今年はちょうど夏休みの予定と重なってしまい、原水禁世界大会には不参加です。青森にねぶたを見に行ってきました。(なので、広島の友達は「この時期に遊びには行けない」ということで、会えなかったのですが)
6日が出発の日で、テレビの平和記念式典を見ながら黙祷をし、家を出ました。
9日の今日は、青森からは帰ってきましたがもう1日仕事が休みなので、自宅でパソコンに向かってこれを書いています。私が住んでいるところは非核平和宣言都市なので、11時2分には市の黙祷を呼びかける放送が流れました。たぶん今日出勤の職場の方々も黙祷したことでしょう。そして、世界大会の会場にいる方もいます。
今年は自分のことで特に書くことがないものですから、新聞にあった記事などを書き留めておきます。
まず、7月18日。長崎原爆松谷訴訟の勝訴が確定しました。
この訴訟は、爆心地2.45km地点で被曝し、右半身麻痺などの障害を負った松谷英子さんが、原爆症認定されなかったことを不当として始めた裁判で、12年もの長きに渡って続けられていたものです。最高裁判所が厚生省の上告を棄却したことにより松谷さんの主張が正当であると認められ、今後は厚生省に松谷さんの原爆症認定を求めていくとのことです。
この判決の最大の意義は、今まで機械的に「爆心地より2km以内での被曝」とされていた認定の条件が否定されたことです。他にも同様の原爆症認定を求める訴訟が行われているとのことなので、この判決がそれらの訴訟の勝訴の後押しになることを期待します。
8月7日の新聞には、広島市長の平和宣言が掲載されていました。
20世紀中に核兵器を全て無くすという目標はどうやら達成できそうにありませんが、核軍縮に向けて世界は動き出しており、日本がその推進のために大きな役割を果たすべきだということなどが語られていました。
もう一つ印象に残っているのは、科学技術について語られていたことです。「20世紀が他のどの時代とも違うのは、人類の生存を脅かす具体的な危険を科学技術の力によって創り出してしまったから」であり、その一つが核兵器、もう一つが環境破壊であるということが述べられました。そして、広島は科学技術を真に「人間的目的」のために活用するモデル都市として新たな出発をしたいと語られました。
私は学生の頃、科学技術というものにとても否定的でした。いっそない方がずっと世界は平和なのに、と思っていました。でも、今になってこうしてネットの楽しみや生活の便利さのことを考えると、科学技術は捨てきれるもではないと、しみじみ思います。科学技術が人を幸福にするかという点にはまだ懐疑的ですが、科学技術の方向転換は絶対になされなければならないと思います。