつむいていた。





                 




キンコンカンコーン・・・・

 終業の鐘が鳴った。校舎の中から、一斉に生徒達が吐き出されていく。

「本当にゴメンね〜」

 プンプン顔をして前を歩くナユタに向かって、サヤカは何度も謝る。

「ゴメンで済んだら警察はいらないよ」

 昼休みの悪夢は、もう二度と思い出したくない。

 人のことは言えないが、サヤカにもおっちょこちょいなところがある。それはそれで、サヤカの魅力の一つなのだが・・・・。

「今日は家でじっとしてるか」

 今日は、下手の動くとロクなことがなさそうだ。

「え〜、エディンと遊んであげるんじゃなかったの?」

 と、サヤカはとんでもないことを言い出す。

「冗談じゃないよ!」

 この上あの悪ガキと関わったら、どんな災難に巻き込まれるか分かったものじゃない。

「ホントはナユタのこと好きなのよ。お父さんが出かけてるから、家には女しかいないでしょ。だからナユタに意地悪してかまって欲しいのよ。」

 サヤカの言うことも分かるが、加減というものがある。どう考えても、エディンは面白がっているとしか思えない。

「もう決めたんだよ。今日はすぐ帰る」

 そう言って、ナユタは早足で我が家の方に歩いていった。

「あ〜、待ってよ〜」

 サヤカは慌てて追いかける。


 それからしばらく歩くと、大きな屋敷の前に人集(ひとだか)りができているのを見かけた。

「何だろう?」

 興味に駆られて、ナユタは人垣の方に歩いていく。

「ここって、確かエレウシアの家よね」

 まるでお城のような館を眺めながら、サヤカは言った。

「そう言えばそうだね」

 サヤカの言葉に、ナユタも思い出す。この館の主は、ルザイア一の大富豪ゲイルードだ。そしてその一人娘が、ナユタの同級生であるエレウシアなのだ。

「あの〜、何があったんですか?」

 ナユタは商人風の男に声をかけた。

「あの張り紙見てみろよ」

 そう言って、男は門の前に張り出されていた張り紙を指さした。

「なになに・・・・」


              求ム!!名探偵

   昨日、あの怪盗”シャドウ”から予告状が届きました。

   奴が狙いを付けたのは、”エルフの涙”です。

   腕に覚えのある方は、屋敷の警備に参加しませんか。

   今晩見事シャドウを捕らえた者には、我が家の財宝を差し上げます。

                                         ゲイルード


 シャドウとは、最近このルザイアに出没する盗賊のことだ。シャドウは予告した者を必ず盗み、さらにその姿を見たものは誰もいない。

「”エルフの涙”って何ですか?」 

 ナユタは商人に尋ねる。

「最近発見された水晶だ。全体は丸くて、緑色をしてるそうだぜ。その緑があまりにも鮮やかだから、森の妖精エルフにちなんでその名前が付けられたって話だ」

 その”エルフの涙”を、先日ゲイルードが手に入れたのだ。あまりにも素晴らしい水晶なので、値打ちが付けられないらしい。

「シャドウに目を付けられるなんて、エレウシアの大変ね」

 サヤカが心配そうな表情をする。

「まあ、友達の家が盗賊に狙われるのは心配だけどね。そうは言っても僕たちにはどうにもできないし・・・・」

 とそこで、ナユタはあることを思い出した。

(そうだ、これだよ!)

 ナユタはいきなり駆け出す。

「ナユタ、どうしたの?」

「すまないサヤカ、急用ができたから先に帰るよ」

 ナユタは後ろも振り返らず、あっという間に消えてしまった。


「ナインテール、さっそく事件だぞ」

 早くナインテールに知らせようと、ナユタは勢いよく玄関を開ける。いきなり儲け話にありつけるとは、何ともさいさきのいいことだ。 

「おお、ナユタか。どうした?」

 だがそのナインテールは、テーブルの上にのって何かをムシャムシャ食べている。

「おいナインテール、何やってるんだよ!」

 ナユタはナインテールの姿を見て、思わず叫ぶ。

「何って、リンゴを食べてるんだよ」

 ナインテールは、テーブルに上がってリンゴを食べている。

「そのリンゴってもしかして・・・・」

「ああ、さっき知らないおばさんが来てな。ここに置いていったんだ」

「それってサラおばさんだよ。せっかく楽しみにしてたのに〜!」

 隣のサラおばさんは、よくリンゴをくれる。普通のリンゴよりずっと美味しいので、ナユタはいつも楽しみにしていた。

「しかも全部食べてるし・・・・」

 満腹になったナインテールは、満足そうに毛繕いをしている。

「まぁそんなことはどうでもいいから、事件って何だ?」

「おぼえてろよ〜」

 ナユタ残念そうに食い散らかされたリンゴを見つめる。

「実はこうなんだ」

 そう言って、ナユタはエレウシアの家での出来事を話す。

「なるほどね。まっ、ちょうどいいウオーミングアップだろう」

「でも相手は有名な怪盗だよ。注意しなくちゃ」

「前にも言ったが、すべてはお前にかかっているのだからな。しっかりやってくれよ」

「うん、分かってる」

 ナユタは力強く頷く。

「よし、それじゃあいくぞ」

 ナインテールは目を光らせる。途端にナユタは煙に包まれ、探偵に変身したナユタが現れた。

 頭には茶色い帽子、灰色のコートを身にまとい、口にはパイプをくわえている。

「う〜ん、なかなかいいな」

 口調や言葉も、すっかり探偵らしくなっている。

「それでは行きましょうか、ワトソン君」

「誰がワトソンじゃ。本当に大丈夫か・・・・」

 すっかりその気になっているナユタの後を、ナインテールは冷めた表情で突いていく。



     

つづく・・・・


ってつづくのかよ。これって短編じゃないの?

長編作家の僕に、小さくまとまった話なんて無理無理。

後編では、いよいよナユタとナインテールのコンビが活躍します。無事にシャドウを捕まえることができるのでしょうか。

まっ、簡単に捕まっちゃあ面白くないけどね。ふふふ・・・・

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